サービソロジー
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特集:スマートシティ:まちの機能と文化の共創
中国のスマートシティ. 社会課題へのフォーカスと理想像の欠如
高口 康太
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2021 年 7 巻 1 号 p. 11-14

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1. はじめに

中国のスマートシティが注目を集めている.デジタル化で世界をリードする中国が,スマートシティの分野でも先行するのではないか.そう考える人が多く,このテーマで講演,執筆の依頼をいただく機会が増えている.

ただ,注意すべきは中国のスマートシティと,我々が思い描くスマートシティの間には大きな差異がある点だ.日本のスマートシティはまだコンセプトから抜け出せていない一方で,中国のスマートシティは具体的な社会課題を次々と解決しつつあるが,その先の理想像を欠くという好対照を描いている.

2. 生態城はなぜ失敗したのか?

2020年現在の中国スマートシティについて語るまえに,まずその失敗の前史について言及したい.中国のスマートシティには2回のブームが存在する.第一のトレンドは生態城(エコシティ)だ.

エコシティは,オバマ前米大統領が2008年に経済政策の目玉として打ち出したグリーンニューディールに由来している.環境配慮技術が新たな成長エンジンになるとの構想は中国にも大きな影響を与え,再生可能エネルギーの開発やスマートグリッドなど省エネ,省資源,環境保護のためのテクノロジーによって都市を構築するエコシティ・プロジェクトに多額の資金が投じられた.中国全土で200件以上のエコシティ・プロジェクトが稼働するなどバブルの様相を呈した.

だが,今ではもはやその面影はほとんど残されていない.筆者は2019年に天津市の中新天津生態城を訪問する機会があった.中国政府とシンガポール政府の協力により,2008年に着工した中国を代表するエコシティだ.約4平方キロにわたり,かつての塩田と湿地を,環境に配慮したテクノロジーによって運用される街に変えた……という触れ込みで,当時は大きくメディアに取りあげられた.日本でも中国のエコシティ・ブームの代表例として注目されていた.

だが,10年あまりが過ぎた今は,たんなる田舎町以外の何者でもない.街中に置いてあるゴミ箱の上に太陽電池に似せた模様が描かれているのが,わずかながらのエコシティらしさだろうか.中新天津生態城と並ぶエコシティの代表格,河北省の曹妃甸国際生態城も開発に失敗してしまった.

問題はエコシティが社会課題にフォーカスしていなかった点にある.環境保護やサステナビリティがたんなるお題目で終わり,企業の利益や消費者のペインポイントを解消するようなものとはならなかったのだ.プラグマティズムの国・中国では,課題を解決する力たりえないものは継続することはできない.

もっとも,開発を推進したデベロッパーや地方政府にとってはたいした痛手ではなかった.というのも,土地価格の上昇が経済を牽引している中国では,常に都市開発の新テーマが求められている.一例を挙げると,李克強首相が2014年9月のダボス会議で「大衆の創業,万民のイノベーション」を提唱した後は,イノベーション中心の町作りが各地で発表された.ベンチャー企業を育成するインキュベーション施設やコワーキング施設を中心とし,ショッピングモールとマンションを敷設した街を作るという計画だ.新たな街を作れば優れたベンチャー企業が出てくる保障など何一つないが,流行りのテーマをくっつけて物件に新奇性を付与できればデベロッパーにとっては十分.イノベーションの街になろうがなるまいが,オフィスと住宅が売れればそれで十分なのである.

ロンドンの街並みを再現した上海市のテムズタウン,パリの街並みを再現した浙江省杭州市の広厦天都城など,中国のコピータウンも外国の街並みに住みたいという実需があるというよりも人目を引くための代物である.結局のところ,エコシティもコピータウンも同類の宣伝材料で終わってしまった.

3. 雄安新区の現状

そして,2010年代中頃からエコシティに変わる用語として,智能城市,智慧城市(スマートシティ)が台頭していく.住宅都市農村建設部,科学技術省は2013年,から2015年にかけて,3回の国家スマートシティ試行地点リストを発表する.エコシティからそのままスライドしたものも多いとはいえ,約290のスマートシティが選出された.

そして2017年4月には習近平総書記が雄安新区建設を発表し,同年10月にはグーグルがカナダ・トロントにスマートシティの建設計画を発表する.国内外のトレンドがそろったことで,スマートシティは一気にホットトピックとなった.前瞻産業研究院の報告書「2020年中国スマートシティ発展研究報告」によると,2019年時点でスマートシティ建設に取り組む都市は749か所に達しているという.

エコシティ・ブームと違うのが参加する企業の顔ぶれだ.不動産デベロッパー以外にも,中国EC(電子商取引)最大手のアリババグループ,メッセージアプリとゲームのテンセントという二大IT企業のほか,通信機器・端末製造大手のファーウェイ,主要通信キャリア,フィンテック企業の平安保険集団,果ては暗号通貨マイニング機器製造大手のビットメインまでもがスマートシティ事業に参入している.中国のスマートシティに求められる技術とは,カメラを中心とした各種センサーの情報をクラウドで統合し,AI(人工知能)で処理し,スマートフォンなどの情報端末で市民や公共部門,関連企業に提供することである.その意味ではIT企業には大きなチャンスがある.受注先を選ぶ地方政府は地元の企業など,特別な関係がある企業を優遇する傾向が強いため大企業の寡占とはならず,大小多数のプレイヤーがひしめいている.

さて,こうした官主導のスマートシティ・ブームはどのように進んでいくのだろうか.悲観的な見方はエコシティと同じ末路をたどるというものだろう.代表格とされる雄安新区の現状を見ると,その意見に同意する人も多いかもしれない.

「国家千年の大計」とされる雄安新区は北京市,天津市,河北省からなるメガリージョン,京津冀地域の中核として,湿地と農村からなる土地を最先端の都市へと変貌させるというプロジェクトだ.最終的に2000平方キロもの行政面積を擁するが,まず100平方キロが初期開発地域に定められている.ただし現時点では建設が進んでいるのは1キロ四方程度の狭いエリアに限られる.中国スピードといえば,猛烈な勢いでプロジェクトが進むことを意味するが,なぜか国家的プロジェクトである雄安新区の建設はともかく鈍重だ.海外メディアはもとより,中国国内からも疑念の声が上がっているようで,2019年の両会(全国人民代表大会,全国政治協商会議の総称.日本の国会に相当)では,中国共産党雄安新区工作委員会書記を務める陳剛が,メディアの取材に答え,「(今の)遅さは未来の速さのためだ」と発言した.計画が遅れているのではなく,慎重に計画を進めていると強調したのだが,その言葉を額面通りに受け取ることは難しい.この地に巨大都市を作るのは政府の鶴の一声以上の何者でもなく,この地に移り住む,企業を移転するといったメリットはまだ何もない.中国企業や大学の関係者の話を聞くと,一部の部署や学部を雄安新区に移転するよう打診されているが,行きたい人はいないためなすりつけあいになっているという.

また,新たなテクノロジーの導入にも疑問符がつく.一般車両の立ち入りが原則禁止されるなか,中国検索大手バイドゥが取り組む自動運転プロジェクト「アポロ」の無人運転バス,低速の自動運転車両に自販機がくっついたような移動式自動販売機,自動運転型清掃ロボットなどが稼働している.さらにEC大手JDドットコムによる無人コンビニや,顔認証で鍵の開け閉めを行うホテルもあり,最新テクノロジーの見本市といった感がある.ただし,これらのソリューションはいずれも他地域で導入済みのものであり,雄安新区だからできる,雄安新区のために開発されたという技術ではない.協力した企業としては,中国政府肝いりのプロジェクトに自分たちのサービスを投入することで,知名度を高めたいというソロバン勘定が働いているのだろう.雄安新区でどのようなスマートシティを構想するのか,どのような社会課題の解決に挑むのかは未知数のままだ.

雄安新区に象徴されるスマートシティのビッグトレンド.この大波はエコシティと同じく,社会課題にフォーカスしていないだけに,その先行きを危うく感じるのも当然だ.だが,見逃してはならないのはこうした派手な動きとは別に,中国では社会課題を着実に解決してきたスマートシティの伏流があるという点だ.それが監視カメラ網とモバイルインターネット・サービスという2つの技術だ.

4. スカイネットが変えた中国

スマートシティは行政,交通,環境,生活など幅広い分野をカバーする概念だ.そのなかでも重要な分野に治安がある.中国では2000年代前半より,テクノロジーを活用した治安システムの構築が進められてきた(高口 2020).

体系的な監視カメラ網の構築が始まったのは2005年のこと.一部都市で監視カメラ網の建設を進める「科技強警モデル都市」の方針が打ち出された.その後,監視カメラ網整備は全国へと拡大されていく.2012年には各自治体に監視カメラ網を建設する「3111工程」が始まる.2015年からは農村部にまで範囲を広めた「雪亮工程」がスタートした.

こうして整備されたのが海外でも中国監視社会の象徴として取りあげられることが多い天網だ.英訳すると「スカイネット」,映画『ターミネーター』で人類を滅亡の危機に追い込む人工知能と同じ名称なのはなんとも皮肉だ.2017年のBBCの報道によると,2020年には天網の監視カメラ台数は6億台に達する見通しだという.

近年では監視カメラにAIを組み込むスマート化の動きも進んでいる.信号を無視して横断歩道を渡った歩行者を電光掲示板に大写しする,しかも顔認識技術を使って名前と身分証番号を映し出すというソリューションは広く知られているが,それだけではない.

たとえば,上海市の観光地・外灘(バンド)では2014年12月31日に将棋倒しによって36人が死亡する事故が起きたが,現在ではスマート監視カメラによって滞在者の数を把握し,一定数以上になった時点で入場制限を実施するソリューションが導入されている.また,多くの都市で路上駐車,運転中の通話,シートベルト未着用,禁止地域での追い抜きなどの交通違反を感知するスマート監視カメラを導入している.張り巡らされた監視カメラは治安の枠組みを超えて活用されるようになりつつあるわけだ.

初めて中国を訪問した人は林立する監視カメラに衝撃を受ける人も多い.だが,現地住民にヒアリングすると,ほとんどの人が無関心だ.我々からすると異様に見える,大量の監視カメラだが,住民からすれば日常の一風景であり,すぐに見慣れてしまう.カメラがあったからといって,それで逮捕されるといった実害がなければすぐに気にならなくなってしまう.さらに治安が守られるならば,カメラを歓迎するという声も小さくない.中国では誘拐を警戒するため子どもたちの登下校は親や祖父母が送り迎えするのが一般的で,ランドセルを背負った子どもたちだけで学校に通う日本の姿がむしろ驚きの光景だ.そうした不安を払拭してくれるならば,監視カメラはむしろ歓迎すべき存在だというわけだ(梶谷,高口 2019).

もちろん,こうしたとらえかたは自らが監視の実害を受けない“一般人”であることに寄って立っている.政府と対立する異見分子となれば,その一挙手一投足を見張られているという圧力は大きいだろう.ある中国のAI企業を訪問した際担当者が明かした話だが,新疆ウイグル自治区の広場に設置されているスマート監視カメラは,旗を振る動作を感知し,警察に通知する機能が実装されているという.独立アピールの旗を振る抗議活動を,人手をかけずに取り締まるためのソリューションだ.意見表明の自由が奪われているわけだが,そうしたアピールに興味がない“一般人”にとっては,政府がそうした機能を活用しているかどうかはたいして興味がない.

実害がないことに関しては興味を持たない.市民社会という基盤を欠いた中国では,特にこの傾向が顕著だ.日本ではなにかの実害が生じていなくとも,個人情報の活用には強い反発が生まれるが,中国では自分の身に被害がないかぎりは無関心だ.

一党独裁の中国共産党が強い権力を持っているというだけではなく,リスクが現実化しないかぎりは反発が生じにくい中国社会の特徴がスマート化された監視カメラ網の整備の背景にある.

5. モバイルサービスからスマートシティへ

中国スマートシティを支えるもう一つの伏流がモバイルインターネットだ.国内総生産(GDP)は日本を追い抜いてもまだまだ途上国……と思われていた中国が,気づけば先進的なテクノロジーやサービスが社会実装された,未来感あふれる国になっていた.その変化の速さに驚いている人も多いはずだ.この急変にははっきりとした転換点がある.それが2014年前後のモバイルインターネット,4G携帯通信の普及である.4G携帯通信によって,多くの人々がインターネットに常時接続でき,携帯端末からフルスペックのインターネットを活用することが可能となった.

この条件を生かして次々と新たなサービスが生まれた.ライドシェアを筆頭とするギグエコノミー,シェアサイクルや民泊などのシェアリングエコノミー,モバイル決済などがそうだが,中国の発展は他国を大きく上回る.なぜ中国で発展したのかについてはいくつかの条件があるが,パソコンサービスが未成熟だったためにカニバリズムを恐れずにモバイルファーストのサービスを作れたこと,政府が新産業育成に積極的で法律的にはグレーゾーンに思えるサービスでも比較的寛大に認めたことを挙げておこう.たとえば配車アプリでは,日本以上にタクシー業界保護の規制が強力だったにもかかわらず,法的には明らかに白タクにほかならないライドシェア,配車アプリを政府は擁護している.中国のタクシー運転手はストライキを行って激しく抵抗したが,政府が強い意志で擁護したことを受け,抵抗を断念した.そうして配車アプリが普及した後に,保健や運転手の身分確認などの規制を導入して正規化したのである.社会実験を積極的に認める姿勢は「事実上のサンドボックス」と呼ばれ,他国でも取り入れるべき参照例とみなされている.

次々と誕生したサービスの中には,スマートシティに属するようなサービスも少なくない.ライドシェアはその代表格だが,シェアサイクルによって自転車移動の利便性が高まったことも見逃せない.中国版グーグルマップに相当する百度地図や高徳地図などのマップアプリでは,地下鉄や路線バスとシェアサイクルを組み合わせた移動経路がリコメンドされるため,ちょっとしたMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)のように使える.駅から徒歩5分がいわゆる駅近圏内だったわけだが,シェアサイクルで5分以内へと感覚が置き換えられた感がある.

また,テンセントのメッセージアプリ「ウィーチャット」,アリババグループの決済アプリ「アリペイ」という,二大IT企業のアプリはさまざまな機能を内包した,いわゆるスーパーアプリとして活用されている.ウィーチャットとアリペイは,ネットショッピングや配車アプリ,動画サイト,映画やイベントのチケット予約などのウェブサービスへの動線となっているほか,電話,電気などの公共料金の支払いや病院での診察予約も可能だ.さらに近年になって政府機関への問い合わせや情報照会といった機能が追加されている.スマートシティが目指している機能の多くが,ウィーチャットやアリペイによってすでに実現されている.

中国の行政電子化においては「掌上辦政」(掌の上の行政)がホットワードだ.スマートフォン経由でさまざまな行政手続きを可能にする(自治体によっては離婚申請もスマートフォンからできる)という市民サイドの動きと,公務員側が各種情報の閲覧や業務をパソコンやスマートフォンなどの情報端末から可能にするという自治体サイドの動きの双方が進行しているのが現状だ.

6. 課題は効率化の,その先に

監視カメラによる安全,モバイルインターネットによる利便性,この延長線上に中国のスマートシティは存在している.

今後はIoT(モノのインターネット)やAIの活用によって,その機能はさらに充実していくだろう.筆者が中国IT展示会で見たソリューションに,「全自動露店取り締まりシステム」がある.露店が出没すると,顔認識AIを搭載した監視カメラで店主を特定し,警告メールを出す.それでも従わなければ裁判所に強制執行許可を申請し,その後近くにいる警官に出動命令を下す.この一連の流れを人間の判断ゼロで行うという触れ込みであった.すでに路上駐車違反の車の持ち主に自動で警告メールを送るソリューションは実用化されているだけに,そう遠くない未来に実現しても不思議ではない.

デジタル化によって利便性を高める.この方向に向かって中国のスマートシティは邁進している.行政手続きを簡便にする,コストをかけずに手厚い行政サービスを提供する,こうした明確な社会課題にフォーカスしているだけに,スマートシティによって何が改善したのかがわかりやすい.一方で,サステナビリティやコミュニティ運営に市民の参画を促すといった,目標を定めにくい課題については中国の動きは鈍い.今ある課題を解決することから,理想を描く段階へと進めるのか.この点が次の課題となりそうだ.

著者紹介

  • 高口 康太

ジャーナリスト,千葉大学客員准教授.中国経済,企業,在日中国人社会の取材を続ける.主著に『現代中国経営者列伝』(星海社新書),共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK新書)など.

参考文献
  •   梶谷懐,高口康太(2019).幸福な監視国家・中国.NHK新書.
  •   高口康太(2020).中国の社会信用システムについて. CISTECジャーナル,2020年1月号
 
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