サービソロジー
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特集:MaaS (Mobility as a Service):サービスとしてのモビリティ
特集解説:MaaS (Mobility as a Service) サービスとしてのモビリティ
大隈 隆史
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2019 年 6 巻 3 号 p. 2-3

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Mobility as a Service (以降,MaaS) という用語については未だ明確な学術的定義がなされていない.その名が示すようにSaaS (Software as a Service)に端を発するXaaS (X as a Service)のアナロジーでその意味を捉えるとするならば,モビリティという機能をサービスとして提供する仕組みであり,移動という目的に必要な資源を必要な分だけ利用できるサービスと捉えられる.実際,この概念の最初の提唱者と言われるSampo HietanenらによるMaaS Global 社が提供するWhimに代表されるような,多様な移動手段(公共交通機関,タクシー,カーシェアリングサービス,レンタルバイク等)をオンデマンドで組み合わせた目的地までの移動手段をワンストップ決済で提供するサービスを意味することが多い(MaaS Allience 2017).しかし,情報技術分野でこれまでに考えられてきたXaaSと比較すると,提供される機能である「モビリティ」には人や物の移動という物理的な活動に対する直接的な効果を期待されるため,サービス提供に用いられる資源がインターネット経由で提供される計算資源にとどまらない点が本質的に異なる.一方,地域社会における高齢化・過疎化の進行,高齢者による危険運転や事故の増加という社会的課題を抱える日本においては,高齢者のQoLを確保する安心・安全なモビリティの提供がMaaSの重要な要素として捉えられ,オンデマンド配車管理や自動運転に代表されるような「スマートなモビリティ」を実現する情報技術・ロボット技術に注目が集まる傾向にある(露木2018, 中島2016).

この新しい概念であるMaaSを特集で取り上げることにしたのは,急激に社会的な注目を集めているサービスであるというだけではなく,以下に示すようにサービス学として重要な論点を含むと考えたからである.一点目は,自家用車による自由な移動を代替するサービスとしてヘルシンキに端を発したMaaSの概念が自家用車を所有することによる諸々のコストや運転の煩わしさからの解放,環境問題への対策までも視野に入れることで,消費者による「モノの所有からサービスの利用へ」の転換を促す好例であると考えられる点にある.二点目は大手自動車メーカーの動きを「製造業のサービス化」の事例としても捉えることができる点である.具体的には,MaaSへの注目度の高さからDaimler, General Motors, Ford Motor, Volkswagen等の欧米自動車メーカーはライドシェア企業への出資やカーシェア事業の立ち上げ,MaaS企業との提携などに取り組みを開始した.日本でもトヨタ自動車が2018年1月に「モビリティ・カンパニーへの変革」として取り組むMaaSの将来コンセプトを発表し,Uber Technologiesや,東南アジアのライドシェア大手Grab Holdingsへの出資を発表し,2018年10月には MONET Technologiesをソフトバンクと共同で設立するといった動きがある.

伊藤氏にはモビリティ分野でのイノベーション推進を目指す産学官連携の観点からご論考をいただいた.スマートフォンの普及に始まったシェアリングや自動運転等の様々なモビリティサービスの発展の経緯,これらを束ねる形で登場したMaaSの実社会での展開の先行事例についてご紹介いただいている.このような新しいモビリティサービスの登場により道路空間のあり方が見直されつつあり,世界的にも新しい街づくりへの動きが展開されていることから,先鋭的な社会的課題を抱える日本型のMaaSへの取り組みについてご示唆をいただいている.

平田氏は記事の中で,一般にサービスの価値共創促進には情報プラットフォーム,仮想化によるプロセス・機能の細粒化,UIの抽象化といった情報技術が重要である点を指摘している.モビリティサービスではこれらに加えて物理的な移動を提供する仕組みが必要なことから情報技術による恩恵が相対的に低くなる可能性はあるが,MaaSとしての実現を考えた場合には,多様な移動手段のコスト,利便性,移動速度といった属性をパラメータ化することで情報技術が得意とする最適化をサービスとして利用可能になるとともに,モビリティサービスと他のサービスの連携による相乗効果が期待できる点を指摘し,AI便乗サービスとリハビリサービスとの連携についての事例を紹介している.

AIによる自然言語処理を用いた類似技術検索技術を特許調査に適用する取り組みをすすめる白坂氏,神田氏にはMaaS関連技術の特許動向調査に手法を適用した結果について解説していただいている.明示的にMaaSをターゲットとした特許の抽出は困難を極めるようであるが,その可能性を示しているものと考えている.

加藤氏には日本における社会的課題とその対策,政府が主導する取り組みや現在も各地で進んでいる実証の状況など,具体的事例も合わせて網羅的に解説していただいている.特に国内の交通社会における課題やその解決手段としての自動運転技術に関する技術的課題についての解説など,日々の報道などから身近に感じながらもその全体像を掴みづらい国内の現状から社会実装に向けたシナリオまで,わかりやすく整理して解説していただいている.

日高氏は記事の中でモビリティサービスの顧客価値を「機能的移動」と「体験的移動」に分類整理した上で,冒頭で触れたWhimと青森県弘前市や北海道上士幌町における取り組みを事例として取り上げながら体験的移動に訴求するMaaSの可能性について考察していただいている.移動そのものの体験的価値に着目する観点は都市交通における利便性や高齢化の進む過疎地域でのモビリティの確保の観点だけではなく,体験としての移動をMaaSの設計に含める重要性を再認識させられる.

特集号としてMaaSを取り上げるにあたり,先行事例の整理と産学官連携からの視点,基盤となる情報サービスからの視点,知財戦略としての特許調査からの視点,体験的移動としての顧客価値実現からの視点,そして我が国における社会実装に向けた取り組みからの視点と,様々な視点から議論していただくことができたと考えている.これらの観点からの議論を俯瞰することで,持続可能な発展を支えていく上で必要不可欠なモビリティ機能を,人口が集中する都市部,人口密度の低い地域などそれぞれの事情に合わせ,関連サービスとの連携を含めてどのように設計するか,という観点がこれからの新しいまちづくりに必要不可欠な議論となるということが見えてきたように思う.MaaS関連の技術や実証に関係する皆様にはもちろん,MaaSを事例としてサービス学の研究に取り組む皆様にとって,本特集号がその活動の一助となれば幸いである.

著者紹介

  • 大隈 隆史

産業技術総合研究所人間拡張研究センター研究チーム長.博士(工学).サービス提供プロセスの計測・可視化・分析・介入によるサービスプロセス改善支援を実現するサービス工学の研究に従事.

参考文献
  •   MaaS Alliance (2017). Guidelines and recommendations to create the foundations for a thriving MaaS ecosystem. White Paper, https://mafiadoc.com/white-paper-maas-alliance_5b6bdee4097c47591c8b45a7.html.
  •   露木伸宏 (2018), MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス)について.国土交通政策研究所報第69号報.
  •   中島秀之,小柴 等,佐野 渉二,落合 純一,白石 陽,平田 圭二,野田 五十樹,松原 仁 (2016). Smart Access Vehicle System:フルデマンド型公共交通配車システムの実装と評価.情報処理学会論文誌(2016), 57(4), 1290-1302.
 
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