サービソロジー
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特集:サービスとウェルビーイングⅡ:ウェルビーイングでサービスを問い直す
特集「ウェルビーイングでサービスを問い直す」
白肌 邦生
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2019 年 6 巻 1 号 p. 2-3

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前号に引き続き,サービスとウェルビーイング(WB)の特集をする.WBそのものに重きを置いた前号と比べ,本号はWBのためにサービスはどのような責任があり,どのような革新を遂げていく必要があるのかといった,サービスのありかたについて考えていきたい.

Crib (ベビーベッド)テスト(Feldman 2004)なるものがある.「ベッドで寝ている赤子を前に,あなたがその子に望むことは何であろうか?」答えはおそらく赤子のWBに関するものだろうし,それはあなた自身のWBへの考え方でもあろう.WB志向でサービスを考えるとき,サービス提供主体は相手の幸せを先回りして考え,価値を提案していくことになる.しかし他人の幸せはその当人にしかわからない.消費者が適切にサービスを選択し,自らの幸せを獲得できればいいのだが,知識や経験が不足しているとその選択もよくわからなくなる.脆弱な消費者はこの時点で,自らにとってより良い消費活動ができているとは言い難い.こうしたことを考え,サービス提供者は選択肢・デフォルト設計を進めていく責任があるが,それはサービス研究の中では体系的に議論されてこなかった領域だった.

この問題意識はTransformative Service Research(TSR)(Anderson et al. 2013)の出発点になった.TSR構想の具体化はおおよそ2011年に米国・ベイラー大学で行われたTransformative Consumer Researchの大会に遡る.Association for Consumer Researchが支援する同会議は,Dialogical会議と銘打ち,消費者行動に関する9つのテーマを,各十数名の専門家が集まって議論を交わし,その成果を報告し合うスタイルで進められた.テーマの1つにTSRがあり,サービス経済は今後あらゆるレベルの厚生を射程にした変革的サービス経済に移行するとの見通しから,その推進に向けたサービス研究の視点・方法論について共同提案をした.

その後の展開については(白肌,ホー 2018)に詳しいが,TSRの目的はサービスを通じた消費者のWBや社会厚生の向上にあることは明確だ.最新の研究成果の1つは,(1) 機会の提供(Enabling opportunities:サービスにアクセスできかつ価値のあるサービスを受けたり共創できたりする能力をつけさせること),(2) 選択肢の提案(offering choice:望めばオプトアウトできるようにしながら,人々が選び取れる選択肢をサービスにおいて与えること),(3) 苦しみの緩和(relieving suffering:人間の基礎的な欲求を満たせるサービスに公平にアクセスできるようにすること),(4) 幸福の促進(fostering happiness:サービス相互作用を通じて幸せの獲得を促すこと),の4つの柱を設定し,未来に顕在化するであろうWB志向のサービス課題を検討している(Fisk et al. 2018).

これらの視点は,WB志向のサービスにおける責任や革新に向けたアイデア創造のための柱とも考えられよう.「ではどのようにして能力をつけさせれば良いか」,であるとか「サービス相互作用を通じた幸せとは,働く人間にとってのコンテクストでは何を意味するのか」,など追加的な問いがサービス従事者の内から起こることが重要だ.加えて,当該論文は陽に指摘していないが,未来に向けてWB志向のサービスを検討することは,将来世代への思考を含むサービスの持続可能性や,Frontiers in Service2018(本誌5巻4号学会報告に掲載)において議論があった「希望」をサービスがどう提案できるか,というテーマとも親和性が高い.

本号掲載の4件の論考・インタビュー記事はこうしたTSRで議論されている視点を深めるものでもある.まず丸山論文では,オフィス環境構築に貢献してきた建設業が,健康経営の推進という日本社会の全体的な傾向の中で,いかにWBの観点でサービス化していかねばならないかについて論じている.働く人間の心身の健康生活を推進するウェルネス化は,オフィスビルの品質向上の点で,もはや欠かせない.米国では既に「well building standard」と呼ばれる,建築物を健康・快適性の観点から評価する取り組みが進み,日本でも近く導入がされるという.従来はコミュニケーションの場づくりといった,空間上の相互作用を促す仕掛けづくりが検討されていたが,これからは人間の脳や認知活動のエビデンスをもとに空間設計することも必要であるとし,同社が取り組んできた様々な実験の成果が示されている.当該論文に含まれる様々なアイデアや問いは,幸せな相互作用のための新しい場づくり,およびその支援サービスという点でも示唆に富む.

介護サービスに携わる原田氏・福田氏に対して実施したインタビューでは,高齢入居者のWBに向けたサービス提供に関する多面的な取り組みを伺った.同社の,入居者の自発支援という哲学や,リスクと向き合いながらそれを実践していく話からは,サービスの受け手にとっての希望をどのように考えればよいかのヒントが得られる.また,同社は介護スタッフの能力向上にも配慮し,介護業界全体の知識・スキル向上,および介護という職が高度専門職として社会に認知されていくための現場知識の形式知化を推進している.サービスの質を将来にわたって維持・向上するうえでは,能力向上のための教育スキームと広義の社会的認知の醸成は欠かせない.

ところで,WBのためのサービスを考えるにあたり,コンテクストはどう絡んでいるのだろうか.誤解を恐れずに言えば,新しいサービスは何らかの新しいコンテクストの上に立つものであり,場合によっては何らかのコンテクストをわざわざ積み上げて価値提案するものであろう.この一方で,WB志向に立てば,自分たちがどういったコンテクストで生活しているか,自らの日常とは何かを,コンテクストを解体していくことで自覚させ(例えば,日常の見つめ直し),本当に私・私たちに必要なサービスとは何かを考えることも重要なのではないかと筆者は考えている.

ホー・安部論文ではスタディツアーを主催するリディラバ社での取り組みを通じて,日常生活を構成しているコンテクストを見直す意義を指摘している.同社は旅行者が社会課題の現場を訪れ,様々な交流を通じて現地課題を体験学習する観光サービスで定評がある.そこでは「まなざし」という,日常生活で人々が有している志向性を観光を通じて変容させ,参加者の日常を通じた課題への積極的関与を促し,生きがい創出等のWBを高めているという.社会課題の多くは無関心によって我々の目から通り過ぎてしまいがちだが,実は日常生活と関わりがあり,多くの関与者が知恵を出し合うことで改善が進むものもある.同社はその意味で参加者に,自ら社会課題を考え,日常を見つめ直す機会をサービスビジネスとして提案している点が画期的だ.

アサダ論文では,小学校,商店街,依存症コミュニティといった性質の異なる場において,音楽表現を軸に,新しい関係性の構築をデザインした事例が紹介されている.氏が実践で大事にしてきたことは,表現を通じて,じわじわと他者やまちへとつながっていくコミュニケーションの回路にある.人間同士がつながりあえる可能性を持つ「表現」行為を場に解き放ち,目的志向というよりは,回り道そのものを楽しむことで,社会課題への貢献を目指そうとしている.表現という行為は奥深いもので,表現者が素で有している何かを伝える力がある.それがあるからこそ,(複雑でなく)シンプルなコンテクストで互いに分かり合えるのだ.参加者のそうした能力を引き出し,彼らの自由を刺激しながら幸福感や他者とのつながりを構築していくという在り方はWBでサービスを問う重要な視点になろう.

以上2回の特集を通じてWBとサービスを考えてきた.本質的に重要なことは,自らWBでサービスを問う力がどれだけあるかである.本号の4件の寄稿はいずれも実践の場で試行錯誤している方々の,問い方を記したものでもあり,極めて貴重である.一方で,こうしたことを継続的に考えていくための仕組みも必要だ.アジア・パシフィック地域でもTSR推進に関心を持つ研究者も多く,台湾で行われたICServ2018では,TSRに関する企画セッションも実施された.問いと実践の相互作用の中から,革新的サービスを研究・創造していくことが求められている.

著者紹介

  • 白肌 邦生

北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学系准教授.博士(学術).2012年より現職. Transformative Service Researchを推進.

参考文献
  •   Anderson, L., Ostrom, A., Corus, C., Fisk, R., Gallan, A., Giraldo, M., Mende, M., Mulder, M., Rayburn, S., Rosenbaum, M., Shirahada, K., and Williams, J.D. (2013). Transformative service research: An agenda for the future. Journal of Business Research, 66(8), 1203-1210.
  •   Feldman. (2004). Pleasure and the Good Life. Oxford University Press : Oxford University Press.
  •   Fisk, R., Dean, A., Alkire, N., Joubert, A., Previte, J., Robertson, N., and Rosenbaum, M. (2018). Design for service inclusion: creating inclusive service systems by 2050. Journal of Service Management, 29(5), 834–858.
  •   白肌邦生・ホーバック (2018). ウェルビーイング志向の価値共創とその分析視点. サービソロジー論文誌, 1(1), 1–9.
 
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