サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
巻頭言
ビッグデータとサービソロジー
田中 譲
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ジャーナル オープンアクセス HTML

2018 年 5 巻 2 号 p. 1

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サービスの提供が情報収集に繋がり,それがまた新しいサービスを生むことは古来から周知のことである.江戸時代より「富山の薬売り」が,商法として先用後利,配置販売に基づく巡回訪問サービスを行い,常備薬を無償で顧客に提供し,次回訪問時に使用分の代金のみ請求し,補充も行うサービスを展開した.懸場と呼ばれる巡回地域の顧客管理簿や得意先台帳を懸場帳としてデータベース化し,業者内で共有して活用していた.懸場帳に記載された情報は,再訪問時の服用指導や情報提供などのサービス向上に利用するだけでなく,様々なデータを合わすことで,お見合いなど,人と人,人とモノを結び付ける新サービスにも活用された.懸場帳自体が財産価値を持ち,業者間で売買もされた.サービスには先ず利用者が必要とする有形・無形の提供物(1次コンテンツ)と,懸場に相当するサービスの「場」が必須で,1次コンテンツの提供を通じて2次コンテンツというべき利用者の情報と行動履歴が収集でき,これを活用した2次サービスが生まれる.

90年代前半のウェブの台頭により,情報発信だけでなく,各種情報サービスやショッピング・サービスを世界に向けて提供可能になった.実世界の懸場に相当する「場」を,サイバー世界であるウェブ上に構築可能になった.サイバー世界の場の構築は,基盤となる2種類のプラットフォームを必要とする.商品カタログやグルメ・マップのような概念的プラットフォームと,実現技術基盤であるシステム・プラットフォームとである.場には,利用者を引き付ける豊富な1次コンテンツを予め用意し常に更新する必要がある.ショッピング・サイトでは豊富な品揃えの努力がなされ,Googleサーチエンジンではクローラーを用いて,世界中のウェブページの内容が常時収集され索引付けられている.

物理世界と異なりサイバー世界では移動コストが掛からず,サービス提供者はボットを利用者側に派遣して膨大な情報を自動収集でき,利用者は魅力的なサービスを求めて自ら「場」を訪れコンテンツ探索行動を活発に行う.場のプラットフォームを管理し制する提供者は,利用者の活発な行動履歴を2次コンテンツとして自動的に取得蓄積できる.行動履歴の分析により個々の利用者や集団の行動パターンが明らかになると共に,特定期間の行動履歴の分析から背後に隠れた個人や集団の意図の推定が可能になる.前者により利用者プロファイリングが可能になり,類似性によって人と人,モノ,コト,金のマッチング・サービスが可能となる.後者を,文献情報の共著者関係で同定される特定研究グループに適用すれば,研究開発目標や手法もある程度推定できる.オープンな2次サービスとは別に,特定利用者向けのクローズドな2次サービスも生まれる.恐ろしい話でもある.多様なサービスの提供で,カタログや地図,SNS,文献情報空間といった異なる場における同一個人や集団の行動履歴を関連付けた分析が可能になり,プロファイリングや意図推定の範囲と精度は著しく向上する.今日のサービス提供の巨人達の意図はここにある.マタイ効果により,彼らはますます巨大化し,便利さとリスクを提供する.分析対象集団をコミュニティや社会とすると,行動履歴の大規模な収集と分析は「人間の行動を扱う学問」である社会科学の方法論に革新をもたらしたと言える.

著者紹介

  • 田中 譲

北海道大学・名誉教授,物質・材料研究機構MaDIS・MIリサーチ・アドバイザー

 
© 2018 Society for Serviceology
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