サービソロジー
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特集:社会課題解決のためのCo-Production
社会課題解決に向けたリビングラボの効果と課題
木村 篤信赤坂 文弥
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2018 年 5 巻 3 号 p. 4-11

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1. はじめに

国連が持続可能な開発目標 (SDGs)を採択し,内閣府が経済発展と社会的課題の解決を両立するSociety 5.0のビジョンを提唱するなど,社会課題解決が様々な組織に対する社会的要請の一つとなってきている.加えて企業や行政では,不確実性の高い時代において利用者が満足するサービスを生み出す方法論として,人間中心設計やデザイン思考などの利用者を理解することを重視するアプローチが普及している.社会的要請と製品・サービス開発のアプローチが重なる中で,オープンイノベーション(Chesbrough 2003)を進める一つの手段として,サービスの利用者である生活者とサービスの提供者である企業・行政が共にサービスを創る(共創する)方法論であるリビングラボ(ENoLL 2016)が注目を浴びている.

リビングラボの一例として,地域住民である高齢者と,大学,地方自治体,ITデベロッパーが共創したGive&Takeプロジェクトの概要を紹介する.これはEUのファンドで実施された3年間のプロジェクトであり,高齢者コミュニティとの対話や,高齢者が20名前後参加するワークショップを複数回重ねながら,ICTサービスのプロトタイプを作り,改善を重ねていった.そして,3年のプロジェクト後は,地方自治体が買い上げて住民にサービス提供している.

リビングラボでは,製品・サービス開発の過程に利用者を積極的に巻き込み,利用者と共にアイデアを創出する.さらに,創出したアイデアをプロトタイプとして具体化し,利用者の実生活環境(もしくはそれを模した環境)の中でテストしながらサービスを形作る.このような共創のアプローチにより,結果として,利用者に使われ続けるサービスを生み出すことを目指す.リビングラボは欧州を中心に様々な実践がなされ,企業の製品・サービス開発や地域の社会課題解決などにおいて成功事例を創出しており,日本においても幅広い活用が期待される.本稿では,リビングラボの歴史を紐解きながら,リビングラボの特徴と効果を概観すると共に,現状の課題について述べる.

2. リビングラボの歴史

道具が作られるようになって以来,道具を作る人(提供者)と使う人(利用者)は同じか,もしくは,同じ組織に属している人同士であり,距離の近い関係性であった.例えば,狩りのために槍を作るとき,作る人は使う人の体格から動きの癖,使う人がやる気になる好みの色などを考えて槍を作ることができた.つまり,作る人は使う人の価値観や問題意識,モチベーションなどを統合的に把握して道具を作ることができる関係性だったといえる.

しかし,資本家が労働者を一か所の工場に集めて分業による協業を取り入れた結果,作る人と使う人の関係性は大きく変わった.さらに産業革命により生産効率や専門性を高めるために役割分担が加速し,作る人と使う人の関係性は遠くなり,使う人が使う場面を作る人が見ることはできない環境になった.つまり,現代社会は,作る人は使う人の状況を全体的に把握しながら,サービスや商品を作ることが難しくなっている環境といえる.

例えば,故障したサービス・製品をすぐにでも復旧をして欲しくてコールセンターに問い合わせる時,復旧の対策が決まるまでタライ回しにされることがある.その原因は,使う人の欲求を満たすことよりも組織の効率性を重視していることにある.また,作る人が企業内で新しいサービスを開発して開始しても,使う人の状況を把握できていないために的外れなサービスを提供して,使う人数が増えずに悩んでいる場合もある.その原因は,使う人の欲求を知ることに組織的に投資や教育ができていないことにある.

企業にしても行政にしても,使う人である生活者のより良い暮らしを志向する場合,彼らの状況を部分的ではなく全体的に捉え,理解し,問題解決や価値創出を行う必要がある.しかし,現代の行政や企業においては,生活者の状況を全体的に捉える活動は属人的には可能であったとしても,組織的な活動として規定されていないことが多く,リビングラボはそれを取り戻す活動の一つであるといえる.

このような議論は,1950年代のSocio-technical system(Trist et al. 1951)などで行われており,技術的システムと社会的システムには密接な関わりがあり,両者を切り離すことはできないという考え方を提示している.例えば,職場で用いられる情報システム(技術的システム)は,システムが果たすべき機能だけでなく,それが使用される環境,人,文化など(社会的システム)も考慮しながら開発されなければならないということである.そして,このような考え方は,インターネットやモバイル端末の普及や従来よりも複雑な社会課題の発生によって,技術的システムが社会的システムとの関わりを強めている現代において,ますます重要になっている.

リビングラボ (Living Lab)という単語そのものは,MIT教授であり建築家のWilliam J. Mitchellにより提唱されたと言われているが (Mulvenna et al. 2011),生活者と共創するという哲学はあまり強くなく,例えば,Donald R. Lasherらは,リビングラボを実生活空間で利用者との共創により行う実験,と定義し,数日から数週間,被験者が新技術を使用するのを観察する施設を運用していた (Lasher et al.1991).1990年代後半にリビングラボという言葉が欧州にも渡り,2000年に欧州最初のリビングラボであるTestplace Botania(後のBotania Living Lab)を皮切りに,欧州では各国の政府の施策としてリビングラボ構築が主導され,2006年にはEUの議長国であったフィンランド主導で19のリビングラボによりENoLL(European Network of Living Lab)が設立された.米国から欧州に持ち込まれたリビングラボという方法論は,前述したSocio-technical systemの理論に基づき発展した参加型デザインの研究を受けて,生活者と提供者が長期的に関わり合いを持ちながらデザインを進めるプロセスが中心となっている.

3. リビングラボの特徴

前章で見てきたように,リビングラボとは,作る人(本稿では,企業や行政などのサービスを企画・開発し提供する人として提供者と呼ぶ)と使う人(本稿では,サービスを利用する人として利用者と呼ぶ)が,お互いを理解しあえる関係性を取り戻し,お互いにとって価値のあるものを共に創り出す(共創する)活動という事ができる.リビングラボの言葉が示す,リビング(生活空間)でラボ(実験的に活動)する取り組みは,企業の製品・サービス開発,行政の政策改善,地域での問題解決やエリアマネジメントなどの様々な領域に適用されており,既存研究においても定義は統一されていない.我々は,先行研究(Lashaer et al.1991, Folstad 2008, Bergvall-Kareborn et al. 2009, Leminen 2015, ENoLL 2016)の文献調査と先行事例調査を元に,リビングラボの方法論的特徴を以下の五つに整理している (赤坂他 2017).本章では,この五つの方法論的特徴について詳述する.

  • (1)仮説探索型のアプローチ:利用者と共に仮説探索を行う場である
  • (2)利用者とのパートナーシップ:利用者を製品・サービス開発のパートナーと見做す
  • (3)実生活環境での活動:アイデア(プロトタイプ)を,利用者の実生活環境で繰り返し検証・改善する,実験的な場である
  • (4)関係者による相互学習:参加者が問題状況や解決策に関して学習する場である
  • (5)コミュニティの活用:ユーザーコミュニティを活用して製品・サービス開発を進める

本稿では,これらの特徴を踏まえ,リビングラボの定義を,「製品・サービス企画や政策・活動企画の主体(企業/行政/NPO等の提供者)と生活者(利用者)が共に,生活者の実生活に近い場で,仮説の探索や解決策の検討・検証を実験的に行うための仕組み(環境およびプロセス)」とする.また,参考として,筆者らが整理しているリビングラボのプロセスを記載する(図1).

図1 リビングラボのプロセス

3.1 仮説探索型のアプローチ

リビングラボには仮説検証型リビングラボと仮説探索型リビングラボがある(木村他 2017).仮説検証型リビングラボとは,提供者が既に持っている仮説や,開発している技術・サービスの効果を検証するために,生活者と共創して実生活環境の中で検証・改善を行う活動である.一方,提供者の仮説は生活者の実生活の状況から乖離している可能性があるという立場で,仮説を改めて探索するマインドで取り組むアプローチとして仮説探索型リビングラボがある.そこでは,人間の本質や実生活の状況を観察,理解しながらプロジェクトで追及すべき仮説を探索することを重視している.

仮説検証型リビングラボは,検証するプロジェクトにおいては目的に合致しており,コストが安く,期間が設定しやすい,というメリットがある.一方,仮説探索型リビングラボのメリットは,本質的な仮説を探索し,新たな知見を得るできることである.デメリットとして,コストや市場の側面で持続的な運用が難しいという課題があるが,この点については後の章で述べる.

利用者と提供者が共創する活動という意味において,仮説検証型も仮説探索型も共にリビングラボと呼ばれるが,社会課題解決などのような正解が存在しない状況において提供者単独の視点では発見できない価値創出をするためには,仮説探索型リビングラボが有効となる.ただし,仮説検証型リビングラボは,活動としては仮説検証に重点が置かれているが,参加者のマインドとして仮説探索的な視点も持ちながら取り組むことで新たな知見を得ることも可能であるため,プロジェクトの目的や予算,期間等の条件に応じてどちらのアプローチを重視するのかを決めておく必要がある.

3.2 利用者とのパートナーシップ

一般的に,事前に責任の所在や役割を明示して計画や契約を作成する場合,提供者・利用者それぞれの領域が定められるため,両者ともにその領域を越境して活動しにくくなることが多い.しかし,社会課題のように正解が存在しないプロジェクトに取り組むとき,事前に立てた計画通りにプロジェクトを進めることが難しい場合がある.リビングラボでは,基本となる計画を持ちつつも,それを頑なに守ることよりも,柔軟により良い仮説を探索することが大切である.例えば,活動の中で利用者が想定した以上に活動への参与が必要となる場合があったり,提供者が計画よりも調査期間を延ばすために予算を追加で確保することが必要となったりする場合がある.リビングラボでは契約関係とは別に,対等なパートナーシップを持ち,プロジェクト関係者の間で意識合わせができていることが重要となる.

利用者の関わり方としては,既存のリビングラボの調査より,以下の四つの役割があると言われている(Leminen et al. 2014).情報提供者(informant)は,生活者の実生活の実態を明らかにする役割である.生活の「専門家」として,当事者の知識や理解,意見や欲求などを提供することとなる.試験者(tester)は,実生活の場で製品やサービスやプロトタイプを試用し検証する役割である.場所は理想的には実生活であり,家や職場や教育・福祉の現場などが想定されるが,実生活での文脈に近いのであれば仮想的な場が活用される場合もある.貢献者(contributor)は,プロジェクト運営者の依頼に従い,製品やサービスの開発プロセスに関与する役割である.自ら主体的に仮説探索や解決策検討を行うわけではなく運営の支援や情報提供者,試験者などの役割を担うことがある.最後に,共創者(co-creator)は,プロジェクト運営者と対等なパートナーであり,主体性を持って情報提供や仮説探索,解決策検討を行う役割である.

提供者と利用者は,互いに求める役割の範囲と,柔軟に変更されうる可能性について合意しておく必要がある.

3.3 実生活環境での活動

利用者の文脈を知ることは,リビングラボにおいて利用者が満足して使い続けるサービスを作る過程での大切な要素である. 生活者の文脈を詳しく把握する手法として2000年代以降,文化人類学のエスノグラフィックアプローチ (ethnographic approach)は,サービス開発において広く利用されている (Bruce 2006).この手法では,生活者本人がこれまでに起こった出来事について話す中で,聞き手の感情に働きかける物語(ナラティブ)を引き出す.サービス開発に向けたリサーチでは,過去から現在のナラティブに加えて,未来に向けて本人がどのように生きたいのか(未来のナラティブ)も捉えることが有効である.

エスノグラフィックアプローチの元となる文化人類学でのエスノグラフィー (Ethnography)とは,集団や社会の行動様式をフィールドワークによって調査した記録の事であり,リサーチャーは現地に数か月から数年滞在し,そこに住む人々のナラティブを記録していく.ポイントとなるのは,リサーチャーが人々から眠っているナラティブを引き出す前段階として行うラポール(Rapport)形成(調査者と被調査者が相互を信頼しあい,安心して自由に行動をし,感情を表出できる関係性を形成すること)とバイフォーカル(bi-focal)(調査者の社会の視点と異文化の視点を同時に持ちあわせること)であるが,特にサービス開発においてはラポール形成をしっかり築くことと,それを起点にした本人や周囲の関係者から深く話を聞くことが難しい.

リビングラボを実践するときの工夫としては,当事者たちが地域で属しているコミュニティとの連携を活用することや,既に当事者とラポール形成できている人たち(NPOや地域の組織)と連携することがある.

3.4 関係者による相互学習

リビングラボが既存の製品・サービス開発プロセスと一線を画する点は,相互学習性にある.

利用者が製品・サービス開発の初期段階から関与し,他の利用者や企業と対話・議論することで,他人の視点や新たな考え方に気づき,問題を捉えなおしたり自分が置かれている状況への理解を深めたりすることができる.この事は,利用者自身が自分の直面する問題状況に対して学習し,当事者意識を深めていく過程そのものである.このような学習プロセスとしての側面があるからこそ,利用者は,リビングラボの場で議論されている課題やアイデアを「自分ごと」として認識し,より建設的な意見や新たな視点を提示してくれるようになる.

加えて,リビングラボでは,サービスのプロトタイプがある程度定まり,検証と洗練化のプロセスに入った後にも,相互学習のプロセスが存在する.これは,デザインと使用を統合するFNSループ (Nakashima et al. 2016)や,Design X Use (原 2018)の主張とも関連する.サービスの使いやすさ,使いにくさに関する知見は観察する提供者よりも実際に使用する利用者に蓄積される.その知見を外在化して,他の利用者用のマニュアルとすることで,利用者と提供者の互いの理解が進んだ事例がある.また,利用者と提供者がサービスの機能追加や運用に垣根なく関わっている場合は,主体的にサービスの機能改善や運用改善を提案,実行することが可能となる.リビングラボの一つの理想形としては,初期的な提供者(もしくはファシリテーター)の立場の人物が関わりを薄めていき,利用者のみによって主体的に維持・利用される事例もある.

このような相互学習性の効果を活用し,リビングラボの活動をより良いものにするためにも,利用者・提供者それぞれに対して,学びを得ようとするマインドセットの醸成や,学びの機会に気づきやすいプロセス設計をすることが重要である.

3.5 コミュニティの活用

リビングラボの取り組みには,利用者の集まりであるコミュニティが活用されていることが多い.ここでのコミュニティとは,例えば,企業の高齢者向け製品を改善するためのコミュニティや地域の特定の課題を解決するために集まるコミュニティなど,共通の興味や課題意識を持ち,お互いの事をある程度知るコミュニティである.立上げのプロセスも様々であり,リビングラボ開始時に新たにコミュニティを作る場合や,既存のコミュニティやNPOと協力関係をもって取り組みを行う場合がある.

共創の場としての「地域の居場所」における利用者の四つの行動段階として,『利用者としてくつろぐ』,『居場所として訪れる』,『スタッフロールをとる』,『地域活動をはじめる』,がある(坂倉他 2013).コミュニティ運営の観点から見たときのリビングラボという活動は,これら四つの行動段階のうちの一つもしくは複数を利用者に提供し,持続的にコミュニティが継続することが望ましい.

そして,利用者と提供者が共通の課題意識や興味を持ち,互いの困りごとを気軽に相談できる場所としてその場が機能することで,利用者が本心を語ることができる,議論がより建設的になる等の事例が確認されている.

4. リビングラボの効果

リビングラボの効果には,企業の製品・サービス開発,行政の政策改善,地域での問題解決などの様なサービス共創のプロセスに直接的に与える効果と,そのプロセスの関係者に及ぼす間接的な効果がある.直接的な効果には,1.新しい気づきの発見,2.共創できる解決策の創出,3.不確実性を抑えた社会導入が,間接的な効果には,4.関係者への教育的効果,5.関係者間の繋がり形成がある.本章では前節の特徴を踏まえ,提供者である企業や行政,利用者である生活者(住民)の視点から五つのリビングラボの効果について述べる.

4.1 新しい気づきの発見

生活者も,企業や行政も,共創する関係者との活動によって,新しい視点を得ることができる.生活者の立場としては,目の前の問題と直接的に向き合うだけでなく,技術やビジネスモデルの視点,長期的な地域経営の視点などを持って解決を考えることや,これまで活用を想定していなかった新しい技術や企業などを解決策のリソースとして活用できる可能性がある.企業や行政の立場としては,生活者の事を見ているつもり,聞いているつもりであったが本当の当事者の実情や声に出せない想いがあることに気づくことができ,また,異分野の関係者とのパートナーシップを通じて自組織のリソース活用の視点に縛られていた自分に気づくことができる.

プロジェクトの関係者全員が各自のミッションを持ちつつも,仮説探索プロセスを意識的に進めることで,未来の生活に必要な仮説にたどり着くことができる.

4.2 共創できる解決策の創出

具体的に関係者が共創してもよいと思う解決策の創出に至るためには,問題の特定や解決策の検討,プロトタイプの構築までの間に「共に事にあたろうとする状態(アコモデーション)」を作り出すことがポイントとなる.リビングラボの仮説探索型のプロセス,パートナーシップ,相互学習などの特徴を活用することで,問題や解決策に対する多様な当事者の心理的距離の総和を最小にすることができ,共創できる,あるいは,してもよいと思える,解決策の創出が可能になる.

単純に生活者と企業や行政を集めたワークショップを行うだけでは,それぞれの人が持つ表面的な意見や感想の共有に終わり,アコモデーションには至らない.その結果,意見がまとまらずに活動自体が停滞することや,強引に活動を進めたとしても多くの当事者の賛同が得られにくいサービスを作ることになり,社会実装のプロセスで停滞することがある.

リビングラボの方法論を活用しても,早急に共創できる解決策が生まれるわけではないが,問題を可視化し,解決策をプロトタイプによって具現化し,生活の中で試しに使ってみる過程で,解決策に対する当事者の心理的距離に変化を起こすことができる.

4.3 不確実性に対応した社会導入

企業や行政の立場での効果は,不確実性の高い社会において,将来の想定利用者である生活者と共創することで,実現性の高い社会導入が行える点である.これまでの提供者主導型の製品・サービス開発は,生活者の声を拾い上げたとしても仮説検証型のスタンスでの活用が多く,本質的な仮説探索型のプロセスに取り組むフェーズがないために,企業や行政と生活者の乖離を生みやすい構造であった.仮説探索型のリビングラボはその構造を根本的に変えており,企業や行政と生活者が対等なパートナーシップを持ち共創することが前提となる方法論である.そのため,企業や行政は生活者との近接した関係性を持って生活者の実生活を深く理解する機会を得て,問題定義,解決策検討,プロトタイプ検証のいずれのフェーズにおいても乖離を極力抑えたプロセスマネジメントが可能になる.

これは生活者の側面から見ると,企業や行政から提供されるサービス,あるいは,自分たちで運営していくサービスに,自分たちの実生活の文脈や声が反映されることになる.

4.4 関係者への教育的効果

リビングラボのサービス共創のプロセスは,間接的にプロセスの関係者への教育的効果を与えることができる.

企業の人材育成担当者の視点では,オープンイノベーションを推進し,デザイン思考を活用できる人材を求めているが,リビングラボを活用した社会課題解決プロジェクトへの参画は有力なアプローチとなる.例えば,経済産業省では,様々な課題に取り組むチェンジ・メイカーを育成するため,「学びと社会の連携促進事業」(経済産業省 2018)において,リビングラボを題材にした学びのプログラム開発案件に取り組んでいる.

一方,地域の行政や生活者の視点で見ると,リビングラボは地域の実生活環境を活用しながらサービス共創するプロセスであり,その実生活環境に関わる生活者や専門家が新しい学びを得る機会と捉えられる.リビングラボに類するデザイン的アプローチであるデザイン思考を日本の行政で推進する動きがあるが(狩野他 2018),これは不確実な時代における国力や地域力の向上に必要だという認識から来ている.

リビングラボなどの方法論が広く活用されることによって,生活者・行政・企業に関わらず多くの人が自分たちの手で,わくわくしながら未来をつくることができる社会になることが,本質的な効果といえる.

4.5 関係者間の繋がり形成

リビングラボは仮説探索型のプロセスによってプロジェクトを進めるため,必然的に解決策の実現に多様な関係者を巻き込みながら進めることになる.関係者間の繋がりは,取り組んでいる製品・サービス開発に直接的に必要なリソースである一方で,形成された関係者間の繋がりそのものがリビングラボの一つの効果とみることもできる.

企業や行政の立場からすると,生活者との関係性を構築して実生活の理解を得るだけでなく,地域の生活者や行政,これまでの連携してこなかった他の企業,大学等との連携関係が,今後の新しいサービス開発時のリソースになりえる.また,生活者についても同様の観点が言え,活動に参画することで地域住民同士や技術等を持つ企業との関係性ができ,生活者自らが何かの活動をするときのリソースとして活用することができる.

加えて,生活者の視点では地域の住民間や組織間の繋がりそのものについても効果を述べたい.現代社会では,血縁,地縁,社縁が崩壊するなかで,自らを支える新たな繋がりの形成が必要な時代になっており,厚生労働省は社会福祉の新しいあり方として地域共生社会のコンセプトを掲げ,住民を含む多様な主体の参加と支え合いによる社会モデルの実現を目指している(厚生労働省 2016).地域でのリビングラボの活動が,地域の問題解決や企業の製品・サービス開発に資すると同時に,地域のソーシャルキャピタル形成に資することも間接的には社会課題解決に寄与する効果の一つといえる.

5. リビングラボの課題と今後の可能性

リビングラボは前章で述べたような効果がある反面,これまでの製品・サービス開発・政策形成などとは異なるアプローチであるため,構築や運営には課題がある.リビングラボの方法論には,リビングラボの環境や体制を準備する全体戦略レベルのものと,具体的なリビングラボのプロジェクトを実施するための個別運用レベルのものに分かれる(Schaffers 2010).

本稿では,持続的な活動に向けた全体戦略レベルの課題を5.15.4節で,活動においてより良い価値を生み出す個別運用レベルの課題を5.55.7節で述べる.

5.1 持続的活動に向けた現場目的との整合性

本稿では,リビングラボを製品・サービス開発の文脈を中心に述べてきた.しかし,持続的な活動に向けてもっとも注目すべき点は,製品・サービス開発を地域や生活者の実生活の現場で行う,という事である.これは,リビングラボの効果を生み出す源である反面,地域や施設,生活者などの現場の目的と整合していない活動はすぐに持続しなくなる事に繋がる.事実,生活者や地域との共創の中で,多くのリビングラボ運営者がそのマネジメントに苦心している.

生活者との関係性がうまく続いているところは,当事者として関心を喚起する(施設の業務改善に向けた活動,地域の課題解決に向けた活動としてリビングラボを位置づける),関わりやすいサービス検証の役割を与える,金銭的報酬や金銭以外のインセンティブ(例えば無償の血液検査)を用意するなどの対応を行っている.また,3.5節で述べたような利用者が定常的に居場所として利用したくなるコミュニティ運営を行っている.

地域や施設を現場とする場合は,彼らの目的と整合する必要がある.地域の場合は,地域の産業政策や社会政策の一環としてリビングラボを位置づける取り組みが有効であり,筆者らは福岡県大牟田市の福祉政策と連携した地域密着型リビングラボを実施している(木村他 2018).施設の場合は,施設の経営課題の改善や人材育成に寄与する活動とする必要がある.

5.2 持続的な資金運用

リビングラボの主要な課題として,従来の製品・サービス開発とは異なることによるコストが高く持続的な運用が難しい点が挙げられる.仮説検証型や従来の製品・サービス開発と比較して,住民とのラポール形成に必要な対話・相互理解や,サービスの洗練化に必要な実行・社会導入のプロセスが追加されるため,そこに関わる人材の確保や活動を支える資金が求められる.

欧州では数多くのリビングラボが存在するが,資金面は,EUや国,地方自治体の公的資金,もしくは,大学の研究資金である場合が多い.一方,日本ではリビングラボの構築や認知も含めてこれからという段階である.また,研究開発や事業開発におけるリサーチフィールドとして欧州ではリビングラボが盛んに活用されているが,日本では仮説検証型のリサーチが多く,仮説探索型リビングラボに関する市場はまだ形成されていない.本稿に記載したような効果を発信し, イノベーションに向けた気づきを得るためのフィールドとして認知されていることが課題の一つである.

資金獲得の手段としては,リビングラボを製品・サービス開発の場として活用する際の企業・大学の研究開発資金(リサーチ予算,検証予算等)と,社会課題解決の場として活動する際の社会的インパクト投資の資金(ソーシャル・インパクト・ボンド,クラウドファンディング,休眠預金活用等)などが想定される.

5.3 リビングラボの評価指標

5.1節で述べた行政政策との連携を取る場合や,5.2節で述べた資金獲得を行う場合,活動の論理性と結果の評価が求められる.リビングラボで運営される個別プロジェクトごとに開発されたサービスや施策を評価する取り組みも必要であるが,加えて,リビングラボという存在自体が,活動する地域や施設においてどのように効用があるのかを可視化することが課題である.例えば,4.5節で述べたソーシャルキャピタルへの寄与や,活動関係者の生理的・精神的・社会的な状態を表すウェルビーイングへの寄与などを計測,分析する研究が求められている.

5.4 契約関係

リビングラボでは,仮説探索型のプロセスや利用者とのパートナーシップに基づいて活動するため,厳格な契約関係を締結することがそぐわない場合もあるため,一律の取り決めではなくプロジェクト個別で知財や法務の対応をする場合が多い.加えて,日本国内ではリビングラボの認知度が低いために,組織内での承認活動に時間がかかる場合が多い.これらの影響で,一般的なリサーチ活動やサービス検証活動と比較すると,組織がリビングラボの活動を開始するまでの事務的な手間がかかることが課題である.リビングラボの活動を普及させると共に,標準的な活動プロセスの規定や契約書類のフォーマット化が求められる.

5.5 プロジェクトマネジメントの方法論

具体的なリビングラボのプロジェクトを実施するための運営レベルの方法論は,例えば,ユーザーリサーチやコンセプト検討,プロトタイプ検証など既存の製品・サービス開発の手法が使える領域が多く,研究事例では既存の手法,あるいは,それらを洗練化した手法を用いて報告されることが多い.しかし,個別の手法をどのように活用し,プロジェクト全体のプロセスを管理運営する方法論については,体系化されていないことが課題である.

例えば,利用者のプロセスへの関与のタイミングや関与時の役割について事例検証を通じてモデル化した研究(赤坂他 2018)や,リビングラボに閉じないサービスデザインのプロジェクトマネジメントに関する研究(草野他 2018)がある.

5.6 プロジェクトのゴール定義

リビングラボの適用領域やプロジェクトに参画する関係者によって,ゴールは大きく異なる.例えば,住民同士の地域課題解決であれば,対象とする課題がその地域で解決できることがゴールとなる.一方で,企業と住民の共創による地域課題解決であれば,対象とする課題をきっかけとして他の地域でも汎用的に起こる課題を捉え,社会的に新しい価値のある解決策を生み出すことがゴールとなる.これらの二つのリビングラボでは,プロジェクトの進め方や社会に対するインパクトが大きく異なるものの,ゴールの定義があいまいなままプロジェクトが開始されることが課題である.企業が参画したプロジェクトにおいて住民の課題に寄り添い過ぎたために,新しいサービスを生み出したい企業としての活動が停滞することは良くあるパターンである.

5.7 生活者のナラティブの共有

3.3節にて,生活者を理解する方法論としてエスノグラフィックアプローチを紹介した.このようなナラティブを活用する手法は,リビングラボに限らず各種ワークショップにて活用されるようになってきている.一方で,当事者である生活者と直接対話をしているプロジェクトメンバーにはナラティブが豊かに蓄積されメンバー間での議論が深まりやすいものの,直接対話をしないメンバーには言語的に伝達される際に情報が抜け落ちてしまい,豊かなナラティブの共有がなされない,という課題がある.

豊かなナラティブの収集・管理方法や,それらを流通させるプラットフォームの検討が今後の研究課題となる.

6. おわりに

本稿では,社会課題解決に向けたアプローチの一つとしてリビングラボに注目し,その歴史を紐解き,特徴や効果について述べた.そして,現状の課題といくつかの可能性について述べた.

本稿ではリビングラボの運営主体について詳しく述べなかったが,大学や企業研究機関の研究開発の活動として,リビングラボは選択肢となる可能性がある.特に,大学は地域に根差した組織であることからリビングラボ運営を主導することの相性が良く,欧州でも大学主体のリビングラボは多い.具体的には,専門家,学生などの人的リソース,公共的に使える場や研究施設など物的リソースがある.また,地域住民や行政,地場の企業との長期的な関係性を保ちやすく,リビングラボの重要な要件であるラポールも形成しやすい.また,公益性の高い存在であるため,研究資金や民間資金,クラウドファンディングなどの民間寄付が集めやすいことも特徴といえる.地域経営の戦略的な目線を持ちつつ,既存の行政とは異なる柔軟なリビングラボ運営を行うことで,持続的に社会課題を解決する活動が生まれることを期待したい.

著者紹介

  • 木村 篤信

NTTサービスエボリューション研究所 主任研究員,Design Innovation Consortium フェロー,博士(工学)HCI,CSCW,UX Design,Living Labの研究開発に従事.

  • 赤坂 文弥

NTTサービスエボリューション研究所 研究員,博士(工学).サービスデザイン,Living Labの研究と実践を行っている.

参考文献
 
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