2018 年 5 巻 1 号 p. 20-25
本記事では,株式会社リ・パブリック*1共同代表の田村大氏へのインタビューを紹介する.リ・パブリック社は持続的にイノベーションが起き続ける「生態系」を研究しデザインする,シンク・ドゥ・タンクを謳っている.田村氏にはサービスデザインにおいて重要な,「エコシステム(生態系)のデザイン」についてご紹介いただいた.価値共創を実現するためには,サービスの送り手と受け手という一対一の関係だけではなく,多様なステークホルダーが価値共創に参画する仕組み,エコシステムが必要である.エコシステムを上手くデザインしワークさせることは,サービスデザインの実践において非常に重要な役割を果たすと考えられる.一方,それぞれのステークホルダーの目的や実現したい価値は異なるため,それぞれを上手く巻き込むようなエコシステムの形成と維持は難しい.田村氏には日本各地の様々なイノベーションプロジェクトにおいてエコシステムを作り上げてきた自身の経験を元に,エコシステムのデザインにおいて大事なことや,イノベーションに取り組む人達への提言をお話いただいた.
江川 リ・パブリック様の活動内容とその特徴についてご紹介ください.
田村氏(以下敬称略) 私たちは産官学民と等距離の位置で,イノベーションのプロジェクトを提案し,その実行を支援しています.
等距離というのは,特定の顧客やステークホルダーのためだけに活動しないということです.通常のコンサルティングでは一般的にはクライアントから依頼を受けて,そのクライアントの課題を解決することになります.その場合,提示された課題は本質的で持続的な解決につながるか,といった検討を飛ばしてしまうことがしばしばあると思います.ですので私たちはできるだけバイアスを持たずにプロジェクトを企画するために,特定の企業や自治体の課題解決に向けたコンサルティングは行わないようにしています.私たちはステークホルダーと一定の距離をとることで,多くのステークホルダーが参画できるような座組みや枠組みを作ることに取り組んでいます.
江川 特定のステークホルダーの課題や価値にフォーカスしないのであれば,その座組み(エコシステム)へ参画するメリットを多くのステークホルダーに対してどのように説明するのでしょうか.
田村 イノベーションプロジェクトには,共通目標と個別目標の二つがあると考えています.共通目標はプロジェクト参加者全員が共有する目標,個別目標は参加者それぞれが持つ固有の目標です.この二つの目標を上手く設計することが重要だと考えています.
例えばK2*2を例にとると,共通目標は産官学連携の新しいプラットフォームを作ることです.このプラットフォームでは,日韓の大学を中心として企業や自治体などを巻き込み,多様かつ大きなパースペクティブで社会課題を捉え,社会課題解決とイノベーション創生を両輪で回すことを目指しています.プロジェクトに参加する企業や大学はこの目標を共有した上で,K2に参加しています.これが共通目標です.
一方,それぞれの参加者の個別目標は異なります.K2を共催する九州大学としての目標は,K2を通じて国際的に自身のデザインスクールのプレゼンスを高めること,そしてデザイン,イノベーションの領域で人材,知識のハブになることです.企業側にとっては,K2を通じてデザインやイノベーションの方法論を学ぶといった人材育成が目標の企業もあれば,K2で描かれる将来社会のビジョンやイノベーションアイデアといったアウトプットを得ることが目的の企業もあるでしょう.このように個別目標はエコシステムの参加者ごとにバラバラであることがほとんどだと思います.このようなバラバラな目標を同居させることが多くのステークホルダーを巻き込むエコシステムを構築するためには重要だと思います.
2.2 地方創生におけるエコシステムのデザイン江川 K2以外にもエコシステムのデザインについてリ・パブリック様の取り組み事例はあるでしょうか.
田村 福井市でリ・パブリックが運営に関わる,「XSCHOOL*3」(XSCHOOL 2016)という事例があります(図1並びに参考文献を参照).このプロジェクトは,「make.f 未来につなぐ,ふくい魅える化プロジェクト」という事業の一環で,福井市において多様なイノベーションを生み出す取り組みです.
福井市は日本の多くの地方都市と同じく,人口規模が小さくかつ東京など大都市からのアクセスが悪く,多くの人に来てもらうこと,地域を活性化させることが自治体としての課題になっていました.このような課題を解決するために一般的には,福井の魅力を発掘し広くアピールすることによって,いかに移住者を増やすか,あるいはいかに観光客を増やすか,ということを考えることが多いと思います.これに対して我々は,「移住」と「観光」の間に抜けている課題はないか,福井に今あるものを魅力的に見せるだけでは不十分ではないかと考え,取り組むべき課題を「福井の外の人と中の人が交じり合い,ともに新しい魅力をつくること」と設定し,この実現に向けた活動をしています.このために,福井内外でクリエイティブなマインドを持つが満たされていない人,すなわちいまの仕事で自身のクリエイティビティを十分に発揮できていない,現状の自身の環境に満足していない若者に向けて,自らの創造性を発揮する場を福井につくることを目指しています.
具体的には福井内外から応募し,選考を通過した24人を8つのチームに分けて福井において複数回のセミナーやワークショップを行いました.応募者はデザイナーや建築家,金融関係者,保育士など多岐に渡り,応募の動機も様々でした.さらに福井に日本の最前線で活躍するトップデザイナーを招き,参加者のクリエイティブワークやアイデアの事業化について講習・支援を行いました.加えて,福井のパートナー企業と参加者のコラボレーションを斡旋することで,福井のアドバンテージを活かしたアイデアの発想と実現を支援しました.パートナー企業は,日本トップシェアのカレンダー会社や警察紋章のトップシェア企業など,特徴的かつエッジが尖った技術やノウハウを持つ企業です.最終的にはそれぞれのチームが多様かつ新しい魅力を生み出しました.
この過程で注意したことは,福井の地元企業の無償コンサルにならないようにしたことです.本プロジェクトに関わる多様な人達がそれぞれいろいろなものを持ち寄って,お互いに果実が得られるような取り組みになるよう心がけました.これも先ほど述べた共通目標と個別目標の設定につながることだと思います.
江川 本取り組みは福井市からオファーがあったのでしょうか?
田村 その通りで,主宰は福井市です.ただし,福井市から「○○なことがしたい,やってほしい」という仕様や課題ありきで,それを解決するといった形ではじめたのではありません.本取り組みにリ・パブリックから参加している者は福井出身で,彼女が福井の産官学のプレイヤーと対話を重ねて,時間をかけて共通の目標を作るところからはじめました.
江川 この取り組みに地元企業やクリエイティブマインドを持った人をどのように集めたのでしょうか.
田村 行政と話をする前に,まずはUターンやIターンで福井においてクリエイティブな仕事をしている人や変化を求める地元企業と議論し,そのリソースや期待,ニーズを丹念にリサーチしました.これも地元出身のリ・パブリックのスタッフが力を入れたところです.
行政と地元企業,クリエイターがそれぞれ持っている期待や希望が「全て」かなうような仕組みを考えたのがポイントだったと思います.
江川 行政や地元企業,クリエイターから信頼されなければ仕組み作りも難しいと思います.どのように信頼を獲得したのでしょうか.
田村 それはリ・パブリックが儲けることを目標にしていないからではないでしょうか(笑).リ・パブリックの個別目標は,人が創造的に生きていけるシステムをデザインすることです.この目標は共通善のようなもので,それに異議を唱える人は少ないと思います.この目標を共有して共通目標にしてくれる企業や自治体,クリエイターを巻き込むようにしています.
田村 エコシステムを作る上では,その仕組みに参加することでダイレクトに評価を得たり,リターンを得たりといったことに過大な期待はしない方がいいと思います.エコシステムに対する貢献は巡りめぐって自分に返ってくると信じることが大事です.もちろん誰でもこのように考えるのではなく,エコシステムが生み出すリターンを得ることにしか関心がない人もいます.よってエコシステムには誰でも引き入れるのではなく,同じようなマインドセットを持つ人や企業とそれを構成する必要があります.
江川 そのような人や組織の見極めはどのようにしているのでしょうか.
田村 アカデミアでの活動が重要になっていますね.大学や学会において発表したり交流したりする機会を大事にしています.このようなコミュニティにおいて様々な人や組織とエンゲージメントすることになりますが,これはもちろん営業活動的な側面もあります.ただし単純に仕事を探しているのではなく共通目標や関心を共創することが一番の狙いです.アカデミアが持っているある種の中立性は重要だと考えています.
江川 アカデミアやその他の場においても様々な人や組織と交流すると思いますが,共通目標の共有しやすさや巻き込みやすさにおいて地域や業種ごとに違いはあるでしょうか.
田村 難しい質問ですね.対話の場に来てくれる人や組織はそもそもマインドが外に開いていたり新しいことに取り組んだりする意識が高い人達だと思います.よってそのような人達とは組みやすいかもしれません.一方で新しいことにチャレンジする人達ばかりではありませんし,先ほど述べた共通善を全員が持っているわけではありません.
地域という点では,東京は単純に人が多いので,一緒に共通目標を作ったり共有できる人を見つけるのは割と簡単です.一方,福岡や福井のように東京に比べて小さい地域では巻き込める範囲が小さくなってしまいます.これでは数のインパクトも出ないし,参加する人もいつも同じ顔ぶれになってしまいます.オープンな人達が集まるのだけど集団としては小さなクローズなものになってしまう.ここがジレンマですね.多様性もインパクトの一つですしね.
江川 多様性を確保するためには広く活動を発信して多くの人に関心を持ってもらう必要もあるかと思います.そのような取り組みはあるでしょうか.
田村 例えば私がイノベーションプロジェクトのアドバイザーをしているある大手企業では,社内では現状のままではジリ貧になってしまうという危機感を持つ人は多いのですが,実際に行動をする人はそんなにいません.そこで中に入ってそのような人達に働きかけてオープンなマインドを持ち行動を促すような試みをしています.先ほど述べたようにオープンな場に来る人はある意味簡単です.ふつふつと考えているが行動をとらないような人が参加できるように,場をその人達に寄せることが大事だと思っています.
江川 ここでも距離感のとり方が大事ということですね.
2.4 イノベーションを実現する人材江川 サービス学会には,研究者,ビジネスマン,デザイナーなど多様なバックグラウンドやスキルセットを持つ人が参画しています.イノベーションを起こす上でそれぞれの役割の違いはあるでしょうか.
田村 スキルセットはそこまで大事じゃないと思っています.例えば,コードを書けるとか,絵が描けることは必須ではありません.手段は何でも良く,その人なりの表現手段があればよいと思います.
スキルセットよりも世界を広く見て世の中の変化を自分ごととして引きつけて考えられることの方が重要だと思います.例えばこの2,3年の中国の動きを見ていると,中国における技術革新は日本よりも早いことがわかります.それを証拠づける多くの情報もウェブや新聞,雑誌などを通じて公開されています.一方で昔のように,先進的な技術や製品,サービスはまず日本で生まれそれを中国で展開するものだと考える人,あるいは中国の製品やサービスは安かろう,悪かろうと考える人も依然として少なくありません.このような変化の早い世の中の動きに対するアンテナの低さは大きな問題だと思います.イノベーションを起こすためには,世の中の動きをただ見ているだけではなく,自分の日常や仕事に結び付けて考える,このような情報処理ができることが大事だと思っています.
さらに経済活動におけるインテリジェンスも大事ですね.日本では軽視されがちなインテリジェンスですが,これは大きな問題だと思います.経済活動のインテリジェンスという観点では,日頃付き合いのあるエンジェル投資家の情報への感度は非常に高く,感心させられます.彼らは短期のリターンは考えておらず,投資先がシードの段階から投資して,5年,場合によっては10年かけて大きいリターンを得ることを目指しています.その投資においては,世界の大きな変化を参照しながら,自身がどのようなリスクをとっているか自覚することが大事です.日本企業ではややもすると短期的な仕事に目が向き,リスクをとることが思考パターンに入っていません.きちんと情報を入手して,不確実性をリスク*4に落とし込み,意思決定することが大事ですね.
もちろん経済活動の観点のみからエコシステムの共通目標やイノベーションが生まれるわけではありません.ことサービスデザインに関しては,共通目標を持った活動が新しいマーケットが生まれるきっかけになると良いな,くらいの態度が大事だと思います.期待しすぎることも良くないと思います.
2.5 サービスデザインと自由でゆるいエコシステム江川 サービスデザインの実践と課題という観点からご意見はありますか.
田村 現在のサービスデザインは依然として,サービスを提供側と受領側に二分した,プロバイダ-ユーザモデルに囚われていると思います.これは京都大の山内裕先生が主張されていることでもありますが,このような先入観がサービスの質を下げる要因の一つになっていると思います.
プロバイダ-ユーザモデルが蔓延する要因の一つが,サービスの価値を金銭と考えることにあると思います.お金の関係があるから立場が分かれる.本来は人がより良く生きること,などを価値にする必要があると思います.
例えば一つ例を挙げましょう.介護サービス付きの高齢者住宅のビジネスでは,通常は,介護サービスを高齢者が一方的に受ける関係です.その結果,高齢者が徐々に弱ってしまう問題を抱えています.一方銀木犀*5という介護サービス付き高齢者住宅では,入居者の高齢者や認知症の方が自発的に店番をする駄菓子屋が住宅の一角にあります.この駄菓子屋において地域の人と入居者が交流することで,入居者は生きがいを得て生き生きするし,お客も買い物や交流を楽しむことができます.これは提供側の収入メニューになるものではありませんが,銀木犀のサービス水準を特別なものにすることに寄与しています.
直接的な金銭の収受をサービスの前提としないことで,人間同士の関係性もフラットになります.以前熊本地震のときに日本財団の支援の下,友人たちと中間支援組織を作りました.この組織では被災地支援という共通目標のみで,それぞれの個別目標はありませんでした.このような利害関係を生まない共通目標を中心としたフラットな関係性でしかできないこともあると思います.
これに関連して,一つの仮説を持っています.それは,「お金を意識しない関係はコスト効率が良い」というものです.市場や社会,集団において企業や人が評判を上げることは大変です.だったら皆がそれぞれ自由にやる,「自由でゆるいエコシステム」の方がコストも低く,よりクリエイティブになるのではないでしょうか.クライアントのニーズや課題に応えることだけがクリエイティビティの源泉ではありません.リ・パブリックでは皆がフラットに自由に,より良い社会の実現に向けて創造的に活動する文化を生もうとしていると言ってもいいかもしれませんね.
江川 本日はありがとうございました.
株式会社リ・パブリック共同代表.東京大学i.school共同創設者エグゼクティブ・フェロー.2005年,東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学.博報堂イノベーションラボを経て,リ・パブリック社を設立.現在は,地域や組織が自律的にイノベーションを起こすための環境及びプロセス設計の研究・実践に軸足を置く.共著に「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(早川書房)など.京都大学,九州大学,神戸情報大学院などで非常勤講師.内閣府,経済産業省,科学技術振興機構等でイノベーション推進・人材育成に関する研究会委員を歴任.
株式会社日立製作所研究開発グループ東京社会イノベーション協創センタ研究員.2013年,東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻博士後期課程修了,博士(工学).同年日立製作所入社.現在はサービスデザイン手法と事業創生手法の研究開発に従事.サービス学会員.