サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
下剋上プロジェクト
下剋上プロジェクト 「若手研究者による識者へのインタビュー」これからの日本に求められる新しいサービス
森藤 ちひろ
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2017 年 4 巻 3 号 p. 28-31

詳細

1. はじめに

下剋上プロジェクトとは,著名な研究者やビジネスパーソンとサービス学に関わる若手研究者との交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトです.本記事では,下剋上プロジェクトの一環として,サービス学における重要なテーマについて若手研究者が識者にインタビューした内容をご紹介します.

今回は,オリックス株式会社(以下,株式会社を省略)シニア・チェアマン 宮内義彦氏に御協力を賜り,「これからの日本に求められる新しいサービス」についてインタビューを行いました.

オリックスは,日本においてリースという新たな金融サービスを確立した企業であり,現在は多角的金融サービス企業として,社会のニーズに応える様々なサービスを提供されています.その事業の範囲は,法人・個人向けに,金融サービス,自動車関連サービス,不動産関連サービス,環境エネルギーサービスなど非常に幅広く,世界36カ国で展開されています.

宮内義彦氏は,長きにわたってオリックスの経営に携わってこられた経営者であり,現在はオリックスのシニア・チェアマンでいらっしゃると同時に,新日本フィルハーモニー交響楽団理事長等を勤めておられます.また,総合規制改革会議議長をはじめ様々な要職を歴任されています.

幅広いサービスに精通しておられる宮内義彦氏に,オリックスが進めてこられた「隣地拡大」戦略や,超長寿社会に求められるサービス,今後の日本のサービス業の課題などについてお話しいただきました.

2. 宮内チェアマンへのインタビュー

2.1 オリックスの「隣地拡大」戦略による多角化経営について

森藤 2017年3月期の業績総括によれば,御社は過去最高益を更新,8期連続の増益を達成されたとのことで,弛まぬチャレンジの結果と推察いたします.このような長期にわたる成功の背景には,隣地拡大(既存事業に隣接する領域に少しずつ進出していく)戦略やその他,様々なご努力がおありかと存じます.御社の意思決定の仕組みや意思決定の際に重視される情報などについてご意見を伺えればと思います.

図1 宮内義彦シニア・チェアマン

宮内氏(以下,敬称略) 何か事業を行っていますと,その事業の周辺が見えてきます.私は,事業というものは,専門知識がなければ成功はおぼつかないと思います.自社の事業は,まさに本業ですから専門知識を持っており,それに対してエネルギーを費やすと成功します.しかし,隣地というものは,自分の持っているテリトリーよりは専門知識は少ないけれども,かなりの程度の知見があるので,そこへ進出するということは,成功の確率も高いといえます.従って,隣地へ出ていくというのは,飛び地へ出ていくのに比べると,成功の確率は高いだろうと思います.

 しかし,全てが成功するとは限りません.うまくいくだろうと思って出ていきますが,最も大切なことは,早く目途を付けるということです.思ったとおりにいかないと思ったら,大きく傷を受けないうちにやめる.逆に,思ったとおり進みそうだという時には,そこに十分に経営資源を投入します.要は,隣地に出ていく方法が重要です.「失敗した時でも小さな失敗にとどめ,うまくいきそうな時には大きな成功にしていく」ということの繰り返しです.あまり時間をかけ過ぎると,失敗はだんだん大きくなってしまいます.

森藤 「撤退する時は精鋭部隊を送り込む」というお話をされていらっしゃるのを記事で拝見しました.

宮内 それは,大きく失敗した時の撤退の仕方です.大きな失敗の撤退は非常に難しいですが,通常の「これは駄目だな」というものは,速やかにやめるのみです.

森藤 少額の出資から事業を始められるというのも,傷を小さくするための方法でしょうか.

宮内 隣地の事業であっても,大きな失敗をしてはいけないので,小さく始めます.小さく始めたものを成功させるには時間がかかります.結果的に,隣地拡大戦略を成功させるには,かなりの時間を必要とするところがあります.

森藤 戦略の評価指標とされていらっしゃるのは,最終利益,ROE(株主資本利益率),利益成長率などの数値なのでしょうか.

宮内 同じ「成功する」ということでも,小さなマーケットで成功する場合もありますし,思った以上に大きなマーケットで成功する場合といろいろあります.そのため,その都度,「成功」を見極めなければいけません.大きなマーケットがあると思えば,時間をかけてでも伸ばしていきますし,小さなマーケットであれば,スピード優先で押さえていく等,全てケース・バイ・ケースです.算数とは違いますので,係数を当てはめながら戦略を進めていくというわけにはいきません.係数は,結果としてついてくるものだと思います.

森藤 御社が「新しい価値を創造する」,「イノベーションを繰り返す」企業として存続するための仕組みとして,マトリクスで組織をつくっていくことが鍵になっているのでしょうか.

宮内 どのような企業であっても,単純な組織図で動かしていくのではなく,立体的に経営していかなければなりません.そのため,当然,マトリクスになります.縦横だけでなく,より様々な切り口から物事を見ていかなければならないでしょう.

2.2 これからの日本に求められるサービスについて

森藤 これからの日本に求められるサービスについて伺いたいと思います.宮内様のブログを拝見いたしますと,「社員全員が65歳以上の会社をつくれないか」,あるいは「都心の高齢者の増加への対応策として,故郷に近い地方都市に引っ越すという方法」などを提案されておられまして,非常に感銘を受けました.超長寿社会・超スマート社会に突入しようとしている日本のこれからのサービスに関しまして,何かお考えをお聞かせ願えますか.

宮内 人口減少にしろ,高齢化にしろ,社会は変わっていきます.従って,その変化した社会において尊ばれる経済行為というものも変わっていきます.サービス産業でも,今まで疎かにされていたものが非常に重要になったり,逆に今まで重要だと思っていたものが価値を失ってしまったりなど,これから非常に変化していくと思います.どのように変化するかについて的確に予測するのは非常に難しいと思うので,その時々の世の中の動きより少し先んじるようにして事業を展開していくと,一番成功します.世の中では,このようなサービスが必要になっていくのだろうと思ったとしたら,それを事業として動かしてみます.半歩もしくは一歩先に行った人が成功します.人の後に続いた人もある程度はうまくいくかもしれませんが,三番目の人は多くの場合難しいだろうと思います.人の真似は遅くなるほど成功は難しいでしょう.

森藤 御社は,近年エネルギー事業に力を入れておられます.長期的な計画を固めずに柔軟にされてこられた分野と,エネルギー事業のように長期的に事業を見ていく分野の両者のバランスが素晴らしいと思います.現在,御社の中で成長している事業について,この先,どのような展望をお持ちでしょうか.

宮内 明日のことが分かる人は一人もいないので,それは分かりません.分からないけれども,大丈夫だろうと思わざるを得ないですね.しかし,思っていたとおりにならない場合がありますから,その時々の世の中の動きに沿って変えていかなければなりません.常に柔軟に対応していかなければ,「私はこの道を真っすぐいきます」と言って進んだ結果,崖から落ちてしまうということになります.経営というのは,柔軟性が重要です.

森藤 御社が手掛けておられる様々な事業は,隣地拡大された結果,非常に多岐にわたっておられます.現在のビジネスは,クライアント企業に対するビジネスモデルの提案や,消費者の問題解決に焦点を当てた事業など,新たな価値共創を中心に計画されることが多いのでしょうか.

宮内 ユーザーが企業であれ個人であれ,顧客が評価するものを提供しない限り,事業は成り立ちません.一番の問題は,日本ではサービスは「ただ」(無料)であるかのように考えられていることです.そのような捉え方は一時的には成り立つかもしれませんが,恒久的には成り立ちません.だから,十分に対価を取れるサービスでなければ,どんなに良いサービスでも経済的にはほとんど意味がありません.その意味では,日本のサービス産業は先進国の中で桁外れに生産性が低いのです.これは重大な問題です.つまり,桁外れに生産性が低いということは,サービスが対価を取っていない,換言すると,対価を取れないようなサービスを行っているということもできるでしょう.日本のGDPの7割強を占めているサービス産業,第3次産業の課題は非常に大きいと思います.

2.3 今後の日本のサービス業の課題について

森藤 日本のサービス業の生産性の低さが問題であるというお話を伺いました.サービス業の範囲は拡大しており,生産性の高いサービスを提供していくことがこれからの日本の課題であると認識しております.サービス業の生産性について,重要と思われることやご提言等はございますか.

宮内 サービスに対しては正当な対価をいただくべきです.対価をいただかずにサービス合戦をしているのは,経済全体から見ますと,マイナスです.提供したサービスに対してきちんと対価をいただかなければ,生産性は上がりません.また,生産性が低いということは,付加価値に比べて働いている人の数が多過ぎるということです.これは,今後,日本の労働人口が減っていくと,かなり調整されていくと思います.それは世の中から見た場合,サービスが低下したということになるのですが,やむを得ないことだと思います.日本のおもてなしの心は素晴らしいのですが,「本当のおもてなしを受けようと思ったら,きちんと対価を支払う必要があり,高いですよ」というのがあるべき姿だと思います.

森藤 今,拝聴したことと関連しているかと思うのですが,現在の日本のサービス業の課題の1つとしては,「対価に値するサービスを提供している」ということを消費者に伝える努力が少し足りないのかなと思いましたが,何かお感じのことはございますか.

宮内 日本にはサービス業の分野で,非常に広く社会的な規制がかかっています.社会的な規制によって,その範囲でしかサービスが提供されないという分野があります.例えば,介護制度がそうです.介護サービスの提供者は提供できるサービスに制限があります.現状では,介護保険の利用者が「そこにあるバナナを食べたいので,切って下さい」とサービス提供者に依頼した場合,「それは私の仕事ではありません」となって,サービスが提供されない状況が起こり得る制度になっています.

これに対して,例えば,この制度をバウチャー制にすることも考えられます.バウチャー制というのはチケット(引換券)を渡すことです.国から介護を受ける人に対してチケットが配られ,介護を受ける人はそのチケットを使って,いろいろな人に様々なサービスを頼むことができるようにするのです.介護を受ける人が自ら自由にサービスを選択することができるようになると,もっと内容の良い介護制度ができると思います.そして,そのようなサービスであれば,相応の対価を払ってもよいという人は多数おられます.

 しかし,現行の介護制度では,利用者は自分の手でバナナを切らなければならないということになっており,社会的な規制がサービス業の発展を鈍らせているように感じます.社会的な規制を緩和していくと,さらに面白いサービス業が生まれ,世の中がより豊かになると思います.国の規制は,豊かなサービスを提供させようというよりも,最低限のサービスに留まらせてしまっているように思います.サービス業の発展のためには,規制改革というものが一番大きな鍵になると思います.

森藤 健康産業や,環境エネルギー事業なども同様に規制改革が必要ということなのでしょうか.

宮内 環境エネルギー,教育,働き方等も,まだまだ議論が必要です.医療,介護,それから保育園の制度もそうです.いろいろな分野で,規制によってサービスを提供したいのにできない,サービスをさせないというシステムになってしまっています.

森藤 日本の農業分野のこれからについては,どのようにお考えでしょうか.

宮内 農業については,日本は大いに期待できると思います.しかし,今の日本の農業は,70代・80代の高齢者が中心です.それでは事業として成り立って行かないでしょう.そうではなく,事業として成り立つにはどうしたらいいかという視点で農業を考えれば,今とは全く違うものができると思います.

森藤 どのようにすれば農業を大きく変えることができるでしょうか.

宮内 農業の制度を変えると良いと思います.制度を変えれば,もっと面白い農業,生活ができる農業,世界に売れる農業というものを作ることができます.

森藤 社会的な規制は,非営利組織が提供する公的サービスに多く見られるように思います.宮内様は,楽団や大学等のマネジメントにも関わっていらっしゃいますが,非営利組織の改善について,何かご意見はございますか.

 私は,ゼミなどで地域の方や学生と一緒に過疎化が進む地域の活性化について議論をすることがあるのですが,解決はそれほど容易ではないように思います.

教育現場でこのようなことに取り組むと,若者らが変わっていくことなどご意見を賜れたらと思います.

宮内 あまり無理なことをしないことです.例えば,過疎地にお住いの方を,そこへずっと留まらせようというのではなく,その人が一層幸せになるにはどうしたらよいかを考えるべきです.例えば,駅が近くにある村で駅前に家を構えた方がその人にとって一層幸せになることもあるのではないでしょうか.そのような政策を実施すべきだと思います.皆が都心にくる必要はないと思いますが,少なくとも,年を取れば取るほど,村の中心,街の中心に来た方が快適な生活ができると思います.毎日,山奥に郵便を配達するというのは,サービスを受ける側にも,提供する側にもいつか無理が生じると私は思います.無理をしないことです.

 そのように考えると,過疎地対策というのは過疎地が重要なのではなく,過疎地に住む人こそが重要なのです.例えば,過疎地の方々の最も幸せなことは何なのかということです.そこにずっと住まわれることが幸せなのでしょうか.私は,元々住まれていた場所から街の中心に出て来ていただき,きちんとした施設などでしっかりと生活管理をなさりながら生活する方が幸せに感じる方もいらっしゃるのではないかと思います.

森藤 おっしゃっておられるのは,新しいコミュニティを作っていくということでしょうか.

宮内 そうです.今の日本の政策は,現在住んでいるところに留めることを優先するという傾向があります.しかし,留めておくために莫大な経費をかけても,結局それは完成しません.それでも,まだ過疎は進むのです.日本中,限界集落だらけになります.

森藤 私たちは,「過疎化をどうすればよいか」ということばかり考えていました.

宮内 無理しないということが大切だと思います.無理しても仕方がありません.

森藤 なるほど.

宮内 中山間地域でこれからも暮らし続けるというのは,大変困難なことです.若干名の方が住んでおられて,その方々を行政が全部お世話をしようとすると,経費ばかりが嵩んでしまいます.税金の使い方として,それが本当に正しいのか,議論が必要な時期に差し掛かっているのではないかと思います.

森藤 最後に,サービス学会に期待すること等がございましたら,メッセージをお願いいたします.

宮内 サービスは,日本の経済の大部分を背負っているわけですから,研究において提言していただく分野は非常に広いと思います.骨太な提案を投げ掛けていただくことができれば,とても面白いと思います.

森藤 本日は,誠にありがとうございました.

識者紹介

  • 宮内 義彦

オリックス株式会社シニア・チェアマン.1980年オリックス株式会社代表取締役社長・グループCEO,2000年代表取締役会長・グループCEO,2003年取締役兼代表執行役会長・グループCEOを経て2014年より現職.『リースの知識』(日本経済新聞出版社),『私の経営論』(日経BP社),『私の中小企業経営論』(日経BP社)など著書多数.

著者紹介

  • 森藤 ちひろ

流通科学大学人間社会学部准教授.2011年関西学院大学大学院経営戦略研究科博士課程修了.博士(先端マネジメント).専門は,サービス・マーケティング,消費者行動.主に,サービスにおける顧客満足・顧客参加,ソーシャル・マネジメントに関する研究を行っている.著書『入門 企業と社会』(共著,中央経済社)など.

 
© 2017 Society for Serviceology
feedback
Top