2021 年 7 巻 2 号 p. 41-48
観光は多様な主体,地域,目的を内包した複合的な現象である.そのような中で観光事業者が観光者誘致を実現して望む利益を得るためには,サービスによって関連主体の価値をためることを目指すサービスマネジメント(近藤 1999)の視点は有益だと考えられる.本稿では,観光者経験の観点から,観光のサービスとしての側面のマネジメントの可能性について議論する.
本稿では,まず観光現象の学術的理解,観光現象におけるサービスとしての側面を整理し,観光のサービスとしての側面をコントロールすることの困難さについて議論する.次に,多種な観光目的地の中では,相対的に観光者誘致を目的とした,運営管理主体が明確なテーマパークの事例を紹介し,観光目的地におけるサービスとしての側面のマネジメントについて議論する.
なお,筆者は観光研究を専門分野とし,サービスマネジメントの教本的知見を基に観光現象を再考するスタンスを取る.本稿で参照するサービスマネジメント関連概念については,先進研究において再考や知的発展が大幅になされていると想像する.筆者による誤解や最新の傾向の見落としにより,本稿がサービスマネジメントの専門家にとって違和感を覚える内容になっている可能性についてはご容赦いただきたい.
観光現象を理解する枠組みは様々だが,初期の観光研究者の一人であるLeiper(1979)は,観光者(tourist),旅行者出発地,目的地,途中通過地からなる地理的要素(geographical element),旅行会社,交通機関,ホテルなど,観光関連商品を提供する様々な主体を含む観光セクター(tourism sector)を観光の主要3要素とするモデル(tourism system)を提唱している(図1参照).このモデルは,観光現象に関わる主体が観光者,事業者,地域住民など多岐にわたり,地理的に広い範囲に分散していることを示している.本特集の主テーマとなるサービスの提供者の多くは観光セクターに含まれると考えられる.
このモデルの地理的要素の内,観光者にとっての誘因となる目的地には,山河や歴史的町並みなど,最初から観光者誘致を目的に生成されたわけではなく,誘客目的でのコントロールが効きにくいものが少なくない.また,Leiperは主要3要素の関係に影響を与える環境(人的,社会文化的,経済的,技術的,政治的,法的など)についても言及しているが,これらの要素にも,自然災害や経済危機など,単独主体によって統制可能な範囲を超えるものが多く存在する.また,観光現象に関わる全ての主体が常に観光者誘致を目指すことも前提にできず,観光者過多が引き起こす地元住民の敵意に関しては,観光地ライフサイクルモデル(Tourism Area Life Cycle; Butler 1980),住民のイラダチ指標(irritation index; Doxey 1975)度モデルなど,観光研究の初期の段階から多くの枠組みにおいて課題とされている.そして多くの観光者は,自身にとって非日常的で,様々な主体と時には統制の難しい不確実な要素を内包した,自らが歓迎されるとは限らない環境・文脈の中での不要不急の経験を享受するために,少なからぬ時間と費用を費やすことになる.
ここでは,サービスマネジメントの枠組みを参照し,観光現象のサービスとしての側面について議論する.
3.1 観光におけるサービスの範囲近藤(1999)はサービスを「人や組織に役立つ活動そのもので,市場での取引となる活動」(p. 15)と定義しており,ここから,サービスが商品としての人の活動であることが読み取れる.サービスの直接的な対象は,修理サービスのように事物の場合があろうが,サービスがもたらす利益を最終的に享受するのは人間だと思われる.ただ,その構成要素には人間だけではなく事物も含まれることが多いと思われる(例:料理[事物]を提供する[活動]給仕[人]).観光現象においても同様のことがいえ,例えば,函館の夜景を展望台(入場無料)から鑑賞するツアーをサービスだと考えた場合,観光旅行の主目的となる対象物(観光研究ではしばしばattractionと呼ばれる)である函館の夜景もサービスを成り立たせる要素だと考えられる.
観光現象の場合に悩ましいのが,サービスが内包する範囲と商品としての支払い対象の範囲である.例えば,ツアーで函館の夜景を鑑賞するという活動を購入する場合は,活動のほぼ全体が商品だとする考えに一定の理がある(ツアーの範囲外の参加者の活動や,ツアーとは直接関係のない主体が提供するサービスが含まれる可能性はあるが,詳細な議論は割愛する).より細かくは,ツアーに含まれるガイドによる案内(観光研究で「単に情報を与えるのではなく,訪問者の直接体験や様々な媒体を通じ,対象の意義や関係性を明らかにする教育的活動」(Tilden 1977)を意味するinterpretationの一種),移動,食事,宿泊といった一連の活動を商品としてとらえることができる.しかし,個人による交通手段,宿泊施設などの手配で函館の夜景を鑑賞する場合,訪問のために必要な個別の活動(例:移動,ホテルでの滞在)は商品だと思われるが,函館の夜景を見ること自体は直接の支払い対象ではない.対象物の鑑賞が往々にして無料である観光ではこのようなケースが少なからずある.本稿では,ツアーのような観光者の経験が商品化される場合に議論を絞る.
3.2 サービスの観点から見る観光の特性商品としてのサービスの主要特性については,一般に「無形性」,「消滅性」,「生産と消費の不可分性」,「異質性」があげられる(Baron and Harris 1995).これらは観光現象一般にも当てはまるものが多く,観光研究の教本でも,サービス商品としての観光現象の特徴として触れられることが少なくない.以下,それぞれの特性がどのように観光現象にあてはまりうるかを述べるが,「異質性」については章を改めて議論する.
「無形性」に関しては,先述の例のように,有形の事物(例:函館の夜景)を含むことはあるものの,活動(ツアー)自体は無形である.そして,観光研究の教本では,こうした商品は事前に実物を顧客に評価してもらったり,実演したりすることが難しく,そのような課題が印刷媒体,動画などの手掛かり(情報)によって克服されうると説明されている(Fletcher et al. 2013).
在庫ができないという「消滅性」に関しても,観光研究で,旅客輸送(例:航空機は事物だが,輸送は在庫が利かない)などが無形性や消滅性の説明のための例として挙がることがある(Fletcher et al. 2013).また,この特性が,ピーク,オフピークシーズンに合わせたスタッフ雇用や価格設定の重要性の理由としても言及されている(Fletcher et al. 2013).
「生産と消費の不可分性」についても,観光の特性を示すものとしてしばしば教本に登場する(Fletcher et al. 2013).特に観光目的地は観光者の出発地から離れているため,観光地を訪れるツアーの場合はこの特性が非常に強い.函館夜景観賞ツアーの例でいえば,観光者は函館の夜景を事物として購入するわけではなく,ツアーが生産され,鑑賞対象物(夜景)のある自宅から離れた現地に行って鑑賞体験をすることになる.また,同じ場所で同じ時間に他の観光者と消費が同時に行われることが少なくないことが,観光者の満足を得ることを困難にしているとも指摘されている(Fletcher et al. 2013).これはサービスマネジメントの観点からは,顧客の間接的参加(中村 2007)がもたらしうる問題だといえる.函館の夜景を見ながらのデートが,騒がしい他の観光者に邪魔されるのがその一例である.
このように考えると,少なくともツアーなどの商品化された活動の事業者による提供と顧客(観光者)による購入を考える場合は,観光現象とサービスの特性には近似性があり,サービスマネジメントの知見を観光マネジメントに援用する余地は大きいと思われる.
サービスに関しては,顧客の個人属性,クチコミなど,提供主体のコントロールが効きにくい構成要素が多く,品質にバラツキが生じやすいことが指摘されている(園田 2010;帳 2016).このことに関わるサービスの主要特性が,対象,状況によって効用が変わることを示す「異質性」(Baron and Harris 1995)だと思われる.この特性は,観光現象にもあてはまり,かつ観光者の経験が生じる状況の本質を表す特性でもある.
4.1 3つの視点ここでは,観光現象の「異質性」について以下の3つの視点から議論する.
4.1.1 新奇性欲求まず,観光者の視点から見た観光現象が非日常生活圏における「新奇性の希求」(Lee and Crompton 1992)の側面を持っていることが挙げられる.ここで注意が必要なのは,このような新奇性が必ずしも観光者にとって好ましいだけではなく,複雑性や予測不能性を呈しうる(Lee and Crompton 1992)ということである.例えば,日常生活では迷わないであろう道が,非日常空間では複雑で迷いやすく思える場合が考えられる.このような観光者の不慣れさは,目的地において事故,疾病,盗難等の損害を引き起こしうる.こうした損害の発生は日常生活圏でも考えられることではあるが,観光という文脈ではそのリスク(発生確率)特に高まることが予測される(直井 2009).
日常生活であれば顧客にとっての不慣れな要素を最小限化することが望ましいかもしれないが,観光では新奇性は希求の対象でもあるため,その過度な最小限化は観光者の経験に悪影響を及ぼし得る.例えば,異文化圏(例:手つかずの歴史的建物)に観光者の利便性のために手を加える(例:自動販売機)は,事物と観光者の経験の本物性(authenticity)を損ねる要因としてとらえられうることが指摘され,それが筆者の研究でも指摘されている(Naoi et al. 2006, 2007).また新奇性の希求の程度に個人差があることも観光研究の一般的な認識であり,その程度を測定する尺度も開発されている(Lee and Crompton 1992).
従って,観光においては,その本質である新奇性が不確実であること,それが観光者にとっては希求の対象になりうること,その希求の程度に個人差があることから,求められるサービスがばらつきやすくなることが想定される.もちろん顧客による新奇性の希求は,映画・演劇鑑賞などの日常生活における余暇サービス提供場面にもあてはまりうるが,不慣れな非日常生活圏における観光では特に生じやすいと考えられる.
4.1.2 観光者誘致の意図の不在2つ目は,サービスに関わる対象物(attraction)が,生成当初から観光者誘致を意図しているとは限らないことである.対象物が観光者向けかどうかという区分は,筆者の管見の限りSchmidt(1979)の研究でattractionをとらえる視点として導入されているが,遺跡,山河,自然現象(例:オーロラ)など,「観光者向けでない」の極に近いattractionが,そうであるものに比べて数も種類も非常に多いことが直観的に理解できる.こうしたattractionにはサービス提供者を含む人間による統制が難しいものが少なくなく(例:雪崩,オーロラが見られない),更に先述の本物性(authenticity)の観点からいえば,統制が可能でも,観光者の経験の観点から望ましくない場合も多い.
このような対象物は他者が存在する空間にもあてはまる.Edensor(2000)によれば,観光者が訪れうるtourism spaceには「強い境界線で囲まれ,ルールや決まりに従い,地元の人々や,不快な光景,音,臭いから切り離されているenclave space」と「計画されない,偶発的な出来事に見舞われ,複数のコミュニティが出会う場であり,世俗的な社会的活動が行われ,訪問客の対話や交換の機会が促進されるheterogeneous space」がある.テーマパークはenclave spaceの典型的な例だが,これも直観的に理解できる通り,現実の空間の多くはheterogeneous spaceの特性が強い.これは,町並みなど,入退場チェックのない公共空間からなるattractionでも同様である.更に,観光者は,自宅からenclave spaceの特性の強い目的地に移動する場合, heterogeneous spaceを通過するケースがほとんどだと思われる.以上は個人旅行の場合に特にあてはまるが,ツアーであっても,全くheterogeneous space,つまり想定外の人に出会い,想定外のことが起こりうる空間を完全に避けることはまず不可能だと思われる.また,そのような空間自体が観光者の魅力となっている場合もあり,観光目的地における一般的な住民の生活が,観光者により強い活気,独自性を感じさせ,彼らの学習,交流欲求をより充足させ,他者への訪問推奨意欲をより高めるという結果が筆者の研究でも見られる(直井他 2014, 2015; Naoi et al. 2017).
4.1.3 情報格差最後に,観光においては,一般のサービスと比較して受けられるサービスについての情報格差がより大きくなる可能性が高いことが挙げられる.商品としての事物と比べたサービスの特性として,性能スペックなどの品質を示す客観的な指標のみならず,消費者が主観的にとらえる品質の重要性が指摘されており(近藤 2007),サービスにおける品質を「知覚品質」として客観的な品質と区別する立場がある(山本 1999,Grönroos 2007,南 2012).また,「無形性」と「異質性」によって,サービスの品質について事前に入手できる情報は少ないため,事前の品質についての想定がモノと比較して困難であることが一般的であると考えられる.先述のように複数のサービスの組み合わせである場合が多い観光におけるサービスにおいては,受けられるサービスについての情報格差がより大きく,観光者の事前の品質についての想定が,他のサービスよりも困難であると考えられる.
4.2 観光現象の不確実性このような新奇性と複雑性をはらむ非日常生活圏には,先述の通りリスクが伴う.ただ,観光研究では,観光者は高いリスクのある状態を求めているわけではなく(Carter 2006),さりとて自分で対処する能力がなく(Faulkner 2001),専門家にこうしたリスクへの管理・配慮にお金を払って委託する(Cater 2006)と指摘されている.この点が現代の商業化された観光の本質を物語っており,このようにリスクを非日常生活圏から取り除き,観光者にそうとは意識させずに安心感をもって楽しませることが観光産業におけるサービス提供者には求められると考えられる.また,顧客に損害が生じた場合には,サービスマネジメントの概念でいえば,コンティンジェントサービス(高島他 2005),つまり遅延などのトラブルに巻き込まれた旅客対応のような状況適応的なサービスが求められる.
ここで問題なのが,観光現象に関わる主体や事物が幅広く,その全てが観光者をもともと意識したものだとは限らず,コントロールが可能だとも限らないということである.2000年以降に最初に日本からの出国者の大幅減を記録したのはアメリカ合衆国の同時多発テロが発生した年であり,その後,SARS,東日本大震災など,事件,災害が起こるたびに日本からの出国あるいは入国者の大幅な減少がみられる.それらの事象に対して,観光事業者が事前にリスクを予測して取り除くことや,問題の本質的な解決をすることが非常に難しいことは,多くの人々が経験上感じていることだと思われる.
上記のような観光現象の複雑性,不確実性をサービスマネジメントで取り組む課題とすべきなのかは,筆者も確信はない.より主体と目的が明確で,マネジメント可能なサービスに焦点を絞った主体の活動を通した価値の最大化を目標とすべきなのかもしれない.ただ,観光が,不確実性で損害が生じやすい環境において,対処の為の準備や能力に乏しい観光者が移動を行う現象であること,観光者が自分たちの手にあまるリスク対応を,金銭を支払っている事業者に強く要求する場合が少なくないことは言えるであろう.
以上から,観光現象は,必ずしも関連主体の明確な合意された意思の基に生成されるわけではなく,不確実で統制が難しいと考えられる.もちろん,VUCAワールドという言葉に現れるように,世界経済自体が変動制(Volatility),不確実性(Uncertainty),複雑性(Complexity),曖昧性(Ambiguity)を持つといわれており,事業単位で見ても創造的なデザインには成功する保証がないという不確実性がある(八重,安藤 2019).従って,新奇性と同様,不確実性も観光現象のみにあてはまるものではない.ただ,非日常生活圏における現象であること,誘客が共通意図でない可能性が,観光における不確実性を増していると考えられる.
このような観光において統制が比較的容易な文脈が,テーマパークにおけるサービスだと考えられる.テーマパークは,乗り物,パレード,グッズ販売など複数のサービスの組み合わせでありながら,建設当初から観光者誘致の明確な目的を持ち,特定の運営企業の意思決定によって管理可能な空間をデザインできる,Edensor(2000)のいうところのenclave spaceにあたる,数少ないattractionの1つである.そのため,サービス品質の保証を実現する可能性が一般の観光地よりも高いと考えられる.そして,Heskett, Jones, Loveman, and Sasser(1994)のサービス・プロフィット・チェーンの枠組みにあるように,顧客に対するサービス品質をマネジメントすることにより,顧客満足,顧客ロイヤルティに影響を与え,その結果として,顧客に対する価値の高いサービスの提供と運営企業の収益性を両立させ,顧客と運営企業間の長期持続的な好循環を構築することが目指されるものと思われる.ここでは,そのようなテーマパークにおけるサービスマネジメントの可能性について考察するため,筆者らが行ったテーマパークへの訪問客のロイヤルティに関する研究の結果を紹介する.
5.1 研究1:ブランドイメージとロイヤルティ先述の通り,サービス品質の評価は顧客側の知覚による「知覚品質」の評価としての色合いが強く,消費者は,サービスの内容や品質に対する想定やイメージを手掛かりに期待を高め,購入するか否かの意思決定を行うと考えられている(近藤 2010).Grönroos(2007)は,サービスにおける知覚品質は,サービスへの期待品質と経験品質が合致したときに優良であると認識されるとした上で,期待品質にマーケティングコミュニケーションやクチコミ,企業や地域のイメージが含まれ,経験品質に過去の経験などのイメージが含まれるとし,イメージが顧客のサービス品質に対する認識に重要な役割を担うと指摘している.そしてサービス品質の面から,イメージが適切な方法でマネジメントされる必要性を提唱している.
また,園川・フランク(2015)は,品質管理論の立場から,一般の財・サービスを対象とした分析により,ブランドイメージによる事前期待,知覚品質,再購買意図への直接効果が大きいことを示し,顧客満足度のコントロールにおいて,ブランドイメージを含めて扱う必要性を提言している.このことから,テーマパークにおいても,来園者はブランドイメージを手掛かりに期待を高め,来訪するか否かの意思決定を行うと考えられ,しかるに,ブランドイメージが来訪後のサービス品質の評価へ影響することが想定できる.
河田(2019)は,日本国内の観光地および遊園地・テーマパークを対象として,顧客ロイヤルティの形成プロセスを明らかにすることを目的とした研究を行った.この研究では,顧客期待,知覚品質,知覚価値,顧客満足,推奨意向,ロイヤルティの関係を表現したモデルである日本版顧客満足度指数モデル(JCSIモデル)をベースとして,ブランドイメージのうち総合的なイメージ(ブランドイメージ評価)の変数を追加して分析を行い,ブランドイメージ評価が期待や来訪時の知覚品質や顧客満足度,顧客ロイヤルティへ与える影響について検証を行っている.その結果,ブランドイメージ評価の知覚品質への影響については直接的な影響と顧客期待を通じた間接的な影響があり,更にブランドイメージ評価は間接的に顧客ロイヤルティに影響することが示唆された(図2参照).
このことから,来訪者が包括的な想定(ブランドイメージ)を手掛かりに期待を高め,attractionを来訪するか否かの意思決定を行うと考えられる.言い換えれば,来訪中に質の高い体験を提供することのみならず観光地・遊園地・テーマパークへの包括的なブランドイメージ評価を来訪前に高めておくことが,知覚品質などの体験に対する評価を高めるために有効であると推察される.多くのattraction同様,サービス商品としてのテーマパークも複数のサービスの組み合わせであることから,受けられるサービスについての情報格差が大きくなりがちだと考えられる.この研究の結果は,attractionにおける個々のサービスの内容や品質に対する情報というよりは,包括的なイメージを伝える分かり易い情報の提供が重要であることを示唆している.
5.2 研究2:見残し・やり残しとロイヤルティテーマパークや遊園地は複数のサービスの組み合わせではあるが,単一の運営企業の意思決定によって統合的にマネジメントできるため,サービス品質の保証を実現する可能性が一般の観光地よりも高いと考えられる.しかし,そのようなテーマパークについても他のサービスと同様に,先述の「異質性」が特性としてあてはまる.特にテーマパークにおいては,特定のサービスや施設において時間帯や日によって需要がキャパシティを超過し,待ち時間や混雑現象が発生することや,顧客接点における従業員のサービスレベルの標準化が困難であるなどの点から,サービス品質についての不確実性が常に存在する.
Kawada and Naoi(2020)は,東京ディズニーランドを取り上げ,テーマパークにおける顧客ロイヤルティ形成プロセスの中で,サービスマネジメントにおいて一般的に想定されている事前期待と体験後のパフォーマンスとの一致度合いがサービス品質や顧客満足へ影響するという期待一致パラダイム(Oliver 1980)のメカニズムをベースとした先行研究に基づく統合的な顧客ロイヤルティの構造モデル(Bosque and Martin 2008)に,変数として「見残し・やり残し」といった来訪時に体験できなかった体験の有無の程度を加えて分析を行った.その結果,顧客ロイヤルティに対する「見残し・やり残し」の直接的な正の効果は棄却されたが,「見残し・やり残し」は満足度を高める場合に顧客ロイヤルティを高めることができる結果が示された(図3参照).この間接的な効果は,ロイヤルティに正の影響を与える満足度が,期待一致パラダイムが想定している経験の評価に基づいている期待と期待一致だけでなく,体験していないことからも生じる可能性があることも意味する.
このことから,少なくとも,テーマパークのような,特定主体が運営し,管理可能な範囲が一定程度存在するサービスの提供においては,来訪中の体験やサービス品質をマネジメントする上で,来訪前の期待を把握・理解して一致させるマネジメントに加え,来訪中に満足を高め,来訪者にポジティブに受け止められるようなやり方で「見残し・やり残し」を感じさせるマネジメントも並列的に有効であることが示唆される.
観光現象は複雑性と不確実性をはらんでいる.そしてこのことが,観光研究が「実学的なニーズから距離を置いた研究に終始しがち」(清水 2014)という批判を受ける一因になっていると考えられる.観光研究者として弁護すると,混雑など観光振興が地域にもたらしうる悪影響と「観光が特定の主体の思い通りになるものではないこと」を理解し,観光に対する楽観を戒める姿勢がこのような認識に繋がっていると思われ,それは研究,実業の双方において必要だと思われる.
その一方で,筆者は,観光研究とは,上記の悪影響の最小限化のために細心の注意を払ったうえで,観光による何かしらの利益を得る為に,究極的には観光者誘致を目的とする学問だと考えている.その場合,観光における統制の難しさを主張するだけでは,観光事業者に非常に悲観的な視点を提供するにとどまってしまう.観光に対処する上での謙虚さを維持しつつ,観光事業者により生産的な視座を提供するには,どのような文脈・状況であればどのようなマネジメントが可能かという視点が必要だと考えられる.
本稿で紹介した研究事例は,明確な誘客目的のもとでの特定主体による意思決定と統合的なマネジメントが容易だと考えられるテーマパークに関するものである.このようなテーマパークにおけるサービスマネジメントの最終的な目的を来園者ロイヤルティの形成とした場合,期待と体験した要素のパフォーマンスを一致させるような形で行われる一般のサービス品質管理とともに,来訪前の段階でのブランドイメージ評価を高めることと,期待の範囲内外での体験可能性のコントロールによって「見残し・やり残し」を管理していく方策も取りうることが示唆された.このような方策を実行することで,新規来訪者の獲得および来訪者のリピーター化を図りうると考えられる.
これらの結果は,テーマパークにおけるサービスマネジメントのための具体的な施策について示唆を提供するものではない,道半ばの成果ではある.また,包括的なイメージ,あるいは「見残し・やり残し」といった,曖昧で不確実な要素が,来園者のロイヤルティにとっては必ずしも負の要因ではなく,活用する余地があることを示している.ただ,2つ目の研究は,観光者の事前期待が満たされること自体もロイヤルティにとっては重要であることを示している.このような,観光者が満足するために必要条件として満たされるべき要件と,より大雑把な要件,あるいは期待と異なる意外性について,どれがどのような状況で相対的に強くロイヤルティに影響するのかという点は,2つの先行研究では検証できていない.この点に関しては,例えば,嶋口(1994)が提供するコアサービスとサブサービスの概念が知見を提供すると思われる.また,類似の概念を対象としたサービスマネジメント分野における実証研究が進んでいるのではないかと想像する.
このようなサービスマネジメントの観点を組み入れて観光現象について再考することは,その複雑性,不確実性に溺れることなく,マネジメント志向の観光研究を目指す重要な一歩になりうると考えられる.
東京都立大学大学院都市環境科学研究科准教授.大阪大学にて学士(人間科学),The University of Surreyにて修士(観光マネジメント)と博士(学術),東京工業大学にて博士(工学)の学位を取得.
東京都立大学大学院都市環境科学研究科博士後期課程所属.テーマパークのマーケティング部署にて勤務.