2022 Volume 25 Issue 2 Pages 106-112
症例:70代女性.冠動脈CTにて偶然,十二指腸に腫瘤を指摘された.精査の腹部造影CTでは十二指腸と一部接する境界明瞭な腫瘤で,早期から強く造影され,後期まで造影効果は遷延していた.MRIでは嚢胞を含み,T2強調像にて不均一な高信号を呈していた.脂肪は見られなかった.十二指腸消化管間質腫瘍のほかに,後腹膜神経鞘腫,paragangliomaを鑑別に挙げた.このため,123I-MIBGシンチグラフィを行ったところ有意な集積を認めた.手術後の病理標本でもparagangliomaの診断であった.
考察:本症例は十二指腸に接して,副腎とは離れた位置に腫瘍が認められたため,十二指腸腫瘍を当初考えたが,十二指腸の周囲は右腎動脈周囲傍神経節の部位に近接しており,非臓器性のparagangliomaの発生部位にもなり得る.
結論:十二指腸近傍の後腹膜に存在し,早期から造影増強効果を示す多血性腫瘍としてparagangliomaは鑑別診断に含めるべきで,内分泌学的検査や123I-MIBGシンチグラフィも術前検査として考慮すべきと考えられた.
Paraganglioma(傍神経節腫)は,自律神経系の傍神経節細胞を起源とするまれな腫瘍である.多くは副腎外の横隔膜下に発生し,カテコラミン産生性であるため,術前の診断が望ましいが,無症候性の場合診断が難しい腫瘍である.副腎外の傍神経節腫のように非臓器性に発生する腫瘍の場合,考慮すべき鑑別診断が異なってくるため,潜在的な腫瘍の発生部位と画像所見を知っておくことが診断に重要と考えられる.今回,我々は,当初十二指腸粘膜下腫瘍が疑われたが,123I-MIBG (metaiodobenzylguanidine)シンチグラフィにより術前診断可能であったparagangliomaの一例を経験したので報告する.
患者:70代女性
主訴:偶然指摘された腹部腫瘤
現病歴:3年前に急性心筋梗塞に対し冠動脈ステントを留置され,以後当院循環器内科通院中であった.冠動脈ステント留置後の経過観察のために撮像した冠動脈CTで,偶発的に十二指腸に接した腫瘤が指摘され精査が行われた.
既往歴:高血圧,2型糖尿病で薬物治療中.血圧はβ遮断薬投与にて収縮期圧100–130 mmHg,拡張期圧60–70 mmHg程度で維持されていた.発作性高血圧を含めカテコラミン過剰に関連した症状の既往はなかった.
家族歴:特記すべき事項なし.
現症:身長150 cm,体重51 kg,収縮期圧98–100 mmHg,拡張期圧38–45 mmHg,脈拍56–60 bpm整,SpO2 97%(room air),体温36.2℃,呼吸音・心音異常なし.
血液検査:血算・生化学・電解質にいずれにも特記すべき異常は見られなかった.腫瘍マーカー検査としてCEA,CA19-9,DUPAN-2,NSE,可溶性IL-2受容体の測定では有意な上昇は認められなかった.
発見時の冠動脈CTで,十二指腸水平脚背側に長径46 mm程度の境界明瞭で内部不均一な球状の腫瘤を認めた(図1).十二指腸水平脚–下行脚と境界が不明瞭で十二指腸粘膜下腫瘍の可能性が考えられた.副腎とは離れており,膵臓との間には脂肪織が一層介在していた.このため,この時点では十二指腸の消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor; GIST)を第一に考え,精査を行った.
冠状断像(a)で十二指腸,下大静脈, 右腎に囲まれた領域に46 mm大の不均一に造影される腫瘍性病変(矢印)を認める.十二指腸に接する側で腫瘍と十二指腸の境界が不明瞭な部分があり(矢頭),十二指腸発生の可能性が示唆された.(b)で副腎(矢頭)は腫瘍(矢印)の頭側に離れて描出されており,副腎発生ではないことが確認できる.腫瘍右側に接して十二指腸下行脚から水平脚が描出されている.
上部消化管内視鏡では十二指腸粘膜面には異常所見は見られなかった.超音波内視鏡では膵頭部近傍の膵外に約48 mm大の境界明瞭な腫瘤を認めた(図2).内部は等エコーで嚢胞変性と思われる無エコーを認めた.
膵頭部近傍の膵外に約48 mm大の境界明瞭な腫瘤性病変を認める.内部は嚢胞変性と思われる無エコー領域を含んでいる.
MRIでは,内部はT1強調像にて低信号,T2強調像にて不均一高信号を呈していた(図3).内部のT2強調像高信号域は造影されない領域に一致していた.超音波内視鏡で描出されている嚢胞より広い領域が高信号を呈しており,多数の顕微鏡的な微小嚢胞が混在している可能性を疑った.明らかな拡散制限や脂肪の含有は認めなかった.造影では嚢胞成分以外が,早期から強い造影効果を呈した.T2強調像で腫瘍内部に管状の低信号域が認められ,flow voidと考えられた(図3f).
T2強調像(a)で不均一高信号を示し,高信号域では造影効果を認めていない.T1強調像のin phase(b)からopposed phase(c)での信号変化はみられず,明らかな脂肪の含有は認めない.拡散強調像(d)とADC (apparent diffusion coefficient) map(e)からは拡散制限は認めない.T2強調像の拡大像(f)では腫瘍内に線状の低信号域が描出されている(矢頭).
造影dynamic CTでは,早期から辺縁優位に強い造影効果を伴い,内部にも一部強い造影効果が見られ,多血性の腫瘍と考えられた(図4).動脈相で内部にMRIのflow voidに相当すると思われる脈管状の構造が認められた.
早期相(b)から後期相(c)にかけて辺縁優位に強い造影効果を認める.内部にも一部強い造影効果が見られる.早期相(b)および後期相(c)で,MRI T2強調像での低信号に一致して脈管状の造影効果を認める.
以上の所見をまとめると,十二指腸と一部接し,早期から強く造影され,後期まで遷延する造影効果をする腫瘤で,嚢胞を含み,T2強調像にて不均一高信号を呈していた.十二指腸由来とすればGIST,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor; NET)が鑑別として考えられた.後腹膜腫瘍としては嚢胞を伴うことから囊胞変性を伴う神経鞘腫の可能性が考えられた.また,非常に強い増強効果を伴う点から,paragangliomaが鑑別として考えられた.このため123I-MIBGシンチグラフィを行ったところ,既知の腫瘤に強い集積が見られた(図5).追加で施行した内分泌的精査ではアドレナリン14 pg/mL,ノルアドレナリン2,040 pg/mL,随時尿中メタネフリン濃度383 μg/gCr,随時尿中ノルメタネフリン濃度2,683 μg/gCrであることが判明し,paragangliomaに合致する内分泌学的検査所見を示した.以上より,paragangliomaと術前診断した.このため降圧薬としてαブロッカーを追加したうえで,腹腔鏡下切除術を施行した.術中所見では,腫瘍前面では癒着はなく十二指腸は容易に剥離できたが,背側では下大静脈との線維性癒着が強固であり,その線維性癒着の中に腫瘍に直接流入出する細い血管が多数見られた.手術中の血圧は腫瘍背側の剥離の際に収縮期血圧が180 mmHgを超える上昇を認めフェントラミンメシル酸塩,ニカルジピン塩酸塩投与を行い,流入血管の遮断により今度は収縮期血圧が80 mmHg以下まで低下しノルアドレナリンの投与を必要としたが10分ほどで回復し以後は安定していた.切除検体は割面では黄色調の部分と褐色調の部分が混在していた.組織学的所見では,synaptophysin陽性の腫瘍細胞が球状に胞巣をなし,胞巣周囲の間質は浮腫状で,血管を多数認めていた.以上の所見からparagangliomaの最終診断となった(図6).Ki-67陽性細胞は1%未満,GAPPスコアは3であり,比較的悪性度が低いと考えられた.術後の経過観察では再発,転移の所見を認めていない.現在外来で定期的に観察中であり,再発,転移のスクリーニングのため定期的なCTでの経過観察を計画している.術後2年の時点で再発は認められていない.
腫瘤に強い集積を認める.
(a)割面には充実性の部分と浮腫状の部分が混在しており,嚢胞変性を伴っていた.(b)組織学的には腫瘍細胞が球状に胞巣をなしており,胞巣周囲の間質は浮腫状で,血管を多数認めた.(c)腫瘍細胞はsynaptophysin 陽性であった.
Paragangliomaは傍神経節のカテコラミン産生クロム親和性細胞から発生する腫瘍である 1 .40–45歳に好発するが,幅広い年齢に生じうる.性差は見られない.症状は高血圧,動悸,頻脈,胸痛などが挙げられるが,症候性は全患者の約65%とされている 1 .
Paragangliomaの画像所見は,CTでは早期から造影効果が見られ,多血性腫瘍の特徴を有している.脂肪は見られない.MRIではT1強調像にて低信号,T2強調像にて不均一高信号を呈する.Chemical shift imagingでのin-phaseからopposed-phaseでの信号低下を欠くことが多い.123I-MIBGシンチグラフィでは腫瘍に123Iの集積が見られる 2-4 .
Paragangliomaは造影の早期相で強い増強効果を呈する.腫瘍が小さい場合は均一な増強効果を呈するが,より大きな腫瘍(4 cm以上)では,CTやMRI にて不均一な像を示す.造影dynamic CT やMRIでは辺縁部が早期から強い造影効果を受け次第に内側へと広がる.中心部は後に述べるように嚢胞変性を呈することが多いため造影不良となることが多い 3, 5 .動脈相での強い染まりは,paragangliomaの特徴であると言えるが,本症例での鑑別となりうるGISTや,NETにおいても同様の造影パターンをとるため造影パターンからの鑑別は難しいと考えられる.
本症例では,内部に広範な囊胞変性が認められていた.嚢胞以外の部分も浮腫状の部分が多く,T2強調像での不均一な高信号は嚢胞と浮腫状の部分に相当すると考えられた.嚢胞変性はサイズの大きな腹部のparagangliomaでは高頻度に認められ,特徴的所見といえる.膵臓,十二指腸近傍に発生する場合は,GISTおよびNETとの鑑別が問題である.これらはいずれも多血性の特徴も共有しており造影CT,MRIからの鑑別が難しいと考えられる.
Paragangliomaは,頚部,縦隔,後腹膜の交感神経節周囲 (aortico-sympathetic)に発生するものが多い.その他に,総頸動脈周囲など脳神経血管系関連部位 (branchiomeric), 迷走神経の走行に沿った部位(intravagal)に発生する.腹部の交感神経節周囲に発生するものはカテコラミンを産生するものが多い.横隔膜下では,特に左右の腎動脈分岐部付近のレベルに大動脈腎動脈神経節,上腸間膜動脈神経節を含む多くの傍神経節細胞の巣が集中している.この他には下腸間膜動脈分岐部付近から大動脈分岐部に傍神経節細胞の集簇が見られる.これは乳幼児期に見られるZuckerkandl器官が退縮した部位に相当する.右腎動脈周囲の傍神経節から発生する腫瘤は本症例のように腎臓,十二指腸,膵頭部近傍の腫瘍として発見されうる.腎臓と十二指腸に接したparagangliomaは過去にも複数の報告がされている 6-8 .
本症例では高血圧は内科的に良好にコントロールされていたが,術前に傍神経節腫が疑われたことから,発作性高血圧予防の目的で降圧薬にαブロッカーを追加した.Hayesらは無症状例24例のうち4例で術中あるいは麻酔導入中に高血圧が認められ,その後paragangliomaと判明したと報告している 9 .術中および周術期リスクを低下させるためにもparagangliomaの術前診断をしておくことは重要と考えられる.
十二指腸腫瘍との鑑別が問題となったparagangliomaの一例を経験した.当初十二指腸GISTを考えたが,早期相での強い増強効果,嚢胞変性からparagangliomaの可能性も鑑別にいれ,123I-MIBGシンチグラフィで診断することができた.発生部位もparagangliomaに合致するものであった.腹部のparagangliomaでは,手術時のカテコラミン放出による血圧急上昇のリスクがあることから,これらの特徴を持つ後腹膜腫瘍が認められた場合,paragangliomaの可能性を検討することが重要と考えられる.
該当なし
本誌の要綱は第328回日本放射線医学会近畿地方会(2021年)にて発表したものである.