2018 年 5 巻 3 号 p. 46-49
本インタビュー企画は,著名な研究者やビジネスパーソンとサービス学に携わる若手研究者の交流を促すことを目的としています.本稿では,若手研究者による識者へのインタビューを掲載します.
今回は,「コンテンツサービスにおける消費行動の変遷」をテーマに,株式会社KADOKAWA ダ・ヴィンチ編集部 編集長 関口靖彦氏にお話を伺いました.「ダ・ヴィンチ」は,株式会社リクルート(当時)より1994年に創刊された本やコミック,エンタメ情報を扱う月刊誌で,現在は株式会社KADOKAWAより出版されています.98年から約20年間,ダ・ヴィンチを通して出版業界を見てきた現役編集長に,読者の価値観やニーズの変化,それに伴う雑誌の変化などの観点からお話いただきました.
渋谷 関口さんご自身が,出版業界に関わりながら見てきた変化をお伺いしたいので,まずは経歴から教えていただけますでしょうか?
関口氏(以下,敬称略) 1998年に新卒でリクルートに入社し,半年間の新入社員研修では,求人情報誌の広告営業を経験しました.その後の正式配属時に,当時リクルートの関連会社であったメディアファクトリーに出向となりダ・ヴィンチ編集部に入りました.それ以来ずっとダ・ヴィンチ編集部にいて,2011年から編集長です.
渋谷 約20年間出版業界にいらっしゃるのですね.情報提供という意味でインターネットの普及は雑誌の競合のように思えます.インターネットの普及が進み始めた頃からダ・ヴィンチ編集部におられるということで,どのような変化があったかお話しいただけますでしょうか.
関口 ダ・ヴィンチはもともと,「散らばっている情報をまとめて読者の目の前に並べ,好きに選べるようにする」というリクルートグループの発想から生まれました.当時としては,読者に選ぶ権利を与えたことは新しい発想でした.リクルートのスタートは就職情報誌ですが,それまでは親族や学校の先輩の紹介といった縁故就職が多かった.その状況を壊して「選択肢を全部並べるから,好きに選んでください」と読者に情報を与えたのがリクルートです.ジャンルは違いますが,ゼクシィという雑誌も同じ発想.全国の結婚式場・衣装店・花屋さんなどなどの情報を集めて,読者の前に並べた.それまでは,地元の限られたお店を使うしかなかったです.
渋谷 企業と結婚式場は,顧客に向けて並べられて,フェアな競争に晒されたということでしょうか.
関口 選ぶ側から選ばれる側に主導権が移ったのが大きな流れで,それが発明だったからリクルートは短期間で大きな会社になったのでしょう.ダ・ヴィンチも同じで,たくさんの出版社から新刊の情報を集めて並べようという発想で創刊されました.当時は,まだネットで情報を集めるということができなかったので,誰のどんな本がどの版元から出版されるかという情報を網羅している媒体はなく,読者は新聞の広告や書評欄をチェックするほかは,書店の店頭で本と出会うしかなかった.そこを変えようとしたのですね.でも他のリクルートの媒体と違ったのは,本の「広告」を集めるだけでなく,特集や連載などの「記事」を通して読者に本の情報を伝えるというスタイルでした.
渋谷 ダ・ヴィンチは本の伝え方が美しく,かつ本を紹介するだけでなくとても読みごたえのある雑誌だなと思って拝読していますが,そういった経緯で「記事」である特集や連載に力を入れるようになったとは知りませんでした.
2.2 読者が求める価値の変遷関口 20年の間に,特集内容も変わってきました.以前は本の情報を並べる際に,例えば「自殺」,「結婚」といった社会的なテーマを立てて,そのテーマに合う色々な作家の本を並べていたけれど,10年ほど前からそういう特集が見向きもされなくなってしまいました.「自分のまだ知らないものをたくさん知りたい」という志向から,「自分の知っているもの・好きなものを,より深く知りたい」という方向に読者の考えが変わってきたのです.そこで,『進撃の巨人』特集や『おそ松さん』特集,伊坂幸太郎特集,というように,特定の作家・作品に絞り込んだ特集が増えてきました.そのうえで,一読者がネットで作家名・作品名を検索にかけるだけではパッとはでてこないような深い話を提供しなければいけないと思っています.自分がよく知っているものをもっと深く味わいたいと思っている人が,満足できるレベルの情報を提供しようとしています.コアなファンの人たちが,ネット検索では入手できない情報がこんなに載っているなら買おう,と思えるようにするために特集のページ数が増えてきました.
出版物に限らずエンタメ全般として消費者のニーズが変化してきたと思います.コンテンツが少なかった時代は,もっといろんなコンテンツを知りたいという欲求が強かった.例えば30年前,私が中学生の頃は,電車に乗ってタワーレコードなどの輸入盤店に行かないと海外アーティストの最新の音源を買えませんでした.インターネットで入荷情報も入手できないので,実際にいくつもの店舗を歩いて回って探していました.こんな音源もあるのか,こんなアーティストもいるのか,と選択肢が増えることが,すごく嬉しかったのを覚えています.映画だと,おそらく70年代くらいまでは,東京に住んでいるマニアであれば,すべての封切映画を鑑賞することができたと思います.アニメもしかり.それくらいの本数しかなかった時代には,新しいコンテンツの情報がきらきら輝いて見えました.それが今は,見切れない量の新作が続々とリリースされ,過去の名作を遡るだけでも時間がなくなってしまいます.選択肢は目の前に溢れかえっているから,もう読者は,それ以上新しい選択肢を求めようとはしないのではないでしょうか.新しいものを売りつけられることに読者も疲れているのかもしれません.一方で,「自分がこれ!」と選んだ作品には,すごく思い入れを持つし,お金も使う.好きなアニメが見つかったら,関連グッズも書籍もすべて買う.こうした読者の変化を受けて,特集も変えてきたわけです.
渋谷 新しいコンテンツが溢れることで,それを楽しむ消費者の価値観が変わる,特に雑誌『ダ・ヴィンチ』にとっては消費者とは読者だと思いますが,読者のニーズに合わせて雑誌が提供する価値を変化させてこられたことを,社会人として見習いたいです.何か,工夫されていることはありますか?
関口 雑誌の“雑”な部分を活かすようにしています.さまざまなものが入り乱れている,ということです.ダ・ヴィンチで取り扱うジャンルの編成でいうと,最初は小説一本でしたが,だんだんそれだけで読者を惹きつけることが難しくなりコミックも扱うようになりました.さらに今は,コミックを超えてアニメやゲーム,映画といったエンタメ=物語全般を扱っています.それらにもすべて関連書があるので,「本の情報誌」という器で受け止めることができるのです.また,これだけ対象が広がってくると,いま若者に人気のあるタイトルを,編集長である私が知らない場合もあります.そこで編集部の若い世代が,「こういう状況だから特集すべきだ」と説得してくれれば,たとえ私が知らないものでも積極的に採用するようにしています.
渋谷 私もひとりの企業研究者として,やりたいと思う研究を主張できないことがありましたが,今のお話を伺って,それは上司を説得できなかった自分の説明不足であると反省しました.変化を続ける顧客ニーズに応えるためにも,自分の研究の価値や面白さを,まずは編集長にあたる上司に説明できるよう励もうと思います.
渋谷 サービス学では,サービスの定義を無形のサービス財と有形なモノの財を含むとするService Dominant Logic(Vargo and Lusch 2004)という考え方や,コト消費(山本 2016)といわれるような概念があります.本や漫画,雑誌は,印刷会社を通して創られ,手に取ることができる有形のモノでありながら,一度購入した読者は何度も繰り返し読むことが可能で,食品のように食べてなくなるものではありません.特に物語本は,読んでいる時間を体験するので,コトを消費しています.出版物は不思議なサービスだなと感じています.近年では,電子書籍の流通も著しいですが,このような観点から出版物をどう捉えておりますでしょうか.
関口 本というモノは有形ですが,読んで得られる感動は無形なので,両者一体になったサービスですね.音楽におけるライブのように,読書会や作家との交流イベントを普及させようという動きもあります.内容だけ読みたければ電子書籍で済むのですが,紙の書籍という有形なモノを手元に置きたいという人もまだまだいて,多少値段が上がっても,より凝った装丁の本を購入するという層もいます.一方,漫画については昨年,電子版が紙の売上を上回りました*1.漫画は作品によって装丁や仕様が異なることがなく,紙の本でもすべてフォーマットが同じですので,それなら内容だけ読めればいい,ということかもしれません.また,もともと実店舗の書店に行く習慣がない人でも,スマホをいじっているうちに,ネットニュースやまとめサイト,バナー広告などを介して,電子書籍にたどり着くことがある.紙の本は読まなかったのに電子書籍は買う,という新しい「読書層」が生まれてきています.ダ・ヴィンチについていえば,紙の読者には紙の本誌があり,電子の読者にはサイト「ダ・ヴィンチニュース」がある.どちらも本の情報を発信していますが,読者層の違いに対応して,紹介する本も,紹介文の文体も,すべて変えています.紙の本誌では,紙の本を買い,楽しむという少数派のコミュニティに対して,「我々は少数派ではあるが,自分はここに属している」という帰属意識みたいなものをいかに提供できるかを意識しています.メディアの選択肢が無数に増えた今,それでも本を買う本好きな読者の忠誠心のようなものを大切にしています.
渋谷 消費者行動でいうところの愛着やロイヤリティのようなものでしょうか.
関口 そうですね.少数だけれど確実に動くファンをターゲットにするのは,サービス全体の潮流ではないかと思います.「ファンベース 支持され、愛され、長く売れ続けるために」(佐藤 2018)という本では,ファンを固めて基盤を作り組織化することで生き延びるという発想が紹介されています.読書好きという人は一定数生き延びているので,そういう方々にいかに買っていただくかというのがダ・ヴィンチなりの戦略です.
渋谷 コンテンツが溢れていると,メイン読者の中でも好みが細分化されていくように思いますが,どのように雑誌の内容を決めているのでしょうか.
関口 数字には表れないので体感でしかありませんが,ダ・ヴィンチを毎号買っている人はすごく減っていて,気になった特集がある号だけを買っているように思います.そこでなるべく方向性の異なる特集を,ひとつの号に複数載せるようにしています.1つめの特集には全く興味がないけど2つめは好きという人にも買っていただけるようにするためです.本に限っていえば,読書メーターなどファン同士のコミュニティから少数派の流行をみつけることができます.また,各ジャンルの書店員さんのご意見を参考にさせていただいたりもします.Twitterのハッシュタグでも人気のキーワードが数値でわかります.流行のピークアウトは非常に速いので,今週流行っていたが来週はもう忘れられているというものもあり,そこを見極めることは難しいです.
関口さんには,お忙しい中インタビューに答えていただきました.本当にありがとうございます.
「選ぶ側から選ばれる側」に身を置きつづけているからこそ,コンテンツサービスにおける消費行動の変遷について,情報を並べる,社会派特集を組む,コアなファン向けの特集を組む,と消費者の価値観に敏感になりながら雑誌で扱うコンテンツを変化させ続けていることを取材させていただきました.世の中に価値を提供すべき企業研究者として,大変学びがあり,かつ楽しいインタビューとなりました.ありがとうございます.
株式会社KADOKAWA ダ・ヴィンチ編集部 編集長.2011年より現職.
日本電気株式会社 中央研究所.お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科修了.2016年NEC入社後,働き方研究に従事.専門は社会心理学.