Tenri Medical Bulletin
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2021 Symposium of the Tenri Institute of Medical Research
Comparison of S and N antibody titers before and after coronavirus vaccination between members of a COVID-19 outbreak sports club and a non-outbreak sports club
Koichiro Takahashi Natuko KasedaYuya ShiozakiMaki KinoshitaDaiki ShimomuraMasashi ShimadaShuji MatsuoMikio KamiokaNorihiro KamiyaHideo Yamanaka
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2022 Volume 25 Issue 2 Pages 114-120

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Abstract

【目的】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では,SARS-CoV-2 nucleocapsid protein(N抗原)とspike protein S1 domain(S抗原)を抗原とした抗体検査が開発されている.今回我々は,COVID-19集団発生をきたしたある大学のスポーツクラブと,同大学の非集団発生スポーツクラブの部員を対象に,コロナウイルスワクチン接種前後のN抗体とS抗体を測定し,二つの抗体の特性を検討した.

【対象と方法】対象は,集団発生Aクラブ部員118例(PCR検査陽性44例)と非集団発生Bクラブ部員105例(PCR陽性1例).ワクチン接種前とワクチン第2回接種後約1か月に採取した血清を使用した.Mann-Whitney U検定を用いて統計学的有意差を評価した.

【結果】Aクラブでは,PCR陽性者のワクチン接種前のS抗体価中央値は121 U/mL,PCR陰性者のそれは0.4 U/mLであった(P < 0.001).ワクチン接種後では,PCR陽性者のS抗体価中央値は38,198 U/mLに上昇し,PCR陰性者(中央値:5,164 U/mL)より有意に高値であった(P < 0.001).ワクチン接種後のS抗体価は,両クラブの全例で中和活性の基準となる15 U/mL以上を示した.ワクチン接種前のN抗体陽性者は, Aクラブで61例, Bクラブで6例であった.両クラブのPCR陽性者(45例)はすべてN抗体陽性であった.一方,PCR陰性・検査未実施者のうち,Aクラブの17例とBクラブの5例がN抗体陽性であった.ワクチン接種前N抗体陽性者は,ワクチン接種後のS抗体価がN抗体陰性者のそれと比較して有意に高値を示した(P < 0.001).

【考察】SARS-CoV-2既感染者では,ワクチン接種後のS抗体価が高値となることを確認した. PCR陽性者は全例N抗体陽性であったので,本抗体はSARS-CoV-2既感染の判定に有用である.PCR陰性・N抗体陽性者を認めたことから,COVID-19の診断には複数回のPCR検査が必要であることが示唆された.

Translated Abstract

Objective: For the management of novel coronavirus disease 2019 (COVID-19), antibody tests have been developed targeting the SARS-CoV-2 nucleocapsid protein (N antigen) and spike protein S1 domain (S antigen). In this study, we measured the N and S antibody titers before and after coronavirus vaccination in members of a sports club that had a COVID-19 outbreak and compared them to those of a sports club that did not have an outbreak at the same university. Furthermore, we investigated the characteristics of the two antibodies.

Subjects and methods: The subjects were 118 A club members that had an outbreak (44 PCR test positives) and 105 B club members that did not have an outbreak (1 PCR test positive). Serum was collected before vaccination and about 1 month after the second vaccination. Significance was assessed using the Mann-Whitney U test.

Results: In A club, the median S antibody titer before vaccination in PCR-positive subjects was 121 U/mL, and that in PCR-negative subjects was 0.4 U/mL (P < 0.001). After vaccination, the median S antibody titer in PCR-positive subjects increased to 38,198 U/mL, which was significantly higher than that in PCR-negative subjects (median: 5,164 U/mL) (P < 0.001). Post-vaccination S antibody titers in all subjects of both clubs were 15 U/mL or more, indicating effective production of neutralizing activity. Before vaccination, 61 A club and 6 B club members were positive for N antibodies. All 45 PCR-positive individuals from both clubs were N antibody-positive. On the other hand, among those who were PCR-negative or not tested, 17 from A club and 5 from B club were positive for N antibody. Pre-vaccination N antibody-positive subjects showed significantly higher post-vaccination S antibody titers than N antibody-negative subjects (P < 0.001).

Conclusion: Our findings suggest that SARS-CoV-2-infected persons generate high S antibody titers after vaccination. As all PCR-positive subjects were N antibody-positive, this antibody is useful for recognizing SARS-CoV-2-preinfected individuals. The presence of PCR-negative and N-antibody-positive patients suggest that multiple PCR tests are necessary for the diagnosis of COVID-19.

緒言

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019; COVID-19)は,2019年末に中国の武漢で初めて報告され 1 ,世界中に急速に拡散した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症である.COVID-19の診断には,鼻咽頭ぬぐい液や喀痰を試料とし,SARS-CoV-2 に特異的なRNA 配列を増幅するreverse transcription (RT)-polymerase chain reaction (PCR) 法などの核酸検出検査や,SARS-CoV-2の蛋白質を検出するイムノクロマト法を用いた抗原検査が実施される 2 .一方,簡便で高い処理能力を持つ検査法として,血中の抗SARS-CoV-2抗体を検出する血清学的診断法が開発されている 3 .本法は,診断を目的として単独で用いることは推奨されないが,疫学調査等への活用が期待されている.

現在,抗体検査試薬は,SARS-CoV-2のnucleocapsid protein(N抗原)と spike protein S1 domain(S抗原)の2種類を抗原とした試薬に大別される.N抗原に対する抗体(N抗体)は感染既往を示し,S抗原に対する抗体(S抗体)は中和抗体と相関するとされている 4, 5 .また,mRNAワクチンがコードする遺伝情報はS抗原の領域であることから,S抗体はワクチンの効果判定に有用である.

今回我々は,COVID-19集団発生をきたしたある大学のスポーツクラブと,同大学の他のスポーツクラブの部員を対象に,コロナウイルスワクチン接種前後のN抗体とS抗体を測定し,二つの抗体の特性を検討した.

対象と方法

対象

奈良県からCOVID-19集団発生と認定されたAスポーツクラブの部員118例(全例男性,年齢19–22歳)と,PCR陽性者1例を認めたが集団発生には至らなかったBスポーツクラブの部員105例(男性87例,女性18例,年齢18–22歳)を対象とした.両クラブとも全寮制であった. Aクラブでは,2020年8月にCOVID-19集団発生をきたし,全例にPCR検査を実施した結果,44例が陽性であった. Bクラブでは,濃厚接触者として9例にPCR検査を実施(2021年1月)し,1例が陽性であった(図1).PCR検査は,TMA法(Aクラブが中心)やリアルタイムPCR法などの方法が用いられたが,各例にどの検査法を適用したかは不明である.

抗体検査

両クラブとも,モデルナ社製COVID-19ワクチンを2021年7月に第1回,同年8月に第2回接種した.ワクチン第1回接種前(Aクラブは2021年3月, Bクラブは2021年6月)と,ワクチン第2回接種約1か月後に末梢血を採取し,血清を抗体検査に用いた(図1).N抗体測定試薬はElecsys Anti-SARS-CoV-2 RUO(カットオフ値 <1.0 COI),S抗体測定試薬はElecsys Anti-SARS-CoV-2 S RUO(カットオフ値 <0.80 U/mL)(いずれもロシュ・ダイアグノスティックス社製),測定装置はCobas 8000 analyzer series e602(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いた.本法の抗体測定原理は電気化学発光免疫測定法(Electro Chemiluminescence Immunoassay; ECLIA法)である.なお,S抗体測定試薬の中和活性基準はメーカー記載の15 U/mL以上とした.

図1. AクラブとBクラブのタイムスケジュール

統計解析

統計解析はStatFlex V6.0を用いた.統計学的な有意差検定はMann-Whitney U検定を用い,P < 0.05を有意差ありとした.

倫理的配慮

本研究は,天理よろづ相談所病院 臨床研究に関する倫理審査委員会(No1227)と,天理大学 研究に関する倫理審査委員会(H30-016,H30-017)の承認を得て実施した.

PCR検査結果とワクチン接種前後のS抗体価との関連

Aクラブでは,PCR陽性者(44例)のワクチン接種前のS抗体価中央値は121 U/mL,PCR陰性者(74例)のそれは0.4 U/mLであった(P < 0.001). Bクラブでは,PCR陽性者1例のS抗体価は35 U/mL,PCR陰性・検査未実施例(104例)のS抗体価中央値は0.4 U/mLであった(図2).ワクチン接種後では, AクラブのPCR陽性者のS抗体価中央値は38,198 U/mLに上昇し,PCR陰性者(中央値:5,164 U/mL)より有意に高値であった(P < 0.001).一方, Bクラブでは,PCR陽性者のS抗体価は22,366 U/mLに上昇し,PCR陰性・検査未実施者のS抗体価中央値は3,323 U/mLであった(図2).ワクチン接種後のS抗体価は,全例において中和活性の基準となる15 U/mL以上を示した.

図2. AクラブとBクラブのワクチン接種前後のS抗体価

PCR検査結果とワクチン接種前後のN抗体との関連

ワクチン接種前のN抗体陽性者は, Aクラブで61例, Bクラブで6例であった.両クラブのPCR陽性者(45例)はすべてN抗体陽性であった(表1).一方,PCR陰性・検査未実施者のうち,Aクラブの17例とBクラブの5例がN抗体陽性であった. Aクラブでは,ワクチン接種前に測定したN抗体価中央値は20.96 COIであったが,ワクチン接種後のそれは6.82 COIであった(図3).約6か月の経過で平均37%(15–68%)低下した.なお,ワクチン接種前後でN抗体が陰転化した例を2例認めた(図3).

表1.AクラブとBクラブのN抗体結果とPCR検査結果

Aクラブ

N抗体(ワクチン接種前)

陽性(> 1.0 COI)

陰性(< 1.0 COI)

PCR検査

陽性

44

0

44

   陰性   

17

57

74

61

57

118

Bクラブ

N抗体(ワクチン接種前)

陽性(> 1.0 COI)

陰性(< 1.0 COI)

PCR検査

陽性

1

0

1

陰性・検査未実施

5

99

104

6

99

105

図3. AクラブのN抗体価の経時変化

ワクチン接種前のN抗体とワクチン接種後のS抗体価の関連

両クラブで,ワクチン接種前N抗体陽性者は,PCR陽性・陰性・検査未実施にかかわらず,ワクチン接種後のS抗体価(中央値:Aクラブ39,733 U/mL,Bクラブ24,595 U/mL)がN抗体陰性者のそれ(中央値: Aクラブ4,520 U/mL, Bクラブ3,186 U/mL)と比較して有意に高値を示した(P < 0.001)(図24).一方、AクラブとBクラブのN抗体陰性者のワクチン接種後のS抗体価を比較すると,前者(中央値4,520 U/mL)は後者(中央値3,186 U/mL)より有意に高値であった(P < 0.001)(図4).

図4. AクラブとBクラブのN抗体結果とワクチン接種後のS抗体価

考察

本研究では,COVID-19集団発生スポーツクラブと非集団発生スポーツクラブの部員を対象とし,ワクチン接種前後のN抗体とS抗体を測定した.その結果,PCR陽性者は,PCR陰性者と比較すると,ワクチン接種後のS抗体価が有意に高値であり,ワクチン接種前のN抗体陽性者は,N抗体陰性者と比較すると,ワクチン接種後のS抗体価が有意に高値であった.SARS-CoV-2既感染者では,ワクチン接種後にS抗体の抗体価が高値となることは他の研究でも報告されており 6, 7 ,本研究でも同様の現象を確認することができた.既感染者ではワクチン接種がブースター効果となり,S抗原に対するより強い免疫応答が誘導されるのであろう.

Aクラブでは,PCR陰性かつN抗体陽性の部員を17例認め,ワクチン接種後に高いS抗体価を示した.これらの部員は集団発生とは異なる時期に感染した可能性や,集団発生の時点で実施したPCR検査では偽陰性を示した感染者が存在した可能性などが考えられる.濃厚接触者のPCR検査時期が暴露後1–2日後の場合には偽陰性率が高く,症状発症当日のPCR検査の偽陰性率中央値は38%と報告されている 8 .本研究の対象者がウイルス暴露後のどの時点でPCR検査を実施したかは不明であるが,全寮制であることから,不顕性感染が拡大していた可能性がある.2021年1月に全国保健所長会協力事業から出された通達によると,暴露期間が継続して 4日以上に及ぶ可能性がある場合には,直後のPCR検査結果が陰性であっても,4–8日後に再検査することが望ましいとされている 9 . Aクラブでは,集団発生後のPCR検査は各部員に1回実施されただけであった.偽陰性の可能性を考慮し,再検査を実施する必要性が裏付けられたと考えられる.一方,AクラブのN抗体陰性者,すなわちSARS-CoV-2未感染者のワクチン接種後のS抗体価が,BクラブのN抗体陰性者のそれより高値を示した理由は明らかではないが,両クラブのスポーツ種目や男女構成の違いなどが影響したのかもしれない.

N抗体の半減期は約3か月とされており,抗体価は徐々に低下するとされている 10 .今回の検討でも,ワクチン接種前後でN抗体価は低下傾向を示した.N抗体は,自然感染でのみにより得られる抗体であるので,ワクチン接種普及後に既感染を疑う場合に有用であるとされているが,経時的に抗体価が低下することに留意する必要がある.COVID-19 後遺症の診断補助としての有用性についても否定的な意見がある 11

現在,日本国内では新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン(B.1.1.529)株の感染者が2021年11月30日に初めて確認され,以降急速に感染が拡大している.今後も抗体価の測定はCOVID-19の潮流を捉えるために重要であると考える.

付記

本研究は,令和3(2021)年度天理大学学術・研究・教育活動助成「コロナ禍における大学生アンケート体調管理と怪我予防」の助成を受けた.

参考文献
 
© 2022, Tenri Foundation, Tenri Institute of Medical Research
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