2023 Volume 22 Issue 1 Pages 1-11
Thermodynamic calculation of volatile radionuclides such as Cs, I and Te in a cladding failure accident of a sodium-cooled fast reactor has been conducted for the evaluation of an in-vessel source term. Important chemical reactions and chemical forms such as Cs, Cs2, Te, CsI, Cs2I2, Cs2Te, CsNa, NaI, Na2I2, Cs2Te, Na2Te, AgTe and Cs2MoO4 were suggested by the results of interaction among fuel, fission products, a cladding tube and Na coolant at high reduction rates inside the fast reactor vessel. As the cladding failure accident proceeds, it was confirmed that 15% and 60% of Cs was in gas phase at 1,155 K and 5.7 MPa and at 1,670 K and 10.5 MPa, respectively. 58% and 66% of Cs was in the gas phase at 1,155 K and 1,670 K at 0.1 MPa owing to cladding failure. Under Na mixing conditions, almost 100% of Cs became gas. Furthermore, we confirmed the same behavior as in light water reactors, that is, the release of Cs is suppressed at high pressures, but we observed that Cs rarely oxidizes and that the amount of Cs released increases with Na mixing in the fast reactor.
高速増殖原型炉もんじゅの設置許可申請書1)における仮想事故評価では,技術的には起こるとは考えられない事象および重大事故として取り上げた事象等を踏まえて,より多くの放射性物質の放出量を仮想して評価が行われた。原子炉格納容器床上雰囲気中に放出される核分裂生成物およびプルトニウムの量は炉内存在量に対して,希ガスは100%,よう素は10%,プルトニウム1%の割合を決め,放出されたよう素のうち90%はエアロゾルの形態,残りの10%はエアロゾルの形態を取らないものと仮定された。一方,2011年,東京電力福島第一原子力発電所事故(福島事故)を受けて,シビアアクシデント時の原子炉施設から飛散するCs,I,Teの化合物等の放射性物質が注目されることとなった。Teについては,燃料からの放出過程でSnTeが放出されることが報告されている2)。
シビアアクシデント研究や確率論的リスク評価の研究は,1979年にアメリカのスリーマイル島原子力発電所で起きた燃料溶融事故(TMI–2事故)以後に加速され,特に燃料損傷および核分裂生成物のソースターム研究は大規模で総合的な実験と燃料損傷・放射性物質の移行割合の特性を調べる要素実験が進められた。ソースタームとは,放射性物質の放出量や化学形態・形状等を指す。NUREG-0772(1981年)のデータでは,軽水炉燃料からの核分裂生成物の放出速度が推定され,放出速度が高いものにはXe,Kr,I,Cs,Te,Agがある3)。そして,放射性物質の揮発性を特徴付ける蒸気圧や融点・沸点等の温度領域,酸化や他の放射性物質との化合物の形成しやすさ等の物理・化学的性質でグループに分類して研究が行われてきた4~6)。Table 1はTMI–2事故以降のソースターム研究7~13)に関する主な実験プロジェクトである。大規模実験プロジェクトとして,Power Burst Facility(PBF)を使ったUSNRC Program of Sever Fuel Damage and Fission Product Source Term Research(SFD),Annular Core Research Reactor(ACRR)を使ったDegraded Fuel and Relocation(DFR),Phebus–FPでは実際に原子炉を使った総合実験が実施され,シビアアクシデント時の燃料損傷と放射性物質の放出移行,格納容器の放射性物質閉じ込め機能健全性等の総合的な実験データが取得された。さらに実験と並行して,ソースタームを予測する総合解析コードMAAP,MELCOR,THALES–2,VICTORIA等が開発10)され,その有効性や信頼性について検証解析が進められてきた。特にMELCORコードは,福島事故における原子炉施設の過渡応答やソースターム解析に使われ,事故進展の把握や事故現象の原因究明,ソースタームの定量評価等に活用されている14)。福島事故後の改正炉規法における実用発電用原子炉設置許可基準規則,解釈内規15)第37条2–3(c)には「放射性物質による環境への汚染の視点も含め,環境への影響をできるだけ小さく留めるものであること」を確認するため,想定する格納容器破損モードに対して137Csの放出量が100 TBqを下回っていることを確認するとされており,規制要件の1つとして考慮されている。
Project | PBF –SFD |
ACRR –DF |
Phebus –FP |
HI/VI | VEGA |
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Country | U. S. | U. S. | France | U. S. | Japan |
Experiment | Large–scale integrated experiment (Reactor) |
Individual experiment |
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Results | - Release behavior of radioactive materials - Release rates of volatile radionuclides with fuel temperature - Relation of Cs release rates with fuel conditions |
しかしながら,これらの研究の多くは軽水炉を対象としたものであり,Na冷却高速炉(高速炉)特有の事故現象としてNa燃焼16~18)やNa–コンクリート反応19,20)等を対象とした研究が多いものの,Na冷却材を含むソースターム研究21~25)はいまだ現象の解明も十分とはいい難い。高速炉では実用発電用原子炉としての規制要件を課せられていないが,高速炉においても,従来の仮想事故評価で考慮している希ガス,I,Puに加え,揮発性放射性核種のCs,Te化合物の検討を進めることは重要と考えられる。
本研究では,高速炉の冷却材が極めて還元性の高いNaであることを踏まえて,燃料・放射性物質と冷却材間で起こり得る化学反応および化学形態を熱力学計算により検討し,高速炉の炉内ソースタームにおいて,仮定した温度領域で重要となる化学種を抽出し,事象進展の被覆管破損で放出する際の化学形態ならびに重要となる化学反応を明らかにする。
高速炉のシビアアクシデントでは原子炉容器内で溶融炉心の冷却を継続し,溶融炉心を原子炉容器内に保持すること(IVR:In-Vessel Retention)が重要な課題である。高速炉の確率論的評価で対象となる事象26~30)は,ATWS事象(Anticipated Transients Without Scram)とLOHRS事象(Loss Of Heat Removal System)に大別される。ATWS事象はULOF(Unprotected Loss Of Flow),UTOP(Unprotected Transient Over Power),ULOHS(Unprotected Loss Of Heat Sink)から,LOHRS事象はLORL(Loss Of Reactor Level),PLOHS(Protected Loss Of Heat Sink)からそれぞれ構成される。LOHRS事象は,ATWS事象と比較して事象進展が緩慢で,メンテナンス冷却系等による追加的な除熱機能の対策をすることで炉心損傷頻度を低減できる。また,ATWS事象のうち,UTOP,ULOHSは事象の発生から炉心損傷に至るまでの時間余裕が大きく,その間に炉停止機能(独立したトリップ遮断機の追加など)を施すことで炉心損傷頻度を低減できる。一方,ULOFの事象が発生すると,時間余裕が小さく炉心損傷対策が限られるため,炉心損傷頻度を低減することが困難である。
ULOFの事象進展は,「起因過程」,「遷移過程」,「炉心膨張過程」,および「再配置/冷却過程」に分類される。例えば,ULOFの事象推移は,外部電源喪失等により,1次主冷却系ポンプが停止するものの制御棒挿入に失敗し,燃料の除熱能力に対して過出力状態となるため,出力流量比の高い集合体から燃料温度が上昇して,被覆管破損・燃料/核分裂生成物の分散が起きる現象である31)。ULOFの事象推移評価は,鈴木らによって実施された高速増殖原型炉のIVR成立性の評価28)やCRBRのIVR成立性の評価32)がある。「起因過程」では,有意な燃焼度をもつ燃料(核分裂生成物を含む)の温度が上昇し,集合体規模で燃料ピン破損が起きる。「遷移過程」では全炉心規模で炉心溶融が拡大し,「炉心膨張過程」では熱エネルギーが機械的エネルギーに変換される。「再配置/冷却過程」では炉心領域の溶融燃料が下部プレナム領域へ移行した後,崩壊熱が冷却材によって除去される。
高速炉の「起因過程」において,被覆管破損するときの燃料の出力と物質移動の時間変化の概要をFig. 1に示し,Fig. 2に本研究の熱力学計算による評価対象を示す。本研究では,MOX燃料の被覆管破損前後において一連の発生する状態を平衡計算し,熱力学的に安定な化学状態の確認を行った。被覆管破損前の燃料内での燃料–核分裂生成物の反応挙動(Case 1),被覆管内での燃料–核分裂生成物–被覆管の反応挙動(Case 2),被覆管破損後のNaとの接触前での燃料–核分裂生成物–被覆管の反応挙動(Case 3),Naとの接触後での燃料–核分裂生成物–被覆管–Naの反応挙動(Case 4)である。Case 1,2では被覆管との反応がわかるよう区別して計算し,Case 3,4ではNaとの反応がわかるよう区別して計算を行った。
Outline for transients of core fuel power and material motion during cladding failure accident26)
Target range of Case 1~4 for thermaldynamic calculation37)
本研究で使用した熱力学計算は,汎用統合型熱力学平衡計算ソフトウェア33)「Thermo–Calc 2021a」を用いた。データベースは5,746種の化合物データを含むデータベース「SSUB6(SGTE Substances Database version6)」を用いた34)。データベースSSUBは軽水炉のソースタームにおいて熱力学評価で用いられた実績がある35,36)。
Tables 2,3に本研究の熱力学計算で使用したCase 1~4の初期計算条件・方法を示す。熱力学計算は,Table 3で示した対象元素に初期物質量を与えて,Table 2で示した温度範囲内での安定化合物を計算した。Case 1では,燃料ピン1本を対象とし,炉心燃料の物質量を初期計算条件として与えた。核分裂生成物を含む燃料組成は,現実的な高燃焼度炉心を対象とするために,米国CRBR(Clinch River Breeder Reactor)の高燃焼度炉心(74.2 MWd/kg)に対するORIGENコードの解析結果37)を使用した。Case 2と3では,著しい燃料損傷は軸方向の伝熱や機械的応力に依存して発生するため,1本の燃料ピンと同じ炉心燃料高さまでの被覆管に相当する量を初期計算条件として与えた。Case 4では,被覆管破損後の燃料–核分裂生成物–被覆管–Naの反応挙動を対象とした。反応するNa量は燃料破損の進展状況によって変わるが,Naとの化学反応に着目するためNa量が反応で不足しない量として,原子炉容器内の炉心燃料の高さに相当するNa量を燃料ピンの本数で除した量を与えた。ただし,高速炉プラントの1次系Naは3 ppm以下の酸素濃度に管理されている38)ので,本研究ではNa中の酸素は考慮せず,燃料や被覆管に含まれる酸素のみを初期計算条件に与えた。
Fuel | FP | Cladding | Sodium | Temperature | Model | |
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Case 1 | ○ | ○ | — | — | 700~3,100 K | Helmholtz free energy, V = 25 cm3 |
Case 2 | ○ | ○ | ○ | — | 700~2,100 K | ↑ |
Case 3 | ○ | ○ | ○ | — | 700~2,100 K | Gibbs free energy, P = 0.1 MPa |
Case 4 | ○ | ○ | ○ | ○ | 700~1,900 K | ↑ |
unit:mol | |||||
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Case | Case 1 | Case 2 | Case 3 | Case 4 | |
Model | Helmholtz free energy, V = 25 cm3 |
Gibbs free energy, P = 0.1 MPa |
|||
Fission products |
Xe | 1.18E−02 | ← | 0 | 0 |
Kr | 9.81E−04 | ← | 0 | 0 | |
I | 1.01E−03 | ← | ← | ← | |
Cs | 1.01E−02 | ← | ← | ← | |
Te | 1.68E−03 | ← | ← | ← | |
Ag | 7.83E−04 | ← | ← | ← | |
Mo | 1.29E−02 | ← | ← | ← | |
Ru | 1.16E−02 | ← | ← | ← | |
Rh | 2.87E−03 | ← | ← | ← | |
Pd | 6.44E−03 | ← | ← | ← | |
SrO | 1.97E−03 | ← | ← | ← | |
BaO | 3.40E−03 | ← | ← | ← | |
NbO2 | 2.33E−04 | ← | ← | ← | |
ZrO2 | 9.75E−03 | ← | ← | ← | |
La2O3 | 1.46E−03 | ← | ← | ← | |
Pr2O3 | 1.29E−03 | ← | ← | ← | |
Ce2O3 | 3.18E−03 | ← | ← | ← | |
Fuel | PuO2 | 1.92E−01 | ← | ← | ← |
UO2 | 4.35E−01 | ← | ← | ← | |
Plenum gas | He | 1.02E−03 | ← | 0 | 0 |
Cladding | Fe | 0 | 5.95E−01 | ← | ← |
Cr | 0 | 1.66E−01 | ← | ← | |
Ni | 0 | 8.20E−02 | ← | ← | |
Mo | 0 | 1.20E−02 | ← | ← | |
Coolant | Na | 0 | 0 | 0 | 7.08E−01 |
熱力学計算の温度条件は,高速炉の通常運転時の冷却材温度が約700 K,沸点が約1,150 K,燃料の溶融温度が約3,100 K(UO2の融点),1,150 Kと3,100 Kの中間温度である2,125 Kを参考にして,Case 1は700–3,100 K,Case 2と3は700–2,200 K,Case 4では700–1,900 Kとした。Case 4では,破損した燃料がNaと接触する場合,ドライアウト熱流束がNaに移行する可能性があるため沸点よりも750 K高い温度を設定した。圧力条件については,Case 1と2では被覆管内の閉空間での現象であるため,温度とともに圧力が上昇する。被覆管内の体積を25 cm3として与え,標準状態のときの被覆管内が1気圧になるようにHe量を与え,ヘルムホルツ自由エネルギーによる熱力学計算を行い,温度上昇で圧力の上昇が計算される。Case 3と4では被覆管破損後の原子炉内での現象を想定しているため,十分な容積があり圧力が有意に上昇しないと仮定して,大気圧一定条件でのギブス自由エネルギーによる熱力学計算を行った。ヘルムホルツ自由エネルギー(F),ギブス自由エネルギー(G)の基礎式は以下のとおりである。
\begin{equation} F(T,V,N) = U(S(T,V,N),V,N) - TS(T,V,N) \end{equation} | (1) |
\begin{equation} G(T,P,N) = H(S(T,P,N),V,N) - TS(T,P,N) \end{equation} | (2) |
ここで,従属変数T,V,P,N,U,H,Sはそれぞれ系の温度,体積,圧力,物質量,内部エネルギー,エンタルピー,エントロピーである。
Case 1と2およびCase 3と4の熱力学計算の主な結果として,希ガス(Xe,Kr),揮発性成分(Cs,I,Te),Ag,Pdの化合物のガス相の成分量をそれぞれFig. 3(a),(d)およびFig. 4(a),(d),凝縮相の成分量(液相・固相)をFig. 3(b),(e)およびFig. 4(b),(e),核燃料物質のU,Pu化合物の成分量をFig. 3(c),(f)およびFig. 4(c),(f)に示す。ここで,Fig. 3(a),(d)およびFig. 4(a),(d)において1 × 10−4 molよりも多く現れたガス相は希ガス(Xe,Kr),揮発性成分(Cs,I,Te),Ag,Pdの化合物であり,凝縮相のFig. 3(b),(e)およびFig. 4(b),(e)では,これらの成分の化合物を示し,それ以外の蒸発量の少ない成分はグラフから省いた。
Calculation results of inventories for main volatile radionuclides and fuel in Case 1~2
Calculation results of inventories for main volatile radionuclides and fuel in Case 3~4
被覆管内のペレットでは,Xe,He,Krの希ガスは温度によらず反応しない。揮発性のIはCsとCsIを形成し,1,500 K以上で液相からガス相へと相変化する。揮発性のTeはCsとCs2Teを形成するが,2,300 K以上でAgTe,Te,Te2の化学形態でガス相へと相変化する。R. G. J. Ballらは半定量的な熱力学計算により軽水炉の燃料ピン内のCsxTeyの安定な化学形態はCs2Teを提案し39),M. G. AdamsonらはCs2Teの沸点を約1,100 Kと提案した40)。SSUB6にはCs2Teの液相およびガス相は登録されていないため,本熱力学計算では2,500 Kまで固相のCs2Teが安定となってTeが固相を維持している。現実ではTeがガス相へ相変化する温度は2,500 Kよりも低くなる可能性がある。一方,1,900 K以上でCsはMoやUとCs2MoO4やCs2U2O7の凝縮相が安定となるので,1,900 K以上のCsのガス相は減少する。1,900 K以上でPuO2の還元反応が発生し,酸素ポテンシャルが高くなったことが原因と考えられる。また2,800 Kでガス相にCs2MoO4が現れる。なお,ガス相の主成分となるXe,Csの存在により,温度上昇とともに圧力が上昇していき,3,100 Kにおいて最大の17.4 MPaの結果になる。
(2) 燃料–被覆管の反応挙動(Case 2):Fig. 3(d)–(f)燃料–被覆管の反応挙動を評価するため,Case 1に被覆管成分(Fe,Cr,Ni,Mo)を含めた熱力学計算を行った。被覆管の反応挙動を比較するために,Case 2の被覆管成分Fe,Cr,Niの化合物をFig. 5に示す。Case 1と同様に希ガスは温度によらず反応せず,揮発性のIはCsIを形成し1,500 K以上でガス相へと相変化する。揮発性のTeは2,200 K以下でCs2Teを形成するためガス相へ相変化しない。一方で被覆管成分のCrはPuO2からPuO1.61の還元反応によってCr2O3を形成する。PuO2が還元されることにより,Case 1に比較して,燃料内の酸素ポテンシャルが低下するのでCs2MoO4は形成され難い。その結果,Case 1に比較して,1,900 K以上で,ガス相のCs量が多い。なお,ガス相の主成分となるXe,Csの存在により,温度上昇とともに圧力が上昇していき,2,200 Kにおいて最大の14.2 MPaの結果になる。
Calculation results for inventories of Fe, Cr and Ni compounds in Case 2
被覆管が破損することでガスプレナムに蓄積した核分裂生成物のガスは冷却材へ放出されると考えられる。Case 3はCase 2から希ガス成分を除いて,大気圧条件の熱力学計算を行った。Case 2と比較して低圧条件のため,低温でガス相に相変化しやすい条件である。
単体のCsは沸点の940 Kでガス相へと相変化した。Case 1と2と同様に揮発性のIはCsIを形成するが1,150 Kでガス相へと相変化した。揮発性のTeはCs2Teを形成するが,1,900 K以上でCs2Teは分解して,Cs,AgTe,Teがガス相に現れる。Case 3では,Case 1と2と比較してガス相へと相変化する温度が300~500 K下がる結果となった。一方で,Case 2と比較してFe,Cr,Niの化合物やU,Puの酸化物は計算結果に影響が現れなかった。Case 2でわずかに形成されていたCs2MoO4の液相は現れなかった。
(4) 原子炉内の燃料–被覆管–Naの反応挙動(Case 4):Fig. 4(d)–(f)Case 4は被覆管破損時において,燃料–被覆管–Naが均一に混合した条件での熱力学計算である。Case 3と同様に大気圧条件である。計算体系内に,Naが含まれることで,Naは940 Kの液相から沸点の1,155 Kでガス相へと相変化し,ガス相ではNaとCs,I化合物が反応する結果が得られた。
揮発性のI,Teは1,150 K以下では凝縮相にCsI,Cs2Teを形成するが,1,150 K以上でCsIの一部がNaIのガス相に,凝縮相内ではCs2Te全量がNa2Teに変わり,I,Teはそれぞれ1,150 K,1,700 Kでガス相へと相変化した。Case 3と比較して,ガス相のNaによる自由容積が増えることで,Iのガス相へと相変化する温度は1,200 Kから1,100~1,150 Kと50~100 K低くなり,Teのガス相へと相変化する温度は1,900~2,000 Kから1,700 Kと200~300 K低くなった。I,TeがCsよりNaと化合物を形成しやすいためNa沸点近傍で単体Csのガス相が多く現れる結果となった。また1,280 K以下でNa3UO4が安定となるため,PuO2は還元されてPu2O3が安定となる。1,300 K以上の高温ではU,Pu化合物はCase 3と同様の計算結果となり,Naの影響は確認されない。
2. Cs,I,Teにおける化合物中の存在割合揮発性のCs,I,Teの安定な化合物を確認するために,代表的な温度(Naの沸点:1,155 K,オーステナイトステンレス鋼の融点:1,670 K)におけるCs,I,Te中の化合物の量を比較した。Fig. 6(1–a)に1,155 K,(1–b)に1,670 KのCase 1~4のCs化合物の存在割合を示す。Cs化合物の存在割合($R_{i}^{\textit{Cs}}$)は次のように定義する。
\begin{equation} R_{i}^{\textit{Cs}} = \frac{m_{i}^{\textit{Cs}}x_{i}^{\textit{Cs}}}{M^{\textit{Cs}}} \end{equation} | (3) |
Existence ratio, RCs, RI and RTe of stable compounds at 1,155 K: (1–a), (2–a), (3–a) and at 1,670 K: (1–b), (2–b), (3–b)
ここで,iは化合物,$m_{i}^{\textit{Cs}}$はCs化合物のモル量,$x_{i}^{\textit{Cs}}$はCs化合物中のCsのモル割合,MCsは初期条件のCsモル量である。同様にして,IとTeの化合物の存在割合を$R_{i}^{I}$,$R_{i}^{\textit{Te}}$と定義する。Fig. 6(2–a)に1,155 K,(2–b)に1,670 KのCase 1~4の$R_{i}^{I}$,Fig. 6(3–a)に1,155 K,(3–b)に1,670 KのCase 1~4の$R_{i}^{\textit{Te}}$を示す。1,155 Kおよび1,670 Kの両温度において,Case 1,2,3,4と事故事象が進展し,被覆管破損により圧力が解放し,Naが加わることで揮発性Cs,Iのガス相の割合は著しく増加する。1,155 KのCase 1~2ではCs中のガス相成分は15%であったが,Case 3で58%,Case 4では100%になっている。1,670 Kではガス相の割合は高くなり,Case 1と2では59%,Case 3で66%,Case 4では100%がガス相のCsになっている。揮発性Iにおいても同様の振舞いが確認され,Case 4では1,155 K以上で100%がガス相になった。これは,III章1節で指摘したようにCase 3と4では大気圧条件になっていること,Case 4ではNaが含まれていることが主な要因と考えられる。
次に,Fig. 6をもとに揮発性のCs,I,Teの安定な化学形態を整理する。Table 4に1,155 K,Table 5に1,670 KにおけるCs,I,Teの熱力学的に安定な化学形態を整理した。Table 4と5の括弧内のgはガス相,lは液相,sは固相を意味する。1,670 Kの化学形態は1,155 Kよりも高温であるため,一部の凝縮相がガス相となるが,単体のCs,Cs2,CsI,Cs2I2,Cs2Te,CsNa,NaI,Na2I2,Cs2Te,Na2Te,AgTe,Te,Cs2MoO4が安定な化学形態となる。最も軽水炉と異なる点は,酸化物がCs2MoO4のみで,Cs2MoO4はCase 1と2の1,900 K以上で顕著になることである。高速炉は軽水炉と異なり,冷却材がNaであるため原子炉内に酸素濃度は少なく,還元されやすい雰囲気である。そのため原子炉内の酸素量は,燃料中のUやPuの酸化数によって決定され,揮発性のCs,I,Te化合物の化学形態は酸化物にならなかったと考えられる。
Case (Pressure) |
Stable composition |
---|---|
Case 1 (5.7 MPa) |
Cs(g), Cs2(g), Cs(l), CsI(l), Cs2Te(s) |
Case 2 (5.7 MPa) |
Cs(g), Cs2(g), Cs(l), CsI(l), Cs2Te(s) |
Case 3 (0.1 MPa) |
Cs(g), Cs2(g), CsI(g), Cs2I2(g), CsI(l), Cs2Te(s) |
Case 4 (0.1 MPa) |
Cs(g), CsI(g), CsNa(g), NaI(g), Na2I2(g), Na2Te(s) |
Case (Pressure) |
Stable composition |
---|---|
Case 1 (5.7 MPa) |
Cs(g), Cs2(g), CsI(g), CsI(l), Cs2I2(l), Cs2MoO4(l), Cs2Te(s) |
Case 2 (5.7 MPa) |
Cs(g), Cs2(g), CsI(g), Cs2I2(g), CsI(l), Cs2Te(s) |
Case 3 (0.1 MPa) |
Cs(g), CsI(g), Cs2I2(g), Cs2Te(s) |
Case 4 (0.1 MPa) |
Cs(g), CsI(g), CsNa(g), NaI(g), Te(g), AgTe(g), Na2Te(s) |
Table 6は本研究で得られた高速炉条件における揮発性Cs,I,Teの熱力学計算の結果とTMI–2事故後の調査,Table 1で示した大規模総合実験および要素実験をもとにした軽水炉における揮発性Cs,I,Teの知見を整理したものである7~13)。特徴的な振る舞いとともに考慮すべき化学形態を示した。
FP | Fast reactors (this study) | Chemical form | Light water reactors (Reference) | Chemical form |
---|---|---|---|---|
Cs | - Cs2MoO4 liquid reduces to gas phase at >2,600 K [Case 1]. - Cs gas amount is suppressed at 1,200 K due to high pressure [Case 1~3]. - Cs gas amount increases at 1,150 K due to Na reaction [Case 4]. - The other Cs oxide except for Cs2MoO4 is unstable [Case 1~4]. - CsNa may occur [Case 4]. |
Cs Cs2 CsI Cs2I2 Cs2Te CsNa Cs2MoO4 |
- Cs137 retains in fuel melt at <2,300 K, and the release occurs at around 2,800 K of close to a melting point of (U,Zr)O2 [TMI–2]. - Release Cs amount is suppressed under high pressure [VEGA]. - Cs aerosols at vapor atmosphere increase rather than at H2 atmosphere [HI/VI]. - CsOH reacted with SUS was measured [LOFT–FP]. |
Cs CsOH CsI Cs2Te Cs2TeO3 Cs2TeO4 Cs2MoO4 (CsBO2) |
I | - CsI gas occurs at >1,300~1,550 K without Na reaction [Case 1~3]. - CsI gas occurs at >1,150 K due to Na reaction [Case 4]. - NaI and Na2I2 may occur [Case 4]. |
CsI Cs2I2 NaI Na2I2 |
- Both aerosol and gas of I generate at reactor cooling system or containment vessel [Phebus–FP]. - The chemical form of released Cs was estimated at CsI. |
CsI I2 |
Te | - Te can’t react with Sn since there isn’t Sn at cladding tube. - AgTe and Cs2Te reduce to gas phase at >1,800 K and >2,000 K [Case 3]. - Na2Te reduces to gas phase at >1,800 K due to Na reaction [Case 4]. |
Te Cs2Te Na2Te AgTe |
- Te can react with Sn in zircaloy cladding tube. - Release rates of Te are 4~18% at 2,133~2,153 K and almost 100% at >2,573 K [VERCORS]. |
Cs2Te Cs2TeO3 Cs2TeO4 SnTe |
TMI–2事故の調査で,揮発性放射性核種は2,300 Kまで保持され,(U, Zr)O2の融点2,800 K近傍で実質的な放出が起こる。これは要素実験から,残留したCsはCs2MoO4等の酸化物で保持され,2,133~2,153 Kで30~40%,2,623 K以上で全量が放出されるためと考えられている。放出後はCsOHが検出されている。また高圧条件下でのCsの放出量は比較的低温で抑制される。この圧力効果は,PWR燃料を用いた試験で UO2の結晶粒と細孔内での拡散によるものと推測されている41)。
高速炉条件においても,Case 1と2ではCsは核分裂生成物または被覆管の成分であるMoと反応してCs2MoO4の液相を形成して,Csの放出量は抑制される。Case 1では2,600 KでCs2MoO4のガス相が現れている。さらに,高圧条件のCase 1と2は大気圧条件のCase 3と比較すると1,500 K以下でCsの放出量は抑制され,軽水炉の知見とおおよそ整合する。しかしながら,計算体系にNaを含むと1,150 K以上でガス状のCsは増大し,CsNaの化学形態でガス相が安定になる。高速炉条件では酸素ポテンシャルが低いためにCs2MoO4以外のCsOH,Cs2TeO3,Cs2TeO4等の酸化物は生成されない点が軽水炉と異なる特徴である。
(2) I軽水炉条件を模擬したPhebus–FP試験で,原子炉冷却系や原子炉格納容器内には,エアロゾル状・ガス状のIが生成されることが見い出されている。放出時のIの化学形態はCsIと推定されている。一方で,高速炉条件では,Naを含まないCase 1~3では1,300~1,550 K以上でガス状のCsIが発生し,軽水炉で想定されているIの放出する化学形態と整合する。しかしながら,計算体系にNaを含むと1,150 K以上でガス状のNaIが発生し,CsIは安定な化学形態ではなくなる。そのため,高速炉条件ではNaI,Na2I2の化学形態を考慮する必要がある。
(3) Te軽水炉条件を模擬したVERCORS試験で,Teはジルカロイ被覆管に含まれるSnと反応することが報告されている。またTeの放出は2,133~2,153 Kで約4~18%,2,573 K以上でほぼ全量が放出される結果が得られている。これは被覆管との酸化の関係が指摘されている。一方,高速炉条件では,オーステナイトステンレス鋼にSnが含まれないため被覆管との反応は考慮する必要がない。Naを含まないCase 1~3では2,000 K以上でガス状のCs2Teが生成する。高速炉のTeが放出する温度は,軽水炉よりも500 K以上低くなる可能性がある。しかしながら,計算体系にNaを含むと1,800 K以上でNa2Teがガス状となるため,Na2Teの化学形態で放出される可能性がある。軽水炉におけるTeの化学形態はCs2Te,Cs2TeO3,Cs2TeO4,SnTeであるが,高速炉条件では非酸化物のTe,Cs2Te,Na2Te,AgTeの化学形態を考慮する必要がある。
2. 高速炉での事故シナリオにおける揮発性放射性核種の化学形態Figure 1に示したULOFの起因過程に沿って,事故事象の進展と揮発性放射性核種の化学形態を議論する。初期の通常運転状態では,燃料は被覆管を介してサブクール度の高いNaにより安定に冷却されている(Fig. 1(a))。しかし起因事象の発生に伴い,被覆管近傍のNaが沸騰・ボイド化することで燃料に正の反応度が挿入され,燃料出力や出力流量比は増加する(Fig. 1(b))。その結果,燃料や被覆管の温度は急激に上昇し,被覆管の溶融や内圧に耐えられなくなることで被覆管破損する(Fig. 1(c))。被覆管(オーステナイトステンレス鋼)の融点は約1,670 Kである。被覆管破損に伴い,被覆管内に閉じ込められていた希ガスや揮発性放射性核種はNa冷却材に放出され,初めてNaと反応することになる。燃料については,被覆管破損後も温度上昇し,最終的に被覆管とともに溶融・分散する(Fig.1(d))。溶融燃料の分散によって燃料出力は急激に減少し,遷移過程へと移行する。この起因過程を解析するSAS4Aコードの計算結果42)を参照すると,ULOFの起因過程における炉心平均燃料温度は約2,700 Kまで上昇する。ただし,この炉心平均燃料温度は,核特性や物質移動に関する不確かさを加味したパラメトリック解析により2,400~2,900 Kの不確かさを含むと報告されている。
上述のULOFの事象推移・燃料の温度条件・本熱力学計算の結果を考慮すると,通常運転状態から逸脱し始め1,000 Kを超えると,被覆管内に閉じ込められている希ガス成分にはCs成分が多く含まれることが予想される(Figs. 3 Case 1~2)。さらに,高温の燃料からは,Iは1,500 K以上,Teは2,300 K以上でガス相となるため,I,Teも被覆管内の空間に移動すると考えられる。1,670 Kにおける被覆管内のCsの化学形態は,Table 5のCase 2で整理したようにCs(g),Cs2(g),CsI(g),Cs2I2(g),CsI(l),Cs2Te(s)となる可能性が高い。これらの物質が被覆管破損によって,冷却材のNaに放出すると考えられる。被覆管破損前は高圧のためCsI(l)は液相であるが,いったん被覆管破損により圧力が低下すると,多くのガス状Iが冷却材のNaに放出されると考えられる。さらにCs,I,Teは,Naと接触するとCsNa(g),NaI(g),Na2I2(g),Na2Te(s)へと反応すると考えられる。特筆すべきは,CsとNaは同じアルカリ金属であっても,CsはNaよりも蒸気圧が高いため蒸発しやすく,Na冷却材中に保持され難いと予測される点である。一方,I,TeはNa沸点以下でNa冷却材中に凝縮されて保持されやすい。このため,炉内ソースタームの評価には燃料およびその近辺の温度条件とCs,I,Te化合物の物質移動に伴うNaとの反応が重要である。またUとPuは温度変化に依存した大きな変化はみられないが,遷移過程でNaに冷却されると1,280 K以下でNa3UO4を形成し,PuO2は還元されてPu2O3となることが予測される。
本研究では,高速炉の冷却材が極めて還元性の高いNaであることを踏まえて,燃料・放射性物質と冷却材間で起こり得る化学反応および化学形態について熱力学計算を行った。以下に結果をまとめる。
(1) 熱力学計算の結果の概要高速炉は,軽水炉と異なり,冷却材がNaであるため原子炉内に酸素濃度は少なく,原子炉内の酸素量は燃料中のUやPuの酸化数によって決定される。そのため,揮発性のCs,I,Te化合物は非酸化物のCs,Cs2,CsI,Cs2I2,Cs2Te,CsNa,NaI,Na2I2,Na2Te,Te,AgTeの化学形態を考慮する必要がある。
本研究は,文部科学省のエネルギー対策特別会計委託事業による委託業務として,(国大)福井大学が実施した2013~2016年度「ナトリウム冷却高速炉における格納容器破損防止対策の有効性評価技術の開発」の成果を含む。熱力学計算およびソースターム評価の議論には,福井大学附属国際原子力工学研究所原子炉熱水力部門の渡辺 正教授に有益な議論および助言を頂いた。また高速炉の事故時評価やソースタームには日本原子力研究開発機構 高速炉サイクル研究開発センターの清野 裕技術主幹に多大な助言を頂いた。関係各位に深甚の謝意を表する。