2017 年 4 巻 2 号 p. 6-9
情報ネットワークがもたらす高度情報通信技術によって社会の生活は大きく変化した.教育はその社会制度の枠組みに支えられ,社会システムとの間に相互的な影響関係を持つため,情報技術の進展に沿った最新の教育の現状を2010年からの知見を踏まえながら2016年9月から2017年3月まで調査したものである.
海外においては,社会の変化に合わせて学習方法を改善させるということが積極的に行われる事例は少なくない.これは,変化する社会にこれから生きていく学習者のためでもある.教育学の中の教授法(teaching method)は,学習過程を理論化し探究し実践に結びつけるものであるが,この教授法においても,学習目標の達成のための新しい教材設定とそれをいかに有効活用するかということは重要である.
授業の学習過程では,教師や学習者,指導内容を観察し記録し研究する授業分析の結果,実践された授業が改善され検討される.そのための学習教材は,現在,生活の周りに日常的にあるデジタル教材を使う例も多くなっている(上松2016a).最新のテクノロジーを使った教育が学習理解を得る相乗効果となりえるのか,いくつかの教育の実態とその教育方法と事例を検討していく.
海外の事例としてはシンガポール,ニュージーランド,イギリス,フィンランドである.まずはシンガポールの事例からみていく.
ITE(シンガポールの技術教育研究所: Institute of Technical Education, Singapore)は,1992年に中等教育機関として設立された国立の教育機関である.就職のためになる教育とキャリアのステイタスアップとなるような訓練を受ける機会を提供する職業訓練校のような役割も担っている学校である.ここでは,大学の教育モデルを採用することで,現在の企業形態にも適応できる学習の機会を提供している.
応用科学,ビジネス&サービス,デザイン&メディア,エレクトロニクス&情報通信技術,エンジニアリング,ホスピタリティ等の各コースからなり,キャリア教育の授業で最新のテクノロジーを使っている事例がみられる.
シンガポールでは,中学校を卒業する際の進路の選択肢が広く,将来就職するための技術や技能を学ぶといった選択をする生徒は少なくない.
2.1 VR体験とARを使った授業ITEでは,VR(virtual reality)やタブレット端末でAR(augmented reality)を授業で使うことが日常的に行われている.教室にVRの体験スペースが設置されているため,普段の教室の中で活動を学習者がシミュレーションできるような活用がされている.視察した中には,ブライダルコーディネータになるための授業があった.シンガポールでは海辺で結婚式を挙げるケースがあり,その際,椅子や花などの配置をただイメージするだけでなく,実際にVRで体験する.これは,結婚式場を設営するための経験の一助になる.また建築現場での工事の体験にもVRが使われていた [図1].工事現場では多くの危険が伴うためVRで体験するということだった.
一方,ARを使った授業では主に,飛行機の部品がどのように空気抵抗の影響を受けるのかを見るという目的で使われていた.ARでは,タブレット端末をかざして実際にどういった風の流れが部品に当たるのかをリアルに見ることが可能となる.教師のインタビューでは「飛行機の部品には精密機器が多く,その調整を誤ると大変な事態になるため,実際の機体で実践する.」,「ARのシミュレーションを体験することの必要性をとても感じている.もはやARやVRを使わないで授業をすることはできない.」ということだった.実際の機体を使って行う事例も多いが,その側では様々な部品ごとに写真をタブレット端末でかざすことが可能となっている.
ここでは小学校のフィンテックを学ぶファイナンシャルの授業を検討する.フィンテックとはファイナンシャルとテクノロジーの合成語のことで,ここで使われるフィンテックのツールは学校の授業実践のためにシミュレートされたネット上の仮想空間の中で,オンラインバンキングなどを使いクリエイティブな方法で学習者がアクセスするものである.
3.1 仮想通貨用ニュージーランドでは公立小学校の正規のカリキュラムにこういったファイナンシャルの授業がある.仮想通貨を使うサイバー空間を各小学校に提供するBanqer*1のファイナンシャルの授業は,バンカードルという仮想通貨を使う.仮想通貨のやりとりは教師と生徒の間,生徒と生徒の間で行われる.例えば,毎週500ドルの収入がある設定で,教室のごみ拾いや学校のためになる行為をしたとみなされたり,スペルテストのようなものでトップになったりすると200ドルなどを教師が金額や内容を設定しネット上でやりとりする.さらに,遅刻は罰金などという項目についても同様に,教師がその期間や金額を自由に設定することができる.
3.2 学習者が主体となる仮想の不動産取引住宅ローンや賃貸料については,仮想の空間であっても体験することによって,税金についてまでも学ぶことができる.銀行口座の取引を自分で担当するパーソンインチャージの機能で,教員が設定した学習者の仮想の貯蓄口座に毎週金利が支払われたり,教師に住宅ローンの申請をして,教師がそれを認められるかどうか審査したりといった仮想体験をも可能である.児童の判断で購入した仮想の物件を貸し出し,得た家賃の40%を住宅ローン資金に回すなどの事例もある.児童は仮想の不動産市場を探索し,抵当権を申請したり,ローンを返済したり賃貸収入を集めたりという仮想体験もできる.
6年生と7年生チャルトンパークスクール(ニュージーランド)のJolene教師は「児童が熱意とモチベーションを持ちながら財政についての幅広いスキルとコンピテンシーを身に着けることができる」「実際に銀行口座を開設しようとしている児童もいて財産管理に興味を持っていることを実感している」「金融リテラシーの理解と将来に必要なキャリアの知識を築くことができる」という感想を述べた.授業方法は,主体的に児童が関わり,アクティブラーニングで色々な実践活動を行う.このような授業を受けることで将来のライフスキルを予測し,将来設計のシミュレートすることができるようになると考えられる.
3.3 21世紀型スキルに応じた授業内容年齢に応じ,キャリア教育を行う活動もできる.自ら履歴書のようなもの(CV)を作成し,教師がリストした仕事に児童が公募することも可能である.小学校2年生から就活について仮想体験的に教師から教わることができる.この結果,モチベーションが高まるといった様子がみられた.「金融概念や生涯スキルの理解の向上が21世紀型スキルには求められている.児童たちが主体的に関わるアクティブラーニングで教室内での実践活動を行う授業を受けることで,ライフスキルの予測や金融理解の向上が生涯にわたって重要なスキルを高める効果があるではないか」という教師のコメントもあった.
ここでは英国における教科Computingの授業を検討する.英国では1995年に教科ICTがカリキュラムに入り,2014年にはそれが廃止され,新しい教科Computingがスタートした.これは3つの内容から成る.それは,CS(コンピューターサイエンス),IT(インフォメーションテクノロジー),DL(デジタルリテラシー)である.この3つの内容が教科に入ることによって,バランスの取れた21世紀型スキルを培う内容となっている.教育を新しい時代に合わせ進化させることはもとより,世界をリードする人材を育てたいという理念が表れている.この理念が表れている教育カリキュラムは最新のテクノロジーを使いこなすためのものでもあった.それでは実際にどのような授業を行っているのかを見ていく.
4.1 デジタルスクールハウスの役割教科Computingを実施するにあたって,イギリスでは様々な外部機関が学校に教材や授業方法を提供している.その1つにデジタルスクールハウス(Digitalschoolhouse)*2がある.カリキュラムに沿った教材や授業のレッスンプランを提供し,小学校の教師もそのサポートを受けることもできるものである.小学校の先生がそのサイトに申し込みをすると,児童が中学校に行き授業を受けることが可能である.もちろん教師も授業を受けることができ,教科Computingを学ぶことができる.これは無料で提供されるものであり,授業だけでなく柔軟な内容で授業内のワークショップ等も提供されているものである.ウエブサイトには豊富なリソースがあり自由にダウンロードすることも可能である.
教師に教材や個人に合ったサポートプログラムを提供するとともに,参加した学校同士のネットワークが構築される.このことにより小中での連携した系統的な教科学習が可能となっていた.
教科Computingの教科書を作成しデジタルスクールハウスの創業者の人であるMark Dorling氏のインタビューでは,「デジタルスクールハウスの実践モデルでは小中連携のプログラミングの授業をしている.新しいナショナルカリキュラムに沿ったものである.」と述べている.
副校長にデジタルスクールハウスについての感想をインタビューしたところ,「こういった小中の交流の授業によってプログラミングの必要性を理解させることができた.またこのことは,同時に教師が新しく教材を作ったり指導案を考えたりすることへの負担軽減となっている」ということも述べていた.
4.2 Townley Grammar学校の事例Townley Grammar学校で調査した.この学校はもともと豊富な教材と教育方法を児童生徒に提供している.また,この学校はデジタルスクールハウスのプログラムに参加しているため,小学校の教師から,児童を学校に連れて行きたいというメールがくると,受け入れ日を検討する.デジタルスクールハウスは対象が5年生と6年生の生徒である.A-Level(日本では高校2年生,3年生にあたる)のComputingの授業と7年生のプログラミングの授業 [図2] の見学をした.また,他の授業についても教室を移動し,ほとんど見学することができた.その結果,すべての学生が1人1台のコンピューターにアクセスしていた.また,使い方を教授するという教師の指導の様子はほとんどみられなかったが,インターネットを個々に児童が使い,積極的にプロジェクトを解決している様子がみられた.副校長の話によれば,優れた教師の採用がプログラミング教育には必要であるとのことであった.
では,どこでどのように教科Computingを評価し,新教科の授業が積極的に実施されるのだろうか.教科ICTはコンピューターを使うだけがメインだったので,そういったレベルより,コンピューターを使って問題解決をするレベルに授業の内容を高めるためにComputingの教科ができた.
英国では,教育関連団体としてCAS(Computing at school)やNaace(National Association of Advisers for Computers in England)というICTリテラシーやカリキュラムの提言をするなど,ICTを利用した教育推進支援を行っている機関が複数ある.また, OCR (Oxford, Cambridge and RSA Examinations)*3という,英国すべての学校が利用可能な学習プログラムや資格を提供しているケンブリッジ大学の附属機関がある.ここで作成された教材,評価,学習方法を英国すべての学校が使うことが可能である.
OCRのような評価等を作成する教育関連機関はOCRを含め,イギリスには4カ所存在し,評価はナショナルカリキュラムと連動している.教科ICTについては,ナショナルカリキュラムですでに廃止がされているため,OCRでも2016年に教科ICTのA-Levelは廃止された.OCRでの調査の結果,教科Computingは,かつて高校の教員でICTの教科を教えていたエキスパートの先生が雇われ,評価やテストの作成に関わっていた.OCRのVinay Thawait氏(Subject Specialist - Computer Science & ICT)へのインタビューによれば,「全国で行われるGCSE (General Certificate of Secondary Education)やA-Levelの試験は,4カ所ある機関の中でOCRがComputingについては2番目である.すでに多くの学校で使われていて,授業の評価の基準を担っている」と述べていた.
ここではフィンランドのICT教育について検討する.フィンランドは2016年からプログラミング教育が小学校で必修化となったのに伴い,2014年からプレカリキュラムの導入を行い,すでに小学校ではプログラミング教育を行っている.また教科の枠に縛られないプロジェクトベースの教育方法も行われ始められた.またスマートフォンからもアクセスできる学校ウエブサイトや公務情報システムもある(上松 2016b).訪問したすべての学校で,教科連携が緊密に行われていた.
5.1 どの教科にもタブレット端末を使うオラリ中学・高校(Olarin koulu ja lukio)の調査では複数の教科を視察した.すべての高校生が卒業試験はコンピューターの画面上で試験が行われることになっているため,新1年生からすべての授業でコンピューターを使うことが必須である.哲学や倫理学といった文系の授業 [図3] もiPadを使って意見の共有が行われている.エリナ先生にインタビューしたところ,「プログラミングの授業も色々な教科で行われている.宗教学の教師が,宗教学の授業の中でプログラミングを学習者に組ませて意見を集約するソフトを作る」と述べていた.
オラリ中高校でのプログラミングの教師教育はMOOC(Massive Open Online Course)で行われている.アールト大学のコンピューターサイエンス学部マルミ教授によればそのMOOCはアールト大学やヘルシンキ大学によって作られていているものが使用されているという.研修は週1回ということも多くあるという.教師によれば「研究スタイルはMOOCの映像をみて,それについて反転学習的に学ぶ方が早い」と述べていた.プログラミングの教師教育のMOOCは,この学校では10回程度のものが多いという.
期間内に調査したすべての学校において学習者が日常的にインターネットを利用していた.最新のテクノロジーを使うだけが目的ではなく,まずは教育カリキュラムを改善しITの理解を積極的に授業内容に盛り込む英国の事例もあった.またフィンランドのように,全教科でタブレット端末を用いた授業が毎時間ある状況で,教師がMOOCで教師教育を受けたり,生徒も教育アプリを使いながらクリエイティブな学習活動を行ったりと,教師も生徒も主体的に学び続けるという事例もあった.教育方法としては,自宅で使っている機器を教室内に持ち込み可(BYOD:Bring your own devise)というスタイルで,ウエブサイトにアクセスし生徒児童が主体的な学びをする事例が少なくない.
一方で,個人データのクラウド化,パーソナライズ化で,個々に応じた学習が技術的には可能な状況で学びのスタイルも学習者の学びや時代のニーズに沿って柔軟に変化させている国が少なくなかった.特に端末を使うケースにおいてはすべての授業がアクティブラーニングで協働学習が日常的に行われている学校もあった.中高校生であっても,株のトレーダーとなったり,ベンチャーのスタートアップをしたりという事例を生み出す源には,最新のテクノロジーを使った教育や教育方法が背景にあるようである.ITデータ取得も可能な時代,教室内だけに限定された仮想通貨を使う事例やVRやARを使う授業事例から将来のキャリア形成等の関連性解明を経年的に研究することが可能となった.先進国ではこうした研究がすでに始まっている国もある.日本においてもSociety 5.0の時代の教育について早急に検討することが求められる状況である.
博士(教育学).新潟大学大学院情報文化研究科修了,新潟大学大学院後期博士課程修了.武蔵野学院大学准教授.早稲田大学招聘講師,早稲田大学情報教育研究所招聘研究員,国際大学GLOCOM客員研究員.東洋大学・群馬大学非常勤講師.総務省プログラミング教育事業推進会議委員.教育におけるICT利活用促進をめざす議員連盟有識者アドバイザー.