Transactions of the Atomic Energy Society of Japan
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ISSN-L : 1347-2879
Technical Material
Studies on Networks for Monitoring Posts Based on Mesh-Type LPWA
Minoru TANIGAKIAtsunori TANAKARyo OKUMURAHisao YOSHINAGAYuto IINUMAMisao IKUTA
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2023 Volume 22 Issue 1 Pages 38-49

Details
Abstract

The possibility of data collection by a mesh-type LPWA was examined, expecting its use in radiation monitoring during complex disasters and unexpected circumstances. In this study, the Shimane Institute of Public Health and Environmental Science, located next to the Shimane Nuclear Environmental Center, was used as the base for the study. The mesh network connecting the monitoring points around Matsue City and Lake Shinji specified in the disaster prevention plan of Shimane Prefecture was flexibly deployed. As a result, stable communication and flexible network deployment were confirmed. On the basis of the results of this study, a proposal for a monitoring scheme using a mesh-type LPWA is introduced.

I. 緒言

東京電力福島第一原子力発電所事故は我が国がこれまで経験したことのない大規模な原子力災害であるだけでなく,東日本大震災の地震や津波が同時に発生した複合災害であることが大きな特徴である。特に事故に伴って放出される131I等の短寿命核種を考えれば,地震や津波によってもたらされた深刻な社会インフラや人員の損失という過酷な環境下にあっても発災後10日間程度の間の迅速かつ適切な放射線モニタリングによる情報収集を行うことが必要であり,防護措置や被ばく医療処置といった原子力災害への対応の成否を大きく左右する重要な要素となる。

この点を踏まえ,周辺防護のために整備された固定式モニタリングポストや可搬型モニタリングポスト等の各種測定器は,電源の多重化や地上回線および衛星回線で多重化されたネットワークで発災時からのモニタリング活動の継続を確保することとなっていた。

しかし,東日本大震災ではモニタリング活動の継続の前提であった電力や通信,交通のインフラ自体に甚大な被害が発生した。その結果,東京電力福島第一原子力発電所事故では既存のモニタリング体制は深刻な機能不全に陥った。

このようなインフラの抱える脆弱性が再び顕在化したのは2019年の北海道胆振東部地震に伴い発生した北海道全域の停電1である。停電後3~4時間で固定モニタリングポスト11局が測定を停止した2ほか,各通信事業者の整備する地上固定回線の交換局や携帯回線の基地局の非常用電源の枯渇も発生しており,道内の一部の地域では地上固定回線や携帯回線の喪失が実際に発生した。幸いにもこの通信回線の喪失はモニタリングポストのデータ収集に影響はなかったものの,復電に時間を要した場合にはより広い地域で通信回線の喪失が発生し,放射線モニタリングの継続に重大な支障をきたしかねない状況であった。

以上のように,従来の事前に周到な計画のもと確実性や堅牢性を備えたモニタリング設備を整備する方針は,想定された水準までへの対処は合理的であるものの,想定されない事態下で容易に機能喪失に陥る問題がある。

このような機能喪失の反省から,緊急時の通信回線喪失に対応するべく通信回線の多重化が検討され,その有力な解として衛星通信の導入が進んでいる。しかし,衛星通信は大量に電力を必要とすること,南方向に上空が十分ひらけている必要があるなど設置条件の制約があること,豪雨などの気象条件の影響をうけやすいことが問題である。さらに,1つの衛星で幅広いエリアをカバーする衛星回線の構造的な問題として,周波数帯域当たりの通信量の制約がある。特に東日本大震災の大規模なインフラの被災が契機となって行政機関や企業が衛星通信の導入を進めており,災害時の衛星経由の通信量の急激な増大とそれによる帯域の逼迫が懸念される状況となっている3

特に広域の情報を迅速に収集するためには,各地に展開された放射線計測機器からのデータ収集の実現が鍵となる。例えばKURAMA4やKURAMA-II5のように,大量に展開された測定端末が各自のネットワークの状況に応じて動的に通信を制御しつつリアルタイムでデータ送信を行うシステムは,想定外の状況下でモニタリング活動を継続するという観点からは望ましい方向性であるといえる。このKURAMAやKURAMA-IIのような考え方は,近年注目を浴びるIoT(Internet of Things)の「全てのものがネットワークに接続される」という考え方と共通するものである。すなわち,低廉になったセンサーやプロセッサ,ネットワーク機器を世の中のあらゆるものに実装し,相互の通信や情報の活用を行って機能を実現するという考え方で,そのためのセンサやプロセッサ,ネットワーク技術の開発が行われている。特に技術進展がめざましいのはLPWA(Low Power Wide Area network)と呼ばれる無線通信で,地域に大量のセンサを展開する用途を想定し,送信出力と通信速度を抑えることで一般的な電池で年単位の通信も可能な低消費電力を実現しながらも数百m~数kmの長距離通信を実現するものである。地域に展開された大量のセンサ向けを想定するLPWAでは周波数帯域の有効利用も十分検討されている。電波の到達距離である数km程度以上離れれば同じ周波数を別の通信で再利用できるだけでなく,多くの規格で実際の通信利用状況を把握しながら送受信タイミングや使用周波数を動的に管理する技術も実装しており,周波数帯域当たりの通信量の制約の問題も発生し難い。このため,衛星通信で危惧されているような災害時の通信帯域の輻輳の問題も回避できると考えられる。このように,LPWAは通信回線の多重化において有力な選択肢であると考えられる。

本報では,想定外の状況下での放射線モニタリングのためのネットワーク技術として,このLPWAを実際に使用して利用可能性を検証した結果を報告するとともに,LPWAを効果的に活用したモニタリング体制のあり方について考察する。

II. LPWAによるモニタリングポスト用ネットワークの検討

1. モニタリングポストに要求される通信環境

一般にモニタリングポストでは,観測地点における線量率等の放射線情報とその経時変化をつぶさに捉えることが目的とされている。実際に設置されているモニタリングポストでは,2分ないし10分ごとに線量率情報を取得し,取得のたびに取得時刻や位置などの付随情報を合わせた数十bytes程度のデータをFTPないし専用プロトコルで送信するものが一般的である。このようなモニタリングポストからのデータを収集するネットワークには,

  • 1)    各モニタリングポストから必要なデータを送信する通信容量が確保できること
  • 2)    経時変化に追従できる通信速度や送信間隔が実現できること
  • 3)    展開するモニタリングポストをカバーするエリアが構築できること

が必要となる。さらに東日本大震災や北海道胆振東部地震の経験を踏まえると

  • 4)    災害時に想定される通信の途絶に対応すること

が加わることになる。

従来のモニタリングポストでもこれらの点は考慮されている。1)~3)の要件は,専用線や携帯回線,テレメトリー用の無線回線といった地上回線の整備で達成され,平常時においては安定した通信とモニタリングデータの収集を実現している。また4)についても,地上の被災状況によらない衛星通信をバックアップ回線として用意することで対応しているとされていた。

しかしながら,東日本大震災や北海道胆振東部地震では通信インフラの破壊や電源喪失で地上回線の機能不全が発生している。この地上回線による通信の継続性や回復は通信事業者の復旧作業に左右される欠点があり,放射性物質の放出に伴う原子力災害時の立ち入り困難な状況下では復旧作業も期待できない。

衛星通信は被災の影響を受け難い一方,上空の十分ひらけた場所が必要なこと,電力消費が大きく長時間の運用が困難である。さらに使用可能な周波数帯域を全国で共有することから,東日本大震災以降の国,地方公共団体,民間企業の衛星通信の急増により,災害時の通信帯域の輻輳が現実に懸念される状況となっている3

このように,現状のモニタリングポストで採用されている通信方法では,災害時における通信継続における課題がある。

2. LPWA

近年注目を浴びるIoTは,世の中のあらゆるものをネットワークで結び,相互の情報のやり取りや制御,連携を行うことでより高度な機能やサービスを実現するという考え方である。この考え方を実現するには,広域に展開された各種センサー等からの比較的少量のデータを円滑に収集できる通信が必要となる。そのような通信を実現する無線技術としてLPWAが注目されている。LPWAの特徴として,

  • •    比較的高い周波数(おおむねGHz帯)を使ってアンテナも含めた小型化を実現
  • •    比較的遅い通信速度(数十bps~数百kbs)ながらもkmオーダーの到達距離を実現
  • •    周波数利用状況に応じた動的な通信管理などによる周波数帯域の有効利用
  • •    送受信や通信モジュール内のきめ細かい電力管理による低消費電力を実現
  • •    送信電力を電波法の規制内に抑えることで免許を要しない無線局として運用可能
  • •    暗号化プロトコルやホワイトリスト機能などでセキュリティも確保
  • •    構成機器が極めて安価(一般的なLTE端末の1/10以下)

が挙げられる。Table 1に日本で利用可能なLPWAの主な規格をまとめる。基幹ネットワークに接続した基地局と端末の接続方法によりスター型とメッシュ型に分けられる(Fig. 1)。スター型は基地局と端末が直接接続する方式であり,基地局の展開が基幹ネットワークの利用可能な場所に限定されるが,基地局の収容能力の限界まで端末を展開できる。一方メッシュ型では各ノードが中継機能をもつことで機動的なエリア展開が可能となるが,中継を繰り返すことで通信の輻輳が起きやすくなり,また通信可能なデータ量に制約が生まれる。

Table 1 Specifications of major LPWA available in Japan
Service Frequency Speed Typical
maximum
range
Topology Private
network
Sigfox 920 MHz 100/600 bps
(Uplink/Downlink)
5~10 km Star No
LoRaWAN 250 bps~50 kbps 10 km Yes
Wi-Fi
HaLow
150 kbps~ 1.5 km
Wi-SUN
FAN
50 kbps~600 kbps 1 km/hop Mesh
ZETA 0.1~100 kbps 2~10
km/hop
LTE Cat. M. Cellular
Bands
0.3~1 Mbps   Star No
NB-IoT 62/21 kbps
(Uplink/Downlink)
 
Fig. 1

Typical network topologies of LPWA

While terminals are directly connected to the base station in the star topology, multiple connections are made to form a meshed network in mesh topology.

3. LPWAによるモニタリングポスト用ネットワークの構築

このように,新しい通信技術であるLPWAのもつ特徴は,従来のモニタリングポストで採用されてきた通信方法の欠点を克服する可能性がある。そこで,LPWAのモニタリングポスト用ネットワークへの適用可能性についてより詳細に検討する。

まず,1),2)の通信容量および通信頻度であるが,一般的なモニタリングポストは線量率データを送信しており,データ送信量としては一般的なセンサと同程度であること,またデータの収集頻度も分単位~1時間であるため,LPWAでも十分対応可能であると考えられる。3)のエリアについては,モニタリングポストは通常数百mから数kmとLPWAの通信可能距離と同程度の間隔で設置されることが多い。ただし,この設置間隔は一般的な携帯通信事業者が設置する基地局のカバーエリアの大きさとも同程度であるため,端末と基地局が直接通信するスター型のLPWAを採用した場合は一般的な携帯通信事業者とほぼ同等の密度の基地局設置が必要となり,モニタリングポストをカバーするエリアを構築することは大きな負担となり得る。自ら基地局を設置して展開したLPWAのサービスエリアを契約者に提供する事業者もあるが,提供されるサービスエリアがモニタリングポスト設置箇所をカバーする保証はない。

さらにスター型のLPWAは4)の災害時の途絶の観点からも問題がある。スター型は基幹ネットワークに接続された基地局を各地に展開し,端末はその基地局と直接通信することになる。しかし,基幹ネットワークとして使用されるのは従来モニタリングポストで主回線として利用されてきた固定回線あるいは携帯回線などの既存の回線そのものであり,LPWAによる回線の多重化を図る意味が薄れる。その点メッシュ型のLPWAであれば,基幹ネットワークが不通であっても拠点に基地局を設置し,ユーザ自らが基地局に接続する中継機を設置することで,基幹ネットワークに依存しない独自のエリアの展開や維持が可能となる。以上から,緊急時の運用も想定したモニタリングネットワークにはメッシュ型のLPWAが望ましい。

III. メッシュ型LPWAによるモニタリングポスト用バックアップネットワークの構築

1. メッシュ型LPWAネットワークZETA

ここまでで述べたとおり,モニタリングポスト用のネットワークを構築する上ではメッシュ型LPWAが望ましいと考えられる。今回はメッシュ型LPWAの規格の1つであるZETA6による試験を行うこととした。メッシュ通信に対応した通信モジュールが販売開始となったばかりのWi-SUN FANに比べ,日本でも山奥の養殖施設の監視業務など既存の通信回線が敷設困難な場所での展開事例が多数ある7他,中国において市内の数万ヵ所の公共インフラのIoT化で使用されるなど実用化の実績も豊富な8ZETAは,現時点で国内での選択肢として最も現実的なメッシュ型LPWAと考えられるためである。

ZETAは見通しで2~10 kmの通信距離を達成しており,1基ないし複数のAPと呼ばれる基地局のもとに展開されたMOTEと呼ばれる中継機が通信状況に応じて自動的に最適なメッシュネットワークを構成する。端末は,この中継機の構成するメッシュに接続し,中継機が通信状況に応じて動的に選択する最大4段までの中継を経て基地局との間で双方向通信をおこなうという構成である。自動で最適なメッシュネットワークが構築されるため,基地局や中継機,測定端末の追加や設置箇所変更が極めて容易なことが特徴である。

また双方向通信が行えるので,中継機や端末のメンテナンスはほぼ遠隔操作で実現できる。さらにネットワーク認証や暗号化技術によりセキュリティも確保されている。また,通信機器はすべて特定小電力無線局として認証されており,使用に当たって無線局の免許や無線従事者の資格は不要である。

その一方で,長距離通信の実現のため−130 dBmという受信限界を取っておりノイズマージンが小さいこと,また使用する帯域幅が2 kHzと狭いことと電波法による送信時間の制約があるため,30 秒ごとに1回,1回当たり49 bytesの送信しかできない。このため,定期的に測定値を送信するテレメトリー通信であれば支障なく行えるが,監視カメラの画像データの連続送信のような大容量通信は困難である。

2. 原子力災害時を想定したLPWAによる自営通信網の実証試験

今回の目的は緊急時にも有効に機能するモニタリング回線用ネットワークの構築であり,現実の運用条件に近い形で検証する必要がある。今回は島根県が設定しているモニタリング地点を検証対象として選んだ。島根県が県の地域防災計画でおおむね数百mから数kmごとに定めている平常時ないし緊急時のモニタリング地点9のうち,拠点とする原子力環境センターとの間で市街地~水上~山間部などの多様な通信条件が想定できる松江市および宍道湖周辺のものについて通信確立を検証することとした。

拠点の島根県原子力環境センターは2階建てであり,その北側に6階建ての島根県保健環境科学研究所が隣接することから,この保健環境科学研究所屋上に基地局を設置した。各モニタリング地点では温度センサ付き端末を配置して,モニタリングポスト測定値に代えて設置箇所の温度を送信することとした。また,試験内容に応じて適宜中継機を設置することとした。使用する周波数帯は920 MHz帯,基地局,中継機,端末の送信出力はいずれも20 mWである。アンテナとして,基地局,中継機は空中線利得+2.14 dBiの無指向性アンテナを,端末は空中線利得0 dBiの無指向性アンテナを装備している。これらの使用周波数,送信出力および空中線利得は電波法,無線設備規則および関係告示に定められた特定小電力無線局に適合している。基地局,中継機,端末の様子をFig. 2に示す。

Fig. 2

(Left) The base station and its antenna placed at the top of Hokanken (保健環境科学研究所), (Right) The appearance of a repeater and a terminal used in the field tests

These units are very small and capable of battery-operation. In this picture, a terminal and a repeater are attached to a plastic pole at a time.

ZETAでは基地局,中継機,端末の作動状況や通信経路の確認,通信データの管理,動作モードの設定などを管理用のサーバで行うことができる。今回の実際の基地局,中継機,端末の通信状況もこのサーバで収集して評価している。

まず初めに,島根県水産技術センターに設置された試験用端末から宍道湖畔のサンレイクとふれあいパークの2箇所に設置する中継局で基地局へ到達する経路(Fig. 3)を設定し,その長期間の通信安定性を評価することとした。この経路を選んだのは,長距離通信となること,また経路上において霧や降雨,降雪による減衰,湖面の波高の変化による反射波と直接波の干渉の変化などの要素が想定され,安定通信の可否の評価に適していると考えられるためである。

Fig. 3

The propagation path set up for the stability test of the communication with ZETA

Two repeaters were placed at “Fureai Park” and “Sun Lake” between the base station and the terminal at “Fisheries Technology Center”. Each propagation segment has a distance more than 1 km.

今回の電波の伝搬においては,湖面を完全導体とみなした直接波と湖面での反射波の2成分による合成波の受信であると近似することができる。送信地点から距離dの位置における波長λの電波の受信電圧利得GEは次のように表すことができる。   

\begin{equation} G_{\text{E}} = \left| \sin \frac{\pi \varDelta l}{\lambda } \right| \end{equation} (1)
ただし経路差Δlは   
\begin{equation} \varDelta l = \sqrt{d^{2} + (h_{1} + h_{2})^{2}} - \sqrt{d^{2} + (h_{1} - h_{2})^{2}} \end{equation} (2)
である。ここでh1およびh2は送信アンテナおよび受信アンテナの地上高である。受信地点での電界強度Eは,   
\begin{equation} E = G_{\text{E}}E_{\text{free}} \end{equation} (3)
ただしEfreeは自由空間における距離dでの電界強度で,送信電力P,送信アンテナの利得をGtとするとき   
\begin{equation} E_{\text{free}} = \frac{\sqrt{30PG_{\text{t}}} }{d} \end{equation} (4)
である。

このように,電界強度が単純に距離に反比例する自由空間と異なり,(1)式にあるように直接波と反射波の経路差に応じた干渉効果が現れ,所々に急激な電界強度の低下が発生することとなる。実際に受信機が受け取る受信電力Prは,受信アンテナの利得をGrとして   

\begin{equation} P_{\text{r}} = P_{\text{t}}G_{\text{r}}\left(\frac{\lambda^{2}}{4\pi }\right) \end{equation} (5)
となる。これはいわゆるフリスの伝達公式10である。Ptは受信位置での単位面積当たりの電力であり,電界強度Eと自由空間の特性インピーダンス120 πΩを用いて   
\begin{equation} P_{\text{t}} = \frac{E^{2}}{120\pi } \end{equation} (6)
と表される。

ここで,今回の通信経路の中で地点間の距離が最も長いサンレイク-ふれあいパーク間を想定し,送信アンテナと受信アンテナの地上高を10 mと5 m,送信出力を20 mW(= +13 dBm),送受信アンテナの利得を2.14 dBiとしたときの受信電力の距離依存性をFig. 4に示す。サンレイク-ふれあいパーク間に相当する10 km地点で−109 dBmであり,ZETAの受信限界である−130 dBmを十分上回り安定して通信できることが予想される。なお,1,000 m未満でみられる急激な減衰は先に述べた直接波と反射波の干渉効果である。

Fig. 4

Distance dependence of reception power based on a two-wave synthetic model assuming a path across Lake Shinji

The heights of the transmitting and receiving antennas are 10 m and 5 m, the transmit power is 20 mW, and the gains of the transmitting and receiving antennas are 2.14 dBi, respectively.

2020年12月より2021年8月までの間,この経路において試験用端末が取得する温度センサーデータを1時間ごとに送信する状態を維持し,長期安定性を評価した。しかし,中継機設置箇所での工事に伴う撤去のほかは回線が切断されたことはなかった。またサンレイク(アンテナ地上高10 m)~ふれあいパーク(アンテナ地上高5 m)間の受信電力は−96 dBmであった。ZETAの受信限界である−130 dBmや合成波の計算による−109 dBmを十分余裕をもって上回っていることがわかる。計算の予想を上回った理由としては,アンテナの周囲の建物や地形で生じた指向性による可能性,あるいは湖面上の空気の湿度変化や温度変化により屈折率が変わって導波管様の状態ができ上がるラジオダクト現象が発生していた可能性も考えられる。

この長期安定性試験の期間中,島根県東部を中心とした集中豪雨が発生した。この集中豪雨では2021年7月7日未明に宍道湖から松江市一帯に線状降水帯が発生しており,松江市のアメダスの記録では7日4時から7時までの間に25~45 mm/h,レーダー解析では7日午前5時40分までの1時間で約100 mmの猛烈な雨が降ったとみられている。この未明の豪雨では,7日午前3時から8時までの間に宍道湖や松江市一帯のモニタリングポストのバックアップ回線として用意されていた衛星通信の断絶が確認された。一方ZETA回線では,宍道湖を横断する経路を豪雨が直撃したにも関わらず同時刻の通信状態に変化はなく通信欠落を起こさなかった。

そこで,通信が断絶した衛星通信では何が起きていたのかを検証する。松江市周辺のモニタリングポストの位置関係をFig. 5に示す。これらのモニタリングポストでは,順次接続を確立してデータ転送終了後接続を閉じて次のモニタリングポストとの接続を行っていく,いわゆるラウンドロビン方式でデータ収集を行っている。このとき,一定回数の接続確立を試みてもうまくいかない場合,そのモニタリングポストとの接続をいったん諦めて次のモニタリングポストとの通信を試みることとなっている。このため,通信状態が悪くなると接続試行にかける時間も増えることから,データ収集の繰り返し頻度自体が減ることになる。

Fig. 5

Positions of monitoring posts with satellite communication around Matsue city along with the propagation path of ZETA

集中豪雨前後の松江市周辺のモニタリングポストの衛星通信のデータ収集試行回数と各モニタリングポストへの接続試行に失敗した回数,およびアメダスの松江観測所における降雨の状況をFig. 6に示す。降雨のない7月6日の日中は接続試行失敗も散発的に発生している程度で,データ収集試行回数も1時間当たり10~11回で安定している。一方,7日未明の豪雨に伴う通信状態の大幅な悪化で,大半のモニタリングポストで接続失敗が発生しているだけでなく,接続試行に要する時間の増大に伴ってデータ収集試行回数も減少しており,午前4時台には1時間当たり2回まで減少している。通信を維持していたZETAの中継局が置かれているふれあいパーク近傍のモニタリングポストである玉湯(Fig. 5の483)は,午前4時台に2回のデータ収集試行回数のうち1回,午前5時台では4回中2回,午前6時台では6回中3回接続確立に失敗している。このように集中豪雨による通信状態がデータ収集に大きな支障となることがわかる。

Fig. 6

Numbers of trials and failures of satellite communications implemented in monitoring posts around Matsue and the amount of rainfall observed by AMEDAS at Matsue

ZETAの比較対象となった衛星通信ではKuバンド(12~14 GHz)帯が使われており,また36,000 km上空の静止衛星軌道という極めて遠い位置にある衛星と通信する必要があることから,地上の一般的な通信にくらべて極めて微弱な電波となる(自由空間伝搬損失で200 dB)。これに加えて降雨や雲による減衰が無視できなくなる。ITUの勧告11に基づいて見積もった100 mm/hの降雨中の伝搬で発生する減衰量は,12 GHzで5 dB/kmに達する。また,集中豪雨をもたらす発達した積乱雲の場合,対流圏の上限である約10 kmまで成長することも十分予想されることから,今回のような集中豪雨の際の通信状態の悪化は十分想定されるべきものである。従来,衛星通信は非常時でも安定した通信が確立できると期待されて整備が進んでおり,通信事業者でも降雨減衰に対する機会損失ができるだけ小さくなるような運用上の工夫を行っているとされる。島根県でも冬季の降雪時に通信が確立できることを確認しており,平常時の運用には十分な能力をもっている。しかし,今回の豪雨で衛星通信が十分機能しない場合があることが実例で確認されたことから,災害発生中の連続的かつ即時のデータ収集を目的とした衛星通信の運用では十分な注意が必要である。

さて,ZETAによる安定な長距離通信が実現できていることから,地域ごとに山頂や高層ビル屋上といった見通しが効きやすい場所に基幹となる中継局を設置し,各地域ではこの基幹となる中継局へ接続する端末や中継局を展開するという,より実践的なネットワーク構成を想定した。これにより各地に展開される中継機や端末は最寄りの基幹となる中継局に接続できればよくなり,設置の自由度と機動性が向上できるはずである。

この構成の検証のため,深田北と呼ばれる地点に基幹となる中継局を設置した。深田北は保健環境科学研究所の北6.5 kmにある標高163 mのモニタリングポスト設置箇所であり,保健環境科学研究所を見通せるだけでなく,その標高から島根原発周辺のモニタリングポストとも良好な通信の可能性がある場所である。

まず,深田北に置いた中継局と保健環境科学研究所との間で問題なく通信が行われることを確認した。そのときの各機器での受信電力は−108~−110 dBmであった。その上で,深田北に設置した中継局を基幹的な中継局として,各モニタリング地点から深田北を経由して保健環境科学研究所の基地局との通信が確立できるかを確認した。このときの各モニタリング地点の位置関係と通信確立の成否をFig. 7に示す。

Fig. 7

Positions of repeaters and terminals in the field test to connect monitoring points near the Shimane nuclear power plant and the base station at the Shimane Prefectural Institute of Public Health and Environmental Science

The key repeater was placed at Fukadakita (深田北), and the propagation paths are shown for the monitoring points successfully connected. The dashed circle near Kaga (加賀) is the position where the communication with the repeater at Fukadakita (深田北) was established.

この試験で特筆すべきは手結南である。深田北と手結南との直接通信は不可だったが,魚瀬で深田北との通信確立が確認できたことから,その場で中継機を追加で設置してみたところ通信可能となった。これは機動的な中継機設置で通信不可の地域を解消できることを実証するものである。今回は人員と試験期間の都合により実施できなかったが,手結南以外の通信不可の地域も同様に確立できると考えられる。例えば接続不可となった加賀についても,同地点すぐの海岸までは深田北との接続が確認されているので,適切な中継機が設置できれば通信確立できるはずである。

次に市街地での試験を行った。市街地では建物の影響を大きく受けて複雑な伝搬の様相を呈すると予想される。市街地の試験に当たっては,島根県庁および県立美術館に中継局を追加で設置した。各地点の位置関係と通信の成否をFig. 8に示す。今回接続を試みた松江市内中心部のモニタリング地点については,おおむね保健環境科学研究所に設置の基地局へ直接接続する,あるいは県庁→県立美術館→保健環境科学研究所の経路で接続することができた。各機器の受信電力はおおむね−100~−120 dBmであり,ZETAの通信限界に対して十分余裕があった。風土記の丘,古志原,松江市南消防署は保健環境科学研究所と通信ができなかった。しかし,テクノアークしまねに基地局を追加設置したことで,風土記の丘との直接通信ができた。また古志原についても風土記の丘へ中継局設置でテクノアークしまねの基地局との接続が確認された。このように試験中の機動的な基地局や中継局の設置によりエリア拡大を実現し,市街地での機動的な展開が可能であることを確認した。

Fig. 8

Positions of repeaters and terminals in the field test to connect monitoring points in the center area of Matsue city

Propagation paths shown for the successful connections

An additional base station and a repeater were temporarily placed in the middle of this field test at Techno-Arc Shimane (テクノアークしまね) and Fudoki No Oka (風土記の丘) to improve the connections.

試験中唯一通信できなかったのは松江市南消防署である。この消防署はすり鉢状の地形の底にあり,各中継局方向には高い建物ないし坂があったことから,この地形が影響したと考えられる。ここで,すり鉢状の地形がない場合に直接波による通信が可能と考えられるテクノアークしまねに設置した基地局との間の通信において,このすり鉢状の地形で想定される減衰量を回折による伝搬に関するITUの勧告12に基づき評価する。地理院地図13で作成したテクノアークしまね~松江市南消防署間7.1 kmの断面図をFig. 9に示す。直接波の伝搬経路は尾根とモニタリングポスト近傍の消防署建屋によって遮られており,回折による伝搬を利用することになる。

Fig. 9

Topographic cross section of the propagation path between the base station at Techno-arc Shimane (テクノアークしまね) and the terminal at Matsue-minami Fire Department (松江南消防署) (left), and its enlarged view near the fire department (right)

The direct wave from the base station is blocked by the ridge and the building of the fire department.

ITUの勧告によれば,伝搬方向に垂直な方向に波長に比べて十分な長さで続くナイフエッジ状の障害物がある場合の回折損失L(ν)は次式で近似される。   

\begin{equation} L(\nu) = 6.9 + 20\log_{10}\Bigl(\sqrt{(\nu - 0.1){}^{2} + 1} + \nu - 0.1\Bigr)\ (\text{dB}) \end{equation} (7)
ただし,νは無次元量で   
\begin{equation} \nu \equiv h\sqrt{\frac{2}{\lambda }\left(\frac{1}{d_{1}} + \frac{1}{d_{2}}\right)} \end{equation} (8)

  • h:直接波の経路を基点としたナイフエッジ状の障害物の高さ
  • λ:波長
  • d1d2:送信地点,受信地点からのナイフエッジ状の障害物への距離

    hλd1d2の単位は任意に選んだ同一のもの)

であり,(7)式の近似はν > −0.78の場合に成立する。同じITUの勧告によれば,Fig. 10に示すような2つのナイフエッジ状の障害物K1,K2がある場合,送信地点からK1まで,K1からK2まで,K2から受信地点までの距離abcと,一方のナイフエッジ状の障害物のみの場合の回折経路に対する他方の障害物の実効高さh1h2(7)式に適用して評価したそれぞれのナイフエッジ状の障害物による損失L1L2に加え,付加損失として   
\begin{equation} L_{\text{b}} = 10\log_{10}\left(\frac{(a + b)(b + c)}{b(a + b + c)} \right)\ (\text{dB}) \end{equation} (9)
の損失を考慮することとなる。なお,LbL1L2がそれぞれ15 dB以上のときに適用されるものとされている。

Fig. 10

The diffraction path of double isolated edges (solid line) and those of respective edges (dashed line)12)

The top of the first obstacle K1 acts as a source for diffraction over the second obstacle K2. The first and second diffraction paths are defined by the distances a, b and the height h1, and by b, c and h2, respectively.

今回の場合において尾根および消防署建屋をナイフエッジ状の障害物とみなした場合,使用している電波の波長は0.3 m,基地局と端末のアンテナはいずれも地上高約3 mに設置されており,a = 6.8 km,b = 0.31 km,c = 0.4 km,h1 = 9.9 m,h2 = 5.5 mである。(8)式より尾根および消防署建屋いずれについてもν > −0.78であることから,(7)式が適用可能でありL1 = 17.0 dB,L2 = 22.4 dBとなる。この得られたL1L2(9)式の適用条件を満たしており,Lb = 0.3 dBと見積もられる。直接波による通信ができた場合に相当する自由空間伝搬損失は129 dBであることから,この経路全体での損失は169 dBとなる。基地局の送信電力20 mW(= +13 dBm)と基地局および端末の空中線利得は2.14 dBiないし0 dBiであることから,ZETAモジュールの受信感度である−130 dBmを満たせず通信ができないこととなる。今回は機材の台数の制約で実現できなかったが,直接波が十分到達できる尾根の頂に中継機を設置すれば,テクノアークしまねと消防署間の通信を確立できたと考えられる。これは,中継機を尾根に設置することで端末より0.35 kmの位置から20 mWで再送信できること,また回折損失は消防署建屋によるL2 = 22.4 dBのみとなるためである。

実際の緊急時においても今回のような通信困難な地点でのモニタリング機器の展開も想定される。その場合に機材が極めて安価で臨機応変な中継局展開の可能なメッシュ型LPWAの特徴が対処を容易にすると期待される。

IV. LPWAを用いた効果的なモニタリングネットワークの一提案

メッシュ型LPWAの1つであるZETAを用いた検証により,メッシュ型LPWAにより安価で機動的なネットワーク構築が可能であり,従来バックアップ回線として広く採用されている衛星通信が途絶した豪雨でも通信を維持できることがわかった。また,市街地や山間部他での機動的なエリア展開が可能なことも確認できた。

今回の知見を踏まえ,従来の光回線や衛星回線,携帯回線のような通信事業者依存の回線に基づく既設のモニタリングポストのバックアップ回線としてこのメッシュ型LPWAを位置付け,平時より整備しておくことを提案する(Fig. 11)。

Fig. 11

Proposal for a backup network by a mesh-type LPWA

Operations (a) under normal situations and (b) in emergency

平時は既存のネットワークのバックアップ回線として機能する(Fig. 11(a))。メッシュ型LPWAの通信機器は非常に安価で回線契約維持の費用もかからないため,新たに追加の回線として整備・維持する負担は極めて小さい。また,既設モニタリングポストの設置箇所はこれまでの原子力防災におけるモニタリングの必要性の高い箇所を網羅しており,これらがメッシュ型LPWAで結ばれることでモニタリングポストとその周辺をくまなくメッシュ型LPWAのエリアとできるメリットもある。今回示されたような安価な機材で機動的なエリアの展開が可能なメッシュ型LPWAの特徴を活かすことで,事前に周到なエリア設計をすることなく,ユーザ自身の手で順次中継機を追加設置していくことができるのも利点である。

発災時は既存のモニタリング活動のバックアップ回線として機能する(Fig. 11(b))ことになるが,容易に端末を追加できるメッシュ型LPWAの特徴を生かして機動的なモニタリング機器をLPWAネットワークに接続して機動的に展開することができる。東京電力福島第一原子力発電所事故のような複合災害の場合は,このメッシュ型LPWAネットワーク自体のダメージも想定されるが,今回示したような機動的な中継局設置で対応する。また想定外の地域でのモニタリングが必要になった場合は中継局の追加で機動的にエリアを拡大する。

このようにして,平時から緊急時まで負担の少ないシームレスな対応のできる備えを構築することができ,既設のネットワークに不足していた柔軟性や機動性を付加することが期待される。

V. 結論

メッシュ型LPWAの一規格であるZETAによる放射線モニタリング用ネットワーク構築を想定した自律的ネットワーク構築の試験を行った。ZETAの実現するメッシュ型LPWA通信は極めて安定しており使いやすいものであった。圏内にさえ入れば自動で最適な通信経路を決定して通信できるようになるため,設置に当たっても専門の知識や特段の技術,事前の詳細な検討を要求しない。今回の宍道湖周辺での長期試験および島根原発周辺および松江市内で展開した機動的なネットワーク構築の検証の結果から,メッシュ型LPWAによる実用的な水準の安定した通信網を機動的に構築する能力が十分示された。今回使用したZETAであっても,規格上の通信容量の制約はあるものの,その制約を踏まえた運用であれば緊急時の即応性と平常時の安定した運用を両立できるといえる。特に2021年7月の豪雨の際に衛星通信が途絶した際も通信欠落がなかったことでバックアップ回線としての能力を実証した。

現在,国土強靭化の施策の一環としてモニタリングポスト等の通信の多重化による信頼性向上が検討されている。しかし,従来の通信回線はいずれも機材や設置の導入費用,運用の費用,免許等の問題があり,導入する自治体の大きな負担となっている。このような多重化の検討の際にメッシュ型のLPWAを選択肢に加えることで,自治体の負担を軽減しつつ効果的な信頼性向上を達成できると期待される。

 

本報は原子力規制庁放射線安全研究規制事業(JPJ007057)の成果を含みます。ZETAネットワークの現地試験に当たっては凸版印刷㈱の協力を頂きました。深く感謝いたします。

References
 
© 2023 Atomic Energy Society of Japan
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