サービソロジー
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特集:データ爆発がもたらす社会科学と情報科学の新しい接続
NEC the WISE による新たな価値創造 ~ AI 活用支援サービス適用の取組
河津 正人景安 泰千井口 守
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2018 年 5 巻 2 号 p. 12-17

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1. はじめに

「データ爆発」というキーワードが示すように,近年,多種多様かつ大量のデータをいかに業務に有効活用していくかという議論や取り組みが盛んである.これらを現実的に可能としたのがAI技術の進展である.

NECは1960年台からAI技術の開発に積極的に取り組み,半世紀に渡って技術を蓄積し続けてきている.その成果を図1に示すように「見える化」,「分析」,「対処」という3つの領域をカバーする最先端のAI技術群「NEC the WISE」*1として体系化し,顧客の価値創造に取り組んでいる.

価値創造に向けては,単に技術・製品提供(モノ提供)だけでは不十分である.最終的には,モノにより解決されるコト,すなわち顧客や生活者が享受する価値(利用価値)をいかに最大化するかに着目する必要があり,そこにはヒトの介在が必須であるといえよう.

すなわちヒトによるサービス提供とモノによるサービス提供とを有機的に連携させた形で,AI活用による価値創造を実現することが重要である.

本稿では,AI活用における,ヒト,モノそれぞれの観点でのNECの取り組みを紹介し,これにより生み出されたコトについて紹介する.

まず,NECが擁するコンサルタントやデータサイエンティストによるプロフェッショナルサービス(AI活用支援サービス)について概要を説明する.

次に3.において,AI活用支援サービスを実施する上でのプラットフォームとなるNEC Advanced Analytics Cloud(以下AACloudとする)について説明する.AACloudは,NECのクラウド基盤サービス「NEC Cloud IaaS」で利用することができるが,顧客の要望に応じ,他クラウド環境やオンプレミス環境でも柔軟に利用することができる.専門家が提供するAI活用支援サービスをより高度に実現するための基盤サービスとして捉えて頂きたい.

4.では,これらサービスを適用して業務高度化を実現した活用事例について,いくつか紹介したい.

図1 人の知的創造活動を最大化する最先端AI技術群 NEC the WISE

2. AI活用支援サービス - ヒトによる顧客との協働

2.1 AI活用支援サービスの概要

本章ではヒト観点でのサービスの取り組みを紹介する.

NECでは顧客業務に対してAI活用を支援するサービス(AI活用支援サービス)を提供している.図2にその全体像を示す.

AI・アナリティクスの専門組織を立ち上げてから5年目に入り,多様なプロジェクトの経験を積んだコンサルタント・データサイエンティストやアプリケーション開発者を有しており,さまざまな領域・分野の顧客に対して,AI活用を支援するためのコンサルテーションや検証作業を行ってきている.

データサイエンティストやアプリケーション開発者の知見を活かし,顧客のチームの一員として協働することで,調査・企画・検証・導入・活用の各フェーズからなるAI活用ライフサイクル全体を導入目的や体制,その変化に合わせて,フレキシブルにサービスを選択・組み立ててサポートできることが大きな特長である.サポートにあたっては,一方向的にNECからサービス提供するのではなく,あくまでも顧客に寄り添い,顧客と協働するという視点を大切にしている.

この中でも特によく使われるサービスについて,その概要を紹介する.

図2 AI活用ライフサイクルとサービスメニュー

2.2 AI活用支援コンサル

AI・アナリティクスの活用に期待が高まる一方で,その進め方に悩みを持つ顧客が少なくない.AI活用支援コンサルは,こうした悩みに応えるために当社の豊富なAI適用実績をベースとした顧客の価値探索を包括的に支援するコンサルティングサービスである(図3).

顧客の置かれている外部・内部環境や競争環境,経営面・業務面での課題をワークショップ形式で整理し,AI活用で顧客が目指すべき事業ビジョン・コンセプトを企画する.その企画に基づいたAI活用シナリオの検討をいくつか行い,その中から業務面での優先度・コスト等を勘案したアクションプランを,優先度をつけて策定する.これにより,AI適用シーンや導入効果を具体的にイメージでき,経営目線で幅広くかつ深い検討を効率的に行うことができ,また顧客の業務革新・新事業創出の実現に至る筋道を明確にできる.

図3 AI活用支援コンサル

2.3 AI活用効果検証

AI活用効果検証は,当社のデータサイエンティストが,適切な検証計画になるよう考慮した上で顧客保有データを分析し,AI活用の導入期待効果を明確化し報告書として提供するものである(図4).データの業務活用にあたって,保有データから本当に業務改善に資する結果を得ることができるのか,またその結果は想定される導入費用に比して意味のあるものなのかを本格導入に先立ち検証するものである.

本サービスでは標準期間3か月で顧客と議論を進めながら期待効果を検証し,報告書を作成する.報告会は,中間・最終の2回行い,最終報告時に導入計画や活用計画まで含めて提言を行う.これにより顧客の意思決定のスピードを速め,シームレスに効果の高いAI導入を進めることができる.

顧客は検証結果に基づいて必要な意思決定を行い,システム導入あるいは業務アウトソーシングとしてのAI活用を進めていくことになる.

図4 AI活用効果検証

2.4 AI活用業務アウトソーシング

AI活用業務アウトソーシングは,顧客データをお預かりし,顧客に代わって当社のデータサインティストが業務目的でのデータ分析を行い,その結果を定期的に報告するものである(図5).

お預かりしたデータを基に分析を実施,定期業務レポートを作成し,原則毎月1回の分析結果報告会を行う.ある程度継続した期間(6か月以上程度を想定)に渡って業務改善に資する分析結果を提供し,顧客は本来業務に注力しつつ,アウトソースで得たデータ分析結果を業務改善に活用することができる.

図5 AI活用業務アウトソーシング

3. AIの検証・導入・活用をシームレスに行える統合基盤AACloud - モノとしての協働の場

AIで価値を生み出すには,多様なプロフェッショナルの連携と協働が必要になる.特に,データサイエンティストがAI活用の効果を「検証」し,アプリケーション開発者がAIをシステムとして「導入」し,業務の専門家や運用管理者が現場で「活用」するといった3つのフェーズ間の連携が重要となる.多様かつ異なるプロフェッショナルが緊密に連携し,協働できなければ,本当の価値をAIで生み出すことはできない.

当社は,AI活用に不可欠な検証・導入・活用の各フェーズをシームレスに接続し,スキルの異なるプロフェッショナルの協働を促進することで,AI活用の迅速な実現を支援するプラットフォームAACloud(図6)を2017年11月より提供開始している(協働の場).

本章では,モノ観点でのサービスの取り組みであるAACloudの概要と特長を,「検証」,「導入」,「活用」の3つのフェーズに分けて紹介する.

図6 AACloudの機能と構成

3.1 検証フェーズ

AACloudは,検証のフェーズに対しては,データサイエンティストが必要とするツールと環境を一括で提供する.これには,NECの最先端のAIエンジン「異種混合学習」(藤巻,森永 2012)とともに,分析の実行と結果をインタラクティブに記録する「Jupyter Notebook*2」やPython*3ベースの機械学習ライブラリ「scikit-learn*4」といったOSSを統合した環境を提供する.

異種混合学習は,当社が独自に開発した機械学習アルゴリズムで,多種多様なデータから簡単に複数のデータのパターンを自動で場合分けして規則性を発見することができ,予測モデルの説明を明示する高い解釈性を実現している.

AACloudでは今後,異種混合学習だけでなく,ディープラーニングを搭載したNEC the WISEのRAPID機械学習なども提供する予定である.

3.2 導入フェーズ

導入フェーズに関しては,アプリケーション開発者がAIを容易にAPI*5化する機能を実装している.これにより,多様な目的に応じて,企業独自のデータやノウハウを活用して作成した分析手順やモデルを容易に新たなAPIとして実装することができる.アプリケーション開発者は,データサイエンティストが作成したNotebook(分析手順)をAACloud上に置くだけで,AIによる処理をAPIとして提供でき,また,アプリケーションにも容易に組み込むことが可能になる(図7).

3.3 活用フェーズ

活用フェーズではユーザーや運用管理者が,ダッシュボード連携により予測モデルのパフォーマンスを確認できることができる.OSSベースのログデータ解析/可視化ツールや検索エンジン連携させることで,予測結果と予測モデルをわかりやすく可視化できる.

なお,AACloudはコンテナ型仮想環境のDocker*6と分散処理フレームワークのApache Spark*7を搭載しており,分析環境はユーザーごとにコンテナで起動し,処理が重くなったらノードを追加してスケールアウトすることが可能で,大規模データ処理にも対応している.また,独自に実装したアルゴリズムやOSSのライブラリをアドオンとして追加し,分析機能を拡張することもできる.

図7 AACloudにおけるAPI実現

4. 活用事例 - ヒト・モノから生み出されたコト

本章では,AI活用によるさまざまな業務高度化事例の中からモバイル通信事業者向けサービス事例と製造業向けサービス事例を紹介する.

4.1 モバイル通信事業者向けサービス事例

モバイルネットワーク(携帯電話網)を構築・運用する通信事業者では,増加するIoT機器への対応や次世代通信規格5Gへの対応に向け,AI等の新技術を取り込み運用・保守の更なる効率化が課題となっている.

4.1.1 通信機器の発注最適化

通信事業者は,増大する通信需要を正確に予測し,過不足のないネットワーク整備計画を立てる必要がある.必要な機器手配を行う場合は納入までのリードタイムを考慮し,数ヶ月先の需要量をもとに通信機器の発注計画を立案している.

そこでAIを活用して,日々の運用で数十万台にのぼる通信機器より大量に生み出されるログデータから将来の通信トラフィックを予測し,数ヶ月先の通信機器需要量を提示するサービスを実現した(図8).

通信事業者は,本サービスにより提示された需要量をもとに,現在の在庫数やリードタイムを考慮して通信機器を発注することで,発注の最適化が可能となる.

図8 通信機器ログを利用した通信機器需要量提示サービス

4.1.2 保守作業の効率化

ネットワークの運用では,通信トラフィックの増加や周辺環境の変化にともないパケットロスが頻発することが多い.通信事業者は,各地に設置された大量の通信機器から発せられたパケットロスの警報を受けた後に駆け付け保守を行っており,保守工数・費用の削減が課題となっている.

そこで,膨大なトラフィックデータとパケットロス等の警報履歴を分析することで2~3ヶ月先にパケットロスを起こす可能性のある通信機器を予測し,保守対象機器の優先順位を提示するサービスを実現した.

通信事業者は,本サービスにより提示された順位を基に,最適な定期保守を実施することで予防保守が可能となる(図9).

本サービス開発にあたっての通信事業者との実証実験において,最大15倍の保守効率改善を実現できた.

図9 通信品質劣化予測に基づく予防保守

4.2 製造業向けサービス事例

次に製造業の保守サービス向けの事例を紹介する.

産業機器やIT機器など,顧客事業を支える重要な製品については供給元のメーカー側にて保守サービスを行っていることが多い.これらメーカーの保守サービス部門にとっては保守部品の在庫の最適化が大きな課題の一つである(図10).

保守部品の欠品は顧客への保守サービスの低下を招き,最悪顧客業務の停止に至る可能性がある.一方,余剰な在庫はコスト増を招き経営を圧迫する.

そこで,過去の保守部品の出荷実績等をもとに数ヶ月先の所要数を予測するソリューションを実現した(大塚他 2015).過去一年程度における部品ごとの出荷数・稼働台数・発売時からの経過月数をもとに,将来必要になる交換用部品の需要数を割り出す.保守サービス部門では,本ソリューションにより出力される需要数に従った保守部品の発注を行うことで,欠品リスクの低減と在庫削減を両立することができる(図11).

本ソリューションは,NECグループの保守事業を担うNECフィールディングにおいて高回転部品に適用し,年間数億円規模の在庫削減効果となった.

図10 製造業の保守サービス部門が抱える課題
図11 保守部品需要予測ソリューション

5. まとめ

本稿では,AI活用における,ヒト(コンサルタント・データサイエンティスト),モノ(分析プラットフォーム)それぞれの観点での当社の取り組みを紹介し,これにより生み出されたコト(サービス事例)について紹介した. 4.であげた事例以外にも,消費期限の短い日配品の欠品による機会ロスと,期限切れに伴う廃棄コストとをコントロールする小売業向け日配品需要予測ソリューションや,数多くの商品個々の売上の組み合わせをもとに店舗全体の売上あるいは粗利を最大化する売価最適化ソリューション,設備や機器等の稼働寿命を予測し予防保守に繋げる劣化予測ソリューション等,AIとデータ活用によるさまざまなサービス事例が存在する.

これらはいずれも,専門家によって提供されるサービスと,技術・製品の価値に基づくサービスとの組み合わせを触媒として顧客と協働することで,データ活用から顧客の業務改善を図るものである.すなわち膨大なデータとAI技術とを専門家・顧客が掛け合わせることで価値を創造する活動であるといえる.

一方で,メガプラットフォーマー*8の成功事例に見られるように,膨大なデータを収集することが新たなサービスを生み出し,企業の成長力の源泉となっていることにも注目しなければならない.データ集約が巨大な付加価値を持つようになってきており,産業界としては彼らとどう伍していくかについて知恵を巡らせなくてはならない状況にあるといえよう.

この命題に答えを出していく一義的な責任は各企業にあるとはいえ,データの収集と活用,およびそこから生まれるサービスの在り方についての知見・手法の蓄積はまだこれからであると考える.個々の企業の活動に加えて,サービス学会を中核とした産学を巻き込んだ幅広い議論を期待したい.

著者紹介

  • 河津 正人

日本電気株式会社 サービスプラットフォーム事業部 アナリティクスサービス部 兼 データサイエンス研究所シニアデータアナリスト. 京都大学工学部情報工学科卒業.NEC入社後,研究所勤務を経て,ソフトウェア製品開発・システム構築運用・コンサル等の業務を幅広く経験.2014年よりデータ分析業務に従事.

  • 景安 泰千

日本電気株式会社 AI・アナリティクス事業開発本部 主任.東京工業大学大学院総合理工学研究科修了.NEC入社後,新規事業企画・開発に従事.2012年よりAI・アナリティクス事業のアセット,サービス開発を担当.

  • 井口 守

日本電気株式会社 サービスプラットフォーム事業部 アナリティクスサービス部エキスパート. 東北大学大学院工学研究科修了.NEC入社後,研究所勤務を経て,システム開発・コンサル等の業務に従事.2013年よりAI技術を活用したデータ分析業務を担当.データサイエンティスト協会企画委員.

*1  最先端AI技術群 ~NEC the WISE~ https://jpn.nec.com/ai/, last accessed on June. 5, 2018.

*2  “Notebook”と呼ばれる形式で作成したプログラムを実行し,実行結果を記録しながらデータ分析作業を進めるためのツール.プログラミング言語としてPythonがよく使われる.

*3  統計解析やデータ分析,AI開発で広く使われているプログラミング言語.

*4  PythonのOSS機械学習ライブラリ

*5  Application Programming Interfaceの略.「ある(特定の)機能」をプログラムから利用可能とするための仕組み.

*6  Docker Inc. https://www.docker.com/, last accessed on June. 5, 2018.

*7  Apache Spark https://spark.apache.org/, last accessed on June. 5, 2018.

*8  グローバルなサービスプラットフォームを持ち,さまざまなデータを収集し活用することで収益を上げている巨大企業(群).最近は代表的企業の頭文字から「GAFA」等の略語で呼ばれることもある.

参考文献
  •   藤巻 遼平, 森永 聡 (2012).ビッグデータ時代の最先端データマイニング.NEC技報, 65 (2)
  •   大塚 紀明, 仁科 光貴, 東原 克則, 梅津 圭介, 永井 洋一, 本橋 洋介, 川尻 積, 原 豊和 (2015).補修用部品の在庫最適化に貢献する需要予測ソリューション.NEC技報, 68(1).
 
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