Tenri Medical Bulletin
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2021 Symposium of the Tenri Institute of Medical Research
SARS-CoV-2 variants: Evolution observed in a local hospital between 2020 and 2021
Gaku Matsumoto Noriyuki AbeKotone NakanishiNobuyoshi NoguchiSaori FukudaMasashi ShimadaMikio Kamioka
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2022 Volume 25 Issue 2 Pages 126-132

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Abstract

SARS-CoV-2が世界的に蔓延するなかで,ウイルス変異体の情報はCOVID-19の診療にとってますます重要になっている.日本におけるSARS-CoV-2変異株の最初の報告は2020年12月であり,2021年10月中には国内株がデルタ株(L452R変異)に置き換わったと報告されている.パンデミック下では,世界的に蔓延する変異株が我々の住む一地方都市の流行に直結する.そこで,2020年7月から2021年9月の間に当院で採取した鼻咽頭ぬぐい液検体のなかから,LAMP法でSARS-CoV-2 陽性であった116検体をランダムに選択し,変異特異的なプライマー/プローブを用いたリアルタイムPCRでN501Y,E484K,L452R変異を検索した.日本での第3波期間内に採取した37検体中34検体(91.9%)には変異が認められなかった.一方,第4波期間内の20検体では,11検体(55.0%)にN501Y変異が,5検体(25.0%)にE484K変異が認められた.また,第5波期間内の59検体では,28検体(47.5%)がN501Y変異,29検体(49.2%)がL452R変異を有していた.一地方病院での変異株の変遷を知ることで,世界的な流行を知る手がかりになる可能性が示唆された.

Translated Abstract

SARS-CoV-2 continues to spread; thus, information about variants, which may affect the virus’ properties, has become increasingly important for the management of COVID-19. The first SARS-CoV-2 variant in Japan was recognized in December 2020 and the strains detected in the country were replaced by the δ variant carrying the L452R mutation before October 2021. As a newly emergent variant can rapidly propagate, national authorities and local hospitals have to be involved in monitoring and assessing changes to the virus. In this study, we randomly selected a total of 116 SARS-CoV-2 RT-LAMP-positive nasopharyngeal swabs obtained in our hospital between July 2020 and September 2021 and investigated them for the presence of variant strains using RT-pPCR primer/probe sets for detection of N501Y, E484K, and L452R mutations. Of 37 samples obtained during the 3rd wave of the COVID-19 pandemic, 34 (91.9%) were negative for the mutations. On the other hand, of 20 samples obtained during the 4th wave, 11 (55.0%) had N501Y and five (25.0%) had E484K mutations, and of 59 samples obtained during the 5th wave, 28 (47.5%) had N501Y and 29 (49.2%) had L452 mutations. This study indicates that evolution of SARS-CoV-2 observed in a local hospital occurred in a similar pattern to global trends of the spread of the variant strains.

緒言

2019年12月に中国湖北省武漢市で報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は世界各国へ蔓延し,2020年3月にはWHOによりCOVID-19のパンデミックが宣言された.2020年後半には世界各地で感染性やワクチン効果に影響がある変異株が出現し,WHOにより懸念される変異株(variant of concern; VOC)および注目すべき変異株(variant of interest; VOI)に分類され,各国でもWHO分類を基準にVOC,VOIが設定された 1-3 .我が国では2020年12月に初の変異株(B.1.1.7系統)が検出されて以降 4 ,2021年3–5月にはN501Y変異を有するアルファ株を中心とし,N501YおよびE484K両変異を有するベータ株,ガンマ株の流行,2021年6–9月にはL452R変異を有するデルタ株を中心とした流行があり,2021年10月時点では国内の多くの株がデルタ株に置き換わったと報告されている 5 .また,感染力および死亡率の面から見ると,従来株に比べ,アルファ株では感染力が43–90%高く 6 ,死亡率は61%程度高いと推定されており 7 ,デルタ株では,感染力はアルファ株の1.5倍程度高く,入院率および死亡率も高いとの報告がある 8 .感染力や死亡率は徐々に上昇しており,変異株流行の推移を見ることは感染対策上重要である.

今回我々は,地方における変異株流行は都市部に比べれば遅れるものの,行動制限のかかる国内であれば同様の変異株推移を追うことができると仮定し,当院におけるSARS-CoV-2の検査陽性率および,2021年9月以前にVOCに分類された変異株の変遷を後ろ向きに調査した.

対象および方法

対象

2020年7月から2021年9月の期間に当院にて採取した鼻咽頭ぬぐい液19,929検体を対象とした.変異株解析については,Loopamp ウイルスRNA抽出試薬(栄研化学)にて抽出し,LAMP法の結果が陽性(Tt値≦25)であった抽出液保存検体から無作為に抽出した116検体を使用した.

SARS-CoV-2陽性率の調査

上記期間に採取した19,929検体について,LAMP法(LoopampEXIA®,栄研化学)またはリアルタイムPCR法(Smart Gene®,ミズホメディー)による結果から陽性率を調査した.陽性の判定は,LAMP法においては増幅曲線を認めたもの,リアルタイムPCRにおいてはSmart Gene®で陽性と判定されたものを対象とした.

変異株解析

上記期間内にVOCに分類された,B.1.1.7系統(N501Y変異),B1.351系統およびP.1系統(N501Y,E484K同時変異),B.1.617.2系統(L452R変異)の鑑別を目的とし,スパイクタンパク発現に関与する領域をターゲットにしたPCRを実施した(表1).

LAMP法陽性かつTt値≦25の中から無作為に抽出した116検体について,Loopamp ウイルスRNA抽出試薬400 μLをMagNA Pure Compact® Nuclei Acid Isolation Kit (Roche) にて核酸精製した.次に,精製物をSARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Core Kitと変異検出用プライマー・プローブ(Primer/Probe N501Y,Primer/Probe E484K,Primer/Probe L452R)(タカラバイオ) を用い,リアルタイムPCR法(Light cycler® 96システム,Roche)にて解析した.反応条件は52℃ 5分で逆転写反応させた後,95℃ 10秒で逆転写酵素を失活させ,95℃ 5秒,60℃ 30秒のPCRサイクルを45回繰り返した.蛍光色素は,HEX(N gene),FAM(N501Y変異,L452 wild),Cy5(E484K,L452R変異)を用い,それぞれにおけるシグナルのCt値≦40を陽性とした.判定方法は,各変異型に特異的な色素が陽性となったものはそれぞれの変異とし,HEXのみが陽性のものを「変異型同定不可」,L452R変異を対象としたPCRにおいてFAMが陽性ものを,「変異なし(非VOC,非VOI株疑い)」と判定した(表2).

次に,検体を変異なしおよび変異型同定不可群,N501Y変異およびE484K変異群,L452R 変異群の3群に分け,各群におけるN geneのリアルタイムPCRの平均Ct値および低Ct値検体の割合を比較した.

統計解析

上記の3群において,一元配置分散分析・多重比較を実施し,多重比較ではBonferroniの補正を行った.ソフトウェアはIBM SPSS Statistics ver.22.0を用い,有意水準は0.05とした.

結果

SARS-CoV-2陽性率

当院におけるSARS-CoV-2陽性率は5.6% (1,111/19,929検体)であった.月別の陽性者数推移は奈良県の陽性者数推移と同様の傾向を示した(図1).

図1. 当院および奈良県の陽性者推移

変異株解析

解析した116検体中,変異なしは38検体(32.8%),N501Y変異は39検体(33.6%),E484K変異は5検体(4.3%),L452R変異は29検体(25.0%),変異型同定不可は5検体(4.3%)であった.N501YとE484K変異の両者を有するものは無かった.

月別の変遷では,2020年7–12月(37検体)は変異なしが34検体(91.9%),変異型同定不可が3検体(8.1%),2021年3–4月(20検体)は変異なしが3検体(15.0%),N501Y変異が11検体(55.0%),E484K変異が5検体(25.0%),変異型同定不可が1検体(5.0%), 2021年6–9月(59検体)は変異なしが1検体(1.7%), N501Y変異が28検体(47.5%),L452R変異が29検体(49.2%),変異型同定不可が1検体(1.6%)であった(図2).

図2. 月別の変異株変遷

変異なしおよび変異型同定不可群をA群,N501Y変異およびE484K変異群をB群,L452R 変異群をC群とし,各群のN geneリアルタイムPCRのCt値を比較した.その結果,A群では平均値27.6 ± 5.7,B群は平均値23.4 ± 4.0,C群は平均値21.1 ± 4.7であった.また,各群での低Ct値(Ct値≦25)の割合を見たところ,A群では32.6%,B群では65.1%,C群では75.0%であった(図3).各群間における有意差を検定したところ,A群対B群 (P = 0.011),A群対C群 (P < 0.001) で有意差を認めたが,B群対C群 (P = 0.062) では有意差を認めなかった.

図3. 各変異株における低Ct値 (Ct≦25)の割合

考察

我が国では,2020年1月に最初のSARS-CoV-2感染者が確認された後,2021年3月下旬以降よりVOC分類変異株による流行がみられ,感染者の増減を繰り返している.当院のSARS-CoV-2 PCR検査陽性件数は,2020年8月,2021年1月,2021年4月,2021年8月にピークを認め(図1),国内における流行と同様の傾向を示した 9 .また,当院の陽性件数の推移は奈良県の陽性者数の推移と同様の傾向を示した(図1).

2020年12月に我が国で最初の変異株(B.1.1.7系統,N501Y変異)が報告され,奈良県では2021年3月に初の変異株が報告された 10 .当院でも116検体の変異株解析を実施したところ,73検体(62.9%)はVOC/VOI分類に該当する変異株,38検体(32.8%)はVOC/VOI分類に該当する変異なし,5検体(4.3%)は変異型同定不可(L452 wild,L452R変異が共に陰性)の結果であった.変異型同定不可となった5検体は,検体の劣化や検体のウイルス量が影響した可能性も考えられる.また,L452のロイシン(L)がアルギニン(R)以外に置換された変異株の可能性もあり,L452Q 変異を有するC.37系統のラムダ株等も考えられたが,本株の国内初検出は2021年8月のため時期が合わず否定的であった.非VOC/VOI分類株の可能性が高いが,今後追加検討が必要である.

当院における変異株の変遷と国内の流行を見てみると,第2波期間(2020年7–8月)および第3波期間(2020年11–12月)においてはVOC/VOI分類にあたる変異株は見られなかった.本期間は,N501YやE484K,L452R変異を認めないB.1.1.214 系統による株の感染流行とされており 11 ,国内と当院で同様の傾向を示した.

第4波期間(2021年3–4月)に入ると当院でも変異株が検出され, N501Y変異が最も多く,次いでE484K変異がみられた.N501Y変異がなくE484K変異のみを持つ株(R.1系統,前B.1.1.316系統)は,国立感染症研究所にて注目すべき変異株(VOI)として感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株と定義されており 12 ,本株は感染性に影響を与える変異はないがワクチン効果に影響があるとされている 13 .また,本株はゲノムデータベース(GISAID)上を検索しても由来を特定することはできないものの,変異の期間から日本国内で変異したものではないと報告されている 14 .しかし,本株の総変異数は21であり,日本国内で過去に流行していた株であるB.1.1.214系統(総変異数19)およびB.1.1.284系統(総変異数20)と総変異数が類似している点や,亜種R.1系統の70%が日本で検出されている点,2020年2月以降から関東圏で流行していた点を踏まえると,日本で変異した可能性が示唆される 14 .また,当院での変異株解析の結果から推察すると,2021年3月は,関東圏で流行した株が関西圏に感染を拡大した期間であると考えられる.2021年4月にはE484K変異の割合は減少し,N501Y変異の割合が高くなった(図2).このN501Y変異(B.1.1.7系統/アルファ株)をもつ株は第4波の主流とされており,奈良県および当院の陽性者も本株の感染拡大とともにピークを迎えた(図1).国立感染症研究所の報告によると,E484K変異(R.1系統)は感染性に影響を与える可能性がある変異はないが,N501Y変異(B.1.1.7系統)では従来型の約1.32倍の感染力があるとされている 3 .そのため,感染力の低いE484K変異(R.1系統)は短期間で収束し,感染力の強いN501Y変異(B.1.1.7系統)に置き換わったと推察された.

第5波の期間(2021年6–12月)は,N501Y変異の割合が減少し,L452R変異が増加した期間であった.本期間は,L452R変異を持つB.1.617.2系統(デルタ株)が感染の主流とされており 15 ,奈良県および当院の陽性者は8月にピークを迎えた(図1).本株はN501Y変異(B.1.1.7系統)の約1.5倍の感染力があるとされており 15 ,奈良県の陽性者数を見てみると,第4波期間内にN501Y変異を初検出した3月の陽性者数は408人,ピークを迎えた4月の陽性者数は2,377人であり,初検出月からピーク月までの陽性者増加率は5.8倍であった(図1).対して,第5波期間ではL452R変異を初検出した7月の感染者は439人,ピークを迎えた8月の感染者は4,251人と,初検出月からピーク月までの陽性者増加率は9.7倍となり(図1),L452R変異の感染力の高さが示唆された.

今回後ろ向き調査を実施した2020年7月–2021年9月の期間全体の変異株推移を見ると,有意な変異株を認めなかった第3波までの期間(–2020年12月),アルファ株が初検出され置き換わった第4波,デルタ株が初検出され置き換わった第5波と分画されたが,各波の間の期間については調査できなかった.変異株の置き換わり後や,単一株の流行期間における検査の意義は少ないが,次の流行へとつながる新たな変異株が出現する各波の間の時期こそ,次世代シーケンス等で監視する必要があると考えられた.

Ct値解析では,変異なしおよび変異型同定不可群,N501Y変異およびE484K変異群,L452R 変異群の順にCt平均値が有意に低下しており,低Ct値(Ct値≦25)検体の割合も増加していた.平均Ct値を元に検体に含まれるウイルス量を推定すると,変異なしおよび変異型同定不可群に比べ,N501Y変異およびE484K変異群は約16倍程度,L452R変異群は約64倍程度と考えられた.

Liらの報告によると,デルタ株は感染後最初に検出された時点のウイルス量が非VOCに比べ1,200倍であり,ウイルスへの暴露からPCR陽性になるまでの期間も短縮した(VOC 6日,デルタ株4日)としている 16 . L452R変異の感染力の高さに加え,感染後における増殖速度の速さも示唆される結果となった.

2022年7月現在もパンデミックが続く中,新たに変異したB.1.1.529 系統の変異株(オミクロン株)による第6波(2022年1–6月)が収束し,BA.5系統(オミクロン株亜型)による爆発的な感染が始まり,想像を超えるスピードで拡大している.今回の検討では,当院における変異株の変遷を解析したが,奈良県および全国と同様の経過をたどっており,新たな変異株の検出と共に感染者が急増した.当院の小規模な変異株の変遷を調査することでも日本や世界的な流行を知る手がかりとなる可能性があり,近いうちに訪れる流行の波を予想し,次の流行に備えた検査体制を整えておく必要がある.

まとめ

2020年から2021年の当院におけるSARS-CoV-2のVOCに分類された変異を後ろ向きに調査した.日本国内と共通の変遷を確認できた.

参考文献
 
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