2024 Volume 23 Issue 4 Pages 130-148
Since 1993, the treaty banning the production of fissile material for nuclear weapons and other nuclear explosive devices (Fissile Material Cut-off Treaty: FMCT) has been expected to promote nuclear disarmament toward the ultimate peaceful use of nuclear energy. However, the discussion toward its materialization has been stagnated. To overcome this stagnation, untangling various opinions and ideas, resolving conflicts among them for unification, and presenting an integrated, streamlined and consistent scheme must be proposed. This paper presents logical solutions to overcome the stagnation by reframing some key concepts and thus helps to unify diverse ideas into an optimized set that can best serve for the ultimate purpose of this long-awaited treaty.
「核兵器のない世界」の実現は,原子力の平和利用における究極の目標である。核兵器用核分裂性核物質1)生産禁止条約(カットオフ条約:FMCT,以下「本条約」)は「核兵器のない世界」の実現のために必要不可欠な軍縮措置として期待されているが,本条約構想が1993年9月の国連総会で米国クリントン大統領により提唱2)されてからすでに30年が経過するものの一向に成立の目途は立っていない。この間にはパキスタンと北朝鮮が核兵器を新たに保有し,ロシアによる核威嚇が同国のウクライナ侵略に対する他国の介入を妨げ,事態を長期化させるなど,「核兵器のない世界」の実現に逆行するような事態が進行している。またこの30年間に核兵器禁止条約が起草から発効に至ったが,同条約に核兵器を保有している国が加入する見込みは低く,核軍縮を望む国の間にも立場の違いが生じている。
本条約の実現への期待にも関わらず3),本来の本条約の交渉の場であるジュネーブ軍縮会議(以下軍縮会議)は膠着状態に陥っており4),国際連合総会が本条約に関する各国の意見の集約を専門家に依頼するなどの対応を行ってきた。2018年の国際連合FMCTに関するハイレベル専門家準備グループ報告書5)は将来の条約交渉の作業を促進するための条約の潜在的な要素のメニューとして,これまで本条約構想に関して提言された様々な考えをまとめているが,基本的な前提が根本的に異なる考えの寄せ集めの域を出ない。本条約を実現するには,それらの多様な意見を整理統一して合意に導くことが必要である。
筆者らは本条約の重要な用語「production」の語義の新たな解釈により,本条約のスコープを巡る異なる見解を統一して膠着状態を打破することができ,また,本条約のスコープ,重要な用語の定義,検証,法的・制度的枠組みの順に議論を進めることが有効であるとの提言を行った6)。本報では同提言の方向性に沿い,本条約を巡る多岐に渡る論点に関する多様な意見を統一するための試みとして,軍縮会議や国際連合総会の議論のために関係国の専門家等がまとめた報告書に集約された意見を出発点として考察を加えることにより,本条約の実現に向けた交渉の基盤となり得る,包括的で論理的一貫性と整合性を備えた体系を構成する選択肢の組み合わせを提唱する。
本条約の実現を阻んでいる問題の打開方策の検討に先立ち,本章では本条約の議論を停滞させている要因の分析を行う。
まず挙げられるのは,本条約の目的が明確でなく,何を禁止するかという基本的な点に合意がないことである。核保有国(States with nuclear weapons(SWNWs))7)のうち,中国,フランス,インドは本条約の対象を「将来の生産」に限定すべきと主張し,米,英もおおむね近いスタンスであるが,パキスタンのみはexisting stocksと呼ばれる過去に「生産(production)」された核分裂性核物質も対象とすべきと強く主張している。これに対し,大多数の非核兵器国(non-nuclear-weapon States(NNWSs))8)もexisting stocksを本条約の対象とすることに賛成または中立の立場である9)。禁止の対象が「将来の生産」に限定されるならば,「過去に生産」された核分裂性物質を用いた核兵器製造の防止は本条約の目的の外になる。
では,以上のような状況を生む背景は何か。まず,核保有国のうち米,ロシア,英,フランスはすでに核分裂性核物質の「生産」のモラトリアムを宣言している。これらの国にとり「将来の生産」に限定した禁止は現状の追認であり,その対応は軽微で済む。その上,他の核保有国の核分裂性核物質の「生産」に制約を課すことができ,仮に将来existing stocksを核兵器に転用するような事態が生じても条約違反にはならず,核不拡散条約第6条の義務を履行していると主張できる。これに対し,existing stocksの核兵器用途への転用を本条約の禁止対象とし,軍関連施設も対象に検認活動が行われる場合には,自国の安全保障上の機微情報の漏えいや,費用負担の増大につながる恐れがある。以上のような利害得失の判断があることが推認される。他方,パキスタンは,隣国インドとのexisting stocksの格差の固定化につながるとの理由から,本条約の禁止対象を「将来の生産」に限定することに強く反対している。ただ,パキスタンのこの強硬な態度の裏に,対インドで利害を共有し,近年核兵器の増産に励んでいる中国の影響も疑われている10)。これらの核保有国同士の意見の対立が軍縮会議での議論の停滞の主たる原因であるが,このような停滞状況を生じさせることは,核軍拡を進める時間が必要な核保有国にとり好都合である11)。
他方,非核兵器国にとって,本条約でexisting stocksから核兵器への転用を禁止することの意義は異なる。非核兵器国はすでに核不拡散条約で同様の行為の禁止に同意しているので,約束事項に実質的な変化はなく,それに対する検証措置も現行のIAEA保障措置から大きく変える必要はないため,追加コストは発生しないか,してもわずかで済む。他方,核保有国におけるexisting stocksから核兵器への転用の禁止は,核保有国と非核兵器国間の不平等を解消しつつ,核兵器による危険の低減に寄与する点でメリットは大きい。
以上のような点について一部は言及される場合もあるが,表向きの理由は別の形を取ることが多い。しかしながら,上記のような背景が存在することは十分類推可能である。
本条約を巡る議論の停滞が招いている現在の事態は,一部の国にとっては望みどおりの結末かもしれない。しかし,人類全体にとってはどうであろうか。本条約が提案されてから30年間の間に,パキスタン,北朝鮮が核兵器を新たに保有し,これらの国ではインド,中国などとともに核分裂性核物質の生産が進められてきた。それらの開発には闇のネットワークも関与してきた経緯があり,イランの核疑惑は現在も続いている。さらに,中国の核軍拡の動きに対応して,英国は核軍縮の流れを反転させ,現在,ロシアは核兵器を持つことがいかに戦略的に有効かを国際社会にみせつけている。もし仮に本条約が早期に成立していれば,現在の世界の様相はもっと違ったものになっていた可能性もある。核保有国同士が,互いの核軍拡を抑制できる内容の条約を締結し,その約束事項の履行の遵守を確実にする検知・抑止機能を備えた検証システムを作れば,貴重な資源を軍拡ではなく,生活の質の向上や人類共通の課題の対処に振り向けることができる。本条約の様々なオプションを比較する上で考慮すべき費用対効果には,世界の不安定化に伴う安全保障にかかるコスト全体を含めるべきである。
これまでの30年間と同様,今後も本条約の成立の鍵を握るのは核保有国の対応であろう。従来のパキスタンの強硬姿勢が転じない限り,本条約の禁止対象を「将来の生産」に限定した内容で本条約を軍縮会議で交渉し,妥結する見込みはないと考えられる。合意が得られる可能性があるのは,本条約の対象にexisting stocksも取り込むという形で他の核保有国が歩み寄った場合だけであろう。各国が自国のことだけを考えてきた結果が現在の状況を生んできた。さらに各国は本件に限らず,様々な局面においてますます相互不信とともに自国第一の傾向を強めている。この傾向は自分の身は自分で守るという姿勢を助長し,その行き着く先はさらなる核拡散とより不安定化した国際社会となろう。そのような方向を変えるためには,核保有国,特に安全保障理事会常任理事国がより安全な国際社会を志向して,相互協調に転じる必要がある。
もし,核保有国が真にその方向を目指すのであれば,現在の事態を打開する方法はある。核保有国がexisting stocksを本条約の対象にすることに反対する表向きの理由の1つは,existing stocksとは「過去」に生産された物質であり,「過去」に遡及した規制を行うのは適当ではないということである。さらに,そのような反対があることを理由に,existing stocksを対象にするのは合意が困難であるため,条約の規制から外し,ボランタリーの対応で済ませばよいといった主張も行われてきた。しかし,以上のような主張が有効性をもち得るのは,「production」という用語を「生産」と意味するという見解に同意する限りにおいてである。確かに歴史的に「production」という用語は専ら「生産」と意味する文脈で使われてきた。しかし,それは明確に定義付けられたものではなく,解釈の変更を許さないものではない。
筆者らは,「production」という用語を別の語義である「増やすこと」と解釈することにより,上記の論点の対立を完全に解消できることを示した12)。それにより,過去に「生産」された核分裂性核物質を核爆発装置に転用することも,核爆発装置用の核分裂性核物質を「増やす」ことになり,本条約の規制対象とすることができ,いわゆるexisting stocksを使った核兵器の生産への道を封じ,本条約を軍縮の推進においてより効果的なものにするとともに,非核兵器国との平等性を高めるものにすることができる。
さらに,本条約を巡る議論を錯綜させている要因として,検証の議論は本来条約のスコープに準拠して行うべきであるのに同列に論じたり,条約の目的やスコープという根幹を論じる前に,細かな用語の定義という枝葉末節の議論を始めたりすることも挙げられる。これらの点に関しても,筆者らは条約の目的と禁止事項という基本的な事項を検討した上で,それらの用語の具体的な意味を整理・定義し,禁止事項の遵守を確認するための検証の在り方,そして検証を含む体制の法的・制度的な在り方の議論に進むことが円滑な議論には必要との提言を行った6)。
パキスタンの強硬姿勢と,無差別で効果的な条約にするという要件を考慮すれば,本条約の実現には,existing stocksも対象に含む形で本条約のスコープを統一することが必要条件と考えられる。しかしそれだけでは不十分で,核保有国が加入しなければ,本条約としての意義はない。そのためには本条約の抑止機能が核保有国間の軍拡の歯止めとして有効となることが重要な要件の1つだが,同時に本条約下の検証活動が自国の安全保障上の機微情報の漏えいにつながらず,また過大な負担をもたらさないという点も重要な要素となろう。以上のような要素をすべてもつ案を提示し,国際社会全体で一致して,核保有国の参加を求めていく構図を作っていかない限り,無差別で効果的な本条約の実現はあり得ないと考えられる。
次章以降では,上記のような考えに沿って,これまでの国際社会の検討結果が反映された報告書の記載内容を基盤として検討を進める。
本条約を巡っては,条約のスコープ,重要な用語の定義,検証の在り方,法的・制度的枠組みといった様々な局面について,法的および技術的な側面で検討を行った結果として数多くの意見が寄せられてきた。本報ではこれらの局面全体を俯瞰しつつ本条約の実現に向けた合意形成に資する提言を検討するため,各国や専門家から表明された様々な意見を集約した結果である,軍縮会議シャノン報告13),国際連合FMCTに関する政府専門家グループ報告書14),国際連合FMCTに関するハイレベル専門家準備グループ報告書を参照して検討を行う。本章では,それぞれの報告書について概説する。
1. 軍縮会議シャノン報告国際連合総会は1993年9月のクリントン大統領の提案を受け,同年12月に「核兵器その他の核爆発装置のための核分裂性核物質のproductionを禁止する,無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能な条約」について,最適な国際的なフォーラムにおいて交渉することを勧告する決議15)を採択した。その後,交渉の場をジュネーブの軍縮会議とすることが合意され,1994年1月に本条約の特別調整官として指名されたシャノン・カナダ軍縮代表部大使が,各国との協議結果を,1995年3月に報告書(CD/1299)としてまとめた(以下,シャノン報告書)。シャノン報告書は,「核兵器その他の核爆発装置のための核分裂性核物質のproductionを禁止する,無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能な条約」に関する特別委員会を軍縮会議が設置し,同委員会は軍縮会議の指示を受けて交渉を行い,作業結果を1995年の軍縮会議に報告することに合意したこと等を報告している。シャノン報告書において本条約のスコープに関する特別委員会のマンデートについては,核分裂性核物質の将来のproductionに限定すべき,過去のproductionも含むべき,さらにfissile materialの管理も含むべきといった意見の相違が存在すること,そしてこれらの意見のいずれも特別委員会で提起できることが合意されたことが報告されている。シャノン報告書は「シャノン・マンデート」とも呼ばれ,FMCTの議論が準拠すべき合意事項とみなされている。
2. 国際連合FMCTに関する政府専門家グループ報告書国際連合FMCTに関する政府専門家グループ(Group of Governmental Experts(GGE),以下,GGE)は,本条約が付託された軍縮会議における本条約の議論が停滞している状況に鑑み,国連総会において軍縮を所管する第一委員会におけるカナダの提案を受け,2012年12月の国連総会決議(A/RES/67/53)に従って設置された。GGEのミッションは,シャノン報告書に基づき,加盟国の見解を地域的な均衡を踏まえて取り入れつつ,本条約に貢献し得る可能性のある局面(aspects)についての勧告を行う報告書を作成することである。4回のグループ会合,加盟国からの見解,過去の考え,IAEAその他からの報告聴取など踏まえ,条約の目的,一般的な性格および基本原則とともに,スコープ,定義,検証,法的・制度的な枠組みの4つの局面とそれらの関係について,GGEの総意をまとめた報告書(A/70/81)(以下,GGE報告書)を2015年5月に国連事務総長に提出した。GGEは,GGE報告書で紹介されている考えを,将来の条約の交渉のための有用な指針(sign posts)として役立ち得るものとして提示している。
3. 国際連合FMCTに関するハイレベル専門家準備グループ報告書国際連合FMCTに関するハイレベル専門家準備グループ(以下,準備グループ)は,2016年12月の国連総会決議(A/RES/71/259)に従って設置された。準備グループのミッションは,シャノン報告書に基づき,将来の条約の実質的な要素(elements)につき検討・勧告を行うことであり,勧告をまとめるため,GGE報告書や加盟国からの意見を検討することとされた。2回のグループ会合を経て,2018年7月に準備グループがまとめた報告書(A/73/159)(以下,準備グループ報告書)が,事務総長により第72回国連総会に報告された。準備グループ報告書は,GGE報告書とあわせて読むべきものとしての位置付けで,スコープ,定義,検証,法的・制度的体系(arrangement)の4つの局面のそれぞれについて,潜在的な要素のリストと考慮点を記載するとともに,他の要素として前文,透明性および信頼醸成措置を提示しているが,これらは将来の交渉作業を促進するための条約の潜在的な要素のメニューという位置付けに留まっている。
前章で取り上げた3つの報告書の記載内容に即し,本章では「本条約の目的/一般的な特性および基本原則」,「本条約のスコープ」,「本条約において定義が必要な用語」,「本条約における検証の在り方」,「法的および制度的体系」の順に分析と検討を行い,論理的な整合性と一貫性を備えた体系の提言を行う。
1. 本条約の目的ならびに一般的な特性および基本原則これらのセクションはGGE報告書のみに存在し,以下のような合意または主要意見に言及している。
以上のような合意または主要意見は,本条約の検討の際の指導原理として踏まえるべきと考えられ,本報でもこれらに即して検討を進める。なお,これらの点に関しても,本条約の明確な目的の特定が重要であるとの指摘を受け止めた,さらに深いレベルの議論を続けることが必要であろう。例えば,「本条約の検証規定を伴う禁止措置が,核不拡散と核軍縮の取り組みに貢献し,更なる軍縮の努力の実効性のある基盤を成す」ということの具体的な意味は何か。核不拡散と核軍縮の取り組みへの貢献といっても,その程度は様々である。本条約により核不拡散や核軍縮の進展として一体何を期待するのか。根本的な目的についての認識が大きく異なれば,各論での合意は困難である。本条約で何を目指すのかという議論をもとにしてこそ,その目的に照らして禁止すべきことは何か,禁止行為等を規定している用語の意味をどう明確に規定するか,禁止行為の遵守確認はどうすべきか,そのための法的・制度的な仕組みをどう設計するか,といったことを積み重ねて検討することが可能になる。
2. 本条約のスコープ本条約のスコープは条約上の法的義務として何を課すかを規定し,定義,検証,法的および制度的体系のすべてを左右する。本条約のスコープを考慮する上で,GGE報告書および準備グループ報告書の双方で言及されている,「本条約は核分裂性核物質のproductionそのものを禁止するものではなく,核兵器その他の核爆発装置に利用するための核分裂性核物質のproductionを禁止するものである」旨の認識は肝要である。加えて,民生利用または禁止されていない軍事目的のための核分裂性核物質のproductionは禁止すべきではなく,さらに軍艦推進用など禁止されない使用からの核分裂性核物質の潜在的な転用は,本条約の目的への脅威となるという点に広範な合意があることも着目される。
上記の内容に基づけば,本条約のスコープに関して,「核分裂性核物質のproductionは,核分裂性核物質を核兵器その他の核爆発装置に使う目的で行うときのみ禁止すべき」であり,また「禁止すべき行為はいわゆる「生産」に限られず「転用」なども含み得る」ことに専門家の合意があるといえよう。ところが,「fissile material production」,「fissile material production facilities」,あるいは「past production」といった概念には使用目的の言及がなく,「使用目的に関わらず核分裂性核物質の生産を禁止する」という認識を前提としている。両者は相容れない概念であるにも関わらず,それらを整理しないまま議論してきたことが,本条約を巡る議論の停滞の根本的な要因の1つとなってきたと考えられる。
以上のような関係を図示したものがFig. 1である。
Clarification of the concept of “production” under the Treaty
ここで,「核兵器その他の核爆発装置に使う目的の核分裂性核物質(A)」は,使用目的を問わない「核分裂性核物質(B)」に含まれ,それらは,より広範な属性をもつ「核物質(C)」に含まれる。核爆発装置にしか使い得ない物理的・化学的性状を備えた物質のみを核分裂性核物質と呼ぶのでない限り,AとBは異なり,Bには含まれるがAには含まれない物質が存在する。そのような物質の例として,軍用艦船推進燃料に使われる高濃縮ウランや民生用のプルトニウムなどがある。前述の専門家の議論によれば,本条約で禁止すべきは矢印2および矢印3であって,矢印1は禁止すべきではないということになる。ところが,「fissile material production」等の表現における「production」という用語は,矢印1または矢印3に当たる行為を暗示しており,本来禁止すべきでない矢印1を含む一方で,禁止対象とすべき矢印2を含んでいない。本条約を巡る議論がまとまらない根本原因の1つは,この「production」という用語の意味が明示されておらず,その暗示する内容が禁止すべきと観念している行為とずれていることにある。このずれが残る限り本条約のスコープの合意に達することはできないため,その解消は必須である。
そもそも「production」という英単語には,「(何かを)作る」という意味のほかに「(何かを)増やす」という意味がある。筆者らは本条約の文脈で「production」という用語を「(何かを)増やす」という意味で新たに捉えなおすことで,本条約を巡る議論が抱えてきた問題の解消につなげることができるとの提案を行ってきた12)。「production」という用語を「(何かを)増やす」という意味に解すことで,「核兵器その他の核爆発装置に利用するための核分裂性核物質のproduction」には,「核爆発装置用に供するために核分裂性核物質以外から核分裂性核物質に物性を転換すること(生産) = 矢印3」,「核爆発装置用以外の核分裂性核物質から,核爆発装置用に用途を変更すること(転用) = 矢印2」,「核爆発装置用に供するために国外から核分裂性核物質を移転すること(獲得)」などが含まれることになる。このような考え方自体は目新しいものではなく,同趣旨の意見はすでにシャノン報告書以来,繰り返し表明されてきた。例えば,GGE報告書における「一部の専門家は,新たなproductionの禁止に加え,条約は核兵器その他の核爆発装置用に指定された核分裂性核物質のいかなる量の増加を防止することも追求すべきであると主張している。これらの専門家は,禁止された目的のための転用,移転および獲得を禁止する規定を含めるとともに,現在および将来の核軍縮の取り組みの不可逆性を確実にすることにより,増加させないこと(a non-increase)は達成できるであろうと感じている。」という記述もまさにその一例である。
ただ,従来は「production」という単語を,暗黙に「(何かを)作る」という語義で使用してきたがゆえに,「a non-increase」は「production」の禁止とは別の概念とみなされ,それが条約のスコープを巡る論争の隠れた原因ともなってきた。準備グループ報告書においても,生産(production)の禁止を根本的な義務(underlying obligation)と位置付ける一方,核分裂性核物質の転用,移転等の禁止に関しては追加的な義務(Additional obligation)として表現している。しかしながら,「production」を「(何かを)増やす」という意味に解釈しさえすれば,転用等も根本的な義務として取り込むこととなるため,上記の問題は完全に解消されることとなり,これまで論争の対象となってきた「past production」や「existing stocks」といった概念自体も無意味となる。問題となる核分裂性核物質が条約発効前に締約国に存在しようがしまいが関係なく,当該物質を条約発効後に核爆発装置用以外の目的から核爆発装置用に転用することが条約違反の対象であるproductionに該当するからである。
この「production」の解釈の変更により,ほかの様々な議論の混乱も整理できる。例えば,GGE報告書では,核兵器用途の核分裂性核物質について,「核兵器自体は除き,核兵器用に製造されたものの一部または全部を条約上の対象とすべき」,「核兵器自体に使われているものも含めて検証の対象にはならないが申告はすべき」,「すべてを条約上の対象から除くべき」などの意見が紹介されているが,この解釈変更で,当該締約国における条約発効時点で「核兵器用途の核分裂性核物質」とされた物質は,「production」の禁止対象にはなり得ないことが明確になる。なぜなら,すでに「核兵器用途の核分裂性核物質」である物質に手を加えても,それ自体を増やすことはできないためである。また,すでに「核兵器用途の核分裂性核物質」と指定された物質が,核兵器の維持・更新のために処理を受ける行為もproductionには該当しない。なお,ある物質を「条約の対象にすべき」という表現は曖昧であり,何の行為の対象になるかの特定が必要である。これらの物質が本条約において「productionの禁止規制」の対象とならなくとも,本条約上のなんらかの「検証」の対象とすることはあり得る。この点は後段の検証の部分で詳述する。
他方,過去に「核兵器用の核分裂性核物質」に指定されていたとしても,締約国において本条約が発効した後に,民生用または禁止されていない軍事目的用とされた物質を再度核兵器用にすることは「production」に該当するため,本条約上の禁止違反となる。これは,2010年NPT運用検討会議の最終文書のアクション1616)における,「核兵器国は軍事目的のためには不要とされたすべての核分裂性核物質をIAEAに申告するとともに,そのような物質が軍事計画外に恒久的に留まることを確実にするためにIAEA,あるいは他の関連する国際的な検証およびそのような物質が平和的な目的に処分される取り決めの下に置くことを約束するよう奨励する」という考えとも共通する。
その上で,上記の対応を可能にするためには,締約国において条約が発効する時点または発効後条約が規定する一定の期限内に「核兵器その他の核爆発装置用」の核分裂性核物質を締約国が指定するといった措置が必要となろう。その段階で,締約国が核分裂性核物質のうちどれだけを「核兵器その他の核爆発装置用」と指定するか,さらにその後,そのような「核兵器その他の核爆発装置用」の核分裂性核物質のうちのどれだけを「核兵器その他の核爆発装置用」から解除するかについては当該国の裁量事項とすべきである。この裁量権を認めないことは,上記のような「production」の解釈変更を超える行為である上,現実的には核兵器保有国のほとんどに取り受け入れ難い要求と考えられ,それらの国を取り込んで初めて実現される本条約の実効性を著しく阻害すると考えられるからである。
3. 本条約で定義が必要な用語前述の本条約の目的や条約のスコープを踏まえ,使用する用語の意味を明確にしておくことは,本条約の実現およびその実効性確保のために重要である。本条約で定義すべき用語として,GGE報告書では,“fissile material”,“fissile material production”,“fissile material production facilities”の3つを取り上げており,準備グループ報告書ではこれらの用語を中心に,さらに,“diversion”,“acquisition”,“transfer”,“non-sensitive form”,“non-proscribed purposes”や“proscribed purposes”とともに,“fissile material production facilities”に関連して,“significant quantities”,“industrial-scale”および“laboratory-scale” facilitiesや“closed down”等の施設の状態に関する用語の定義の可能性について言及している。本報ではこれらのうち主要な用語である“fissile material”,“fissile material production”,“fissile material production facilities”に関して,これまで筆者らが提言してきた内容を踏まえ,改めて概念整理を行う。
(1) 「production」という用語を巡る整理先に「fissile material production」と「fissile material production facilities」をまとめて検討する。上述の議論を踏まえれば,本条約は「核兵器その他の核爆発装置用の核分裂性核物質のproduction(増加)」を禁止するものとすべきであり,「核兵器その他の核爆発装置用の」という核分裂性核物質の用途に関する言及を欠いた「production」という概念は意味をなさないので,「fissile material production」と「fissile material production facilities」といった概念は不要かつ誤解の源であり,今後の議論では放棄すべきである。
用語の明確化が必要になるのは,これらの用語に含まれる「production」という単語の意味である。先述のとおり,「核兵器その他の核爆発装置用の核分裂性核物質のproduction」という用法における「production」という単語を「(何かを)増やす」という意味で解釈することが従来抱えてきた問題を解決する鍵となるが,用語の面でこれに対応する方法は2通りある。1つは従来どおりの文脈で「production」の単語を用いつつ,その単語の意味する内容が「(何かを)作る」ではなく,「(何かを)増やす」ことであることを,定義により明示する方法である。例えば,定義において,「本条約におけるproductionとは,製造,転用,獲得その他の手法により対象の物質を増やす行為全般を含む」といった趣旨を明記するといったことが考えられる。もう1つは,条約において「production」という単語は「(何かを)作る」という意味で使用し,従来「核兵器その他の核爆発装置のための核分裂性核物質のproductionを禁止する」としてきた表現中の「production」を別の単語で置き換える方法,例えば,「核兵器その他の核爆発装置のための核分裂性核物質をproduction(生産),転換,獲得その他の手法で増やすことを禁止する」などの形で表現する方法である。いずれの方法でも,従来議論を混乱させてきた要因を取り除いた議論が可能となる。
(2) 核分裂性核物質の考え方次に,「核分裂性核物質」の定義につき,その方向性を検討する。「fissile material production」や「fissile material production facilities」あるいは「past production」といった表現に示されるように,「production」という単語を仮に「(何かを)作る」という意味で捉える場合には,核分裂性核物質とそれ以外の物質の境界は重要な意味をもつ。その境界を越えているかいないか,さらに場合によってはいつその境界を越えたかかが本条約の禁止行為の対象になるかならないかを左右するからである。さらに核分裂性核物質の範囲を広くとるか狭くするかの設定が,検証の効果やコストに影響するという議論にも関連してくる。
しかしながら,禁止行為である「production」を「核兵器その他の核爆発装置用の核分裂性核物質」を「転用」その他の手法も含めて「増やすこと」と解釈する場合には,核分裂性核物質の物質としての性質を定義することの重要性は限定的になる。なぜなら,禁止対象になるか否かは,一義的には対象物質が物質としての性質上ある属性をもつようになるか否かではなく,その使用目的が何であるかに依存するからである。またIAEA保障措置で物質の分類に使われる各種用語と検証行為の関係から類推できるように,本条約の検証で期待される転用の検知・抑止効果においても,何が核分裂性核物質であるかは副次的な意味しかもたない。
以上のような前提を踏まえて検討すれば,本条約上の「核分裂性核物質」は,IAEA保障措置で現在「核物質」とされている物質の範囲内でこれまで提案されてきた様々な候補のうち,IAEA保障措置上核変換や更なる濃縮なしに核爆発装置の製造に利用可能な核物質とされている「直接利用物質」をもととするのが最適と考えられる17)。その理由は核分裂性核種の含有率が高まれば核爆発装置への利用の好適性は連続的に高まるため18),核爆発装置への利用に関してIAEA保障措置で運用されているしきい値とは別のしきい値を新たに設定し,それに合意することは困難と思われる一方,IAEA保障措置で運用されるしきい値を採用すれば,IAEA保障措置との整合性確保の観点からも合意を得やすいこと,「直接利用物質」は「未照射直接利用物質」と比べ,「相当量の核分裂生成物を含まない」ことの定義に合意する必要がない点で優れているためである。
さらに,GGE報告書および準備グループ報告書では「核分裂性核物質」の候補として,現行のIAEA保障措置上「核物質」とされている物質以外に,いわゆる「代替核物質」と呼ばれるネプツニウムやアメリシウムのような物質も挙げている。なお,保障措置協定における「核物質」はIAEA憲章第20条で規定される「特殊核分裂性物質」および「原料物質」とされ,代替核物質なども今後IAEA理事会が「特殊核分裂性物質」に含むという決定を行うことで,今後「核物質」として扱うこととなる可能性はある。ネプツニウムとアメリシウムについては1999年のIAEA理事会決定を受けてIAEAが監視を続けており,非核兵器国におけるそれらの物質の拡散(核爆発装置への転用)リスクは低い状態に留まっているとの判断が出されている。代替核物質に関するこのリスクの判断に加え,「既存の法的義務や手段を含む,核不拡散と核軍縮の取り組みとの接合部分を考慮する」という観点からも,現行のIAEA保障措置において核物質と異なる扱いがされている代替核物質を,本条約では核分裂性核物質とする積極的な意義は見い出し難い。他方,これらの物質が将来IAEA保障措置において核物質として取り扱われる可能性もあるため,核分裂性核物質の定義にはこれらの物質も必要に応じて含められる措置を講じておくべきであろう17)。
4. 本条約における検証の在り方 (1) 検証の概念整理本条約の検証に関してGGE報告書および準備グループ報告書では様々な見解が述べられているが,個別の議論に入る前に,「検証」という行為の基本概念を整理する必要があると考えられる。検証(verification)とは,例えばCambridge dictionaryでは,「the act of checking and proving that something is correct or true, or the proof that something is correct or true」とされているように,一般的には「あること」の正しさを客観的に確認,証明する行為であるといえよう。本条約下における「検証」の対象となる「あること」には様々なレベルのものが該当し得る。締約国が条約上の約束・義務を遵守していることを確認するという「広義の検証」もあれば,約束を遵守していることの証拠として提出される「申告・報告やその内容」の正確性・完全性などを確認する「狭義の検証」もある。例えば,NPTでは第2条において「締約国である各非核兵器国は,・・・核兵器その他の核爆発装置を製造せず・・・ことを約束する。」とし,その検証のため,第3条1に基づき保障措置を受諾し,第3条4に基づきIAEAと保障措置協定を締結することを約束している。その保障措置協定のモデルとなるINFCIRC/153において,paragraph 1の「verifying that such material is not diverted to nuclear weapons or other nuclear explosive devices.」でいうverifyingは「広義の検証」に,paragraph 72の「verify that reports are consistent with records」でいうverifyは「狭義の検証」に該当する。①本条約のスコープで定まる禁止事項を締約国が遵守することを約束すること,②その約束の履行を確認すること(広義の検証),③その約束の履行の確認のために,締約国から検証機関に対して必要な情報を行うこと(申告),④検証機関が締約国から申告された情報に基づき,それ以外にも様々な客観的な情報の収集・分析を行って,申告された情報の正確性や完全性を確認すること(狭義の検証)について,それらの関係を図示するとFig. 2のようになる。
Relationship between undertakings, verification and declaration under the Treaty
Figure 2で示したように,まず本条約のスコープが先にあり,それに基づいて申告等を含む検証の在り方が検討されるべきである。これは準備グループ報告書における「検証手段の性質と内容は,本条約のスコープと定義に関する交渉担当者による決定に依存する。」という考えとも整合している。しかしGGE報告書では,本条約のスコープの議論において,「核兵器そのものの中にある物質は検証されないが申告されるべき」という主張が紹介されており,専門家の間でこの基本的な概念にも混乱があることを示している。検証を巡る議論を収束させるためにはこの点を押さえ,検証手段を巡る議論の影響で条約のスコープが歪められるような本末転倒した議論に陥らないことが必要である。そのためには,NPTの導入に際し,非核兵器国が受け入れた包括的保障措置は,従来のINFCIRC/66型の保障措置とは抜本的に異なるものであったことを思い起すことも有用であろう。
以上を踏まえ,本報では交渉担当者が上述の本条約のスコープと定義に関する検討結果を受け入れると仮定した上で,GGE報告書および準備グループ報告書で表明された基調をなす意見を勘案し,その他の意見を取り入れつつ本条約の検証体制の在り方について検討を行う。
(2) GGE報告書および準備グループ報告書から抽出される専門家の基調意見検証に関連して,GGE報告書および準備グループ報告書では様々な見解が紹介されているが,ここでは,以降の検討の際に参照すべき,検証の枠組み(regime)を検討する上での基本的な考え方について合意があるか,大勢に支持されている意見を集約する。
両報告書においてまず言及されているのは,「本条約は無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能でなければならない」というシャノン報告で確認された合意事項である。これを専門家たちは,「本条約は違反の抑止と検知を適時に行い,締約国が条約上の義務を遵守していることの信頼できる保証を提供すると同時に,根拠薄弱で,濫用された不遵守の申し立てからも守れるようなものであるべき」という意味に解している。
まず,検証枠組みの無差別性に関しては,「全締約国が同一の義務を負うことを強く支持」する一方,それは「すべての締約国における同一の検証手順の適用を前提としない」もので,多数派は「各締約国の施設に対し,個別の検証の目的,文脈や課題に基づいて,検証の方法,手段および技術を調整しても無差別性の要求は満たし得る」ものと認識している。
また,検証枠組みのコストに関して,多くの専門家が「全締約国が受け入れ可能な,効果と資源面の効率性のバランスを実効的かつ持続的にとれるものを目指すべき」とする一方,「費用対効果に可能な限り配慮したものとはする必要性は堅持しつつ,費用面の配慮のゆえに効果的な検証活動を追求しないという意味で効率性を理解すべきではない」と警鐘を鳴らしている。この関連で,「新しい検証関連の義務が,重複や矛盾を避けながら,既存のものを補完することを確保することが重要である。」とも指摘している。
さらに,検証枠組みにおける情報管理に関して,「検証の取り組みの信頼性と効果を損なわないような態様で,締約国の国家安全保障,核不拡散または商業所有権に関する機微情報に関する懸念を考慮しなければならない」という認識が共有されている。ただしこの点に関して,多くの専門家が,「果たしてどこに検証の限界が存在する可能性があるのか,すべての締約国がよりよく理解するためにその点をより明確にする必要があることとともに,査察を受けている国々が,そのような懸念にも関わらず査察の要請に対応し,もし機微情報を漏らさずにアクセスを提供できない場合には代替手法による問題解決を追求することで最善を尽くすことで,国際社会に対して信頼に足る保証を提供するという義務を果たしている」ことも強調している。
以上に加え,「締約国が本条約の義務と検証の要件を遵守しているという信頼できる保証を当該(検証)制度が提供するには,多様な手段が必要になる」こと,「検証手段の性質と内容は,条約のスコープと定義に関する交渉担当者による決定に依存する」こと,「本条約のスコープに依存し,機密情報の保護を含む技術的な検証上の課題に対応するため,新しい手段を開発する必要がある可能性がある」こと,「申告の性質と内容についても,交渉担当者によって選択される,条約のスコープと定義,および検証モデルと連動する」ことなどを指摘している。
(3) 本条約における検証枠組みの在り方以上の本条約の目的/一般的な特性および基本原則,本条約のスコープ,定義,および検証に関する概念の整理ならびにGGE報告書および準備グループ報告書の基調意見を踏まえた上で検証枠組みの在り方について検討を行う。対象となる国,対象となる物質の用途に応じて禁止行為への検証の対応方法が異なるため,以下の分類に従って検討を行う。
まず国については,準備グループ報告書における検証の取り極めの検討に関して言及されている「(本条約)発効時点ですでに包括的保障措置を受け入れることが要求されている国」と「(本条約)発効時点で包括的保障措置を受け入れることが要求されていない国」という区分につき,本報では,前者が「非核兵器国」,後者が「核保有国」に対応するものと解釈する19)。次に物質の用途に関連して,GGE報告書には「民生利用」,「禁止されない軍事利用」,「核兵器用」と「核兵器用の余剰」として過去に核兵器用だったが,民生用または禁止されない軍事利用に移管した物質についての言及がある。以上は原子力利用を念頭においていると考えられるが,これら以外にも核物質の利用形態としては,軍事用および民生用の非原子力利用,いかなる目的にも実質的に利用不能な状態があり得る。以上の内容を包括的保障措置での対応と対比して示したものがTable 1である。なお,細かくみれば,NPTおよび包括的保障措置協定(以下,CSA)における軍事用と平和利用に関する対応は入り組んでおり,非核兵器国による核爆発の平和的応用も核爆発装置として核兵器と同じくNPT上の禁止の対象かつCSAの検証の対象とされており,CSAでは非原子力活動に使用される核物質については軍事用も民生用も同じく保障措置免除の手続きの対象とされている。
以上の分類を踏まえ,本報では(a)非核兵器国における平和的な原子力活動等,(b)全締約国における禁止されない非平和目的での原子力活動,(c)核保有国において現在および過去に核爆発目的関連で行われてきた原子力活動,(d)核保有国における平和的な原子力活動等にグループ分けし,それぞれについて検討を行う。さらに,核保有国に対する(b)~(d)物質区分ごとの議論をまとめ,核保有国における検証枠組み全体の在り方を(e)で検討する。
(a) 非核兵器国における平和的な原子力活動等準備グループ報告書では,条約の発効時点で非核兵器国に対する検証の取り決め上の要請として,①CSAのみ,②CSAならびに追加議定書(以下,AP)または類似の措置,③CSAおよびAP,の3つの候補をメニューとして提示している。
なお,CSAでは,「すべての平和的な原子力活動に係るすべての原料物質および特殊核分裂性物質につき」保障措置を受諾するとしているが,協定の条文には,核物質が平和的な原子力活動に利用される以外に,禁止されない軍事的な原子力活動に利用される場合,非原子力活動に利用される場合(平和目的・軍事目的を問わない),希釈や損耗等により実質的に回収不能の状態としていかなる利用の対象にもならない場合に対応して,それぞれ保障措置の適用除外,免除,終了という手続き規定が存在する。このうち,保障措置の適用除外の対象となり得る核物質は核爆発装置への転用のリスクが高いため,本条約上の重要な検討対象として次項で別途取り扱う。他方,保障措置の免除や終了の規定の対象になり得る核物質は本検討の対象に含むが,これらの規定の対象になる物質は核拡散リスクが極めて低く,また上記の3つの候補の共通要素であって候補間の比較に影響を与えないため,以下の議論では無視する。なお,非原子力活動への利用は後段の(d)の核保有国の平和的な原子力活動等の議論でも同様に扱う。
さて,3つの候補のうちまず①について検討する。第一に,①はAPまたは類似の措置に基づく検証手段を行使する法的権限を検認主体に与えないという選択肢である。APはIAEA保障措置の強化方策の一環として未申告活動や活動の兆候の探知能力の向上のために導入された法的権限であり,それに相応する対応手段を欠く①は,②および③と比べ効果的な検証に基づく信頼に足る保証の提供という面で劣る。また,核保有国において本条約下の検証活動を行う上で,APまたは類似の措置を導入することが必要になると考えられることから,①を採用することは無差別性の確保の面でも望ましくない。さらにGGEでは本条約の検証規定が禁止措置とともに核不拡散に取り組みに貢献し得るとの期待が示されており,長年のAPの普遍化に向けた取り組みや一部の非核兵器国におけるAPの締結および履行を巡る課題事例に鑑みれば,①の採用は核不拡散体制の強化に逆行するため望ましくない。①を採用すれば非核兵器国がAPを締結せずに本条約に加盟することが可能になるが,そのことは国際社会にとり何ら利点がない。以上から,「無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能な条約」を実現する上で,①は最適な選択肢ではないと結論付けられる。
さらに②と③を比較すると,③は「既存の法的義務や手段を含む,核不拡散と核軍縮の取り組みとの接合部分を考慮する」上で優れている。核分裂性核物質は核兵器その他の核爆発装置の製造に必須の物質であるので,「核兵器その他の核爆発装置に利用するための核分裂性核物質のproduction(増加)を禁止する」ことは,NPT上の約束事項である「核兵器その他の核爆発装置を製造」しないということと実質的に同義となる。実質的に同じ目的を担保するための法的手段が同一ということは,既存の法的義務や手段との整合性の確保という点からも妥当である。以上から③が最善の選択となる。
なお,NPT上の非核兵器国にAPの締結・発効が義務付けられておらず,核兵器禁止条約でも同条約の発効時にAPが発効していない国にはAPの締結・発効が義務付けられていないことから,既存の法的義務や手段との整合性の観点に基づき,本条約でもAPを義務付けるべきではないとの主張もありえよう。これに沿えば,条約が効力を生ずるときに効力を有しているIAEA保障措置の義務を維持することとなり,CSAのみ受け入れている国はそれを本条約でも引き継ぐことになる。しかしながら,確かにNPT上非核兵器国にはAPを締結する義務はないが,いったんAPが発効した後は,APの効力のみを停止しCSAのみを締結している元の状態には戻れない。非核兵器国が締結しているAPの効力発生についてはINFCIRC/540第17条に対応した規定が適用されるのに対し,APの有効期間は個別の規定がなく,INFCIRC/540第1条に対応した条項の規定に従いCSAの有効期間の規定が適用され,NPTの締約国である限り効力を有するためである。この不可逆的な法的な構造はCSAのみよりCSAとAPが揃った状態が望ましいことを反映しており,そのことはAP策定の経緯,現在のIAEAの保障措置の実施,国際社会のAPの普遍化への取り組みからも明らかであり,核兵器禁止条約の規定ぶりとも整合している。以上から,CSAのみしか発効していない状況がNPTや核兵器禁止条約上の最低要件として容認されることを根拠として,③を採用すべきではないとまではいえないものと考えられる。上述のとおり,効果的な検証,無差別性,核不拡散への貢献という観点で③の①に対する優位は明らかであり,総合的にみて③が最適の選択肢であるとの結論は揺るがない。以上の検討結果をまとめたものがTable 2である。
軍用艦船推進燃料に原子力を利用する場合など,核爆発装置ではない非平和目的の原子力活動への核分裂性核物質のproductionは本条約の禁止の対象外とみなされている。GGE報告書では,「本条約は禁止されていない軍事目的のための核分裂性核物質のproductionは禁止すべきではない」とする一方,「軍艦推進用など禁止されない使用からの核分裂性核物質の潜在的な転用は,本条約の目的への脅威となるという点にも広範な合意がある」と記述されている。これは,NPTにおいて非核兵器国による原子力の非爆発目的での軍事利用は禁止されていない一方で,そのような目的に利用される核物質からの核爆発装置への転用を禁じていることと同質である。
本条約のスコープで,核爆発装置用途以外の核分裂性核物質の核爆発装置用途への転用を禁止するとの前提を踏まえれば,核爆発用途以外の非平和目的の原子力活動に用いられる核分裂性核物質からの転用も禁止され,その約束の履行を検証する必要がある。ある核物質を特定目的に使用することが条約で禁じられていないからといって,当該物質を当該条約下での検証措置の対象措置にしないことにはならない。これはNPTにおいて,核物質を平和目的の原子力活動に用いることを禁じていないのに,転用の検知および抑止のため,IAEA保障措置の適用対象としていることからも明らかである。平和目的の原子力活動と核爆発用途以外の非平和目的の原子力活動は,核爆発用途でない点で共通するが,平和目的か軍事目的かという点が異なる。両者の検証活動における具体的な違いは,検証に当たり保護を必要とする情報が,平和目的の原子力活動では商業機密などであるのに対し,核爆発用途以外の非平和目的の原子力活動の場合は,軍事機密を含む点である。なお,軍事目的であっても核爆発用途ではないため,検証に際し核不拡散に関連する情報の保護は不要で,この点で平和目的の原子力活動と違いはない。
したがって,平和目的の原子力活動に対する検証活動における情報保護措置を援用することで軍事機密の保護にも完全に対応し得るのであれば,本条約下の検証において,禁止されない非平和目的での原子力活動を平和目的での原子力活動と区別し,特段の法的措置を講じる必要はない。
また,原子力を非核爆発目的の軍事目的で利用する権利について,NPTにおいても本条約においても,核兵器国と非核兵器国の間に違いはなく,したがって検証措置に差異を設ける必然性はない。このことは,GGE報告書における「既存の法的義務や手段を含む,核不拡散と核軍縮の取り組みとの接合部分を考慮することが将来条約の交渉者が条約の目的の特定に際して必要になる」との指摘や,「条約の義務がすべての締約国に等しく適用されれば条約は無差別的といえる」という合意からも支持される。
以上の理論上の帰結として,IAEA保障措置で用いられる手段の延長で軍事機密の保護の要請に完全に満たす検証活動を実施することが技術的に可能であれば,本条約の下ですべての締約国において核爆発用途以外の非平和目的の原子力活動に用いられる核物質も,平和目的の原子力活動に用いられる核物質と同様,検証の対象にすべきということになる。
しかしながら,この理論上の帰結については現実的な側面から考慮が必要な点が2つある。1点目はIAEA保障措置の延長で軍事機密の保護の要請を完全に満たす検証活動を実施することが果たして技術的に可能なのかという点であり,2点目は非核兵器国に対するINFCIRC/153に基づくIAEA保障措置において非爆発目的の軍事的な原子力活動に使用する核物質に適用除外を設けていることとの整合性をどう取るかという問題である。
1点目を解消するには,まず原子力軍用艦船を現に運用する国が合意し,さらにその他の考えられる非平和目的の原子力利用についても合意する必要があるが,そのようなことを議論し,早急に合意に達することが可能とは考え難い。また,現行の非核兵器国に対するINFCIRC/153に基づくIAEA保障措置の適用除外との不整合も難問である。以上を考慮すると,本条約において禁止されない非平和目的での原子力活動に対する検証措置を,NPT下での同種の活動に対する検証措置と同等の内容に揃えることが現実的な最適解となる。
NPT下での同種の活動に対する検証措置は,CSAを締結している非核兵器国のオーストラリアがAUKUSの下で原子力潜水艦を導入する場合と,やはりCSAを締結している非核兵器国のブラジルが原子力潜水艦を導入する場合として検討が開始されているが,まだ実施には至っていないため,検証措置の根拠条文の検討時の議論が検討上の重要な基礎となる。INFCIRC/153の条文を検討した保障措置委員会では,保障措置の適用除外は核兵器製造の抜け穴になり得るとの認識の下で議論が行われた20)。IAEA事務局長が同委員会に提示した文書には,「転換,再処理,濃縮などのバルク状態の物質の化学または同位体組成を変えるだけのプロセスは,問題になっている物質のその後の予定される用途に関わらず,本質的に軍事用ではない」との見解が含まれていた21)。同委員会では,「禁止されない軍事用途に使用される物質を単に生産・処理する施設は保障措置からは除外されない」との理解の下,「物質が禁止されない軍事利用状態にあることによる保障措置の一時停止または適用除外を可能な限り狭め,保障措置の適用を除外する際にも機密情報は漏らさずにできるだけ多くの情報を提供することを要求する」との方針で議論が行われ,それがparagraph 14に取り入れられたという22)。
包括的保障措置の実施に向けて保障措置委員会で行われていた時期とは異なり,現行のIAEA保障措置には,APに基づく管理アクセスなどの法的権限も付与されており,商業機密を保護しながら査察等を行ってきた膨大な実務経験の蓄積がある。純粋に理論的な観点からは適用除外を設けない可能性も想定し得ることも踏まえ,保障措置委員会での議論の方向性に沿って適用除外をできる限り狭める方向で,機密情報を保護手段の活用を図りながら,保障措置の抜け穴が悪用されるリスクを最小限にする体系を構築すべきである。この方向で考えれば,軍用艦船の推進用に原子力を使う事例の場合,paragraph 14でいう「保障措置が適用されない原子力活動に核物質が使用されている間」とは,文字通り現に原子力で艦船を推進させている間のみが該当するとの解釈も可能である。その場合,核燃料の装荷前や取り出し後はもとより,原子炉が稼働していない間は保障措置の対象となるということになる。さらに,舶用炉に封印等が適用できるならば,適用除外の対象とすることも不要かも知れない。最大限の情報保護措置を講じてもなお検証の対象とすることができない部分は一体何かを検討していくことになろう。Paragraph 14に基づく規定の運用は締約国側からの要請があることが前提であり,その上でIAEAと締約国の間で個別に取決めを結ぶことになる。該当する事例の形態,対象となる軍事機密は多様であり得るので,以上のような観点を踏まえつつ,適用除外の対象とすることの妥当性とその範囲についてはケースバイケースで検討していくことが必要であろう。これはINFCIRC/153のparagraph 14の考え方とも整合的である。以上の考えを概念的に示すとFig. 3のようになる。
Nuclear activities which do not require application of verification under the Treaty
核爆発目的関連での原子力活動は,核保有国および北朝鮮のみで行われている。かつて,包括的保障措置協定の締結前の南アフリカや核兵器関連施設の存在したロシア以外の旧ソ連諸国にも存在したが,すでにその廃棄が検証されており,北朝鮮は別として,非核兵器国にその存在は認められていない。この章では,核保有国にある核兵器コンプレックスを対象とし,①現役の核兵器中の核分裂性核物質,②核兵器から取り外されているが本条約上核兵器に利用可能な核分裂性核物質(①および②をまとめて「核兵器用の核分裂性核物質」という),③核兵器用からの解除が宣言され,核不拡散上の機微な性質を残している核分裂性核物質,④核兵器用からの解除が宣言され,すでに核不拡散上の機微な性質を取り除かれた物質(③および④をまとめて「余剰物質」という)に分け,これらの物質を現在および過去に取り扱ってきた施設に対する検証の在り方につき検討する。
a) 核兵器用の核分裂性核物質核兵器用の核分裂性核物質に関してはGGE報告書に言及があるが,検証の部分では触れられず,条約のスコープの部分において,申告すべきだが検証すべきではないとの意見が紹介されている。
まず,核兵器用の核分裂性核物質の存在自体は,核保有国が指定し申告がなされていれば条約の遵守上の問題はないため,個別の保管場所等での在庫報告や立入等により確認する必要はない。また現実的に,国家安全保障上および核不拡散上の懸念などからも上記のような対応を核保有国が受け入れる可能性はまずないと考えられる。
他方で,締約国内にある「核兵器用の核分裂性核物質」の総量等についてなんらかの申告を行うことは以下のような観点から望ましいと考えられる。第一は,核兵器用の核分裂性核物質の量を増加させないとの約束の履行を直接に証明する申告となるという点である。第二は,その情報の提供により,条約違反の発覚につながる情報の不整合がみつけやすくなり,またその隠蔽の試みによりコストがかかるため,条約の違反の検知と抑止の効果を向上させられる点である。第三は,GGEで指摘されているとおり更なる軍縮の努力の実効性のある基盤を成し得る点である。準備グループ報告書で言及している遅延検証アプローチを提唱し,両報告書の作成に専門家として参加した国連軍縮研究所のPodvigらは,核兵器用の核分裂性核物質も含めた申告は「転用がないこととともに将来の核軍縮の取り組みを評価する際のベースラインを提供する」と述べている23)。同アプローチにおいて核兵器用の核分裂性核物質についての冒頭申告の正確性は,それらの物質が順次処理を受け機密情報が解除されて検証の対象となることで確認される。第四は,申告する情報をさらに公表できれば,透明性の向上と相互の信頼醸成にも役立つ点である。米国と英国は実際にそのような公表を行っている。
なお,Podvigらは核兵器用の核分裂性核物質は厳格に管理されているゆえ,正確な申告は可能なはずであると指摘し,核兵器用の核分裂性核物質の総量や核的組成を正確に申告することが国家安全保障上等の懸念から支障がある場合は,機密情報をマスクするため「blend stock」と称する別の組成の物質を混ぜて申告するという方法も提示している。さらに,総量の申告から現役の核兵器で使われている物質の量を集合にせよ平均にせよ逆算することは不可能であろうとするとともに,核兵器由来の物質の同意体組成に関する情報も,それほど機微なものではない可能性も指摘している23)。
b) 余剰物質余剰物質の検証についてはGGE報告書に記載がある。多くの専門家が「いったん機微ではない形態になれば,禁止されていない目的で生産された(produced)物質と同等の態様で条約の対象になる」ことに合意し,さらに一部の専門家は「余剰物質が余剰と申告された時点から,その機微な特性を前提として,特別な検証手段が必要になるかも知れないことを認識しつつ,検証を始めるべき(かつ申告が提供されるべき)」と主張している。
この余剰物質には,退役した核兵器中に存在するもの,それらから取り出された構成要素やそれを加工したもの,核兵器用の材料だったものなどが含まれ得る。条約のスコープで論じたとおり,核兵器用か否かを決定するのは国の裁量であるが,いったん核兵器用ではないと申告した核分裂性核物質を再び「核兵器用の核分裂性核物質」に戻すことは,「核兵器用の核分裂性核物質」を増やす行為であり,対象物質が機微な特性を残しているか否かに関わらず,本条約の禁止行為に抵触する24)。核兵器用の核分裂性核物質のうち,機微な特性が取り除かれたものは,他の平和目的または非核爆発用の非平和目的の核物質と同様の検証の対象として扱われるべきであるので,本章では,機微な特性を残しているものの検証における取り扱いについて論じる。
なお,ここで機微な特性といっても,商業機密の保護への対応に関しては非核兵器国にある核物質と本質的な違いはないはずである。国家安全保障上および核不拡散上の機密に関しても,GGE報告書が指摘するとおり「果たしてどこに検証の限界が存在する可能性があるのか,すべての締約国がよりよく理解するためにその点をより明確にする必要がある」。他方で検証の限界の明確化の議論に要する時間が,検証枠組みの開発・運用を遅滞させる事態は避けるべきである。このため,機微な情報を残した核分裂性核物質を直接的な検証活動の対象とせず,機微な特性が解除された段階で詳細な検証の対象にする遅延検証アプローチの導入を考慮すべきである。本アプローチの提唱者のPodvigらは,それを発展させた「封じ込めと処理法(Contain and dispose arrangement)」を提唱している25)。これは,以下のような対応からなる。①まず廃絶すると指定された核兵器や余剰物質が処分や民生用への転換のための処理等のために取り出されるとき以外は保管施設の中に置いておくこととし,それらの施設群を含む「封じ込め領域」の境界を設定した上で,当該領域内の当初の核分裂性核物質の在庫量を,必要があればblend stockとともに申告する。②以後領域からの核分裂性核物質や他の核兵器解体等に関連する物質の出入りの申告とその監視を継続し,③それらの物質から機微な要素が除外される段階で計量を行う。④最終的に領域内から核分裂性核物質が取り出された段階で残存物質がないことを確認し,取り出された物質の合計と当初の申告を最終的に突合することで当初の申告の正確性と条約遵守を確認する。以上のような手法は,福島第一原子力発電所において安全上の理由でアクセスが困難であった原子炉建屋に対し,建物全体の封じ込め監視を継続して知識の連続性を担保しつつ,使用済燃料の取り出しが行われる都度検認していることとも共通点がある。この封じ込めと処理法を基本としつつ,その弱点を補完するような方策を関係国の参加を得て開発・導入していくことで,相互の信頼醸成を図りつつ,この機微な物質に関連した条約違反に対する検知・抑止効果の強化を図っていくことが望ましいと考えられる。
c) 核兵器の開発・生産・取り扱いに関わってきた施設核兵器の開発・生産・取り扱いに関わってきた施設には,①核兵器用の核分裂性物質の運用(組立,再調整等を含む)に継続して関わる施設,②余剰物質であって機微な情報を残したものを取り扱う(保管,処理等を含む)施設,③かつて核兵器用の核分裂性物質の製造に関わった施設で,その運用を停止したもの,④かつて核兵器用の核分裂性物質の製造に関わった施設で,核兵器関連以外の用途に変えて運用を継続するもの,があり得る。
まず,①の施設群については,その中の核分裂性核物質の総量の申告を求めるべきと考えられるが,上述のとおり,立入等による検証活動の対象にすべきではないと考えられる。次に②の施設については,封じ込めと処理法を基本とした検認を行うべきである。さらに③については締約国が過去に関与した施設のすべてについてその状況を報告し,その申告の完全性と正確性につき,必要に応じ適切な情報保護措置を講じて,IAEA保障措置における廃止施設と同様の検証を行うべきである。最後に④についてはもはや核兵器用ではなく,前述のとおり禁止されない非平和目的での原子力活動に供するために製造を行う場合も含め,すべて平和目的の原子力施設と位置付けて検証を行うべきである。なお,②の核兵器の解体や余剰物質の処理を行う施設が①で核兵器の組み立てや核分裂性核物質の再調整を伴う場合には,封じ込めと処理法における封じ込め領域の設定が難しくなるが,米国エネルギー省管轄の施設群での経験に基づけば,解体に特化した施設に領域を限定し,最初に核弾頭やその構成要素が当該領域内にないことを確認することで対応できる可能性がある26)。
以上の内容をまとめたものがTable 3である。
Category of material |
Nuclear material has been removed. |
Fissile material for nuclear weapons or nuclear explosive devices |
Nuclear material for peaceful or non-proscribed militarly activities | |||
Excess material with classified properties | Excess material without classified properties |
Other nuclear material | ||||
Facilities | Nuclear weapon complexes (past & present) | Outside of nuclear weapons complexes | ||||
Verification arrangements |
Verification similar to normal IAEA safeguards with information protection, if necessary |
Declaration of the total amount |
Verification mainly based on “contain and dispose” arrangement |
Verification similar to normal IAEA safeguards |
GGE報告書では,大多数の専門家が,条約発効後に「生産」された民生用の核分裂性核物質とその「生産」も,条約発効前に存在していた民生用の核分裂性核物質も,それらが禁止された用途に転用されることを抑止・検知するために本条約下の検証を受けるべきと考えているとする一方で,元々「生産」された物質を満足のいく形で歴史的に量を決定することができないため,過去の「生産」のすべてを検証することは不可能かも知れず,核分裂性核物質のすべての過去の「生産」が説明され,検証されるべきという対応には困難があるという見解にも言及している。
確かに,検証の目的が「過去に行われた核分裂性核物質の生産」を遡って検証することであれば,それは困難な試みになろう。しかし,「production」を「(何かを)増やすこと」と解釈すれば,検証の目的は現存する核分裂性核物質の核兵器等への転用に対する検知・抑止等となり,その目的は包括的保障措置とほぼ同じである。
もちろん,これまで保障措置を受けてこなかった核保有国にある施設にある原子力平和活動の下の核物質(核兵器用だったものが転用されたものも含む)を本条約の検証下に新たに置くことは今後相当の労力を要するものとなる可能性がある。しかし,非核兵器国はINFCIRC/66型の保障措置からCSAに変更する際には同様の労力を払い,以後すべての核物質を保障措置下においてきた。また,ロシアを除く旧ソ連諸国の一部や南アフリカにおいても,核兵器関連活動の経緯の上にCSAを受け入れた。無差別性の観点からも,本条約下の検証は,条約発効前から存在する物質も対象に含め,核保有国の平和的な原子力活動の下にあるいかなる核物質も対象とすべきである。なお,原子力平和活動に関する検証には,上述したように,非平和目的の原子力活動に供する目的で核分裂性核物質を生産する施設や,過去に核兵器関連活動に供されていたが,平和的な目的で供される施設に対するものも含まれる。
核保有国における原子力平和活動の下にある核物質が,核兵器その他の核爆発装置用の核分裂性核物質に転用されていないことの検証の性格は,包括的保障措置と基本的に同様である。したがって,個別には様々な追加的な技術的手段の開発が必要になる可能性もあるものの,必要となる検証活動を支える法的枠組みとしては,CSAおよびAPの内容に相当するものが妥当である。それにより,核保有国は非核兵器国と差別のない検証上の義務を負い,検証主体には非核兵器国に対するのと同等の検証を行う際に必要となる法的権限が与えられることとなる。核保有国は核兵器製造の知見を有する分,転用を仮に試みるとすれば非核兵器国と比べて容易に目的を達成することが可能であるため,核保有国が非核兵器国と同等の義務を負い,検証主体に同等の法的権限を与えることは,必要な検知・抑止効果を備え,信頼に足る保証を国際社会に与え得る検証枠組みを整備する上の必要条件といえる。本条約上の検証が効果的であり,かつ無差別的であるためにも,核保有国のIAEAに対する計量管理報告や申告等については非核兵器国と同等の対応が必要であり,保障措置の開始点,終了,免除等の扱いも包括的保障措置と揃える必要がある。平和目的の原子力活動に関し,核保有国が非核兵器国と同様の報告が技術的に行えない理由はないと考えられる。
また,現在,非核兵器国においては,同等の法的義務および権限の下に,各国の原子力活動等の状況に応じて様々な内容・規模・形態の検証措置がIAEAにより実施されている。本条約の関連で検証主体が核保有国において実施する検証措置も,法的基盤となる義務および権限は同等であっても,核保有国の原子力活動等の状況に応じたものにするべきである。この点に関し,GGE報告書でも,条約が無差別というためには,条約の義務はすべての締約国に等しく適用される必要があるとしつつ,条約の義務の検証手段(例.手法や技術)は当該国に存在する施設次第で違い得るとしている。また,準備グループ報告書では,「交渉担当者は,現在包括的保障措置の実施が求められていない国に対しては,既存のIAEAの基準とは異なり得る『有意量』と『適時性』のための基準を確立することを望むかもしれない。」としている。
両報告書に示唆されているとおり,同一の法的義務および権限の下で実施される検証活動ではあるが,すでに核兵器を保有しているか否かという大きな違いに対応し,核保有国と非核兵器国の間で,実施の目標とその達成のための最適な態様が異なる可能性がある。CSAでは,「保障措置の手続の目的は,有意量の核物質が平和的な原子力活動から核兵器その他の核爆発装置の製造のためまたは不明な目的のために転用されることを適時に探知することおよび早期探知の危倶を与えることによりこのような転用を抑止することにある。」とされている。協定上には「有意量」,「適時に」および「早期探知の」という用語に関する規定はないが,非核兵器国に対する保障措置においては,1個の核爆発装置の製造の可能性を排除し得ない核物質のおおよその量を有意量とし,適時性についても転換時間を考慮した運用がなされている。これは核爆発装置を1個たりとも作らせないよう,未然に探知・抑止することを検証制度の目標に設定しているということを意味する。この有意量の概念は核兵器に関する知識がない国を想定して設定されており,核保有国はより少量で核兵器が製造可能といわれているので,仮に1発の核兵器の製造の未然防止を目標におくならば,核保有国に対してはより小さな有意量に基づくより強度の高い検証活動が必要となる27)。また,非核兵器国とは異なり,核保有国では保障措置の効果的実施を前提として原子力施設が建設されていないため,非核兵器国で実施される保障措置と同じ基準で検証活動を行う場合,非効率で多大な資源を必要とする可能性が指摘されている27)。以上から,非核兵器国と実施しているIAEA保障措置とまったく同じ目標を機械的に核保有国に適用して検証体系を構築しようとした場合,その活動は極めて資源集約的にならざるを得ないといえる。
しかし核保有国に対する検証で,核爆発装置を1個たりとも作らせないよう,未然に探知・抑止することを果たして目標にするべきであろうか。すでに核兵器を保有する国にとって,条約違反のリスクを冒して1発の核兵器を製造することの政治的・戦略的な意義は,非核兵器国に比べて明らかに小さい27)。また,核兵器により転用しやすい核物質をもっている核保有国にとり,平和的活動の下にある核物質を転用の対象に選ぶインセンティブは相対的に小さいと考えられる。このため,仮に核保有国において平和的な原子力活動下の核物質から核兵器等に転用を試みるならば,ある程度の規模で行わなければ条約違反を犯すリスクに見合わないと考えられる。またすでに核兵器を有する国に対する検証では,条約違反を確実に探知できるならば事後的であっても十分な抑止効果を発揮できるとも考えられる。以上を踏まえ,有意量や適時性を核保有国の状況に合わせて柔軟に解釈することで,査察頻度等を大幅に緩和でき,条約違反の効果的に検知および抑止するという本来の目標を達成しつつ,資源利用においてより合理的かつ効率的な検証体系を追求できる。それにより,無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能であるという,本条約に求められる要素を最適なバランスで実現することが可能となる。
以上の考えをまとめたものがTable 4である。
Item | Verification arrangements |
---|---|
State party's legal obligations and the legal authority for a verification body | Substantially equal between states with nuclear weapons (SWNWs) and non-nuclear weapon states (NNWSs) (equivalent to the contents of CSA and AP) |
Information provision including nuclear material accountancy, AP declarations etc. |
Substantially equal between states with nuclear weapons and non-nuclear weapon states (equivalent to the information provision under CSA and AP) |
Verification activities | Under substantially universal legal obligation and authority both in SWNWs and NNWSs, the contents, size and mode of verification activities should be adjusted depending on the situation of each State parties. Compared with the verification activities in NNWSs, more relaxed significant quantity and timeliness should be applied for the verification activities in SWNWs. |
IAEAは非核兵器国においてCSAおよびAPの権限に基づき保障措置を実施し,拡大結論を導出した後は,国別概念(state-level concept)に基づく国別アプローチ(state-level approach)により,当該国においてCSAおよびAPの下で利用できる保障措置手段を最適に組み合わせた統合保障措置を実施している。核保有国における本条約の制度下における検証活動も同様に,国全体をみた上での,条約の違反行為に対する検知・抑止効果を最適化する内容を目指すべきである。この際,現在非核兵器国には存在しない,過去の核兵器関連活動の結果存在する物質や施設や禁じられない非平和目的の原子力活動に関連する物質や施設に関する検証を平和目的の原子力活動に対する検証活動への単なる追加として考えるのではなく,国全体をみた上で,条約違反につながるリスクの高い部分に重点をおきつつ,ユーラトム保障措置から得られる情報等も含め,新たな検証体系の下で得られる情報を効果的に組み合わせ,最適の資源配分を行うことで,効果的かつ効率的に信頼できる保証を与えられる検証体系を構築し,無差別で,多国間の,国際的かつ効果的に検証可能な条約の実現に寄与するべきである。
5. 法的および制度的体系法的および制度的な体系について,GGE報告書では,「条約の意図された目的を達成できるように条約の効果的な実施を促進するように設計すべきであると専門家が合意」している旨が述べられている。準備グループ報告書でも,「即応性のある意思決定のため,効率的かつ効果的で,無差別,柔軟かつ適応能力があることが重要である」とともに,「法的な安定性ならびに信頼性を,政治的に不偏でありかつ技術的能力があることにより,そして資源効率的な手法を適用することなどにより確保し,かつその体系に流入する情報のセキュリティを保護しなければならない」とし,条約の交渉者たちは「効果的なガバナンスおよび意思決定のため,制度的な主体の代表権,役割および責任を明確に確立させることを望むであろう」と指摘している。
準備グループ報告書では,法的および制度的体系に関する潜在的な条約の要素として,「ガバナンス/意志決定と技術的な主体」,「条約の制度的な仕組みのモデル」,「不遵守に関連する事項への対応メカニズム」,「紛争解決の仕組み」,「実質的な改正の手続き」,「技術的な更新の手続き」,「発効」,「期限」,「脱退」,「条約加入」,「留保」,「必要な申告」,「寄託」を挙げ,それぞれについて対応するオプションが列挙されている。本報では,「ガバナンス/意志決定と技術的な主体」および「条約の制度的な仕組みのモデル」のうち,検証主体の部分に絞って検討する。
まず,「ガバナンス/意志決定と技術的な主体」では,条約の執行に関わる「締約国会議」,「執行評議会(executive council)」,「検証主体」,「管理事務局(administrative secretariat)」の4つの要素のうち,「締約国会議」を除く3つの要素について,それぞれ本条約に特化した組織(FMCTO)が担当するか,IAEAが担うかという選択肢が提示されている。そして「条約の制度的な仕組みのモデル」の部分では,これらの3つの要素についてFMCTOとIAEAの関与の仕方の組み合わせが論じられている。
検証主体の在り方について,GGE報告書では,IAEAとFMCTOのそれぞれの長所短所が議論されている。IAEAを支持する専門家は,不要な重複を避けられること,すでにIAEAの検証を受けている多くの国で条約上の義務について一貫性のある適用が確保されること,資源の関係,経験の深さ,確立された技術的能力などをIAEAの長所に挙げており,FMCTOを支持する専門家は,条約の目的が明確に異なっていること,加盟国がIAEAとは異なる可能性,現在保障措置を受けていない施設のある国でのIAEAの検証経験の少なさ,機微な情報の拡散の可能性をその論拠としている。
挙げられたIAEAの長所はすべて条約の効果的な実施とその目的の達成において重要であるが,他方,FMCTOを支持する論拠は以下のような点からいずれも脆弱と考えられる。まず,条約の目的について,「production」の新たな解釈により本条約上の義務はNPT上の義務とほぼ同義となり,本条約下の検証と現行のIAEA保障措置の親和性が高くなるため,逆にIAEAの方が本条約下の検証主体として相応しい。次に8つの核保有国はすべてIAEA加盟国である上,IAEA加盟国以外でもIAEAの保障措置(検証)を受けることは可能なため,本条約の加盟国がどうなるかとは関係がない。さらに,核保有国における検証の経験や機微情報の管理の面でも,IAEAは経験皆無なFMCTOに対して明らかに有利である。仮にFMCTOが核保有国での検証に特化する場合,組織の規模が小さく非効率となり,検証担当組織を分けることで核保有国の非核兵器国の間の差別が生じやすい点も問題となる。本条約上の検証行為を迅速かつ円滑に開始でき,一体的,効果的かつ効率的に執行できる点からも,IAEAがその実務を担うべきである。さらに長期的な核軍縮の進展も視野に入れれば,核保有国における検証活動が非核兵器国での活動に収斂していくことが期待され,この点からもIAEAが一体的に検証活動を担うことが望ましい。以上から,IAEAに本条約上の検証行為を行わせることが適当であると結論付けられる。
次にIAEAが本条約上の検証行為を担う際のIAEA憲章との整合性を整理しておく必要があろう。まずIAEAの任務につき,IAEA憲章第3条では以下のように規定している。
本条約下での検証活動は,第3条A.5にいう多国間の取極の当事国の要請に基づき,その取極に対して行われるものであり,第3条B.1にいう原則や政策に従って締結される国際協定に従うものになるので,IAEAの「保障措置」と称するのが適当である。
さらに,準備グループ報告書には,検証の部分に検証と条約の構造(Verification and treaty architecture)に関する記載があり,条約に検証をどこまで書き込むかに関し,①条約本体に詳述,②条約本体は主要な義務のみ記述し,詳細は付属文書に落とす,③条約で検証の主要な要請事項を記載し,詳細は検証実施主体と加盟国間で協議して協定等に規定,④条約で検証の主要な要請事項を記載し,詳細はモデル協定に基づき協定を締結,という4つのオプションを提示している。ここで本条約上の検証と既存の包括的保障措置の共通性を考慮し,特に非核兵器国において本条約下の検証措置としてCSAとAPに基づくIAEA保障措置を採用すべきとの結論を踏まえれば,本条約下の検証も③または④のように,核保有国がCSAとAPの内容と同等の検証活動の基盤となる条約とは別個の保障措置協定をIAEAと締結すべきである。核保有国が締結すべき保障措置協定は,可能な限り無差別なものとするため,INFCIRC/540のようにモデルとして機能するものに標準化し統一できれば理想的であるが,現実的にはINFCIRC/153に基づき保障措置協定を締結するように,検証実施主体と加盟国間で協議する余地を残す形態の方が,合意に達しやすいと考えられる。核保有国が締結すべき保障措置協定のベースとなる文書は,INFCIRC/153とINFCIRC/540の内容に準拠しつつ,核爆発目的関連で行われてきた原子力活動に対応するものなども含め,上記で議論したすべての検証関連措置を実施する上で必要となる法的義務および権限を網羅的に規定する内容となるよう,IAEAに適当な委員会を設置して検討すべきであろう。
なお,準備グループ報告書が出た後に発効した核兵器禁止条約においても,第4条において,2017年7月7日後に核兵器その他の核爆発装置を所有し,占有しまたは管理した締約国について,申告された核物質が平和的な原子力活動から転用されていないことおよび当該締約国において申告されている核物質または活動が存在しないことについての確証を与える上で十分な保障措置協定をIAEAとの間で締結する旨が規定されている。また,同条約第3条において,上記以外の締約国についても,INFCIRC/153に基づく包括的保障措置協定を締結していない場合にはその締結・実施が,その他の場合は,少なくとも核兵器禁止条約が効力を生じるときに効力を有しているIAEAの保障措置の義務を維持する旨規定している。核兵器禁止条約との整合性の観点からも,IAEAの保障措置を本条約の検証措置とすることには意義がある。
本条約に対しては,その提唱以来,核軍縮および核不拡散に寄与するものとして大きな期待が寄せられ,その実現に向けて各種の局面について議論が重ねられてきたが,様々な矛盾を内包した各種の論点が錯綜したまま議論が停滞した状態が続いており,これらを整理して全体として整合性をもった体系として構築するような取り組みはいまだなされていない。このため,本報ではこれまでの国連軍縮会議や国連総会で集約された各種の論点や選択肢について分析を行い,これらが内包する矛盾を整理するとともに,一貫性と整合性をもった考え方に沿ってどの選択肢や論点を採用すべきかを論理的根拠とともに示し,本条約の実現に基盤として役立ち得る包括的な体系についてその在り方を提示した。
具体的には,本条約の議論の混乱の根本原因をなしている本条約のスコープにおける「production」という用語の解釈の整理を図り,それに伴う条約上の重要用語の整理を行うべきとの筆者らの提案に沿って,本条約下の検証の在り方の全体像,検証主体の在り方,条約構造における検証の位置付けについて検討を行った。
検証の在り方については,議論の混乱の要因の1つになっているとみられる検証の概念の整理を行った上で,これまでの主要な論点や関連する提案を参照しながら,核保有国および非核兵器国における,平和的な原子力活動,非核爆発目的の非平和的な原子力活動,現在および過去に核爆発目的関連で行われてきた原子力活動に対応する検証措置の在り方を検討し,無差別で多国間の,国際的で効果的に検証可能な条約という包括的な体系として組み上げる方向性を提示した。その要素のうち,非核兵器国における平和的な原子力活動に関して準備グループ報告書で示された選択肢のうちCSAおよびAPを選択すべき理由の考察,非核爆発目的の非平和的な原子力活動の範囲の解釈,現在および過去に核爆発目的関連で行われてきた原子力活動と平和的活動との区分の明確化とそれに対応した検証措置の在り方の整理,保障措置の国別概念を核保有国に援用した全体最適を図る検証措置の在り方などは本報で新たに提示した考え方である。
検証主体については,準備グループ報告書で示された選択肢のうちIAEAを選択すべきことを根拠付けて示し,さらに本条約下の検証を保障措置と呼ぶことを提言した。
検証と条約の関係については,準備グループ報告書で提示された選択肢のうち,検証に関しては協定に落とすことが整合的であることを示した。
現在,国際情勢は緊迫の度を増しており,核保有国が国際紛争の当事者になっている。核保有国の振る舞いを国際社会は注視しており,国際社会の安定に向けて本条約の実現にどう取り組むかが一層重要な局面を迎えている。これまで30年に渡り,本条約の実現に向けて世界の有識者が積み上げてきた有意義な議論を集約すべき時期である。筆者らは本報が世界の抱えるこの重要な問題を解く際の「補助線」となり,より平和で安全な社会を後代に残そうとする各国の心ある人々の努力に寄与することを期待している。
なお,2022年8月の第10回NPT運用検討会議における岸田総理の「ヒロシマ・アクション・プラン」の提言を受け,2023年5月には,FMCTへの政治的関心を再び集めることをすべての国に要請すること等を盛り込んだ核軍縮に関するG7首脳広島ビジョンが採択された。さらに国連においてもFMCT即時交渉に向けた取り組みの要請等を含む「核兵器のない世界に向けた共通のロードマップ構築のための取り組み」決議の提出やFMCTフレンズの立ち上げなど,岸田総理のリーダーシップの下,我が国はFMCTの交渉促進のため積極的に取り組んでいる。志を同じくする国とともに国際社会全体のために取り組んでいく姿勢は本条約の実現に欠かせないが,同時にその取り組みを本条約の実現につなげるためにはそのための指針となる具体案が必要である。世界で唯一の戦争被爆国であり,かつIAEA保障措置の最大の経験国である我が国が,世界の平和と安定に向けてリーダーシップを発揮する上で具体的な提言を行う際に本報が役立てば幸いである。
本研究の実施に際し,全面的かつ細部に渡り内容の不備や不明確な点に関して貴重な指摘を頂いた坪井 裕博士をはじめ,有益な示唆を賜わった菊地昌廣博士および京都大学エネルギー政策研究会の諸氏に対して深く感謝の意を表します。