サービソロジー
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特集:社会課題解決のためのCo-Production
PBLデザインスタジオにおける生活者との共創的デザインプロセスの実践
本江 正茂赤坂 文弥渡邊 浩志木村 篤信井原 雅行
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2018 年 5 巻 3 号 p. 12-20

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1. はじめに

本稿は,社会課題解決のためのCoProductionの実践例として,東北大学大学院工学研究科フィールドデザインセンターとNTTサービスエボリューション研究所が共同で主催したデザイン教育プログラム「PBL(Project Based Learning)デザインスタジオ1 NTTスタジオ2017『なぜ集まって暮らすのか?——卸町復興公営住宅からコミュニティを考える』」について,その概要を紹介し,そこで実践された生活者と呼応する共創型デザインプロセスの可能性について考察,報告するものである.限られたトライアルの中で気づいた事柄について,薄弱な根拠のまま仮説として言及することも多く含まれており.サービス学諸賢の批判によって鍛えられることを期待している.

2. CoX

近年,社会や地域における課題の解決を目的として,生活者と企業やデザイナーが共にサービスを創出しようとする手法が注目を集めている.CoProduction,CoDesign,CoCreation等々,いわばCoXの手法の定義の精査については本稿のスコープを超えるが,共通の接頭語であるCoの意味するところは,単独ではつくりえないものを他者と共につくりだすことへの期待がある点では選ぶところはない.

CoXにおけるメンバーの関係は,専門家同士の単なる分業や役割分担ではないし,クライアントと専門家,あるいはマスターとサーバントといった上下関係でもない,課題の核心に迫って解決を求める意思を共有する対等な協働者としての他者の存在を措定している.

本稿で示す我々のプロジェクトもまた,大学のデザイン教育プログラムの文脈の中においてであっても,生活者と対等に渡りあう共創プロセスを取り込むことによって,大学単体ではなし得ぬ社会課題解決への糸口へ到達し,またそのプロセスを体験することによって,学びを得ようとするものにほかならない.

3. FDC / PBLデザインスタジオ

東北大学大学院工学研究科フィールドデザインセンター(FDC)は,「せんだいスクールオブデザイン」(2010-2014)の後継事業として2015年に設置された産学連携センターである(Motoe 2014).多規範適応型コラボレーションによるプロジェクト駆動型デザインの教育・研究・実践を通じて,従来の古典的な学問体系の枠組みでは捉えきれない問題にアプローチするスキルとマインドセットを涵養し,高度な専門性と柔軟な協働性を兼ね備えたデザイン人材を育成することを目的としている.

この「フィールドデザインセンター」と言う名称には,統制された安定環境である「ラボラトリー」ではなく,ノイズに満ち不合理に見えもする「フィールド」において,技術を積み重ねてあらかじめ設定された目的に着実に接近していく「エンジニアリング」ではなく,飛躍を恐れず絶えず課題を再定義しながらその核心を探索し続けるような「デザイン」をもってあたる「センター」である,という意思がある.これは近年のCoXへの希求と近い文脈にある態度だと言えるだろう.

FDCの中心的な事業は,様々な企業や自治体と連携して実施する「PBLデザインスタジオ」である.PBLデザインスタジオでは,まずFDCが企業などの共同主催者と共に社会課題を設定する.課題の当事者にも参画を要請する.この課題に対する解決案をデザインすることに関心を持つ学生を公募する.参加できる学生は,所属学科や専攻を問わず,また他大学の学生や教職員も対象である.こうして編成されたデザインチームが,様々なフレームワークを利用しながらプロジェクトに取り組み,デザイン思考のプロセスを通じて,何らかの解決案を創り出していく.実施期間はスタジオのスコープによって3時間から3ヶ月まで様々に設定されうる.

2017年には2件のPBLデザインスタジオを実施した.その一つが本稿で取り上げるNTTスタジオである(本江他 2018).

4. 「なぜ集まって暮らすのか?」

NTTスタジオは,仙台市の卸町にある復興公営住宅をフィールドとして実施した.

流通団地である卸町は,約5,000人もの従業員が毎日働き,様々な文化活動がなされながらも,流通業に特化した特別業務地区に指定され,住宅の建設が禁じられており,住人がまったく存在しなかった.これを人が住む街に転換しようと,組合は2000年ごろから卸・文化・居住が共存する混合用途への「まちづくり」を始める.2008年には地区計画によって規制を緩和し,ついに住宅等の建設も可能な地域になった.しかし,直後のリーマン・ショックの影響もあり,具体的な住宅の建設が起きることはなかった.

2011年の東日本大震災は,団地にも大きな被害をもたらしたが,同時にまちづくりを新たなステージに進める機会となった.98戸の復興公営住宅が建設され,初めての住民がやってきたのである(阿部,本江 2016).

一般に,災害で住まいを失った人々はまず最寄りの体育館などの「避難所」に避難する.ついで準備が整うと「仮設住宅」に移る.居住環境の自力再建を進めていくが,様々な理由と事情で自力での住宅再建が難しい人々のために「災害公営住宅」が提供される.「復興公営住宅」とはこの災害公営住宅の別の呼び名である.

卸町にも,仙台市によって復興公営住宅が建設された.卸町には地下鉄の駅もあり,仙台市内に準備された復興公営住宅の中では比較的利便性の高い場所にあるため人気があり,ほぼ満室となっている.特定の地域から集団で入居すると言う事はなく,入居者は仙台市街・宮城県外を含む様々な地域からバラバラに集まっている.

復興公営住宅には自治会が設置される.自治会活動の経験者などを中心に行政がとりまとめて設置をするのだが,行政はそこまでしかしてくれない.自治会の形式は整ったとしても,具体的にどのような自治活動を作り上げていくかは,入居者たちに委ねられている.個人情報保護の観点から住民の名簿さえも行政からは提供されない.住民たちは手探りで白紙から新たにコミュニティを構築しなくてはならないのである.

卸町復興公営住宅では入居から約1年半が経過した.自治会は様々な取り組みに挑戦してきた.深刻な事態が起きているわけではないが,円満なコミュニティができあがってめでたしめでたしと言える状態でもない.

私たちは,仙台卸町の流通団地組合と復興公営住宅自治会の協力を得て,この事態に対し,そもそも「なぜ集まって暮らすのか?」というコミュニティの本質的な意味を問い直すという社会課題を設定した.コミュニティを直接デザインすることはできないから,なんらかの制度や仕組み,サービスの提供を通じて,コミュニティが形成されていくことを促進・支援するという形になるはずである.

5. SalonとStudioを往復するプロセス

このスタジオでは,課題の当事者である生活者をデザインプロセスの初期段階から継続的に巻き込みながら,共にサービスデザインを進めた.これにより,課題の核心部分に迫ること,現場で実行性のあるアイデアを創出することを狙うのである.スタジオの参加学生は6名.建築専攻が多くを占めるが,留学生や他大学の学生も参加することになった.

Studioと Salonと呼ぶ二つの場を用意し,往復しながらデザインを進めることとした.Studioは,デザイナーが分析や発想を集中的に実施するクローズドな場,一方Salonは,生活者とデザイナーが対面で集まり,対話や議論,ワークショップを行うオープンな場である. 一般的なデザインのプロセスは,Studioを中心に実施される.初期の現場観察や終盤のテストでStudioの外に出てユーザーと協働する接点をもつものの,プロセス全体の中でその機会は限定的であろう.本スタジオでは,Salonを設定し,ワークショップなどを行う場と参加していただく生活者の交流機会を確保し,活用することで,生活者とデザイナーが触れ合う場面を定期的に数多く持てるようにした.以降,「スタジオ」と「Studio」とは表記を分ける.「スタジオ」はPBLデザインスタジオのことを指し,「Studio」はスタジオにおいてデザイナーが分析や発想を集中的に実施するクローズドな場のことを指す.また,SalonとStudioには協働したNTTからの参加者も毎回出席し,教員と同様に議論に参画するようにした.

5.1 11/9 Salon キックオフ

スタジオ初日はキックオフである.まず,デザインチーム全員で復興公営住宅のある卸町エリアのフィールドワークを実施.その特殊なエリアの歴史と都市計画についてレクチャーを聞き,ついで復興公営住宅の自治会役員を中心とした5名の方々にインタビューした.高齢の会長,主婦,会社員,自営業者など年代・性別・職業は多様だ.普段の生活の中で住宅に感じる利点や不便な点,復興支援住宅としての機能を聞く中で,買い物が不便だというような日常から,様々な不満が自治会へのクレームとなって現れること,何もかも自治会任せ,高齢者ばかりで誰も出てこないなど住民同士のコミュニケーションのあり方が課題として浮き彫りとなった.

図1 Salon の様子

5.2 11/15 Studio ゲストレクチャー1

スタジオの冒頭には,参加者の知識ベースを整えるためにゲストを招いてレクチャーを行うことが多い.まず建築計画の専門家から,災害公営住宅の建築計画やコミュニティ形成の事例と,そのような住宅において顕在化してきた問題について.ついで,UX(User Experience)の専門家から,様々なリサーチや作品,その背景となる理論,現在の氏の研究に対する考え方のルーツなどを聞く.その後,住民との対話を通じて見えてきた課題とそれに対する解決案を各学生が発表,討議した.

5.3 11/22 Studio ゲストレクチャー2

日を改めて,さらにゲストレクチャー.仮設住宅でのコミュニティ形成の事例について建築計画者から聞く.その後,各学生からインタビューの印象や個々のアイデアの断片を聞き,講師を交えてブレインストーミングを実施した.

5.4 11/27 Salon ファースト・アイデア提示

各学生のファースト・アイデアを携えて卸町へ赴き,自治会の皆さんに発表した.互いに遠慮しがちな住民のために,ホテルの「起こさないで」カードに想を得たドアプレートでメッセージを交換するアイデアや,空き倉庫や電話ボックスなどの小さな空間を活用するアイデア,困りごとを共有するオンラインサービス,9階建ての建物全体を使う日本一長い流しそうめんなどのアイデアを示した.アイデアは事前に数を絞り込むことをせず,生のまま数多く提示した.

最初は自治会の皆さんもおそるおそる聞いていた.例えば流しそうめんのアイデアは,はじめ唐突なものに受け取られたが,汚れのクレームが出やすい共用部分の廊下をあえてイベント会場とすることで,住民の認識を改める機会にするという狙いを説明すると反応が好転.そう言うことならと実装上の具体的な課題に議論がシフトする場面が見られた.

5.5 12/6 Studio アイデアの深掘り

住民からの意見をフィードバックさせて,それぞれブラッシュアップしたアイデアを持ち寄って議論した.ファースト・アイデアをそのまま具体化したり,大きく転換したり,Salonでの議論の受け止め方には学生ごとに差があった.Studioではアイデアの内容と意義,また技術的な問題も含めて案が鍛えられることになるが,常に住民の顔が浮かび,それは彼らのためになるのか,という反省が行われるようになっていた.この段階でも解決案の数は絞らずに検討を続けた.

5.6 12/19 Salon 中間報告

住民に向けてブラッシュアップした提案6案を発表したのち,「できそう!」「役に立つ!」「おもしろい!」の三つの視点から,住民を含む参加者全員で投票し,案の可能性を確認した.ついで,小人数のグループに別れてより突っ込んだ議論した.それぞれの提案へのフィードバックと同時に,住民には,まずはどんな人が住んでいるのか,人の「顔」が見えるようになる仕組みが欲しいという共通の声があることが浮かびあがってきた.

5.7 12/20-1/9 宿題

年末年始の宿題として,各自が中間発表で受けた住民やゲストからのコメント・会話内容のリストアップを行い,フェーズごとに異なる質問の記載された振り返りフォーマットを用いて,思考プロセスの見直しを行った.住民の声からどのような課題があると捉えたか,住民からどのようなコメントがあったか,教員やゲストからのコメントはどうか,ヒアリングやスタジオを受けてどのようなアイデアを考えたか,それが解決できる事は何か,あなたが解決したい現場の課題は何なのか等々,いつものブレインストーミングではなく,内省的に文章に書くことによって,思考のリズムを変えてみることを試みた.

5.8 1/10 Studio 後半キックオフ,チーム再編

持ち寄った宿題を発表しあい,気づきの共有を行った.それぞれの解決案の提案を横軸に,縦軸に良い反応・悪い反応・アイデアへのアドバイスなどを並べた大きな表を用意し,各自の検討結果をプロットしてみた.すると全く異なる提案に対するものであるにもかかわらず,住民の反応には驚くほど共通するものが見られることが分かった.曰く,全員とまんべんなく仲良しになる事は難しいから,個別のつながりが欲しい.しかし,そのきっかけもない.誰もが参加可能なイベントを行っているが実際にはハードルは高く,それ故の運営の負担も大きい.言い出しっぺの責任を負うのは避けたい.お金はかけられないが魅力的なものが欲しい.直接的にコミュニケーションするよりも互いの接点や共通点,各住民の人となりを知る機会がまずは必要.手間は中々かけられないから実現のためのハードルが低いことも重要等々.

これらの反応は,初期のSalonでは発言されることのなかったものである.当初は,住民全員の参加や管理の適正化など,いわば建前の問題が語られていたのに対し,何度かのSalonを通じてより本質的で率直な本音の課題を,住民自身が発見し,率直に口に出せるようになったのだと言えるだろう.

その後,学生のチームを再編成し,これまでの個別の多数の提案から,絞り込んだグループでの提案に移行することにした.

5.9 1/18 Studio 新提案と問題の本質の探索

前回再編成されたチームごとにアイデアが発表された.これまでの個別の提案から1案を選ぶのではなく両チームとも新しい提案を提示してきた.一つは誰もが利用するエレベーターを用いて住民間のコミュニケーションを誘発する仕掛け,もう一つは卸町の企業のコンテナ等の不用品を活用し自由に組み換えることのできる本棚を使ったライブラリである.二つのチームに分かれて,さらにアイデアを膨らませるための議論を行ったところ,どちらのチームもエレベーターやコンテナといったプロダクトのユニークな活用自体が目的化していることに気づいた.そこで問題の本質をもう一度見直しながら住民同士のコミュニケーションのトリガーとなるようアイデアを再検討していった.

5.10 1/25 Salon プロトタイプを通じた対話

これまでのSalonでは企画書の体裁で提案を説明していたが,今回は2案に絞り込んで実物大のラフなプロトタイプを持参して発表した.プロトタイプがイメージの共有を容易にしたため弱点もあらわになり,エレベーターチームには様々なコンテンツがありすぎるとエレベーターの運用に支障をきたす恐れが指摘された.ライブラリチームには具体的な運用には懸念があるものの,個人の趣味に即したものをディスプレイできると言うアイデアについては好感触であった.

この頃までにはSalonに参加いただける自治会の住民の皆さんもこの打ち合わせを楽しみにされており,興味のありそうな友人やお子さんを連れて会議に参加してくださる方も現れ,プロトタイプを示しての発表に歓声が上がるようなこともあった.

5.11 2/13 Studio 最終案に向けた調整

両チームでブラッシュアップしたプロトタイプを発表した.前回のSalonでの好感触を受けて,提案のキャラクターを強調する形で具体化してきたが,いずれもそれがそもそもの住民の期待に応える方向になっているかどうか,改めて検証しつつ仕上げていくことになった.当然のことながら,Salonでの議論は,提案を推進する駆動力となると同時に,提案を批判的に検証する抑止力としても機能するのである.

5.12 2/21 Salon 最終発表会

住民のみならず多くの方に来場いただき,各チームでこれまでに検討してきたアイデアをプロトタイプと共に発表した.

一つ目はエレベーターを活用したコミュニケーション誘発の仕組み「卸町ボタン」である(図2).エレベーターに乗り込む前もしくはエレベーター内に2択の質問が掲示されている.設問は,カレーライスとラーメンのどちらが好きか,サッカーのベガルタと野球のイーグルスどちらを応援しているか,などたわいもないものである.エレベーター内には選択肢に対応するボタンがあり,それを押すことで回答できる.回答の集計結果は即座にディスプレイされ,乗り合わせた住民同士の会話のきっかけとなることを狙う.取るに足らない設問だからこそ気軽に答えることができ,気楽に話題にすることができる.それに加えて,結果を知ることでどのような人々が住んでいるのかということを感じ取ることができ,そこからおぼろげだけれども他の住民の顔が見えてくると言う効果が期待される.

このエレベーターの提案に対し住民からは,使い方によっては自治会からの告知も兼ねられるのではないか,当初は仕掛けの導入として食べ物の好み等の簡単な質問から始めて,何ヶ月か経って住民が慣れたところで,自治会行事や住宅運営に関する質問をするようにしていくと言うのも良いかもしれない,など提案の核心を捉えた,さらなる提案もあった.

もう一つは住民同士の緩やかなつながりをうむ移動式ライブラリ「トラベリング・ライブラリ」である(図3).重厚感のある旅行鞄のような形をした共有本箱をある期間ごとに各階に移動させることで,住民の住宅内での行き来が発生することを狙う.本箱の中には様々な書籍だけでなく栞やフリーノートも置かれており,感想やメッセージを残すこともできる.匿名で誰か分からなくても,他人と緩やかにつながっているような気持ちになれるのではないかと考えた提案である.またライブラリの横には小さい黒板が設置されており自分のお勧めの都市を紹介するなどのメッセージを書いていくこともできる.

このライブラリの提案に対し住民からは,これまでの単なる図書コーナーのアイデアに比べて「旅をする」と言うイメージが出てきてワクワクするようになった,自分の趣味のものなどを入れておける小瓶も展示できるようになるといいかもしれない,ただの箱では無いから移動させるのも気持ちの負担が減る,本には性格や趣味が顕著に現れるからこれはあの人が置いたのかなと想像もできておもしろい,などの意見が得られた.

このように,提案を受けた住民たちが,自分たちの抱える課題と提案の中身とを勘案して適切に提案を評価し,より発展的な提案を返してきていることが確認された.

図2 卸町ボタン
図3 トラベリング・ライブラリ

6. 共創型デザインプロセスの可能性

このような経緯を経て,PBLデザインスタジオ「なぜ集まって暮らすのか?」は遂行された(本江2018).「トラベリング・ライブラリ」については実際に実現すべく準備を進めているところである.

以下は,スタジオの実践の中で気づいた事柄に基づいて,生活者と呼応する共創型デザインプロセスの可能性について考察する.

6.1 Salonという場の意義

一般に,生活者は自分自身の課題やニーズの全体像を完全に把握しておらず,表層的な部分しか見えていない場合も多い.そのため,作り手側が分析力や創造性を発揮せずに,生活者の声にそのまま応えるだけの “生活者従属・御用聞き型”アプローチでは,現場に潜む課題の核心に迫ることは難しい.逆に,作り手側の都合や想いだけが先行し, 生活者を実験台としてしか見ない“作り手先行・万事お任せ型”アプローチでは,生活者の声が軽視されてしまい,現場にとって真に役立つサービスが生まれづらくなる.

そこで,このスタジオにおいては,自治会の協力のもと,SalonとStudioを往復するプロセスを意識的に取り入れ,生活者と作り手が対等な関係を築き,各々の持つ知識や意見を率直に出し合うことで相互に影響し合いながら共にサービスをデザインすることを目指した.

Salonという「住民との対話に特化した場」を設けたことが,住民の意見や考えも反映したアイデアを創りあげていくために非常に効果的であった. 特に重要だったことは,Salonの場において,住民の声がアイデアに反映されていく過程を,住民の方々に何度も直接提示し直すことができたという点である.これにより,「意見や提案をどんどん言ってもいいんだ」「この人たちは受け止めてくれるんだ」といった雰囲気が徐々に醸成されていき,結果として,最初は遠慮がちだった住民も,多くの声を積極的に発してくれるようになったのである.これは,住民が課題やこの取り組みを「自分ごと」として捉え,関わろうとしてくれたことだと考えられる.

6.2 アイデアの群れを放ち反応を引き出す

本スタジオ前半のSalon(11/27, 12/19)では, バリエーション豊かなアイデアを数多く並べて,アイデアの群れを放つように住民に提示した.すなわち,様々な角度からの「問い」を同時に住民に投げかけたのである.このようにすることで,いわゆる定型的な「お困りごとインタビュー」だけでは出てこないような住民の声を引き出すことができた.

特に色々な反応を引き出せたのは ,少し現実離れしていて明らかに未熟だが,思わず笑いのこぼれてしまうような明るい未来を示すアイデア(例えば,流しそうめん)であった.こうしたアイデアを我々は「赤ちゃんアイデア」と呼んだ.共同体における赤ちゃんの役割に近いからである.別の言い方をすれば,「住民からツッコミを受ける能力が高い」 = 「ツッコマビリティの高いアイデア」と言える.対話の場を盛り上げ,住民の反応を引き出すためには,ツッコマビリティの高い赤ちゃんアイデアを意図的に忍ばせるような工夫が効果的であった.

6.3 住民の声から課題を再定義する

今振り返ってみると,課題の再定義ワークショップ(1/10)が,課題の核心部分に迫るために最も重要なプロセスであったように思う.プロジェクト序盤では,初回インタビュー(11/9)の結果に基づき,「住宅内の多くの人が知り合うことができていない」ことを解決するイベントやサービスを検討していた.これに対して,課題再定義の議論で住民の声を改めて振り返ると,多くの人が知り合うことではなく,「共通の趣味や嗜好を持つ特定の人と知り合えること」がむしろ重要であることが分かった.この発見に基づき,検討の方向性を修正することで,最終的には住民に受容されうるアイデア,複数の住民から「やりましょう!」と言ってもらえるアイデアを創り出すことができたのである.

6.4 Butterflies & BigFish

このスタジオでの試行錯誤しながら実施されたデザインプロセスを「Butterflies & BigFish」と呼ぶこととしたい(赤坂他 2018).デザイン思考の基本プロセスとして広く知られるDoubleDiamond (DD)プロセスでは,着手してまず課題探索を発散させてから収束して課題を定義し,ついでアイデア発想を発散させてから収束して解決策を創出するという,シンメトリに菱形が並ぶモデルになっている(UK Design Council 2007).この基本形を展開したものが我々の提案するButterflies & BigFish (BB)プロセスである.初期段階ではフィールドワークやインタビュー,レクチャーなどで情報を取り入れつつ,課題探索のためのテストを行い,生活者からのフィードバックを得ながら多数のアイデアを同時に発散・収束させるプロセスを走らせる.これが「蝶の群れ」である.蝶の群れは自らあちこちに花を探して舞いまわる.

BBでは,解決すべき課題が曖昧でまだ明確に特定されていない段階から,多種多様なアイデアを何度も生活者に提示する.このようなデザイナーによる介入を通じて,生活者の多様な声や反応を引き出し,それを基に,解決すべき課題を特定・再定義する.すなわち,DD等の既存手法では課題の解決策を見つけるためだけにアイデア発想を行うが, BBでは解くべき課題を探索するためにもアイデア発想を行うのである.この課題探索のためのアイデア発想では,実現手段や実現可能性が異なるバリエーション豊かなアイデアを数多く発想し,生活者に提示することが重要である.生活者が普段は意識していないような観点を意図的に提示することで,生活者の思考に刺激を与え,多様な声や反応を引き出すことができる.

ついで,メンバー全体で課題探索の発散と収束を急速に行う.あらかじめ蝶の群れによるフィールドの踏査が済んでいるので,課題の再定義は短期間でありながら本質に迫るものとなりうる.これが「大きな魚の尾びれ」である.ここからアイデア発想の発散と収束をチーム全体で行う.蝶の群れの経験をもとに生活者とデザイナーの共創関係が成立していることを前提に,アイデアの発散と収束が大規模かつ大胆に実行されることで,より本質的な解決策を創出できる.これが「大きな魚の胴」である.

蝶の群れにより引き出した生活者の声や反応を分析することで,現場に潜む複雑な課題の核心部分に迫る.多様なアイデアのそれぞれに対する生活者の反応を整理し,隠れた共通性を見出す.すなわち,「アイデアの内容や観点は全く異なるのに, 生活者は同じような反応をしている部分」を見出すのである.この分析を行うことで,生活者が重要視している懸念事項や潜在的なニーズを発見し,解決すべき課題を特定(再定義)することができる.

このように,「蝶の群れ」の工程が事前にあるからこそ,課題の核心部分の特定・再定義が効果的に実施できる.そのため,BBの後半における課題探索とアイデア発想は,「前者が小さく後者が大きいアシンメトリな関係で表現される」=「大きな魚」となる.これが,当該部分がシンメトリな形で表現されるDDとは異なり,BBに特徴的な姿を与えているのである(図4

図4 Butterflies and BigFishデザインプロセス

6.5 他者との関係の重層性

課題の再定義を大胆に実施するには,それを実行できるマインドを参加メンバーが持ち合わせていることが重要である.時間をかけて検討したアイデアを根本的に見直し,再探索をはじめるのは不安なことだから,それを敢行できるかどうかは,デザイナー側が現場目線で柔軟なマインドを持てるかどうかにかかっている.このマインドは,CoXに対応する今後のデザイナーに不可欠な資質であるだろう.

では,課題の再探索を受け入れアイデアを再構築することを可能にする柔軟なマインドセットは,いかにして涵養されるのだろうか.スタジオを教育プログラムとして実施している身としては,単に個人の資質ではなく,経験の中で学習し獲得できると信ずるところではあるが,その鍵になるのは,プロジェクトの中で応答することになる他者との関係の重層性ではないかと考えている.

PBLデザインスタジオに参加する学生は,あくまで公募に応じたボランタリーな学生であって,所属も国籍も大学も単一ではない.専門分野の異なる学生との協働を経験することへの期待を,多くの学生が参加の動機にあげている.

そして,スタジオの実際のデザインプロセスにおいては,学生以外にも,大学教員をはじめとする指導スタッフのほか,企業等からのメンバー,そして課題の当事者である生活者が参加することになる.つまり,このスタジオにおいては最初から,専門分野の異なる学生間,教員と学生,大学と企業,生活者と我々デザインチーム……という,属性の異なる他者との関係が重層的に織り込まれている.

共に創り出すプロセスにおける他者との関係は,常にこのような重層性を持ったものとして現れる.単に生活者とサービス提供者との共同作業だけがCoXなのではない.チーム内部にも多様性があり,重層性がある.これは誰と誰のCoなのか.そのどの関係に注目するのであっても,それぞれがCoXの契機になりうるのである.そして,重層するレイヤーのそれぞれで同時多発的にCoXが起きるのでなくては,その効果は限定的にとどまってしまうことになるだろう.

CoXに類似する概念に,オープン・イノベーションがある.一義的には企業などの組織の枠を超えることが要件であろうが,企業内の組織もまた重層的であり,さらにはそのメンバー個々の思考や認知もまたサイロ化されている.これらの壁をいくつも同時にオープンにするのでなければ,結局は閉じた輪郭がどの層においてセットされるかだけのこと,閉じた内部と外部という構図のスケールが変わるだけのことであって,本質的には従前と変わりのないことになる.

さらに言えば,参加者であるメンバー一人一人の内面にも様々な人格のレイヤーがある.なんらかの専門性を持った私,そうではない素人の私,テーマとは直接は関わらない様々なプライベートな関心の束としての私,様々な私がいる.

プロとしての私だけを動員するのが職業としてのプロジェクトへの関わりであろうが,この時,私的な関心は専門家としての職能の領域とは別に隠蔽されている.しかし,外的な他者との協働の中で,不意に内なる他者である私的な関心事に光があたることがある.私的な関心はそのままではプロジェクトの現場に持ち出すことができないから,なんとか翻案しようと工夫をする.ここで内面的な構造の変化が生じ,知的体制の再編成が行われる.このような自身の知の再編を経験することで,それを臆せず行うマインドセットを得ること.CoXのプロセスを高等教育の学習機会として提供する意義はこの一点にあるだろう.

特に短期集中型のプロジェクトでは,新たな知識や技術を導入する時間がないので,手元の「現金」でやるしかないという言い方をすることがよくある.しかし実は思った以上に我々は,発行元の異なる様々な「通貨」をすでに持っているのであり,これらを自在に「両替」しながらのびのびと流通させていく能力こそが,課題の再定義を大胆に遂行するCoXを可能にしているのではないだろうか.

7. まとめ

本稿では,社会課題解決のためのCoProductionの実践例として実施したPBLデザインスタジオの概要を紹介し,そこでの気づきに基づく考察から,デザインプロセスモデルのBBを提案し,重層する他者性との関係の中で生活者と呼応する共創型デザインプロセスを遂行する可能性について考察した.

 謝辞

このスタジオの実施にあたっては,卸町復興公営住宅自治会ならびに協同組合仙台卸商センターのご協力を得た.また同スタジオは, 文部科学省次世代アントレプレナー育成事業EDGE-NEXTプログラムにおけるEARTH on EDGEコンソーシアムの取り組みの一環として実施された.記して感謝する.

著者紹介

  • 本江 正茂

東北大学大学院工学研究科フィールドデザインセンター長。同都市・建築学専攻准教授.

  • 赤坂 文弥

NTTサービスエボリューション研究所.

  • 渡邊 浩志

NTTサービスエボリューション研究所.

  • 木村 篤信

NTTサービスエボリューション研究所.

  • 井原 雅行

NTTサービスエボリューション研究所.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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