サービソロジー
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特集:JST・RISTEX・サービス科学のプログラムを終えて 〜サービス科学の学術基盤の構築への貢献〜
サービスにおける価値の研究
戸谷 圭子
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2018 年 4 巻 4 号 p. 4-8

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1. はじめに

本稿では,サービス研究に関連する「価値」の議論,特にマーケティングにおける価値研究の変遷を概観したのち,RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラム(以下,本プログラム)の成果を振り返る.サービスでは提供者と受容者の価値の共創が鍵概念であるため,本プログラムでも,課題名をみると,なんと全14プロジェクト中7つに価値または価値と関連する言葉が冠されている.このうち,特に,

  • (1)価値概念の理論・類型化・新たな提案に関するもの
  • (2)共創価値の計測手法の開発・計測に関するもの

に分けて,プログラム全体としての主要な成果と今後の社会・経済への貢献可能性を議論する.

2. 価値に関する先行研究

最初に,これまでの価値研究の系譜を簡単に振り返り,サービス研究における価値の位置付けを明らかにする.

2.1 これまでの価値概念研究

価値の議論は古代ギリシャ哲学の時代から行われて おり,二千年の歴史を持つ.近代になって経済学では「効用(代表的には限界効用理論)」として交換価値を対象とする数式化が行われてきた.その後,経営学が盛んになるにつれ,経営戦略論やマーケティング分野での価値,特に顧客にとっての価値の研究が多数生まれる.

アメリカン・マーケティング協会(以降,AMA)のマーケティングの定義で価値という言葉が登場するのは2004年の定義からである.その3年後に改定された2007年の定義をみてみよう(AMA 2007).マーケティングが「価値のある提供物」を中心とした活動として定義されていることがわかる.ちなみに,2004定義から2007定義への改定は,企業視点が中心であったものを「顧客,依頼人,パートナー,社会全体にとって」とした点にある.

マーケティングとは,顧客,依頼人,パートナー,社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり,一連の制度,そしてプロセスである.(2007 AMA 高橋訳)*1

サービス研究における価値の位置付けの理解の一助とするため,AMAの2007年定義に至るまでの,マーケティングにおける価値議論について,以下にその変遷を辿る.

Kotler(2008)によれば,価値創造が製品・サービスの管理,価値伝達がブランド管理,価値の配達・交換は顧客管理に対応する.

Gale and Wood (1994)によれば,第一段階として,全ての品質の向上が志向されるが,やみくもな品質向上は必ずしも顧客の購買,それに伴う企業収益を保証しないことから,第二段階の顧客を満足させる品質の向上に移行する.しかし,満足した顧客がロイヤルであるとはいえない.すなわち,自社がいま提供している商品・サービスに満足でも,安い価格で同じ便益を提供する競合他社へスイッチする可能性がある(この議論は品質管理分野,サービス・マーケティング分野においても頻繁に行われている).そこで,第三段階の競合対比での知覚品質の向上へと至る.顧客が他社と比較して主観的に判断した時に自社が選択される必要がある.さらに,品質のみでなく,関連する様々な価値のマネジメントによって達成される顧客価値の向上という第四段階へと移行する.これは先のAMAの定義とも合致している.品質のみの管理では顧客にとっての価値を高めることはできず,ステークホルダーや社会への影響なども含めた全体戦略が必要とされる.

図1 価値研究の発展 Managing Customer Value(Gale and Wood 1994)から筆者作成

さらに,消費者行動研究における価値研究として代表的なものに手段目的連鎖モデル(Gutman 1982)がある.価値は消費者自身の望む好ましい状態,幸福や安全などの究極の目的であり,それを達成する手段として製品やサービスを購買・使用すると考える.

長く物財やその所有を対象とすることが多かった価値研究は,成熟社会での人々のニーズの変化を受けて使用・経験の価値へと移行する.それでも,Schmitt (1999, 2003)の経験価値マーケティング企業が顧客にオファーするという流れが想定されているといえよう.しかしながら,その後の,サービス研究分野でのS-D Logic(Vargo and Lush 2004a, 2004b),イノベーション論(Praharad and Ramaswamy 2004)は,新たな価値概念として「共創(Co-creation)」を提示し,異なる次元に発展させる.これらの研究によって,モノとサービスという提供物の形態での区分ではなく,創造される価値に視点が移り,価値を中心に議論がなされる基盤ができたと考えられる.

近年の研究では,共創と近い概念として,カスタマー・エンゲージメント行動(以下,エンゲージメント行動)があげられる.ITの進化,SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などの普及で,顧客は自身が資源提供者となり,情報や知識を提供して,企業や他の顧客とインタラクションしている.この単なる購買行動を超えた積極的なインタラクション行動(van Doorn et al. 2010)がエンゲージメント行動とされるものである.そこには,金銭以外の価値の存在があると考えられる.顧客が車や家などの動産・不動産資源を提供することで成立するシェアリングエコノミーもその発展形である.

価値研究においても,企業から顧客に「提供される価値」から,「共に創る共創価値」へと焦点が移行する.

2.2 価値の測定

価値概念の理論的な研究と同期して,価値の測定の研究も進行している.

Zeithaml (1988)では,知覚品質,知覚価値と価格の関係がモデル化されている.製品の品質属性(内在的属性)と,物理的品質以外の属性(外在的属性)から形成される知覚品質は,知覚された犠牲(金銭的および金銭以外の犠牲)の影響を受けて,記憶の中で抽象化された知覚価値になる,とするモデルである.

このように価値は,顧客が得られる便益と顧客が払った犠牲の差(または便益を犠牲で割った商.上田1999)で測るという考え方が一般的である(図2).顧客の支払う価格(企業売り上げ)のうち,コストを引き算した部分がマージンである.

図2 共創価値算出の考え方

同じく,価値測定に関しては,顧客の生涯(経済的)価値を算出するCustomer Lifetime Value (CLV)研究がある.CLVはあくまで収益をベースとしたもので,将来にわたる顧客の金銭的な価値を現在価値として算出するものである.

上述の顧客エンゲージメント行動の研究から,CLVはエンゲージメント価値の測定研究へと発展している.これは経済的価値を超えた価値に着目するものである(山本,松村 2017).代表的なKumar et al. (2010)では,CLVに加え,口コミの価値(Customer Referral Value),顧客影響力価値(Customer Influencer Value),知識価値を(Customer Knowledge Value)加えたものを提唱する.CLVに金銭以外の価値として,顧客の自発的な資源提供行動の価値を加える点で,エンゲージメント価値の測定は一歩進んだものといえよう.しかしながら,2つの点で課題が残る.ひとつは,顧客が一生の間に企業にどれほどの金銭的価値を落としてくれるか,という企業視点のみで算出されている点,もうひとつは,従業員というサービスにおける第三の重要な関係者が企業の中に埋没している点である(戸谷 2013)

サービス研究の鍵概念である共創は,その活動によって顧客にとっても企業にとっても創造される価値が増加することを意味する(図2矢印部分).すなわち,顧客が被提供者という受動的な存在から,能動的な資源提供者となることで,企業はコストが削減できるだけでなく新たな価値を得,また,顧客は提供した資源(犠牲)以上の価値を得る.その共創される価値には経済的価値のみでは測定できない部分が確実に存在する.

そのため,共創の成否は顧客が何にどのような価値を見出すかの理解,それを実現するための,「提供物の創造・伝達・配達・交換するための活動」,すなわち,経営戦略とマーケティングである.

3. 本プログラムにおける価値研究

3.1 新たな価値概念の理論と類型化,提案

本プログラムの研究で価値概念の理論化・類型化に関するものは,いずれもS-D Logicの共創価値をベースとする,または,なんらかの影響を受けたものといえよう.

共創プロセスの構造化に先立ち共創価値に関する広範なレビューを行ったのは22年度の藤川プロジェクトである.使用価値にも事前設計と事後創発があるとする.また特に文脈価値については,文化差に着目し,高コンテクスト(文脈)文化と低コンテクスト文化の元でのサービスの国際移転の容易さ(低→高は移転しやすい)ことについて実証した.なお,文脈価値については,報告書内ではS-D Logicが引用されているほかは,明文的な定義はされていない.「使用価値ないし文脈価値」という表現が頻出することから,使用価値とほぼ同義で使われているものと考えられる.

22年度の小林プロジェクトでは,価値共創の4つのパターンを提示した.提供者側の価値提供形態と,顧客側のニーズを,それぞれが暗黙的か明示的かで組み合わせ,慮り型,すり合わせ型,明示型,見立て型の4つが提示されている.実証ではエスノ・メソドロジーを使用して,日本型クリエイティブサービスが現場の提供者と被提供者間でどう実現されているかを検討し,さらにサービス設計にどのように活用するかの議論が展開されている.

23年度藤村プロジェクトでは,ある種のサービス(教育や医療)の持つ便益が一定時間後に顧客に知覚されるという,「便益遅延性」にフォーカスする.価値ではなく,犠牲を考慮する前の便益を対象とし,サービスを構成する便益の種類を「機能的便益」,「感情的便益」,「価値観的便益」の3つとする. 「機能的便益」,「感情的便益」は,後述の戸谷プロジェクトと類似の概念である.価値観的便益がやや用語上わかりにくいが,「サービスを消費する動機となる基本的欲求への認識や姿勢のポジティブな変化に関わる価値」とされており,本稿での価値とは異なる概念で,価値「観」に関する便益であると考えられる.

24年度戸谷プロジェクトは,共創価値をKPIとして使用可能とする測定尺度の開発を目的とする.ここでの共創価値は「基本機能価値」・「知識価値」・「感情価値」の3つから構成される(FKE Value Model).「基本機能価値」は事前に提供が約束されたコアサービスで,短期の金銭化が可能な価値,「知識価値」は関係者間で共有される情報が知識となり,より相互に適合したサービスの提供を生む価値,「感情価値」は短期の常道(喜び・嬉しさなど)と長期(信頼・誇りなど)の感情での価値である.いずれも,ポジティブの増加とネガティブ(コスト)の減少の両面から測定する.同時に,共創を企業と顧客の二者関の問題ではなく,従業員を含めたサービス・トライアングル(企業と顧客,企業と重要員,従業員と顧客の関係),さらには社会との関係に共創範囲を拡張している点で特徴がある.

異なる意味で,24年度村井プロジェクトも提供者と被提供者の二者間のみを対象としないケースである.介護サービスをフィールドとし,共創の片方の当事者が言語による意思表示が困難な場合の共創価値評価方法が提案されている.これは,介護者が被介護者の「状態把握」すなわち「気づき」をデバイスに入力するというもので,その結果を提供者間でフィードバック・シェアすることに教育研修効果があることが検証されている.提供者・被提供者間の共創のみでなく,提供者間の共創という視点を扱った事例として興味深い.

3.2 共創価値の計測手法の開発・計測

本プログラムでは多くのプロジェクトが実証プロセスを含んでおり,定性・定量にかかわらずなんらかの計測・データ収集・分析を行っている.本稿では,共創価値の計測に関連するもので,かつ,比較的新規性の高い計測手法の開発・計測を取り上げる.

25年度淺間プロジェクトでは,技能教育サービス(職業的技能・趣味的技能)における経験価値を測定・評価している.eラーニングによるインタラクティブな教育方法が開発されていると同時に,評価法として簡易脳波計測技術を用いた心理推定(感性アナライザー)が提案されている.動作に伴って変化する(短期の)満足感という心理変化をグラフ化し,動作分析の動画と同時再生が可能というものである.先述した藤村プロジェクト,戸谷プロジェクトなどで提案されている共創活動における「感情的便益」,短期の「感情価値」の測定などに応用可能と考えられる.

このような最新の技術を活かした測定手法とはある意味対極的な位置付けになるのが,小林プロジェクトのエスノ・メソドロジーである.会話分析は,詳細な記述ルールを適用した丹念な分析であるが,そこから初めて「慮り型」のようなサービスで創造される価値が発見される.

生産と消費の同時性を持ち,提供者・被提供者の状態が刻々と変わるのがサービスの特徴である.そのようなサービスの短期の提供プロセス中のインタラクションを扱った点で,上記の2つのプロジェクトの計測手法は重要性を持つと考える.

一方,長期にわたるサービス提供での価値測定のために,戸谷プロジェクトでは金融ビッグデータを使用したネットワーク分析を行っている.このプロジェクトは共創価値の尺度開発を目的としており,顧客・従業員については調査票が使用されているが,それに取引の詳細トランザクションデータ,取引先の企業の経営健全性を示す格付けデータ,従業員の人事考課データをマージしてシングルソースデータとして分析が行われている.さらに,地域社会との共創価値の可視化を試みている.この目的で地域経済の活性化を示す法人の銀行口座間の振り込みデータのネットワーク分析(ページランクと同様の計算方法)という方法をとる.共創価値の計量化のみならず,これら詳細かつ正確なデータが揃う金融サービスをフィールドとして実証分析を行っている点で,ビッグデータのサービス研究への活用手法の開発という点でも重要と考える.

4. 学術的・社会的貢献についての考察

以上,サービスにおける価値研究の視点から,RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラムのプロジェクトを振り返った.

マーケティング定義に関連して述べた通り,企業活動は社会との共創が必須要件である.無形な精神的価値を人々が求める成熟した社会では,サービス研究の知見は,新たな価値の創造を志向する企業経営に必須となる.その意味で,介護・病院・金融など実業界の参加によるフィールド調査や実験・実証が多数行われており,サービス研究の知見が実務的で活用される素地が生まれたことは社会的に大きな意義があると考える.

また,学術的には,価値または共創価値概念の既存研究のレビューが進み,共有知識となったこと,その中で,新たな価値概念の提案,類型化が複数登場したことは意義のあることと考えられる.同時に,価値の計測についても,多くの新技術やこれまで本分野で知られていなかった方法論などが共有された.サービスが多分野の研究者の協力(共創)により発展する分野であることが,再認識されたといえよう.

本稿の執筆にあたり各プロジェクトの成果に関する部分については,RISTEX問題解決型サービス科学研究開発プログラムの報告書,および,「サービソロジーへの招待」を参照した.

著者紹介

  • 戸谷 圭子

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科 教授.株式会社マーケティング・エクセレンス マネージング・ディレクター.学術会議連携会員.MBAでサービス・マーケティングの教鞭をとる傍ら,実務で金融マーケティングのコンサルティング・ファームを経営.

*1  Philip Kotler: Marketing Strategy , https://www.youtube.com/watch?v=bilOOPuAvTY , last accessed on Nov. 7, 2017.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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