サービソロジー
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特集:社会課題解決のためのCo-Production
インタビュー記事:高齢者・大学・企業の協働によるつくば型リビングラボの試み-みんラボの挑戦-
原田 悦子中島 秀之木見田 康治
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2018 年 5 巻 3 号 p. 22-26

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1. はじめに

本記事では,筑波大学・原田悦子教授へのインタビューを紹介する.インタビューでは,原田教授に,みんラボ(みんなの使いやすさラボ)における取り組みをご紹介いただいた.みんラボでは,地域の高齢者と大学,企業の3者によるコミュニティをつくり,共創的に人工物(モノ)の使いやすさを検討・向上させていく活動を実践している.認知心理学の研究者である原田教授たちのグループは,高齢者を研究の対象として捉えるのではなく,共創のパートナーとして位置づけることで,個別のモノの使いやすさ改善,あるいはユニバーサルデザインの実現に留まらず,3者それぞれが感じる価値創出を実現している.さらに,この共創的な取り組みを通じて,参加メンバーの主体性・積極性を高めることで,コミュニティ自体の強化,成長に繋げている.一方,このようなコミュニティや取り組みは,一朝一夕で実現できるものではなく,地道な活動を通して参加メンバーの変容を促す等,多くの時間と労力を要する.本記事では,協働の先進的な事例として,みんラボにおける取り組みを紹介する.さらに,このような協働,共創的な活動を実現するために必要な要件などについて,インタビューをもとに札幌市立大学・中島秀之学長と対談した内容を示す.

2. インタビュー:高齢者・大学・企業の協働によって目指す「人にとって,よりよいデザイン」

「悪いデザイン」は誰にとっても「悪い」

木見田 みんラボについてお教え下さい.

原田 みんラボとは,「みんなの使いやすさラボ」の略です*1(原田2011).JST・RISTEXのプロジェクトの一環で2011年の10月に高齢者による使いやすさ検証センターとしてスタートし,現在ではつくば型リビングラボとして,プロジェクト終了後も継続的に社会の中での活動に取り組んでいます.本プロジェクトの当初目的は「コミュニティで創る新しい高齢化社会のデザイン」であり,ここでのコミュニティは,地域在住の健康な高齢者の方にとって,社会貢献として参加できる場を考えていました.しかし実際に始めてみると,そこにあるべきは高齢者だけのコミュニティではなく,モノの作り手側(メーカー,サービス提供者)が参加し,さらに様々な研究者も参加するコミュニティであり,現在,モノの使いやすさの検証と「使いやすさとは何か」「超高齢社会をどう考えるか」といった研究活動を共に行う場となっています.

主として高齢者の方の参加を得て研究を進めていく一方で,なぜ「みんなの使いやすさ」ラボなのか,については,その理由として,「悪いデザインは誰にとっても悪い」ということが挙げられます.目に見える現象として,高齢者の方がモノを使えないことの方が多いのは事実です.しかし,新しいモノ,わかりにくいモノに関しては,高齢者も大学生も同じ所でつまづいています.このことに最初に気づいたのはATMのユーザビリティテストをした時です(原田,赤津 2003).図1のように,ATMの画面に暗証番号を入力するテンキーがあるのですが,11人中8人もの高齢者の方が,暗証番号の数字を小さく声に出しながら,画面左上の入力フィードバック領域(数値が押されるたびに一つずつ黒くなる領域)を押していました.当然,暗証番号は入力されないので,ATMから「暗証番号を入力してください」と音声のガイドが再度流れますが,暗証番号を声に出しながら同じ動作を繰り返す.こんなエラーが起こるとは想定していなかったので,最初は,高齢者の方には若年者とは異なる使いにくさがあるのか,と驚きました.ところが,調査者(実験者)をしていた学生から「大学生も同じエラーをしますよね」と言われ,ビデオデータを確認したところ,確かに大学生も同じ部分に一旦は指が向かうことが分かりました.ただし,大学生は,ほんの一瞬の後に何事も無かったかのようにテンキーを押します.しかし確かに,一度は画面左上の〇に指が向かっていく,つまり,フィードバック領域の〇が「押せそう」に見えるのは高齢者も大学生も同じで,悪いデザインは誰にとっても悪いということです.

図1 ATMの画面とテンキーの例

  • 高齢者は,研究対象ではなくパートナー

原田 悪いデザインは誰にとっても悪いのですが,大学生は多くの場合,1回エラーした後,あるいは,エラーする前に自力でそれを乗り越える,問題を解決することができます.ところが,高齢者の方々は,それを自分で解決することは難しい.いろいろな悪いデザインに「そのまま素直に」引っかかってしまうわけです.そのため,実は,使いやすさの検証においては,高齢者の方が使いやすさ上の問題点を容易にかつ効率的にピックアップすることができます.ATMの検証の時も,もし大学生だけで検証していたら図1の画面が持つ問題には気づきませんでした.ところが,高齢者の方が8割も引っかかると,まず,そこに問題があることが示され,同時に大学生も同じエラーを起こしていることを改めて確認することができます.こうして高齢者の方々のおかげで,皆にとって使いにくい所をピックアップすることができる,これが,みんラボが高齢者の方々にご協力をお願いしている理由です.高齢者の方々も,自分たちが使いにくい所を見つけることが皆のためになる,社会貢献になると感じ,積極的にご協力いただいております.

このように,みんラボでは,地域の健康な高齢者で「おおよそ60歳以上,お一人でみんラボまでお越しいただける方」に,ボランティアとして参加していただいております.参加者には様々な背景情報をデータベースに登録させていただいていますが,現在の登録会員は約220名,平均年齢72歳,男女比はおよそ半々となっております.一般に高齢者のサークル等では女性比率が大きくなる傾向がありますが,社会貢献としてお願いしているためか,男性の方にも積極的にご参加いただいております.

このような取り組みを約7年続けてきた中で一番の成果は,前述のように,高齢者だけでなく,大学およびメーカーも参加する3者のコミュニティを作れたことです.高齢者の方々と頻繁に顔を合わせ,いろいろなことを話す機会ができたことで,高齢者の方々がどんな人たちなのか,高齢者に限らず人間はどんなことを考えてモノを使うのかなどに関して新たな気づきを得て,研究者やメーカー等モノをつくる側がイメージする高齢者像が変わりました.また,高齢者の方々も私たちと話す中で,モノを使えない理由は必ずしも自分にある訳ではないことなど,人とモノの関係に関して新たな気づきを得ています.このように,高齢化社会におけるモノの使いやすさ考えるという同じ目標に向かって3者それぞれが変わっていくことは,とても大切なことだと感じています.こうしたみんラボの活動に対して,2014年に国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)が実施するIAUD国際デザイン賞のソーシャルデザイン部門で金賞を頂きました*2.この受賞で一番嬉しかったことは,高齢者を研究対象として扱うのではなく,パートナーとして積極的に参加していただくことで新しい活動の場を構築していること,その結果として縦断的な研究を実施する場を得ていることが評価されたことです.

  • 高齢者・大学・企業の3者による共創

原田 コミュニティとしてのみんラボの活動の中で特に注目されている取り組みは,「みんラボカフェ」と呼ばれるワークショップで,これを月1回程度開催しています.このワークショップ/みんラボカフェの内容は,モノづくり関係の方々にご講演いただき,高齢者の方々と議論する場をつくる,というもので,この議論がご講演いただいた皆様からとても好評を得ています.また,「みんラボ研究員」プロジェクトとして,高齢者の方々が自ら研究員になって使いやすさを研究する取り組みも行っております.みんラボの各種成果を発表する場としては,年1回,みんラボの総会の中で研究発表会(ポスターセッション)を実施しています.また,こうした成果を広く世の中に発信したいという高齢会員からの要望を受け,「みんラボ四季報」という会報も作ることになりました.この会報は,みんラボ事務局もバックアップしますが,掲載内容の決定・執筆や編集等の主な作業は,会員である高齢者の方々がボランタリーに行っています.

メーカーの方々に対しても,みんラボが単なる“高齢者データを提供する装置”とならないために,みんラボの考え方をご理解・共有していただくべく,「みんラボコンソーシアム」に入っていただいています.最初は,具体的なメリットがわからず半信半疑で参加される方もいらっしゃいますが,みんラボカフェに来て高齢者の方々と議論すると,面白いと感じていただき,ユーザビリティテストなどを一緒に行うようになります.また,ユーザビリティテストの結果を踏まえてデザイン改善した後に,テストに協力していただいた高齢者の方々に再度,製品を見ていただいたりもします.そうすると,高齢者の方々は自分たちがテストに協力したことで製品が良くなった,役に立つことができたと実感し喜んでくださいます.またメーカーの方も高齢者の方々が喜ぶ姿を見て嬉しくなり,コミュニティでの仲間意識が生まれます.このように,活動としてのコミュニティに参加するモチベーションが高まることはとても大切なことだと感じています.

中島 価値共創を本当に実践している事例だと思います.単に製品がユーザーにとって使いやすくなりましたということに留まらず,コミュニティに参加することで,高齢者・大学・企業の3者それぞれが得るものがある.さらに,それぞれが面白いと感じ,積極的に参加することで,活動自体がスパイラルアップしている.呼ばれたから参加するでは,共創することはできません.

  • 生活者の視点を理解することの難しさ

木見田 つくば型リビングラボとして,ユーザビリティテストなどの使いやすさ検証活動ではどんなことを大切にされていますか.

原田 リビングラボとして,みんラボでは,ユーザビリティテスト等を行う際に,生活者の視点であることを大切にしています.この生活者の視点を理解するためには,実際にモノを使っている現場に行き,そこで観察した活動と文脈を活かした形で使いやすさ検証活動を行わなければならないと考えます.そのため,ユーザビリティテスト等を行う前に,家庭訪問調査を行ったりします.実際のところ,自社でもテストを実施されている企業は多々ありますが,多くの場合,会議室に高齢者の方をお呼びして「使いやすさの評定」を行っています.例えば,会議室でのテストでは,会議椅子に座って机の上で「箱を開けてください」という教示の下で,食品等の包装を開けますが,家では台所で立って,しかも(開けるために,ではなく)食べるために開封します.あるいは,食べられるよう温めてから開ける場合もあります.同じ包装容器でも,常温の時と熱い時では持ち方も変わりますよね.このような家庭訪問調査での観察結果を踏まえて,食品を温めた状態で平均的なキッチン台の高さで,立ったまま「食べるために盛り付ける」テストをする等,ユーザビリティテストの方法を作り込んでいきます.このように多くの時間と労力をかけてユーザビリティテストを作りあげる過程で,1回ではわからなかった高齢者や生活者の視点が徐々にわかり始める.これがリビングラボとしての研究の面白さであり,それを可能にしてくれるコミュニティあっての方法だと感じています.

ユーザーの視点をデザインプロセスに入れていく有名な方法論としては,ユーザー参加型デザイン(user participation design: 参加型デザインparticipatory design の一種)というものがあります.理論上,たいへん魅力的な考え方ですが,この実践で生活者の視点を組み込むことはなかなか容易ではありません.単に「一緒に創りましょう」とユーザー=生活者をデザイン・メンバーに含めても,自分は素人,相手はプロと思われたら,積極的に率直な意見を言ってはもらえません.また人がモノを使う際に重要なポイントは,必ずしも意識的に考え,言葉でそのまま語れる部分ではないことも少なくありません.時間をかけて,生活者にとっての使いにくいと思う部分を,生活者のふとした言葉遣いや行動を介しながら抽出していくことが大切だと考え,みんラボではそうしたアプローチを大切にしています.そこでの検証過程は根気強く取り組む必要があり,その方法論の獲得も一朝一夕でできることではありません.しかし,生活の中でこそわかる生活者の方から一言が聞け,その様子が観察できるよう,かなりの時間をかけてユーザビリティ検証の方法を作り込んでいます.

  • ものをつくる側の変容と,ものづくりの継続性

木見田 このような協働を広げていくためには,どのような取り組みが必要でしょうか.

原田 みんラボでは,コミュニティのメンバーがあまり特殊な人たちの集まりにならないよう,多様な方々に入っていただけるようにとメンバー募集の方法やその時の説明のしかたを工夫しています.また最近は,他の地域での仲間を増やすための活動も行っています.風土が異なる場所で同じような取り組みをすることで,お互いが学び合える場を創りたいと考えているためです.

使いやすさ検証についても,それなりに時間がかかる作業になること,時として計画通りに進まないことを受け入れられなければ実現できません.「作り手」として参加される場合も,短期的な成果を求められている場合には,そこまで手間暇かけることができず,一時的には一緒に取り組んでもその後に離れていってしまわれることがあるように感じます.コミュニティに参加する一番の意義は,参加者自身が変わることです.コンソーシアムに継続的に参加してくださっている方々は,自分たちが変わったという実感がある.そして,この変化を共有したいという想いで新しい仲間を連れてきてくださる.こうしたことを,現場の方だけでなく,上司の方にも理解していただくことも重要です.

中島 日本のメーカーでは,良い製品をつくってもその取り組みが単発で終わってしまう場合が多いように感じます.他の製品に展開せず,特殊なグループが特別な意欲で成功させた取り組みになっている.ドイツや北欧などでは,一度良いモノができた場合はその取り組みを続けていく.一方,日本のメーカーはこの継続性の部分が弱く,頑張って良いモノをつくっても数年経つと消えてしまう.なぜ,この製品をつくったのかという精神が受け継がれず,とにかく何か新しくしようとなってしまう.共創的につくったモノを大切にするということがメーカーの中に根付いていく必要があります.

原田 メーカーの方には,ユーザビリティ検証の様子を裏で観ていただきながら,なぜこのようなデザインにしたのか,何が問題なのか「しつこく」議論をし,メーカーの方々が変わらなければモノも変わらないことを丁寧に伝えています.

実際,次々に新しいモノをつくり,これまで良かったモノが捨てられていくのは良くない,「もったいない」ことです.一度,良いモノをつくったら,「なぜそうしたのか」を伝承しつつ,その部分を簡単には変えないというように,モノづくりの現場を変えていく必要がありますね.

  • 作り手と使い手の両者が変わる

原田 なぜこのようなデザインにしたかという意図を伝えることは大切です.モノづくりでは,デザイナーの想いをもっと主張,自慢して良いと思います.また,ユーザーもそれを理解する,主体的に受け入れるという姿勢が必要ですよね.

中島 昔,物語を売るという話がありました.例えば,農作物は生産者がわかるなど,物語を売っています.

原田 確かに生産者の情報を調べることを通じて,消費者の方も変わっていきます.どんなモノでも使うためには学習する必要があります.学ぶことでより良い使い方ができる.作り手側も,ユーザー,消費者が納得するモノづくりをしてほしい.昔のコンピューターのように,作り手と使い手が互いに「新しいモノづくり」を目指し,変わることができる場ができれば,両者が楽しくなると思いますし,サービスについては,さらにそういう場が求められるのではないでしょうか.

このとき,特に新しい技術・サービスを導入する時に,ユーザーにはそれがどのように見えるかという視点を理解できる人材がいなければ「本当に使ってもらえる」デザインはできません.ユーザー視点を理解できる人材を育てられるよう,工学部でも心理学や認知科学をきちんと学んで欲しいと思います.

  • サービス学会への期待

木見田 サービス学会に期待することについて教えてください.

原田 みんラボの実践を通して,改めて,一人でできることは有限だな,と感じています.それだけに,いろんな場所で,同じような取り組みができるよう,仲間が欲しいです.みんラボにぜひお越しいただきたいですし,みんラボカフェに来てご講演いただくのも歓迎です.

中島 このインタビュー記事で仲間集めができたらいいですね(笑).今回,ご紹介いただいた取り組みは,とても良い価値共創の事例だと思います.このような事例を集めて,その理論について議論する.この両輪がまわることを期待します.

著者紹介

  • 原田 悦子

筑波大学人間系教授,教育学博士(筑波大学).1986年筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了.日本アイビーエム(株)東京基礎研究所(認知工学グループ研究員),法政大学社会学部を経て,2010年4月より現職.専門は認知心理学,認知工学,認知的加齢研究.モノとの相互作用により人の認知過程がどのように変わっていくのかに興味を持つ.日本認知科学会,日本心理学会,日本認知心理学会,医療の質・安全学会 他 会員.

  • 中島 秀之

札幌市立大学学長.1983年東大情報工学専門課程修了(工学博士).同年より電総研.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年より公立はこだて未来大学学長.2016年より東大先端人工知能学教育寄付講座特任教授.2018年より現職.

  • 木見田 康治

首都大学東京 システムデザイン学部 知能機械システムコース・助教.博士(工学).2011年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士課程修了.東京理科大学工学部第二部経営工学科・助教を経て,2013年より現職.主としてサービス工学,Product-Service Systems,設計工学の研究に従事.11年日本機械学会設計工学・システム部門奨励業績表彰受賞.

*1  みんラボ:みんなの使いやすさラボHP: http://www.tsukaiyasusa.jp,last accessed on Sep. 15, 2018.

*2  IAUDアウォード2014受賞結果発表 HP: https://www.iaud.net/award/2558/,last accessed on Sep. 15, 2018.

参考文献
  •   原田悦子 (2011).みんラボ,発進:高齢者のための使いやすさ検証実践センターについて.人間生活工学 13(1), 71-74, 2012-03.
  •   原田悦子・赤津裕子 (2003).「使いやすさ」とは何か : 高齢社会でのユニバーサルデザインから考える.原田悦子(編著)「使いやすさ」の認知科学. 共立出版.119-138.
 
© 2018 Society for Serviceology
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