サービソロジー
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会員活動報告
高齢者,介護スタッフの思いを記録し記憶へと繋ぐシステム
桑原 教彰
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2018 年 5 巻 2 号 p. 44-45

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1. はじめに

このセッションは,筆者が研究代表であった,JSPS科学研究費補助金,基盤研究A,平成27年度採択課題「高齢者,介護スタッフの思いを記録し記憶へと繋ぐシステム」の最終報告会として,研究分担者の先生方他に成果を発表して頂くために企画した.筆者は10年以上,認知症者高齢者を情報通信技術で支援する研究に従事し,特に認知症高齢者を対象とした介護施設であるグループホームに入居直前,直後の対象者(本人)を取り巻く悲劇的な状況を目にしてきた.家族は介護で疲弊し無関心となり,非日常的空間へ無理やり押し込まれた本人は介護スタッフとの関係性を構築できず孤立無援となることが相当の頻度で見られた.そこで筆者は,介護施設が本人の安らぎの空間になるよう,心地よい記憶を形成する補助が可能なシステムを研究開発したいと考えた.認知症者は短期記憶を残すことは困難だが感情の記憶は残る.過去の記憶だけでなく現在の生活での様々なバーバル,ノンバーバル情報を記録し断片を紡ぎ,本人が幸せを感じる記憶の形成を補助する.これら記録は支える側が本人の記憶のエビデンスとして共有することもできる.これにより本人のQOL向上,介護負担感の軽減の実現を狙った.

2. 構想の概要と記憶への介入

セッションの冒頭で,筆者より本プロジェクトの構想と記憶への介入について報告を行った.筆者は認知症である本人の過去の写真を映像コンテンツ化し,本人と介護スタッフが共有することによって関係性を構築する手法を,メディア・セラピーと称して実証してきた.そして本人と介護スタッフの新たな共通体験を映像メディアで共に振り返ることで,更なる人間関係の深化が可能になると考えた.しかし介護スタッフは日常の業務で多忙であり,本人との日常的な関わりを記録することすら難しい.そこで自律移動ロボットなどにより本人と介護スタッフの関わりの映像や表出される行動などの多様なデータを記録し分析することにより本人の内面を推し量り,それに基づき本人を良い状態にする関わりの記録を抽出する.それを映像コンテンツ化して本人と介護スタッフで共有し,共通体験として記憶する.本報告ではセッションでの,東京大学の太田順教授,京都府立医科大学の安田清特任講師,岡山大学の杉原太郎助教からの報告を紹介する.

3. 自律移動ロボットの研究

東京大学の太田順教授より,自律移動ロボットの研究の報告があった.介護施設では入居者本人の反応理解が必要である.反応理解のための有力な情報は本人の表情であるが,これを逐一記録として残すことは難しい.そこでシーサモーソーン,太田,山下らは,居住空間の特定の位置に固定されたカメラ(環境カメラシステムと呼ぶ)と居住者の移動や姿勢変化に合わせて移動しながら表情を追うカメラ(移動カメラシステムと呼ぶ)を併用して居住者の顔追跡を行うシステムの構築を行った.著者らが先に提案した手法は,移動カメラシステムとして小型のカメラが搭載されたクアドロータを採用していた.更に環境カメラシステムとして空間上での各居住者の位置・姿勢とクアドロータの位置を測定するKinect カメラを用いた.これによって1人の対象者の顔を追跡することが可能になったが,クアドロータの電池寿命が短い問題点があった.よって新たにクアドロータの代わりに浮揚ガスが充填された小型飛行船ロボット(図1)を用いることとした.更に環境カメラシステムとして複数の魚眼カメラを用い,本人と飛行船の位置を測定した.このシステムを試作し,実験によりその有効性を示した.発表の後,状態計測の自動化の重要性,提案システムの機能的ポテンシャルについて様々な議論がなされた.

図1 小型飛行船ロボット

4. 記憶への介入,支援の研究

京都府立医科大学の安田清特任講師より,筆者とはまた異なる視点からの記憶への介入や支援の研究の報告があった.安田は1983年以来,記憶障害者向けメモ帳などの様々なメモリーエイド(記憶補助具)の試作を始めた.その後,これらのメモリーエイドをMCI(軽度認知症者)・認知症患者にも試行してきた.具体的には,記憶障害者向け専用日記(新記憶サポート帳),服や体につけるメモ帳,各種カレンダーと日課表,各種伝言板,AT機器やグッズが収納できるメモリーベスト,メモリーバック類,メモリータペストリーなどである.これらは手作り可能で,電源が不要でありLow-tech(ローテク)メモリーエイドである.またICレコーダーなどの市販の情報機器も,認知症の人の生活支援に応用してきた.これら市販機器で電源を要するものはMiddle-tech(ミドルテク)メモリーエイドと呼ぶことにした.具体的には,ICレコーダーなどの音響機器,スマホ,タブレット,PCなどの通信情報機器などの他,服薬支援機器,物探し器,持ち忘れ防止器,人感センサー付音声案内器などである.近年ではHigh-tech(ハイテク)を活用した生活支援法も研究してきた.例えば,排泄手順提示システム,パソコン上のアニメエージェントとの回想的会話システム,認知症支援ロボットなどである.特にローテク,ミドルテクの支援方法は,今すぐに介護施設や家族会議での現場で活用できるもので,様々な質疑応答がなされた.

5. 介護現場のICTニーズの調査研究など

岡山大学の杉原太郎助教より,本プロジェクトでの技術開発のための介護現場でのニーズ調査および開発された技術の実地評価に関する報告がなされた.ニーズ評価についてはグループホームおよび特別養護老人ホームへのインタビュー調査と,文献調査に基づいた分析結果を報告した.情報共有システムが現場では求められていることを示すと共に,従来の情報共有方法では発信者と受診者の立場が影響する可能性を示唆した.更に,情報共有をするための機会が十分提供されていない可能性についても言及した.

実地評価は,産業技術総合研究所のグループが開発した申し送り支援システムを対象とした.このシステムを特別養護老人ホームに試験的に導入して,情報供給の有様をタイムスタディにより調査した.調査の結果,情報共有のための記録時間を十分確保することが難しいことを示し,システムの運用上の課題について言及した.

6. おわりに

本稿で紹介した他に,産総研の渡辺健太郎主任研究員から多様なデータを記録できるコトデータベース,立命館大学の山添大丈講師から認知症高齢者の情動を引き出すウェアラブルロボット,千葉大学の阿部明典教授から認知症高齢者の欠落した記憶での文脈の高次推論についてといった,いずれも興味深い報告がなされた.最後に聴講者から,「現場では悪いことの記録は残るけれど良いことの記録は残り難いので,このような記録システムは意味がある.」というコメントを頂いた.本研究の方向性は間違いでなかったと確信した次第である.

著者紹介

  • 桑原 教彰

1987年,東京大学工学部卒業.同年,住友電気工業に研究員として入社.2007年,京都工芸繊維大学・准教授に着任.2016年,同・教授.2018年,同・学長補佐.主たる研究分野は認知症介護への情報通信技術の利活用.

 
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