2018 年 5 巻 1 号 p. 12-19
去る2017年11月1日,スペインのマドリードにてサービスデザインの国際会議であるService Design Global Conference 2017(SDGC17)が開催された.2007年に第1回が開催されたSDGCも10回目を迎え,ますますの盛り上がりを見せている*1.
日本においてもここ数年で企業の新規事業開発や既存事業の改善において,カスタマージャーニーマップを活用したり,デザイン思考を取り入れたりといったサービスデザインアプローチの適用は一般化してきている.また,サービスデザインの公共サービスへの活用に対して日本は海外に遅れを取っていたが,一昨年内閣府の発表したデジタルガバメント戦略においてもサービスデザイン思考を導入することが明言されるなど,行政においてもサービスデザインは注目を集めている*2.
そういった中,具体的なサービスデザインの活動の実施例が増えていくのと同時に,実施したサービス開発プロジェクトを実際のビジネスにつなげる部分での課題も多く聞かれるようになってきた.そこで本稿では,そういった課題に対して海外での実施例や筆者が主宰する株式会社コンセントでのアプローチなどを紹介する.
最初にサービスデザインを事業開発に適用する際に直面する課題を整理する.
サービスデザインとひとことで言っても,デザイン思考的なアプローチを活用することでのアイディエーションの活性化,カスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map: CJM)や人間中心設計(Human Centered Design: HCD)アプローチによる利用者目線でのサービス開発,あるいはサービスエコロジーマップ(Service Ecology Map)などの活用による業界・生態系全体を俯瞰した新規事業の検討,とその規模や与える事業インパクトには多様性があり,一概に論じることはできない.また,ここ数年ではサービスデザインを事業活動の基軸としてとらえ,企業全体にサービスデザインを取り入れていく組織変革(Organization Transformation)や,生み出された事業の萌芽をいかに組織で成長させていくかという視点で,組織のサービスデザイン文化の育成や個々人の能力開発(Capacity Building)を行うといった議論も盛んである.
また,若干位相が異なってくるが,最近では企業経営自体をグッズドミナントロジック(Goods-Dominant Logic:G-D Logic)型からサービスドミナントロジック(Service-Dominant Logic:S-D Logic)型へ移行する議論も聞かれるようになってきた.こちらは,事業というよりも経営自体の観点であるが,いかに事業がサービス価値を前提として新しい領域にチャレンジを行っても,経営全体の視点があいかわらずモノの製造販売を前提に指標を設定してしまっていれば,その事業の成長や発展,あるいは効果といったものを適切に評価できなくなってしまう可能性があり,この議論はサービスデザインの導入とは深い関わりがある.
以上のように,企業がサービスデザインを導入するといったときには多様な観点・論点があることがわかる.国内外での具体的な事例を元に,筆者がまとめた論点の全体像は図1となる.
リーダーシップに関わる論点は,組織や事業部のトップの視点や方針それ自体と,その意思表示及びコミュニケーションについてとなる.たとえばGEやIBMのように,CEOがデザインを重視し,企業経営に取り入れるという具体的なメッセージを外部に向けて表明することは,組織でサービスデザインを導入するためのひとつの大きなきっかけとなる.また,Amazonのジェフ・ベゾスCEOのように,自社のビジネスをプロダクトの販売であってもサービスのためであると表明し,S-Dロジック型の経営を推進していることを積極的にアピールしているようなケースもある*3.
経営自体のS-Dロジック型への転換においては,全社的な経営指標や投資基準といったものから見直していくことが必要となる.先に述べたGEでも,昨年CEO職を退任したジェフ・イメルト氏は在任期間中にデザイン部門の役割を大きく変化させる組織改革を実施している.また,S-Dロジックを推進するためには,経営指標において製品売上を最大化すること以外の価値観を導入する必要がある.
加えて,単に対外的にそういったメッセージングを行い組織改革を実行するだけでなく,具体的に社員の意識を変えるために社内に向けてのコミュニケーションも必要である.FinTechのスタートアップであるマネーフォワード社では,トップのビジョンを全社員の前で表明した後に,ビジョンについて社員とのインフォーマルな意見交換会を開催し,ビジョン浸透と正しい理解づくりのための活動を行った.トップからのメッセージングといった場合,そういった活動も含まれる*4.
2.3 サービス/事業開発サービス/事業開発とは,いわゆるサービスデザインそのものともいえる.つまり,エスノグラフィリサーチで新しい洞察を獲得し,それに基づき価値提案仮説と事業計画を立案し,具体的な顧客タッチポイントの検討を行い,プロトタイピングしながらサービス体験を改善していく,こういった一連のアプローチの導入を意味する.
また,事業計画自体も,サービス生態系全体を考慮し,また事業の提案価値を市場で検証しながら進めるという性質上,従来の事業に比べるとより大胆な事業方針転換(PIVOT)が必要となることを想定しなければならない.こういった効果指標づくりや事業における意思決定ルール自体の見直しなども含めこの「サービス/事業開発」部分での論点である.
2.4 組織の変革組織の変革とは,組織構造や職種定義,ジョブローテーションのしくみをサービスデザイン推進,もしくは企業でのデザイン活用のために見直していくことである.もちろん企業の組織変革はサービスデザインのためだけに行われるわけではないが,サービスデザインの導入は多くの組織で高いプライオリティが与えられており,たとえば独ドイツテレコム(Deutsche Telekom)では,全社を挙げてサービスデザインの導入プロジェクトを推進し,制度作りや社内教育,各種導入ツール作成などを行ってサービスデザインの実践に取り組んでいる*5.
具体的に組織の変革で多く見られるのは,従来の業務上の専門性に基づく縦割り型の組織構造に,顧客/ユーザー視点での横断組織を設立することである.これは,古くはAppleのユーザーエクスペリエンスラボに始まり,デンマークの国営デザイン組織マインドラボ(MindLab *6),リクルートグループでの事業会社を横断した組織サービスデザイン部門などでも見ることができる*7.
また,顧客志向の部門だけでなく,組織全体でデザイナーやデザイン機能をどのように活かしていくかを組織デザインとして検討することも求められる.サービスデザインやデザイン思考を推進することができるようなデザイナーの不足は世界中で起こっているが,組織の中で優秀なデザイナーを最大限に活用し,育成していくためには従来のデザイン部門のあり方では対応できない.前述のリクルートグループのサービスデザイン部門では,事業部への直接支援を行うことと,部門で育成したサービスデザイナーを事業部へ移籍させて,事業部内においてサービスデザイン能力を持ったプレイヤーを増やしていくことを実践している.このような組織全体でデザイナーを有効に育て,活用していくことを組織設計として反映させていくことが必要となる.現在は米Capital Oneの子会社となったUXコンサルティング会社Adaptive Pathの創立者Peter Merholzがまとめた著書「デザイン組織のつくりかた(原題 Org Design for Design Orgs)」(メルホルツ,スキナー 2017)などでは,こういった組織変革のあり方や,新しい組織のあり方を整理している.
2.5 能力育成能力育成とは,端的に言えばデザイナー及びデザイナー以外の人材のデザインアプローチの理解,マインドセットの変化となる.前述のリクルートグループでは,サービスデザイン部門においてサービスデザイナーの専門性を育成し,そしてその人材を事業部に移籍させることで,事業部においてのサービスデザイン人材を増強することを実践している.また,前述のIBMでは全社的な取り組みとして,社員教育機関としてのIBMデザイン思考ラボ(IBM Design Thinking Lab)を設立し,全世界の主要拠点に教育のためのスタジオを設置,営業部門やエンジニアリング部門などの非デザイン部門を含めた数10万人規模の全社員へのデザイン教育を実施している.また,前述のデンマークのデザイン組織MindLabはサービスデザイナーと一般行政職員とが半々の構成となっており,行政施策のプロトタイピングを行うという実務的な機能に加えて,一般行政職員へのデザイン教育を行う役割も担っている.
サービスデザインの実践は,事業部だけが単独に行うものではなく,全社で取り組まなければならないものである.このために,この能力育成をいかに実施するかはサービスデザインの組織導入においては大きな論点として認識されている.
このように,企業がサービスデザインを導入するといったとき,直面する課題にはさまざまな状況や,段階が想定される.筆者らが日本のマーケットにて実際にサービスデザインプロジェクトを導入・遂行してきた中で最も多かった課題は「サービスデザインアプローチ/プロセスの導入に対して組織としては懐疑的である」という課題であった.本章ではこの課題に対して,短期間で試作構築・可視化が行われるスプリントプログラムアプローチを紹介する.
また,グローバルにはサービスデザインアプローチの組織導入においては,プロセスやアプローチの導入によって得られた成果や事業の萌芽をいかに組織に浸透させるか,規模を広げていくかということに関心が向けられている.続く4章では,この課題に対してのアプローチを紹介する.
3.1 新規プロジェクト導入時の課題新規のプロジェクトとしてサービスデザイン導入を検討するとき,たとえばこれまでプロダクト主体で事業を行ってきた企業がサービス型を考慮する場合,現状のままのアプローチではサービス開発を行うことができないという問題意識はあるが,サービスデザインアプローチを取り入れることへの理解が得られず投資ができない,という声がよく聞かれる.
サービスデザインは事業開発へのアプローチであるため,その品質や成否は担当するプレイヤーの発想力や企画力,あるいは事業推進力に依存するところが大きい.また,そもそもデザインプロセスはダブルダイヤモンド型のプロセスと呼ばれるように,プロジェクト当初においては課題の全貌が見えていなかったり,事業企画の方向性が定められていなかったりすることが想定され,そもそもアウトプットとされる計画像は見えていないことが本質的であるという状況はある.しかしながら,新しいアプローチに踏み出せなければそもそも可能性を模索できないといえ,組織はその不確定性のリスクをとってアプローチを実践してみる必要がある.本章ではこの課題に対しての解決策として,コンセントサービスデザインスプリントを例にしながら,スプリントアプローチを提示する.
導入時の課題としては,そもそも課題意識はあるがどこから手を着けるべきなのかわからない,サービスデザインというアプローチをそもそも知らないということも考えられるが,今回はその段階は考慮しない.
3.2 サービスデザインスプリントデザインにおけるスプリントアプローチ,デザインスプリントはもともとアジャイル開発のスプリントバックログから考え出されたアイデアであり,2015年頃世界で同時多発的に生み出された.有名なものはGoogle Venturesによる,The Design Sprintであり,ここでは1週間のプログラムの中で観察,アイディエーション,プロトタイピングを実施する*8.
他にも各企業や組織などで開発されたデザインスプリント,サービスデザインスプリントは多数存在している.
コンセントサービスデザインスプリント(以下CSDS)とは,株式会社コンセントにて2015年に開発した,6週間で事業開発プロトタイピングを行うためのフレームワークとなる.一般的なデザインスプリント,サービスデザインスプリントと区別するため,コンセントサービスデザインスプリントと呼んでいる.CSDSは,それまでコンセントで持っていたサービスデザインのフレームワーク(図2)の概念を用いながら,できるだけ短期間で課題意識に対して具体的なサービスを体感できるようにするという方針の下,最小限の日程を模索した結果,6週間(30日)という具体的な日数が設定されている.6週間の内訳としては,調査及び方針策定で2週間(10日),アイディエーションで2週間,プロトタイピング及び評価で2週間となる(図3).
この6週間の日程において,一般的なアジャイル開発と同様に,タスクのリストが設けられ,毎朝その日のメンバータスクを確認する朝会が開催される.プロジェクトメンバーは,コンセント側とクライアント側とで合計6名程度で構成され,その6名でタスクを分担し2週間ごとのマイルストーンに向けて日々タスクを進めることになる.この間,調査結果や分析結果,カスタマージャーニーやペルソナなどのモデル,アイディエーションの成果,スケッチなどは全てプロジェクトウォールーム(Project War Room)と呼ばれるプロジェクトブース内に張り出される(図4).基本的に(コンセントからみての)クライアントも含め,メンバー間ではドキュメントレスでプロジェクトは進められる.場所は主にコンセント側のブースを用いて実施されるが,クライアント企業のブースでもかまわない.しかし,プロジェクトウォールームの確保は必須であるため,なかなかその場所が確保できずコンセント側のブースとなることが多い.このプロジェクトブースを6週間確保するスタイルは欧米のデザイン会社ではよく見られるが,日本ではあまり一般的ではない.また,一般企業では,研究所など以外では会議室の確保としては時間単位となってしまうために,こういった一定期間のプロジェクト検討に用いることは難しい.
このスプリントでは,事業における課題意識や,なんらかの仮説がトリガーとなってプロジェクトがスタートする.課題に基づいて数名のインタビューや訪問調査が行われ,その結果を用いながら課題解決の方向性を決める.調査ではスケジュールを優先するため,あまり多くの調査はできないが,基本的には対象者の元へ赴き,環境を観察しながら2時間程度のインタビュー調査を行う.数は少なくとも,プロジェクトメンバー全てで共有する実利用者の観察結果が重要であるため,たとえ1件でも調査は実施する.
アイディエーションのフェーズでは,2週間さまざまな方向性のアイデアを検討する.このフェーズでは,サービスのタッチポイントのシーンを検討したり,あるいは具体的に提示するコンテンツの内容を検討したりと状況に応じて検討内容は多岐にわたる.特に最近ではIoTを活用したサービスの検討が多く実施されるが,IoTは生活に密着したデバイスであることが多いため,ユーザーへ提供されるサービスでは,長期にわたって記録されたログに基づいて,コンテンツや分析結果を提示したり,行動文脈を予測したりしてサービスを提供するものが多くなる.このとき,ダミーの結果が提示されたプロトタイプやデモ画面を見ても,ユーザーは実感を込めた評価を行うことができない.こういったケースにおいては,プロジェクト開始前にユーザーに実機もしくは同等のデータが取れる機器を一定期間利用してもらい,その内容をさまざまに解析して提示するコンテンツ案や分析データを構築するという方法をとる.
AIを用いたサービスなどでも,まずはユーザーにとって望ましい結果をメンバーで企画し,それらをAIで実現可能かを検討する.もちろんAIによる人が予想できない結果を活用することは考えられるが,その場合は別途で検討を行う.こういった手法はもともと「オズの魔法使い」と呼ばれており,サービスデザインのアプローチにおいては一般的であるが(スティックドーン, ヤコブ 2013),通常試作シナリオを複数行う時間が確保されないことが多い.
さらに,分析結果をユーザーに見せる場合には,たとえばどういったインフォメーショングラフィクスがユーザーにとって最も効果的であるか,どういった語り口がユーザーの共感を得られるかといった表現の詳細についての検討を行う.具体的には,グラフ表現のパターン,色使い,アニメーション,平均や時間経過の単位などのバリエーションを数多く作ったり,コンテンツの言い回しや表現のパターンを複数作成したりする.
このような試行錯誤を経て,最後の2週間であるプロトタイピング及び評価のフェーズでは,具体的に動くプロトタイプや,ユーザーがサービス内容を体験できるような動画などを作成する.これを当初のインタビュー対象者もしくはターゲットとするユーザーに試用してもらい,その観察や反応を元に改善を実施する.このプロトタイプ評価では,スマートフォンアプリなどのデジタルプロダクトがタッチポイントとなる場合はInVision,Adobe XDといったプロトタイプ構築ツールを用いて評価プロトタイプを構成し,デジタルプロダクト以外を用いる新しいサービスや店頭体験といった場合には,たとえば動画でサービスを表現したり,実物大のモックアップを構成したりして評価に用いる.
こうして6週間の期間を終了すると,プロジェクト当初に持たれていた仮説や課題に対して,具体的にどういったプロダクトやコンテンツで解決を図ればよいか,具体的に触れることのできるプロトタイプが成果として生み出される.前述の通り,プロジェクトは基本的にドキュメントレスで進められ,コミュニケーションもSlack等のリアルタイムコミュニケーションツールを活用して実施されるが,プロジェクトで得られた調査結果,モデル,アイデア,試行錯誤の結果,評価結果などは物理的に残されているため,基本的にはそれらのボードをそのまま撮影してまとめることでプロジェクトレポートができあがる.
3.4 スプリントアプローチの意義ここまでコンセントサービスデザインスプリントを例にして,サービスデザインのスプリントアプローチを紹介してきた.このスプリントアプローチの特徴は,なにをおいてもスピードが挙げられる.フルに調査を行い,分析を行い,そこからアイディエーションを行ってという,「教科書通りの」サービスデザインアプローチを実施すると,たとえば調査設計や調査対象者のリクルーティングだけで数週間かかってしまうことはよくみられる.こういったスピード感でプロジェクトを進めると,調査,分析,そして課題の抽出や仮説導出までで数ヶ月がかかってしまう.これに対して,サービスデザインスプリントのアプローチでは,期間をあらかじめ決めてしまい,その中でのタスク遂行を行うため,ほぼ6週間で具体的な企画案を得ることができる.
このスピードは,サービスデザイン導入において直面する,どこから手を着けてよいかわからない,あるいは成果が見えないために投資に躊躇するといった課題に対して,まずはやってみて,そこからさらに方針を考えるというスモールスタート方式としての解決策となる.もちろん,このスプリントをやってみるということも躊躇する状況も考えられるが,大きなプロジェクトを試すよりも,こういった具体的なプログラムでまずは試してみるということはさまざまな状況で有効であると言える.
さらに,サービスデザインスプリントでは,最終的にアウトプットされるものは調査結果や企画書ではなく,エンドユーザーが評価できるような具体化されたプロトタイプとなる.このため,プロジェクト成果はプロジェクトメンバーや,経緯・内容を理解している人だけでなく,プロジェクト外の人々にもわかりやすいものとなる.サービスデザインアプローチで生み出された新事業やサービスは,プロジェクト当初は想定していなかったような商流や関係者を巻き込んで,新しい生態系を生み出していくようなものになることが多い.そういった場合,将来の利害関係者に対して,サービスコンセプトや,アイデアをわかりやすく伝えることが重要となる.一般的にはこういった場合には,概念図やイメージ図などが用意されるが,ここで操作や体験が可能なプロトタイプがあることで,利害関係者や顧客接点を持つ販売担当者にとってもそのプロジェクトがどのような意味があるのか,将来的にどのように事業を進めていくのかがイメージしやすくなる.
コンセントにおいてこれまでサービスデザインスプリントは20回近く実施されてきたが,多くのケースで単に企画を立案するというためだけでなく,具体的な形ができあがることで,事業の実現を行う際のコミュニケーションツールとして活用され,作られた案の共有・展開や事業判断にも寄与するという成果が得られている.
3.5 スプリントアプローチの課題スプリントアプローチはメリットが多いが,課題もある.まず,大きな課題は人材の観点となる.デザインスプリントにおいては,発生するタスクが多岐にわたりまた事前に想定ができないので,リサーチ,アイディエーション,プロトタイピングをプロジェクトメンバーが実施しなければならない.また,タスク管理もメンバー個々人の責任となる.このため,メンバー全般にも複数の分野への対応が求められる.特にプロジェクトリードを担当するメンバーには柔軟なプロジェクトマネジメントとファシリテーションが求められるため,プロジェクトの実施経験が求められる.
また,フレームワークも重要となる.スプリントアプローチの中では,日々のタスクはフレキシブルに定義されるが,大枠として1週間のスプリントで解決できるのか,6週間必要なのかを判断する必要がある.これは過去のスプリント実績に基づいて判断されることであり,経験が求められる.
また,スプリントアプローチはあくまで短期間で効果的にプロジェクトを遂行するための枠組みであり,必ずしもプロジェクトの成功が担保されるわけではない.こういったことをふまえてスプリントアプローチの利用の是非を検討する必要がある.
冒頭で紹介したサービスデザイングローバルカンファレンス(Service Design Global Conference: SDGC)は,Service Design Network(SDN)の主催で毎年開催される国際会議であり,世界中からの事例報告,新しいフレームワークの紹介,そしてハンズオンレクチャー(ワークショップ)などで構成される,約800人が集まる世界最大規模のサービスデザインに関するイベントである.毎年カンファレンスのテーマが設定され,テーマに基づいた基調講演が用意される.
ここ数年,SDGCの基調講演や主要なセッションでは,UXデザイン系のカンファレンスでよく見られるような,カスタマージャーニーの作成やユーザーリサーチといったいわゆるサービスデザインの具体的実践についてのものはほとんどなく,組織展開(Deploy)や組織変革(Transformation),継続性(Sustainability)が主要なテーマとなっている.昨年2017年のテーマも「大規模サービスデザイン(Service Design at Scale)」であり,いかに組織全体にサービスデザインを広げていくかが論点となった.また,2015年から開催されている,優れたサービスデザイン実績を表彰するService Design Awardにおいても,事業的な成果だけでなく「Service Design Award for Systemic and Cultural Change」という賞も用意されていることからもこの傾向は読み取ることができる*9.
この傾向は,サービスデザインの導入において,個別のプロジェクトの実施を終えた後に,いかにプロジェクトを根付かせるか,あるいは同様のプロジェクトを展開できるようにするかという課題に対応する.顧客との価値共創を探りながらビジネスを実現していく,S-Dロジック型のサービス事業においては,従来のように企画した「サービス」を,組織に展開して収益を上げる,というモデルは有効ではなく,サービスを改修し続けていくようなアプローチが求められる.事業開発とオペレーションを両立させるDevOps(Development+Operations)というアプローチがあるが,サービスデザインの業界では,いかにDesOps(Design+Operations)もしくはBizOps(Business+Operations)を実現するか,という形態が議論されている.
4.2 UK Government Digital Serviceのアプローチこの状況で論点となるのは,サービスの継続性と組織展開である.この2つは相関しているために,どちらかを論点として双方についてのアプローチを模索するといった検討がよくみられる.また,これらは第2章で提示した組織へのサービスデザイン導入の枠組みにおける,組織変革と能力開発に対応する.
本章ではUKのデジタルサービス部門であるGovernment Digital Service(GDS)のデザインと標準化担当ディレクター(Director of Design & Standards)であるLouise Downe氏による「拡張性と継続性のための10の視点」を紹介する*10.
GDSは2011年に活動を開始し,当初はGOV.UKというUK政府や官庁のオフィシャルサイトの統合プロジェクトから着手していった.その後もアジャイルの方法論や,デザインアプローチを積極的に取り入れ,活動当初から18ヶ月で25という新しいサービスを立ち上げるなどのスピードで話題となった.その後も順調に活動を続け,現在では600人を擁する行政サービスの立ち上げと標準化とを担う組織として世界中から注目を集めている*11.
GDSではデザイン原則(Design Principles)として以下の10条を掲げている*12.
この原則に基づきさらに拡張性と継続性(scale and sustainability)のために提唱された視点が以下となる.
デザイン原則がサービスの品質担保のためのものであるのに対して,この拡張性と継続性のための視点は,組織作りやモチベーション維持,あるいはデザインに対しての態度について述べられていることがわかる.
「標準化は集中させない」とは,標準化自体は推進するものの,それが標準化管理部門の管理下におかれてしまうと,更新されるスピードが落ちて陳腐化が進んでしまうため,できるだけ分散させて管理すべきという視点である.「将来のデザインが可能なデザインを行う」「未来に向かってデザインする」とは,デザインの姿勢として,作ってしまって終わるものではなく,拡張性や変更をあらかじめ想定するような態度を表している.また,「なにをやっているのかを理解する」「批評的であれ」といった視点は,自分達の活動をあまり卑下することもなく,かつ驕ることもない態度でいることが求められるという視点となる.
これらの視点を俯瞰してみると,組織内でデザインを担う人は分散していきながら,かつ個々のプレイヤーが自律的に判断・意思決定してサービスを維持・展開していくような組織像が見えてくる.
前述のようにこういった視点は,サービスデザインを組織内で展開し,サービスを継続するという目的から導かれたものである.GDSは政府組織であるが,インハウスのサービスデザイン展開組織として考えれば,世界で成功している組織事例であるといえる.この組織サービス開発において一定の評価を得た組織が,これらの視点を組織的展開のために重視しているという点は注目に値する.
ここまで,サービスデザインの組織導入における論点と,日本および海外での課題認識,そして解決に向けてのアプローチを紹介してきた.
スプリントアプローチは,スモールスタートでかつ具体的な成果が得られるという点でメリットが多く,これからも導入においては一般化していくアプローチではないかと考えられる.課題として述べたように,こういったスプリントをリードできる人材は強く求められており,これからはいかにこういった人材を育成して,社内でスプリントを数多く回していけるかが議論されていくと考えられる.さらに,スプリント自体の枠組みについてもさらなる議論が求められるであろう.
また,組織の中でサービスデザインを根付かせていくためには,GDSのDowne氏が指摘しているような,デザインを担う人が広がって意思決定も分担されていくべきであるというような方向性も重要となる.これから企業でのサービスデザイン普及やサービスの維持改善により多くの人が巻き込まれていくような時代には,それぞれの組織文化に合わせてこういった原則が求められていくと考えられる.
株式会社コンセント 代表/サービスデザインネットワーク 日本支部共同代表
1973年山形県生まれ.インフォメーションアーキテクト,学術博士(認知科学).サービスデザインをはじめとしてUXデザイン,コミュニケーションデザインまでを手がける株式会社コンセント代表.国際的なサービスデザイン実践者の組織であるサービスデザインネットワークの日本支部代表およびグローバルでの支部マネジメントボード(National Chapter Board)を務めている.実務以外でも,講演,書籍監訳,イベント開催などで日本におけるサービスデザインの普及に務めている. NPO 人間中心設計推進機構 副理事長.