サービソロジー
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特集:サービスとウェルビーイングⅡ:ウェルビーイングでサービスを問い直す
知的生産性が向上するウェルネスオフィスサービス
丸山 玄
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2019 年 6 巻 1 号 p. 4-11

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1. はじめに

わが国の生産活動の主役が農業や工業といった有形のモノを生産する業種から,情報・知識といった無形のサービスを主体とする業種に変化した.これに伴い,経済活動のメイン舞台も農地,工場からオフィスへと「サービス」を育む場に変化し,グローバルな競争の中で,わが国は知的生産性の質と量が問われている.

近年,日本の企業は,働き方改革の推進の中,経営側からは知的生産性向上が期待できる施策の整備・実施が強く求められる.本論では,知的生産の場であるオフィスに焦点を当て,その環境づくりをソフト・ハード両面から追求する.具体的には,オフィス環境を変革することで働く人々の働く意欲がどう高まるかの,その理論と具体策の検討を進める.

日本の企業・団体は働き方改革をテーマに「健康経営」*1を推進している.知識創造の場であるワークプレイスでは,業務に集中できる仕組みを構築し,社内外のイノベーションの充実化を図るなど,働く人々に対し新しい働き方への効果が期待されている.期待に応えるためには,働く人々のウェルビーイングを向上することでエンゲージメント(企業との強固な信頼感)を高めるベースを築くことがオフィス環境の必要条件になる.働き方改革につながる健康経営として実りあるワークスタイル変革のため,オフィス環境がどうあるべきかを明確化し,ウエルネスをテーマにした新しいオフィス環境づくりの考え方と取り組み方を提供することをこれからの建設業のサービスと考える.

1.1 働き方改革を促進する健康経営

健康経営に経営者が舵を取ることで,なぜ経営内容が安定・改善し,株価など投資対象として評価を受けるのか.まず健康経営を基軸に進められる働き方改革の推進が,働く人の知的生産性をどう高めるのかについて検討する.

健康経営銘柄(経済産業省と東証1部)の22社は,TOPIXに比べて平均株価が高い(図1).この結果を見る限り,健康経営を推進する経営的な効果は大きいことが予想される.ただ,健康経営銘柄企業の株価については,健康経営推進の貢献度が大きいとは一概には言えず,もともと株価が高い優良企業は,社員の健康に配慮する余力があるという見方もできる.そこで,本論では,なぜ健康経営に関する努力が会社の貢献に結びつくのか,論理的な展開を試みる.

図1 健康経営と株価の連動

1.2 日本で推進中の「働き方改革」の目的

日本で推進中の働き方改革の中で重点を置いている実施項目を下記にまとめる.

  • ●   幅広い人たちが,働ける,働きたくなる,労働環境の条件緩和
  • ●   長時間労働文化の改革.適正な労働時間への新たな常識化を推進する時短
  • ●   非正規社員(派遣・アルバイトなど)と正規社員の労働条件格差をより小さく
  • ●   子育て,高齢者やハンディキャップなど,幅広い人材への働くチャンス増大へ

このように,今後の日本の生産力の維持・向上を,マンパワーの量的な面での持続的な,無理のない確保に焦点を当てていることがわかる.国際競争力の向上を加えれば,生産力の量的な維持・向上だけでなく,時代の変化に対応する創造性あふれる質的な生産性向上が自律的に育つような職場環境が望まれよう.

1.3 企業経営力を脅かす働き方改革のデメリット・不安要素

長時間が慣習化した労働時間の是正や,職場の流動化を促進する正規社員優位の給与体系見直しは,労働生産性確保には,待ったなしの政策である.ただ,こうした労働時間や給与等の労働条件の量的な指標のみで,国際競争力に打ち勝つ企業経営力の体力向上につながるものだろうか.労働力維持による税収は期待できるが,企業・団体の研究・開発力向上により結果的に生産性が伸びていくかは,様々な議論がある.

労働時間短縮が給料減少につながり,働く気力に影響することや,労働力の流動化による職人的な技術力の持続に対する懸念,そして人材研修といった教育に関する経費をどう考えるかも課題になる場合もある.また日本の場合,入社前にスキルを磨くというよりは入社後に社内で育てる文化が定着しており,競争に勝つためにも,人材を育てるパワーを減少するわけにはいかないと考える経営者が依然として多いと考える.

2. オフィス環境と知的生産性向上

日本における近代的オフィス建築の発祥は,東京,丸の内に建設された一丁ロンドン(1894,明治27年)に見ることができる.ハードとしてのオフィス建築の基本が確立される一方で,経済活動の高度化や情報処理技術の進歩に対応してオフィス空間における業務内容は変化し,その主役は単なる事務処理から知的生産性へと発展してきた.企業の運営費用全体の中で,人件費の占める割合は60%を超えている.それに比べてオフィスの施設運用費はその1割ほどとはるかに少ないのが実態である.ハードとしてのオフィス建築の改善によるエンゲージメントの向上は,知的生産性の向上につながり,こうしたオフィス建築に対する投資は効率が高いというのがこの分野の共通認識になってきた.近年注目を集めている傾向の一つは,オフィス作業における知的生産性の一層の向上に向けて,空間における執務者のウエルネス(Health & Well-being,健康と快適性等)面でのサービス向上に関心が高まっていることである.その結果,働き方に関して従来とは異なるパラダイムを提案する新しいオフィス空間の誕生をみるようになった.

2.1 スマートウェルネスオフィスは健康増進,さらに知識創造へ

働く人の心身の健康増進を経営者が進める具体的な実践をウエルネス化と呼ぶ.WHO(世界保健機構)は,1946年にウェルビーイングを個人の権利や自己実現が保障され,身体的,精神的,社会的な健康な状態と定義している.ウエルネスは,ウェルビーイングの維持・向上に向けて,健康的に日々の暮らしを送ろうとする主旨で提唱された「健やかさ」のことを指す.ウエルネス化とは,健康的な生活を推進する環境を創造していくことであり,人々のウェルビーイング向上につながる.

(一社)日本サステナブル建築協会によるスマートウェルネスオフィス研究委員会*2でまとめた要求性能を階層構造化したコンセプトでは,レジリエンス,省エネと省資源に加え,働く人の健康・快適をうたい,最終目標は働く人の知識創造を目指すものである(図2).ウエルネスは,今後のオフィスビルの品質向上を目指す上で,欠かせないキーワードと考えられる.

図2 スマートウェルネスオフィス 要求性能の階層構造

2.2 ESG投資を左右するオフィスのウエルネス認証

このような流れの中で,2018年3月に国土交通省土地建設産業局が主催した「ESG投資の普及促進に向けた勉強会」では,その最終まとめとして「健康性,快適性等に関する不動産の新たな認証制度のあり方」について公表された.このまとめの中では,建築物の評価体系のあり方に加え,その評価結果を将来的には不動産鑑定評価基準等に反映していく方向性についても言及している.

建築物の健康性,快適性等を評価するツールとしては,2014年から始まった米国の「WELL BUILDING STANDARD」が世の中に広まりつつある.日本では,CASBEE(Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency)-ウェルネスオフィスが,2019年度から認証を開始する予定である.

CASBEE-ウェルネスオフィスの特徴は,従来の建築物評価には含まれてこなかった,ビルの運営管理やテナントリレーション,オフィス専有部におけるビルやテナントのウエルネスに関する取り組みなど,執務者への健康影響が大きいと思われる内容について積極的に取り込んでいることがあげられる.さらに,本認証のツール開発の母体となった「スマートウェルネスオフィス研究委員会」の成果として特筆すべきは,知的生産性を向上するオフィス環境評価である.CASBEE-ウェルネスオフィスでは,健康・快適なウエルネスを意識した環境づくりが,知的生産性に寄与する評価項目を選定し,そのスコアを算出することができる.ウエルネス化による企業の知的生産性向上への影響が可視化されていくことで,ファシリティマネジメントやオフィス向けのホスピタリティサービスの重要性認識が深まっていくだろう.

3. 知的生産性向上のためのエンゲージメント

前述したように健康経営への期待が高まっている.健康経営とは,「企業が従業員の健康に配慮することによって,経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って,健康管理を経営的視点から考え,戦略的に実践することを意味する.従業員の健康管理・健康づくりの推進は,単に医療費という経費の節減のみならず,生産性の向上,従業員の創造性の向上,企業イメージの向上,さらに優秀な人材確保等の効果が得られ,かつ,企業におけるリスクマネジメントとしても重要である.従業員の健康管理者は経営者であり,その指導力の下,健康管理を組織戦略に則って展開することがこれからの企業経営にとってますます重要になっていくものと考えられる.

3.1 エンゲージメントで変える日本の働き方

働く人の身体への健康づくりは,体重・血圧・血液検査やMRIなど幅広いモニタリングをしながら,関連データによる気づきや対策へと,確実にその成果を上げてきている.一方,精神的な健康づくりでは,仕事関係者や産業医との面接実施の強化,時短勤務や休日の取りやすさを推進しているが,エンゲージメントへの寄与が現れてきているかは未だ,はっきりと見えていない.日本の文化的背景には,経営者(企業)との信頼感を本人に直接聞いたり,信頼度を数値化したりするなどして公表することは,躊躇する傾向がある.ところが,欧米ではこの「エンゲージメント」の評価が経営力に直結すると以前から考えられており,それを計る12の指標(例えばGALLUP社:米国)でベンチマークしながら推進している.

3.2 ウエルネスの概念整理と評価構造の考え方

ウエルネス化は,WHOが提唱するように,一人ひとりの心身の健康に加え,社会的な健康が求められる.オフィスのウエルネスでは,知的生産性向上のため,組織のウエルネスも大事な要素になる.本論では,ウエルネスを一人ひとりのフェーズとして脳の働きから見た「ココロ・カラダ」と,集団としてのフェーズとして「組織・社会」とに分類し,調査・分析を試みた(図3).

図3 ウエルネスの分類概念

3.3 エンゲージメントを高める戦略により見える知的生産性向上のロジック

知的生産性の向上には,働く人たちのエンゲージメントを高めることが重要だ.エンゲージメントが高い人は,自発的に生産性を上げようと努力をし,効率的で元気な働き方を維持するよう自律的に振舞い,経営に積極的な貢献をすることが望めるからである.

エンゲージメントを高めるためには,働く人たちのウェルビーイングを向上する行動ができる環境整備(ウエルネス化)かどうかが条件になる(図4).ウェルビーイングが向上する行動が実践できるかどうかは,環境・場のつくりに関係するが,ここでは,まず,働く人の知的生産性向上など,高いパフォーマンスにつながる行動の実践と興味(関心)について考察する.

図4 知的生産性向上の効果 階層評価モデル

3.4 カラダを能動的に動かすことと脳の活性化

ウエルネスの効果が期待できるオフィスを考える上で,我々は人間そのものの性能をもっと知る必要がある.具体的には,創意工夫をしやすい環境や,疲れを回復する場の要素など,明確に把握すべきである.しかしながら我々は,仕事に支障となる騒音やまぶしさを取り除くなどの環境整備はできても,積極的に人間の能力を効率よく引き出す環境や,疲れを効果的に取り除くことについては決定打が見えていない.これは,人間を動物としてみたときの生息環境として,どのような環境が人間をいきいきと活動的にさせるのか,また,休養の場として短時間に疲れを取る仕組みは何か等を知る必要があることを意味する.

この問題意識から,ウエルネス環境を構築する上で,まず脳科学の領域から研究の成果が見えてきた話題を紹介する.

効率的に仕事をする,創造的な企画をする上で求められる環境は,従来,静かで均質な光と温度が確保された室内で,広いデスクと人間工学的に考えられていた.ところが脳科学の立場では,高い知的生産性が期待できる環境は,脳を活性化するためによく歩くこと,カラダを動かすことだという.より効果的なのは,自転車に乗ることや,階段の上下昇降である.これは,運動量の違いによりカラダの神経からの信号の脳への働きかけ方の変化がポイントになる.平衡感覚を保つため三半規管への活発な働きかけが,より強い脳の活性化につながっていると考えられている.

3.5 意識(心)は気づかない,脳とカラダの環境マネジメントシステム

意識は,脳とカラダをコントロールするように感じているが,実際はそうではない.環境に順応するため,人間は動きながら様々なセンサーで脳に信号を送りながらカラダをコントロールしている.脳とカラダは,一人の人間として,また一体の生物として健全に生きていくため,常に環境からの信号と,それを受けた脳からの指令(反射)を更新しながら,無意識のエリアで日々の生活を営んでいる.意識は,人間が生きていくために何のために存在するかは,まだ,はっきりしたことは言えていない.行動選択や意思決定の場面でも,実際は脳からの指令の方が早く,後付で意識は脳の信号に合わせて矛盾ないよう合理的に「考えている」(池谷 2018).あえて言えば,やろうとしてやめる,つまり,踏みとどまる行動や意思は,意識に決定権がある.意識は,もともと野生の動物(サル・マウスなど)では,周りの他の動物(敵)に対して恐怖心を持つことが,もっとも重要な役割であった.つまり,これはえさではなく,攻撃されて打撃を受ける相手に対して「恐怖心」を働かせて,逃げたり隠れたりする本能を合理化するための機能というわけである.進化の過程で人間の「意識」は,他の周りの動物への「思い」だけでなく,自分(本人)への「思い」も考えるようになり,それが自分を見つめる「意識」として「心(こころ)」と言われるようになった(池谷 2013).

アフォーダンスと言われる環境とカラダの動き(状況に合わせた居方)の関係は,意識を超えて(考える前に行動して)おり,このような脳とカラダと環境のインターフェースの存在の理解を促進する(佐々木 2005).また,このインターフェースは生まれたての赤ちゃんには,備わっていない.大体1歳半から2歳になるまで,長い月日をかけて母親・家族をはじめ周りの人の真似をしながら,脳・カラダ・環境のインターフェースというアプリケーションを構築していく(明和 2012).

この論理でいけば,生活する環境,そして仕事をする環境は,私たちが普段意識したり,考えたりしているよりも,私たちと密接な関係が無意識の領域で構築されていると考えられる.環境に問題があれば,知らないうちに脳にストレスがたまり,カラダの疲労・だるさにつながり,ある領域を超えると,心(意識)にもう仕事をやめるような感情を芽生えさせる.逆に,環境がよければ,カラダからの信号を受けた脳は活性化し,効率よく働いたり,アイデアを生み出したりする.心は前向きになり,人間関係など会社・組織(所属部門)・同僚・上司との仕事を推進する上でのエンゲージメントが生まれていく.

3.6 エンゲージメントを向上するオフィス環境のポイント

脳を活性化するには,環境が脳・カラダへ働きかけるアフォーダンスが寄与している.木々の緑がそよ風で揺れ,青空や日の光を感じながら,歩き回れる環境が大事である.我々人類の祖先は,サバンナ(草原)で暮らしていたときの遺伝子があり,芝生の丘や大きく枝を広げる広葉樹などの木々を好む傾向がある.屋内でも,緑や木々を感じ,広がりがある場所で光の自然な変化を感じる環境を好み,こうした環境でカラダを動かすことで,脳の組織が正常な状態を維持できることは,動物実験でも証明されている.(ダイアモンド,ステフォフ 2015

また私たちは,自分の脳の信号で能動的に見たものについて,気に入るようにできている.これは,環境の慣れや愛着など,安心して生活を維持するための大事な機能につながることが期待される.愛着のある環境で仕事をすることは,我が家で過ごすような落ち着きと,モチベーションを高める効果が期待できる.これがエンゲージメントを育む環境の基礎になり,相互の信頼関係や,密なコミュニケーションにつながる.いわばアフォーダンスとして環境と脳・カラダが活発に反応を繰り返しながら,エンゲージメントの構築につながるのだ.欧米では,こうした環境とエンゲージメントの研究は進んでおり,米国ではHOKをはじめ設計事務所でも設計提案のコンセプトとして,エンゲージメントを取り上げている.

4. エンゲージメント構築のためのウェルネスオフィス評価指標

働く人のエンゲージメント構築の基礎になるウエルネス化オフィスのあり方は,建物や設備の仕様といったハードだけでなく,オフィスでの仕事の取り組み方や方法・手段,さらに日常生活での健康に対する意識や努力などソフトも含めた評価指標の体系化をすることが求められる.本章では,エンゲージメントを視野に入れたウェルネスオフィスの評価指標づくりのために,オフィスづくりや運用の従事者を対象としたアンケート調査結果の考察を紹介する.

4.1 ウエルネス度の現状と期待度意識調査

2018年2月に開催したFM(ファシリティマネジメント)フォーラム*3参加者の中でウェルネスオフィスをテーマにした展示ブース来訪者を対象に,任意にアンケート調査をお願いした結果,65名の協力を得られた.その結果を報告する.調査は,ココロ・カラダ・組織・社会それぞれ3項目,計12項目の評価項目によるウエルネス度チェックである(図5).これは,各フェーズについて,ウエルネスがどこまで浸透しているか,また,どのあたりに期待感が大きいかの意識を調べることを目的としている.12項目は,オフィスを対象とした評価グリッド法による近年のPOE(Post Occupancy Evaluation)調査から選出した.評価グリッド法は,一人ひとりの潜在意識を抽出する心理学を応用した調査手法であり,選出した評価項目は,近年のオフィスで働く人の思いとしての本音と考えられる.また,評価は建物・環境や設備のスペック(仕様)ではなく,オフィスの場で展開される行動(働き方)の実践内容を項目とした.行動を評価項目にする意味は,経済産業省の健康経営オフィスレポート*4を参考に,パフォーマンスを高めることを,経営戦略の最終目標としたためである.

それぞれ,アンケート記入者自身のオフィスでの現状評価と,ウエルネスとして興味がある項目かどうかをチェックしていただいた.

図5 アンケート調査項目一覧

4.2 アンケート調査結果と傾向

集計結果を図6に掲載する.全体的には,FMに興味を持つフォーラムの来場者ということから,各ウエルネス項目への実施度合いは,世間広く一般のオフィスの母集団より高いものと考えられる.特に知的生産性向上に直接関係すると考えられる「C.組織のウエルネス」の3項目や,現在,心身の健康を推進する上で,一般化が先行している評価項目である,「A-1立って仕事や打合せができる」と「B-3自席以外でチャージできる」は,比較的実施度が高い.逆に,フィットネスやヨガ,自転車通勤といった運動をしっかりすることの実施度が低い.オフィスで働く人を対象にしたニーズ調査*5でも,立ち姿勢の作業・打合せ,運動,また,栄養に関する内容は見られなかった.働く人にとってワークスタイルの領域にカラダの健康維持・増進に関する項目はなく,健康は私生活の領域であり,仕事場に持ち出す話題ではないという日本ならではの文化・風習を感じさせる結果である.

カラダを動かすことは脳の活性化にもなる.移動距離を少なくする効率性重視のオフィスから,オフィス内で働く人を散歩のように歩かせるため,回遊性,快適な屋外通路や明るい開放的な階段をオフィスに設ける建物が増え始めている.今後は,カラダを積極的に動かすことを実体験している人を対象に,その効果を明確にしていくことがウエルネス推進の鍵になろう.

図6 アンケート調査集計結果(全体)

4.3 ウエルネス度の興味度について

もっとも興味度が高く実施度が比較的低い項目は「B-1集中・瞑想・仮眠の空間」である.また,組織のウエルネスの「C-1部門間に人が集まる場」や「C-2交流のためのカフェやキッチン」については,興味度と実施度が比較的高い.これは,日本のオフィスの現状として,オープン化が進み,部門を越えたコミュニケーションを重視した空間づくりが進んでいる一方,一人になれる空間づくりについて,ニーズが高いにもかかわらず対応が遅れていることを示している.働き方改革の推進の主要な課題の一つとして,業務の効率的な推進の中で,集中作業の効率化と,オープンオフィスの良さを引き出すためにも,一人でチャージすることを支援する空間づくりが求められる.

4.4 アンケート調査結果のまとめ

FMフォーラムの展示会場で実施したオフィスのウエルネス度の現状調査と期待度の意識調査から,働く人のエンゲージメントをどのように高めるのか,働く人のワークスタイルのビジョンの視点から考察した.その結果,働く人は,精神的なストレス軽減とモチベーション(やる気)を高めるワークスタイルへの改革をニーズとして強く望んでいるが,身体的な健康面へのニーズについては,顕在化されてないことがわかる.ウエルネス化を推進する上で,精神面だけでなく,身体面への配慮も合わせて実施することがバランスよいオフィスづくりに欠かせないと考えられる.

5. 歩く・階段昇降の知的生産性への効果

ここで紹介する研究は,オフィスにおける歩行活動がもたらす知的生産性向上効果について,実オフィスを用いた実験である.研究の概念を図7に示す(張本他 2016).

近年,長時間座り続ける生活は,健康に悪影響を及ぼす*6だけでなく,同じ場所・同じ景色をずっと見ていると,作業への持続的な集中力を妨げる(飽きる)ことが,脳の特性から見えてきている.つまり,座っている時間が大半を占める執務者にとって,歩行が重要といえる.

脳科学分野では,運動による効果は,脳にある「淡蒼球」を動かし,結果的に本人の知識創造力をかきたてる効果が期待できると言われている.これは,行動する「やる気」を起こさせる原動力である,つまり本人の集中力は,脳のこの部分の指示で決まるわけである.「淡蒼球」は,無意識での制御(自律神経など)のため,意識的に動かすことができるわけでなく,カラダの動きによる信号で,反応することが確認できている.それは,立つ・歩くなどカラダを動かすこと,さらに,いつもと違う行動をしたり,違う景色を見たりなど,変化を促進することで,「淡蒼球」は活性化し,仕事の集中力が高まるというロジックである(池谷 2016).

実験は生理指標と模擬作業による客観的データの取得を目的とした.さらに,実際の執務者を対象に活動状態の調査を行い,職場における歩行の推奨がもたらす知的生産性向上効果を試算した.

2015年8~9月に普通体重(18.5≦BMI<25.0)で平均21.8±1.2歳の男子大学生(10名参加,うち2名除外)を対象に,大成建設の技術センター内のオフィスにおいて被験者実験を8日間×2グループの計16日間実施した.1日の実験スケジュールを図8に示す.各タームにおいて,被験者は執務席でオフィス業務を模擬した作業を行い,作業の間に2分間の歩行または安静を行った(図9).

知的生産性の評価は,執務空間における1回15分間の模擬作業により客観作業効率を測定した.作業内容は単純業務の模擬としてタイピング,創造性を要する業務の模擬としてマインドマップ*7の2種類とし,交互に作業させた.各作業例を図10に示す.

オフィスにおける歩行活動が執務者の知的生産性に及ぼす影響の検証により,以下の知見が得られた.

  • (1)   階段の歩行は,交感神経活性度を高め,眠気の解消をもたらすことを確認した.
  • (2)   交感神経活性度と作業成績には正の相関があり,階段の歩行後に作業成績が向上する傾向を示した.交感神経活性度が,淡蒼球を活性化したと考えられる(図11).

オフィスにおける空間計画の工夫と歩行の推奨により,知的生産性向上が見込まれる.長期的な健康に対する便益はさらに大きいと考えられ,執務者の歩行活動を促進するオフィス計画の意義は高いといえる.

図7 張本他の研究概念
図8 1日の実験スケジュール
図9 1ターム内のスケジュール
図10 タイピング画面・マインドアップ
図11 休憩時の行為の違いによるマインドマップの効果

6. 当社内オフィスのウエルネス化事例

当社内のプロジェクトを紹介して,本論を閉めたい.

当社横浜支店は,築44年(1974年竣工)のオフィスビルのウエルネス化リノベーションである.働く人たちのエンゲージメントを高める仕掛けとして,新たに内部階段や温かな柔らかいインテリアのコワーキングスペースを設けた.そこにはキッチンもあり,飲食もできる社内外の人たちの憩いの場になっている(図12).

また,次世代のゼロエネルギービル(ZEB実証棟)は,年間のネットゼロエネルギーを実証し,さらに,働く人たちが自然の光や風を感じる生体リズムに配慮したウエルネス体験が得られる(図13).

図12 大成建設横浜支店リノベーション
図13 ZEB実証棟 自然光があふれる執務室

7. 働く人や企業,そして日本を幸せに!

オフィスのウエルネス化は日本の経済発展に向けて,人材のパフォーマンスを活用するための投資である.大成建設では,それぞれの企業・団体の課題を明確にし,施設のオーダーメイドのウエルネス計画づくりをFMによるコンサル「TAISEI Wellness Office」により進めている.働く人たちと企業・団体,そして日本を幸せにしたい.

謝辞

本研究は,スマートウェルネスオフィス研究委員会(委員長:村上周三((一財)建築環境・省エネルギー機構理事長))の成果を引用しており,関係者の皆さまに記して感謝の意を表す.

著者紹介

  • 丸山 玄

大成建設株式会社ライフサイクルケア推進部FM推進室次長 一級建築士・認定ファシリティマネジャー 人間の「力」を引き出すワークプレイスの研究を進めている.

*1  健康経営:健康管理を経営的視点から考え,戦略的に実践すること(健康経営研究所の登録商標)

*2  国土交通省住宅局が支援する(一財)建築環境・省エネルギー機構による研究会

*3  第12回 日本ファシリティマネジメント大会 「JFMA ファシリティマネジメント フォーラム 2018」:2018年2月東京にて

*4  健康経営オフィスレポート:平成27年度健康寿命延伸産業創出推進事業(経済産業省)

*5  2017年日本建築学会学術大会梗概(環境工学)

筆者「ワークスタイル変革ニーズからオフィスのウエルネス化に向けての考察 -ワーカーのウエルネスと企業・団体の新たなマネジメント方法を両立する評価構造化の試み」

*6  David W. Dunstan et al : Too much sitting - A health hazard, Diabetes Research and Clinical Practice 97, p.368-376, 2012.

*7  「マインドマップ」はプザン・オーガナイゼーション・リミテッド社の登録商標である

参考文献
  •   池谷裕二(2013).単純な脳、複雑な「私」(ブルーバックス).講談社.
  •   池谷裕二(2016).のうだま1:やる気の秘密.幻冬舎文庫.
  •   池谷裕二(2018).脳には妙なクセがある.新潮社.
  •   佐々木正人(2005).生態心理学の構想:アフォーダンスのルーツと尖端.東京大学出版会.
  •   ジャレド ダイアモンド,レベッカ ステフォフ,(秋山 勝訳)(2015).若い読者のための第三のチンパンジー(人間という動物の進化と未来).草思社.
  •   明和政子(2012).まねが育むヒトの心,岩波ジュニア新書.
  •   張本和芳・市原 真希・小川聡・伊香賀俊治(2016).スマートウェルネスオフィスの構築を目指した実証研究.大成建設技術センター報,第49号,42-1 - 42-5.
 
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