サービソロジー
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特集:データ爆発がもたらす社会科学と情報科学の新しい接続
データを中心としたイノベーションの創出と協働
森 正弥
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2018 年 5 巻 2 号 p. 4-7

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1. はじめに

本稿では,筆者が所属する楽天株式会社や,またその研究開発組織である楽天技術研究所におけるイノベーション創出のための試みを紹介する.

サービス産業におけるイノベーションの重要性は今更強調を必要としないところだと思われる.現在,インターネットサービス業界においてもイノベーション創出は大きなビジネステーマであるが,時代の変遷に伴い,そのアプローチは多少変化してきているように思う.今回,楽天の事例に触れつつ,近年のアプローチ,特にデータを中心としたアカデミアやスタートアップとのコラボレーションについて述べたいと思う.

2. 楽天技術研究所とそのアプローチ

1997年に創業した楽天は,国内最大級のEC(電子商取引)ビジネスであるインターネットショッピングモール「楽天市場」を筆頭に,トラベル,デジタルコンテンツ,通信等のインターネットサービス,クレジットカードをはじめ,銀行,証券,保険,電子マネー等のFinTech(金融)サービス,更にプロスポーツ等70以上のビジネスを展開している.現代は消費者の嗜好も社会の課題も複雑化し,単純な製品やサービスでは対応しきれなくなっている.より多様かつ柔軟な製品やサービスが求められており,それらに応えるべく,楽天も日々様々な事業を生み出している.

このような数多くのビジネスがあるということは,そのまま種々様々なビジネスデータが存在することを意味する.そしてそれは,研究者にとっては多彩なビジネスフィールドやデータを用いた研究が可能であることを意味する.筆者が2006年に設立した楽天技術研究所は,アカデミアにおける最新のトピックや手法に立脚しながら,この多様なビジネスフィールドとデータを活用し,バラエティに富んだ研究を促進することで,インターネットの未来を予測し,新たなテクノロジーを開発するための研究機関として活動している.現在,世界に6拠点を擁し,130名以上が在籍している.研究者の多くはコンピューターサイエンスの博士号を持っており,各自の問題意識や課題に基づいて,AI,IoT,ドローン等の研究プロジェクトを推進し,その成果を楽天のビジネスに反映させている.例えば創作性のあるコンテンツをAIが作り出す「Creative AI」の開発プロジェクトでは,E-Commerce の商品情報や広告のコンテンツを自動生成する仕組みを研究し,実際のビジネスでの検証も行っている.

研究プロジェクトを立案し,進めていく上での決まりはシンプルである.それは,研究者だけで研究計画を作らない,ということである.例えば,研究計画を立てる際,ビジネス側の社員と直接会話を行ない,彼らを巻き込み議論を通して計画を策定する.そうすることで研究は自然とビジネス側との「共同の研究」となる.このようなアプローチを取ることで,研究者は,ビジネスの現場で問題とされている課題やその優先順位について理解をすることができ,課題克服によるビジネスベネフィットを意識しながら,解決策を導く形で研究プロジェクトを進めることが可能となる.またビジネス側もこの「共同の研究」を通して研究者の知見,アカデミアにおいて話題の技術や手法の可能性を学び,それに触発されることで,研究所の技術を踏まえた事業計画を自然と立案し,大きなサービスの改善や新しいサービスの創出につながっていく.

楽天技術研究所において,この11年間で1,000をこえるプロジェクトを立案,推進してきた.技術移転による貢献や共同のサービス企画の遂行を通した事業そのものへの貢献,もしくは新技術活用を切り開く事業計画に対する貢献等,ビジネスに対する価値創出の形もいくつかあるが,研究計画立案時におけるビジネス側の社員の巻き込みがないプロジェクトは,この価値創出が極めて難しくなるケースが多い.いかにビジネス側と共同で研究を作り上げ実行していくかということがとても重要になる.

3. ビジネスデータの活用

もちろん闇雲にビジネス側を巻き込めば成功するというわけではない.よりビジネス価値創出の打率をあげるためには,実際の事業の状況を反映したデータを活用していくことが肝になる.時に,データを詳細に見ていくと,今まで発見していなかったビジネスニーズを見出していくことがある.

実際の例として,楽天市場の商品マーケティングデータを自動的に分析するAI技術を構築するという研究があった.この研究そのものは時系列にデータを分析するAI技術の研究であったが,売上増や新規顧客開拓等のビジネス効果を実際に創出することにチャレンジするために,この技術を使って楽天市場で取り扱っている品目を対象にして各商品の販売量を予測するトレンド分析を行った.これにより今までニーズを取りこぼしていた商品がいくつか発見された.例えば,7年程前の話になるが,かつてランドセルの販売には1年間に売れるシーズンは従来,新年初めの1月という一つの時期しかないと信じられていた.これは実際にランドセルを使用する児童の両親が購買をしていたものだった.しかし購買データだけでなく,ランドセルの閲覧や検索データ等も分析すると,8月から11月にかけての幅広いシーズンにおいてランドセルが多数のユーザーによってチェックされているが購買に至っていない状況であることがわかった.ユーザーのプロファイルを分析するとこれはランドセルを使う児童の祖父母や親戚が,夏休みやお盆の時期に実際に児童に会うことで,来年もう小学生なのだと驚き,ランドセルを閲覧・検索するというアクションであることが推測され,当該ニーズを取りこぼしていたことがわかった.この分析結果はビジネス側と共に販促活動へのアクションとして活用した.

また,他にもAI技術を更に応用し,イベントと連動して動く顧客のニーズを抽出するという研究も行った.これにより,例えば,直接関係がないと思われるのに,父の日や母の日というイベントに同期した形でのみ検索されている商品があることもわかった.これも本来は似たような動きをする時系列データの抽出という研究であったが,実際の事業データに適用することで,大きなビジネス価値を創出することにつながった.

4. アカデミアとの連携とデータ提供

楽天技術研究所の立ち上げに際しては,様々な大学の先生や研究者とディスカッションを行った.そこで浮かび上がったのは,アカデミアの側では高度な技術を生み出したとしても,実際のビジネスデータに接する機会がなくては,ビジネスの現場がどのような課題意識で取り組んでいるかを理解しにくく,研究も机上の空論に終わる可能性がある,ということである.そこで実際のビジネスのデータを扱い,事業の現場の人間と対話ができる組織を作り,研究者とビジネス側が課題を議論し,問題点を共有して,一緒に研究プロジェクトを立ち上げ,推進するスタイルを確立してきた.

それだけに留まらず,楽天技術研究所ではより広くアカデミアと楽天のビジネスとの交流を促進するために,楽天グループで蓄積してきた様々なデータを,大学,公的研究機関の研究用途に限定して公開してきた(国立情報学研究所 2017).特にビジネスに直接結びつくEC関連の商品データ・レビューデータを筆頭に,ホテル・旅館の施設データ・レビューデータ,ゴルフ場の施設データ・レビューデータ,料理レシピのデータ・画像データ,楽天Vikiのビデオ属性情報・ユーザー行動評価情報等を提供している.アノテーション付きデータも公開しており,筑波大学より提供頂いた楽天トラベルのレビューデータに対し文単位で評価極性情報を付与したコーパス,画像認識の研究にも寄与できる,商品画像のカテゴリラベル付きアノテーションデータ,文字領域アノテーションデータも提供している.既に国内外260以上の大学,研究室や研究機関で研究に使われている.

加えて近年は,楽天技術研究所の拠点があるシンガポール,パリ,そして東京にて,世界中から研究者・データサイエンティスト・学生を集めて,データ解析コンテストを開催している(Rakuten 2015)(Challenge Data 2016-2017) .特に東京のイベントは,筆者が日本データベース学会の理事を拝命し,産学連携のお手伝いをしている関係から,日本データベース学会と一緒に,研究目的でのデータ提供を拡大していくことを睨み,実現にこぎつけたデータコンペティションであり,広く学生の参加が見込まれている(日本データベース学会 2018).

アカデミアへのデータ提供を行うことで,アカデミアにおける実践的な研究への貢献もさることながら,企業側では知りえないアカデミアの高度な着想に触れ,実施できないような分析手法を知り,その結果共有を受けることで更なるデータ活用,AI技術適用,その先のイノベーション創出を推し進めることができるようになる.楽天技術研究所では,このように得られた新しい活用のアイデアやフィードバックを実際にサービス開発に活かしている.

5. ニーズの個別化と新しい手法の要請

前述したように,楽天グループにおいては幅広くビジネスが存在している.その理由として,消費者の嗜好,ニーズの多様化の進展に対応してきた面もあることも言及した.

このニーズの多様化は近年,加速度的に進んでいる.過去20年に渡るインターネットの普及により,ユーザーは様々な情報サービスにアクセスすることが可能となり,自分のニーズにあった商品やサービスを見つけることが容易になってきた.更には,スマートフォン等の携帯端末の普及でいつでもどこでも,時間も世界のどこかも問わずにアクセスが可能になってきている.

例えば筆者は先日,スマートフォンでSNSにアクセスしていた際,自分の趣味にあった鞄を見つけ,送料無料でもあったことも後押しして直ぐにその商品を購入した.後から調べるとその鞄は,スイスの小さな職人工房で作られていたものであった.恐らくその職人たちは誰も日本語を解さないであろうと思われるが,今は多国語対応するECサービスを用いて日本語での商品説明をすることも容易であるし,また商品はスイスではなく,香港の倉庫から送られており,そのような配送サービスによってまるで国内の店舗から商品を購入したように送料無料が実現されている.

昔は,そもそも消費者が自身の足を運べる店で,そこで取り扱っている品目の中から,更には実際に在庫が置かれている商品しか購入することができなかった.そのような地理的・空間的・時間的制約が存在し,自分自身のニーズや嗜好をその制約の中に押し込んで,ある種の型にはめなければならなかった.しかし,今や人々は自分のニーズを空間や時間の制約によって変えることなく,いつでもどこでも好みにあったものを世界中のサービスから見つけ,ダイレクトにアクセスし手に入れることが可能になっている.

このような進歩の中,ニーズは多様化というレベルをこえて,個別化とも呼べる様相を呈している.つまり,現代は100万人がいたら100万通りのニーズが表現される時代というイメージだ.とはいえ,もちろんその個別のニーズに答えていくことは容易ではない.前章でAI技術を楽天市場の商品データに適用した研究に言及したが,今現在,楽天市場で取り扱っている商品の種類は2億5,000万点もあり,また過去3ヶ月間に実際に購買を行ったアクティブユーザーは2,000万人ほど存在しているので,組み合わせの数は膨大になっており,より多くのデータを処理してニーズを発見していくことが肝になる.それゆえ,従来の手法だけでは現状維持も難しくなっており,ビッグデータを処理する基盤だけでなく,機械学習に代表されるAIの技術を従来よりも高度化し,顧客の動向を細かく捉えていく必要がある.また更にはそれらの先端技術を積極的に適用していくために,そもそもの既存の事業のあり方を変えて,ビジネスの枠組みを再設計していく必要もある.そこで,データを中心としたアカデミアとの連携だけではない,新しい手法が求められている.

6. スタートアップを中心とした取り組みへ

2015年8月にGoogle の創業者であるラリー・ペイジがブログを更新し,Alphabet社を設立してCEOになるとともに,Googleを子会社化,サンダー・ピチャイ氏が新CEOに就任すると発表した(Google Official Blog 2015).Alphabet社の設立は,Alphabet社を持ち株会社として,その下にGoogleだけでなく,Calico,GV,Verily,Net Labs等の会社を配置し,個々の子会社にて事業の透明性を高めた上で,ベンチャー事業を推進.それぞれをスタートアップとしてドライブしていき新規事業創出を行うことを企図したものだった.インターネットサービス業界においては,従前,Web2.0 という名前で呼称されたようにWebエンジニア中心に新規サービスが生み出されていくという流れがあり,GoogleはWebエンジニアを大量に抱え,Google社の内部の事業として様々なサービスを生み出してきた.しかし,その方針を転換したのである.これは,自社内のみでイノベーションを創出する動きの終わりであり,外部からの資金調達や様々な企業との連携も自由なスタートアップによってイノベーションを生み出していく形へのシフトである.

このようなスタートアップを中心としたイノベーション創出へのアプローチの転換は,Googleに限らず他企業でも見られ,またインターネットサービス業界だけでなく,例えば,銀行や保険等の金融業界等,他業界でもスタートアップへの投資や連携により新規ビジネスを生み出そうとする動きが活発になっている.

7. スタートアップとのコラボレーション

楽天グループも創業20年目の2016年にミッションステートメントを,「世界一のインターネットサービス企業になる」から「グローバル イノベーション カンパニー」へと積極的にビジネスを生み出す姿勢へ変更し,このような新しい潮流へ対応していこうとしている.そのうちの一つの施策として,スタートアップ企業の育成・支援で世界有数のアクセラレーターであるテックスターズと共同で,スタートアップ企業と楽天によるイノベーションの共同創出を目指す取り組みを開始している(楽天株式会社 プレスリリース 2017).本プログラムに参加したスタートアップは,楽天グループのECビジネスやFinTech,デジタルコンテンツ,コミュニケーション,広告等の事業や研究開発に携わる国内外の役員やチームから助言や指導を受けることができ,また1社あたり12万米ドルの出資に加え,起業家やプログラム卒業生,メンターなど5,000人を超えるテックスターズのネットワークへのアクセスを得ることができる.

しかしこれらのスタートアップへの専門的な助言や資金援助だけでは事業創出に到達することは難しいとも見ており,我々は,楽天グループが持つ多様な既存事業との協働が非常に重要になるとも考えている.スタートアップは新しいことに挑戦できる反面,膨大なデータは持っていない.今現在のAI技術の最先端である深層技術の活用においては大量のデータが必要とされる.深層技術を有しているスタートアップでも,そのようなデータを持っていないがゆえに,ビジネスへの価値創出が阻まれることもある.そのため,スタートアップにとってデータプラットフォーマーとなりうる企業とのコラボレーションは不可欠といえ,ここにおいても楽天の多様な事業が持つデータの重要性が認識される.一方で,楽天や大手企業は大量のデータを保有しているものの,最先端のコア技術活用やサービス自体のアイデアに関しては,小回りの効くスタートアップに比べて優れているとはいい難い.ここで,双方を交流させる戦略が重要となる.今後は,アカデミアとの連携におけるデータ提供のように,スタートアップともデータを活かしたコラボレーションができる枠組み,イノベーションを生み出せるエコシステムとなるような仕組みの構築に挑戦したいと考えている.

8. おわりに

本稿では,楽天や楽天技術研究所の事例に触れながら,イノベーション創出のための試みについて述べた.

楽天および楽天技術研究所は研究所とビジネスが協力して研究を進め,データを活用して,更にはアカデミアとも連携することでビジネス価値の創出を行ってきた.今現在は,多様化から個別化というニーズの進化に応えていくために,スタートアップを中心とした事業創出への取り組みを開始しているが,ここにおいてもデータを活用することの重要性は変わらない.直接顧客と接する機会の少ないインターネットビジネスにおいて,データは顧客を理解するための最たる手段であり,それゆえにイノベーション創出のための大切な核であるといえる.楽天がこの20年間で蓄積したデータは,今後も多くの領域で活用できる発展性を秘めていると考える.改めてデータ活用の意義深さを認識し,果敢にイノベーション創出に挑んでいきたい.

著者紹介

  • 森 正弥

1998年慶應義塾大学・経済学部卒.アクセンチュア株式会社を経て,2006 年楽天株式会社入社.現在,同社 執行役員 兼 楽天技術研究所代表 兼 楽天生命技術ラボ所長として,世界5カ国の研究開発組織を統括.日本データベース学会理事.企業情報化協会常任幹事.日経ITイノベーターズ エクゼクティブメンバー.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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