Transactions of the Atomic Energy Society of Japan
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ISSN-L : 1347-2879
Article
Method of Analyzing Criteria for Primary Containment Vessel Venting and Protective Measures for Public Risk Reduction
Naoki HIROKAWAAkira YAMAGUCHITakashi TAKATATakafumi NARUKAWA
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2023 Volume 22 Issue 1 Pages 25-37

Details
Abstract

Primary containment vessel (PCV) venting is one of the mitigating measures for severe accidents (SAs) on nuclear power plants. To prevent PCV failure, PCV venting will be conducted through judgement by responsible persons when the plant reaches relevant SA conditions. From the viewpoint of public safety, the judgement should be performed considering progress in public evacuation. This study is carried out to investigate effective PCV venting criteria in terms of public risk reduction and to propose protection measures against a delay in public evacuation caused by adverse conditions. To quantify the degree of judgement on PCV venting, the analysis method used here considers fuzzy inference, which makes it possible to formalize human reasoning. The analysis links both the thermal-hydraulic progression during an SA and protection measures to the discussion on interfaces between defense-in-depth levels 4 (control of SA conditions) and 5 (mitigation of a radiological consequence).

I. 緒言

1. 課題と検討の経緯

福島第一原子力発電所の事故(以降,1F事故と呼ぶ)以降,国内の原子力発電所ではIAEAの定義による深層防護の第4レベルに当たるシビアアクシデント(SA)の発生(格納容器破損)防止と影響緩和(放射性物質(FP)放出抑制)が拡充されてきている。また,第5レベルに当たる緊急時対応についてもハード,ソフト両面での整備が進められてきている。

IAEAのINSAG-101)では,「整備した対策の有効性や信頼性を安全解析によって明確に示さなければならない」とされている。また,その手法として,決定論的手法および確率論的リスク評価(PRA)が挙げられている。国内においても,SA対策の有効性解析およびPRAが行われてきている。深層防護の第4レベルおよび第5レベルの有効性確認方法と国内の実施状況をTable 1に整理する。深層防護の第4レベルのうち,格納容器破損防止については,新規制基準に従い,PRAのうちレベル1.5 PRAを用いて重要事故シーケンスを特定し,SA解析や技術的対応能力の確認でその有効性が確認されてきている。次に,深層防護の第4レベルのうちFP放出抑制および第5レベルについては,防災訓練を通じて発電所側のSA対応および防護措置の連携が確認されてきている。ただし,本来であれば,レベル2およびレベル3PRAなどの評価を通じて,重要な事故シーケンスを抽出し,それらに対して,シミュレーションや防災訓練によって対策の有効性,信頼性の確認がなされることが望ましいと考えられる。しかし,レベル3PRAの活用としては,安全目標への適合性確認などに用いられているものの,防護措置への活用については不確実さが大きいこともあり研究開発段階2)に留まっており課題である。

Table 1 Methods of effectiveness confirmation for level 4 and 5 of defense-in-depth
Defense-in-Depth Methods to confirm the effectiveness Current Status in Japan
Level 4 (To prevent Containment Failure) ・ Level 1.5 PRA
・ Effectiveness Analysis (SA Analysis)
・ Identifying significant accident sequences by PRA
・ Confirming and preparing technical capabilities of countermeasures (Organization, guidance and training)
Level 4 (To mitigate amount of FP release) and Level 5 ・ Level 2/3 PRA
・ Emergency exercise
・ Level 2/3 PRA is used for comparison to safety goals and is not used to assess the protection measures in practice.
・ Emergency exercise including evacuation is performed on one or two occasion(s) per 5 years

SA対策の1つであるフィルタベントは,格納容器破損による大量のFP放出を防止する観点から,フィルタを通じて粒子状FPを大幅に除去した上で,外部にFPを放出する設備であるため,発電所側のSA対応および防護措置の連携がより求められることになると考えられる。1F事故以降,格納容器ベントの実施基準について原子力規制庁および事象者で議論がなされており,例えばBWRでは,格納容器内圧力が設計圧力の2倍(2 Pd)に達する前に事業者の判断により格納容器ベントを実施する手順としている3)。一方で,先行研究4)では公衆リスク低減のため,格納容器圧力だけでなく公衆の避難も考慮した格納容器ベント実施判断を採用した場合でのリスク分析を行った。具体的には,定性的なリスク要因分析手法の1つであるSTAMP/STPA5)を用いて,SA時および緊急時対応に関わる設備-人-組織の相互作用(関係性)を明らかにし,分析することによって,公衆への健康影響や土壌汚染といったアクシデントに繋がる可能性が高いシナリオを複数抽出した。その中でも「住民の避難遅れに伴う格納容器ベント実施の不適切な判断」を重要度が高いシナリオとして特定している。

2. 検討目的と内容

本検討では,深層防護の第4レベルおよび第5レベルを統合した評価手法を構築することを目的としている。そのため,STAMP/STPAによるリスク分析結果で重要度の高いシナリオである格納容器ベント実施判断に着目し,SA時の熱水力現象および防災計画とリンクさせて,どのような判断基準が公衆の被ばくリスク(以下では,公衆リスクと呼ぶ)低減に有効か検討する。具体的には,国内原子力発電所の運用3)における格納容器ベント実施判断は格納容器圧力に加え,公衆リスク低減策として住民の避難状況も考慮した基準について検討する。このように複数の判断基準に基づく格納容器ベント実施判断においては,人間の主観的な思考等に由来する不確かさやあいまいさが存在するため,本研究ではファジィ推論6)を用いてこれを定量化する。さらに,格納容器ベント実施時に住民避難が遅れているような状況を想定し,防護措置としての屋内退避の有効性について議論する。

II. リスク評価の全体概要

1. 全体概要

格納容器ベント実施に関わるリスク評価の全体概要をFig. 1に示す。STAMP/STPAを用いた先行研究では,SA時および緊急時対応に関わる設備-人-組織といった要素の関係性をコントロールストラクチャとして表現し,要素間の相互作用を分析することによって,アクシデントに至るシナリオを複数抽出した。

Fig. 1

Overview of risk analysis on PCV venting

本研究では,その中でも重要度の高いシナリオである格納容器ベント実施判断に着目し,公衆リスク低減の観点から住民の避難状況を考慮した格納容器ベントの判断基準を検討する。検討においては,米国NRCでのSA研究であるSOARCA7)での事故シナリオを用いて,そこで評価されている熱水力現象および防災計画とリンクさせ,ファジィ推論によって格納容器ベント実施に対して,どの程度前向きであるかの度合い(ファジィ推論の用語では適合度と呼ぶ)を定量化する(III章)。

また,どのタイミングで格納容器ベントを実施すると公衆リスクが小さくなるか確認するため,時間ごとで公衆リスクを評価し,格納容器ベント実施判断の適合度と比較することによって,適切な格納容器ベントの判断基準について議論する(IV-1節)。さらには評価の妥当性確認として,ファジィ推論でのインプットに対する感度解析を行うとともに,避難が遅れる場合での屋内退避の有効性について議論する(IV-2およびIV-3節)。

2. ファジィ推論の概要

ファジィ推論は人間の判断のような主観や言語などのあいまい性を数学的に表現する手法である。ファジィ推論は知識や事実を真偽の2値ではなく,0から1の適合度(メンバーシップ関数)で表現し,ルールに基づき,推論結果を導く。

本評価では,人間による意思決定である格納容器ベント実施判断を「実施する」,「実施しない」の2値ではなく,複数の判断要素から実施判断の度合いをファジィ推論で表現する。

ファジィ推論は,推論対象に寄与する影響因子を特定し,影響因子を表現する関数としてメンバーシップ関数を定義する(ファジィ入力)。また,推論対象についても同様にその対象を表現するメンバーシップ関数により定義する(ファジィ出力)。それらファジィ入力とファジィ出力の関係をIf-Thenルールで記述する(推論エンジン)。最後に,ルールごとの適合度を重ね合わせて,ファジィ出力を数値化する(非ファジィ化)。非ファジィ化のプロセスについては,III-4節で例示する。

ファジィ推論においては,数値計算ソフトウェアMATLAB8)を使用し,非ファジィ化に当たっては,重心からファジィ出力を数値化するMamdaniの推論法9)を適用した。

3. リスク評価結果の活用例

STAMP/STPAによるリスク分析を含めた本研究の活用例として,1F事故以降,特に重要性が増している事前の手順書整備(発電所SA手順書,原子力防災計画)への反映を想定している。具体的には,STAMP/STPAを用いて,事故に至るハザードシナリオを抽出し,リスク低減策(体制・手順書の改善)の検討を行う。リスク低減策の導入においては,様々な事故シナリオで適切な対応(リスクを合理的に実行可能な限り低くする:ALARP)ができることが理想であるが,複雑化して意思決定者を混乱させることを避ける必要がある。本研究で提案しているリスク評価手法を用いることによって,手順書-意思決定(III章でのファジィ推論)-ALARP(IV章での公衆リスク評価)の関係性において矛盾が生じない対策が検討可能になるものと考えられる。

III. 格納容器ベント実施判断の検討および定量化

1. 検討および定量化手順

これまで新規制基準での議論3)では,SA時での格納容器ベント実施の判断要素として,格納容器圧力によって判断している。本章では,公衆リスク低減の観点から判断要素を選定(III-2節)し,それら判断要素の組み合わせ(判断基準)を設定する(III-3節)。また,各判断要素をインプットとして,格納容器ベント実施の判断の度合い(適合度)をファジィ推論で評価するため,メンバーシップ関数を設定する(III-4節)。次に,SOARCAでの事故シナリオから得られる,判断要素の時間変化(III-5節)から,設定した判断基準に対して格納容器ベント実施判断の適合度を時間ごとにファジィ推論によって評価する(III-6節)。

得られた結果は,IV章において公衆リスクとの比較することにより,判断基準の適切性を議論する。

2. 公衆リスク低減を考慮した格納容器ベント実施の判断要素の検討

格納容器ベント(フィルタベント)は,格納容器雰囲気を外部へ排出することで格納容器圧力を緩和する設備であり,原子力発電所での運用として,格納容器圧力が格納容器ベントの判断要素とされていることから,本評価においても格納容器圧力をベント実施の判断要素とする。また,格納容器雰囲気を外部へ排出する際にはベント設備に付帯しているフィルタ容器内に放射性微粒子が捕集され,格納容器破損時に比べてFP放出量を大幅に低減できる10)。格納容器ベント設備の概要をFig. 2に示す。

Fig. 2

Overview of PCV vent system10)

STAMP/STPAを用いた先行研究1)では,損失に繋がる事象(アクシデント)として「公衆被ばく」および「土壌汚染」を挙げた。格納容器ベントに成功すれば,FP放出量は大幅に低減されることになり,その結果,「公衆被ばく」および「土壌汚染」ともに影響は低下することになる。また,「公衆被ばく」については,FP放出量だけでなく,住民避難などの状況によってもその影響は変わり得ることから,避難を含む防護措置についても検討する。

防護措置については原子力災害対策指針11)を参考に策定される地域防災計画にしたがって実施される。福島第一原子力発電所の事故以降,オフサイトでの避難の考え方(原子力災害対策重点区域)に見直しが図られており,原子力災害対策重点区域として,予防的防護措置を準備する区域(PAZ)と緊急防護措置を準備する区域(UPZ)の2つのゾーンに分けた避難方法としている。

Figure 3に原子力災害対策指針における避難方法の概要を示す。PAZの住民(原子力発電所からおおむね5 km圏内)は,放射性物質が放出される前の段階から予防的に避難する。ただし,PAZにいる「避難行動要支援者(要支援者)」のうち,避難によって健康リスクが高まる方は,放射線防護施設へと退避する。次に,UPZの住民(原子力発電所からおおむね30 km圏内)は,まずは屋内退避をおこなう。FP放出後,一定の空間放射線量を計測した場合には,その区域を特定し,順次一時移転や避難を行う。

Fig. 3

Evacuation plan of people within PAZ and UPZ14)

このようにPAZでは避難,UPZでは屋内退避が基本的な方針となっている。屋内退避は速やかに近くの建物に入ることであり,退避に時間を要しないと考えられる。したがって,UPZの避難状況は考慮せず,PAZでの避難状況(避難完了割合)を格納容器ベントの判断要素とする。

なお,気象条件については,国内の原子力発電所では海岸立地となっており,陸側から海側への風向時に,タイミングよく格納容器ベントを実施すれば公衆リスクは小さくなるため,判断要素の1つとして挙げることができる。本論文では,評価手法の検討を目的として,格納容器圧力および避難完了割合を判断要素として検討したが,さらなるリスク低減として風向を含めた気象を判断要素に含めるとした場合には,本評価の枠組みを用いることで判断基準の妥当性を検討することは可能である。

3. 格納容器ベント実施判断基準の設定

III-2節で設定した格納容器ベント実施判断要素である格納容器圧力および避難完了割合に対して,それぞれの状況を組み合わせて,ファジィ推論で用いる格納容器ベント実施判断基準を設定する。その際,実施判断責任者の行動として考えられる以下の3つのケースを想定した。

  • ●    ケース1:事故進展の制御が不能となることを避けるため,避難状況に関わらず格納容器過圧破損の防止を最優先とした実施基準とする。
    1. ➢    ルール1:格納容器圧力が高いと判断される場合には,格納容器ベントを実施する。
  • ●    ケース2:格納容器ベント実施は外部へのFP放出を伴うことから,避難が十分でない場合には,格納容器ベント実施を遅らせることを組み合わせた実施基準とする。
    1. ➢    ルール1:格納容器圧力が高いと判断される場合には,格納容器ベントを実施する。
    2. ➢    ルール2:公衆被ばくを避けるために避難が十分に実施されていない場合には,格納容器ベントを遅らせる。
  • ●    ケース3:SA時には事故進展の不確実さがあり,避難が進んでいる場合には,格納容器ベント実施を早めることを組み合わせた実施基準とする。
    1. ➢    ルール1:格納容器圧力が高いと判断される場合には,格納容器ベントを実施する。
    2. ➢    ルール2:公衆被ばくを避けるために避難が十分でないと判断される場合には,格納容器ベントを遅らせる。
    3. ➢    ルール3:避難が十分であると判断される場合には,格納容器ベントを早める。

Table 2に3つの判断基準を示す。ケース1は,現状のBWRと同様の運用3)であり,ルールが1つであるためベント実施の判断が容易である。ケース2およびケース3については,2つ以上のルールを組み合わせており,シナリオによっては格納容器破損防止と公衆被ばくの最小化の両方を満たすことができない状況が考えられる。そのような場合に,どのような判断となり得るのかを確認するため,各ケースでの格納容器ベント実施判断の度合い(適合度)の変化をファジィ推論により評価する。

Table 2 Rules for judgement on PCV venting
Case Rule PCV
pressure
Evacuation completion rate Judgement on PCV venting
1 1 High Go
2 1 High Go
2 Low Stop
3 1 High Go
2 Low Stop
3 High Go

4. 格納容器ベント実施判断ルールに対するメンバーシップ関数の設定

Table 2に示す格納容器ベント実施判断ルールについて,インプットとして格納容器圧力(High)および避難完了割合(LowおよびHigh)を,アウトプットとして格納容器ベント判断(GoおよびStop)を挙げた。それらインプットおよびアウトプットに対してメンバーシップ関数をFig. 4にて設定した。

Fig. 4

Membership function regarding judgement on PCV venting

インプットの1つである格納容器圧力に関して,Fig. 4上段に設定したメンバーシップを示す。SOARCA(III-5節にて詳述)での評価対象プラントでは格納容器設計圧力(45 psig = 約310 kPa[gage])で格納容器ベント実施の判断を行うため,そこで判断の適合度である縦軸の数値が1に近くなるようした。また,SA発生直後に水-ジルコニウム反応により発生する水素などによって急激に格納容器圧力が約200 kPa[gage]まで上昇する(Fig. 5参照)ことから,そのタイミングをメンバーシップ関数の立ち上がりとして設定した。なお,国内では格納容器内の圧力が設計圧力の2倍に到達するまでに格納容器ベントを実施する手順となっているが,米国では格納容器内水素の建屋への漏えいを防ぐため早期放出を方針としており13),ベント実施基準に相違があることに留意が必要である。

Fig. 5

Time progression of PCV pressure and evacuation in STSBO w/o RCIC blackstart7)

もう1つのインプットである避難完了割合に関して,Fig. 4中段に設定したメンバーシップ関数を示す。ここでは,避難完了割合80%を中央値とし,70%未満は「避難完了割合が低い」,90%以上は「避難完了割合が高い」ものとしてメンバーシップ関数を設定した。なお,Table 2では避難完了割合が低い場合(ルール2)と高い場合(ルール3)の2つを考慮していることから,それぞれのメンバーシップ関数を設定した。

最後にアウトプットである格納容器ベント実施判断に関して,Fig. 4下段に設定したメンバーシップ関数を示す。Table 2では実施(Go)および待機(Stop)の2種類の判断を考慮していることから,実施および待機の2種類のメンバーシップ関数がそれぞれ0.5付近で交差するような形で設定した。

例えば,Table 2でのケース2で,格納容器圧力40 psig,避難完了割合0.7の時の格納容器ベント実施判断の度合い(0.4)の導出過程を以下に示す。

  • ●    ルール1:格納容器圧力が高いと判断される場合には,格納容器ベントを実施する。
    1. ➢    格納容器圧力40 psigの時,Fig. 4上段の縦軸は0.5
    2. ➢    Fig. 4下段の縦軸0.5で水平に線を引き,Goのメンバーシップ関数と囲まれる領域を図示する(Fig. 6の①)。
  • ●    ルール2:公衆被ばくを避けるために避難が十分でないと判断される場合には,格納容器ベントを遅らせる。
    1. ➢    避難完了割合0.7のとき,Fig. 4中段の縦軸は0.85
    2. ➢    Fig. 4下段の縦軸0.85で水平に線を引き,Stopのメンバーシップ関数と囲まれる領域を図示する(Fig. 6の②)。
  • ●    領域①と②の面積から,横軸の重心0.4を算出する。

Fig. 6

Example of defuzzification for judgement on PCV venting

本研究では手法の検討の位置付けとして,上述のように主観的にメンバーシップ関数を設定しており,メンバーシップ関数の設定による結果への影響については,IV-2節で感度解析を実施した。

5. 評価対象とする事故シーケンス

評価対象として,福島第一原子力発電所事故での最新知見を反映したレベル3 PRAまでを含めたSA研究であるSOARCA7)での事故シーケンスを適用する。なお,SOARCAではBWR,PWRそれぞれ代表プラントを選定して評価しているが,ここではPeach Bottom(BWR-4/Mark-I)での事故シーケンスを用いる。

Peach BottomでのSA評価として,主に全交流電源喪失(SBO)を対象として,緩和系の状態などによって複数事故シーケンスを扱っている。その中で,最も事故進展の速い事故シーケンスである「Short-Term Station Blackout without RCIC Blackstart(STSBO w/o RCIC Blackstart)」を本評価対象とし,格納容器ベント実施判断を定量化する。

Table 3にSTSTO w/o RCIC Blackstartの事故進展を示す。SBOが起因事象となっており,原子炉停止に成功するが,原子炉注水および格納容器除熱に失敗しており,事象発生から約1時間で炉心損傷に至る。その後,損傷炉心への注水も失敗し,約2.4時間で炉心支持板が,約8.2時間で原子炉圧力容器下部ヘッドが損傷している。その後,原子炉圧力容器内の溶融デブリが格納容器に溶け出しドライウェル床に拡がることで,約8.5時間で格納容器溶融物接触により格納容器の閉じ込め機能が喪失する。

Table 3 Accident progression in STSTO w/o RCIC blackstart7)
Time (hr) Event
0.0 Station blackout
1.0 Core damage
2.4 Failure of core support plate
8.2 Failure of RPV lower head
8.5 Drywell liner shell melt-through
Hydrogen combustion in reactor building

Figure 5には格納容器圧力および避難完了割合の時間進展を示す。最初に格納容器圧力の時間進展についてであるが,事象発生から約1時間で炉心損傷に至った後,水-ジルコニウム反応によって発生した水素で格納容器圧力が上昇するとともに,約2.4時間で溶融燃料が下部ヘッドに落下し,下部ヘッドの水が蒸発することで,格納容器圧力が上昇する。その後,約3時間で下部ヘッドの水がドライアウトし,格納容器圧力の上昇が緩やかになる。約8.2時間で原子炉圧力容器の下部ヘッドが損傷し,デブリが格納容器に溶け出すとともに格納容器圧力が急速に上昇する。その後,格納容器直接接触により格納容器が破損することで格納容器圧力が急激に減少している。なお,Fig. 5では,簡略的に1時間ごとでの時間進展を示しているが,実際の解析ではさらに詳細な時間スケールで評価されている。また,9時間以降では格納容器が破損しているため,実際の事故進展では格納容器圧力は急激に減少しているが,Fig. 5では,簡略的に格納容器破損直前の格納容器圧力を示している。

次に,住民避難については,Peach Bottom発電所のあるペンシルベニア州の防災計画にしたがい,10マイル(約16 km)圏内を緊急防護措置区域(EPZ)として,EPZ内の住民に対して4つのコホート(集団)に分けて順次避難する。Fig. 5に示す避難完了割合は,全コホートの平均であり,EPZ外に避難した時点で避難完了としている。事象発生から15分でGeneral Emergencyが発令され,1時間で警報が発せられる。その後,各コホートで避難が進捗し,約6時間で99.5%の住民が避難完了する。残り0.5%は避難しない住民としている。Fig. 3に示した国内のPAZとは距離範囲が異なるものの,避難完了を20マイル(約32 km)以遠としており,国内UPZ(30 km)と同等であることから,避難に要する時間は国内防災計画と同様であると想定されるため,SOARCAでの避難完了割合を適用することとした。

なお,本評価で用いるSTSBO w/o RCIC Balckstartの事故シーケンスは,すべての緩和系に失敗することで格納容器破損に至り,FP大規模放出となっている。一方,本評価では,格納容器ベントの成功により格納容器破損を防止する事故シーケンスも扱っている。これらの事故シーケンスのイベントツリーをFig. 7に示す。STSBO w/o RCIC Blackstartは,Fig. 7でのNo. 3の事故シーケンスに該当する。一方で,格納容器ベントの成功によって格納容器破損を防止するためには,溶融デブリの冷却が必要であるため,米国でのSA対策設備であるFLEXなどによる注水が成功している必要がある(Fig. 7でのNo. 2の事故シーケンスに該当)。今後,溶融デブリの冷却には言及しないが,格納容器ベント実施時は,溶融デブリの冷却にも成功していることを前提とする。

Fig. 7

Accident sequences of STSBO w/o RCIC blackstart with and without PCV venting

6. ファジィ推論を用いた格納容器ベント実施判断の評価結果

Figure 5に示す格納容器圧力および避難の時間進展を用いて,格納容器ベント実施判断の適合度をファジィ推論により定量化し,格納容器ベント実施の判断基準(ケース1からケース3)の違いを比較する。評価結果をFig. 8に示す。なお,本評価では,SA時の格納容器ベントを扱っていることから,炉心損傷(事象発生から1時間)前での格納容器ベント実施判断の適合度(縦軸)はプロット上示していない。

Fig. 8

Judgement on PCV venting in STSBO w/o RCIC blackstart

ケース1では格納容器圧力のみを判断要素としており,事象発生から1時間で炉心損傷後に格納容器圧力が急激に上昇することから,格納容器ベント実施判断の適合度も増加している。一方,ケース2およびケース3では避難完了割合が低い4時間までは,ケース1と比べると格納容器ベント実施判断の適合度は押し下げられる形となっている。

事象発生から5時間が経過すると,避難はおおむね完了することから,ケース2およびケース3の格納容器ベント実施判断の適合度は増加する。特に,ケース3については,避難が完了したタイミング(事象発生から6時間)での格納容器ベント実施判断の適合度が高い。

したがって,避難完了割合という情報が適切に得られている場合には,公衆リスクの観点からケース3の格納容器ベント実施判断がより適切と考えられる。これについては,IV章にてどのタイミングで格納容器ベントを実施すれば公衆リスクが低くなるか比較することで確認する。

IV. 公衆リスク評価および防護措置の検討

1. 格納容器ベント開始タイミングによる公衆リスク評価

(a) 公衆リスクの評価方法

格納容器ベントを実施することによって,格納容器圧力を低減させ格納容器破損を防止できるが,FPを含む格納容器内雰囲気を所外へ放出するため,一定量の被ばくは避けられない。本節では,ある時刻(t)で格納容器ベントを開始すると仮定した場合の公衆リスクを評価する。

Figure 9に評価の概要を示す。格納容器ベント実施においては,格納容器が破損していないことが条件となる。本評価においては,格納容器耐力に一定の不確実さがあるとし,格納容器限界耐力以下の圧力でも格納容器圧力が上昇すると格納容器破損確率が増加すると想定している。その際,SOARCAでは決定論的な評価として格納容器限界圧力で格納容器破損すると仮定しているが,現実的には格納容器破損から裕度をもった格納容器限界圧力が設定される。したがって,ここでは格納容器限界圧力である60 psig(=約413 kPa[gage])を平均値(確率値0.5),10 psig(=約68.9 kPa[gage])を標準偏差とした正規分布を仮定しており,事故進展ごとでの格納容器圧力に対応した格納容器破損確率を用いる(Fig. 9での右上グラフ)。事象発生から8時間までは格納容器破損確率は格納容器圧力の上昇に伴い増加しており,9時間後に格納容器限界圧力を大幅に超過するため,格納容器破損確率は1となっている。

Fig. 9

Overview of risk evaluation provided PCV venting is conducted at time = t

したがって,ある時刻(t)で格納容器ベントを開始すると仮定した場合の公衆リスクは,「ある確率P(t)で格納容器が破損する場合の公衆リスク」(Fig. 7のNo. 3のシーケンス)と,「格納容器健全の条件付き(1-P(t))で格納容器ベントによる公衆リスク」(Fig. 7のNo. 2のシーケンス)の和で評価される。なお,事象発生から9時間後での格納容器破損確率は1であるため,格納容器ベントによる公衆リスクは加味されない。

(b) 健康影響の評価方法

公衆の健康影響(Fig. 9に示すCfailおよびCvent)の評価においては,内閣府およびJAEAでの検討12)(以下,JAEA検討と呼ぶ)にて別途評価されている屋外滞在時および屋内退避(RC造施設,自然換気)での被ばく線量(7日間の積算量)を用いる。Table 4にFP放出量と被ばく線量の相対値(屋外滞在時の7日間での積算被ばく線量を1とする)を示す。

Table 4 Amount of FP release and radiation dose relative to 7 days dose at outdoor12)
  Noble
gas
Others
(I, Cs etc.)
Total
Amount of release (Bq)a) 6.1E+18 3.7E+15 6.1E+18
Radiation dose (Arbitrary unit)
Outdoor (During plume passing)b) 0.43 0.40 1.0
Outdoor (7 days after plume passing) 0.0 0.18
Indoor (7 days)c) 0.03 0.20 0.23

a)Qi in equations (1) and (2).

b)Cout,i in equations (1) and (2).

c)Cin,i in equations (1) and (2).

Staying at reinforced concrete construction with natural circulation.

これに,SOARCAでのFP放出量との比を考慮して,以下の式によって評価する。   

\begin{align} C'(l, t) &\sim \sum_{i}\left\{\frac{C_{\textit{out}, i} \times Q'{}_{i}(l,t)}{Q_{i}} \right\} \times \left\{1 - E(t) \right\} \\ &\quad + \sum_{i}\left\{\frac{C_{\textit{in}, i} \times Q'{}_{i}(l,t)}{Q_{i}} \right\} \times E' \end{align} (1)
  
\begin{equation} C''(l, t) \sim \sum_{i}\left\{\frac{C_{\textit{in}, i} \times Q'{}_{i}(l,t)}{Q_{i}} \right\} \times D \end{equation} (2)

  • $C'( l,t )$:時刻tでFPが経路l(格納容器ベントまたは格納容器破損口)から放出した場合のEPZ内での被ばく影響
  • $C''( l,t )$:時刻tでFPが経路lから放出した場合のEPZ外での被ばく影響
  • Cout,i:JAEA検討での核種グループi(希ガスまたは希ガス以外)による屋外での被ばく影響(プルーム通過中)
  • Cin,i:JAEA検討での核種グループiによる屋内での被ばく影響(7日間)
  • $Q'{}_{i}( l,t )$:核種グループi,経路l,時刻tでのFP放出量。希ガスの減衰を考慮
  • Qi:JAEA検討での核種グループiでのFP放出量
  • $E( t )$:避難完了割合
  • E′:避難せずにEPZ内に在留する割合(=0.5%)
  • D:距離減衰係数

以下に,FP放出量,避難完了割合および距離減衰係数の扱いについて示す。

a)FP放出量

環境へのFP放出量は,炉内インベントリに対して環境への放出割合と時間経過による減衰を考慮することで評価する。SOARCAでの炉内インベントリをTable 5に示す。炉内インベントリの核種グループとして,本評価ではフィルタベントで除去が困難な希ガスの核種グループと希ガス以外の核種グループとで区別した。

Table 5 Radionuclide core inventory7)
Radionuclide
group
Core
inventory (Bq)
Ratio
Noble gas 1.7E+19 6.3%
Others (CsI etc.) 2.5E+20 93.7%
Total 2.7E+20 100%

フィルタベントの性能として,放射性微粒子(放射性セシウムなど)の除染係数1,000以上10)とされており,フィルタベントによるFP放出時には,希ガス以外の核種グループのFP放出量が1/1,000に減少すると仮定した。なお,フィルタベントにはガス状の有機ヨウ素を除去するヨウ素フィルタが設置されてきているが,SOARCAでは有機ヨウ素の評価は不確実さが大きいとして,無機ヨウ素と区別はしていないことから,本評価でも同様の除染係数(1,000)で除去される扱いとなっている。また,希ガスについては半減期が比較的短いため,減衰割合を考慮する。

一方,格納容器破損時においても放射性微粒子は全量放出される訳ではなく,格納容器内または原子炉建屋内に沈着する。SOARCAでのI類,Te類,Ba類の放出割合は約10%であることから,格納容器破損時の希ガス以外の核種グループは放出割合を10%と仮定する。

事象発生から1時間ごとの格納容器破損時および格納容器ベント時でのFP放出量をFig. 10に示す。格納容器ベント時に放出されるFPはほとんどが希ガスであるため,格納容器破損時と比較して,放出タイミングによるFP放出量の低減が大きい。

Fig. 10

Amount of FP release provided PCV venting or PCV failure is occurred at time = t

b)避難完了割合の扱い

EPZ内では,Fig. 5に示すとおり,全住民の99.5%が6時間まで避難完了する。避難中にFPが放出される場合(格納容器ベントまたは格納容器破損)には,FP放出量の比を考慮した上で,Table 4に示すプルーム通過中での被ばく影響を受けるものとする。また,残りの0.5%については避難せずにEPZ内に留まることから,EPZ内で7日間屋内退避していることを想定する。

c)距離減衰係数の扱い

EPZ内に比べてEPZ外では発電所からの距離が遠いため,FPの拡散・沈着によって,放射線量は減衰する。JAEA検討での評価結果では,放出源からの距離が2.5 kmの場合と12.5 kmの場合で被ばく線量を比較すると,約0.1減衰していることから,ここではEPZ外(国内ではUPZ)での距離減衰係数として0.1を仮定する。

(c) 公衆リスクの評価結果

Figure 9の評価方法によって,ある時刻(t)で格納容器ベントを開始すると仮定した場合のEPZ内およびEPZ外での公衆リスクを評価した。評価結果をFig. 11に示す。

Fig. 11

Public risk provided PCV venting is conducted at time = t

EPZ内では,事象発生から3時間まで避難が進んでいないため,格納容器破損圧力(=格納容器破損確率)の上昇に伴い,公衆リスクは増加する。その後6時間まで,希ガスの減衰および避難の進捗によって,公衆リスクは低減する。6時間から8時間では全体の99.5%の避難が完了しているものの,避難しない住民(全体の0.5%)のリスクが格納容器破損確率の上昇とともに増加している。最後に事象発生から9時間では格納容器破損(格納容器破損確率 = 1)となっているため,公衆リスクは急激に増加している。

EPZ外については,屋内退避を防護措置として採用しており,Table 4に示すとおり希ガス以外の核種による影響が大きい。したがって,希ガスの減衰による公衆リスクの低減効果は小さく,格納容器破損確率の上昇とともに公衆リスクが増加する結果となった。

(d) 格納容器ベント実施基準との比較

EPZ内の公衆リスクと,格納容器ベント実施判断の適合度を評価したFig. 8の結果を比較する。Fig. 8のケース1では,公衆リスクの高い事象初期から格納容器ベント実施判断は比較的高い適合度を示しているが,ケース2およびケース3では公衆リスクの低下と反比例して格納容器ベント実施判断の適合度が増加している。次にケース2とケース3を比較すると,ケース3においては,公衆リスクが極小値となる事象発生から6時間で格納容器ベント実施判断の適合度は最大となっているが,ケース2ではケース3に比べて判断に遅れが発生していることから,ケース3が公衆リスク低減の観点から最も適しているといえる。

次に,EPZ外の公衆リスクについては,格納容器破損防止の観点からなるべく早めにベントを実施するケース1の基準がより適切であると考えられる。ただし,EPZ外の公衆リスクは7日間屋内に留まることを想定した評価結果となっている。一方で,国内での防災計画においてはFig. 3に示すように放射線量の高い地域は,プルーム通過後に順次避難することとなっており,その場合は7日間で積算した被ばく量よりも小さい結果となるものと考えられる。

以上より,公衆リスク低減の対象をEPZ内(国内ではPAZ)とするかEPZ外(国内ではUPZ)とするかで,適切な格納容器ベント実施判断基準が変わる可能性がある。国内防災計画での考え方では,「一定の被ばく線量(しきい線量)を超えるとなんらかの症状が現れる確定的影響は回避する(許容しない)」,「被ばく線量の増加に伴ってがん等の発生確率が上昇する確率的影響については,合理的に可能な範囲で被ばく線量を最小限に抑える(許容し得る)」としており,対象全体の被ばく線量を抑制するよりは,個人の被ばく線量の最大値を抑制することを優先している。

したがって,EPZ外についてはプルーム通過後の防護措置による対応が可能であること,また個人被ばく線量の抑制の観点から,EPZ内での公衆リスク低減を目的として,本事故シナリオにおいてはケース3の格納容器ベント実施基準が適切であると考える。

2. メンバーシップ関数の感度解析

III-6節での格納容器ベント実施判断評価において,主観的に与えたメンバーシップ関数を用いた。本節ではメンバーシップ関数によるファジィ推論の結果への影響を確認することを目的に,III-6節でのケース3に対して感度解析を実施する。

感度解析ケースとしては,以下の2ケースとする。

  • ●    No. 1:格納容器圧力のメンバーシップ関数(Fig. 4の上図)の中央値(40 psig(= 276 kPa))を±5 psig(= ±34 kPa)変化させた場合
  • ●    No. 2:避難完了割合のメンバーシップ関数(Fig. 4の中図)の中央値(0.8)を±0.1変化させた場合(避難完了割合低/高ともに)

(a) 感度解析No. 1

Figure 12に感度解析No. 1の結果を示す。格納容器圧力のメンバーシップ関数を5 psig小さい側へ移行した場合,ベースケースと比較すると事象発生から3時間および4時間で格納容器ベント実施の適合度が高くなるが,全体的な傾向に大きな違いはない。一方,5 psig高い側へ移行した場合,ベースケースと同じ結果が得られた。本評価で扱っている事故シナリオにおいては,格納容器圧力変化に比べて,避難の時間変化が大きく,避難状況が格納容器ベント実施判断に大きく影響していることを意味する。

Fig. 12

Sensitivity study No. 1: Membership function of PCV pressure

(b) 感度解析No. 2

Figure 13に感度解析No. 2の結果を示す。避難完了割合のメンバーシップ関数を0.1小さい側へ移行した場合,ベースケースと比較すると事象発生から3時間以降で格納容器ベント実施の適合度がより高くなる。一方,0.1高い側へ移行した場合,4時間以降で格納容器ベント実施の適合度がより低くなる。格納容器圧力に比べると,避難完了割合の方がベント実施判断への感度は大きいものの,事象発生から6時間でほぼ最大値となる点はベースケースと同様であった。

Fig. 13

Sensitivity study No. 2: Membership function of evacuation completion rate

ここでは,格納容器圧力および避難完了割合に対するメンバーシップ関数設定に対する感度解析を実施し,ケース3のベント実施基準がより適切であるというIV-1節での結論に対して,メンバーシップ関数の設定方法による影響は大きくないことが確認できた。

ただし,一般的にはファジィ推論においてメンバーシップ関数の設定によってはインプットとアウトプットの関係で誤解やエラーを導く場合があることが指摘されており,仮に手順書を作成する実務者がファジィ推論を用いる場合,より客観性の高いメンバーシップ関数の設定が求められる。今回のように感度解析で影響を確かめる方法も考えられるが,Suh氏ら15)の研究では,SA時のマネジメントに対して4名の専門家判断による定性的な分類(高,中,低など)からメンバーシップ関数を設定し,ファジィ推論を用いて意思決定の度合いを定量化する方法を提唱している。このような手法を適用することで,意思決定者や運転員へのインタビューによって,ファジィ推論のメンバーシップ関数の設定およびインプットとアウトプットの関係性に対して,より客観性を与えることが可能となる。

3. 国内防災計画における防護措置の検討

IV-2節までは,SOARCAでの事故シナリオおよび避難状況を用いて,格納容器ベント実施判断基準について検討した。本節では,Fig. 3に示す国内での防災計画について,格納容器ベント実施時のリスク低減の観点から,PAZでの屋内退避について検討する。

SOARCAではEPZ内(国内ではPAZ)の住民が避難する際の速度の前提として,冬の平日昼間における通常の天気を想定している。例えば,夏の週末,冬の平日夜間では避難速度が増加し,避難完了時間は30分ほど早くなるため,SOARCAの避難速度は保守的な設定であるとしている。一方で,積雪,停電,避難経路の損傷などといった悪影響によって避難速度が低下する可能性も考えられる。STSBO w/o RCIC Blackstartでは,FP放出(事象発生から約8時間)のタイミングで避難は完了しているものの,避難速度の低下によって避難中にプルームが通過する場合やSOARCAでは評価対象としていないスクラム失敗事象のような事故進展の速いシナリオの場合には,遮蔽にほとんど期待できない状況で被ばくすることになる。そのような状況下では,避難から屋内退避に切り替えたほうがリスク低減に有効な場合もあり得ることから,本節では,避難速度低下ケース(避難時間1.5倍および2倍),また屋内退避ケースについて公衆リスクへの影響を確認する。

ベースケースにおいては,EPZ内の4つのコホートに対して,通常活動,屋内退避(避難準備),避難の3つの状況を考慮し,それぞれの必要時間を設定している。例えば,最も割合の多いコホートであるPublicでは,事象発生から1時間までに屋内退避,1~2時間で避難準備,2時間から乗用車で避難をし,約5時間で避難完了としている(避難時間は3時間)。各コホートでの避難時間が延びる場合(1.5倍および2倍)での避難完了割合の時間変化をFig. 14に示す。

Fig. 14

Evacuation completion rate used for sensitivity analysis No. 1

また,避難中の被ばくを避けるため,屋内退避を選択する場合については,(2)式での距離減衰係数を1として評価する。Fig. 15に評価結果を示す。避難時間1.5倍のケースでは,事象発生から8時間で避難がほぼ完了する。そのため,ベースケースと比較すると,8時間までは公衆リスクが高くなっており,8時間以降は一致する。次に,避難時間2倍のケースと屋内退避ケースを比較すると,屋内退避ケースでは事象発生から5時間までは遮蔽の効果によって公衆リスクは低くなっているが,避難完了割合が50%を超える6時間以降では,遮蔽による被ばく線量の低減効果よりも,避難による低減効果の方が大きいため,公衆リスクは低くなっている。

Fig. 15

Delayed evacuation and sheltering

以上より,対象とする住民の50%以上が避難完了していない時点でプルームが通過するような状況(避難遅れまたは事故進展の速いシナリオ)においては,屋内退避を選択する方がリスクを低減できることがわかった。さらには,屋内退避は短時間で完了できるため,Fig. 8のケースNo.1のように,格納容器ベントの実施を判断がより早期に可能となり,格納容器破損の不確実さを低減できる利点があると考えられる。

なお,国内での防災指針では,避難する方が健康へのリスクが高くなる要介護者などを対象として,陽圧化された特別な防護施設に退避する方針となっている(Fig. 3参照)。本評価では,SOARCAでの防護措置を用いているため,そのようなコホートは扱っていないが,仮に対象とする場合には,本評価で適用したRC造の建物よりも3倍程度の遮蔽効果が期待できる12)

4. 米国と国内での運用相違に関する考察

本研究では,II章で構築した評価手法に対して,IIIおよびIV章では米国SOARCAでの事故進展および避難シナリオを用いて,評価の有用性を確認している。一方,SOARCAでの事故進展および避難シナリオについて主に以下のような相違点がある。

  • ●    プラント型式:SOARCAではBWR-4/Mark-IをBWRの代表プラントとして評価・検討している。事故進展の特徴として,Table 3での8.5 hrのEventに示すようにデブリがRPV外に放出された後に,デブリがドライウェル床を拡がり,格納容器直接接触により格納容器破損に至るとともに,格納容器圧力は格納容器限界圧力を超える点が挙げられる。国内ではMark-I型格納容器をもつプラントは廃炉予定であり,格納容器直接接触は発生しないものとされている。また,格納容器限界圧力についても例えばMark-I改良型格納容器での格納容器限界圧力は853 kPa[gage]16)となっており,SOARCA代表プラントの448 kPa[gage]よりも高い。原子炉出力の相違はあるものの,国内プラントではSOARCA代表プラントに比べて格納容器破損時刻は遅くなるものと考えられる。
  • ●    格納容器ベント実施基準:III-4節で示したとおり,米国でのベント実施基準は格納容器設計圧力(1 Pd)となっており,国内での2 Pd到達前とは異なる。したがって,格納容器ベント実施タイミングは国内ではさらに遅くなるものと考えられる。
  • ●    避難シナリオ:SOARCAではペンシルベニア州での避難計画をもとにしており,評価対象とした事故シナリオでは,発生から約6時間でおおむね避難が完了している。国内では,立地自治体において避難シミュレーションが行われている。例えば,PAZ内での人口が約8万人と多い東海第二原子力発電所周辺での避難シミュレーション結果17)では,PAZ内住民がPAZ 外へ 避難する時間は15時間,UPZ 外へ 避難する時間は17時間であると試算している。また,各立地自治体で人口や避難ルートは異なるため,避難時間も異なるものと考えられる。

以上のように,国内運用に照らして評価を実施する場合には,ベント実施タイミングは遅くなり,避難完了時間も遅くなるものと考えられる。本研究で提案している評価手法は国内運用でも同様に適用可能であると考えられるが,得られる結果は国内運用と異なる可能性がある点に留意が必要である。なお,避難完了時間の遅れについては,IV-3節の感度解析において避難が遅れる場合での公衆リスク評価および屋内退避の有効性について議論している。

V. 結言

本研究では,STAMP/STPAでの分析結果から,重要度の高いシナリオである格納容器ベント実施判断について,SA時の熱水力現象および防災計画をリンクさせて,ファジィ推論を用いて判断の度合いを評価し,どのような判断基準が公衆リスク低減に有効か検討した。

現状の国内プラントでは「格納容器圧力が高い」場合に格納容器ベント実施を判断している。本評価では,それに加えて「避難が十分でない場合には格納容器ベントの実施を遅らせる」,「避難が十分である場合には格納容器ベントの実施を早める」といったルールを追加した場合にベント実施判断がどのように変化するかを定量的に確認した結果,避難状況を考慮してベント実施判断ができると,より公衆リスク低減に資することがわかった。

一方で,格納容器ベント開始時に住民避難が遅れているような状況では,ベント実施の足かせとなることが考えられることから,屋内退避の有効性についても検討した。その結果,住民の50%以上が避難完了していない時点でプルームが通過するような状況においては,屋内退避を選択する方がリスクを低減できるとともに,より早期のベント実施によって格納容器破損の不確実さ低減にも寄与できることがわかった。

これまで,深層防護での第5レベル(放射線影響の緩和)の実効性確認として防災訓練が実施されているが,STAMP/STPAやファジィ推論といったフレキシビリティの高い評価手法を用いることで,大きなコストを掛けずに防災計画の有効性確認およびさらなるリスク低減策の検討が可能となることが確認できた。このようなリスク分析が,事業者と地方自治体の関係者の連携の上で実施され,リスク要因に対して適切な対策(手順書の改善など)が講じられることにより,原子力緊急時対応を含めた全体のさらなるリスク低減に寄与できるものと考えられる。

 

筆者は本論文作成に当たり,有益な助言・コメントを頂いた北海道大学の張 承賢助教に感謝する。

References
― 略 語 ―

BWR

Boiling Water Reactor

EPZ

Emergency Planning Zone

FP

Fission Product

IAEA

International Atomic Energy Agency

PAZ

Precautionary Action Zone

PCV

Primary Containment Vessel

RPV

Reactor Pressure Vessel

SA

Severe Accident

SOARCA

State-of-the-Art Reactor Consequence Analyses Project

STAMP

System Theoretic Accident Model and Processes

STPA

System-Theoretic Process Analysis

STSBO

Short-Term Station Blackout

UPZ

Urgent Protective Action Planning Zone

 
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