サービソロジー
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特集:パーソナルデータの保護と活用
パーソナルデータのサービス利用 ~Web3.0の世界
小林 弘人緒方 啓史渡辺 健太郎渋谷 恵安藤 裕
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2021 年 7 巻 3 号 p. 89-96

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1. はじめに

サービスにおけるパーソナルデータの利活用を考えるとき,今日のひとつの成功例としてGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)に代表されるメガプラットフォーマーを挙げることができるだろう.これらのサービスは,既に私たちの生活に浸透し,社会全体にも大きな影響を与えている.しかし,その反面,プライバシーや消費者保護の観点から,欧州ではGDPR(General Data Protection Regulation, 一般データ保護規則)に加え,データ運用に関する透明性を高めることを求める新しい法規制が導入されるなど,メガプラットフォーマーによるパーソナルデータの取り扱いには厳しい目が向けられ始めている.まさに潮流の変わり目といった今日,パーソナルデータの利用を考えるサービス事業開発者は,難しい舵取りを迫られている.

一方,ブロックチェーンをはじめとする新しいテクノロジーにより,分散型のデータ利活用の仕組みが実現し始めている.この動きはWeb3.0と呼ばれ,プラットフォーマーの中央集権的な仕組みと異なるオルタナティブな価値観を持って迎えられている.

そこで,本稿では,著書「After GAFA 分散化する世界の未来地図」(小林 2020)の中で,これらの動きを詳細に論じた(株)インフォバーンのCVO(Chief Visionary Officer)小林弘人氏へのインタビュー(図1)を通して,パーソナルデータの扱いに関してプラットフォーマーたちの在り様のどこに問題があるのか,それらの問題の解決を目指す中で,どのような変化がもたらされるのか,大局的な見地から整理したい.

図1 小林弘人氏へのオンラインインタビューの様子

2. パーソナルデータに関する問題

緒方: まず,GAFAを含むプラットフォーマーによるパーソナルデータの扱いには,どのような問題点があるとお考えですか?

小林氏(以降,敬称略): いくつかの問題点が複合的に重なっていますが,大きな問題点は2つあります.

ひとつはデータ利用の目的と範囲が明確でないことです.例えば,パーソナルデータを取得するにあたってオプトイン(本人の同意がない限り取得しない)が十分に実践されておらず,当然あるべきタイミングでユーザーに事前許可を求める手続きが実質的に無効化されている,データの保存期間の明記がない,合併や買収によってデータ取得後に新たに増えた傘下企業に対してデータがどう転用されているかなどの運用についてのポリシーが不透明といったことです.例えば,Facebookが買収した個別のサービス「WhatsApp」「Instagram」「Messenger」を統合する計画には,これらのアプリ間での膨大なパーソナルデータの共有をめぐって様々な懸念があります(Wong and Grunin 2019).

緒方: 消費者から見れば「こんなデータが取得されて,こんな形で使われるとは思っていなかったのに」ということでしょうか?

小林: 「嫌ならサービスを使わなければいい」というのがプラットフォーマーの本音ではないでしょうか.つまり,サービスを使う対価としてパーソナルデータを求めている形です.しかし, GDPRでは,個人情報を基本的人権の一部としています.仮にサービスの対価として取得したとしても,無制限に利用されるべきものではないという考え方です.ところが,こういった見方は地域で差があるようです.その良い例が,パーソナルデータの2つめの問題点である,いわゆる「忘れられる権利」です.

GDPR第17条は消去権を謳っています.この条項の背景となる問題は,2011年にフランスで女性がgoogleに過去の自分の写真の削除を求めて勝訴したことが発端であるといわれています.しかし,この忘れられる権利はヨーロッパでは浸透していますが,アメリカでは消極的です.例えば,GDPRの後に策定されたカルフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)では,実は消去権は非常に限定的にしか認められていません .これは,アメリカの修正憲法の第一条にある表現の自由と衝突するからです.つまり,一度パブリックに開示された情報であるから,その削除は,表現の自由や大衆にとっての知る権利の侵害になる,という論調です.とはいえ,性犯罪の被害者の情報はどうなのか? 若かりし頃の過ちはデジタルタトゥーのように一生付きまとうのか? といった側面に注目すると,表現の自由や知る権利を押し通すのは一方的に思えます.そこで,GDPRでは,消去権以外にも,第20条にデータ可搬性(データポータビリティ)の権利を追加し,データ主体による自身のデータ制御権を強化しています.つまり,GDPRには,情報の主権を個人に取り戻すという理念が強く,主にアメリカ発のメガプラットフォーマーを牽制しているのが現状と言えるでしょう.

緒方: なるほど.「情報の主権」という考え方についてもう少し教えていただけますか?

小林: 例えば,僕は禿頭ですが,普段はかつらで隠しているとします(笑).これを誰にまで教えるか? ということは,他者と自己の区分において重要です.多くの場合,その人との関係性に基づいた等級をつける.教えても良い人,教えたくない人という区分があり(図2),ここにプライベートとパブリックの線引きがあります.ソフトウェア上のパーソナルデータの扱いの議論では,これが境界線になるのでしょう.つまり,本来は僕が禿頭だという情報の主権は僕が握っているわけです.しかし,GAFAのやり方ではこのような情報が無制限に解放されてしまいかねません.そうなっては,もはや主権は僕にない.僕が何者なのか,という自己決定に関する情報や,その情報の開示を決定する権利を侵すことにつながります.

図2 パーソナルデータの開示判断のイメージ

緒方: 分かりやすい例えをありがとうございました(笑).では,現状のメガプラットフォーマーの問題点としては,「誰にならどこまで情報を公開できる」という区切り方があまりにも大雑把で,かつ無制限であること,と言い換えてもよいでしょうか?

小林: はい.それはその通りです.ただ,もうひとつ付け加えますと,今のメガプラットフォーマーが国家を超えてデータを持っているという点です.例えば,私の住んでいる地方行政がGoogleやAmazon以上に私のデータを持っているとは思えません.せいぜい住所,家族構成や収入に関する情報ぐらいでしょう.一方,プラットフォーマーは,日常生活の中で好んで見ているコンテンツや,次に買いそうなもの,次の旅行,誰とメールをやり取りし,どんな語句を多く使っているのかといった情報を握っています.問題は,彼らが民間企業であるということです.民間企業は株主のために動いています.従って,売り上げが足りなければパーソナルデータの濫用はとどまることがありません.ですから,パーソナルデータは誰のものか,という情報主権の問題があり,さらにそれを現在運用しているのが民間企業であるという問題があります.それに対する規制が追い付いていなかったというのがGDPR以前の状況だと思います.

3. パーソナルデータに対する考え方の差異

緒方: よくわかりました.個人的に,このような問題に対して,日本では欧米ほど注目されていないように感じるのですが,いかがでしょうか? そうだとすると何か原因があるのでしょうか?

小林: これは難しい問いですね.もともとパーソナルデータの問題に限らず,そもそもプライバシー全般の問題について,日本とヨーロッパでは考え方が違います.ヨーロッパの知識人はプライバシーの問題に自覚的です.日本の場合は,「お上がやることだからそんなにひどいことはされないだろう」という感覚が根っこにあるのか,自己の情報を自分でコントロールしたり,その権利を行使したりする,という概念自体,企業からの営業活動に対する防御的な側面でしか捉えられていないようにも感じられます.以前,ある場でこのGAFAの問題についてコメントを求められたときに,あるIT業界の識者が「個人情報をそんなに気にする必要はない」といった趣旨の発言をしたことが印象に残っています.文脈から見ると,特に自分は悪いことをしているわけでもなく,便利になるからいいでしょう,といった理由だと思います.例えば,Googleのメールは,Google Travelというサービスと紐づいているので,旅行のブッキングをすると,旅行先も日付もホテルも読み取って,その周辺の店などをレコメンドしてくれます.しかし,内容を知っているということは,第三者が入手可能であることも意味します.事実,2018年にウォールストリート・ジャーナル紙はGoogle社外の開発者がメールを閲覧できることを報じました(McKinnon and MacMillan 2018).メール内容の吸い上げを非常に便利ととるか,ちょっと勘弁して欲しいと思うかは人それぞれです.このトレードオフの中で,「そんなに悪いことしているわけでもないから」と気にせず個人情報を差し出す感覚は,日本のような同質性が高い集団の中では,運用者への信頼と背中合わせである気がします.

一方,ヨーロッパでよくベルリンに行きますが,ここは東西がベルリンの壁で断絶されていた時代に,東側では「シュタージ」,日本でいう昔の特高警察が,個人の家庭を盗聴していました.これに対し,現在でも,旧体制下で取得されていた情報について開示請求がなされています.このように仮に害のない情報であったとしても,情報の主権は誰か,誰が情報を掌握しているのか,という点は非常に重視されています.そういった教育や議論の場の多寡が日本とヨーロッパの差なのかもしれませんね.また,「自由」とは何か,どこまでが「自由」でどこからが専恣横暴なのか,といった哲学の議論もヨーロッパの土壌に根付いていますが,日本でそういった議論を始めると「面倒くさいやつ」という扱いになりやすいですね(笑).

緒方: 地域差についてよくわかりました.では,今後,コロナ禍により,パーソナルデータの扱いに対する人々の態度が変容すると思いますか?

小林: これは,コロナ禍に限らず,有事と平時で状況が変わります.

有事には,個人の権利よりも,社会全体の利益を優先する方向に民意が傾きやすいと思います.例えば,9.11におけるアメリカの状況も同じでした.テロリストの潜伏が怖いので徹底的に調べてほしいという民意を受けて,セキュリティに関する法案などが拡大し,政府による盗聴もやむなしといったような風潮になりました.反面,平時には個人の情報主権に干渉されるのは困る,ということになります.

コロナ禍においては,コンタクトトレーシング(接触確認)がそれに相当するでしょう.GoogleとAppleがAPIを公開している感染者接触のアプリは,スマホ内部にデータを蓄積して必要に応じて提出するアドホックな情報の扱い方になっています.サーバーにデータが溜まっているわけではないのです.またアプリの取得するデータも,位置情報と紐づいていない匿名データです.実はこれはGDPRの影響を強く受けています.日本でも,アドホックにコンタクトトレーシングしていますが,それでは生ぬるい,もっと詳細な情報が欲しい,という声もあります.

このように平時には,政府の干渉や強権の発動を求めないのに,有事にはそれを求めるような権力志向に民意が変化する傾向があります.これは完全にエモーショナルな変化です.怖いのは,この一時の変化が,例えば法制化によって固定されてしまうことですね.

4. Web3.0の世界におけるパーソナルデータを活用したサービスの在り様

緒方: ブロックチェーンをはじめとするWeb3.0 でのサービスは,現状のプラットフォーマーによって提供されている価値を代替できるでしょうか?

小林: 自著に書いたように100%代替されるとは思っていません.また,分散型VS中央集権という考え方でもありません.

プラットフォーマーによる中央集権型のサービスはこれからも続くと思います.特にビットコインのようなブロックチェーンの考え方は,「誰も信用できない」ので,計算機に託すというものです.ここでは,計算機を使ったマイニングでパズルを解いた人に報酬を与えるというゲーム理論も用いた「嘘がつけない仕組み」でトラストを担保しています.しかし,人を信じた方が――あの企業なら悪いことはしないだろう,と信用した方が――社会コストは低いのです.その意味で,中央集権は必ずしも否定されるものではありません.よって,今のGAFAのような中央集権型でパーソナルデータを扱うサービスも存続すると思っています.ただし,法規制も整備され始めましたし,これまでと同じ形でプラットフォーマーが成長を続けるのは難しいと思います.

一方,それが嫌な人は,ブロックチェーンを用いた自己主権型のIDをはじめとする自分のパーソナルデータを自分で運営する人たちも出てくるでしょう.そうすると,自分で運用するのは面倒だという人のために,情報銀行のようなサービス提供者が現れるといった具合に,新たな市場が誕生すると思います.

緒方: その多様なサービスを前に,消費者の立場では,どのような基準でメリット/デメリットを判断して選択すればよいのでしょうか?

小林: わかりやすいサービスを例に挙げます.UberやAirbnbに代表されるシェアリングエコノミーがありますよね.昔,このシェアリングエコノミーの概念を伝える『シェア』(ボッツマン,ロジャース 2010)という本の監修をしたことがあります .そこで言われていたシェアリングエコノミーは,相互扶助的な「シェア」に近いものでした.事例のいくつかは,お金の回し方を含めて共同体に配分する仕組みに基づきます.しかし現状は違います.今のシェアリングエコノミーの勝者がやっているのは「アクセスエコノミー」です.こちらで不足しているが,あちらでは余剰になっているという状態を平準化するサービスです.不足を感じている人に,余っている空き地や部屋や車をマッチングするという形ですね.今の UberやAirbnbは,そのマッチングだけして,そこで問題が起きても責任を持ちません.一応,Airbnbでは保険が下りるかたちで損害については保証されています.Uberはドライバーから手数料を取るものの,雇用している社員ではないので,一般的な労使問題への取り組みをしていないのです.すると,きちんと雇用して社員の生活への責任も請け負っているタクシー会社は不利になります.ところが企業の時価総額が高いのはUberやAirbnbの方です.

このような問題に対して,本来のシェアリングエコノミーを目指す動きがあります.プラットフォームコーポラティビズム*1といって,シェアリング協同組合主義が世界で立ち上がってきています.これは,運転手と消費者が全員で出資しあってプラットフォームをつくるというものです.サービス提供者と享受者が仕組みをシェアしているので,プラットフォームの運営費として何パーセント手数料を取るという部分にも透明性があります.また,このようなシェアリング協同組合のひとつに,AirbnbをもじったFairbnb*2といったサービスがありますが,ここでは余剰資金をコミュニティに還元する仕組みが考えられています.つまり,たくさん物件を持っている人やプラットフォーム側が一人勝ちするのではなく,その地域全体に還流させるような仕組みです.

同じような動きは他にも見られます.Amazonに対して,ベルリンでは,アンチアマゾンカフェ*3があります.地元の商店での顔の見える取引をしましょう,というもので,地産地消とも相通じます.身近な例としては,コロナ禍で野菜の流通が滞ったことで,うちの近所でもレストランの前で地域の一次産業の業者が野菜や加工品を販売していたりしました.これも,例えば,JAを経由して東西南北から高速道路で運ばれてくるという中央集権型の流通ネットワークに対する分散化と言えるでしょう.

今後,ブロックチェーンをはじめとする分散型テクノロジーが,このような仕組みを支える可能性はあります.事実,既にプラットフォーマーの中抜きを目指した分散型サービスは存在しています.もし,これが進めば個人がより安価に,簡単に本来のシェアリングエコノミーを実現することができるようになります.そこでは「一人勝ちしたい」という思想とは異なるものが駆動することになります.

本質的には,このようなメリット/デメリットは,ブロックチェーンが使われているかどうかというテクノロジーの問題ではなく,同様に中央集権型か分散型かといったシステムの一面だけを見て判断できるものでもありません.そのエコシステムを構築・運営する考え方を含めて捉えるべきです.便利でありさえすればいいのか? コミュニティ全体でシェアする方がいいのか? あなたがどういう社会が好きなのかによります.そのうえで,最終的にどんなサービスが生き残っていくのかは,ユーザー次第です.

緒方: 労働者や地域社会のようなステークホルダーに適切な利益の配分がない,という中央集権型の問題に対して,分散型のサービスシステム自体は,必ずしも解決にはならない,ということでしょうか?

小林: 分散型はコミュニティに近いものです.そのサービスの在り様も,参加者がそれをどう運営したいと思っているかに大きく左右されます.

例えば,ハードフォークという現象があります.これは,従来のサービスを改善するアップデート案に対して民主的に票を集めて「我々はこっちについていく」といった形でサービスが分岐することを言います.ビットコインでもその分岐がいくつか起こり,ライトニングビットコインをはじめとする新通貨が生まれました(CoinPost編集部 2017).例えるなら,みずほ銀行を使っていたら,みずほ銀行Bが突然できるという状況です.ユーザーにとっては困りますよね.しかし,民主的な票決の結果です.これが,中央集権的な今の企業であれば,何人かの幹部が「こっちがいいのに」と思っても,経営層の決定にはしぶしぶ従うことになります.

中央集権型と分散型の違いは,要はガバナンスの違いです.ですから,データの扱いにせよ,お金の扱いにせよ,分散型のシステムで現状の問題を本当に解決できるかどうかは,極端な話をすると民主主義をめぐる態度で決まるのです.

緒方: そうしますと,分散型のシステムでは,お金やデータを個人の責任において管理する比重が増えると考えられます.デジタルデバイドのような形で利用できる人が限られる気がするのですが,どのように見通されていますか?

小林: テクノロジーの側面ではまだまだ課題が多いと思います.しかし,ガバナンスの側面では,既に社会実装が進んでいます.例えば,地方自治体には分散化の動きが活発なところがあります.そこでは,少子高齢化で納税者が少なくなり地方行政が逼迫して,これ以上は行政の運営が回らないという状況に対し,どうやって民間と相乗りしていくか,という課題が生まれています.そうなると,中央集権型ではなく,ボトムアップな分散型の「コミュニティ」として個人も民間も行政も知恵を出し合って仕組みやルールを決めて運営していかなくてはなりません.法律の壁はあるものの,千人未満の村落でこうした分散型のコミュニティが既に活動しています.さらに,ここに分散型テクノロジーに詳しい人が参画して仕組みをつくっています.ブロックチェーンを用いた地域通貨の発行などがその例です.

緒方: そういった例を考えますと,分散型システムは,地方行政くらいの小規模なガバナンスにおいてメリットが出やすいという特性があると考えてよいでしょうか?

小林: そうだと思います.

5. パーソナルデータを利用するサービスに対する「信頼」とは何か

緒方: 最後に,パーソナルデータをめぐる議論の中にも,小林さんの著書の中にも「信頼」という言葉が出てきます.自分のパーソナルデータを委ねてよいとする「信頼」や,改竄のないデータへの「信頼」といった表現が考えられますが,この信頼とは何でしょう?

小林: (しばし黙考)…トラストという言葉の意味合い,ですね.ひとつにはその対象となるもの,これには情報の中身もそうですが,むしろどのような主体が管理・吟味して,開示しているのか.その主体はリアルに紐づくものなのか,それともバーチャル,あるいは機器によるセンシングだけなのか.もうひとつはその情報が一次情報でない場合,どのような編集作業を経て,手元に渡ったのかという過程であると考えます.

まず主体及び,管理の状態については,「情報の透明性」という言葉に置き換えられると思っています.例えば,私がメディア業界に携わっていたときの経験では,企業や行政に対して情報開示請求をしたとき,真っ黒に塗りつぶされた書類が提出されてくることがありました.また,国会で取りざたされた,議事録がない といった事件(朝日新聞 2017)もありましたね.こんなことはあってはいけない話です.主体が誰なのかわかっていても,「破棄してしまった」「議事録をつけていなかった」というのは管理における欠陥です.これに対し,ブロックチェーンでは,ログさえ残っていれば,誰かの思惑で改竄することは理論上不可能です.それは.テクノロジーで解決できることなのです.しかし,その手前の過程でログが失われる,あるいは誰も議事録を取らないということは,ブロックチェーンでも「オラクル問題」と言われ,属人的,あるいはシステム的な欠陥となります.ゆえに,属人的な問題であれば,厳罰化,もしくは報酬化し,そうでない場合,異なるテクノロジーを導入するなど,システム全体の設計において検討の余地があります.また,最近では,監査の業界では,三式簿記をブロックチェーンでやりましょうという実験が行われています(Cai 2020).こういう仕組みでは,リアルタイムで監査でき,理論的には改竄が絶対にできません.監査法人という第三者を置き,信頼を担保している現在の仕組みをブロックチェーンによって置換しようというアイデアです.しかし,企業がそれを本当に採用したいかは,また別な問題となります.

次に,情報の内容については「情報の対称性」が重要になります.中国では,個人の信用をスコアリングしています.Yahooでも自前のデータで個人の信用スコアをつけようとしています .食べログのレストラン評価も同じです.私たちは,スコアを見て「この店,3.8以上だから良さそう」と判断してしまいます.しかし,この「3.8」が何を意味しているのかが重要です.スコアがどんな設計思想に基づいてどういうアルゴリズムで計算されているか,どんなバイアスがかかっているのかは,情報開示されていません(日本経済新聞 2020).例えば,システムからみて優秀なレビューアーが加点することと,たまたまレビューしたくなった人が加点するのとでは重みづけが違ってきます.しかし,そのレビューアーが高い店(確率論的に味も担保される)しかレビューしていない,あるいは既に人気がある店しかレビューしていないかどうかは誰も知りません.むしろ,その店を適切に評価できるであろう常連客は,あえてレビューサイトに書き込みをしない地元の人がほとんどです.そういった常連客が書き込んだ意見がアルゴリズムに加算されるわけでもありません.レビューアーの質に対する評価方法は非常に荒いのです.これはAmazonなどにも言えることです.

こういった現状において情報の対称性を考慮すると,加工前の情報取得元となる個人や企業に対して,本来ならばどのようなバイアスがかかるのかという説明開示,もしくは情報の正当性をめぐり第三者による監査を受ける,あるいはアルゴリズムを全てオープンソースにすべきだと思います.もちろん一般の人には読み解けないかもしれませんが,専門家は改善点を指摘できますし,メディアがかみ砕いて傾向や対策を伝えることもできます.

このように,情報の透明性がなかったり,情報が非対称だったりするときに,「信頼」できないと感じますから,裏返すと,信頼とは情報並びにその管理者の透明性と対称性が担保されることだと思います.無論,印象だけで人を信頼させてしまうといった,心理的な側面については本題とズレるので,ここでは除外します.

6. おわりに:

小林氏へのインタビュー取材を担当した緒方,渡辺による所感を記す.

  • ●   小林氏のお話の端々に,問題は技術そのものではなく,技術を使う人の考え方や態度である,という意識が感じられた.これはまさにサービスに関する本質的な問題であり,どのような価値を実現するサービスシステムを我々が意識的に(あるいは無意識的に)選ぶかによって,これからの社会のありようも変わるということである.サービス学の観点からも,新たな技術が可能にするサービスシステムのあり方をさらに検討していく必要があると感じた(渡辺).

  • ●   かつて高齢者向けの緊急通報サービスや見守りサービスの開発に携わっていたことがある.そのとき,ユーザーにとって使いやすいサービス設計のポイントになったのが,「誰になら,家の中のどの情報まで開示してよいか」という高齢者ユーザーの感覚に寄り添うことや,遠隔で見守る家族と高齢者ユーザーとの間の情報の対称性を保つことだった(緒方ほか 2003).本稿のインタビューでも全く同じように「情報の主権」や「情報の対称性」が重要なキーワードとして語られている.テーマが変わっても,パーソナルデータの扱いに関する本質的な観点は変わらないということだろう(緒方).

著者紹介

  • 小林 弘人

「WIRED JAPAN」「ギズモード・ジャパン」などのメディアを立ち上げ後,1998年インフォバーン設立.2017年からベルリンのテック・カンファレンス「TOA」の日本公式パートナーを務める.18年,企業や行政内イノベーター向けのビジネスハブ「Unchained」主宰.自著に『After GAFA 分散化する世界の未来地図』『新世紀メディア論』ほか.

  • 緒方 啓史

(株)東芝.HCD-Net認定人間中心設計専門家.博士(工学).2013年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了.2002年から2015年までアズビル(株)にて,高齢者にとっての製品・サービスの使いやすさの研究開発に従事.2015年から現職にて,福祉工学や認知工学を拠り所にサービスデザインや共創・協働のプロセス開発に従事.

  • 渡辺 健太郎

2005年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修士課程修了.民間企業勤務を経て,2012 年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士後期課程修了後,産業技術総合研究所.現在,同研究所人間拡張研究センター所属.博士(工学).専門は設計工学,サービス工学.サービス設計方法論,ならびに支援技術の研究に従事.

  • 渋谷 恵

2016年お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科修了.同年,NEC中央研究所入社.働き方研究に従事.専門は社会心理学,組織心理学.

  • 安藤 裕

ユーイズム(株)リサーチフェロー.博士(知識科学).2018年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科博士後期課程修了.2004年から2018年まで富士ゼロックス(株)にて,ドキュメントのユーザービリティに関する研究,コンサルティングに従事.2018年にGfK Japanを経て現職.心理学,感性工学を用いた製品・サービスのUX調査,コンサルティングに従事.

*1  Platform Cooperativism Consortium, https://platform.coop/, last accessed on Sep. 7, 2020.

*2  fairbnb.coop, https://fairbnb.coop/, last accessed on Sep. 7, 2020.

*3  anti-amazon-café: face2face, https://kalabalik.blackblogs.org/anti-amazon-cafe/, last accessed on Sep. 7, 2020.

参考文献
 
© 2021 Society for Serviceology
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