Tenri Medical Bulletin
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Original Article
Long-term steroid use and surgical site infection after emergency abdominal surgery
Keiichiro Kinoshita Hiroyuki AkeboRyuichi SadaKenzo NakanoTakafumi MachimotoKazuhiro Hatta
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2023 Volume 26 Issue 2 Pages 76-82

Details
Abstract

  1. 【背景】ステロイド長期使用患者では手術部位感染症(surgical site infection; SSI)の発生率が高いことはよく知られているが,緊急手術を対象とした検討は少ない.本研究では腹部緊急手術における長期ステロイド使用患者のSSI発生の実態を調査した.
  2. 【方法】単施設過去起点コホート研究を行った.消化器外科で緊急手術となった患者のうち,過去5年間におけるステロイド使用群と過去1年間におけるステロイド非使用群でのSSI発生率を比較検討した.
  3. 【結果】ステロイド使用群は35人,非ステロイド使用群は227人が解析対象となった. SSIはステロイド使用群の6人(17.1%),非ステロイド使用群の14人(6.2%)に生じ,有意差を認めた(P = 0.035).またステロイド使用群でSSIをきたした6例のうち4例は消化管穿孔を伴っていた.
  4. 【結論】腹部緊急手術ではステロイド使用群においてSSI発生率が有意に高かった.

Translated Abstract

  1. Background: Long-term steroid users have an increased risk of surgical site infection (SSI), but few studies have focused on emergency surgery. We investigated the incidence of SSI in long-term steroid users after emergency abdominal surgery.
  2. Methods: A single-center retrospective study was conducted. Among patients who underwent emergency surgery in the gastroenterology department, we compared the incidence of SSIs in long-term steroid users over the past five years with that in non-steroid users over the past year.
  3. Results: Thirty-five steroid-users and 227 non-steroid users were included in the analysis. Six (17.1%) patients in the steroid group and 14 (6.2%) in non-steroid group developed SSI, with a significantly higher incidence in the steroid group (P = 0.035). Four of the six SSI patients in the steroid group showed gastrointestinal perforation.
  4. Conclusion: After emergency abdominal surgery, the incidence of SSI was significantly higher in the steroid group.

背景

手術部位感染症(surgical site infection; SSI)は手術操作が及んだ部位に発生する感染症である.米国疾病予防管理センター(CDC)の定義では手術手技分類に応じて術後30日以内または90日以内に発生したものとされ,発生部位によって表層切開創SSI(superficial incisional SSI),深層切開創SSI(deep incisional SSI),臓器・体腔SSI(organ/space SSI)に大別される1.厚生労働省院内感染対策サーベイランスによると,消化器外科領域のSSI 発生率は7.2%(2021年)であり2,その危険因子としては米国麻酔科学会の術前評価であるAmerican Society of Anesthesiologists physical status (ASA-PS)≧3,汚染および感染創,手術時間延長,糖尿病,肥満(body mass index≧30),術中輸血,開腹手術などが挙げられている3.SSI発生は死亡率の上昇や入院期間の延長など患者予後に大きな影響を与えることから4,SSI発生のリスク因子や予防に関する検討は重要である.

副腎皮質ステロイドは多くの炎症性疾患,自己免疫疾患に用いられる薬剤であるが,創傷治癒においては線維芽細胞のコラーゲン産生を阻害し血管新生を低下させることで,創傷治癒遅延をきたしSSIを発生させやすいことが知られており5,既存の研究でもステロイド使用がSSIを含めた術後有害事象のリスク因子であることが示されている6-8.しかしステロイドとSSIに関する既存の研究では待機的手術や全診療科における包括的な研究しか存在せず,救急外来やプライマリ・ケアにおいて遭遇しやすい急性虫垂炎や急性胆嚢炎,消化管穿孔などの腹部緊急疾患に関するデータは限られている9, 10.そこで本研究では,腹部緊急手術における長期ステロイド使用患者のSSI発生について,ステロイド使用群と非使用群を比較することで調査した.

方法

対象

本研究は単施設過去起点コホート研究である.対象は公益財団法人天理よろづ相談所病院消化器外科において緊急手術を施行した患者とした.ステロイド使用群は2016年4月から2021年3月の間に緊急手術を受けた患者で副腎皮質ステロイドに分類される薬剤(以下,ステロイドと略)を手術時点で原疾患に対して定期使用している患者とした.ステロイドを手術以前に使用したことがあるが手術時点で終了している患者,手術後に開始した患者は除外した.一方,ステロイド非使用群は2020年4月から2021年3月の間に緊急手術を受けた患者のうち手術時点でステロイドを内服していない患者とした.なお,再手術症例,創部処置のみの症例は除外した.

SSI発生のリスク因子として,ステロイド使用の有無に加え,手術時の年齢,性別,糖尿病の有無,ステロイド使用の背景疾患,ASA-PS,開腹下/腹腔鏡下手術の別,手術時間,疾患の種類,消化管穿孔の有無を収集した3

アウトカム

Primary outcomeはSSI発生とした.SSIはCDCの定義に基づき手術後30日以内(ヘルニア手術では90 日以内)に手術操作が及んだ部位に発生する感染と定義し,発生した部位により表層切開創SSI(superficial incisional SSI),深層切開創SSI(deep incisional SSI),臓器・体腔SSI(organ/space SSI)に分類した1.カルテ記載内容から上記定義に基づくSSI発生を集計し,上記日数より先に退院した患者については,その期間を超えた初回の外来までの記録を可能な範囲で確認した.なお,superficial/deep incisional SSI の判別はカルテ記載のみでは困難であることから両者を合計して集計した.

統計解析

連続変数は中央値[四分位],名義変数は発生数(%)で記載した.名義変数の比較にはFisher正確確率検定,連続変数の比較にはMann-WhitneyのU検定を用いた.統計解析にはIBM SPSS Statistics 22.0を用い,P 値が0.05を下回る場合に有意差ありと判断した.

倫理

本研究は院内倫理委員会によって承認され(No.1363),厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に準拠して施行された.

結果

対象

ステロイド使用群は2016年4月から2021年3月までの5年間で60名を診療情報から抽出した.そのうち除外基準に該当した症例を除いた35人を解析対象とした.ステロイド非使用群については,2020年4月から2021年3月までの1年間で257名を診療情報から抽出し,除外基準に該当した症例を除いた227人を解析対象とした(Figure 1).

Figure 1. 対象患者

患者背景

緊急手術の対象疾患として,非使用群では急性虫垂炎(72例,31.7%),急性胆嚢炎(72例,31.7%)が最多で,ステロイド使用群では急性胆嚢炎(9例,25.7%)が最多で,腸閉塞(7例,20.0%),大腸憩室炎(7例,20.0%)が2番目であった(Table 1).このうち大腸憩室炎は有意にステロイド使用群で多かった(P < 0.001).消化管穿孔合併についてはステロイド使用群で有意に多かった(42.9% vs 11.5%, P < 0.001).また手術方法に関して,開腹手術は非使用群で有意に多かった(37.1% vs 57.7%, P = 0.028).

Table 1. 患者背景

ステロイド使用の対象疾患としては膠原病が全35例中19例と半数以上を占め,関節リウマチでの投与人数が多かった.他に重症筋無力症や内分泌疾患,血液疾患での投与も複数認められた(Table 2).ステロイド1日内服量の中央値はプレドニン換算で5 mg(四分位範囲3–5 mg)であった.

Table 2. ステロイド使用の対象疾患 n = 35

アウトカム

Primary outcomeのSSI発生はステロイド使用群の6/35例(17.1%),ステロイド非使用群の14/227例(6.2%)で発生しステロイド使用群で有意に多かった(P = 0.035)(Table 3).SSIの分類ごとの発生率は両群間で明らかな差は認められなかった(Table 4).またステロイドのPSL換算量とSSI発生の用量依存性については,関連性が認められなかった(P = 0.77).

Table 3. SSI発生頻度
Table 4. SSI分類

原因疾患別,消化管穿孔合併の有無によるサブグループ解析では,両群とも消化管穿孔患者でSSI発生が高率であり(4/15, 26.7% vs 8/26, 30.8%),ステロイド使用群で発生したSSIの4/6 (66.7%),ステロイド非使用群で発生したSSIの8/14 (57.1%) が穿孔を伴っていた(Table 3).消化管穿孔の原因を検討すると,非使用群では消化性潰瘍が最も多かったが(6例,23.1%),ステロイド使用群では大腸憩室炎が最も多く(7例,46.7%),他にサイトメガロウイルス(CMV)による回腸潰瘍(1例,6.7%)など免疫抑制者に特徴的な疾患が認められた(Table 5).

Table 5. 消化管穿孔の原因疾患

なお消化性潰瘍の原因については,ステロイド非使用群6例のうち4例はHelicobacter pylori 感染を認め,残り2例はH. pylori 陰性,NSAIDs使用歴なく,萎縮性胃炎を認めていた.一方ステロイド使用群2例においてはどちらもNSAIDs使用歴がなく,1例はH. pylori 除菌後であり,1例はプロトンポンプ阻害剤の中止直後の発症であったが,H. pylori,CMV感染の所見は認めなかった.

考察

本研究では,腹部緊急手術における長期ステロイド使用とSSI発生の関係を検討した.ステロイド使用群では17.1%でSSIが発生しており,非使用群の6.2%と比べて有意に高かった.また消化管穿孔を発生した患者では両群とも約30%の症例でSSIが発生しており,消化管穿孔がSSIに与える影響が示唆された.待機的な結腸手術においてステロイド使用がSSIの独立したリスク因子であることはこれまで報告されているが6-8,腹部緊急手術ではこれに加え消化管穿孔が中間因子となり腹腔内汚染からSSIが発生しやすくなっている可能性が考えられる.

ステロイドと消化管穿孔の関係については,ステロイドが消化性潰瘍や結腸憩室穿孔,腸管虚血,CMV潰瘍などのリスクとなり11-14,消化管穿孔にいたる症例が増加すると考えられる.なお膠原病そのものが消化管穿孔のリスクになることは明らかではない15.本研究においても,ステロイド使用群で消化管穿孔をきたした症例では大腸憩室炎,消化性潰瘍,CMV回腸潰瘍などが原因となっていた.なお消化性潰瘍はステロイドとNSAIDsを併用することでリスクになることが報告されているが16,本研究でのステロイド使用群の消化性潰瘍2例については両者ともNSAIDsの内服歴がなく,H. pylori 感染も認めないことから,原因としてステロイド単剤の影響も考えられた.

SSI発生頻度に関して,厚生労働省の院内感染対策サーベイランス(2021年)によると消化器外科領域の手術全体では7.2%であり,疾患ごとでは虫垂手術で3.7%,胆嚢手術で2.3%,結腸手術で8.5%と報告されている2.本研究でのステロイド非使用群でのSSI発生率はこれと比較して同程度であった.一方,ステロイド使用群のSSI発生率については,既報が少ないが,平松らによるステロイド長期投与患者で腹部緊急手術を施行した32例の報告10では34.4%とあり,本研究での17.1%の方が発生頻度は少なかった.

本研究の新規性としては,ステロイド使用患者における腹部緊急手術でのSSI発生率が17.1%と有意に高く(P = 0.035),その多くで消化管穿孔合併が関連している可能性が示唆された点である.長期ステロイド使用の有害性は各分野で盛んに議論されているが,緊急外科手術におけるステロイドの影響については具体的なエビデンスが乏しく,本研究はその実態の解明に貢献するものと考える.

本研究のlimitationとしては,(1)単施設過去起点コホートであること,(2)カルテ記載に基づく集計であるため,SSIの発生数が全体的に過少評価されている可能性があること,(3)ステロイド使用群の患者数が少ないことから,ステロイド使用群と非使用群でデータ収集の対象期間が異なっていること,(4)primary outcomeの例数が少ないため,多変量解析が行えず多数の交絡が未調整となっている可能性があること,などが挙げられる.そのためステロイド使用が緊急手術におけるSSI発生の独立した危険因子と明言することは困難であった.今後より大きな集団において,ステロイドが腹部緊急手術におけるSSIの独立した危険因子であるかの検討や,SSI発生とステロイドの用量依存性についての検討が期待される.

結論

腹部緊急手術におけるステロイド使用群でのSSI発生率は約17.1%であり,非使用群より有意に高かった.

謝辞

統計解析にあたりご指導いただきました天理よろづ相談所医学研究所 大林準氏に感謝申し上げます.

COI

開示すべき利益相反はない.

参考文献
 
© 2023, Tenri Foundation, Tenri Institute of Medical Research
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