Tenri Medical Bulletin
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Case Report
Resolution of an equivocal lesion that developed at the bronchial stump after lung cancer surgery by administration of tranilast
Hiroaki Murakami Yuki OhsumiEi MiyamotoMasashi GotohTatsuo Nakagawa
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2023 Volume 26 Issue 2 Pages 110-115

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Abstract

肺癌切除断端周囲に軟部陰影や浸潤影が生じ,術後再発か否かの診断に苦慮する場合がある.今回,トラニラストにより再現性をもって陰影縮小を認め,術後再発の可能性を否定し得た症例を経験したので報告する.症例は75歳女性.右上葉肺腺癌(pT1aN0M0)に対して,胸腔鏡下右肺S3区域切除術(ND1a+LN#11s)を施行した.術後38か月の CTで切除断端周囲に浸潤影を認めた.その後も陰影は拡大し,気管支鏡下生検を施行したが,診断には至らなかった.陰影の形状や経過などから,術後断端に生じた異物肉芽腫の可能性も考えトラニラストの内服を開始した.3か月間の内服で肝障害を認め中止するも,陰影は縮小を認めた.術後70か月のCTで陰影の再増大を認め,肝庇護薬併用下にトラニラストを再投与し,再び陰影の縮小を認めた.現在も陰影は縮小を維持している.本症例のように,肺癌切除断端に生じた陰影に対し,術後肉芽腫が疑われる場合にトラニラスト投与が有効な場合があると考える.

Translated Abstract

Space-occupying lesions that develop around the bronchial stump after lung cancer surgery are sometimes difficult to distinguish from postoperative recurrence. Herein, we report a patient who developed a progressively growing tumorous lesion at the bronchial stump after lung cancer surgery. The lesion was reduced in size with the administration of tranilast and not regarded as postoperative recurrence. The patient was a 75-year-old woman. She underwent thoracoscopic right lung segmentectomy for right upper lobe lung adenocarcinoma (pT1aN0M0). Computed tomography (CT) performed at 38 months after surgery showed an invasive shadow around the resection stump. Bronchoscopic biopsy was performed, but no diagnosis was made. Tranilast was administered for a suspected foreign-body granuloma at the resection stump for three months until it was discontinued due to liver damage, and the shadow diminished. CT conducted at 70 months after surgery showed that the tumor-like shadow had enlarged again and tranilast was re-administered in combination with a hepatoprotective drug. The lesion was reduced again and remains shrunk. We suggest that tranilast may be effective for differential diagnosis when a lesion around the resection margin of lung cancer is suspected of being a granuloma.

緒言

肺癌術後に切除断端周囲に軟部陰影や浸潤影,結節影が生じた場合,術後再発か否かの判断に悩む場合がある.今回,早期肺癌術後の経過観察中に切除断端周囲に浸潤影が出現し,陰影の濃度上昇や拡大を認めたが,術後肉芽腫の可能性を考えトラニラスト投与を行い,再現性をもって陰影縮小を認めた症例を経験したので報告する.

症例

患者:75歳女性

既往歴:72歳 右乳癌手術 pT2N1M0

喫煙歴:なし

現病歴:X年6月の人間ドックで右肺S3結節を指摘され,経過観察中に緩徐な増大傾向を認めたことから,診断治療目的の手術に関して,X+3年2月に当科紹介となった(図1).早期肺癌を疑いX+3年3月に胸腔鏡下右肺S3区域切除術(ND1a+LN#11s)を行った.区域間はすべてステープラを用いて手術を行い,閉胸前の肺の再膨張時に含気不良域は認めず,術後の胸部X線でも無気肺所見は認めなかった.術後病理検査結果は肺腺癌(pT1aN0M0 pStageIA1)(acinar adenocarcinoma,脈管浸潤・リンパ管浸潤なし,STASは認めず,切除断端まで15 mm以上)であった.

図1. 術前胸部CT

右肺S3胸膜直下に胸膜陥入像を伴う長径13 mm大のpart-solid GGN (ground glass nodule) を認める.

術後3年経過のCTにおいて,切除断端周囲にすりガラス陰影を認めた.その後陰影が増大し,術後4年6か月のCTで腫瘤影を呈した(図2).同時期に施行したFDG-PETでは,同部位に強集積を認めた(図2).気管支鏡検査を施行したが,悪性所見や感染を示唆する所見は認めなかった.

図2. トラニラスト初回投与前の胸部CTおよびFDG-PET

a. 手術切除断端から肺実質に増大する腫瘤影および浸潤影を認める(長径40 mm).

b. CTで認めた切除断端腫瘤影に一致して,SUVmax 20.1のFDG強集積を認める.

切除断端再発の可能性を疑ったが,腫瘤影の形状や出現経過などから断端肉芽腫の可能性もあると考え,生検手術の準備を並行して行いながら,トラニラスト(300 mg/day)の内服投与を開始した.内服開始後1か月で陰影は縮小し,その後も縮小を維持した(図3).しかし,内服開始2か月で肝逸脱酵素の上昇(AST/ALT 68/126 U/L, ALP 139 U/L, γ-GTP 180 U/L)を認めたため,トラニラストの内服を中止した.その後,トラニラスト内服中止後1年の時点で陰影の再増大を認め,肝庇護薬(グリチルリチン酸―アンモニウム)を併用し,トラニラストを200 mg/dayで再開した.最終的に100 mg/dayで投与を行ったところ,切除断端陰影に再び縮小が認められた(図4).トラニラスト再開後9か月現在も内服を継続しており,切除断端腫瘤陰影も縮小を維持している(図5).

図3. トラニラスト内服開始後の胸部X線

a. トラニラスト内服開始時 b. トラニラスト内服開始後2か月

図4. トラニラスト再投与後の胸部CT

a. トラニラスト再開時(長径48 mm) b. トラニラスト再開4か月後(長径36 mm)

図5. 切除断端陰影の大きさとトラニラスト内服量の経過

考察

肺悪性腫瘍切除後の経過で,切除断端近傍に軟部陰影,腫瘤陰影が出現することは稀ではない.手術で切除した腫瘍の病期が進んでいたり,腫瘍が切除断端の近くまで進展していたりした場合などは,断端再発を疑うが,早期肺癌で切除マージンの確保が十分であった場合などは,診断に苦慮する症例も少なからず遭遇する.そのような場合,悪性腫瘍の断端再発以外には,抗酸菌や真菌などによる感染性腫瘤や異物による肺肉芽腫などを考慮する必要がある.感染性腫瘤の場合,非解剖的な肺切除による換気・血流障害や,切除断端の創傷治癒遅延などが感染を起こしやすい環境を形成すると考えられる 1, 2 .また,肉芽腫は,異物に対してT細胞・マクロファージが活性化,類上皮細胞や巨細胞が抗原を囲い込むことで形成され,不良肉芽や肺切除に用いるステープルなどの異物に反応して形成されると考えられている 3 .本症例は,早期肺癌に対して切除マージンが十分確保されており,術後3年で出現した断端陰影に対して再発と判断するのは困難であった.従って,画像検査や気管支鏡検査,細菌検査の結果を考慮し,最終的に切除断端の肉芽腫を疑った.

切除断端に生じた腫瘤病変の画像所見に関して,鎌田ら 4 はCT所見で切除断端再発がステープルを取り囲むような辺縁不整な腫瘤が典型的なのに対して,肉芽腫ではステープルを基部として肺実質に向かうように増大する辺縁整な腫瘤がみられる点が鑑別に有用であると報告している.本症例においても,陰影は切除断端のステープルから肺実質に広がるように増大し,陰影の辺縁も比較的整であり,切除断端陰影の形状が鑑別に有用な可能性が示唆される.FDG-PETは非侵襲的で一般的に良悪性の鑑別に有用とされており,早期相よりも後期相のSUVmax値が高い場合は悪性と判断する1つの指標とされることもあるが 5 ,感染を含めた炎症性疾患やサルコイドーシスなどの肉芽腫でも異常高値となるため,FDG高集積であっても断端再発と診断でききないことには留意が必要である 6 .手術から切除断端に結節や腫瘤が出現するまでの期間の有用性に関して,水野ら 7 は,統計的な有意差はないものの,術後2年以降に断端肉芽腫は断端再発よりも起こり易い傾向がある報告している.いずれも決定的な鑑別因子とはなり得ず,手術所見や術後病理所見などを参考にCTガイド下または胸腔鏡下生検などの積極的な病理組織学的検討も必要と考える.本症例では,切除マージンや病期などの病理所見や,トラニラスト内服で速やかに陰影の縮小を認めたため,CTガイド下または胸腔鏡下生検を施行せずに経過をみているが,今後も陰影の増大がある場合は生検を施行する予定である.

今回治療で用いたトラニラストの作用機序には,①各種炎症細胞からのヒスタミン,ロイコトリエンをはじめとする多くのケミカルメディエーターの遊離を抑制することでⅠ型アレルギー反応を抑制 ②TGF-β,活性酸素の産生あるいは遊離抑制作用も有し,ケロイドおよび肥厚性瘢痕由来線維芽細胞のコラーゲン合成を抑制 ③マクロファージからのTNF-αの遊離抑制,単球から多核巨細胞の形成と類上皮細胞肉芽腫の形成抑制など 8, 9 があり,アトピー性皮膚炎・アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患,ケロイド・瘢痕性肥厚などの疾患に適応がある.気管形成後あるいは釘や魚骨といった気道異物による瘢痕肉芽の治療にも奏功したという報告 9-12 もあり,我々は断端肉芽腫が疑われる症例に対して,肉芽抑制の効果を期待して従来よりトラニラストの投与を試みている.投与開始1か月以内で画像の再検を行い,陰影の縮小が認められなければ生検や治療介入を行う方針としている.本症例では,投与中断を挟む2回の投与で何れもトラニラストによる陰影縮小を認めていることから,断端肉芽腫の可能性が強く疑われる.一方,トラニラストによる腫瘍抑制効果の報告 13, 14 も見られるため,本症例においては組織学的診断はなされていないため,トラニラスト内服にも関わらず陰影の増大を認めた場合は速やかに生検を施行するなど,今後も慎重な経過観察は必要であると考える.なお,トラニラストの内服は,肝障害などの副作用の出現がなく陰影の再増大を認める,あるいは縮小が維持できた状態になるまで継続する予定である.

結論

肺癌手術後の切除断端に発生した陰影に対して再現性をもってトラニラスト投与による縮小効果を認めた症例を経験した.切除断端に発生した陰影に対して診断に苦慮する場合,トラニラストの投与は病巣の鑑別に有用である可能性が示唆された.

本論文の要旨は,第118回日本肺癌学会関西支部会(2023年6月17日)において発表した.

COI

申告開示なし.

参考文献
 
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