サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
特集:データ爆発がもたらす社会科学と情報科学の新しい接続
「データ爆発がもたらす社会科学と情報科学の新しい接続」にあたって
神田 陽治
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2018 年 5 巻 2 号 p. 2-3

詳細

本特集では,大量のデータが世界をどのように変えうるのかについて,その一端を見てみたい.特に,社会科学と情報科学の「新しい接続」に注目したい.情報科学を取り上げるのは,情報科学が大量データを処理するエンジンそのものであり,複雑な社会現象を大局的に理解する力となるからである.社会科学を取り上げるのは,我々が住む社会は一筋縄ではいかない社会問題に悩んでおり,人間や社会を根本から理解する力となるからである.

情報科学に関わる者から見れば,社会科学と言われてもピンと来ないかもしれない.社会科学に関わる者から見れば,情報科学と言われてもピンと来ないかもしれない.その相容れない根源的な理由は,案外表面的なことで,単に,各々の学問が信奉する研究方法の違いに起因しているのも知れない.情報科学は人工物としての科学の側面を持ち,自然科学に好意を持つ.それゆえ,量的分析(quantitative analysis)に軍配を上げる.一方で,社会科学は,量的分析の限界を意識し,質的分析(qualitative analysis)に軍配を上げる.

とは言え,そのような違いを強調することは各人の専門的地位からは意味を持つにしても,社会に貢献するという実務的立場に立てば拘泥するに値しないだろう.一般に,量的分析は,平均的な存在に関心を持ち,平均的な存在の間に成り立つ法則性に関心を持つ.それが普遍的な知(法則という知見)をもたらすと期待してのことである.一方で,質的分析では,平均的な存在に加え,飛び離れた存在にも興味を持つ.現時点で飛び離れた存在であったとしても,未来の平均的存在の先端事例である可能性もある.とすれば,直感を持って飛び離れた事例を先行投資して調査し,理解しておけば,誰よりも先に未来の知を先取りできるわけで,実践的(ビジネス上)な利益を生む.

個々のデータは,我々の世界の「出来事」から生み出される.インターネットにつながる機器は,「出来事」の断片をデータとしてせっせと休まず生産している.「出来事」の断片データを集めてリアルタイムに可視化するだけでも,ひと昔前には想像できなかったような世界が見えてくる.例えば,雨雲レーダーアプリ/サービス*1を使えば,日本全国の雨雲の様子がわかる.激しく雨が降り始めた時に,雨雲の様子を見ると,自分が居る場所に厚く雨雲が掛かっている様子が見える.また,フライトレーダーアプリ/サービス*2を使えば,世界中を今飛んでいる飛行機の状況が刻々と表示される.混んでいる時間帯に羽田空港の付近の様子を見ると,飛行機が羽田空港に列を成して,順繰りに着陸して行く様子が手に取るように見える.

大量のデータが量的分析と質的分析の壁を壊す,すなわち,情報科学と社会科学の壁を壊すのは,取得できる「出来事」データの種類が増えていることによる.スマートフォンのGPSデータや自動車等の移動手段のデータを追うことで人々の日々の移動はすでに詳細に捕捉されている.街中や店内に設置された多数の監視カメラもまた,この捕捉ネットワークの一部となる.検索キーワードや投稿されるレビューやコメントを通して,人々の表出された関心がすでに捕捉されている.スマートスピーカーやネットにつながる家電も,この捕捉ネットワークの一部となる.将来的にはVR眼鏡やペットロボットを通して,人々のプライベート行動さえも捕捉できるようになって,表出されない関心も捕捉されるだろう.個々人との紐づけも可能だから,個人の遺伝情報/個人の行動と,表出された/表出されない関心との関係も,(個人情報保護の観点はひとまず置けば)分析しようと思えばできてしまう.

これら大量のデータを上手に分析すれば,複雑な社会の諸現象について,大局的かつ根本から理解することができるだろう.例えば,社会や組織に内在する動的なメカニズムについての知見を得ることができるだろう.例えば,アイデアが社会の中でどのように広がって行くかの影響のモデル化ができる(ペントランド 2015).配車サービスとして有名なUberは,変動制料金を導入している.ある地域で配車サービスの需要が高まると,サービス利用料金は何倍にも引き上げられる.Uberは,価格が跳ね上がった時に,人々がどのように反応するかの大量のデータを分析し,人間の行動についての知見を得ている(Hall et al. 2015, Cohen et al. 2016).データの量が社会現象の深い理解という質的変化をもたらすのである.なお,データが多種大量と言っても,研究上の課題(research question)に合わせて取得したデータでないことが普通だろうから,分析にベストマッチしたデータではないことに注意する.Uberの例のように,自然実験(natural experiment)となることを利用して分析する等,工夫が問われる.

理解が進めば,社会制度の設計にも反映することができるだろう.ただ,良かれと思った解決策が,短期的には成果を納めても,長期的には悪い結果につながることがある.本質的な変化をもたらす「真の解決策」を導き出すには,大局的かつ根本からの理解が必要である(メドウズ 2015).

以下に,特集記事の内容を紹介する.最初の記事は,楽天技術研究所の森による,「データを中心としたイノベーションの創出と協働」である.楽天は日本を代表するインターネット企業であり,消費者行動に関する大量データを保有し,その活用を行っている.膨大なデータを何に使っているのだろうと誰しもが思うであろう.記事は,アカデミアやスタートアップとの協働の事例を解説している.

内閣府計量分析室の村舘は,「行政と学の間で:自治体ビッグデータ分析の経験を振り返って」いる.分析の知見を政策に反映し,市民に還元する出口戦略が鍵と述べており,分析技術以外にも,サービス学が貢献できる領域があることを教えてくれる.,

日本電気の河津らは,「NEC the WISE による新たな価値創造~AI 活用支援サービス適用の取組」と題した記事で,大量データが予測を可能にする事例を説明している.精度が高まるに連れ,人間が持つバイアスのリスク回避を理由に,予測をそのまま判断として即実行する方向に,社会制度が変容していくことだろう.

富士通研究所の大堀と穴井は,「数理科学と社会科学の融合によるシステムデザイン」と題した記事で,情報科学の研究者が自ら現場に入り,社会科学のアプローチを使って,社会課題を解決する「ソーシャル数理」の考えと,三つの社会実践を解説している.生産ライン最適化問題とは違って,人間は天邪鬼であり社会課題の解決は一筋縄では行かない.社会実践の難しさに苦労している様子が率直に語られている.

学習院大学の遠藤は,誰もが一度はお世話になる儀礼サービスである葬儀を取り上げている.「生と死のサービソロジー--「生きた証」をアーカイヴする--」と題した記事では,ライフログとして永遠に蓄積される個人のデータが持つ意味を問うている.高齢化社会を迎え,生と死に関わるサービスに真正面から取り組むべき時代が来ているのだと言える.

大量のデータを仲立ちに,情報科学と社会科学が深く結び付くことで,社会を良い方向に変革するようなサービスの新領域が生まれることが期待される.

著者紹介

  • 神田 陽治

北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科(知識科学系)教授.1986年,東京大学工学博士.富士通研究所,富士通を経て,2011年より現職.サービス学会員

*1  例えば, https://tenki.jp/radar/, Last accessed on 23 May, 2018.

*2  例えば, https://www.flightradar24.com/, Last accessed on 23 May, 2018.

参考文献
  •   Cohen, P., Hahn, R., Hall, J., Levitt, S., and Metcalfe, R. (2016). Using Big Data to Estimate Consumer Surplus: The Case of Uber. National Bureau of Economic Research, No. w22627.
  •   Hall, J., Kendrick, C., and Nosko, C. (2015). The Effects of Uber’s Surge Pricing: A Case Study. The University of Chicago Booth School of Business.
  •   メドウズ, D. H. (2015). 世界はシステムで動く ―いま起きていることの本質をつかむ考え方. 英治出版.
  •   ペントランド, A. (2015). ソーシャル物理学 「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学. 草思社.
 
© 2018 Society for Serviceology
feedback
Top