Transactions of the Atomic Energy Society of Japan
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Review
Overview of Event Progression of Evaporation to Dryness Caused by Boiling of High-Level Liquid Waste in Reprocessing Facilities
Akinori YAMAGUCHIMuneyuki YOKOTSUKAMasayo FURUTAKazuo KUBOTASachio FUJINEKenji MORINaoki YOSHIDAYuki AMANOHitoshi ABE
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2022 Volume 21 Issue 4 Pages 173-182

Details
Abstract

Risk information obtained from probabilistic risk assessment (PRA) can be used to evaluate the effectiveness of measures against severe accidents in nuclear facilities. The PRA methods used for reprocessing facilities are considered immature compared with those for nuclear power plants, and to make the methods mature, reducing the uncertainty of accident scenarios is crucial. In this review, we summarized the results of a literature survey on the event progression of evaporation to dryness caused by boiling of high-level liquid waste (HLLW), which is a severe accident in reprocessing facilities. In addition, migration behavior of associated radioactive materials was also summarized. Since one of the important characteristics of ruthenium is its tendency to form volatile compounds over the course of the event progression, the migration behavior of ruthenium is categorized into four stages (early boiling stage, late boiling stage, drying stage and after drying stage) on the basis of temperature. Although no ruthenium is released from the waste in the after drying stage, other volatile elements such as cesium can be released. Sufficient experimental data, however, have not yet been obtained. Thus, it is, necessary to further clarify the migration behavior of radioactive materials, which predominantly depends on temperature in this region.

I. 緒言

2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「1F事故」という。)の教訓から,原子力施設の安全規制の要求範囲が深層防護1,2の第3層(設計基準内への事故の制御)から第4層(重大事故対策)に広げられた3

各層の対策について,設計基準の範囲では従来は保守性を重視し決定論的手法で個別の機器の安全設計が行われている。一方,重大事故を想定する範囲では,より多くの事故の状況が考えられるほか,深層防護のレベルが進むにつれ一般的には事象の発生頻度が小さくなる分,事象が有する不確かさが大きくなる。このことから,事象を特定して評価する決定論的手法の適用のみでは,必ずしも適切ではない場合が考えられる。このため,重大事故対策の有効性を評価するには,多くの事故シーケンスや不確かさが扱える確率論的リスク評価から得られるリスク情報の活用が適する場合があるものと考えられる2

現状,原子力発電所では,1F事故を踏まえ,確率論的リスク評価の知識を活用したリスク情報の活用がこれまで以上に推進されている46。一方,核燃料施設では,原子力発電所に比べて確率論的リスク評価手法は未成熟とされているが7,昨今,国際機関においては安全評価の確率論的なアプローチの活用について議論がなされている8。核燃料施設において確率論的リスク評価手法の成熟度を向上させるには,想定される事故シナリオ,特に重大事故に至るシーケンスや重大事故時の事象進展などの不確かさを低減することが重要であり,その際,事故シナリオを過度に保守的となることなく定量的に構築するためのデータが必要となる。

我が国の再処理施設に関して,「使用済燃料の再処理の事業に関する規則」においては平成25年に改正された際に6種類の重大事故が初めて定義されており,そのうちの1つが蒸発乾固事象である9。蒸発乾固事象とは,高レベル濃縮廃液,プルトニウム溶液等に対する冷却機能が喪失した場合に,これらの沸騰により溶液中の水分が蒸発し,最終的には高レベル廃棄物等が乾燥・固化に至るまでの一連の現象であり,設計上定める条件より厳しい条件下においてのみ発生すると考えられている10。特に,再処理施設内の溶液状放射性物質の放射能インベントリの大半は高レベル濃縮廃液貯槽に存在する11ことから,高レベル濃縮廃液貯槽内での蒸発乾固時の事象進展と放射性物質の移行挙動を関連付けて解明することが重要である。

本報告では,リスク評価の実施に必要となる蒸発乾固時の事象進展およびそれに伴う放射性物質の移行挙動の観点から関連する文献を分析・整理した結果を概説する。

II. 再処理施設の蒸発乾固を対象とした研究の経緯

1F事故が発生する以前は,再処理施設の重大事故は定義されていなかった。また,蒸発乾固事象に特化した研究は少なかった12,13。リスク評価に当たっては,冷却機能の喪失を想定した際に,高レベル濃縮廃液が非沸騰段階から沸騰段階に至るまでを対象とした試解析が実施されていた11,14。しかしながら,リスク評価の原則は,起こり得る事故シーケンスまで想定した上で,可能な限り体系的かつ網羅的にシナリオを分析することである15。そこで,(国研)日本原子力研究開発機構の安全研究センター(以下「JAEA」という。),日本原燃㈱および旧独立行政法人原子力安全基盤機構の3者は,協定を締結してその枠組みの中で,沸騰段階後の事象進展を対象とした研究(以下「協定研究」という。)を実施して基礎的なデータを取得した16。さらに,原子力規制庁技術基盤グループは,JAEAに委託して,蒸発乾固事故時に想定されるNOx等を含む様々な気相条件等に拡大した試験・解析データの取得(以下「委託試験」という。)を行った1721。さらに,フランスの放射線防護・原子力安全研究所においては蒸発乾固時のルテニウム(Ru)の移行挙動に関する試験研究が行われており,最近では特に日本で実施された上述の研究で得られた知見を参照しつつ蒸発乾固事象の整理や今後の研究方針の検討が行われている22。本報告では,主に上述の協定研究および委託試験で得られた成果を軸に文献を参照しつつ蒸発乾固時の事象進展を整理した。各々の試験結果および解析結果の詳細については,各参考文献を参照されたい。

III. 蒸発乾固で想定される事象進展の概要

蒸発乾固の事象進展を整理するに当たって,既往の研究成果16,23を踏まえ,本報告では,溶液・物質の状態・温度上昇速度の観点から同事象進展を「沸騰初期段階」,「沸騰晩期段階」,「乾固段階」および「乾固後の温度上昇段階」という4つの段階に大別した。その際,廃液中の1成分であるRuに着目した。これは,蒸発乾固事象で想定される放射性物質の放出のうち,Ruは,揮発性を有する化学形を取り得る(あるいは取る)ため,廃液温度の上昇(すなわち事象進展)に伴い急激に液位より上の連続気相に移行(以下「気相移行」という。)することが報告されており,共存する他の放射性物質よりも気相移行割合が大きくなる傾向があるためである(Fig. 116

Fig. 1

Transients of cumulative release ratios of FPs16)

本報告における各段階の定義は次のとおり。各段階の温度範囲は各々引用した文献を参照し設定した。

沸騰初期段階     高レベル濃縮廃液の沸騰が始まり水分が蒸発し徐々に濃縮する。沸騰温度は濃縮に伴い上昇し硝酸水溶液の共沸点に至る(温度域:104~120 °C)24。Ruは急激な気相移行が開始する前である。

沸騰晩期段階     高レベル濃縮廃液の主な溶媒である水および硝酸の蒸発が進みほとんど消失して乾固物が形成する(温度域:120~170 °C)24,25。Ruは揮発することにより急激な気相移行が開始する。

乾固段階       廃液から自由水や自由硝酸がすべて蒸発し,水蒸気の発生がおおむね終息する25,26(温度域:170~水蒸気の発生が終息すると考えられる270 °Cまたは300 °C)。気体状Ruの気相移行がおおむね終了する。

乾固後の温度上昇段階 気体状Ruの気相移行がおおむね終了してから準揮発性物質のCsなどの気相移行が想定される(温度域:270 °Cまたは300 °C~)25,26

各段階の詳細はIII章1~4節で述べる。また,Table 1に,主にRuの移行が生じる段階である「沸騰初期段階」から「乾固段階」を対象に,Ruの気相への移行機構,気相中から液相等への移行機構等を取りまとめた。なお,各段階における放射性物質の移行挙動を整理する際には,「廃液または乾固物から気相への物質の移行挙動」および「気相中における移行経路での物質の挙動」に着目している。

Table 1 Overview of Ru migration behaviors in stages
  Early boiling stage Late boiling stage Drying stage
Temperature of HLLW 104 °C to 120 °C 120 °C to 170 °C 170 °C to 270 °C (or 300 °C)
Gaseous components in continuous gas phase Air, H2O, HNO3 Air, H2O, HNO3, NO2, NO Air, NO2, NO
Main mechanism of Ru migration to continuous gas phase Entrainment Formation of gaseous Ru (RuO4) Formation of gaseous Ru (RuO4)
Main form of Ru in gas phase Aerosol Gaseous Ru Gaseous Ru
Ru collection mechanism ・Aerosol collection via vapor condensation
・Aerosol collection by HEPA filter
・Absorption of gaseous Ru into condensate
・Thermal decomposition (approximately 120 °C or higher)
・Aerosol collection by HEPA filter
・Thermal decomposition (approximately 170 °C or higher)
・Aerosol collection by HEPA filter
Behavior of gaseous Ru Stabilized by HNO3 and NOx Stabilized by NOx
Data required for understanding Ru behavior ・Entrainment rate
・Inhibitory effect of nitrous acid on generation of volatile Ru
・Nitrous acid concentration in HLLW
Formation and release ratio of gaseous Ru ・Release ratio of gaseous Ru
・Kinetics of thermal decomposition of Ru nitrosyl nitrate

1. 沸騰初期段階の特徴

(1) 気相への物質の移行挙動

この段階では,沸騰液面での気泡の破裂による液滴の増加および水蒸気の大量発生により,放射性物質を溶存する液滴が生成され,蒸気流に同伴し上段へ運ばれる(以下「飛まつ同伴」という。)ことによる放射性物質の気相移行が生じる。

飛まつ同伴について,協定研究において,高レベル濃縮廃液の成分および組成を非放射性の成分により代替した,模擬の高レベル濃縮廃液(以下「模擬廃液」あるいは「s-HLLW」という。)を用い,ビーカー規模での加熱試験を実施した。Fig. 2に,本試験で得られたセシウム(Cs)およびネオジム(Nd)の気相移行割合(模擬廃液試料容器出口より下流で回収された元素量/蒸発した模擬廃液中の元素量)を示す。CsおよびNdの気相移行割合は約4 × 10−5 [−]であった。この実験では,電気炉の加熱出力を変化させることにより,蒸気流速を制御しながら,模擬廃液を120 °Cまで加熱した。

Fig. 2

Cumulative release ratios of Cs and Nd at early boiling stage of s-HLLW16)

一方,実施設の容器寸法を考慮した工学規模の試験装置を用いて,模擬廃液を250 °Cまで加熱した試験16では,CsおよびNdの気相移行割合は約1.5 × 10−5 [−]であった。前述の試験よりも高温の領域まで加熱しているにも関わらず工学規模の試験の方がビーカー規模の試験よりも気相移行割合が低くなった要因として,試験スケールの影響が考えられている。工学規模の試験装置は,模擬廃液試料容器の高さが2 mあることから,水蒸気に同伴したエアロゾルのうち,容器出口に至るまでの空間で粒径の大きいエアロゾルが落下した影響が生じていると考察されている。なお,一般に沸騰で生じる飛まつ同伴による放射性物質の移行量は蒸気発生量(蒸気発生速度×継続時間)に比例する27。そのため,重大事故等対策により沸騰事象が終息(未沸騰状態へ遷移)または長期的に継続する場合には,蒸気発生量に応じて放射性物質の気相移行量が変化するものと考えられている。

気体状Ruは,廃液中にニトロシルルテニウム(RuIII(NO))として存在する3価のRuが硝酸に酸化され,8価の四酸化ルテニウム(RuO4)が生成し,揮発することにより発生するものと考えられている16)。このため,この段階においても気体状Ruが発生する可能性がある。Ruの気相移行は,協定研究において,実廃液を加熱した試験の方が模擬廃液を加熱した試験に比べて抑制されるデータが得られている(Fig. 1)。この原因として,硝酸の放射線分解により生成する廃液中の亜硝酸の影響が考えられている。亜硝酸は還元剤として気体状Ruの生成反応に作用し,抑制していると考察されている12

亜硝酸の効果を確認するために,委託試験20において,亜硝酸濃度を一定に制御した模擬廃液の加熱試験を実施した(Fig. 3)。ここで,図中のFilterおよびCollected solutionへの移行割合とは,それぞれエアロゾル状および気体状としての気相移行割合(気相に移行し回収されたRuおよびCs元素量/模擬廃液中の元素量)を表している。廃液中の亜硝酸濃度が高いほど気体状Ruの気相移行は抑制され,ある一定濃度以上(本試験の場合は0.04 mol/L)では気体状Ruとしての気相移行はほとんど生じないことを示唆する結果が得られている。本結果を踏まえ,実廃液における沸騰初期段階では,亜硝酸による気体状Ruの気相移行抑制があるものと考えられている28

Fig. 3

Effect of concentration of nitrite ion on release behaviors of Ru and Cs20)

(2) 気相中における移行経路での物質の挙動

飛まつ同伴により気相移行したエアロゾルの移行経路での挙動を想定した場合,留意すべき現象として,蒸気凝縮に伴うエアロゾルの凝縮液への移行(水蒸気凝縮時にエアロゾルも凝縮液に同伴される現象)と,経路中に設置されているHigh Efficiency Particulate Air(HEPA)フィルタによる捕集が考えられる。凝縮液への溶解については,原子力発電所を対象に開発された熱流動解析コードであるMELCOR29やMAAP30コードを応用して評価することが可能である31。これらのコードは,一点集中定数型近似モデルと呼ばれる,解析対象を体積要素に分割し,それらを接合部で結合することで,質量およびエネルギー保存則に基づき領域内の1次元熱流動を評価する方法を用いている。この方法は熱流動の解析法として汎用性があり,文献31)では再処理施設内の熱流動解析に適用している。HEPAフィルタによる捕集効率(フィルタで捕集した質量/上流から流した質量)については,粒径に依存するが0.1~0.2 µmが最も捕集し難いとされ32,JIS規格では定格流量で粒径が0.15 µmの粒子に対して99.97%以上をもつと定義される33。ただし,蒸気によるフィルタの性能低下の可能性がある場合には,その影響を考慮する必要がある14

2. 沸騰晩期段階の特徴

(1) 気相への物質の移行挙動

廃液が沸騰初期段階からさらに温度上昇すると,Ruが急激に気相に移行し始める沸騰晩期段階に至る。この段階では前節で述べた亜硝酸による放出抑制が作用せず,RuIII(NO)が硝酸に酸化されることでRuO4が生成する34,35

Philippeらによる照射済MOX燃料から得た高レベル濃縮廃液の加熱試験23によると,廃液温度約104 °Cから沸騰が開始される。その後,約120 °CからRuが急激に気相に移行し始め,約160 °Cに至るまでに約12%のRuが移行する結果が報告されている。協定研究についてもふげん燃料の再処理実廃液を用いた加熱試験において同様の傾向が観測されている(Fig. 4)。

Fig. 4

Transients of cumulative release ratios of FPs in heating experiment of HLLW16)

この段階ではまだ廃液中の自由水や自由硝酸が残存しており,放射性物質の飛まつ同伴による気相移行は沸騰初期段階から継続しているものの,Ruの気相移行割合(約10–1[–])は,Cs,Nd等の飛まつ同伴による気相移行割合(約10–4[–])に比べて3桁ほど大きい。

(2) 気相中における移行経路での物質の挙動

気相中に移行した気体状RuをRuO4と想定し,経路中でのRuO4の移行挙動を確認するための試験は数多く実施されており,RuO4は気相中の温度や成分に応じて,①還元(経路表面へ沈着またはエアロゾルとして気相中を移行),②蒸気の凝縮に伴う凝縮液への吸収および③上記①および②の反応が生じずに気体状を維持した状態のまま移行という3種類の挙動を示すことが想定されている1621,24,25,3638

沸騰晩期段階では,気相中の成分として水蒸気,硝酸蒸気,二酸化窒素(NO2)および一酸化窒素(NO)が考えられる。委託試験において,RuO4に対して,気相中の気体組成および気相温度をパラメータとして種々の試験を行い,①~③の挙動について確認した。

①の還元に関しては,委託試験21において流通式の反応器(Fig. 5)を用いて水蒸気を共存ガスとした場合のエアロゾルの生成挙動を評価した。本試験で実施した温度と水蒸気量の範囲内では,温度が高く,かつ水蒸気量が多いほど,エアロゾル生成率が高くなる結果が得られている(Fig. 6)。この試験結果では,RuO4がエアロゾル化した場合,その大半はフィルタで捕集されることから,フィルタ中のRuの割合が高いほどエアロゾル化していることを意味する。Munらの試験39でも,RuO4の還元は水分の存在によって促進されることが報告されており,この試験結果と矛盾しない。このエアロゾル化したRuの化学形は,本試験条件下では未確認であるが,軽水炉のシビアアクシデント研究ではRuO2等が検出されていること,化学的挙動からRuO2あるいはその水和物と推察できる。試験で得られたRu検体のXPS分析等を実施することで組成に関する知見が得られるものと期待されている。

Fig. 5

Schematic diagram of distribution reactor experimental apparatus21)

Fig. 6

Ratios of collected Ru aerosols in filter as function of H2O equivalent depending on experiment temperature21)

また,気相中の硝酸蒸気,NO2およびNOがRuO4の化学形を維持(RuO2への分解を阻害しRuO4のまま残存)する効果を示唆する結果が得られている(Fig. 7Fig. 8およびFig. 920Fig. 7は硝酸蒸気の量を,Fig. 8はNO2の量を,Fig. 9はNOの量をパラメータにした試験結果である。いずれも各物質のRuに対する化学当量が増加するほど気相中のRuO4の残存率が高くなり,その影響力は硝酸,NO2,NOの順に大きいことがわかる。NOに関しては,実事象での影響は微弱なものであるとの考察がなされている40,41

Fig. 7

Effect of HNO3 addition on residual ratio of RuO4 (Ru/H2O = 1/500, 120 °C)20)

Fig. 8

Effect of NO2 addition on residual ratio of RuO4 (Ru/HNO3/H2O = 1/0.1/500, 120 °C)20)

Fig. 9

Effect of NO addition on residual ratio of RuO4 (Ru/HNO3/H2O/NO2 = 1/0.1/500/7.5, 120 °C)20)

②の蒸気の凝縮に伴うRuの凝縮液への移行に関しては,硝酸含有水蒸気中のNO2濃度が高いほど,蒸気凝縮時にRuO4の凝縮液への吸収が促進される結果が得られている。気相中のNO2の添加の有無によるRuの凝縮挙動をFig. 10およびFig. 11に示す19。これらの図を比較すると,NO2を添加した場合にはRuO4の凝縮液への吸収割合が大きく増加する結果が読み取れる。また,濡壁塔を用いた試験20では,溶液の硝酸濃度および亜硝酸濃度が高いほど,RuO4の溶液への吸収が促進される結果が得られている(Fig. 12)。これまでの研究結果は,硝酸ニトロシルルテニウムが,下記(1)または(2)式により硝酸蒸気またはNO2から亜硝酸が生成し,(3)式によりRuO4と亜硝酸が反応することにより,凝縮液に吸収されることを示唆している21。そのため,RuO4の溶液への吸収が促進される理由として,NO2が凝縮液に吸収されて発生する亜硝酸が大きく影響することが推定されている。また,蒸気凝縮に伴う気相中のRu移行挙動に関わる試験データの解析的整理が実施されている42。   

\begin{equation} 4\text{HNO}_{3} \to 4\text{NO}_{2} + 2\text{H$_{2}$O} + \text{O}_{2} \end{equation} (1)
  
\begin{equation} 2\text{NO}_{2} + \text{H$_{2}$O} \to \text{HNO}_{3} + \text{HNO}_{2} \end{equation} (2)
  
\begin{equation} \text{RuO}_{4} + 4\text{HNO}_{2} \to \text{Ru(NO)(NO$_{3}$)}_{3} + \text{2H$_{2}$O} \end{equation} (3)

Fig. 10

Distributions of ratios of Ru collected in reaction pipes (NO2 not added)19)

Fig. 11

Distributions of ratios of Ru collected in reaction pipes (no NO2 added)19)

Fig. 12

Comparisons between RuO4 gas absorption rates in different absorbents20)

RuO4が気体状のまま移行する③の挙動は,①および②の挙動に応じて生じる。沸騰晩期段階では,②の挙動により,経路中内で蒸気凝縮が生じることで,施設外へのRuO4の移行量は大きく低減するものと考えられる。仮に蒸気凝縮が生じない場合,①の挙動により,水蒸気によるエアロゾル化の効果(フィルタによる捕集が可能)と,それに相反する硝酸蒸気やNO2による気体状RuO4の維持効果の競合が生じる。その結果,条件によっては一定量のRuが,RuO4の化学形のままフィルタに到達し,フィルタで捕集されずに施設外へ移行する可能性があることに留意する必要がある。

3. 乾固段階の特徴

(1) 気相への物質の移行挙動

沸騰晩期段階からさらに事象が進展すると,廃液から自由水や自由硝酸がすべて蒸発し,乾固物が形成される。この段階以降では,一部の結晶水が放出される可能性があるものの,水蒸気はおおむね発生しなくなる。一方,硝酸塩の熱分解に伴う窒素酸化物(NOx)が発生することになる43。温度条件に加えて,この気相組成が沸騰晩期段階との大きな違いである。

田代らによる模擬廃液の加熱試験25において,Ruの気相への移行挙動は,沸騰晩期段階での移行の後,乾固段階で再び増加し約240 °Cで極大を示し,約300 °C付近で移行が終息すると報告されている。乾固段階におけるRuの移行は,乾固物中でRu硝酸塩の熱分解によってRuO4のような揮発性Ru化学種が生成し,NOXに同伴することで移行されたものと考察されている。

(2) 気相中における移行経路での物質の挙動

揮発したRuO4の経路中における移行挙動のメカニズムは,前節の説明と同様である。しかしながら,温度条件や気相組成が沸騰晩期段階とは大きく異なっており,それに伴う物質移動にも違いがある。例えば蒸気凝縮について,田代らの試験25では170 ~270 °Cでは凝縮液が分取されず,Amanoらの試験26では200 °C程度までは少量の凝縮液が分取されているにすぎない。この観測結果から,乾固段階においては蒸気凝縮がほとんど発生しないと考えられる。そのため,RuO4の移行挙動については,凝縮液への移行ではなく,気相中での分解挙動が重要となる。

Munらによる報告39では,200 °C程度におけるRuO4からRuO2への熱分解は迅速に進行するが,前節で示したとおり,NOXにはRuO4を保持する効果があることから,これらの反応が競合することが考えられる。しかしながら,これらの反応を総合的に考慮した試験はこれまでに実施されておらず,本報告では,Ruの移行経路での挙動を解明するための課題の1つであると考える。

4. 乾固後の温度上昇段階の特徴

乾固段階後も崩壊熱により乾固物の温度が上昇した場合,Ru以外の化合物の揮発について考慮する必要が生じる。協定研究において,高レベル濃縮廃液に含まれる各元素化合物を用いて,示差熱-熱重量測定を行った加熱した熱分解データが取得されている。これによると揮発した物質としてCs,TeおよびMoが挙げられており,特にCsは高レベル濃縮廃液中における放射能インベントリも高いことから,リスクを評価するに当たって着目すべき放射性物質である。廃液中のCsは主に硝酸塩(CsNO3)の形態で存在していると考えられており,CsNO3粉末の加熱試験によれば約800 °CまでにCsの全量が揮発することを報告している。このときの揮発したCsの化学形としては反応終了質量からCs2Oと推定されており,軽水炉のシビアアクシデント時のソースタームとして主に仮定されるヨウ化セシウム(CsI)や水酸化セシウム(CsOH)と化学形が異なる。Cs2Oは経路移行中での温度低下に伴い,エアロゾル化することが想定されるが,十分な試験データはまだ取得できていない。また,エアロゾル化した場合は,その粒径によりフィルタにおける捕集効率が変化する。これらのことから,この段階におけるCsの移行挙動の解明は課題の1つであると考える。

また,この段階におけるもう1つの着目点として,乾固物の温度上昇挙動が挙げられる。そこで,委託試験21において,乾固物の熱伝導率,密度等の物性値を取得し温度挙動の試解析を実施した。その結果の一例をFig. 13に示す。本試解析に用いた乾固物の寸法は,内径7 mの貯槽に保管されている廃液120 m3が乾固したと仮定(すなわち直径7 mの円筒形状と仮定)し,150 °Cにおける乾固物の密度を使用して計算し高さを0.26 mに設定した。鉛直方向,径方向ともに中心が最高温度となり,上面,底面または側面に近づくほど温度が低下する結果が得られている。本試解析は,保守的な仮定に基づくもので,より現実的な条件に基づく温度上昇評価も検討する必要があると考えている。

Fig. 13

Numerical results of temperature distribution in dried HLLW21)

IV. 結論と課題

再処理施設の蒸発乾固事象を対象としたリスク評価手法の成熟度の向上に資するため,リスク評価の実施に必要となる事象進展およびそれに伴う放射性物質の移行挙動の観点から事象進展を4段階に大別し,それぞれの段階における放射性物質の移行挙動を整理した。結論と課題は以下のとおり。

1. 結論

  • ・    沸騰初期段階では飛まつ同伴による放射性物質の気相移行が支配的であり,気相移行後は,凝縮液への溶解やフィルタによる捕集により施設外への放射性物質の移行を抑制することが可能である。また,亜硝酸の効果により,この段階における気体状Ruの気相移行は抑制される。
  • ・    沸騰晩期段階ではRuO4と考えられる気体状Ruの気相移行が急激に増加する。飛まつ同伴によるエアロゾルの気相移行も継続しているものの,RuO4の気相移行割合は飛まつ同伴による気相移行割合に比べて3桁ほど大きくなる。RuO4は気相中における還元(経路表面への沈着反応またはHEPAフィルタによる捕集)または凝縮液への移行により施設外への移行を抑制することが可能である。ただし,気相雰囲気や温度に応じて各現象の程度が異なることに留意する必要がある。
  • ・    乾固段階ではRuO4の気相移行がいったん減少するものの温度の上昇に伴い再び気相移行が増加する。沸騰晩期段階とは異なり,気相中の蒸気量はわずかであるため,凝縮に伴う凝縮液への吸収には期待できない。この温度領域では,RuO4からRuO2への迅速な熱分解が期待できる。
  • ・    乾固後の温度上昇段階ではRuO4の気相移行は終了する。しかしながら,それ以外の元素の揮発に伴う気相移行が懸念される。

2. 課題

  • ・    乾固段階では,RuO4は,RuO2への熱分解が迅速に進行するが,NOXによる保持する効果も想定されることから,これらの反応が競合した場合のRuO4の分解挙動について検討を進めていく必要がある。
  • ・    乾固後の温度上昇段階ではRu以外の元素の揮発に伴う気相移行が懸念される。特に,インベントリの観点から着目すべき元素としてCsが考えられる。CsNO3粉末の加熱試験によれば,このときの揮発したCsの化学形としてはCs2Oが推定されており,軽水炉のシビアアクシデント時のソースタームとして主に仮定されるCsIやCsOHと化学形が異なる。Cs2Oは経路移行中での温度低下に伴い,エアロゾル化することが想定されるが,十分な試験データはまだ取得できていない。乾固物の温度挙動に関する試解析結果は,保守的な仮定に基づくもので,より現実的な条件下における評価の検討を進めていく必要がある。

以上の課題を踏まえ,今後は「乾固段階」および「乾固後の温度上昇段階」の課題を解明するための試験および解析検討を実施し,その結果を踏まえて事象進展の精緻化を進めていく予定である。

References
 
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