鉄と鋼
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Williamson-Hall法で求めたフェライトの格子ひずみに及ぼすパーライト組織の影響
田中 友基赤間 大地中田 伸生土山 聡宏高木 節雄
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2014 年 100 巻 10 号 p. 1229-1231

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Synopsis:

The effect of pearlite on the X-ray diffraction peak reflected from ferrite phase in ferrite-pearlite steel was investigated using normalized carbon steels with different volume fraction of pearlite and a hypereutectoid steel with various pearlite lamellar spacing. The lattice strain in ferrite phase, which causes the broadening of X-ray diffraction peak, was increased in proportion to both of the volume fraction of pearlite and the inverse of pearlite lamellar spacing. As a result, the lattice strain in ferrite-pearlite steel can be simply formulated as functions of them. On the other hand, TEM observation reveals that pearlite has low-density dislocation in ferrite phase. This result suggests that the misfit between ferrite and cementite in pearlite generates the significant amount of elastic strain, which leads to the increasing in lattice strain. Therefore, the dislocation density must be overestimated in carbon steels with pearlite, if it is estimated from the experimental lattice strain directly.

1. 緒言

金属の流動応力が転位密度の平方根に比例して増大する現象はBailey and Hirschの関係1)として一般的に知られている。著者らは,これまでにフェライト(F)単相組織である極低炭素鋼を90%まで冷間圧延した場合,X線回折を用いたWilliamson and Hall法(WH法)2)によって算出した転位密度ρ[m−2]と降伏強度σy[Pa]の間には次式の関係があることを報告した3,4,5)。   

σy108+12ρ(1)

このWH法によって測定した転位密度は,中性子回折によって得られた結果6)やTEM観察によって実測した結果7,8)ともほぼ一致しており,フェライト単相鋼については,X線回折を用いたWH法によって転位密度を妥当に評価できるといえる。しかしながら,工業的に広く用いられている低炭素鋼はパーライト組織(P)を含んでおり,この種の鋼の転位密度をWH法によって評価する際には,パーライト組織の影響を考慮しなければならない。

近年,著者らは,パーライト単一組織から成る過共析鋼について,フェライト/セメンタイト間のミスフィットによってパーライト組織中には多量の弾性ひずみが存在することを見出し,これによってパーライト組織中のフェライト相から得られるX線回折ピークの半価幅が大きく増大することを明らかにした9,10,11)。WH法は,X線回折ピークの半価幅から格子の不均一変形に起因した格子ひずみを求める手法であり,これによって転位密度を見積もる12)。つまり,パーライト組織を含む鋼種に対して,WH法で求めた格子ひずみから転位密度を算出すると,フェライト中の転位密度を過剰に見積もるおそれがある。

そこで本稿では,パーライト分率を変化させた種々の炭素鋼ならびにラメラ間隔を変化させた過共析鋼を用いて,WH法で測定される格子ひずみに及ぼすパーライト組織の影響を調査した。

2. 実験方法

本研究では,フェライトとパーライトの組織割合を変化させることを目的として,高純度鉄(0.0056%C),S15CK(0.16%C),S25C(0.23%C),S45C(0.44%C),SK85(0.89%C)を用いた(%=mass%)。50%冷間圧延後,20×40×2 mm3の板状試料として切り出した各供試鋼は,1223 Kで1.8 ksの溶体化処理を施した後,冷却速度4 K/sで空冷することで焼きならした。さらに,ラメラ間隔(L)の影響を調査する際には,過共析鋼(0.9%C-0.9%Mn-0.4%Si)を供試材として用い,1123 Kで1.8 ksの溶体化処理を施した後,823~973 Kの種々の温度で恒温変態処理を施し,パーライト変態が完了直後に水冷した。組織観察は,光学顕微鏡,走査型電子顕微鏡(SEM)ならびに透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて行った。パーライト中のセメンタイトのラメラ間隔は,0.3%ナイタール溶液により腐食した試料表面のうち,セメンタイト板が観察面に対してほぼ垂直になっている領域を選定してSEM観察し,線分法によってその平均間隔を評価した。X線回折は,エメリー紙による湿式研磨後,電解研磨を用いて加工層を除去した試料に対して,Cu-Kαを線源とするX線発生装置(リガク社製,RINT2100)を用いて行い,得られたフェライト相の回折ピークは,専用解析ソフトウェアPDXL2によってバックグラウンド除去の後,Kα1とKα2に分離した。そして,分離したKα1回折ピークに対して,各回折角θ[rad]における半価幅β[rad]を測定し,以下の式よりフェライト中の格子ひずみεを求めた(WH法)。   

βcosθλ=0.9D+2εsinθλ(2)

ここで,λとDはX線の波長(0.154 nm)と結晶子サイズを示す。なお,βについては十分に焼鈍したIF鋼を標準試料として用いて補正を行い13),異方性を考慮して{200}F回折ピークは除外し,{110}F,{211}F,{220}Fを用いた。

3. 実験結果および考察

Fig.1は,焼きならした各試料の光学顕微鏡もしくはSEM組織を示しており,測定したLも図中に併示する。画像解析から求めたパーライトの組織分率(VP)は,高純度鉄,S15CK,S25C,S45C,SK85でそれぞれ0,0.19,0.32,0.63,1.0であった。これらの値は,熱力学計算ソフトウェアThermo-Calc.(SSOL5)で作成した平衡状態図とよく一致しており,いずれの試料も十分に焼きならされた標準組織が得られていることがわかる。また,試料によってVPは異なっているものの,Lはいずれの鋼種においても0.17~0.19 μmと粗大であり,冷却中のA1点直下でパーライト変態が完了したと考えられる。なお,VPを考慮して求積法によって算出されるフェライト粒径は,純鉄で約50 μm,その他の鋼では約10 μmであった。

Fig. 1.

 Optical micrograph and Scanning electron micrograph of steels that were air-cooled from 1223 K. (a) Pure iron, (b) S15CK, (c) S25C, (d) S45C and (e) SK85. Vp and L mean volume fraction of pearlite and lamellar spacing, respectively.

Fig.2は,X線回折プロファイルの一例として,{110}F回折ピークを示す。パーライト分率が高い鋼種ほど,低角度側へピークはシフトし,なおかつ半価幅は広がる傾向にある。低角側へのピークシフトは格子面間隔の広がりを意味する。この原因として,固溶炭素による格子定数の増加14)が考えられるが,各試料が標準組織を呈していたことを考慮すると,フェライト中の固溶炭素量が鋼種間で顕著に異なるとは考え難い。他の要因として,他の主要合金元素であるCr,Mnの分配,さらにはパーライト内部の弾性ひずみの異方性などが考えられるが,現段階での特定は難しく,より詳細な検討が今後必要である。その一方で,半価幅の広がりは,緒言で述べたようにパーライト中の弾性ひずみが影響しているものと考えられる。ただし,半価幅は結晶子サイズにも影響されるため15),WH法によって結晶子の影響を除いたフェライト相の格子ひずみをパーライト分率VPで整理した結果をFig.3に示す。VPとεの間には線形関係が成立しており,Fig.2に示したX線回折ピークの半価幅の増大が,パーライトの組織割合に起因することがわかる。つまり,フェライトとパーライトの混合組織を有する鋼のフェライト相の格子ひずみεF+Pは,次のような単純な複合則で表記できるといえる。   

εF+P=εF(1VP)+εPVP(3)

Fig. 2.

 X-ray diffraction peaks reflected from {110} ferrite in steels.

Fig. 3.

 Relation between lattice strain of ferrite phase and volume fraction of pearlite.

ここで,εFεPは,フェライトならびにパーライト単一組織鋼におけるフェライト相の格子ひずみをそれぞれ示しており,十分に焼ならした鋼では,およそ2.0×10−4と14×10−4となることがFig.3よりわかる。

Fig.4は焼きならしたSK85(●)および恒温変態処理によりLを変化させた過共析鋼(□)におけるフェライト相中の格子ひずみεPをラメラ間隔の逆数で整理した結果を示す。試料はいずれもパーライト単一の組織であるが,εPLに依存して変化しており,以下の式が成立することがわかる。   

εP=2.0×104+2.4×104L(4)

Fig. 4.

 Effect of lamellar spacing on lattice strain of ferrite phase in pearlite steels.

なお,図の左端はLが無限大,すなわちフェライト単相鋼の特性を表すものと考えられる。そこで,(4)式は,焼きならした高純度鉄のεFを切片とし,他のデータを最小二乗法で整理することで求めた。若干のばらつきはあるものの,ほぼ線形関係にあることから,セメンタイトの存在がフェライト相の格子ひずみを増加させるものと理解できる。ここで,単位体積当たりのフェライト/セメンタイト界面積が2/Lで近似できることを考慮する16)と,εPと1/Lの間に線形関係が成り立つという事実は,フェライト/セメンタイト界面のミスフィットに起因して弾性ひずみが生じることを示唆している。パーライト変態過程におけるフェライト/セメンタイト間での元素分配挙動の差異によって鋼種間でミスフィット量に差が生じることが予想されるが,Fig.4においてSK85と過共析鋼の結果が同一直線上にあることから,実用的な低合金鋼の範囲においては,εPLのみに依存するものと思われる。以上の結果より,(4)式を(3)式に代入することで,εF+Pはつぎのように表すことができる。   

εF+P=2.0×104+2.4×104LVP(5)

なお,本研究で用いたすべての試料をTEM観察したところ,これまでの報告9,11)と同様に,フェライト/セメンタイト界面において若干の転位が存在するものの,パーライト組織中のフェライト相の転位密度はフェライト組織と同程度に低いことが確認され,その一方で弾性ひずみに由来する明瞭な干渉縞が観察された。したがって,[5]式における第二項は主としてパーライト中の弾性ひずみによる効果と結論付けられる。

4. 結言

パーライト分率を変化させた炭素鋼ならびにラメラ間隔を変えた過共析鋼を用いて,Williamson-Hall法によって得られる格子ひずみに及ぼすパーライト組織の影響を調査した結果,以下の結論を得た。

(1)フェライトとパーライトの混合組織から成る鋼のフェライト相における格子ひずみは,パーライト分率に比例して単調に増加する。

(2)パーライト中のフェライト相における格子ひずみは,ラメラ間隔の逆数に比例して単調に増加する。

(3)(1),(2)の結果より,フェライトとパーライトの混合組織から成る鋼のフェライト相における格子ひずみ(εF+P)は,パーライトの組織分率をVP,ラメラ間隔をLとして,つぎの式で表される。   

εF+P=2.0×104+2.4×104LVP(6)

謝辞

本研究を遂行するにあたり,鋼材の一部をご提供いただいた新日鐵住金(株)上田正治氏に深く感謝いたします。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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