鉄と鋼
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論文
降伏点現象の有限ひずみ弾塑性構成モデリング
渡邊 育夢岩田 徳利
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2014 年 100 巻 10 号 p. 1232-1237

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Synopsis:

A standard elastoplastic constitutive model of metallic materials is extended to describe the stress-strain relationship including yield-point phenomenon. Based on a general framework of finite strain elastoplasticity, two constitutive models are formulated in this study. One of them is a phenomenological constitutive equation added one scaler internal variable. Another is a constitutive model based on a representative characteristic length defined as a dominant strengthening mechanism in some competing strengthening mechanisms including dislocation accumulations. The feature of these constitutive models is discussed by reproducing an experimental stress-strain relationship.

1. はじめに

有限要素法のような離散化数値解法を用いた数値シミュレーションは産業界に広く普及し,設計支援やメカニズムの調査に利用されている。このような数値シミュレーションにおいて,材料挙動を定義する構成モデルはもっとも重要な要素のひとつである。Hooke則に基づく弾性構成式のみで材料を定義する微小ひずみ線形弾性問題では,材料挙動のモデル化は単純かつ汎用的であるが,現実の問題に近い状況を想定した数値シミュレーションでは有限ひずみ非線形材料を対象としたモデル化が不可欠となる。この要請に応えるために,非線形有限要素解析の商用ソフトウェアには多くの構成モデルが実装され,ユーザーが対象材料に応じて選択できるようになっており,選択肢にない構成モデルはユーザー拡張機能で追加が可能である1)

金属材料を対象とした構成モデルの研究は古くから行われており,他の材料と比べて,応力−ひずみ関係の現象論的表現方法,そのメカニズムの理解はともに進んでいる2)。Mises の降伏条件で記述される等方金属塑性構成モデルは,比較的単純で洗練された数理構造で扱うことができる1,3)。しかしながら,複雑な負荷履歴における応力−ひずみ関係の再現や終局強度を扱う延性破壊のモデル化など,現在でも多くの課題が残されている。非線形挙動の起点である降伏強度においても,鉄鋼材料で特徴的に見られる上降伏点後の応力軟化を伴う降伏点現象を再現できる構成モデルは一般的でなく,数値シミュレーションでは降伏点現象を除いた形でモデル化されることが多い。

構成モデルの開発は,応力−ひずみ関係の外形を表現することを目的とした現象論的アプローチが一般的であるが,潜在的なメカニズムを理解し,定式化に組み込むことは洗練されたモデルの開発および物理量を用いた記述に寄与する。降伏点現象は低転位密度で析出物がない組織で現れ,暴露環境や合金元素に強く影響されることが知られ,そのメカニズムは転位論で説明できると考えられている4,5,6)。Yoshidaら7)は降伏点現象を再現するために,転位運動に基づく非線形移動硬化モデルを開発した。また,Watanabeら8)は降伏点現象を転位集積と競合する強化機構の寄与によるものととらえ,代表特性長さに基づく結晶塑性構成モデルを提案し,多結晶組織のマクロ応答として降伏点現象を表現した。

本研究では,降伏点現象を再現しうるふたつの構成モデルを新規に定義し,有限ひずみ弾塑性論による応力−ひずみ関係の一般的な記述方法へ代入する形式で,定式化する。ひとつはスカラー内部変数を追加し,現象論的に降伏点現象を含む応力−ひずみ関係を表現する。もう一方では,塑性変形履歴と転位密度の関係式を導入し,代表特性長さを用いて競合する強化機構を表現することで,強化機構の遷移として降伏点現象を表現する。最後に,双方の構成モデルを用いて記述した応力−ひずみ関係を示し,それぞれの特徴を議論する。

2. 有限ひずみ弾塑性構成モデルの定式化

本節では,次節で新規に定義する構成式を代入することを意識し,一般化した形式で,エネルギー散逸最大化に基づく有限ひずみ弾塑性構成モデルの定式化と導出された構成式を用いた応力−ひずみ関係の評価方法を示す。

2・1 弾塑性構成式

一般に,弾塑性構成モデルは全変形を弾性部分と塑性部分に分離する弾塑性分解,弾性変形から応力を評価する弾性構成モデル,応力空間の限界値を定義する降伏関数,弾性(塑性)変形および内部変数の変化を定義する発展方程式の4 種類の構成式からなる。

2・1・1 弾塑性乗算分解

有限ひずみ弾塑性論では,一般に弾塑性分解に次式の弾塑性乗算分解を採用する。   

F=FeFp(1)

ここで,Fは全変形勾配,FeFpはそれぞれ変形勾配の弾性および塑性部分である。式(1)により基準配置,中間配置,現配置という三つの基底が定義され,それぞれ変形勾配を用いて基底変換される。以下の定式化では,弾性変形勾配Feを内部変数として扱う。

2・1・2 弾性構成式

超弾性構成モデルでは,弾性変形の関数として弾性ポテンシャルエネルギーを定義し,これを微分することでエネルギー共役な変数として応力を得る。慣例的に,弾性右Cauchy-Green変形テンソルCe:=FeTFeで微分することで中間配置における第2Piola-Kirchhoff応力S^を得る超弾性構成式が採用される。   

S^=2ΨeCe(2)

ここで,Ψeは弾性ポテンシャルエネルギー(単位体積あたり)である。

この概念は塑性変形履歴などを表現する他の内部変数についても同様に考えることができる。たとえば,ここで,塑性履歴を表現するスカラー内部変数ξ,ζを定義すると,それらの関数として定義された非弾性ポテンシャルエネルギーΨξ,Ψζを微分することで,次式のように内部変数に対応した状態変数を定義できる。   

q=Ψξξr=Ψζζ(3)

2・1・3 降伏関数

ひずみ速度非依存型塑性構成モデルにおいて,降伏関数は一般に応力空間における拘束条件として,次式のように定義される。   

ϕ=|Σ|Γ0(4)

ここで,|Σ|,Γはそれぞれ応力ノルムと降伏応力である。応力ノルム|Σ|は現在の応力の大きさ,降伏応力Γはその臨界状態を表現し,内部変数とエネルギー共役の関係にある状態変数を用いて定義する。塑性負荷状態では式(4)は等式となり,応力ノルム|Σ|と降伏応力Γは等しくなる。

2・1・4 発展方程式

発展方程式はエネルギー散逸の最大化を考えることで導出できる。エネルギー散逸は応力による仕事速度と全ポテンシャルエネルギーΨ=Ψeξζの時間変化の差として次式で定義される。   

D=τ:lΨ˙=T^:(Fe1lFe)Ψ˙(5)

ここで,τ:=FeS^FeTはKirchhoff応力(現配置),l:=F˙F−1は変形速度,T^:=CeS^は中間配置におけるMandel応力である。ポテンシャルエネルギーの時間微分を連鎖則を用いて書き下すことで,式(5)から次式が得られる。   

D=T^:Lpqξ˙rζ˙(6)

ここで,Lp:=F˙pFp−1は中間配置の塑性速度勾配である。

次に,応力空間における拘束条件である降伏関数の下で,散逸関数(6)の停留状態を考える。一般にエネルギー散逸は正値であるので,これはエネルギー散逸が最大となる状態を評価することに相当する。すなわち,T^qrを変数として,エネルギー散逸最大化の原理2)は拘束条件つき最適化問題として次のように記述できる。   

minimizeT^,q,r[D]subjecttoϕ0(7)

この拘束条件付き最適化問題を解くために,Lagrange未定乗数法を適用する。Lagrange関数は次式で定義される。   

L:=D+γϕ(8)

ここで,γは未定乗数である。降伏関数は不等式拘束条件なので,未定乗数γは次式のKarush-Kuhn-Tucker条件9,10)を満たさなければならない。   

γϕ=0ϕ0γ0(9)

上式は塑性負荷・除荷条件に対応する。Lagrange関数(8)を最適化問題の変数T^qrで微分し,停留条件を求めることで,次式のように内部変数の発展方程式が導出される。   

Lp=γϕT^ξ˙=γϕqζ˙=γϕr(10)

上の第1式は関連流動則に対応する。なお,内部変数や拘束条件は対象とする問題に応じて,適宜追加できる。

2・2 応力積分アルゴリズム

以上の弾塑性構成式は非線形連立方程式であるので,一般に逐次収束計算で,増分的に状態量を更新する。

2・2・1 発展方程式の増分化

状態量更新のための数値解析では有限時間を扱う増分計算となるため,はじめに発展方程式(10)を増分化する。

塑性速度勾配の定義より,   

F˙p=LpFp(11)

であり,全ての状態変数が既知の時刻tnからΔt:=tn+1tn後の変形状態Fn+1が与えられたとき,時間Δt間で,塑性進展方向ϕT^:=Nが一定であるならば,微分方程式の一般解を用いて次式で表される11,12)。   

Fn+1p=exp[ΔγN]Fnp(12)

ここで,Δγ:=Δtγとした。式(1)より式(12)を弾性変形勾配の式に変換すると次式となる。   

Fn+1e=Fn+1Fnp1exp[ΔγN](13)

他の内部変数に関しては,それぞれ後退差分によって,次の増分的な発展方程式が得られる。   

ξn+1=ξnΔγϕqζn+1=ζnΔγϕr(14)

2・2・2 陰解法による応力積分

塑性負荷状態となったとき,降伏条件を満たすような未定乗数Δγ>0を求めて,弾塑性変形および応力状態を更新する。一般に,陽的な記述は困難であり,数値解析によって未定乗数φ=0を評価することとなる。もっとも一般的な陰解法であるNewton-Raphson法では,Taylor級数展開近似   

ϕ[k+1]ϕ[k]+(ϕΔγ)δΔγ=0(15)

を用いて,次式のような反復収束計算を考える。   

Δγ[k+1]=Δγ[k]+δΔγ=Δγ[k](ϕΔγ)1ϕ[k]ϕ[1]=ϕtrial,ξ[1]=ξn,ζ[1]=ζn

ここで,kは反復回数であり,φtrialは増分間で塑性変形が起こらないとして評価した試行状態の降伏関数である。上式の線形化接線係数は連鎖則を用いて次式となる。   

ϕΔγ=ϕT^:T^Fe:FeΔγ+ϕqqξξΔγ+ϕrrζζΔγ={2NS^+(CeN):^e}:(CeN)(ϕq)2qξ(ϕr)2rζ(16)

有限要素解析プログラムへの実装には加えて弾塑性接線係数行列の導出が必要であるが,以上の定式化の結果を基に導出できる13)

3. 降伏点現象の構成モデル

降伏点現象を表現しうる降伏関数を定義し,前節で示した一般的な基礎式とその評価方法へ代入することで,弾塑性構成モデルを定式化する。

3・1 応力ノルムの定義

はじめに,応力ノルムを次式で定義する。   

|Σ|:=32dev[τ]:dev[τ]=32dev[T^]:dev[T^]T(17)

以上の定式化は単位体積あたりで定義されたポテンシャルエネルギーに基づいており,上式の応力ノルムをCauchy応力へ変換するとMises応力と等価となる。また,式(17)より,応力進展方向は次式となる。   

N=321|Σ|dev[T^]T(18)

3・2 現象論的構成モデル

現象論的アプローチに基づいて降伏点現象を再現する構成モデルとして,降伏応力Γを次式で定義する。   

Γ:=q(1+r)(19)

ここで,qは塑性硬化を含む塑性負荷状態の応力−ひずみ関係の外形を定義する塑性変形履歴の内部変数ξの関数であり,rは降伏点現象を表現するために導入した内部変数ζの関数である。すなわち,式(19)はqで定義されるマスターカーブをrで制御する数理構造であり,下負荷面モデル13,14)の応用といえる。

qは任意の加工硬化則を適用できるが,ここでは次式のVoce型非線形硬化則15)を用いて定義する。   

q:=τY+(τsatτY)(1exp[hξ])(20)

ここで,τYはマスターカーブの初期降伏応力,τsatは塑性履歴変数が十分に大きくなった際の収束降伏応力,hは非線形加工硬化の感度である。

rはΓの初期値が上降伏応力τupとなり,ゼロへ漸近するような関数として次式で定義する。   

r:=(τupτY1)exp[kζ](21)

ここで,kは漸近関数の感度である。材料定数τY,τsat,τupは応力−ひずみ関係から容易に同定でき,適切な非線形関数の感度hkを与えることで,応力−ひずみ関係を再現できる。

よって,式(14),(16)は次式となる。   

ξn+1=ξn+Δγ(1+r)ζn+1=ζn+Δγq(22)
  
ϕΔγ={2NS^+(CeN):^e}:(CeN)(1+r)2(τsatτY)hexp[hξ]+q2(τupτY1)kexp[ku](23)

なお,この構成モデルについて,発展方程式を代入してエネルギー散逸(6)を書き下すと   

D=γqr(24)

となる。未定乗数はγ≥0なので,降伏点現象が発現する分だけ非弾性ポテンシャルエネルギーが過剰に発生し,エネルギー散逸が負値となる。

3・3 代表特性長さに基づく構成式

次に,転位密度を変数として転位集積による強化機構を考慮したアプローチにより,降伏点現象を記述する構成モデルを示す。この構成モデルは結晶塑性構成モデルで提案された代表特性長さに基づく構成モデル8)を巨視的変形挙動を表現する等方金属塑性構成モデルへ縮退させたものである。

はじめに,降伏応力Γを代表特性長さlを用いて次式で定義する。   

Γ=q=τ0+μbl(25)

ここで,τ0は代表特性長さlで対象とする強化機構以外の寄与による強度を表す参照臨界分解せん断応力であり,μは弾性せん断剛性,bはBurgersベクトルの大きさである。この降伏応力の定義(25)では,qのみで記述する。すなわち,ここで扱う内部変数は塑性変形履歴を表すスカラー内部変数ξのみである。

この構成モデルでは,強化機構を特性長さで表現し,競合する強化機構の中で,特性長さのもっとも小さい,つまり,もっとも影響の大きい強化機構が発現すると仮定する。塑性変形により発展する強化機構は転位集積による強化機構のみと考えると,強化機構は転位集積とその他の2種類を考えれば良い。よって,代表特性長さlを次式で定義する。   

1l:=max[1lc,αρ](26)

ここで,lcは転位集積以外の強化機構の特性長さ,αはBailey-Hirsch係数,ρは転位密度である。したがって,転位集積の特性長さが優位な場合,降伏応力ΓはBailey-Hirschの関係16)で定義される。lcの物理的意味は対象とする現象に応じて変化する。Watanabeら8)は同様の特性長さを用いて結晶塑性構成モデルの枠組みで降伏点現象に寄与する侵入型固溶元素だけでなく,結晶粒界の強化機構に応用できることを示した。

転位密度ρの発展は塑性変形履歴ξとの関係を定義することで与える。せん断変形と転位密度ρの関係として次式が知られている17,18)。   

ξ=ρbx¯(27)

ここで,xは転位の平均移動度であり,代表特性長さlと次の線形関係が成り立つものとする。   

1x¯c1l(28)

式(27),(28)をBailey-Hirshの関係に代入すると線形硬化則となり,現実の非線形応答とは乖離する。また,式(27)にしたがえば,転位密度は塑性変形と共に無限に増加することから,有限ひずみ領域において,このモデルは適切ではない。そこで,Watanabeら8)は式(27)に変わる有限ひずみ領域の関係式として転位密度の収束値ρsatを用いた次式のような漸近関数を導入した。   

ρ=ρsat(1exp[cbρsatξl])(29)

式(29)は指数関数をTaylor級数展開し,第一項までを適用すると式(27)となるように定義されており,ξ/lが十分に微小な場合は式(27)へ帰着する。また,式(28)で導入したcは式(29)では,非線形関数の感度を意味する。

構成式の性質から弾塑性応答の評価には場合わけが必要となる。まず,1/l=1/lcのとき,降伏応力qは転位密度ρおよび塑性変形履歴ξに依存しない。すなわち,   

qξ=0(30)

であり,加工硬化はない。このとき,転位密度ρは式(29)より変化するが,塑性変形履歴ξとの関係を陽に記述できる。

他方,1/l=αρのとき,降伏関数は転位密度ρを通して塑性変形履歴ξの非線形関数となる。その微分は連鎖則を用いて次式となる。   

qξ=qρρξ=αμb2ρρξ(31)

転位密度ρと塑性変形履歴ξの関係式(29)を微分することで,式(31)中の微分が次式のように得られる。   

12ρρξ=ρ(2bρcαexp[cαbρsatξρ]ξ)1(32)

塑性変形履歴ξが更新された後,転位密度ρも式(29)に基づいて更新する必要があるが,式(29)は転位密度ρに関する陰関数であるため,数値的に解く必要がある。

また,この構成モデルでは,数値解析の初期設定として初期転位密度ρ0を与える。この際,次式より,対応した初期塑性変形履歴変数ξ0が計算される。   

ξ0=blcρsatln[1ρ0ρsat](33)

3・4 構成モデルの比較

降伏点現象を含むFerrite単相鋼の応力−ひずみ関係を,定式化した2つの構成モデルで再現する。

双方において弾性構成モデルにはneo-Hooke超弾性構成モデルを採用し,弾性定数をヤング率200 GPa,ポアソン比0.3と与える。現象論的構成モデルの材料定数は次のように与える。   

τY=0.25GPa,τup=0.37GPa,τsat=0.50GPah=50,k=2000

代表特性長さに基づく構成モデルの材料定数は次のように与える。   

τ0=0.30GP,α=0.30,b=2.5×1010m,1/lc=2.0×106m1ρ0=1.0×11m2,ρsat=2.0×1015m2,c=0.70

各構成モデルで再現した応力−ひずみ関係をFig.1Fig.2に示す。図中の点線は実験データであり,灰色の線は降伏点現象を再現するモデルを適用しない場合の応答(マスターカーブ)を示す。さらに,Fig.2には一点鎖線で転位密度の発展を併記した。

Fig. 1.

 Stress-strain relationship of phenomenological constitutive model.

Fig. 2.

 Stress-strain relationship of constitutive model based on representative characteristic length.

Fig.1Fig.2のように,両モデル共に降伏点現象を含めた実験データをある程度,再現することができる。精緻にフィッティングすれば,実験データとほぼ重なるように再現することも可能であるが,図上で識別しやすいようにここでは粗くフィッティングをした。

現象論的構成モデルでは,一般的な塑性構成モデルにスカラー内部変数ζを追加することで,上降伏点後の応力減少を含む降伏点現象を再現できる。同定すべき材料定数5つのうち,3つは対象とする応力−ひずみ関係から容易に同定できる。

他方,代表特性長さに基づく構成モデルでは,内部変数の代わりに,内部変数ξと状態変数qの間に中間変数ρを設け,転位密度ρの発展を考慮することで,強化機構の転換として,降伏点現象を再現する。同定すべき材料定数は現象論的構成モデルと比べて多いが,Burgersベクトルの大きさbは既知の物理量であり,初期転位密度ρ0も実験計測が可能である。また,Bailey-Hirschの関係に基づいているので,既往の実験的知見を利用できる可能性がある。ただし,このような複雑な構成モデルの場合,同じ応力−ひずみ関係を再現する材料定数の組み合せは複数存在するため,応力−ひずみ関係と共に転位密度の発展傾向などを合わせて検討し,適切な材料定数を選定する必要がある。

応力−ひずみ関係を表現することが目的ならば,材料定数が少なく数値解析アルゴリズムも煩雑でない現象論的構成モデルが利用しやすい。しかし,転位密度の発展のような組織因子と合わせて議論できるという点で代表特性長さに基づく構成モデルも目的によっては有用であろう。

4. おわりに

本研究では,有限ひずみ弾塑性構成モデルの一般的な定式化とその評価方法を示し,この枠組みの下で降伏点現象を再現しうる2つの構成モデルを定式化した。スカラー内部変数を追加する現象論的構成モデルは,同定すべき材料定数が少なく,引張試験データから応力−ひずみ関係を再現しやすいという特徴を持つ。他方,転位密度を中間変数として持つ代表特性長さに基づく構成モデルでは,組織因子と関連付けて議論するには有用である。

応力−ひずみ関係の再現とそのメカニズムの理解は連続体力学・金属学における古典的な研究課題であるが,非線形挙動の起点である降伏強度においても研究課題が残されている。微細なスケールで発生する変形の素過程を考慮することが,この課題に対する有力なアプローチである。マルチスケールモデリングに関して,数値シミュレーションを用いた材料組織の不均質性からの強度特性予測については研究成果が蓄積し,実用段階へ移行しつつある8,19)。一方,侵入型合金元素の降伏点現象への影響を評価するなど,分子スケールからの強度特性予測について分子レベルと連続体レベル間にある時間・空間スケールの大きな隔たりを超えることは現在でも困難であり,大きな課題である。近年,めざましい発展を遂げている計測機器や計測方法および計算機と数値シミュレーション手法を有機的に連携させてアプローチすることで,次の進展が見られることを期待する。

謝辞

本研究の一部はJST産学共創基礎基盤研究プログラム「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」および科学研究費補助金25102711,25820359の支援を受けた。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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