2024 Volume 23 Issue 3 Pages 81-100
In this study, the perceptions of Tokyo Electric Power Company employees and executives concerning tsunami risk at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station during the years 2008 to 2009, predating the 2011 accident at the facility, are investigated. Newly available court records and other investigative materials are utilized. The findings of this study reveal significant disparities in the perceptions of individuals within the TEPCO organization during the period of interest regarding the risk of tsunami hazards in Fukushima. The perception of tsunami risk and the level of support for long-term evaluation by a government panel, which indicated a high likelihood of a tsunami earthquake near the Japan Trench off the Fukushima coast, exhibited an inverse relationship with one's position within the corporate hierarchy. The employee who held the lowest position in the company was the most concerned about the risk, while those in higher positions were less concerned. This trend can be comprehensively explained by the theory of cognitive dissonance and various biases including affiliation bias, status quo bias, and non-expertise avoidance bias.
2011年3月11日午後,福島第一原子力発電所(以下「1F」)を襲った津波の高さは最大で13 mに達した1)。それは,事前の想定だった高さ5.4 mないし6.1 mを大きく上回り,海抜4 mの海沿い敷地にあった海水ポンプのモーターを水浸しにし,海水との熱交換による原子炉からの除熱を不可能にしただけでなく,1~4号機主要建屋の敷地高さ10 mをも超えて,タービン建屋,コントロール建屋,原子炉建屋などに海水を侵入させ,各号機の全交流電源と1,2,4号機の直流電源を喪失させ,原子炉の制御を著しく困難にした。その結果,1,3,2号機は同月15日にかけて次々と炉心溶融に陥り,格納容器の閉じ込め機能を破られて,放射性物質を環境中に放出した2)。日本がかつて経験したことのない大規模な原子力事故となった。
事故発生の2~3年前である2008~2009年,1Fを設置・運転する東京電力㈱(以下「東電」)の社内で,1Fの津波対策を抜本的に強化するかどうかを検討した経緯があった。政府の地震調査研究推進本部(以下「地震本部」または「推本」)が2002年7月末に「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」を公表し3),その中で,福島県沖の日本海溝近辺で津波マグニチュード(以下「Mt」)8級の大地震が発生する可能性を指摘する見解(以下「長期評価」)を明らかにしたことに加え,政府の原子力規制組織である原子力安全・保安院が2006年9月20日に既設の原子力発電所について新しい耐震設計審査指針に照らして耐震安全性を評価するよう原子力事業者各社に「耐震バックチェック」を指示した4)のがその契機だった。しかし,その検討で東電は結局,津波対策を実行に移したり対策の検討をさらに深めたりするのを見送って,その代わりに,どのような高さの津波に備えるべきなのかについての研究を継続すると決定した。この経緯の大筋は,政府が設けた事故調査・検証委員会(以下「政府事故調」)の中間報告によって2011年中に明らかにされ5),東電自身の事故調査報告書6)や国会が設けた事故調査委員会(以下「国会事故調」)の報告書7)でも若干の説明がなされている。しかしながら,この経緯の過程で,これに関わった東電役職員個々人がそれぞれ,1Fにおける津波のリスク,すなわち,1F敷地の高さに達するような津波を発生させる地震が福島県沖合の海底下で起きるリスクについて,どのように認知していたのかは従来の各種報告書では明らかにされていなかった。本研究はそこを対象にした。
この経緯をめぐっては,当時の東電役員らが業務上過失致死傷の犯罪嫌疑をかけられ,東京地方検察庁(以下「地検」)によって2012~2014年に刑事訴訟法に基づく犯罪捜査が行われた。その捜査の過程で収集された証拠資料はその後,東京地方裁判所によって選任された検察官役の指定弁護士に引き継がれ,その多くが,同裁判所の刑事4部で2017~2019年に開かれた公判(以下「公判」)で取り調べられた。それに加えて2018年には,東電の社員や元役員らの尋問が公判で行われ,その速記録がまとめられた。それら速記録や証拠資料は,東電の株主が旧経営陣を相手取って会社の損害を賠償するよう求めた訴訟(以下「株主代表訴訟」もしくは「株代訴訟」)や福島第一原発事故に伴って避難した人たちが国と東電を相手取って大阪など各地の地裁に起こした訴訟の法廷にも証拠として提出された。さらに2021年,株主代表訴訟の法廷で元役員らの陳述書が新たに証拠採用され,また改めて尋問が行われ,それは刑事公判での尋問より立ち入った内容だった。本研究では,これら尋問の記録や陳述書など証拠資料を含む訴訟記録(以下「訴訟記録」)を,裁判所で閲覧したり,避難者訴訟の被告である国の関係行政機関から情報公開法の手続きで入手したりし,それらに加えて,政府事故調や国会事故調の聴取記録など既公開資料もあわせて全体を精査した。
これら精査の結果に基づき,本研究では,2008~2009年に1Fの津波対策に関する会社としての意思決定に関わることのできる立場にあった東電の役職員として,以下の9人を対象とし,各人の陳述を分析・比較する。すなわち,東電の社内組織である原子力・立地本部の原子力設備管理部にある中越沖地震対策センターの土木調査グループ主任だったA,同グループ課長だったB,同グループマネージャーだったC,中越沖地震対策センター所長だったD,原子力設備管理部長だったE,常務兼原子力・立地本部副本部長だったF,副社長兼原子力・立地本部長だったG,社長だったH,会長だったI――の9人である(肩書は2008年7月末時点のもの)。この9人について,社内階層の下から順にA,B,C,D,E,F,G,H,Iと符号を付し,この論文では以後,その符号で各個人を特定する。
この論文では,第II章で,研究の前提となる事実関係を概観しつつ,先行研究を整理し,続く第III章で,1F事故発生の3~2年前に当たる2008~2009年において,A~Iの役職員個々は,長期評価についてどのように認知し,どの程度までそれを信頼していたか,福島県の太平洋沿岸にある1Fについてなんらかの具体的対策を実施しなければならない必要性を基礎付ける程度の津波リスクを認知していたのか,それとも,そうしたリスクはないと認知していたのか,を各人の陳述に基づいて明らかにする。その上で,各人のリスク認知の相対的な高低を比較する。これらの分析に当たっては,インタビューやフィールドワークなど社会調査によって得られた大量の質的データから人や社会に関する理論を生み出すための体系的な手法として社会科学分野で広く用いられている修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を参考にした方法を用いる8)。
第IV章では,人によるリスク認知を対象とする心理学分野の先行研究の積み重ねに照らして,前章で明らかになった各人の認知の差異について,その要因を検討する。具体的には,A~Iの陳述において,既往の研究で確認されている人の認知バイアスや認知的不協和の存在を見い出せるかどうかを精査し,その結果を示す。
第V章では,第III章と第IV章で整理・分析した結果について,意志決定に関する行動経済学,経営学など社会科学分野の先行研究を踏まえ,考察を加え,現状の改善策を探る。最後に第VI章に結論を記す。
裁判公開の原則に基づき,だれであっても閲覧することのできる訴訟記録ではあるが,そうした訴訟記録を用いて東電社内の役職員個々のリスク認知の内容に焦点を当てて分析した先行研究は見当たらず,その点が本研究の特徴である。
各種の事故調査報告など先行研究によって積み重ねられてきたところによれば,2008~2009年に東電社内で1Fの津波対策強化が検討された際に,その検討の根拠もしくは契機となったのは,前述したように,地震本部の長期評価と保安院の耐震バックチェック指示だった。
長期評価は,三陸沖北部から福島県沖を経て房総沖に至る南北800 kmほどの日本海溝のどこでもその近辺でMt8.2前後の津波地震が発生する可能性があると指摘し,その発生確率を以後30年で20%程度と見積もった3)。これは,福島県沖でもMt8級の津波地震が起きるリスクが相当程度あることを意味する。東電の土木調査グループに2008年当時所属していたA,B,Cの陳述によれば,もしこれについて信頼性が高いと考えるのだとすれば,その程度によって,長期評価は,1Fにおける津波対策をなんらか強化しなければならない必要性を基礎付ける知見となる可能性があった9~11)。
これに対し,当時の東電が1Fの津波対策のよりどころとしていたのは,土木学会の原子力土木委員会の津波評価部会が2002年2月にまとめた報告書「原子力発電所の津波評価技術」(以下「津波評価技術」)だった12)。この津波評価技術で導入された手法では,文献などの調査に基づき,歴史上知られている既往の津波について,沿岸にある津波の痕跡を説明できる波源の地震断層モデルを設定し,不確かさを補うため合理的範囲で条件パラメータを変化させた数値計算を多数行って,その高さや低さが最大となるものを想定津波とする。この手法の内在的な限界として,仮に,1600年代に江戸幕府の中央集権体制が確立するより前の古い時代に巨大津波があった場合,それは文献に記録されなかった可能性が高く,したがって評価対象に入りづらいという弱点があった。すなわち,政府事故調によれば「過去300年から400年間程度に起こった津波しか対象にすることができない。再来期間が500年から1,000年と長い津波が起こっていたとしても,文献・資料として残っていない場合,検討に含めることができない可能性が高い」との「問題点」があった13)。
そして結果的に,土木学会手法を取りまとめて示した津波評価技術の報告書では,福島県沖の日本海溝沿いに波源の断層モデルは設定されていなかった14)。このため,東電は,福島県沖の日本海溝沿いで巨大地震が起きるとの前提を置くことなく,すなわち,そうした巨大地震は福島県沖で起きないとの前提で,1Fの想定津波を5.7 mと決定した(のちの2009年に算定し直して6.1 mに引き上げた)。そしてそれらを上回る高さの津波への対策を実施していなかった15)。
このように地震本部の長期評価と土木学会手法とで1Fで想定すべき津波高さが異なり得る状況にあるなか,原子力安全委員会は2006年9月19日,原子力発電所の耐震設計審査指針を改訂し,この中で,原子炉設置許可の際の審査に当たって,「最新の知見」に照らして妥当性が十分確認された地震動を想定した設計となっているかどうかを設計の妥当性を判断する際の基礎にすると定めた16)。これを受けて原子力安全・保安院は翌20日,東電を含む原子力事業者に対し,この新しい耐震設計審査指針に照らした耐震安全性の評価を行い,その結果を報告するよう指示し,その際,津波に対する安全性の評価についても,「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波を想定する」よう求めた4)。
このいわゆる「耐震バックチェック」に対応するため,東電は,2008年上期に,長期評価の見解を前提に,明治三陸沖地震(1896年)の波源モデルを福島県沖の日本海溝沿いに置き,そのほかの点については土木学会手法に準拠して数値計算を実施した。すると,1F敷地南部における津波高さは最大15.7 mになるとの結果が得られた。東電の原子力・立地本部内で津波評価を担当する土木調査グループのA,B,Cは2008年6月10日,この計算結果について,D,E同席の下でFに説明した。その際,その対策として防潮堤を設ける工事(以下「対策工」)の効果についても説明がなされた。2ヵ月弱後の同年7月31日,Fらは,土木学会の津波評価技術では福島県沖の日本海溝沿いの津波発生を考慮していないこと,長期評価では津波の波源として想定すべき波源モデルを明示していないことを理由として,長期評価の扱いについて土木学会に審議を依頼し,その結論が出るまでは現行の想定のままとする方針を決定した17,18)。
結果的にこのあと東電は,なんらの対策も実行に移さなかった。2011年3月時点で土木学会の検討は継続中だった19)。
2. 「コミュニケーション不足」仮説など残る未解明事項2024年春の現時点で,このような一連の経緯を巡っては,未解明の疑問が残ったままとなっている。
東電はその事故調査報告書で,「当社は,福島県沖の日本海溝沿いでは大きな地震が発生しないと考えていた」と述べ,主要建屋のある海抜10 mの敷地にまで津波が遡上してくるとは「全く考えられなかった」と強調している20)。しかし,工学の素養があるはずの東電の技術者や経営者が全員一致して完全にゼロリスクだったと考えていたというのは非現実的で,「全く」考えられなかったというのは実際にはあり得ないことのように思われる。米国科学アカデミーは,東電が2008年に切迫感を欠いているようにみえるのは不可解であると指摘している21)。
これら疑問を解き明かそうとした先行研究がないことはない。
日本原子力学会の原子力安全部会はその報告書で,土木学会の手法について,「過去400年間の津波の最高高さ程度の津波を想定することと思われる」と分析し,一方,原子力界の「ニーズ」について,1千年から1万年までの間での発生津波の予測が必要であったと指摘し,両者に「相違が生じ」ていたと考察している。原子力安全部会の報告書は,土木学会と原子力界の間に「分野間のコミュニケーション不足の問題」が生じ,土木学会の手法による津波の想定について,両分野間で「議論されなかったのではないかと思われる」との推測を示している22)。
これは,東電社員の川野が,2008~09年に津波対策強化を社内で検討した際に「組織横断的に十分な議論を尽くすには至らなかった」と省みている23)のと符合しており,「分野間のコミュニケーション不足」は,1F事故の発生原因の特定に直結する重要な仮説であるということができる。
しかし,これはあくまで推測の域を出ておらず,原子力安全部会においても東電自身や政府事故調,国会事故調,民間事故調の報告書など他の先行研究においても実証されてこなかった。本研究はこの仮説の検証を試みる。
3. 訴訟記録を利用した近年の研究東電社内にあって,その社内組織である土木調査グループが,津波対策強化の必要性を基礎付ける程度の津波リスクを認知し,対策強化を提言していた事実は,2019年以降に利用可能となった訴訟記録によって明らかになってきている。
科学ジャーナリストの添田孝史によれば,Fらが長期評価の扱いについて土木学会の審議に委ねる方針を決めてから1ヵ月あまり後の2008年9月10日,本店からA,Dらが福島に出張して1Fで1F幹部を対象に開いた説明会で「会議後回収」の条件のもと配布された土木調査グループ作成の資料には「津波対策は不可避」と記載されていた24)。記載の意図についてAは公判で「地震本部の見解を取り入れないという今後の展開というのは考えにくくて」と振り返った25,26)。
社会科学系を中心とする有識者でつくる第二次民間事故調によれば,実際,東電の土木調査グループは2008年以降,耐震設計審査指針に基づく国の規制に適合するためには1Fの津波対策を抜本的に強化する必要性があると考えていたが,その提案は組織内で繰り返し退けられた。すなわち,2008年7月31日の会議でFによって対策工の実施を不決定とされ,2009年夏には原子力設備管理部内の機器耐震技術グループのマネージャーによって部門横断検討会議の設置を事実上拒まれた27,28)。訴訟記録に基づく奥山の論考によれば,東電は2008~2009年に,組織内部のコミュニケーション不全によって,福島県沖の津波地震に関する国の長期評価などについての認知の社内共有に失敗し,その結果,地震学,津波工学などの専門家たちの暗黙知を無視し,1Fの津波対策を見送った,と分析されている29)。
これら訴訟記録を利用した近年の研究は,2017年に東電の旧経営陣に対する刑事公判が始まり,それらの刑事訴訟記録が民事訴訟の法廷に送付・提出され,2019年ごろ以降,裁判所において外部の閲覧に供され,それによって初めて可能となった。これまでのところ,そうした訴訟記録を用いた先行研究は,ここまでに引用した添田の著書25),民間事故調の報告27),奥山の論考29)のほかに見当たらず,中でも,2021年に株主代表訴訟の法廷で実施された尋問の結果は奥山の論考29)でしか利用されていない。
株主代表訴訟の記録を含む訴訟記録,なかでも,2008~2009年当時の東電の役職員の個々に対する尋問での陳述のすべてについて,責任追及から切り離して学術目的で網羅的に分析の対象とした先行研究の例はない。そこに本研究の特徴はある。そうした特徴を生かし,本研究は,これまでの先行研究や各種報告ではひとくくりにされがちだった東電役職員のリスク認知の状況を個別に明らかにしようとするものだといえる。
4. リスク認知や認知バイアスに関する社会科学分野の先行研究リスクを含めなんらかの対象を人が認知するに当たって,様々な歪み(ゆがみ)や癖,すなわちバイアスが生じ得ることが,心理学の発展によって明らかにされてきている。数十万年に渡って過酷な自然環境の下で人類が生き延びて進化するに当たって獲得してきた心の仕組みだが,現代社会では不合理な認知や判断につながることも多い。高い知的能力をもち,かなりの訓練を受けた専門家であっても,バイアスから逃れるのは困難だということがわかっている30)。1F事故の背景に,こうした人の心理のバイアスを指摘する論考は少なくない。
国の原子力委員会は,1F事故後,集団思考や現状維持志向が強いことを「原子力関連機関に継続して内在している本質的な課題」に挙げている31)。経営学研究者の松井も,1Fで十分な津波対策がなされなかった要因として,集団思考の存在を指摘している32)。
集団思考は,アメリカ政府ケネディ政権高官たちのグループによる意思決定の失敗と成功を対象とするJanisの研究で明らかにされた集団特有のバイアスで,その集団の高い凝集性(cohesiveness),外部からの隔絶(insulation)などいくつかの先行要因の下ではその集団内で他のメンバーに同調しようとする強い誘因が働きがちとなり,その結果として,その集団の力と信念に過度の楽観を抱き,警告の過小評価を正当化し,その集団もともとの道義を問うことなく決断の帰趨の非倫理性を無視し,集団内のコンセンサスに個人が疑問を抱いてもその表明を極力差し控える自己検閲が行われ,多数派の見方に準拠する判断についての全員一致を幻想し,そうした症状の帰結として,欠陥ある意思決定と失敗に至る,という現象である33)。
松井は,1Fの津波想定について,原子力安全委員会,原子力安全・保安院の関係者,地震学研究者らから政府事故調が聴取した結果の調書を分析し,「原発関係者」について「組織間関係の要因によって集団思考に陥った可能性が考えられる」と結論付けている32)。
実験心理学研究者の一川は,1Fで十分な津波対策が取られることがなかった理由として,電力会社が「安全神話」に反する情報やその情報源を否定する確証バイアスの陥穽に落ちていたとの見方を提示している34)。関西電力の原子力事業本部や原子力安全推進協会の役職を歴任した久郷は,1F事故の要因として「専門領域から遠いテーマには関心が薄くなり,都合のよい情報だけを集めてしまう確証バイアス」や「安全は確立されたので自分達は大丈夫と思う正常性バイアス」を挙げ,こうした認知バイアスへの対処が必要だと説いている35)。
現実世界における意思決定の際に,人は,経済学などの標準的なモデルで予測される選択に比して,不均衡なほどに,それまでの選択を変えない,あるいは,何もしないとの選択を採る傾向が強く,こうした現状維持バイアスは先行研究の実験によって確かめられている36)。また,人は,自分がこうと決めた仮説や予測を裏付ける事実のみに目を向けて,それと異なる事実に目を背けがちであり,これは確証バイアスと呼ばれる37)。人が自然災害の際にその危険をなかなか認めようとせず,避難などの行動を起こそうとしない傾向は正常性バイアスと呼ばれ,災害研究者の広瀬によれば,それは「危険を無視することによって心的バランスを保とうとする一種の自我防衛機制である」と考えられており,なかでも,「極度に大きな危険の存在が告知されても,その告知された危険が人々の対応能力をはるかにこえるほど大きく,他方,危険そのものの属性になんらかの曖昧さを含む場合には,危険度は過小に評価される傾向」はその表れの1つである38)。
認知バイアスを助長する要因の1つとして,心理学を専門とするFestingerによって認知的不協和の理論が定式化されている。自身の行動と矛盾するような認知に居心地の悪さを感じ,そうした不協和を低減するため,認知そのものを変えようと動機付けられた心理状態に陥っている状況を指す39)。
高潮や豪雨の際の住民の避難行動に関する吉田らの研究によれば,少なくない住民が,ハザードマップや警報により自宅が浸水してしまう可能性を認知しながら,認知的不協和の影響により,すなわち,そのような可能性を認知することと自宅に留まりたい心理との協和を満たすため,死亡確率や災害発生確率を不当に低く見積もっていた40,41)。
このほかにも,アンカリング(Anchoring),偶然性の誤解(Misconceptions of chance),ギャンブラーの誤謬(gambler's fallacy)など,様々な認知バイアスが心理学の先行研究によって明らかにされてきており42),訴訟記録を精査する際にはそれらも念頭に置いて該当がないか検討することにした。
本節でみてきたように,1F事故の背景に人の認知バイアスがあったとの指摘は少なくない。しかし,それを実証した研究は松井のものしか見当たらず,その松井の研究も,肝心の東電の役職員の調書を十分に収集できておらず,そのため研究の射程に制約を受けている。
5. 所属バイアスに関する先行研究専門家であっても,その所属や地位によってリスク認知に差異が生じることがあり,そうした所属バイアス(affiliation bias)がリスク認知の先行研究で指摘されており,本研究にも重要な示唆となる可能性がある。
Kraus,Malmfors,Slovicが,米国の毒性学会の会員を対象に1988年に意識調査をしたところ,産業界の会員は,大学や行政の会員に比べて,化学物質のリスクを低くみていることがわかった43)。Mertz,Slovic,Purchaseによれば,英国に本拠を置く国際的な化学会社の研究開発担当幹部19人を対象とした意識調査の回答と英国の毒性学会会員を対象とした意識調査の回答を比較すると,ほとんどの化学物質について,幹部らの認知するリスクは,大学所属の学会会員のそれより低いのはもちろん,産業界の学会会員のそれよりもやや低かった44)。
日本の原子力界でも同様のバイアスが見い出されたことがある。
原子力利用のパブリック・アクセプタンスなど社会心理学の研究に取り組んだ田中は,日本原子力文化振興財団が1981年3月に原子力専門家545人を対象に行った意識調査の回答について,「技術者」「行政関係者」「企業関係者」「学者・研究者」「重複関係者」といった「専門家区分」を設けて分析し,同じ原子力の専門家であっても,「技術者」や「行政関係者」よりも「学者・研究者」のほうが日本の原子力発電所の危険(リスク)をより高くみていることを発見した。こうした「専門家区分による見方の差異」の原因について,田中は「専門的知識の集積ということを考えれば,技術者と学者・研究者の間に大差があるとは考えられない」と前置きした上で,「両者の差は,原子力産業の内部にあって直接に原子力産業に奉仕する立場にあるか,あるいは,原子力産業に対してより中立的であり,より客観的見方ができる立場にあるか,の差に帰して考えることができる」との推測を示している45,46)。
日本の電力中央研究所の小杉と土屋が,エネルギー問題に取り組んだ経験のある理工系学部の大学教員と同研究所職員を対象に調査した結果を比較したところ,大学教員のほうが同研究所職員より原子力発電の危険性を有意に大きく評価していたことがわかった47)。原子力学会の名簿から無作為に抽出した800人と電力会社4社の広報および技術部門の社員を対象に回答を求めた調査の結果によれば,原子力学会会員は電力社員よりも原子力発電所により大きなリスクを認知していた。この結果について,土屋らは「職業上のバイアスが存在すると考えられる」としている48)。
一般市民735人,バイオ専門家154人,原子力専門家301人,電力社員252人を対象に質問紙で得た回答を分析した小杉と土屋の研究によれば,原子力発電について「電力社員,ついで原子力専門家が安全だと認知しており,バイオ専門家と一般市民は原子力発電を安全ではないと評価していた」という。科学技術の専門家であっても,自分の専門分野から離れた科学技術分野についてのリスク認知が一般人のリスク認知とさして変わらなかった49)。「電力社員など当該技術の利用に関わる職業人」が原子力のリスクを低く認知する傾向について,土屋は「所属組織への忠誠心や利害関係による心理的バイアス」と分析している50)。
田中,小杉,土屋らの研究を踏まえ,木下は,「科学者は自ら認めたくはないだろうが,彼らが科学技術に対して好意的なのは,必ずしも彼らが専門家であり知識が豊富であるせいだけではなくて,それが自己(ないし属する組織や業界)の利益に適うからなのである」と指摘している51)。
田中の研究はかなり古いものであり,また,本研究の分析の対象とする東電役職員の中に「学者・研究者」「行政関係者」は含まれていない。このため,田中の研究の結果を2008年当時の東電役職員に適用できるかどうかに予断をもつべきではない。とはいえ,田中だけでなく国内外の他の先行研究でも示されているように,同じ専門家の間であっても,その人の組織内での役割や階層によって,リスク認知に差異を生じさせるバイアスが生じ得るのであり,これは直視されるべき重要な知見である。
本節でみてきたように,リスク認知やそのバイアスに関して,実証的な先行研究は多々存在する。しかし,1F事故については,前述したように,そうした研究はわずかしかない。本研究はそこを埋めるべく,当事者である東電の役職員らの法廷での陳述を素材に,バイアスの存在を実証しようとするものである。そうした研究はほかに存在せず,そこに本研究の意義があるということができる。
精査・分析の対象とした9人のそれぞれについて,本研究で使用した訴訟記録など資料の概要をTable 1に示し,その詳細はTable S1 in Supplemental Online Materialに示す。
東京電力での役職 | 生年月 | 本研究で精査した主な資料 | |
---|---|---|---|
A | 土木調査グループ主任 | 1972年1月 | 刑事裁判所作成の尋問調書 |
B | 土木調査グループ課長 | 1964年7月 | 刑事裁判所作成の尋問調書 |
C | 土木調査グループマネージャー | 1958年9月 | 刑事裁判所作成の尋問調書 |
D | 中越沖地震対策センター所長 | 1956年6月 | 地検作成の供述調書 |
E | 原子力設備管理部長 | 1955年2月 | 政府事故調の聴取結果書 |
F | 常務兼原子力・立地本部副本部長 | 1950年6月 | 刑事・民事の裁判所作成の尋問調書,本人作成陳述書,国会事故調の会議録 |
G | 副社長兼原子力・立地本部長 | 1946年3月 | 刑事・民事の裁判所作成の尋問調書,本人作成陳述書,国会事故調の会議録 |
H | 社長 | 1944年6月 | 民事裁判所作成の尋問調書,本人作成陳述書,地検作成の供述調書,国会事故調の会議録 |
I | 会長 | 1940年3月 | 刑事・民事の裁判所作成の尋問調書,本人作成陳述書,国会事故調の会議録 |
重要な位置を占めているのは,公開法廷における尋問のやりとりを逐語的に書き起こした調書である。ただし,法廷での尋問が行われてなかった職員が2人おり,このうちDについては,東京地検が作成した供述調書のみがあり,Eについては,政府事故調が作成した調書のみがある。本論文でこれら資料を参照する際にはその出典として,Table S1で示した略称を用いる。
9人の所属,階層をまず明らかにする。
9人のうちG,H,Iは代表取締役であり,会社の首脳である。F,G,H,Iの4人は取締役会のメンバーで,Eは執行役員であり,経営層と区分できる。原子力・立地本部には下部組織として東京の本店に5つの部,そして地方に3つの発電所があり,このうち本店の原子力設備管理部のトップの地位にEはあった。Dは,地検に対する本人の供述によれば,原子力設備管理部内でEに次ぐナンバー2の地位にあった。経営層であるF,G,H,IとともにD,Eは会社組織の上層部に位置付けることができる。
原子力設備管理部には複数のグループがあり,そのうちのいくつかが中越沖地震対策センターに属していた。その1つ,土木グループは2008年7月1日に土木調査グループと土木技術グループに改組されたが,Cはその前後を通じて土木グループ,土木調査グループのトップの地位にあった。C,D,Eは東電の会社組織における中間管理職と位置付けることができる。A,BとともにCは現場技術者と区分することができ,A,Cの証言によれば,1Fの津波評価を中心となって担ったのはA,B,Cだった。
HとIの最終学歴は大学経済学部卒業であり,A~Gは理科系の技術者だった。このうち,地震や津波に関する専門性を有していたのはA,B,Cの3人で,残りのD,E,F,Gは土木分野について専門性はなかった。
東電の有価証券報告書や記者会見で公表された生年月,各種調書に記載された生年月日を調べたところ,Table 1で示したとおり,A~Iの順番に生年が遅く,A~Iについてみる限り,年齢が上であればあるほど社内の階層でも上位にあり,年齢と社内地位の逆転はなかった。つまり,社内の地位の高低と年齢は正の相関関係にあった。
2. 長期評価に寄せる信頼の程度と津波リスク認知の関係福島第一原発の安全性を脅かす可能性のある津波として,2008~2009年に東電社内で議論の対象とされたのは,長期評価において予測された日本海溝沿いのMt8級の津波地震である。
もっと陸地に近いところでなんらかの地滑りや隕石落下などが起きて大津波が発生する可能性が全くないとはいえないし,もっと遠くの南米チリ沖など太平洋の任意の場所で起きた地震の津波が来襲する可能性もないことはないが,それらについては,2008年夏の東電社内の検討の対象とはされておらず,つまり,2008年夏当時,さほどのリスクがある津波とは認知されていなかった。
このため,福島県沖の日本海溝沿いでの地震の発生のリスクをどのように認知していたか認知していなかったかが,ほぼそのまま,1Fにおける津波リスクをどのように認知していたか認知していなかったかと一致していた,ということができる。そして,そうしたリスク認知を基礎付けるほぼ唯一・最大の根拠として2008年夏に東電社内で検討対象とされたのが長期評価である。
つまり,1Fにおける津波に関する東電役職員のリスク認知は,長期評価を知っていたかどうか,知っていた場合にその信頼性をどのように考えていたか,長期評価をどの程度信頼していたか,ということと相関する。すなわち,長期評価を知っていて,それにある一定の信頼度を見い出していたならば,その信頼度に応じて,福島県沖でMt8級の地震が発生するリスクをある程度は認知していたということができる。そして長期評価に全幅の信頼を置いた場合,1Fの津波想定が当時の設計値を超え,なんらかの工事が必要となるのは「120%確実だ」と考えられた52)。逆に,長期評価を知らなければ,もしくは,長期評価の信頼度をゼロと考えていたならば,福島県沖でMt8級の地震が発生するリスクがあるとは認知できず,したがって,1Fの津波リスクを認知できなかったということになる。
このように,1Fにおける2008年ごろ当時の津波リスクの認知は,長期評価にどの程度の信頼を寄せていたか,ということと直接に関連する。
そこで,以下,長期評価の信頼性をどの程度とみていたのか,A~Iの当時の認知の状況を明らかにし,その相互を比較する。
3. 土木学会アンケートに対する土木調査グループ技術者3人の回答福島県沖の日本海溝近辺でのMt8級の津波地震発生について,それが起きないとする従来の土木学会の通説と,それが起こり得るとする長期評価の見解に関し,専門家の間でのそれらへの賛意の度合いについて,土木学会の原子力土木委員会津波評価部会は2004年度と2008年度の2度に渡って,津波評価部会の幹事や委員,外部の地震学研究者を対象にアンケートしている53)。専門家の間での意見分布を探って,地震発生に関する認識論的不確定性を定量化し,それを確率論的津波ハザード評価に反映する目的だった。A,B,Cの3人は土木学会の会員であり,B,Cは2004年度のアンケートに答え,A,Bは2008年度のアンケートに答えている。A,B,Cを含め土木学会の会員の多くは工学系の技術者や研究者であり,これに対して,外部の「地震学者」は理学系の研究者であり,長期評価の策定に携わった研究者もそれに含まれていた。
この2度のアンケートの結果は土木学会の内部で取りまとめられ,回答の集計結果は公開されたが,従来,個々の回答の詳細が公開されたことはなかった。が,前述の刑事・民事の訴訟の法廷に,個々の回答者の実名とその回答内容を取りまとめた土木学会の資料が証拠として提出され,2019年以降,裁判所において一般人による閲覧が可能となった。本研究ではそれを利用した54,55)。
2004年5月に実施されたアンケートでは,三陸沖~房総沖海溝寄りの海域で超長期の間(1万年オーダーの地質学的時間)にMt8級の津波地震が発生する可能性について,2つの選択肢のいずれが適切か,合計1となるように重みをつけて回答するよう求められた。
選択肢の1つ目は,長期評価の見解とは異なる従来説,すなわち,過去に発生例がある三陸沖および房総沖は活動的だが,発生例のない福島県沖は活動的でない,というもので,これについてBは0.7,Cは0.8の重みの賛意を回答した。
選択肢の2つ目は,長期評価の見解,すなわち,三陸沖~房総沖は一体の活動域で,活動域内のどこでも津波地震が発生する,というもので,これについてBは0.3,Cは0.2の重みの賛意を回答した。
この回答に当たって特記事項の欄に,Bは福島県沖について「津波地震が発生していない」と書き加え,また,Cは「どこでも津波地震が発生するを支持するデータが無いため,50:50よりは低めに設定」と書いて,それぞれ長期評価への賛意を2~3割に留めた理由を説明した。
回答した全15人の重みを集計した結果によれば,従来説への賛意の重みは0.59,長期評価への賛意の重みは0.41となった。地震学者5人の回答に絞ると,従来説への賛意は0.38,長期評価への賛意は0.62で,「地震学者と全体で認識に有意な差」が出る結果となった54)。
2008年度に実施されたアンケートでは,同じ海域で同じ超長期の間に同じ「Mt8級の津波地震が発生する可能性」について,回答の選択肢が3つに分けられた。
1つ目の選択肢は「過去に発生例がある三陸沖(1611年,1896年の発生領域)と房総沖(1677年の発生領域)でのみ過去と同様の様式で津波地震が発生する」との従来説で,Aが0.1,Bが0.7と答えた。
2つ目の選択肢は「どこでも津波地震が発生するが,北部領域に比べ南部ではすべり量が小さい」というもので,Aが0.8,Bが0.3と答えた。
3つ目の選択肢は「どこでも津波地震(1896年タイプ)が発生し,南部でも北部と同程度のすべり量の津波地震が発生する」というもので,Aが0.1,Bが0と答えた。
2つ目の選択肢と3つ目の選択肢は,三陸沖~房総沖海溝寄りの海域のどこでもMt8級の津波地震が発生するという点で長期評価の見解と一致しており,その2つの選択肢への賛意は合わせておおむね長期評価の見解への賛意であるとみなすことができる。そうすると,アンケート実施時期は異なるものの,Bは一貫して,長期評価の見解に沿う選択肢に0.3の重みを与え,一方,その部下のAは長期評価の見解に沿う選択肢に0.9の重みを与えている55)。
これらの結果をまとめると,東電の土木調査グループの内部の3人の技術者において,長期評価への信頼の程度について以下のような差異があったことがわかる。
\begin{equation*} \text{A} > \text{B} > \text{C} \end{equation*} |
Aは長期評価にほぼ全面的な9割の賛意を示しており,B,Cが過半を下回る賛意しか示していなかったのと対照的であり,土木調査グループ内部で認知に大きな開きがあったといえる。同じ土木技術者であるにもかかわらず,一見してその専門性とは無関係に,社内階層が高ければ高いほど,信頼性の程度が低くなっている。長期評価に寄せる信頼の程度と社内階層との間に,負の相関関係を見い出すことができた。
4. M-GTAによる各役職員の陳述の分析本研究では,A~Iの9人について,各個人の陳述を記録し,かつ,第三者による閲覧が可能となっている速記録など調書,議事録,陳述書の類のすべてに目を通し,それらに含まれている陳述について,社会科学分野の質的研究におけるインタビューデータの分析・理論化の手法,具体的には,社会学研究者の木下によって編み出された修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を参考にした方法を用いて分析した56)。
M-GTAは,社会学研究者のGlaserとStraussによって提唱されたGTAを木下が修正し,発展させてきたもので,個別のデータから普遍的な概念を見い出していき,それら概念に照らして再度,データを見渡して,共通する要素を探し,その結果によって概念を修正し,洗練していき,そのように生成された,いくつもの概念をさらに上位のカテゴリーないし理論へと抽象化していく手法である。その作業に当たっては,概念ごとにワークシートを立ち上げて,分析テーマと分析焦点者を明確化したうえで,その概念の定義を簡単に記述し,その概念のもととなる個別のデータをバリエーション(具体例)として抜き出してその下に転記し,さらにその下に理論的メモを添える手法を推奨している。こうしたワークシートを何枚も作成することで,「データに密着した分析」による「独自の概念やカテゴリー」の生成の過程を可視化することができると考えられており,社会科学分野の多くの質的研究で用いられている57,58)。
本研究では,A~Iの9人の陳述を見渡しながら,長期評価に各人が寄せる信頼の程度に関連する陳述,1Fにおける津波リスク認知に関連する陳述,1Fにおける津波対策に長期評価を採り入れるべきかどうかに関する陳述に着目して,各人のいおうとしている内容の概念化,そしてそれら概念のカテゴリー化を試みた。すなわち,M-GTAの手順に従って,陳述者ごと,概念ごとにバリエーションとなるべき陳述の具体例,その要約,その出典,そして,そこから導き出した理論的メモをひとまとめにしたワークシートを作成した。そのうえで,これらワークシートについて,互いに比較し,その比較で気が付いた考察を理論的メモの欄に追記した。このようにしてできあがったワークシートをTable S2 in Supplemental Online Materialに示す。生成された概念とその定義,カテゴリーを一覧表にまとめ,Table 2に示す。
分析テーマ:東京電力の個々の役職員は2008~2009年ごろ,福島県沖の日本海溝近辺でMt8級の大地震が発生する可能性があると指摘した地震本部の長期評価をどの程度信頼していたか,また,福島第一原子力発電所(1F)での津波リスクをどのように認知していたか | |||
---|---|---|---|
カテゴリー | 概念名 | 定義 | |
長期評価に寄せる信頼の程度 | |||
長期評価の否定し難さ | 長期評価の見解を否定することの難しさについて,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
長期評価の根拠のなさ | 長期評価の見解の根拠について,陳述者はどのように認知し,あるいは,どのように聞いていたか。 | ||
長期評価の信頼性のなさ | 長期評価の見解の信頼性について,陳述者はどのように認知し,あるいは,どのように聞いていたか。 | ||
長期評価にまつわる客観的な背景事実関係に関する認知 | |||
専門家の意見分布 | 長期評価の見解に関する専門家の意見の分布について,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
地震本部の権威の高さ | 長期評価の見解を公表した地震本部について,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
津波リスクに関する自身の認知 | |||
津波リスクに関する自身の認知 | 福島第一原子力発電所の敷地における津波のリスクについて,陳述者はどのような知見をもち,あるいは,どのように認知していたか。 | ||
長期評価への対応のあり方に関する認知もしくは意見 | |||
長期評価への対応のあり方 | 長期評価の見解を受けて東京電力はどのように対応するべきだと陳述者は考えていたか。 |
最初に見い出すことができた概念は,「長期評価の否定し難さ」であり,続けて「長期評価の根拠のなさ」「長期評価の信頼性のなさ」だった。これらをまとめて1つのカテゴリーに分類し,それを「長期評価に寄せる信頼の程度」と名付けた。
(a)長期評価の否定し難さ
「長期評価の否定し難さ」についての具体例は,A,B,Cの3人の陳述に見い出すことができる一方,D~Iの陳述には見当たらなかった。
長期評価を否定することについて,Aは「無理」「できない」と明言する一方,B,Cは「困難」とやや留保している。こうした陳述内容の検討を経て,長期評価の否定し難さの認知に関する各人の程度を以下のように判定した。
\begin{equation*} \text{A} > (\text{B}, \text{C}) \end{equation*} |
(b)長期評価の根拠のなさ
「長期評価の根拠のなさ」についての具体例は,A,C,F,Gの陳述に見い出すことができ,なかでもFについては39のバリエーション(陳述の具体例)を数えた。他方,この4人の中でAはただ1人,長期評価について,根拠のなさを指摘しつつ,自身の理解として「同じプレート境界なので」と積極的根拠を説明している。こうした陳述内容の検討を経て,長期評価の根拠のなさの程度に関する各人の認知について,以下のように判定した。
\begin{equation*} \text{A} < (\text{C}, \text{F}, \text{G}) \end{equation*} |
(c)長期評価の信頼性のなさ
「長期評価の信頼性のなさ」についての具体例は,F,Gの陳述に見い出すことができたが,Cの陳述には見当たらなかった。こうした陳述内容の検討を経て,長期評価の信頼性のなさの程度についての各人の認知の程度について,以下のように判定した。
\begin{equation*} \text{C} < (\text{F}, \text{G}) \end{equation*} |
(d)まとめ
ここまで検討してきた「長期評価に寄せる信頼の程度」のカテゴリーについて,各陳述者,各概念の分析ワークシートから理論的メモを抜き出し,一覧表にし,Table 3に示す。
概念のカテゴリー | |||
---|---|---|---|
概念名/陳述者 | 定義/陳述者ごとのメモ | ||
長期評価に寄せる信頼の程度 | |||
長期評価の否定し難さ | 長期評価の見解を否定することの難しさについて,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
陳述者A | ・長期評価について「否定できない」「否定するのは無理」と明言し,土木学会で研究を重ねても結論は同じになると予測。 | ||
陳述者B | ・長期評価を否定するのは「かなり困難」「非常に難しい」,残る可能性が高いと思ったと明言。 | ||
陳述者C | ・長期評価について「先方が明確な根拠を示していない」という理由で,長期評価を覆す根拠を出すのは非常に難しいと説明。 ・消極的事実の立証の困難性を示す言葉「悪魔の証明」を用いて,長期評価の否定し難さを説明。 ・長期評価の否定について,Aは「無理」「できない」と明言するのに対し,B,Cは「困難」とやや留保しており,B,Cに比べてAのほうが長期評価により肯定的だといえる。 |
||
まとめ | ・長期評価の否定し難さの程度の各人の認知について,以下のように判定できる。 A > (B, C) |
||
長期評価の根拠のなさ | 長期評価の見解の根拠について,陳述者はどのように認知し,あるいは,どのように聞いていたか。 | ||
陳述者A | ・長期評価について,積極的な根拠が示されていないと指摘しつつ,自身の理解として「同じプレート境界なので,同様な地震がどこでも発生する可能性がある」と積極的な根拠を説明。根拠のなさを強調するCと対照的だといえる。 | ||
陳述者C | ・長期評価について,科学的根拠を示しておらず,その意味で知見ではなく,少し乱暴と指摘。 ・長期評価の根拠であるプレートテクトニクス(本州が載っている陸のプレートの下へ太平洋側から太平洋プレートが沈み込むことに伴って,これら2つのプレート境界面がずれて,福島県沖を含む日本海溝沿いに地震が発生するとの考え方)への言及が全くない。 ・長期評価について積極的な根拠を挙げることが一度もなく,消極的な理由の説明に終始。この点でAより長期評価に否定的な態度といえる。 |
||
陳述者F | ・長期評価について,根拠がわからず,あいまいなところがある,と説明。 ・土木学会の津波評価技術や従来の設計を覆すような新しい知見やデータは一切ない,と認識。 |
||
陳述者G | ・具体的根拠がなく,設計に用いることのできるものではないとC,Eから聞いたと説明。 | ||
まとめ | ・長期評価の根拠のなさの程度の各人の認知について,以下のように判定できる。 A < (C, F, G) |
||
長期評価の信頼性のなさ | 長期評価の見解の信頼性について,陳述者はどのように認知し,あるいは,どのように聞いていたか。 | ||
陳述者F | ・長期評価について,信頼性がないとCから説明を受け,自分も信頼性はないと思った,と説明。 ・長期評価について,信頼性を否定したことは全くない,とも説明。 |
||
陳述者G | ・国の中央防災会議で取り扱っておらず,地震本部自身の分類でも信頼度は下から2番目のC評価であり,信頼に値するのか自体がわからない,との部下の説明があり,それらの説明に異論はなかったと説明。 | ||
まとめ | ・Fは,長期評価について,Cから「信頼性はない」との説明を受けたと陳述するものの,Cの陳述にはそれを裏付ける説明はなく,Cの陳述に,長期評価に信頼性はないとの説明は見当たらない。このため,長期評価の信頼性のなさの程度についての各人の認知について,以下のように判定できる。 C < (F, G) |
||
まとめ | ・以上を要するに,長期評価に寄せる各人の信頼の程度について,以下のように判定できる。 A > (B, C) > (F, G) |
こうした分析を総合し,長期評価に寄せる各人の信頼の程度について,以下のように判定した。
\begin{equation*} \text{A} > (\text{B}, \text{C}) > (\text{F}, \text{G}) \end{equation*} |
長期評価に関する専門家の意見分布や長期評価を作成した地震本部の性格など背景的な事実関係については,当然のことながら,土木の専門家であるA,B,Cの陳述が的確である一方,専門家ではないE,F,Gの陳述は必ずしも的確ではない。特にEは,長期評価について荒唐無稽と指摘する専門家が多数いると認知しており,この認知は現実と乖離している。このEの説明に基づいてGはみずからの認知を形成している。分析結果をTable 4に示す。
概念のカテゴリー | |||
---|---|---|---|
概念名/陳述者 | 定義/陳述者ごとのメモ | ||
長期評価にまつわる客観的な背景事実関係に関する認知 | |||
専門家の意見分布 | 長期評価の見解に関する専門家の意見の分布について,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
陳述者A | ・地震学者にアンケートすると,支持する意見がやや多い,と説明。 | ||
陳述者B | ・長期評価について,研究者,専門家の意見の過半が支持していると説明。 ・長期評価について,保安院の審査で取り入れるようにと指摘されるだろうと考えたと説明。 |
||
陳述者E | ・長期評価について,多くの研究者の支持を得られるのか,本当に定説なのか妥当なのか疑問視。 ・長期評価について,荒唐無稽と指摘する人が多数いると認識。 |
||
陳述者F | ・長期評価について,専門家の意見が大変に割れている,と認識。 ・意見分布の平均が正しい答えになるとは思わなかった。 ・理学系の研究者が示した意見であり,理学系の研究者は意見に幅があり,信頼度も様々と説明。 |
||
陳述者G | ・長期評価について,学者の間でも意見が分かれていて,特にラディカルな考え方をもとに取りまとめられているとEから聞いたと説明。ある特定の考え方だけを用いたものだと理解。 ・考慮すべきという意見の有力な専門家がいるという説明はなかったように思うと説明。 |
||
地震本部の権威の高さ | 長期評価の見解を公表した地震本部について,陳述者はどのように認知していたか。 | ||
陳述者A | ・国の地震研究に関するトップの組織に著名な地震研究者が参加して長期評価を取りまとめたのであり,保安院の審査において,長期評価を取り入れずに妥当な評価だと説明するのは難しいと思っていた。 | ||
陳述者B | ・長期評価について,国の権威ある機関が出した,一定のオーソライズされたものと説明。 | ||
陳述者C | ・長期評価について,日本の非常に優秀な地震や津波の専門家が関わられている中での一定の結論であると説明。 | ||
陳述者F | ・長期評価をまとめた地震本部について,国として地震の調査研究を統一的に進めるため法に基づいて設置された権威ある政府機関だが,その研究者の名前や経歴は知らなかった,と説明。 | ||
陳述者G | ・法律に基づく政府の地震調査の機関の見解であり,それなりの検討をしたものであり,放っておく訳にはいかないと認識。 | ||
まとめ | ・長期評価や地震本部に関する各人の認知の的確さの度合いについて,以下のように判定できる。 (A, B, C) > (E, F, G) |
長期評価に寄せる信頼の程度を示す陳述の具体例とは別に,1Fにおける津波のリスクに直接触れた陳述の具体例をA~Iの全員の陳述に見い出すことができた。A,B,C,D,Gは「切迫性」「切迫感」を否定し,E,F,H,Iも同様の説明をしているが,その根拠を説明する陳述の具体的内容は異なっている。
Aは「1~2年」とか「10年以内」といった具体的な期間を挙げて「近い将来」に福島県沖の日本海溝寄りで大地震が起きるとは考えていなかったと切迫性のなさを説明している。これを逆にみると,10年を超える将来にそうした大地震が起きるリスクについて否定しておらず,現に「もちろん,それは100年放っておいていい話ではない」とも明言している。これに対し,Bは,1Fで津波高さが10 mを超える年超過確率が10−4と10−5の間にあるとのハザード解析結果を参照している。10年先を超える将来に起きる可能性を否定しないAのリスク認知と,数万年に1度起きるとのBのリスク認知は矛盾するものではないが,前者のほうが,参照対象の時間軸がはるかに短く,それは,より大きなリスクを認知していることを示すとみることができる。Cは,切迫感がなかった理由について,A,Bに比して,漠然とした説明に終始している。これらA,B,Cの陳述に関する分析を総合すると,津波リスク認知の程度について,以下のような判定も考えられる。
\begin{equation*} \text{A} > \text{B} > \text{C} \end{equation*} |
Dは,10 m超の津波が来る可能性がないと思い込んでいた点で,A,B,Cよりリスク認知の程度が低い。一方で,長期評価に否定的な態度を示していない点で,Dは,E,F,Gと異なる。
H,Iは,事故発生後に至るまで長期評価の存在そのものを知らなかったと述べている。実質的にこれは,福島県沖でMt8級の津波地震が発生する可能性があるとの有力な見解が存在することを知らなかったことを意味する。Hは福島県に大きな津波が来るとは思っていなかったと述べ,Iはそうした津波は来ないと思っていたと述べている。
これらH,Iと比較して,E,F,Gは,長期評価の内容を認知し,直ちには設計に取り込まないまでも,そこで示されているリスクを無視することはできないと考え,その扱いの検討を進めるとの方針に賛同していたのであり,その点で,ある一定のリスクを認知していたといえる。
このような分析を総合し,1Fにおける津波リスクの認知の程度について,以下のように判定した。A,B,Cの認知の程度の大小については,ここでは判定を見送ることにした。
\begin{equation*} (\text{A}, \text{B}, \text{C}) > \text{D} > (\text{E}, \text{F}, \text{G}) > (\text{H}, \text{I}) \end{equation*} |
その分析の過程をTable 5に示す。
概念のカテゴリー | |||
---|---|---|---|
概念名/陳述者 | 定義/陳述者ごとのメモ | ||
津波リスクに関する自身の認知 | |||
津波リスクに関する自身の認知 | 福島第一原子力発電所の敷地における津波のリスクについて,陳述者はどのような知見をもち,あるいは,どのように認知していたか。 | ||
陳述者A | ・「1~2年」「数年」「10年以内」といった具体的期間を挙げて「近い将来」に福島県沖の日本海溝寄りで大地震が起きるとは考えていなかったと切迫性のなさを説明する一方,「もちろん,それは100年放っておいていい話ではない」とも明言。 ・長期評価について,そうした地震が絶対に起きるといっているのではなく,起きる可能性を否定できないという消去法の見解が示されたとの認識。 ・陳述者Aの説明を分析すると,「1~2年」もしくは「10年」を超える将来にそうした大地震が起きるリスクの認知について,あえて否定しない陳述態度と解釈し得る。 |
||
陳述者B | ・1Fで津波高さが10 mを超える年超過確率について「基準地震動とほぼ同等」の10−4と10−5の間であることを示す津波ハザード曲線を参照。 ・そうした津波の確率に関する確度の高い計算はなされておらず,そのため切迫性をもっていなかったと説明。 ・陳述者Aが「1~2年」「数年」「10年以内」といった「近い将来」を念頭に切迫性のなさを説明しているのとは異なり,陳述者Bが参照の対象としているのは1万年と10万年の間であり,Bの参照対象の時間軸はAのそれよりはるかに長い。 |
||
陳述者C | ・1F敷地に遡上する津波について,あまり現実的なものと認識していない部分があり,実体を伴う津波として心配していた訳ではなく,切迫感がなかったと述懐。 ・切迫感がなかった理由について,陳述者A,Bに比べて,漠然とした説明に終始。 ・1Fに実際に10 m超の津波が来襲したことについて,想定外とは思いづらいとも述懐。 |
||
陳述者D | ・地震本部(推本)の指摘するとおりに福島県沖で津波地震が発生したとしても10 m級の津波が実際に発生することはないだろう,そう何度も想定を上回る事象が生じることはない,と根拠なく思い込んでいて,切迫感がなかったと述懐。 ・10 m超の津波について,計算上の可能性を認識していたCとは異なり,Dはその可能性がないと思い込んでおり,リスク認知の程度に差異があるといえる。 ・地震本部の長期評価を否定していない。長期評価に否定的な態度を示していない点で,E,F,Gと異なる。 |
||
陳述者E | ・チリ地震津波(1960年)を根拠に,福島に来る最大の津波高さについて,3 mの桁をイメージしており,10 m超の評価を奇異に感じていた。 ・長期評価について,波源を勝手に移動し,可能性を指摘しているだけであり,無責任と批判。 |
||
陳述者F | ・長期評価について,工学的に設計に取り込める水準に達していないと認識しつつ,土木学会での検討の結果,どうなるかはわからなかったと説明。 ・津波高さ6 mの想定には大きな余裕がとられており,10 m超の津波が起きる可能性は考えられなかった,と説明。 |
||
陳述者G | ・すぐに何かしなければならないような事柄ではなかったと説明。現実的な津波の切迫性には否定的な考えだった。 | ||
陳述者H | ・福島沿岸に大きな津波の危険があるとは思っておらず,発電所の敷地高さを超える津波が来るとは全く想像していなかったと説明。 ・長期評価を知らなかったと説明。 ・津波リスクを認知していなかったといえる。 |
||
陳述者I | ・福島県は大きな津波が来ない地域と思っていたと説明。 ・長期評価を知らなかったと説明。 ・津波リスクはないと認知していたといえる。 |
||
まとめ | ・各人が認知する津波リスクの大小について,以下のように判定することができる。 (A, B, C) > D > (E, F, G) > (H, I) |
長期評価への対応のあり方に関する各役職員の認知もしくは意見を最後に検討した。
A,B,Cは,長期評価を設計上の想定津波高さに取り入れるべきだと思っていたと繰り返し明言している。ただし,このうちCは,自身は取り込む必要はないと考えていたものの,原子力規制機関の審査を通すために取り入れざるを得ないと考えていたと説明している。
E,F,Gは,長期評価を直ちに設計に取り込むべきとは思っていなかったとの趣旨の陳述を繰り返している。
Dは,長期評価について,最新知見に該当し,設計に取り込むとの方針を決めたものの,その後,その決定を変更した,と説明している。
長期評価を設計に取り込むべきとの各人の考えの強さの度合いについて以下のように判定できる。
\begin{equation*} (\text{A}, \text{B}) > (\text{C}, \text{D}) > (\text{E}, \text{F}, \text{G}) \end{equation*} |
その分析の過程をTable 6に示す。
概念のカテゴリー | |||
---|---|---|---|
概念名/陳述者 | 定義/陳述者ごとのメモ | ||
長期評価への対応のあり方に関する認知もしくは意見 | |||
長期評価への対応のあり方 | 長期評価の見解を受けて東京電力はどのように対応するべきだと陳述者は考えていたか。 | ||
陳述者A | ・長期評価を取り入れるべきと思っており,その意思決定のための材料はそろっていたと説明。取り入れないという結論は想像していなかったと説明。 | ||
陳述者B | ・決定論的に設計に取り入れるべきだと思ったと繰り返し明言。 | ||
陳述者C | ・長期評価について,自分自身は,工学的には取り込む必要はないと考えていたが,保安院の審査を通すために取り入れざるを得ない,と認識。 ・社内の意思決定には従うことを基本に考えており,会社として決めるに至らなかった,と説明。 |
||
陳述者D | ・長期評価は最新知見に該当し,耐震バックチェックの設計想定に取り込むとの方針をいったん決めたものの,その後,変更した,と説明。 | ||
陳述者E | ・国や地方自治体が長期評価を対策に取り入れていないとして,東京電力だけが対応しても仕方ない,と説明。 | ||
陳述者F | ・そのまま直ちに工学的に設計に取り込むべき知見の水準に達していないと説明。 | ||
陳述者G | ・長期評価について,放っておく訳にはいかず,検討は必要だが,すぐに何か対応しなければいけないような事柄ではないと思ったと説明。 | ||
まとめ | ・長期評価を設計に取り込むべきとの各人の考えの強さの度合いについて以下のように判定できる。 (A, B) > (C, D) > (E, F, G) |
本研究の分析テーマは,東電の役職員が2008~2009年ごろ,福島県沖の日本海溝近辺でMt8級の大地震が発生する可能性があると指摘した地震本部の長期評価をどの程度信頼していたか,また,1Fでの津波リスクをどのように認知していたか,というものだった。それら信頼の程度とリスク認知の程度の大小について,土木学会アンケートへの回答と種々の陳述の分析結果の双方を合わせると,以下のように判定してすべて矛盾がない。
\begin{equation*} \text{A} > \text{B} > \text{C} > \text{D} > (\text{E}, \text{F}, \text{G}) > (\text{H}, \text{I}) \end{equation*} |
これをみると,長期評価に対する信頼の程度,そして1Fにおける津波リスクについて,東電社内の地位や年齢が高ければ高いほど,各役職員において,信頼の程度,そしてリスク認知の程度が低くなるおおむねの傾向が存在している。つまり,社内のヒエラルキーの階層と,津波リスクの認知との間に,おおむね負の相関関係があった。
長期評価については,専門家の間でも意見が分かれ,東電社内の地震・津波の専門家であるA,B,Cの間でも賛意の程度が大きく異なっていた。しかしながら,それら専門家の全体を平均してみたときに,東電社内でも社外でも賛否は拮抗しているといっていい状況であり,地震学研究者の間では賛意のほうが強かった53~55)。長期評価の見解は決して「荒唐無稽」とか「ラディカル」とかと評されるような少数意見ではなかった。
ところが,東電社内の上層部はそうした意見分布を認知していなかった。長期評価について,Eは「荒唐無稽」と言う人がたくさんいると認知し,Gは「ラディカルな見解を取りまとめている」とのEの説明に納得していた。長期評価の見解に9割の賛意を寄せるAのような意見が社内にあったのに,それがD以上の上層部に伝わった形跡はない。
このように,長期評価に関する専門家の意見の分布の状況について,東電社内で,現場の土木技術者の認知と,上層部の認知との間には,大きな乖離があった。そして,福島県沖でMt8級の津波地震が発生するリスクについて,Aのリスク認知とIのリスク認知は正反対ともいえるほどに乖離していた。AとIの両極端の間にグラデーションをなすようにB~Hのリスク認知はあった。
前章で示したような認知の差異が生じた背景として,本研究では,A~Iの各人の内心において心理的な認知バイアスがあった,との仮説を検討することにした。なぜならば,各人の陳述を精査する過程で,これまで心理学など社会科学の研究者によって発見されてきた各種のバイアスのうちのいくつかを示す,あるいは,それを推測させる具体例がD,E,F,Gの陳述の中に含まれていることがわかったからだ。
本章では以下の1~4にこうした具体例を示し,その上で,5において,「専門外忌避バイアス」とでも呼ぶべきような現状維持バイアスや先行研究で指摘される所属バイアスを仮定すれば,A~Iにおけるリスク認知の差異の全体をよく説明することができるとの結論を明らかにする。
1. アンカリング効果の影響を示す陳述原子力設備管理部長だったEとその部下の地震対策センター長だったDの陳述には,アンカリング効果を色濃く投影した内容が含まれている。
アンカリング効果は,あるできごとが起きる確率など数値を見積もる際に,なんらかの特定の数値を起点に思考すると,たとえその起点の数値になんらの意味もないときであっても,その起点によって見積もりなど結果の数値が影響を受ける現象を指す。錨を意味するアンカーによって思考の結果が縛られたように制約されてしまうとの例えから「アンカリング」と名付けられ,見積もり結果の数値がゆがめられ,それが重大な誤りにつながることがあるとの知見が確立している59)。
Eは政府事故調に対し,1960年に発生したチリ地震の際に福島県内で観測された津波高さ3 mの値を強調している。
「私などが入社したときに,最大津波はチリ津波と言われていたわけですから(中略)高くて3 mぐらいというのを,入社したとき,昭和54年とか,そのとき福島第二の建設から私は入ったんで(中略)3 mオーダーで進めたということで,津波はそんなものなんだと,それからずうっと30年近くそのイメージでした。」(E政府調書②, 6, (Table S2 E-3-1))
1979年に入社して福島第二原子力発電所に配属されてから30年近く,すなわち2008年ごろまで最大の津波高さとして「3 mオーダー」をイメージしていたと説明したうえでEは,津波高さが10 m超となる可能性の指摘を奇異に感じた理由としてその「3 mオーダー」を挙げている。
「それぐらいのオーダーで聞いていましたから,10とか,10幾つというのは,やはり非常に奇異に感じるというか,そんなのって来るのと,要はそういうことです。」(同前)
その部下のDもまた,10 m級の津波の可能性を「ないだろう」と思ったことに関連させる形で「従来の津波評価」を口に出している。
「福島県沖海溝沿いで津波を伴う地震が発生することがあったとしても,従来の津波評価の3倍くらいとなる15メートル級の津波はもちろん,従来の評価水位の2倍くらいとなる10メートル級の津波が実際に発生することはないだろうと思っていました。そう思う根拠は特にないのですが」(D検事調書②, 39–40, (Table S2 D-3-1))
これらD,Eの陳述は,3 mのオーダー,あるいは,従来評価の6 m弱を思考の起点,すなわち,アンカーとして用い,自身の見積もりの結果にその影響を及ぼさせた,つまりアンカリングの影響を認めたものと断定して差し支えないように思われる。
なぜならば,3 mは,プレートテクトニクスがあまり知られていなかった1966年に1F1号機の設置許可を国に申請した際に,そのわずか6年半前の1960年に発生したチリ地震津波を既往最大の潮位として想定津波高さに定めたものであり,また,6 m弱は,福島県沖の日本海溝近辺で巨大地震が発生することはないとの前提で算定した想定津波高さであり,もし仮に長期評価に従って津波高さを想定するのならば,いずれも意味のある数値ではない。
ところが,D,Eは,想定の前提となる知見を変えなければならないかもしれないとの検討を進めるに当たって,過去の知見で想定された津波高さの値,すなわち3 mや6 m弱を起点として思考している。新しい知見に基づいて新しい値を求めるべきであるかどうかを検討するのに,新しい値が従来の値から乖離している,すなわち,アンカーから乖離していることを理由に,新しい知見そのものを根拠なしに疑ってかかる態度は,アンカリングの影響を受けたものといえる。
2. ギャンブラーの誤謬,現状維持バイアスを示す陳述Dの陳述には,ギャンブラーの誤謬,あるいは,偶然性の誤解と呼ばれるバイアスをみて取ることができる。
ギャンブラーの誤謬というのは,サイコロを振ったときに1が連続して出たとき,次に出るのは2~6のいずれかであると思い込み,1が次に出る確率を6分の1より低いと見積もってしまう現象である。実際には,1が出る確率は常に6分の1であるが,Kahnemanらの先行研究で明らかにされたところによれば,数学の素養がある人も含め,ほとんどの人が,既存の偶然に新たな偶然が重なる偶然の連続はめったにないと思い込み,その確率を正しい値より低く見積もる60)。
検察官による取り調べに対し,Dは,1Fで想定を上回る津波が実際に発生することはないと思った理由について「そう思う根拠は特にない」と供述したのに続けて,2007年7月に発生し,柏崎刈羽原子力発電所(KK)に被害をもたらした新潟県中越沖地震の経験を振り返っている。
「平成19年に,KKで想定を上回る地震動を観測した中越沖地震を経験しており,そう何度も想定を上回る事象が生じることはないだろうと思い込んでいました。」(D検事調書②, 40, (Table S2 D-3-1))
柏崎刈羽原子力発電所で想定を上回る地震動を観測したことと,1Fで想定を上回る高さの津波を観測することは,相互独立のできごとである。一方が発生したから他方の発生確率が増えるとか減るとかいう関係にはない。想定外のできごとが生じる偶然が一度あったからといって,再びそうした偶然が生じる確率は,増えることも減ることもない。にもかかわらず,Dの供述によれば,Dは,新潟県で想定外の事象があったことを理由に,福島県で再び想定外の事象が起きる確率を割り引いていた。これは偶然性の誤解であり,ギャンブラーの誤謬である。
Fの陳述には,現状維持バイアス,確証バイアスの存在を読み取ることができる。
「これまでの津波評価のやり方でもって,普通に考えて安全だと社会通念的に見て安全だという水準は維持できているんだ,というのが全ての前提なわけで,で,それがだから運転してたわけなんで,で,それが何か崩れるような,何か新しい知見があったのかということを私は何度も確認した。だけどそれはないんですということだった」(F株代調書②, 40, (Table S2 F-1-2))
Fの陳述によれば,Fは,従来の津波想定,すなわち現状維持が「全ての前提」であるというふうに思考した(現状維持バイアス)。土木学会の津波評価技術では福島県沖の日本海溝近辺に津波の波源は設定しておらず,これを根拠に従来からの信念をさらに強める一方,それと異なる長期評価の根拠を知らないままにした(確証バイアス)。
3. 認知的不協和の理論で初めて説明可能な陳述D,E,F,Gの陳述には,ここまでみてきたような,一見して明らかにバイアスが含まれているとみなせる内容が含まれているだけではなく,このほかにも,背景的な事実関係をあわせ考察したときに,人の心理状態のゆがみの存在を推定できる内容がみられる。
その1つは,先行研究に関する第II章の4節で触れた認知的不協和の理論によって定式化された人の心理の傾向である。この理論を唱えたFestingerはその著書に「不協和が存在するとき,人は,不協和を増大させる情報に接するよう強いられたとしても,誤認(misperception),妥当性の否定(denying its validity)など様々な手法によってその影響を免れることができる」と書いている61)。
これに照らして,長期評価についてのE,F,Gの陳述をみると,この理論によって初めて説明が可能となるような内容が含まれている。すなわち,長期評価について,Eは「荒唐無稽と(中略)おっしゃる人もたくさんいて」,Fは「信頼性がない」,Gは「ラディカルな見解をまとめたもの」との評を聞いたと述べ,これらの評を自身の認知としている(E政府調書, 19, (Table S2 E-2-1), F公判調書①, 58, (Table S2 F-1-2), G株代調書①, 15, (Table S2 G-2-1))。
実際には,E,F,Gの述べているところと異なり,Cが率い,A,Bが所属する土木調査グループがD,E,Fに示した資料には,重み付けアンケートの回答における「地震学者の平均」として,意見の過半が長期評価を支持しているとの事実が示されている。荒唐無稽とかラディカルとかの評からかけ離れた意見分布だといえる。A,B,Cは当然,これと同様の認知であり,A,B,Cの陳述において,長期評価について信頼性がないとの認知は表明されていない。
Fは,土木調査グループのマネージャーだったCの名前を挙げて「〇〇さん以上の知見を持ちようがないわけであります」と述べ(F公判調書①, 58, (Table S2 F-1-2)),Gは,自分で長期評価に目を通してその根拠の有無を確かめる作業について「当時はしておりません」と述べている(G株代調書②, 25, (Table S2 G-1-2))。このように,Fは,Cの説明に依拠し,Gは,CとEの説明に依拠し,長期評価に関する自分たちの認知を形成したと説明している。E,F,Gは,部長以上の役職に就くまで地震や津波の評価に関わる仕事を直接担当したことはなく,いわば地震や津波については素人であると繰り返し陳述している。したがって,長期評価に関するE,F,Gの認知は,Cら土木調査グループの報告に基づいて形成されたはずである。にもかかわらず,長期評価に関する地震学研究者の意見分布の状況についてE,F,Gが述べているところと,A,B,Cが述べているところは大きくずれている。伝言ゲームによる情報の抜け落ちや変遷が多少あったとしても,それだけではこのような大きなずれを説明するのは困難だ。
心理学分野での先行研究の積み重ねでその成立が確認されている認知的不協和の理論をこれにあてはめると,発電所は安全であり,想定外の津波はないはずだという認知と,長期評価に関する認知との間で,不協和を生じさせないように,長期評価に関する認知のほうをゆがめた,との説明が可能になる。すなわち,長期評価が専門家の過半の支持を得ている事実を事実として受け入れない傾向が認知的不協和によって生じたといえる。長期評価について,荒唐無稽だと言う専門家がたくさんいるとか,信頼性がないとか,ラディカルな見解をまとめたものだという認知は,Festingerのいう「誤認」や「妥当性の否定」によって獲得された認知だといえる。
認知的不協和の理論があてはまる状況はほかにもある。
長期評価については,2002年7月31日に公表され,翌8月1日の新聞で「津波地震,発生率20%」「今後30年三陸-房総沖」などの見出しで報道されている。にもかかわらず,長期評価の内容を知った時期について,Fは2008年6月10日,Gは2009年4月か5月,HとIは2011年3月に事故が発生した後のことだったとそれぞれ陳述している(F公判調書①, 29–30, (Table S2 F-2-2), G公判調書①, 17–18, (Table S2 G-2-2), H株代調書①, 4, (Table S2 H-3-1), I株代調書①, 7, (Table S2 I-3-1))。自社の原子力発電所が立地する地域に関係する大地震の長期評価についての報道に接しなかったとは考えづらく,実際,Iは新聞記事について「見たかもしれないけど記憶がないというのが,正確かもしれません」と答えている(I株代調書②, 32, (Table S2 I-3-1))。
Fの陳述によれば,Fは2008年8月初旬,原子力・立地本部長だったGの執務室で,「地震本部の評価というものがあり(中略)津波水位の計算をしてみたところ,大変に高い津波水位が福島の発電所で出た」と口頭で説明し,これに対し,Gは「今度は津波か」とひとことだけ答えた(F公判調書①, 80, F陳述書, 22, (Table S3 in Supplemental Online Material))。ところが,Gはこれを「思い出せない」という(G公判調書①, 78, (Table S3))。
このようにF,G,H,Iが,接したはずのリスク情報に接した記憶を自身の脳裏に留めていないのは,認知的不協和の理論によって説明することができる。すなわち,原子力発電所は津波に対して安全でなければならず,それと矛盾しかねないリスク情報に接したときに,無意識にそれを認知の対象から外そうと動機付けられた心理状態にあって,実際にそうなったと説明することができる。
4. 総意誤認効果を示す陳述,集団思考の症状と一致する陳述Gの陳述には,総意誤認(フォールス・コンセンサス)効果を読み取ることができる。
Gは,15.7 mの高さの津波が1Fに来たらどうなるかを想像しなかった経緯に関連して「長期評価の見解よりも,E部長の説明のほうが信頼できると思ったんですか」と質問され,原子力設備管理部長だったEの名前を挙げて,「担当部門の責任者ですし,彼の下には土木,建築の専門家もいますし,もちろん彼らは,この関係では,いろいろな社外の学識者とも意見交換をしているということだと思いますので,そうした彼らの専門的な見解を取りまとめた上での話だというふうに思っておりました」と答えている(G公判調書②, 4, (Table S2 G-2-1))。
しかし実際には,Eの下にいたA,Bといった土木の専門家は,本研究でみてきたように,EやGとは異なり,長期評価について,ある程度の信頼を置いていた。なかでもAはアンケートに9割の賛意を示す回答を寄せていた。にもかかわらず,Gは,Eの下にいた土木の専門家もEと同じ意見,すなわち,自分と同じ意見だと思い込んだ。
社会心理学分野の先行研究により,人には,自分の判断を一般的(common)であり,異なる意見を一般的ではない逸脱とみなす「総意誤認」の傾向があると明らかにされており62),これとGの陳述は一致する。
集団思考のバイアスをうかがわせる状況もみられる。
第II章の4節で述べたとおり,集団思考は,その集団の凝集性の高さやメンバーの等質性などいくつかの先行要因の下では,その集団内で他のメンバーに同調しようとする強い誘因が働くことを指し,そうした場では,集団的正当化,自己検閲,全員一致の幻想などの症状を呈する33)。
これに照らしてA~Iの陳述をみると,D,E,Fといった組織の上層部がいる2008年7月31日の会議で,A,Bは自分の意見をなかば封印し,Fの決定に内心では異論がありながらも口に出してそれを唱えなかったことがわかる。この会議について,Bは「予想していなかったような結論だったので,分かりやすい言葉で言えば,力が抜けた」(B公判調書①, 110, (Table S2 B-4-1))といい,Aは「経営者として経営判断されたということだと思うんで,それはそれに我々は従うべきだというふうに思った」(A公判調書①, 80, (Table S2 A-3-1))という。他方,Fはその会議の様子について「異論は一切ありませんでした」と振り返っている(F株代調書①, 30, (Table S2 F-4-1))。
このような状況は,Janisの見い出した集団思考の症状と一致している。
5. 所属バイアスと専門外忌避バイアスの仮説ここまで検討してきたように,東電の意思決定者らの間には,様々な認知バイアスが重なり合って混在していた。これらに加えて,本研究では,「専門外忌避バイアス」とでも呼ぶべきバイアスの存在を仮定できると考えた。
すなわち,ある特定の専門分野における知見を必要とする判断を下さなければならない際に,その専門分野の専門家が比較的自信をもって判断を下すことができるのに比して,その専門分野の専門家ではない非専門家は,自身の判断に自信をもつのが難しく,現状変更を伴う判断を回避しようとする現状維持バイアスをより一層強めた心理状態に陥りがちであるとの仮説である。その判断がなんらかのリスクに関わるものであった場合,この仮説の下では,結果的にリスクに関する従来の判断の変更を回避しようとする,すなわち,リスク認知の変更を回避しようとする傾向をより強く生じることになる。
こうした「専門外忌避バイアス」とでも呼ぶべき心理状態があったのだとすれば,社内の地位が高ければ高いほど津波リスク認知が小さくなる傾向をよりよく説明できる。
すなわち,A,B,Cは地震学や津波工学に関する専門家だったが,D~Iはそうでなかった。D,E,F,Gは,原子力に関する専門家だったが,H,Iはそうでなかった。そのため,A,B,Cはそうしたバイアスの影響を受けないものの,D~Iは,地震や津波に関するリスク認知の変更を回避したいとの心理に陥りがちとなる。H,Iは,そうした心理に加えて,原子力発電には十分な安全性が確保されているとのリスク認知の変更を回避したいとの心理も重なって,その双方の心理が重畳し,さらに強い現状維持バイアスの影響を被る。その結果,長期評価の公表を受けて変更されたリスク認知の結果は以下のようになったと仮定することができる。
\begin{equation*} \text{A}, \text{B}, \text{C} > \text{D}, \text{E}, \text{F}, \text{G} > \text{H}, \text{I} \end{equation*} |
これは,第III章の結論で示したリスク認知の差異と符合している。ただし,これだけでは,土木調査グループ内の以下の結果を説明することはできていない。
\begin{equation*} \text{A} > \text{B} > \text{C} \end{equation*} |
これについては,同じ分野の専門家の間であっても,その個々人の所属(affiliation)によってリスク認知が異なる所属バイアスの存在を仮定することで説明が可能である。
第II章の5節で述べたように,Slovicらの先行研究によれば,同じ毒物専門家であっても,産業界の専門家はそうでない者よりリスク認知が低く,同じ化学産業界にあっても,幹部層は,幹部ではない毒物専門家よりもリスク認知がやや低い43,44)。日本の原子力界でもこれと同様の傾向が複数の先行研究で見い出されている45~48,50,51)。このように,学術界に比べて産業界では,また,組織の中堅以下の層に比べて経営層では,リスクをより小さく認知するバイアスが知られている。
こうした研究成果に照らして考察すると,原子力事業者の内部にあって,原子炉運転とそれによる発電に直接的に経営上の責任を負う立場に近ければ近いほど,原子力発電のリスクをより低く認知する心理的な偏りを内心に抱える傾向を生じやすいとの所属バイアスの存在を仮定することができる。
この仮定は,東電の土木調査グループの中にあって,組織トップであるマネージャーのCのリスク認知が最も低く,その下のBのリスク認知が次いで低く,その下の最若手のAのリスク認知が最も高かったことと整合する。
同様に,東電の会社組織の中にあって,地位が高くなればなるほど,1Fにおける津波リスクの認知が低くなるおおむねの傾向があることについても,所属バイアスと整合している。
ここまでみてきたように,東電社内で1Fの津波対策の意思決定に関わる立場の役職員の間には,1Fにおける津波リスクの認知,なかでも,長期評価に対する専門家の意見の分布に関する事実の認知に大きな差異がみられ,しかも,その差異は,社内の地位の高さ低さと相関している。そして,それら差異の少なくとも一部は,個々の役職員の内面に存する心理的なバイアスや認知的不協和の影響を受けた結果であると考えられる。
土木調査グループから提案されたような対策工を実行に移すには,国や県における種々の手続き,周辺住民ら社会への説明,数百億円の費用が必要となる。これらすべてを当面避けることが,対策工の決定を保留することによって可能となる。こうした選択肢を前にして,東電の意思決定を担う人たちは,これら種々の面倒を当面避けることのできる選択肢を意思決定の内容とするようにと動機付けられた心理状態にあり,そして,そうした意思決定をなした場合には,認知的不協和の理論によれば,そうした意思決定と整合しないリスク情報の内容を自身の認知とすることを極力避けて,そのような意思決定と自身の認知の間で協和を得ようと動機付けられた心理状態にあった,ということができる。土木学会への研究を依頼しようと発案したのは,そうすることで決定保留を正当化しやすくなり,認知的協和を得やすくなるからだったと考えることができる。
もし仮に意識下において,このような選択肢に都合のよい認知の獲得とそれに基づく意思決定を行った場合は,それは,直視すべき情報から目を背ける行為であり,いい訳づくりのための自己正当化であるともいえ,その状況によっては,故意もしくは過失の存在を認定され,法的責任を負わされることになるかもしれない。他方,無意識下でリスク情報を看過する結果となってしまったような場合には,法的責任を生じさせづらいであろう。本研究の素材とした陳述の多くは,そうした法的責任を解明するための手続きの過程で録取されたものであるが,本研究が焦点を当てているのは法的責任の有無ではない。むしろ,意識下であるか,無意識下であるか,あるいは,潜在意識下であるかを問わず,そうした心理状態によって,認知のゆがみにつながり得る,ということに本研究の意義は存する。
1F事故の真因を解明し,将来の同種事故の再発を防止しようとする観点からは,意識下だけでなく,無意識下もしくは潜在意識下であっても,その心理のメカニズムを解明し,それを対策に生かす必要性は大きい。すなわち,法的な責任が生じようが生じまいが,あるいは,意識下であろうが無意識下であろうが,そうした認知のゆがみはあり得る。そして意識下でないのであれば,刑罰や賠償など法的な威嚇や法規制など社会規範をいくら強めても,それだけでは認知のゆがみを正すことはできない。そうした状況を前提に,認知のゆがみへの対処を組織の意思決定システムに埋め込んでおく必要がある,ということができる。
本研究で見い出された認知の差異は,本来,組織内部の自由闊達な意見の交換など適切なコミュニケーションによって埋められるべきものである。しかし,東電では,そうしたコミュニケーションが社内で十分に行われることがなく,むしろ,集団思考に陥ったとみられる。
これらをまとめていい換えると,東電社内のコミュニケーション不全や集団思考などのバイアスによって,専門外忌避バイアスや所属バイアスが治癒されることなく増幅され,認知的不協和を回避しようと動機付けられた心理的な傾向も相まって,長期評価への賛否の程度と地位の高さとの間に負の相関関係を生じさせた,ということができる。
前述したように日本原子力学会の原子力安全部会の報告書は,1Fの津波想定が過小となった要因として,土木分野と原子力分野の「分野間のコミュニケーション不足の問題」を推定している22)。ここまでみてきたように本研究の結果,東電社内における土木分野の技術者たち(A,B,C)と原子力分野の技術者たち(D,E,F,G)の間に認知の差異があり,これは,原子力安全部会の推定を裏付けるものだといえる。
津波対策の決定に参画し得る立場にあった東電の役職員が一致して「長期評価に信頼性はない」と認知し,リスクは十分に低いと認知していたのならば,対策が見送られたのは仕方ないことだったといい得る余地があるかもしれない。しかし,津波や地震の専門家である土木調査グループの技術者たち(A,B,C)が比較的高いリスクを認知する一方で,地震や津波については非専門家である経営層(F,G,H,I)や原子力専門家(D,E,F,G)が低いリスクしか認知していなかったのであり,これは,バイアスの横行と関係者間のコミュニケーションの不足を如実に示しているといえる。
もし仮にこうした差異が2008年に発生せず,もしくは解消されていたとすれば,東電は土木調査グループの意見を採り入れて,なんらかの津波対策,もしくは,部門横断での津波対策の検討に着手し,その帰趨によっては1F事故の様相が実際と異なるものとなった可能性が多分にある。
2. 組織内部のあるべき対話と適切な意思決定への示唆このようなコミュニケーション不全やバイアスの横行を許した原因として,第二次民間事故調が指摘するような,東電に存在する「上位下達,面従腹背,内向きの風土・体質63)」を見落とすことはできないであろう。
Aの陳述によれば,長期評価に基づく2010年ごろの津波対策の検討状況について,同じ太平洋岸の茨城県東海村に原子力発電所を所有する日本原子力発電㈱(以下「原電」)と比較して,「東電の検討が大分遅れ」ていたといい,「なんで早く進まないんだろうなとちょっとフラストレーションがたまるような感じ」だった(A公判調書①, 102, (Table S2 A-4-1))。これに3年先立つ2007年秋,原電は,「津波タスク」と呼ばれる部門横断の会議体を社内に発足させ,発電所の津波対策の課題や提案を出し合って方向性を見い出し,経営陣に提言していったと後に報道されている64)。
電力各社に問い合わせた結果についての奥山の報告65)によれば,1993年7月に北海道南西沖地震で奥尻島が壊滅的な被害を受けたのを教訓として,関西電力の3ヵ所の原子力発電所は,津波注意報や津波警報が発令された際に,扉やシャッターを点検・閉鎖するとのルールを同年12月に発電所の所則に追加した。原電でも,大物搬入口の扉を開いて作業する際には,扉の開閉を担当する人員を現場に配置し,津波警報が出たときには,速やかに扉を閉じるとの規程を2011年以前から定めていた。しかし,東電はそうしたルールを定めなかった65)。このため,2011年3月11日に津波の来襲を受けた際,1F1号機は,タービン建屋大物搬入口の防護扉を開け放った状態にあり,これが1号機の早期の全電源喪失の原因となった66)。
このように日本の原子力業界の中にあって,東電は,関西電力や原電と比較してリスクに鈍感と評価せざるを得ない対応を繰り返してきている。この背景に,集団としての凝集性の高さ,メンバーの等質性などの企業風土が,同業他社に比して,より色濃くあって,それがバイアスを増幅し,リスク認知の差異を生じさせた可能性が考えられる。
バイアスの影響を受けやすい特定の一個人による直感的を判断に基づく意思決定を避け,かつ,集団思考に陥るのを避けて,組織全体として最適な意思決定を果たすためには,組織の指揮命令系統に沿って単線的・段階的に組織意思を形成していく階層型の意思決定だけではなく,組織内の地位の高低や所属する部門に関わりなく,対等な立場で互いに助言しあい,専門家の補佐と異論を重視しつつ組織意思を醸成していくチーム型の意思決定を経るべきであることを手順の1つとしてあらかじめ採用しておくのが1つの方法であろう。経営戦略を専攻するシボニーは,組織の意思決定に対するバイアスの影響を緩和するためには,組織内の複数人で対話し,その意思決定に伴うリスクと不確実性について率直に点検したか,その決定と相反するデータをあえて探したか,幹部の意見と相反する視点の議論を経たか,といった事項を問いかけるプロセスをあらかじめ設定し,組織のリーダーはそのプロセスを指揮するという方法を推奨している67)。
機能共鳴分析手法と組織の活動理論を用いて鉄道事故を分析した福田らの研究によれば,組織内の各部門が自部門独自の判断でシステムを修正することによって,たとえその個々の修正が合目的的なものであったとしても,組織全体としてみたときに,そのシステムに重大な不具合を生じさせることがあり,その不具合に端を発して,あるべき意思疎通に失敗し,あるべき安全確認が省略される方向に組織内の力学が働きがちとなる,という68)。この知見に照らし,東電の組織について,土木技術者たちの部門と原子力工学技術者たちの部門,経営部門に分けてみたとき,この3部門がそれぞれ合理性があると信ずる行動を採ったとしても,組織全体の意思決定システムとしては不具合を内包し,その結果として弊害を生じさせ得るのであり,1Fの津波対策に関する東電の意思決定は,これに該当するようにみえる。
こうした轍を二度と踏まないようにするためには,重要な意思決定に当たっての部門間の対等なコミュニケーションをあらかじめ制度化しておく必要がある。この観点からも,前述したチーム型の意思決定やシボニー推奨のプロセス設定67)は参考になる。
3. 本研究の限界と意義本研究では,役職員ごとに陳述の文言やその分析結果を互いに比較し,長期評価への信頼度やリスク認知の高低を判定する手法を用いた。この手法には,判定者の価値判断が介在するため,その客観性には一定の限界があるかもしれない。そのため本研究では,他者による検証を可能とするようにTable S2に,長期評価への信頼度に関連すると思われるすべての陳述を抜粋し,分析の過程を示した。
A~Iが尋問や陳述書において2008~2009年当時の自分の認知・認識を偽りなくおおむね正しく発言し,陳述したことが本研究の前提となっており,そこにも限界があり得る。F,G,H,Iは会社に対する損害賠償を株主から求められており,F,G,Iは刑事責任の追及も受けており,みずからの責任を軽減できるように発話の内容をゆがめた可能性がある。D,Eの調書は,公開の場での尋問を経ない密室での聴取の結果として作成されたものであり,その信用性には限界がある。しかし,客観的な資料が多数押収され,多くの関係者の供述や証言があるなか,それと矛盾するような虚偽の陳述は現実には難しかったと思われる。
本研究では,認知心理学の知見の集積に照らした分析を試みたが,その素材である数々の陳述はそれを目的として録取されたものではない。専門外忌避バイアスや集団思考など,さらに深い分析も必要だと考えられる。また,本研究では,長期評価や津波リスク認知に絞って各人の陳述を分析の対象としたが,本研究で精査した資料には,ほかにも様々な陳述が含まれており,それらも含めて,分析すれば,新たな発見を期待できるかもしれない。さらに,これらバイアスを克服し,適切な意思決定をするための方策について,本研究で挙げたリスク・コミュニケーションの充実などだけで効果を得られるかは定かではなく,別の手段を見い出すことができる余地があり得る。もし仮に,E,F,G,H,Iら東電上層部が,A,Bと同程度のリスクを認知したとして,どのような対応を取ったかについては,本研究では明らかにできておらず,そのほかにも本研究が及んでいないところは小さくない。
これら本研究の限界による制約を割り引いた上でも,なお,本研究によって見い出した事実関係は,今後,原子力事業者を含む様々な組織がリスクに対処するための意思決定をなすに当たって教訓とすべき,意義のある知見だと考えられる。今後,組織のリスク管理において,役職員個々の認知バイアスが生じ得ることを前提に,組織としての判断がそれらバイアスによってゆがめられることのないような方策を準備しておこうとする際の参考に本知見はなり得る。
大きなリスクを扱い,十全の安全性確保を求められる組織にあっては,様々なバイアスを考慮した適切な組織内部のリスク・コミュニケーションと適切な意思決定手法の採用によって,組織内部のリスク認知の差異をできるだけ解消することに努め,専門知に基づく最善の対策を最良のタイミングで実行していく必要があるのであり,本研究は説得力をもってその必要性を裏付ける知見を提供しているといえる。
本研究では,近年になって初めて利用可能となった東電役職員個々の陳述をふんだんに用いることで,各人の認知に焦点を当てて,その差異を明らかにし,その要因を探った。その結果,福島県沖でMt8級の津波地震が発生するリスクについて,東電社内の役職員個々の認知に大きな差異があり,津波リスクの認知の高低と社内の地位の高さ低さとの間におおむね負の相関関係がみられることがわかった。こうした認知差異は,心理学分野の先行研究で示されている「所属バイアス」などの様々なバイアス,そして「専門外忌避バイアス」と呼ぶべき現状維持バイアスによってよく説明できる。こうした知見は,原子力など様々な産業分野における安全対策に当たって検討されるべき事項になり得るとの洞察も得られた。
今後,民事・刑事の裁判における1F事故の責任追及の手続きがすべて終結するのを待って,本研究の対象とした東電役職員らに改めて,学術研究目的でのインタビューを実施することが可能となれば,責任追及によって生じ得る陳述のゆがみを除去した状態で,リスク認知の差異が生じた要因,集団思考など種々のバイアスの存否,認知的不協和の解消に動機付けられた思考の有無について,本研究の結論を検証することができ,新たな示唆を得ることができるかもしれない。
組織の意思決定に関する社会科学分野の研究は近年,急速に充実の度を増しており,そこから得られる新たな知見を,本研究の素材とした数々の陳述や新たなインタビューの結果と照らし合わせることで,より深い洞察を得られ,ひいては,本研究によって見い出されたような組織内部のリスク認知の差異,個々人や集団のバイアスや認知的不協和によって生じ得る弊害を除去する手法について,より具体的な提案を可能とするような知見が得られる可能性がある。本研究の素材とした資料には,本研究の主題である津波リスク認知を示す陳述だけでなく,組織の構造や文化に関する各陳述者の問題意識,安全目標や確率論的リスク評価に関する各陳述者の考え方を示す陳述が少なからず含まれており,今後は,それらも含め,さらに研究を深めたい。
本研究は,原子力学会原子力安全部会の種々のセミナーでの議論に参加したことが契機の1つとなっており,議論参加者に感謝したい。また論文審査過程において,認知的不協和の理論など有益な示唆と助言を頂いた査読者に深謝申し上げる。