サービソロジー
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特集:サービスとウェルビーイングⅡ:ウェルビーイングでサービスを問い直す
ウェルビーイングで介護サービスを問い直す
原田 文雄福田 亮子白肌 邦生根本 裕太郎
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2019 年 6 巻 1 号 p. 12-19

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1. はじめに

ウェルビーイングという言葉は,人間らしく生きることそのものを考えさせる力を持つ.「Benesse = よく生きる」を企業理念とするベネッセは,ウェルビーイングの持つ価値観と極めて親和性があり,本特集を企画する際にも真っ先に浮かんだ企業の1つであった.

ベネッセは1955年創業の教育業界トップ企業であり,これまで幼児や青少年の健全な成長に貢献してきたことは説明するまでもないことであろう.この一方,同社は介護においても1995年から事業を開始し,理念を重視する経営で,様々な創造的試行錯誤をしながら介護ノウハウを蓄積している

現在はベネッセスタイルケアという社名で,介護と保育を軸に事業を展開している.介護事業では有料老人ホームが中心で,2019年3月時点で322拠点あり,都市部中心に展開している.ホームは価格に応じてアリアシリーズを筆頭に6シリーズに分かれる.入居者の平均年齢は87歳で,自立の方から介護度の高い方まで幅広い.業界では2018年3月期売上高規模で第3位に位置し,高齢者の自発性を尊重しながら介護サービスをしている点に定評がある.

ウェルビーイング特集の企画者として,そうしたサービス実践から,何か他産業が見習うべきサービスの問い直しの視点があるのではないかと感じインタビュー依頼に至った.ベネッセコーポレーションの濱崎和磨氏の紹介のもと,ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所に所属する原田文雄氏,福田亮子氏にインタビューをした.

図1 インタビューに応じる原田氏(右)と福田氏(左)

2. ベネッセ シニア・介護研究所の取り組み

2.1 研究所の役割

白肌 研究所について教えてください.

原田 研究所は2015年の11月11日,介護の日に設立されました.

「自分や自分の家族がしてもらいたいサービス」「年をとればとるほど幸せになる社会」の実現に向けて,ベネッセスタイルケアの介護事業で培った知見をもとに,研究成果を発信していくのが主な活動です.

一方で,調査研究の成果をサービスに還元していく活動もあります.介護保険に依存しない新たな事業を作っていくという考えです.福田は研究分野で,私は事業開発がメインの担当です.

開設から3年間,試行錯誤しながら様々なテーマに取り組んできました.IT,ロボット,センサー,データ系のテーマは多いのですが,私たちの理念やご入居者にとって一番いいサービスとは何だろうと考え抜き,それに見合うものをしっかりと作っていかなければならないという問題意識があります.

2.2 サービス理念の実現に向けたメソッド開発

原田 介護事業の理念は「その方らしさに,深く寄りそう.」です.スタッフが行うケアそのものがサービスのため,スタッフ自身の思いや理念が大事です.その方の人生を深く知って,その方がこれまでどういう歩みをされてきたのか,これからどういったことをしたいのかを尊重して,その上でサービスを考えていこうというメッセージです.

ベネッセの理念を徹底させないとサービスの質が揺らいでしまう事業でもありますので,「ベネッセスタイルケア宣言」研修を年1回必ず全スタッフが受けます.ここ(図2を参照)にあるような判断基準と行動のあり方をみんなで読み合わせしていきます.約1万7000名の社員(2018年3月時点)に意識づけをするためにはこうしたことはとても重要だと思いますし,理念や行動指針が浸透している点は弊社の強みだと思います.

理念と行動をつなぐものとして展開しているのが,「ベネッセメソッド」です.介護の世界は暗黙知が多く経験と勘は人それぞれ,ベテランもいれば初心者もいるというなかで,上手な介護ノウハウを形式知化していく取り組みの1つです.認知症のケアに関しても,あの人がやるとすごくうまくいくのはなぜなのかをきちんと掘り下げるために,エピソードを集めて分類しメソッドにしています.また,パターンランゲージという手法で,ホームを300戸以上建ててきた知見・ノウハウをもとに,どういった空間にご入居者は心地良さを感じるのか整理したメソッドもあります.

白肌 パターンランゲージは興味深いです.しかしその源流となった建築学では,空間は作ったけれど,実際の運用が難しいという批判もあったと聞きます.中身のサービスこそにパターンが必要なのでしょう.

福田 順番的にはハード,つまりホームの中のどういった空間的要素が,ご入居者のどういう行動を生みだしているのかをまずまとめました.こちらはホームページでご覧いただけます.

その後,ソフトとしてもケアのコツをまとめていく必要があるということになり,こちらは研究所が取りまとめを担当しています.現場での実践が基盤なので主体は現場だと考えています.ただ,比較的距離の近いホーム同士であっても,他のホームでしているケアについては知らないことも多いため,研究所が俯瞰的な目で見ながら共通項をまとめています.

「その方らしさに,深く寄りそう.」という理念を具現化する行動は,みんななんとなく頭では分かっていても,最初の一歩が踏み出せない状況は多々あるようです.事例発表・共有は前からやっていましたが,事例が共有されたところで,その通りやってみても自分のホームではうまくいかない,このご入居者にはうまくいかないということがあると現場から聞きました.一方で,中にはどこでやっても比較的うまくいく方法もあるので,それをまずは研究所で集め,整理しています.現在一部のホームでパイロット版の試験運用をしています.効果検証をした後は,いずれ世の中に出すことも視野に入れています.

図2 ベネッセスタイルケア宣言の書かれた名刺大カード
図3 パターンランゲージを用いたメソッド冊子

2.3 スタッフの元気とケア技能向上の好循環を目指す

白肌 メソッドは企業としてサービスを提供する際の競争力の源泉でもあるのでしょう.それを外に公開する必要性はどこにあるのでしょうか.

福田 今,介護業界全体を見た時にとにかく人が不足しています.また介護業界にせっかく入っても,辞めてしまう人も多いのが現状です.この背景は,決して世の中で言われている,給料の問題だけではありません.

パーソル総合研究所と共同で,介護の仕事を辞めた人たちの調査をしましたが,キャリア形成に対する不安が大きな要因となっていると分かりました.介護は単純労働では決して済まない世界です.現場の介護スタッフの話を聞くほどに,これほど高い技能が要求される世界はないと思っています.ですから技能をきちんと体系化し横展開していくことで,社内ではもちろんのこと日本の介護業界全体においても,専門性が必要な仕事だということが証明されて,介護職の給料を含めた待遇が然るべき水準で上がっていくのではと期待しています.そうしない限り,日本の介護人材の不足は多分解決できないと思います.こういう思いからも,私は社内に留めず公開したほうがいいと考えています.

白肌 メソッドはシンプルに作られていますね.現場の人の瞬間の判断がいるお仕事ゆえなのでしょう.

福田 これはあくまできっかけづくりです.これを実践すると,徐々にスタッフ自身が色々な問題発見をできるようになると思います.弊社のホームではご入居者のことを知ることに力を入れてきましたが,どう関わるかという段階になると難しいようです.どういう行動がご入居者に寄りそうことになるのか,様々な良い事例を集めたところ,共通項が見えてきたので,それを言語化しました.具体的にこう動いてみたらご入居者にこんな変化が現れたということを経験できると,スタッフも楽しくなります.ちょっとしたことでもそれを実践してみることで,ご入居者の笑顔や,今まで何もおっしゃらなかった方の発言につながり,スタッフも元気になり,それならこういうこともやってみようか,と次々サイクルが回るようになります.

メソッドは1回作ったら完成というものではなく,第2版,3版とブラッシュアップし,みんなで育てていければ良いと思っています.

3. サービス提供における視点

3.1 スタッフの気づきの感度を上げるという視点

白肌 研究所には研究と事業の2つの側面があるとのことですが,研究成果を現場適用する際に大事にしていることは何ですか?

原田 弊社は特に技術を持っていないので,基本的には(技術系企業から)お話をいただき一緒に検討していくケースが多いです.お話としてよくいただくのが,スタッフの業務効率化に関するものです.例えば「夜間の見守りが楽になるのでセンサーやロボットを入れませんか」「日々の記録も手間なく入力できますよ」といった話は多くいただきます.その時,私たちは「それによって本当にサービスの質が上がるのか,ご入居者にとってのQoL(Quality of Life)向上につながるのか」という判断軸でまず考えています.その視点がなく単に効率化だけを目指すようなセンサーの導入はしていません.

センサーマットについては,実は過去にいくつかのホームで入れており,今でもそれが一部残っています.ご入居者が立ち上がったりすると,センサーが感知してナースコールが鳴るので,スタッフが駆けつけます.しかしセンサーコールが頻発すると,スタッフはそのたびに駆けつけるので疲弊しますし,ご入居者もただ単に立っただけでスタッフが飛んでくるのに不安や不信感を抱くようになります.しまいにセンサーをまたぐようになったご入居者もおり,もはや何のためにセンサーマットを置いているのか分からないわけです.

技術を視点なく入れてしまうと,スタッフも本当に大事なことは何なのかを考えなくなってしまいがちです.さきほどのようなセンサーに頼ってしまうと,気づきの力は落ちてしまうかもしれません.スタッフの気づきの力の向上を支援することが大事だと考えています.ご入居者の様子がちょっとおかしいぞとか,居室に入った時に何かいつもと雰囲気違うなといった,気づきの感度を高め,ご入居者のためのサービス向上につながるようなセンサーの活用法について研究しています.

3.2 入居者の自発支援という視点

原田 ロボットを含め,技術は基本的には「何かお手伝いする」という発想があると思うのです.でもご入居者も80数年間生きてきた経験を活かし,何か自分が役に立ちたいところがおありだと思います.ホームに入ると全部上げ膳据え膳で,スタッフが何でもやってしまう.ご入居者も何かやりたいけど何もできないと,しゅんとなってしまうわけです.先日,若年性認知症の方から「自分が世話したくなるようなロボットが欲しいんだよ」といったことをお聞きしました.お世話されるのではなく「したくなる」という言葉が大変衝撃的でした.その視点はご本人だからこそ分かることだろうなと思っています.そういったこともウェルビーイングでサービスを考える1つなのではないかと思います.弊社の言葉で言うと,「自発支援」*1です.自発支援の考え方のもとに,ご本人のやりたいことを後押しする取り組みを進めています.

根本 その自発支援ですが,やりたいことをケアする側が見いだしていくのか,入居者さんが自発的に言ってくるのを待つのか,どちらでしょうか.

福田 両方です.その方がやりたいことを言ってくだされば把握しやすいですが,スタッフはそれをただ待つのではなく,言いやすい環境や雰囲気を作ります.従来はスタッフができる限りのお手伝いをしていたがために,「何でもやってもらう立場なんだ,ホームに入ったらホームの決まりやスケジュールに従わなければいけないんだ」と思ってしまうご入居者が多かったのですが,最近では,ご本人の機能維持のためにも,生きがいのためにも,できること・やりたいことをご自分でしていただこうというホームが増えました.ご自分がやりたいことを言っていただいていいという雰囲気をどう作るか,そこがスタッフの力です.言葉でコミュニケーションを取ることはもちろん,お言葉には出さなくてもやりたそうな表情や,ちょっとしたしぐさからも,ご本人のお気持ちや意思を読み取ります.

自発支援の例として多くのホームで行われているのはお料理です.特に女性の場合,ご自宅ではご家族のために料理を作ってきた方が多いので,いざお料理を始めると,皆さん生き生きされます.最初はそれを一部の方でやっていたのが,遠目に見ていた人がなんとなく,ああ何か楽しそうなことをしているな,という様子になってきます.そういうところにスタッフが気づけるかどうかですね.あの方もやりたそうだなと思った時に,「一緒にやりますか」と声をかけられるかどうかが重要です.

白肌 気づきの感度ですね.

福田 はい.例えばこのメソッドの中に『包丁も渡す』というのがあります.従来は,ホームで包丁を持っていただくのは特に認知症のある方だったりすると危ないと思ってしまっていました.でも実際に包丁をお渡しすると,手続き記憶は体に刻まれていますので,若いスタッフよりはるかに鮮やかに切ってくださいます.そして,その様子を周りで見ている人がそこに加わりたい様子を見せられるようになります.

図4 インタビューに応じる原田氏

3.3 リスクと向き合うという視点

根本 『包丁も渡す』っていう表現がいいですね.『料理をしてもらう』と書くとなんだか違うし『包丁も渡す』だけというのが,すごく良い表現だと思いました.

福田 具体的にすることを書くことで,一瞬「えっ」となりつつも「やっていいんだ」とスタッフも思えます.もちろんご入居者の安全・安心な暮らしは最低ラインとして守らなければなりません.ただ,そこにばかり注目するとリスクを取り除く方向に向かい,生活はつまらないものになってしまいます.その方がやりたいことは何なのかを知った上で,その方ができることに着目し,どうしたらやりたいことを実現できるかを考えます.このようにリスクと「向き合う」ことが,ご入居者のQoL向上につながると思います.今まで表情が曇っていた方でも笑顔になり,次はこれをやってみたいというお言葉が出てきたりして,活気が出てきます.

このようなことは,スタッフの嬉しさにもつながります.最終的にはスタッフの定着率にまで影響してくるだろうと思います.ご入居者もスタッフも良い雰囲気ですと,好循環が続き,ホームはますます活気づきます.

今では色々なアクティビティを各ホームでやっています.ご入居者がやりたいことを中心に組み立てていくほうが断然楽しめます.中にはお花の師範や書道の先生,ピアノの先生など,色々な方がいらっしゃいます.ご入居者が他のご入居者に教えたり,スタッフに教えたりする関係性も出てきています.企画の段階からご入居者主体でやることで,ご入居者も張り合いが出てきて盛り上がるという話は,あちらこちらのホームから聞いております.

4. 希望の持てるサービスをどう創るか

4.1 サービスにおける希望をどう考えるか

白肌 貴社のウェブサイトにある入居に関するストーリーでは「希望」という言葉が出てくるのが印象的です.非常に漠然とした質問で恐縮ですが,介護事業において「希望」についてどう考えていますか? 希望や幸せはその人自身が決めるわけですから他者が決めつけることはできない,しかしそれを持ってもらわないと人生の次のステージで活躍するという意味では難しいのだと思います.どうお考えでしょうか.

福田 やはりご本人が希望を持ち,それを伝えられる雰囲気があるかどうかです.ホームではまずはご本人のご希望・思いを大切にしています.その上で,ご家族の思いにもできるだけお応えするようにしています.

現在は,これからさらに新しいことが始められる,楽しいことができるというところをできるだけ実現するようなお手伝いをしているホームが多いと思います.ホームでただ「穏やか」に過ごすのではなく,アクティブに過ごされている方が本当にたくさんいらっしゃいます.100歳近くになって新たに熱中できる事柄が見つかったご入居者もいらっしゃいます.

介護する側とされる側という関係性では見えてこないところも,人と人との関係性では見えてきます.それがご本人の希望を叶えることにもつながってくると思います.そのことをきちんとスタッフが意識している限りは,ご入居者はホームで希望を持ち続けられるでしょう.家にいたらできなかったことがホームにいたらできるという側面もあると思います.家で1人でお料理してもらったら危ないとご家族はおっしゃいますが,ホームでしたらスタッフが見守っている中でご本人の好きなようにお料理ができます.

ご入居者同士のぶつかり合いも自然なことかもしれない,と考えるスタッフもいます.もともとアクティブな方だったら,もっとワーワーしゃべったり,時には人とぶつかったりということ自体がその方らしさであり,その方にとっての刺激になることもありうるわけです.それは決して一通りではないと考えています.その方のこれまでの過ごし方や性格があり,その上で年を重ねるにつれて変化する部分もありますので,そこに気づけるかどうかも大事です.とても奥が深いと思います.

4.2 選択肢を示しきっかけを作る

根本 サービス設計研究の分野では,顧客ニーズを特定し,それを叶えるようにサービスを作るところが基本思想です.ただ本当にそれでいいのかとも私は思っています.ニーズがあるところに至れり尽くせりでいってしまうと,それはそれで何か違うんだろうなと.先に出た自発支援にも通じますね.

福田 もしかすると,ご本人が「これをやってみたい」と思うための,きっかけを差し上げるだけでもいいのかもしれません.例えば,メソッドの中に『メニューを広げる』というのがあるのですが,選択肢を挙げることなく「何をやりたいですか」と聞かれると,私たちでも答えるのは難しいと思います.そんな急に言われても,となります.ある程度選択肢をお示しした上でご入居者と対話をしていくと,そこで何かポロッと出てきた言葉から本音が見えることがあります.上手に色々なきっかけを差し上げることで,ご本人が「じゃあこれを」とおっしゃるようになるといいのではないかと思います.

根本 すごく大事ですね.最近のAIやIoTの話ではご入居者をセンシングして分析して,あなたにとって最適なものはこれ,としがちです.おっしゃるように選択肢があることが大事ですし.選択をするというプロセス自体に意味があるのだとも思います.

5. 介護サービスのこれから

5.1 高齢者の新しい社会参画のかたち

白肌 お話の端々に現場感覚がある印象を受けます.頻繁に現場を見に行かれているんですね.

福田 本社のデスクに向かっていても分からないので,ホームの邪魔にならない限りは行くようにしています.行って直接話を聞くことで分かることがいろいろあります.私自身はそれが一番楽しいことでもあります.

原田 私もサービスを作る上で,ホームとの連携が欠かせないと思っていますので,頻繁に行っています.ホームのご入居者と一緒に商品開発をする取り組みも始めていて,第一弾として新潟県の靴下メーカー(株)山忠とご入居者が一緒に理想の靴下を開発しました.リビングラボというユーザーと企業が商品やサービスを共創する手法を取り入れ,何度もご入居者の声を聞きながら試作品を改善し,ご入居者が「本当に欲しかった」靴下を作ることができました.

白肌 先ほど技術を導入するのが難しい事例をお話しいただきましたが,逆に導入したら意外にウケたというものもあると思います.

原田 まさにご入居者の反応を見ないと分からないところです.そこまでの高齢者のニーズや反応は,メーカー側も接点がないためになかなか得られないと思います.今までずっと第一線で働いているような方々ばかりが入居されているので,(商品に対して)意見を言うことにやりがいや生きがいを感じていただいている方が多いです.「自分の言った意見が反映されてこんな嬉しいことはない」,「これが本当に商品になるとは,そんなことはもうあり得ないので本当にすごいことですよね」などとご本人から言っていただき,非常に良い感触を得ています.

白肌 ご高齢の方々の意見を直接聞けることは強みですね.

原田 そうですね.日ごろ接しているホーム長や理学療法士がうまく場の雰囲気を作ってくれています.私も相当足を運びご入居者と信頼関係を作った上でご意見を伺うようにしています.比較的お元気な方だけでなく,認知症の方でも,瞬間瞬間ではご意見を伺うことができますし,非常に良い表情を見せていただく方が多いのが印象的です.社会とのつながりを作るという点で,共同での製品開発という取り組みは,新しい社会参画の手法になるのかもしれません.

福田 私も参加しましたが,ご入居者とお話しするのはとても楽しいです.ホームに入ると社会とのつながりが薄れる,と世の中の人は捉えがちです.でもそうではないと思うのです.ホームに入ると同じ年代のご入居者がたくさんいらっしゃいますから,それ自体が1つのコミュニティになるはずです.加えて介護事業者が,ホーム単位で地域とどう関わるかということもとても大事だと思います.例えば地域の幼稚園,保育園の子どもさんに来てもらって異世代交流をするホームもあります.最初は地域とのつながりはなかなか作りづらいところもありますが,ホームと地域がお互い努力していくと,徐々に意思疎通もでき,協力関係もできてきます.元気な方が地域の清掃に参加するケースも出てきていますが,全てはスタッフがご入居者ができることをしっかりアセスメントした上で行います.これはご家庭だと難しいところもあると思います.日中,お子さんが働いていて,親御さんのケアをするのが難しい中で地域とのつながりもというのはさらに難しい話です.

したがって,地域と関わるという点では,ホームならではの取り組みができると思っています.この頃はホームをまたいで取り組みを実施する事例も出てきました.ご入居者も自分と同じホームに住んでいらっしゃる方だけでなく,他のホームのお友達もできます.例えば,合唱コンクールなどをホーム対抗で行うなどの活動が始まっています.

図5 インタビューに応じる福田氏

5.2 これからの介護サービスについて

根本 今後の介護サービスについて,こうあって欲しい,といった姿はありますか.

福田 介護者が,介護を必要としている方と,一方向の関係性ではなく共創していければと思います.サービス学会では,サービスの価値創造・共創について議論されていると思いますが,ケアのサービスも同じではないかと思います.実際そういうことを実践しているホームも増えてきました.ご入居者にできること,例えばお食事の配膳は,お元気な方だったらご自分でやっていただけるかお聞きしてみます.すると「自分でやっていいのね」と張り合いが出た方も大勢いらっしゃいます.そうなるとスタッフ側も自分たちがやるべきサービスをより丁寧に提供できます.本質的にスタッフがやるべきことと,ご入居者にやっていただいてもいいことの見極めをしていくことが大事だと考えています.

加えて,ご入居者も本当に今までの人生の積み重ねの中で色々なことをなさってきているので,それを教えていただきながら,スタッフ自身も成長できる場であってほしいという思いがあります.何気ない会話からも,スタッフが学べることはたくさんあります.例えば,戦後生まれの人間だと戦争のこともほとんど知りません.もちろん,ご入居者にとって語るのが辛いこともおありだとは思いますが,そういう話が引き継がれていくことも,スタッフにとってはとても勉強になりますし,必要なことだと思います.スタッフがサービスを提供する場だけではなく,同時にご入居者から学ばせていただける場を作れると,スタッフ自身の人間的な成長にもつながると思います.そこがまたケアに生きてくるという循環が繰り返されると良いと思っています.

白肌 ビジネスという点では如何でしょうか?

原田 基本的には有料老人ホームを中心とした介護事業が根幹にあるのは変わらないと思います.それをコアにしつつ,何ができるかというのが問われていると感じています.1つは先ほど申し上げた,ご入居者の声を生かした商品づくりの可能性です.今後色々なパターンを考えて実践していきたいと考えています.ただし,冒頭でも述べたように,あくまでご入居者やご利用者本人にとって一番いい商品やサービスを目指すという点を大切にやっていきたいと思います.

6. インタビューを通じて

介護事業は,心身の健康をサポートしながら心豊かに日々の生活を送ることを支援するという観点で,そもそも人間のウェルビーイングのためのサービスである.その上でベネッセスタイルケアの取り組みはさらにサービスの高みを目指すべく,入居者の自発支援という哲学や,リスクと向き合いながらそれを実践していく視点を持っていることがインタビューから窺える.また,介護スタッフの能力向上にも配慮しつつ,業界全体の知識・スキル向上ひいては高度専門職としての社会の認知を醸成していく視点も持ち合わせている.

これらはいわゆる組織の外(顧客)と内(従業員)の視点を喚起させるものだが,共通点としてそこに人間の潜在能力の開発・発揮が見られることは極めて示唆的である.組織が,サービスに関与する多様な主体の,未だ発揮しきれていない能力を見出し活用する機会をどのように支援できるかは本特集テーマにおける重要な問い直し視点の1つになろう.

さらに,組織そのもののサービスの問い直し能力を如何に保つかも重要だ.ベネッセスタイルケアでは研究所をハブとして知識の形式知化や外部に向けてのその発信をしている.振り返りの機会や責任を,現場だけに任せるのではなく,研究組織がともに推進していくことはサービス組織の運営において重要な視点ではないだろうか.

最後にサービス開発についての気づきも述べたい.技術進歩により「つながる」手段はあれども機会に乏しい現代社会で,高齢者が社会とのつながりを如何に保っていけるかは重要なテーマだ.介護で言えば介護施設と地域住民の関わり,介護施設間の関わり等,人的交流の機会を模索することは引き続き重要である.一方で,知識創造に関わる交流の機会もあると良いのだろう.製品開発への高齢者の協力や,介護者と被介護者の学び合い等,交流の質という点においても,ウェルビーイングで問い直す視点はたくさんある.そういったことを見いだしたインタビューであった.原田様,福田様には改めて御礼申し上げたい.なお,インタビュー内容にはお二人の個人的な見解も含まれることをご了承いただきたい.

識者紹介

  • 原田 文雄

(株)ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所 事業開発推進室 室長.1997年より(株)ベネッセコーポレーションにて教育事業のマーケティング,事業開発等を担当.2016年より現職.高齢者の社会参画の新たな手法開発,認知症になってもいきいきと暮らすことのできる社会作りに興味がある.

  • 福田 亮子

(株)ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所 主任研究員. 博士(学術),理学博士(Dr.rer. nat.). ミュンヘン工科大学人間工 学研究室研究員,慶應義塾大学環境情報学部専任講師,(福)こうほうえん研究員等を経て2015年より現職.介護現場に蓄積された様々なノウハウやデータの体系化,ジェロンテクノロジーの研究に従事.

著者紹介

  • 白肌 邦夫

北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学系准教授.博士(学術).2009年JAISTの助教を経て2012年より現職.人間のウェルビーイングに焦点を当てたサービス研究領域であるTransformative Service Researchを推進.

  • 根本 裕太郎

東京都立産業技術研究センターIoT開発セクター副主任研究員,博士(工学).NECを経て,2018年4月から現職.専門分野はサービス設計学,PSS.サービスにおけるテクノロジー活用とウェルビーイングに関心を持つ.

*1  高齢者の自発的な活動を支援する株式会社ベネッセスタイルケアのサービスの名称のこと.

 
© 2019 Society for Serviceology
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