サービソロジー
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特集:ビジネスの視点からのサービスデザイン
共創活動のフレームワーク「サービスデザイン」で,世の中をポジティブに変え続ける企業活動を
山口 博志
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2018 年 5 巻 1 号 p. 4-11

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1. 導入〜背景

1.1 ビジョン

「未来のあたりまえとして定着するような,世の中をポジティブにシフトする多様なイノベーション」を皆さんと共に創出し続けたい.これがサービスデザイン・ラボのビジョンである.このビジョンの背景には,現代においても,生活者はまだまだ大きな痛みを抱えており,また技術革新や社会動向の変化に伴い,新たな種類の痛みも次々と生まれてくる中で,一つでも多く解決していきたいという熱い想いが込められている.イノベーションには様々な種類や解釈があるが,我々が目指すイノベーションは「生活者と市場へ,ポジティブな意味付けを新たに与えるモノ・コト」であると規定している.

1.2 なぜサービスデザインなのか

マーケティングの観点からビジネスの世界を見ると,新たな体験を描く際「点では無く線」で,あるいは「コンテクスト(文脈)」で描く,「ストーリーテリング」で語るという考え方が主流になって久しい.この背景にはサービスや製品が世の中に溢れ,機能やイメージづくりのベネフィット訴求だけでは「賢い生活者」に選ばれないという厳しい現実がある.つまり現代のビジネスにおいては,どのような業態の企業であっても,機能的価値よりも体験価値の提供によって,差別化をはかる必要があると言える.ではどのような体験が「高い体験価値」を提供できるのだろうか.私達は,生活者が「どうせできないだろう」と思い込んでいる先入観(囚われている負の常識)を覆し,今まで抱けなかったアウトカム(生活者が抱くべき本来の達成目標)を提起し,そこに至る為の手助けをする体験こそが,もっとも高い体験価値を提供できるのだと考えている.

またこの体験価値は厄介で,様々なプロダクトやサービスを生活者自身が組み合わせて生じる一連の体験を通じて生じる.

私達が専門とするサービスデザインの視座からイノベーションデザインを行う場合,前述の考え方を更に拡張し,顧客体験を旅に見立て「一連のジャーニー」を3つの水準(ユーザー体験,デリバリー,エコシステム)から描いていく.どんなに素晴らしい体験アイデアも,届け方(フロントエンドのみならずサービスを成立させるバックヤードも対象)や,競合そしてパートナーが渦巻く生態系(サービスエコロジー)への適合がなければ実現しないからだ.サービス経済の現代にイノベーションを起こすには,現代〜未来に則した現実世界を鑑みたアプローチが必須である.新たな体験価値の発掘の為に,生活者は勿論,様々なステークホルダーとの価値共創を重視したサービスデザインはその為の最適な選択だと言える.

1.3 成功の確率を上げるために「共創型デザインの方法論」を追求

成功を収めてきたイノベーション群を俯瞰してみると共通項が見えてくる.同種もしくは発展形のイノベーションを高い確率で創出するための工夫として,方法論の研究を続けている.企業主導のイノベーション創出活動は期限や予算,制約事項などの制限が設定され初めて開始される.与件に応じて手法を応用しながらこの旅を進めていくのがサービスデザイナーの仕事である.特に生活者・企業・有識者・クリエイターなど多様な人々がヒエラルキーをつくることなく,それぞれの視点をぶつけることでアイデアを発展させていく「共創型デザイン」の実行においては,プロジェクトに関わる様々な参加者の意思疎通の観点からも方法論の導入は欠かせないと考えている.

1.4 その為の組織:サービスデザイン・ラボ

このような考え方に基づき,大日本印刷(株)(以下 DNP と略)*1では,2013年から「サービスデザイン・ラボ」(以下SDLと略)を立ち上げ,

  • (1)   手法の研究開発
  • (2)   普及啓発活動
  • (3)   各種イノベーション創出プロジェクトの実践

に取り組んでいる.

SDLに所属するサービスデザイナーは,サービスデザインコンサルタントとして,サービスデザインプロジェクトの設計とプロジェクトマネジメント,各種方法論,デザインツール,ファシリテーション,プロトタイピングの提供を行い,イノベーション創造活動へ従事している.

2. ビジネスにおけるデザインの役割

2.1 ビジネスの世界における広義のデザイン

昨今シリコンバレーを中心としたスタートアップ主体のイノベーションブームの煽りを受け,日本のビジネスの現場におけるデザインの持つ役割に再度注目が集まっている.雑誌「日経コンピュータ2016/3/31号」に「デザインシンキングの特集」が組まれ,我々のシリコンバレーにおける活動が紹介されると,様々な企業からの問い合わせがあった.その問い合わせ内容の多くは,単なるサービスアイデアの創出を臨むものではなく,企業活動全体を如何にして,現代版のデザイン経営に変えていけばいいのかといった内容が主だった.このような事象を踏まえ,現代のビジネスで求められるデザインの役割は,単にビジネス開発の役割を超え,企業活動の根幹にまで立ち入る兆しが出てきたのだと感じている.デザインの語源はde(否定),sign(記号)であると教えられてきたが,現代のビジネスデザインに置き換えれば,「如何にして既存の常識を破壊」し「体験として新たな意味づけができるか」がビジネスにおける広義のデザインであると捉えることができる.

こうなってくると重要なのは,「誰のどのような常識」を破壊すべきかである.組織の経営から,工程の見直しまで,様々な仕事(デザインの対象)があるので,それぞれの与件に応じて「解くべき価値の高い問い(高い体験価値の創出につながる着眼点)」をどこの誰から見つけるのか使いわける必要がある.

図1 広義のデザインアプローチによる新価値創造

3. サービスデザインについて

3.1 サービス・ドミナント・ロジックとデザインシンキングの融合

「サービス経済」の現代においては,企業がいかにして生活者と共に価値を創造できるかという「価値共創」の視点から,モノで実現するのか,サービスとして実現するのかを区別せず包括的にリーチしていく「サービス・ドミナント・ロジック」の考え方を踏襲していく必要がある.

例えば「ランニングシューズ」.生活者が重視する価値は,製品自体が提供する機能的価値から,トレーニングや健康管理といった様々な生活シーンを通じて達成される,生活者それぞれが感じる体験価値へとシフトしている.

実践においては,未だ叶えられていない体験価値を発掘する為に,多様な人々との共創型デザインプロジェクトを通じて進めていく「サービスデザイン」のアプローチが有効だ.

図2 サービスデザイン?

3.2 サービスデザインとは何か?

サービスデザインとは,『生活者が感じる「体験価値」を重視し,個々のタッチポイントのデザインに留まらず,事業としてサービス全体をデザインしていく行為』である.対象としては,サービス開発にとどまることなく,プロダクトの開発,ビジョン開発,事業開発,組織,公共など様々な領域に落とし込むことが可能である.アプローチの主な特長としては,基本的にデザインシンキングに代表されるような広義のデザイナーのマインドで実行することに加え,下記5点が挙げられる.

  • (1)   基本的な4つのプロセス(気づきの発見(Discover),発案(Define),プロタイプ(Develop),実現性の確認(Deliver))を反復して進める.
  • (2)   整備されたツール/手法を適宜活用.
  • (3)   多様性を強みに変える共創型(コ・クリエイション,オープンイノベーション)のプロジェクトとして進める.
  • (4)   包括的視点(生活者,サービス提供者など)での体験価値設計.
  • (5)   複数のタッチポイントを繋げた一連のジャーニーとして設計する.

図3 Features of“Service Design”サービスデザイン5つの特徴
図4 実際の進め方(プロセス)は?

3.3 サービスデザインの手法

サービスデザインの大きな特徴の一つは,生活者をリサーチの対象としてみるのではなく,デザインチームに迎え入れて実行する点にある.その為,一部の専門性を有したデザイナーだけが実践できれば良いといったものではなく,デザインリテラシーが揃わないメンバーでも使いこなせるようにデザインツールや手続きを整えておく必要がある.SDLでは,実ビジネスにおけるイノベーション創造活動を通じて抽出した様々なビジネス上の課題を対象に,数多あるデザインツールを組み合わせながら,また様々なビジネスメソッドと自らの経験則を掛け合わせながら,独自のメソッドを形成し,誰もが使える状態へと昇華する活動を続けている.中でも特にオーセンティックなサービスデザインのアプローチだけでは達成することが困難な「意味形成を伴うサービスイノベーション」を創出する為の手法研究に注力し,慶応義塾大学経済学部 武山政直教授との共同研究に取り組んできた.ここではその研究成果として,実ビジネスの中でもすでに実績のあるサービスデザインメソッドを幾つか紹介する.

  • ① Open Experience Journey Design(以下OEJDと略)

OEJDは,生活者と企業,クリエイターなど参加メンバーの多様性を引き出すことで,アイデアがジャンプすることを重視したサービスデザイン手法である.一つのシーンや製品体験にとどまらず,消費にかかわる一連の体験を旅の行程(Journey)のように描き出すことで,サービスの利用者自身が普段は意識することのない想いや憧れをかなえる体験と,その実現に不可欠なネットワークシステムをデザインする.(ServDes. 2012)

図5 Open Experience Journey Design

  • ② Internal Consensus Building Design(以下ICBDと略)

ICBD は多様なステークホルダーがプロセスの進捗とともに加わる共創デザインプロセスに特化した合意形成手法である.サービスモデル・ビジネスモデル構築までのステップを分解し,各ステップで「必要となるメンバー」と「合意形成を円滑に行う上で障害となるキーファクター」を整理し,これらのキーファクターを解決するためのデザインツールを選定した(International Service Innovation Design Conference 2014).

図6 Analysis of The Service/business modeling process

  • ③ Design Driven Service Innovation (以下DDSIと略)

DDSIは生活者の価値観自体の「意味転換」によって,全く異なる世界観を取り入れて新規事業やマーケットを発想する「ビジョン提唱型サービスデザイン」の為の手法である.本手法は,既存事業の顧客ニーズからではなく社会変動から今後重要性が増す生活上の新たな課題領域に注目して,生活者の価値観変化を構造化し生活革新を引き起こす事業ビジョンを創出する.本手法では「デザイン・ドリブン・イノベーション*2」の考え方を,サービス経済の現代に即する形式で取り入れており,有識者との対話や解釈,アナロジー発想などを通じ世界観を醸成していく.本手法で創出できる事業ビジョンは,新市場を切り開くような新たな文化になり得るスケールのものになると考えている(ServDes. 2016).

  •    <手法の特長>
  • 1.   社会変動をふまえて既存事業をリフレーミング
  • 2.   文脈融合技法で生活革新サービスのビジョンを形成
  • 3.   ビジョン主導のサービスデザインで領域再編の事業を創出

図7 Design Driven Service Innovatio

3.4 イノベーション創造の準備,3つのP(PEOPLE,PROCESS,PLACE)

イノベーションを起こす為の組織には3つのP(PEOPLE,PROCESS,PLACE)が必要である.サービスデザインにおいてもこれは例外ではない.極めて特徴的なのは,全てにおいて「共創を促す工夫」が必要だと言うことである.

  • (1)常識を壊すための工夫(People):共創のマインドセット

そもそもなぜ「共創スタイル」で進める必要があるのであろうか.

共創のメリットは,自らの持つアイデアと他人のアイデアを掛け合わせ(インスピレーションを貰い),多様なアイデアへと進化,発展させることにある.

プロジェクトに参加するメンバーは,共創で実行するメリットを充分理解し,他者のアイデアから意識的にインスピレーションを貰い,普段の自分では思いつかない発想をする姿勢が重要だ.その為には,アイデアの優劣を競い合うのでは無く,他者のアイデアの良いところをサルベージできるかを楽しむ,ヒエラルキーをつくらないフラットなチームビルディングがサービスデザイナーに求められる.

図8 独創と共創の違い

  • (2)仕事に即したプロセス(Process):目的で使い分ける共創の範囲

ここで,「問題解決(Problem Solving)」と「意味形成(Sense making)」について触れておきたい.問題解決」とは文字通り,問題を解決する為の手段を提示することを指す.「意味形成」とは,モノやコトに対し,一般的な認識を改め,新たな価値を持たせることを指す.殆どの仕事は,「シンプルな問題解決が求められる類の業務」と「意味形成を伴う解答が必要となる業務」に大別される.

既存のユーザー体験を改善することで,市場を拡大していくことが求められる場合,徹底的な「ユーザー中心のデザイン」が適している.具体的には,デザインリサーチ等の行動観察に基づき,対象ユーザーのニーズを探り当てて,いち早くカタチにし,ユーザーの満足度を向上させることで結果を生み出せる.異なる専門性を有した少人数のチーム(例:プロデューサー1名,デザイナー1名,エンジニア1名)で素早くリーンに進めていくプロセスが最適である.これに対し,新たな体験価値の創造=まだ見ぬ市場の創造が必要な場合は「多様なメンバーでの共創型デザイン」が向いている.何故ならば,新たな体験価値の創造に繋がる着眼点は,生活者等のユーザーにいくら問うても簡単に出てこない.その為,多様なメンバーの多様な視点で「既存の体験が持つ意味合い自体を意図的に転換(例:ゲーム=娯楽 → ゲーム=健康管理)し,新たな意味を形成するアイデアを創造する」プロセスが必要となる.

この2つのアプローチは対立するものではない.一連のプロジェクトの中で(前半と後半),もしくは組織全体の活動プロセスとして,両輪を受け渡しながらサイクルを回し続けることが求められる.SDLでは,サービスデザインに関わらず,一般的なイノベーション創造の活動形態を5つのタイプに分類した上で,仕事の目的と参加者のモチベーションを軸に,仕分けを行い,対象の仕事に即した最適なプロセスデザインの為の指針としている.

図9 新たな体験価値発掘の為の共創
図10 イノベーション創出活動における共同と共創の関係

  • (3)場(Place):物理的な場とチャレンジ機会の提供

新たな体験価値の創造を求める類の共創のプロジェクトを円滑に立ち上げ,成功に導こうと考えた時,必ずといっていいほど障壁となるのは,通常の企業活動の中で重視されるマインドや作法とのギャップである.長年慣れ親しんだビジネス上の習慣を一時的に切り替える為にも,場の設定は重要なファクターとなる.このため運営サイドには「自分が所属する組織の壁を越え,あたかも自宅のリビングで,個人としての想いをぶつけ合い,新たな目的へと共に向かっていける仲間が見つかるような環境と参加者への機会の提供」が求められている.

このような場と実情を鑑みた実行のプログラム,マインドセット〜ファシリテーションの提供を行うことで3つのPが円滑に機能していく.

図11 共創PJが始まり育つ場所とは?

3.5 サービスデザインのビジネス展開

ビジネスとしてサービスデザインを生業としていく場合,当然だが組織として収益を上げ続け成長していくことに寄与する必要がある.収益源は「サービスデザインという行為自体に対して金銭的対価を得るのか(直接貢献)」,「サービスデザインによって生み出されたアウトプットで収益を稼ぎだすのか(間接貢献)」の2つに大別される.サービスデザイナーの商業的成功に繋がるのは,果たしてどちらのビジネスモデルなのか,はたまたその2つの融合モデルなのか興味はつきない.収入源として手堅いのは前者だが,サービスデザイナー個人の能力に依存度が高く,ビジネススケールはそこまで大きくなりにくいのが欠点である.また後者の場合,大きなビジネススケールを産む可能性は大きいものの,結果が出るまで時間がかかり,また大きな成功にどこまで深く関与できたのか掴みづらく,サービスデザイナーのモチベーションを維持するうえでも問題点を抱えている.まだまだ正解に辿り着くまでには至らないが,SDLでは3つのビジネスモデルでの実践を通じチャレンジを続けている.

3.6 サービスデザインの3つのビジネスモデル

  • ①-1   (直接貢献):得意先向けサービスデザインコンサルティングビジネス.
  • ①-2   (直接貢献→間接貢献):得意先と自社による共同事業化支援.
  • ②-1   (間接貢献):自社のサービス開発・事業開発支援.
  • ②-2   (間接貢献):サービスデザイナー自身でのインキュベーション.
  • ③    (間接貢献):自社のデザイン経営へのシフト支援(社内改革).

3.7 ビジネスケース(敬称略)

  • ●   事例①-1:「日野自動社(株)とのサービスデザインプロジェクト」

このプロジェクトでは「日野自動車が提唱する物流業界の未来」を共創した.様々な社員の方々から生まれた,数多くの「技術革新により産み出されるトラック・バスの未来のサービスアイデア」をリフレーミングし,一連のサービスとしてビジョン映像へと仕立てている.プロジェクトチームとしては,数多存在していたこれらのサービスアイデア群を「大きな資産」と見立て,「どのような共感」を市場へ訴えるべきか,問いを設計し直すところからプロジェクトを始めた.「働き方の変革」が叫ばれ,様々な企業で導入が始まり,一頃に比べると大分働きやすい環境が整ったが,まだまだ苦しんでいる人達は大勢いるのが現状だ.そこで,このプロジェクトでは,「物流業界に従事する子育て中の女性ドライバー」に焦点を当て,日野自動車が提唱する物流の未来では,どれだけこの主人公を笑顔にできるのか,その為にたくさん保有するサービスアイデア群はどのように連携し,同時に生活者を如何にして幸せにできるのかを描くこととした.完成した映像は「東京モーターショー2017」に掲出され,反響を呼んだ(日野自動車2017).

  • ●   事例①-2:「トヨタ紡織(株)×DNPでの共同事業創造プロジェクト」

トヨタ紡織と DNP は,「全く異なる企業文化,コンピテンシー,技術リソースを組み合わせ(=共創),新しい価値を社会へ提案(=Innovation)していくこと」を目的に,共同事業創造プロジェクトを進めている.このプロジェクトに, DNP のインハウスであるSDLは,サービスデザインコンサルタントして参画している.ここでは単なるコンサルタントとしてではなく,あくまでも DNP に所属しているという利点を活用し,2社で立ち上げていく共同事業での社会貢献,利益創出に主眼を置いたプロジェクトを推進している.2社が保有する技術資産をリフレーミングし,2025~2030年の生活者に選ばれる内装のあり方から,事業(サービス・商品)をローンチさせていく取り組みである.このプロジェクトも現在では,中間のアウトプットとして産み出されたアイデアの一部が,モックアップやビジョン映像として採用される段階まで進んできた.

  • ●   事例②-2:「社外メンバーとの共創によるインキュベーション&HAND / アンドハンド」

シリコンバレーで賑わうようなアントレプレナーによるスタートアップの自由な環境.大企業に所属しながら,スタートアップのように振る舞う活動を支援できないだろうか.このような考え方から SDL では,業務の枠組みを越えて,社外の様々なヒューマン・ネットワークへの参画を推奨してきた.この活動の中から,近年ユニークな兆しが見えてきた.身体・精神的な不安や困難を抱えた人と手助けをしたい人をつなぎ,LINE等のライトなコミュニケーションを通じて具体的な行動をサポートする IoT サービスアイデアの「&HAND」である.SDLのメンバーが社外のメンバーとチームを組み,サービスデザインを駆使して,事業アイデアを創出.Google や LINEの主催するビジネスコンテストで入賞したという実績を作った.その上で,アイデアを自社に売り込み,事業化を見据えた投資対象に持っていくという動きである.主体的なメンバーを社内で集めながら,また理解ある経営層への提案を進め,事業化を目指している.2017年末には,東京メトロでの実証実験を完了.朝の情報番組など各種メディアに取り上げられ,盛り上がりをみせている(PLAYERS 2017).

  • ●   事例③:自社向けエハンジェリスト活動

大企業に所属しているからこそ可能な,ビジネス貢献とはどのようなものだろうか.得意先に向けたサービスデザインコンサルティングを続けてきたSDLだが,私達が所属する事業部は1万人以上の社員を抱える大所帯である.自社が保有する資産,人,技術,全てのサービスやソリューション,これら全てにサービスデザインのエッセンスを提供できれば,全体としてもっと大きなビジネスのスケールアップに貢献することができる.2017 年からは方針の転換をはかり,自社向けのエバンジェリスト活動を開始した.全事業部員を対象に共通のマニュアルとして「DNPのデザインシンキング」を制定,これまで3,000人を対象にトレーニングを完了させた.また様々な事業領域,業務内容別に,「プロセス自体をサービスデザインで作り変えるプロセスデザインの取り組み」を並行して進めている.「職種や職能に関わらず,共通のマインドを持った社員が,サービスデザインやデザインシンキングの知識を意識せずに,自然と業務をこなすことがサービスデザインになっている状態」を目指している.

図13 サービスデザインによる組織のデザイン

4. 今後に向けての取り組みと興味

最後に,今後に向けて現在取り組み中のチャレンジと興味について述べたい.まず一つ目はサービスデザインの進化に向けた研究開発の取り組みについてである.上述した慶応義塾大学との最新の共同研究として,行動デザインとのシームレスな融合を目指した手法開発を進めている.人間の考える癖を科学的に解明し応用する行動デザインと,多様な人々のクリエイティビティを引き出すサービスデザインをシームレスに融合する新たなアプローチである.更にこの先にはデジタルマーケティング/AIと有機的に機能する為のアルゴリズム開発を見据えている.企業が避けては通れない,デジタルトランスフォーメーションのうねりへ,サービスデザイナーが自身の能力を活かしながら自然と適合できるような,また様々なリテラシーの人々のクリエイティビティを更に引き出し共創が加速するような,「未来のあたりまえとなるようなイノベーション活動の仕組み」を模索していこうと考えている.

著者紹介

  • 山口 博志

大日本印刷(株)情報イノベーション事業部 C&Iセンター 第1マーケティングコミュニケーション本部 サービスデザイン・ラボ 部長.2000年大日本印刷入社後,エンジニア,プランナーとして様々な業種業態の顧客を対象にWeb・店舗・工場見学での接客,商品開発,ブランド開発を担当.R&D部門移籍後,技術開発と並行しサービスデザイン手法の研究開始.2013年「サービスデザイン・ラボ」設立.方法論のR&Dと並行し,サービスデザインによるイノベーション創出支援ビジネスを推進.キリン(株),日本たばこ産業(株),トヨタ紡織㈱等とのサービスデザインプロジェクトでWS設計〜ファシリテーションを提供.2017年からは自社向けにデザインシンキングエバンジェリスト活動を開始.国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)委員として「平成29年度未来社会創造事業」の査読を担当.

*1  サービスデザイン・ラボ(SDL)は,サービス視点でのイノベーションを生活者・企業・有識者・クリエイターと共にデザインする「共創型サービスデザイン手法」の研究開発と「イノベーション創出の実践」に取り組む,広義のデザインチーム.http://www.dnp.co.jp/cio/servicedesignlab/, last accessed on last accessed on Feb. 6, 2018.

*2  デザイン・ドリブン・イノベーションとは,ロベルト ベルガンティ著の『デザイン・ドリブン・イノベーション』で提唱されているデザインマネージメントの考え方である.「技術」に対して「意味」の急進的イノベーションを指している.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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