サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
会員活動報告
AI時代における地域での観光情報サービス開発
笠原 秀一
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2018 年 5 巻 2 号 p. 42-43

詳細

1. はじめに

近年,深層学習をはじめとする情報処理技術の進歩が著しい.観光情報サービスの分野でも人工知能技術の可能性が論じられており,国際的な観光政策の支援を行っている国連観光機関(UNWTO)も専門の国際会議*1を開催するまでになっている.

観光と情報技術は一見関連の薄い分野に思えるが,観光を支援する情報サービスは,航空券予約の自動化をはじめ情報処理技術の進歩と共に変化してきた歴史がある(図1).近年はウェブをベースとしたe-tourismに加えて,携帯端末や機械学習,情報推薦,IoT,センサなどの技術の進歩により,よりパーソナライズかつリアルタイム化したSmart Tourism(Gretzel et al. 2015)が誕生している.しかし,機械学習などの人工知能技術は大量のデータが必要であり,分権型の産業構造を持つ観光産業においてはこれが大きな問題となる.

観光産業は宿泊・小売など多数の比較的小規模な地域事業者と,鉄道・航空など少数の大企業で構成されている.旅館に代表されるように,地域の観光事業者は多様なニーズに合わせて差別化されたサービスを細分化されたレイヤ毎に提供しており,旅行者も予算や嗜好に合わせてサービスを選択できる状態を受け入れている.こうした観光産業の独占的競争型市場構造(Chamberlin et al. 1948)は,比較的少数の企業が市場を寡占し,メールやカレンダー,地図,ナビゲーション等の情報サービスを横断的に提供しているため,ユーザ単位での情報収集が比較的容易な情報サービス産業とは異なっており,データを統一的に利用できないため,サービス開発が難しい.それゆえ,Smart Tourismを実現するには,地域に存在する異なるレイヤの事業者間でデータを流通させる仕組みを整備することが重要となる.また,API経由で比較的容易に得られるSNS(Social Network Services)データや公共交通機関や行政が公開するオープンデータの活用を進める必要もある.

サービス学会第6回国内大会で実施したオーガナイズドセッションでは,こうした課題意識を背景に,地域における観光情報サービス開発の課題と解決策について,データ流通の視点を含めて議論を行った.

図1 情報処理技術と観光サービス

2. セッションの概要

本オーガナイズドセッションでは,著者を含めて4人の研究者が発表した.TwitterやFlickrなどのSNSから得られるユーザデータを活用しての研究が多いことが,今の研究のトレンドを示している.

京都大学の馬強准教授は,観光地域の特性および住民や旅行者の行動特性を明らかにして多様な観光ニーズに応え,観光のパーソナライゼーション化や地域・時期の分散化を実現していくという観点から,ブログやSNSなどでユーザ自らが発信・生成するユーザ生成コンテンツ(UGC : User Generated Contents)から,ユーザ指向の“観光知”の発掘およびその利活用技術について発表された.岡山理科大の廣田雅春先生は,SNSのUGCに含まれる多様なメタデータの中でも位置情報に着目し,多くの人々が訪れる地域であるホットスポットの抽出について発表された.ホットスポットは多くの人々が興味や関心のある地域と考えられるため,ホットスポット分析は観光産業のマーケティングや地理的な特徴の分析などに応用されている.ウイングアーク1stの加藤大受氏は,訪日外国人の流動分析,観光地に対するポジティブ/ネガティブ調査,言語別での動向分析などを観光サービス事業者に提供するため,SNSデータを活用して,より安価に訪日外国人旅行者の行動分析やニーズ調査を実現するシステムを自社で構築した.本セッションではこのシステムの開発背景および観光行動分析サービスの効果について紹介された.オーガナイザーではあったが,著者も京都市周辺における観光情報サービスを網羅的に調査して行った分析を通じて,地域で必要となるサービスをポートフォリオとして管理するコンセプトを提案し,データ,技術,サービスの連携という観点から地域における観光サービス開発について論じた.

3. その他の活動

3.1 ソーシャルビッグデータ研究会

今回研究発表された先生方の研究室を中心に,学生が研究成果を発表するソーシャルビッグデータ研究会を年に一回開催している.昨年の研究会では約20件の観光をテーマとした研究発表が行われている.

3.2 京都大学デザインスクール

筆者は京都大学デザインスクールのデザイン学ユニットの構成員を務めており,観光とデータをテーマとしたPBL/FBLの講義を行ってきた.京都大学はUNWTOのアフィリエイトメンバーでもあり,同ユニットの佐藤彰洋准教授を中心に,国際会議やシンポジウムを開催している.今年はスプリングデザインスクール2018の一環として『京都観光データウォーク2018』を開催した.UNWTOは持続可能な観光のための指標開発のための枠組を提唱しており,ワークショップには学生に加えて企業,行政からもメンバーが参加し,持続可能な観光を京都で実現するための参加型デザインをフィールド調査とデータ分析を連携させる形で行った.また,3月にスペインのサンティアゴデコンポステーラ大学で開催されたアフィリエイトメンバー会議にも参加し,その際にガリシア州が実践している地域観光情報に関する施策について実際に触れる機会を得ることができた.

4. 今後

観光情報学の研究は既に20年以上続けられているが,人工知能をはじめとする情報技術の発展により,新たなチャレンジが求められている.リアルタイム混雑予測や緊急避難誘導といったスマートサービスは旅行者のみならず地域の自治体・住民に利用されることになる.今後は,情報学という切り口だけでは不十分であり,サービス学という視点から,社会学や経営学,交通工学,行政学の研究者も含めた総合的な知見に基づいた議論が必要となる.内外の研究者と連携した研究ネットワークのもとで議論を深めたい.

著者紹介

  • 笠原 修一

2006年青山学院大学大学院国際マネジメント研究科修了.株式会社ウィルコム等で新規事業開発等に従事.2014年京都大学情報学研究科博士課程後期指導認定退学.2016年同大学学術情報メディアセンター研究員.2017年同特定講師.観光・水産の情報化に関する研究に従事.経営管理修士(専門職).博士(情報学).

*1  UNWTO World Conference on Smart Destinations

参考文献
  •   Chamberlin, Edward et al.(1948). Theory of monopolistic competition.
  •   Gretzel, Ulrike, Marianna Sigala, Zheng Xiang, and Chulmo Koo.(2015). Smart tourism: foundations and developments. Electronic Markets, 25(3), 179-188.
 
© 2018 Society for Serviceology
feedback
Top