サービソロジー
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特集:「価値共創とマーケティング」
ファッション産業における価値共創
馬塲 正実
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2017 年 4 巻 3 号 p. 4-11

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1. はじめに

経済産業省製造産業局繊維課による「ファッション産業人材育成事業」平成15年度中間報告において,「ファッション産業は情緒的価値を扱う産業であり,社会の成熟に伴って人々が心の豊かさや個性をより一層追求するに従い,今後ますます市場が拡大するビジネス分野である」と報告されている(経済産業省 2003).一方でファッション産業は,他の産業同様,すでに物質的豊かさを達成し(経済産業省 2007),知識,サービス,デザイン,コンテンツ等,心の豊かさに関わる価値が求められつつある.内閣府「国民生活に関する世論調査」における生活者意識の移り変わりをみると,1979年以降,一貫して「モノの豊かさ」よりも「心の豊かさ」に生活の重心をおく人の割合が増加し続けている.またモノの豊かさから心の豊かさへ生活の重心が変化していることに伴い,家計支出動向も変化してきている.バブル崩壊直後の1992年にピークを迎えた以降はモノ自体への支出額が減少し続けているのに対し,サービスに関する支出額は一貫して増加している.

本稿は,近年,マーケティング分野において注目される価値共創の概念に関して,製造分野,特にファッション産業にフォーカスし,複数の最新事例を活用してその実践についての理解を深めることを目的とする.前段のファッション産業に関する経済産業省および内閣府による調査では,モノの豊かさから心の豊かさへ生活者の意識が移り変わっていくのに伴い,モノへの支出額の減少とサービスに関する支出額の増加が顕著になっていることが分かる.そこで本稿では,価値共創に関して,企業と消費者との役割関係を見直すことの重要性を指摘するとともに,製品やサービス開発のあり方に対する見直しが求められている文脈において,S-Dロジックの概念を分析視角として考察を深めていく.

2. 先行研究:サービス・ドミナント・ロジック

サービス・ドミナント・ロジック(Service Dominant Logic)(以下,S-Dロジックと略記する)は,Vargo and Luschによって提唱され,マーケティング理論のフレームにおいて,モノによる従来の交換中心のアプローチではなく,サービスによる使用中心のアプローチとして議論が活発に行われている(Vargo and Lusch 2004).河内は,価値共創に関する研究は,S-Dロジックの価値共創概念を中心に,企業と顧客との役割関係を見直すことの重要性を提起し,様々な領域からそのアプローチが行われており,具体的には,消費者の捉え方を見直すもの,製品開発の形態を捉え直すもの,あるいは,ブランド価値との関連において考察するもの,などが挙げられると述べている(河内 2013).また価値共創の概念に関して,河内は,S-Dロジックからの影響を受ける形で価値共創との関連付けを試みている研究と,S-Dロジックの影響関係にない形で独自に価値共創研究を進展させてきた研究の2つのスタンスがあると言っている(河内 2014).そして,(河内2013)で論じたように,S-Dロジックでは,「価値は受益者を含む複数のアクターによって常に共創される」(FP6)という認識のもと,「アクターは価値を提供することはできず価値提案の創造と提案に参加することしかできない」(FP7)という立場をとっており,これは,企業が価値を創造し,顧客が価値を消費する,という従来の考え方を根本的に見直すことを意味している.つまり,企業は価値を創造するのではなく,提案することしかできないのであり,顧客は価値を消費するのではなく,提案される側として認識されることになる.この捉え方は,交換価値を重視するものではなく,使用価値・文脈価値を重視する立場につながっている.すなわち,「価値は受益者によって常に独自にかつ現象学的に判断される」(FP10)が意味する通り,価値というのは,価値の受益者自身の人生や脈絡において位置付けられ,個々の認識状況に依存するということになる.したがって,S-Dロジックにおいては,消費(consumption)という言葉にも,特徴的な意味合いが込められており,S-Dロジックで言うところの消費には,必要なものをすべて揃える(complete),完成させる(perfect),という意味の“consummate”が当てはまるとしている(河内 2013).

表1 S-Dロジックの公理と基本的前提
FP1 サービスが交換の基本的基盤である.
FP2 間接的な交換は交換の基本的基盤を見えなくする.
FP3 グッズはサービス供給のための伝達手段である.
FP4 オペラント資源は戦略的ベネフィットの基本的な源泉である.
FP5 すべての経済はサービス経済である.
FP6 価値は受益者を含む複数のアクターによって常に共創される.
FP7 アクターは価値を提供することはできず価値提案の創造と提案に参加することしかできない.
FP8 サービス中心の考え方は元来受益者志向的でかつ関係的である.
FP9 すべての社会的アクターと経済的アクターが資源統合者である.
FP10 価値は受益者によって常に独自にかつ現象学的に判断される.
FP11 価値共創はアクターが創造した制度と制度配列を通じて調整される.

(出所)Vargo and Lusch(2004, 2006, 2008, 2016)を基に作成

またS-Dロジックでは,競争優位性を獲得するために,オペラント資源,とりわけより高次な資源であるコア・コンピタンス(知識とスキル)を認識している(Vargo and Lusch 2004)*1.売り手と買い手との間の交換は,双方がこのオペラント資源を応用することを指し,このサービスを供給する方法には次の2つのタイプがある.1つは,無形財である複数形のサービシィーズによって買い手にサービスを直接的に供給する方法,もう1つは,売り手が有形なグッズに自身のオペラント資源を応用し,そのグッズを介して買い手にサービスを間接的に供給する方法である.さらに,Vargo and Luschでは,価値共創は2つの構成要素から成立すると言っている(Vargo and Lusch 2006).1つは,価値の共創(co-creation of value)と呼ばれるもので,価値共創の最も包括的な概念で,売り手と買い手の相互作用の中でユーザーが直接的あるいはグッズを通して間接的に彼自身のオペラント資源を応用することである.したがって,無形財のサービシィーズのようなフェース・トゥ・フェースによる価値の共創だけでなく,顧客が自動車メーカーから購入した自家用自動車を運転することや,顧客が家庭で料理を調理することも間接的な価値の共創となる.もう1つは,共同生産(co-production)と呼ばれるもので,中核的提供物(core offering)自体を創造することに顧客や価値ネットワーク内の他のパートナーが参画することを表している.それは,生産者との間での共同による考案,共同によるデザイン,あるいは,グッズの生産プロセスの一部を担うことが含まれる.

ここまで,S-Dロジックにおける価値共創に関する先行研究について,本稿にとって認識すべき概念を取り上げレビューしてきた.次章では,ファッション産業について,その特徴を解説し,製造分野における価値共創の実態に迫っていく.

3. ファッション産業の考察

3.1 ファッション産業の特徴

ファッション産業には次の3つの特徴がある.第1はシーズン性が存在するとともに本質的にトレンドに左右される流行商品を扱う点である.第2はアイテム・デザイン・サイズ・カラー等SKU*2が非常に多いという点で,第3は消費者の好みが多様化し販売予測が困難な点である.特に3つめの消費者の好みの多様化は,1つのブランドによってすべての消費者のニーズに対応することが困難なことを示している.ターゲットのニーズごとにブランドは存在可能であり,それがファッション産業の参入障壁の低さ*3と競争関係に影響を与えていると言える.これまでも消費者の好みの多様化は認識されてきたが,近年企業が売れ筋商品に追随した商品企画に傾注することにより,マーケットの同質化が起きている*4.企業は,商圏内の競合ブランドとの競争において,差別化ポイントを見出そうとするよりも相互に模倣しあう意識が強く働いてしまっている.一人でも多くの消費者に商品を購入してもらうためには,特異な個性の強い商品を少ロットで展開するよりも,売れ筋追求型の戦略を取らざるを得ないのが実情である.また価格競争が激化するなかで利益を捻出するには,原価を抑えるために無難な商品は,スケールメリットを利かせる目的で大量発注するか,企画・生産機能をOEM・ODM*5先にアウトソーシングして経費を抑えることになる.多様化した消費者ニーズに対応していくためには,独自性を創出するクリエーションの醸成が不可欠である.クリエーションはなかなか売上に繋がらないため,売れ筋追求型に走り同質化に陥ってしまいがちであるが,多種多様な独自性の創出のためには,クリエーション能力を強化することが急務といえる.

3.2 ファッション製品における価値の考察

ファッション産業の各企業は,どのようにこのクリエーション能力の強化を図っているのであろうか.図1は延岡が機能的価値と意味的価値を図示したものである(延岡2011).

あるファッション製品の価格に大きな影響をもつ基本機能・スペックと価格の関係をこの図から考えてみる.基本性能としては,素材,品質,着やすさや使いやすさなどが考えられ,これらは基本的な機能・スペックを客観的な価値基準として表している.それと価格との間に高いレベルでの相関関係があれば,それは機能的価値と判断することができる.図1の白丸の商品は,主要機能によって価格が決定されており,顧客は客観的に基準が定まった機能的価値に対してその対価を支払っていると考えられる.一方,図1の上部にプロットされている塗りつぶされた丸の商品は,基本機能・スペックと価格の相関関係とは異なる関係から対価が支払われていると考えられる.延岡は,図中の直線で表している機能的価値によって決まる価格水準と,実際の価格との差異が意味的価値であると言っている(延岡 2011).ファッション製品に関して見ても,基本機能・スペックだけで商品価値が決まっている商品はほとんど存在しない.ファッション製品の価格には意味的価値が大きな要素を占めていると言えるであろう.

図1 機能的価値と意味的価値(仮想例) (出所)延岡 (2011) p.101より引用

では,ファッション製品で考えられる意味的価値にはいったい何が考えられるであろうか.それはブランドそのものであり,デザインであり,販売員の接客といったものであろう.それらはコンテキストによって表出し,感性や経験そしてアトモスフィアと強い関係がある.これらの価値は暗黙性が高く形式知化しにくい価値と言える.またファッション企業のクリエイティブディレクターは,これまでのファッションデザイナーとは異なり,服のデザインに留まらず,広告やイメージ戦略,ショップ展開など,ブランドビジネス全体に責任を負い,ビジネスのトータルなディレクションを行う立場の役割を担っている.つまり彼らは基本機能・スペックにブランドの歴史やデザインなども含めたトータルな価値で評価される非分割的な価値を創出しているのである.そしてそれらの価値は顧客の深層にある潜在的なものであり,デザインや経験した店舗の雰囲気,販売員の接客などによって顕在化していくものである.この意味的価値に対してファッションブランドの顧客は,その商品のもつ機能の価値よりも高い対価を支払っているのである.

それではファッション企業は,意味的価値であるデザイン開発や販売員の接客スキルをどのように組織として創造していけばよいのであろうか.野中,紺野は知識創造経営を提唱し,そのエコシステムの中枢にあるのが知識創造理論であるとしている(野中,紺野 2012).組織的知識創造とは,組織が個人・集団・組織全体の各レベルで,企業の環境から知りうる以上の知識を新たに創造することであると定義している.そして知識創造のプロセスは暗黙知と形式知の相互変換であり,その循環的なプロセスを通じた知識の質的,量的な発展であるとしている.これを共同化(Socialization),表出化(Externalization),連結化(Combination),内面化(Internalization)という4つのプロセスで表し,それぞれの頭文字をとってSECIモデルと呼んでいる.

続いて,SECIモデルを活用してファッション企業のデザイン開発における新たな知識創造を説明してみよう.ファッション企業のデザインチームでは,複数のデザイナーが協業してデザイン開発の業務を遂行している.一人ひとりのデザイナーが自己完結して完全に分業しているケースは稀であり,チームとしてデザイン開発に取り組んでいるのである.第1の共同化のモードでは,各デザイナーの感性や経験・スキルを通じた暗黙知の共有と演出が行われる.熟練的技能やノウハウ,勘を能動的・受動的に維持し活用する.頭でそれを考えようとせず,現実を共感し同期していく段階であり暗黙知の伝授と移転が行われる.第2の表出化のモードは対話と思慮による概念とデザインの創造の段階で,暗黙知の形式知化が行われる.自己の暗黙知をメタファーやアナロジーそしてモデルによって言語化し,新たな概念を創造していく.服のデザインとしては,デザイナーがデザイン画を作成することにより形式知化し,個々のデザイン画をMAPにして共有し構成を検討する業務を実施する.続く第3の連結化のモードでは,形式知の組み合わせによる新たな知識の創造が行われる.前シーズンの売上データや店頭からフィードバックされた情報を活用してシミュレーションを行い,次シーズンのデザインに反映させていく.そして第4の内面化のモードで,実践や仮説検証によって形式知を行動のレベルで伝達し,新たな暗黙知として学習していく.この各モードを日常的にスパイラル状に繰り返していくことによって組織のノウハウとして新たなデザイン開発活動が構築されていくのである.そのためには各人のデザイン開発の暗黙知を柔軟に吸収し合い,共同して形式知化し検証を重ね,市場の実績データを謙虚に反映させて,新たなデザインを創造していくというチームとしての協働思考と各デザイナーの自己成長が重要になると考える.

3.3 ファッション製品におけるデジタル化

ファッション産業では,ITの進展によって,企画,生産,流通,販売に至るまで,従来のアナログ技術のデジタル化が進んでいる.本節では,今後のファッション産業における価値共創に大きな影響を与えると考えられるデジタル化について考察を試みる.

多くの産業において,デジタル化が進行しているが,ファッション分野においてもデジタル化が進み,業務の大半はデジタル化されたデータの活用で,正確かつスピーディに行われるようになった.人間の感性が重視されることからデジタル化が遅れていた企画部門においても,CADの導入や,グラフィックデザインソフト,画像加工ソフトの活用により,業務の生産性が向上している.デジタル技術活用の利点は,日常業務の作業効率を上げることで,企画スタッフが感性や理性に基づく創造的な業務に集中することができる点にある.またITの活用により,企画室から他の部署,そして取引先企業へのコミュニケーションが飛躍的に向上し,多くの情報を正確かつスピーディに処理することが可能となった.

企画部門にもましてデジタル化が進んでいるのが販売部門である.今やスマートフォンやタブレットがあれば,消費者はいつでも手軽に情報が得られ,自由に買い物を楽しむことが可能になった.またSNSの急激な普及によって,情報発信のツールや販売方法がデジタル化へと大きくシフトしている.これらの影響によって,消費者の購買行動や嗜好が多様化する中,ファッション企業ではオムニチャネル化対応により,消費者ニーズに応える動きが加速しつつある.

続く第4章では,リアルとデジタルを垣根なくつなぎ,消費者が求める商品を提供するオムニチャネルについて検討し,第5章では,ファッション産業における価値共創の新たな潮流であるファッションテックについて議論を深めていく.

4. オムニチャネル

スマートフォンやタブレット端末の普及が進んだことで,消費者はいつでもどこでも多くの情報のやり取りが可能になり(博報堂DYメディアパートナーズ2016),実店舗にいても容易にネット情報の確認ができるようになった.図2は,スマートフォン及びタブレット端末の2010年以降の所有状況である*6

図2 スマートフォン及びタブレット端末所有状況(東京地区) (出所)博報堂DYメディアパートナーズによる「メディア定点調査2016」より作成

2016年6月20日付のこの調査によると,15歳から69歳を対象とした母集団において,スマートフォン所有率は70.7%,タブレット端末においても38.8%と4割に近づく形となった.これは,商品をインターネットで購入する消費者が増加することにつながっている.実際に実店舗で商品を試着し,気に入った場合,スマートフォンやタブレット端末を使用して価格を検索し,最も価格の安い店舗やECサイトで商品を購入することが可能になった.この新たな消費者の行動を「ショールーミング」と呼ぶ.

一方,小売企業においても,今日では実店舗だけではなく,様々な形の販売チャネルを持つようになっている.小売業における消費者との接点は,店舗での一対一のシングルチャネルから,通販, ネットによるECなど新たな販売チャネルが誕生し,マルチチャネルとなった.マルチチャネルが高度化すると,ECで購入した商品を実店舗で受取ったり,返品したりすることが可能になるなど,クロスチャネル化が起きるようになる.ECと実店舗の購買活動が互いに連携しあい,さらにECでの活動が実店舗などでの購買に影響を及ぼすことを,ECをオンライン,実店舗をオフラインと考え,その頭文字をとってO2O(オーツーオー)と呼んでいる.メンバーズカードやダイレクトメールをスマートフォンアプリに集約したり,ECでの購入者にポイントを付与して実店舗に誘導したりする例がこのO2Oにあたる.

O2Oに対して,実店舗やイベント,ECをはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合して,消費者と接点を持とうとする戦略をオムニチャネルと呼ぶ.前述のマルチチャネルが複数のチャネルを多角的に展開することであるのに対して,オムニチャネルはあらゆるチャネルを連携させて消費者に訴求することを指す.オムニチャネルは,実店舗,EC,SNS,カタログ,スマートフォン,マスメディアといった複数のチャネルを横断した一貫性のあるシームレスな購買体験を提供することによって,顧客の満足度を向上させ,売上の拡大や顧客化を目指すことが可能である.しかし,現状において,オムニチャネルとマルチチャネルそしてO2Oを正確に区別することなく議論がなされている.O2Oは,ECでの購入者にポイントを付与して実店舗に誘導することで,来店回数や購入頻度が増え,短期的な新規客の獲得には効果があるが,顧客化や既存顧客の来店頻度向上には,オムニチャネルの方が有効である.今後の我が国のファッション産業は,人口減少や少子高齢化等によって,客数の大量獲得は難易度が高くなると考えられる.顧客化にフォーカスすることによって,自ブランドへの適合度が高い顧客を育て,より多くのファンとともに価値共創を目指す戦略が求められる.オムニチャネルによって,顧客化を図り,顧客生涯価値を高めることが次なるファッションビジネスの鍵を握る有効な施策になるであろう.

それではここで,経済産業省製造産業局が2016年2月に発表した「第3回アパレル・サプライチェーン研究会(論点資料)」から,個別企業によるオムニチャネル化に向けた動きを例示してみよう(経済産業省 2016).アパレル各社では,EC事業の強化と並行して,組織改革を進展させている.まずベイクルーズでは,各ブランドの戦略に沿う形でバラバラだったEC業務の運用を平準化し,ブランドごとのノウハウを共有するため,ブランドを横串にしたEC専門の部隊を組織した.それまで各事業部の裁量に任せていたECでの展開型数に,KPIを設定し,在庫の初期配分や期中フォローの見直しを図っている.さらに,在庫一元化による商品供給の強化を実施している.ベイクルーズの2015年のEC売上は164億円(前期比136%)で,自社サイト売上64億円(前期比151%)と大きく成長している.EC販売比率も10%から20%まで拡大している.

TSIホールディングスでは,在庫の一元化により,他のECサイトからの在庫を引き上げることを可能にし,機会ロスを大きく削減している.また,商品写真や説明も一元化することにより,利用者の利便性を向上させている.従来は,ECサイトごとに在庫管理をしていたため機会ロスも多く,非効率な物流体制であった.消費者も他のサイトを探すのが面倒で,未登録サイトへの登録が煩雑なため,購入を断念するケースも多く見られた.在庫一元化モデルの採用により,消費者のサイト検索も大きく効率化が図られ,複数登録サイトの管理も不要になった.工場や倉庫においても,機会ロスの削減が進み,物流の効率化が進むことになった.この取り組みは,2015年8月にフラッグシップである集英社から開始し,楽天,ルミネ等4つのサイトへ拡大予定である.

ワールドでは,次の3つのプラットフォーム戦略に取り組んでいる.1つは,デジタルプラットフォーム戦略である.EC事業を強化するため,既存のオリジナル通販サイトやブランド別ECサイトの開設を推進している.2つ目は,販売プラットフォーム戦略である.ブランド別の縦軸とエリア別の支店・営業所の横軸を組み合わせ,近隣小商圏型ショッピングセンターを展開し,地域マーケットニーズに対応した商品展開を強化している.3つ目は,生産プラットフォーム戦略である.国内グループ7社10工場(織物・編物,染色・整理,縫製)がJ∞QUALITYの企業認証取得した生産体制を完備し,国内基幹工場のデータを海外拠点へ送ることにより,海外でも,日本と同品質製品の製造を可能にしている.製品の納期により,国内工場と海外工場を使い分けることによって,商品供給の安定化を図っている.

またZARAを展開するインディテックスでは,これまで国内外の工場からすべての商品をスペイン国内の物流センターに集約し,世界の各店舗に直送していたが,現在ではEC販売の拡大等を受け,スペインの物流センターに加え,各国消費地ごとに物流拠点を設置し,EC販売商品のピッキング出荷作業や店舗への即日補給作業を行っている.またこの物流拠点で,商品を店頭ですぐに商品陳列できる状態に準備することによって,店舗におけるバックオフィス業務の削減を実現している.

本節の終わりに,オムニチャネルを成功させる上での課題をまとめておこう.オムニチャネルによって実現したいことが,単なる売上の向上や来店回数のアップではなく,顧客化による顧客生涯価値の拡大であるとすれば,顧客情報,買上げ履歴,在庫を統合するためのシステムインフラが不可欠となるであろう.顧客の囲い込みや,顧客情報の一元化を図ることによって,実店舗での買上げ履歴だけではなく,ECでの買上げ履歴も把握でき,実店舗とEC共通で利用できるポイントサービスを顧客に付与可能となり,顧客は新しい購買体験を手に入れることになる.また,消費者の購買行動や嗜好が多様化する中,パーソナライズされたサービスを提供するためには,ソーシャルメディアからの情報が不可欠となるであろう.スマートフォンやSNSが爆発的に普及したことによって,消費者の情報発信のツールや,企業の販売方法は,デジタルへと大きくシフトしていった.InstagramやファッションコーディネートサイトWEARといったSNSのアカウントと自社のデータベースをリンクさせることで,顧客一人ひとりへのダイレクトなアプローチが可能となり,顧客の購買体験に基づく価値共創が実現するのである.

5. ファッションテック

ファイナンスとテクノロジーを掛け合わせた造語「フィンテック」,また不動産とテクノロジーの「リアルエステートテック」のように,さまざまな分野においてテクノロジーの活用が叫ばれるようになった.ファッション産業においても,ファッションとテクノロジーを掛け合わせた造語「ファッションテック」が米国で誕生し,数年遅れて日本市場で展開されるようになった.ファッションテックとは,テクノロジーを活用してファッション業界を活性化させることを目指した商品やサービスを生み出そうとする動きを言う.ファッションテックは,実店舗におけるコミュニケーションやECでの売上げ拡大,またアパレル製品の生産や流通の効率化を図るための商品やサービスまで,その対象は年々広く拡大を見せている.米国においては,すでに多くの団体や活動が出現しているが,日本においては,このような活動はまだ一部に過ぎず,今後の盛り上がりが期待されている.特に日本のファッション産業は,衰退期に入っているにもかかわらず寡占化は進んでおらず,未だに川上から川下まで多くの企業がしのぎを削っている状況である.資本力をもつ大手ファッション企業が業績悪化に苦しみ,事業の再構築に迫られているため,ファッションテックの迅速な普及に足踏みしているのが現状であろう.

ファッションテックは,インターネットとテクノロジーによって,無駄の多いファッション産業の仕組みを根本から変える業界の活性化を実現しようと試みている.ファッション産業では,素材産業の川上からアパレル産業の川中,そして流通産業の川下まで,長い時間と多くの労力と膨大な資金が商品の価格に上乗せされる状況がこれまで見られてきた.スマートフォンのアプリを活用することによって,性別や年齢などの消費者の個人的属性と購入データを収集し,最新の売れ筋動向を反映した商品を的確に開発し,迅速に店頭へ新商品を届けることによって,短期間で販売ができるようになってきた.具体的な事例によって,この新たな価値共創を解説していこう.

5.1 ジョイントSPA

ファクトリーブランド専門ECサイト「ファクトリエ」では,国内アパレル工場と直接提携し,工場と直接取引することによって,商社や卸に係る中間マージンを排除し,自社でデザインした高品質な衣料品を従来の3分の1の価格で販売している.商品の織りネームには,「ファクトリエ」のブランドネームとともに,製造工場名を入れることによって,商品のトレーサビリティを新たな価値として消費者に訴求している.また自社ブランド商品の製造現場の見学ツアーを消費者向けに実施する試みにもトライしている.この工場見学では,消費者が直接製品づくりの体験もできるようになっており,自治体と連携することによって,工場周辺の市内観光も行程に盛り込まれている.

続いては,アパレル企業と縫製工場のマッチングケースに注目してみよう.「シタテル」は,マッチングプラットフォームを運営している.「シタテル」では,国内外のアパレル企業が把握しきれない技術力の高い国内の縫製工場やパタンナーをロット数30枚から数千枚で活用することが出来る.日本の高い縫製技術を活かし,様々なニーズに対して縫製工場と連携しながら,「シタテル・コンシェルジュ」による丁寧なサポートでワンストップの服作りができるクラウドソーシングサービスである.そのために,企画からデザイン,パターンの作製,生地選定,資材調達,サンプルチェックといった一連の製造プロセスを管理し,縫製工場の稼働状況をリアルタイムに把握し,オーダーや進捗状況情報を提供している.さらに,生産管理のプロと同社の独自開発したコントロールシステムにより,依頼者に変わって生産をコントロールし,品質の高い服を短納期かつ適正な価格で納品している.このように,ウェブ上で縫製工場マッチングを行い,素材・パーツからパターン,刺繍まで,アパレル生産を一括して受注できる新サービスは,「ジョイントSPA」と呼ばれている.

5.2 クロージングサブスクリプション

ファッションテックでは,オンラインファッションレンタルサービスといった新たなサービスも出現している.「エアクローゼット」が提供する消費者向けのクロージングサブスクリプションは,「お客様のもう一つのクローゼット」として,利用者と新しいファッションとの出会いを応援するサービスである.クロージングサブスクリプションとは,遊休資産を共有しあうシェアリングエコノミーで,毎月決められた金額を支払って,服やアクセサリーをレンタルできるサービスのことである.エアクローゼットの仕組みは至ってシンプルで,自分の体型や好みをオンライン上に登録しておけば,プロのスタイリストが選んだ服が専用ボックスで利用者の自宅に届くものである.これまでのレンタルサービスとの違いは,月額制で返却期限なしで,何度も新しい洋服との出会いを楽しめる点と,送料及びクリーニングを不要にしている点である.また,ストライプインターナショナルが運営する「メチャカリ」では,自社の人気ブランドの新作アイテムを定額で借り放題のサービスを展開している.運営会社直々のサービスであることから,新製品をレンタル商品にすることを可能にしており,60日借りるとその商品をもらえる特典も用意している.

5.3 バーチャルフィッティング

ファッションテックのもう1つの新たなサービスとして,バーチャルフィッティングにも触れておきたい.バーチャルフィッティングは,ファッション産業におけるEC最大のウィークポイントであった試着をバーチャルで済ませることを可能にした.画像認識やバーチャルリアリティなどの技術の進歩により,バーチャルで違和感なく試着できる世界を実現したものである.三越伊勢丹グループでは,世界初のデジタル技術を使用したミラー「memomi」の作品展示を行った*7.memomiは,試着した姿を360度から確認できるメモリー機能付きのデジタル技術を使用したミラーである.試着した姿の画像比較や,様々な角度からの画像確認,衣服の色の変化等が可能で,保存した画像はSNSでシェアすることもできる.

また,おしゃれを楽しみたいが着こなしや組み合わせが分からない消費者も多数存在する.ユーザーが,欲しい服の画像をアップロードすると,人工知能の解析により,似た服を収集してスタイリング提案を表示してくれる「ファインドミラー」といったサービスも出現した.この人工知能(AI)によるレコメンド機能は,販売員やインフルエンサーによるコーディネート提案とともに,消費者の好みと商品のマッチングの観点から大きな注目を集めている.

6. 総括

本稿では,ファッション産業における価値共創について,複数の最新事例を活用してその実践についての理解を深めてきた.消費者の購買行動や嗜好が多様化するとともに,消費者の暮らしの中に,スマートフォンやタブレット端末が急激に普及することにより,ファッション企業は,新たなテクノロジーの活用を必然的に求められることになった.デジタル化による消費者の利便性向上は,企業と消費者の情報の非対称性を解消し,消費者の新たな要求を企業に突きつけることになった.これは,企業は価値を創造するのではなく,提案することしかできないのであり,顧客は価値を消費するのではなく,提案される側として認識されることになるという前述のS-Dロジックの概念に一致する.企業と消費者との役割関係の見直しが求められる中,今一度,企業は自社の競争優位を再点検し,消費者との新たな約束を交わすために,次なる経営戦略の見直しを図るステージがやってきたことを認識すべきである.

著者紹介

  • 馬塲 正実

博士(経営管理学).立教大学大学院ビジネスデザイン研究科博士後期課程修了.専門は,マーケティング,流通論及びファッション産業の企業戦略.大手総合アパレル企業で実務を経験後,外資及びドメスティックのファッション企業においてブランドマネジメントに参画.その後,実務経験を活かしファッションビジネスの商品企画から店舗開発,そして販売研修まで,企業の課題をワンストップで解決するコンサルティング業務に従事. 立教大学経営学部,同大学院ビジネスデザイン研究科兼任講師.

*1  Vargo and Lusch (2004) は,資源をオペランド資源とオペラント資源に区分している.オペランド資源とは,効果を生み出すために作用が施される必要がある資源で,それは,枯渇しやすく,静的なものであり,具体的には,有形な資源を指している.一方,オペラント資源とは,効果を生み出すためにオペランド資源や他のオペラント資源に作用を及ぼすことのできる資源であり,それは再活性化されたり,再補充されたり,さらには,新たに創造される可能性を秘めており,本質的には目に見えず動的な資源である.

*2  流通業において,最終小売などの販売・商品提供の現場で商品の実販売量や在庫を管理する際に用いられる商品識別の最小単位のこと.

*3  ファッション産業は,1社あたりの売上高が低く,規制も少ないことから新規参入が容易である.

*4  SPAのビジネスモデルでは,市場で売れた商品を欠品させずに追加生産して供給するため,消費者ニーズに合致した商品を各社が先を競って供給することになる.

*5  Original Equipment Manufacturer相手先のブランド名で製造する企業.Original Design Manufacturer委託元のブランドで製品を生産する企業のうち,特に製品を設計から請け負い,生産する企業をODMと呼ぶ.

*6  博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所による「メディア定点調査2016」より引用.

*7  三越伊勢丹は,ファッション×テクノロジーの分野で優れたサービス,商品を持つ企業を世界から募集し,優勝者を決めるコンペティション「THE ISETAN CHALLENGE」を実施し,優勝したデジタル技術を使用したミラーの「memomi」と,準優勝の縫い目のない服を作る3Dプリンターの 「ELECTROLOOM」の作品展示を2015年8月26日(水)~9月8日(火)に行った.

参考文献
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  •   野中郁次郎,紺野登 (2012).知識創造経営のプリンシプル.東洋経済新報社. 77.
 
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