2019 年 2019 巻 290 号 p. 222-224
環境・エネルギー問題の解決に向け,リチウムイオン電池(LIB)などの蓄電池に注目が集まっている。LIBにはリチウムやコバルトなどの希少な元素が使われているが,今後も電池需要の増加が見込まれるなか,こうした元素を用いない新型蓄電デバイスの実現に向けた研究開発が進められている。リチウムをナトリウムに置き換えたナトリウムイオン電池(NIB)はLIBに匹敵する性能を持つ新規蓄電池の一つとして注目されており,膨大な物質が電極物質として研究されている。なかでも難黒鉛化性炭素(ハードカーボン;HC)はNIBの負極活物質として期待されている。また,リンはほかの材料に比べてとりわけ多くのナトリウムを吸蔵できるためNIB高容量化に寄与する材料として研究が進められている。しかし,HCは非晶質炭素であり,リンも電気化学的にNaを導入した場合非晶質となることが多いため,X線回折(XRD)などの回折法によるナトリウムの吸蔵状態や充放電機構の解明は難しかった。本研究ではHCおよびリンを対象とし,物質の状態によらず測定核種を直接観測できる核磁気共鳴(NMR)や第一原理計算を活用してナトリウム吸蔵状態や充放電機構の解明に取り組んだ。
本学位論文は五つの章からなる。第1章ではNIB研究の背景や電池・電極材料の研究にNMRを適用する意義を述べた。第2章ではさまざまな熱処理温度で炭素化することで作製したHCにナトリウムを電気化学的にドープして固体NMR測定を行い,ナトリウムの吸蔵状態を明らかにした。また,第一原理計算によってグラフェン面上におけるリチウムやナトリウムの凝集過程を調べ,NMRの測定結果に基づいて構築した新規吸蔵モデルによりリチウムやナトリウムのHC細孔内への吸蔵機構を説明した。第3章では,HC細孔内で形成されたナトリウムクラスターの金属性と細孔サイズの関係について調べた結果を示した。HC作製の際,炭素化温度だけでなく前駆体脱水処理温度も変えて細孔サイズ制御を試みた。さらに,NMRによって細孔内部に吸蔵されたナトリウムの金属性を調べ,小角X線散乱により見積もった細孔サイズに対応する慣性半径と比較した。第4章では,リン電極の充放電機構をNMRによる状態分析によって調べた。電池電極として電気化学的に作製した試料のほか,熱化学的に作製したナトリウム-リン化合物のNMR測定も行い比較することで,Na3P以外は非晶質であり,さらに3サイクル目以降は充放電にともないほぼ可逆的な化学変化が生じることを明らかにした。第5章では第1章から第4章までの総括を行った。
本稿では第2章と第3章について記述する。