2014 年 100 巻 10 号 p. 1315-1321
Applications of ultra high strength steel sheets to automotive body have been expanding year after year. Hydrogen embrittlement (HE) is one of the problems of ultra high strength steels. Various methods are used as the evaluation method of HE resistance. In this study, the critical HE conditions obtained by SSRT, CSRT and 4-point bending test were compared by using the same materials, which have tempered martensite microstructure with the composition of a SCM435 or an V added steel with many hydrogen trapping precipitations. Specimens were charged with hydrogen by the cathodic charging method. The specimen used in the SSRT and the CSRT was machined with notches on the both sides of a parallel part and the stress concentration factor (Kt) of the specimens was 4.26 or 1.76. The specimen used in the 4-point bending test was coupon shape. The critical HE conditions evaluated with the average applied stress and the average hydrogen content of the specimen were different depending on the test methods. HE conditions were also evaluated with the local stress and the local accumulated diffusible hydrogen content at the fracture initiation point. The critical condition evaluated by the 4-point bending test was located in the higher stress and higher hydrogen content region compared with the critical conditions obtained by the CSRT and the SSRT.
高強度鋼の水素による破壊はTS1000 MPaを超えると大気腐食環境でも発生する可能性があり,遅れ破壊と呼ばれる。実例としてはF13Tクラスの高力ボルトで遅れ破壊が発生した事例が有名1)である。そのため,遅れ破壊に関する研究は丸棒もしくは角棒形状の試験片を用いて実施されることが多かった。しかし近年,自動車分野において車体の高強度化が進みTS1000 MPa超級鋼の適用事例が増えるにつれて,薄鋼板の遅れ破壊特性評価のニーズが高まっている。遅れ破壊発生の危険性評価を行うためには,一般的に,水素に対する鋼板の抵抗力,すなわち水素割れ感受性評価と鋼板中への水素侵入量を評価する水素侵入特性評価の両者が必要と考えられている2)が,本研究では,両者のうち,水素割れ感受性に関する検討を行う。
水素割れ感受性を評価する代表的な手法として,定荷重試験(Constant Load Test, CLT)2,3),SSRT(低ひずみ速度法,Slow Strain Rate Test)4,5,6,7,8,9,10),CSRT(通常速度法,Conventional Strain Rate Test)11,12,13,14),4点曲げ法(4 Point Bending method)15,16)がある。また,自動車用薄鋼板は必要形状に加工された後に使用されることが大半であるため,塑性加工後の遅れ破壊発生の危険性をも評価する必要がある17)。加工した薄鋼板の水素脆化限界を調査する手法としてはU曲げボルト締め法18,19,20,21)がある。これらの評価法の妥当性を検証する研究やこれらの評価法を用いた鋼材の特性評価は種々行われているが,それぞれの手法により得られる限界拡散性水素量や水素脆化限界の差異は不明である。そこで本研究では,同一材料を用いて加工前の薄鋼板の水素割れ限界を評価する際に適用される手法のうち,SSRT,CSRTおよび定荷重4点曲げ試験で得られる水素割れ限界の差異を明確にすることを目的として研究を行った。
供試材は水素脆化研究によく使用されているSCM435および,近年耐遅れ破壊性に優れる鋼材として開発されている水素トラップサイトを含む鋼2,3,22)の一例としてV添加鋼を用いた。化学成分をTable 1に示す。
| Steels | C | Si | Mn | P | S | Al | Cr | Mo | V | N |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SCM435 | 0.35 | 0.24 | 0.79 | 0.023 | 0.016 | 0.036 | 1.09 | 0.15 | – | 0.005 |
| V steel | 0.41 | 0.20 | 0.71 | 0.005 | 0.005 | 0.037 | 1.20 | 0.64 | 0.30 | 0.004 |
SCM435鋼は,Table 1に示す組成の実機鋼塊を1200 °Cに加熱し,熱間鍛造および圧延により板厚5 mmとし酸洗後,冷間圧延により板厚2.6 mmとした。その後,Fig.1(a)に示す焼き入れ焼き戻しを行い,機械加工で板厚1.6 mmとした。Table 2に平行部幅20 mm,標点距離80 mmのJIS13号A試験片の引張試験より得られた機械的特性を示す。

Schematic diagrams of heat treatment conditions of (a) SCM435 and (b) V steel.
| Steels | YS/MPa | TS/MPa | El.(%) | Type of specimen |
|---|---|---|---|---|
| SCM435 | 1003 | 1323 | 7 | JIS No.13A (G.L.: 80 mm) |
| V Steel | 1302 | 1418 | 16 | JIS No.5 (G.L.: 50 mm) |
一方,V添加鋼は,Table 1に示す組成のラボ真空溶解鋼を1200 °Cに加熱後,板厚5 mmまで熱間圧延した。その後,920 °Cで60 min.熱処理後に,空冷する焼きならし処理を行ってから,Fig.1(b)に示す熱処理を施した。150 °Cで30分加熱した仮戻し処理は,焼入れ後から焼き戻し処理までの間に数日を要したため,割れ発生の危険性を極力低くするために焼入れ直後に実施した。焼き戻し後に板厚1.6 mmまで機械加工により減厚した。Table 2に板厚5 mmの状態で平行部幅25 mm,標点距離50 mmのJIS5号試験片で引張試験を行ったときの機械的特性を示す。
2・2 水素脆化感受性評価法SSRT,CSRT,定荷重4点曲げのそれぞれの試験条件を以下に示す。
2・2・1 SSRTの試験条件Fig.2に試験片形状を示す。平行部長さは50 mm,幅10 mmとし,平行部中央の両側にはノッチを付与した。ノッチ深さは2.5 mmであり,ノッチ底曲率半径はFig.2(b)のSSRT欄に示す0.2 mmおよび2 mmの2種類とした。応力集中係数Ktは計算の結果,各々,4.26および1.76であった。応力集中係数の計算は,式(1)23)を用いて行った。
| (1) |

Dimensions of specimens. (Unit: mm) (a) Schematic figure of a specimen used. (b) Size of specimens used.
ここで,nは
| (2) |
2 Wは試験片幅,aは切欠き長さ,ρは切欠き先端半径,bは,
| (3) |
である。
SSRTのクロスヘッド速度は0.001 mm/min.とした。本研究で用いた試験片はノッチ付き試験片であり,破壊が発生するノッチ底でのひずみ速度を定義することができない。そのため試験方法は低速引張試験と呼称する方が正しいが,一般に低変位速度での引張試験はSSRTと呼ばれることから,ここではSSRTの呼称を用いる。
SSRTは48時間水素チャージを行った後に大気中で試験する条件(以降,水素プレチャージ後大気中試験と記載),48時間水素プレチャージ後に水素チャージを継続したまま試験する条件(以降,水素プレチャージ後連続チャージ試験と記載)および水素チャージせずに大気中で試験する条件(以降,大気中試験と記載)の3条件で行った。SSRT前の水素チャージは試験片中に水素を均一に導入するために48時間とした。水素チャージは,3%NaCl+0.5%NH4SCN水溶液を用いて,電流密度10 A/m2で陰極電解チャージにより行った。また,破断後すぐに試験片を回収し,破断試験片の破断面から長さ5 mmの位置で切断して水素分析用サンプルを採取した。
2・2・2 CSRTの試験条件Fig.2に試験片形状を示す。平行部は長さが25 mmでありSSRT試験片と異なるが,平行部幅,ノッチの位置,ノッチ深さ,ノッチ底半径は,SSRT試験と同一である。試験片の板厚は,SCM435鋼は供試材表面に疵が認められたため,鋼板の表裏面を0.05 mmずつ機械切削して1.5 mmとした。応力集中係数KtはSSRT試験片と同様にノッチ底半径0.2 mmの試験片が4.26,2.0 mmの試験片が1.76であった。
水素は試験片に陰極電解チャージにより導入した。CSRTの場合,試験片に水素を均一になるまでチャージする必要がある。そこで,板厚1.6 mm×幅10 mmの短冊試料を用いて鋼板中に水素をチャージする時間を検討した。その結果から,水素チャージ時間をSCM435鋼で48 h,V添加鋼で72 hとした。陰極電解チャージ溶液は,3%NaCl水溶液に0.3 g/Lもしくは3 g/LのNH4SCNを加えたもの,さらに,V添加鋼については0.1N NaOHも用いた。電流密度は3%NaCl溶液の場合,10-50 A/m2,NaOH溶液の場合5-100 A/m2として吸蔵水素量を変化させた。水素チャージにあたっては切欠き部をはさんで20 mm以外の部分をマスキングテープおよびシリコーン樹脂でコーティングした。水素チャージした試験片はチャージ終了後,直ちに1 mm/minの変位速度でCSRT法の引張試験に供した。試験時間は1~5分であった。また,破断後すぐに試験片を回収し,破断試験片のマスキングされていない部分を切断し,水素分析用サンプルを採取した。
2・2・3 4点曲げ試験の試験条件16)試験片として幅10 mm,長さ65 mm,板厚1.6 mmのサイズの短冊試験片を用いた。この試験片に無負荷の状態で陰極チャージ法によりあらかじめ試験片に拡散性水素を吸蔵させた。水素チャージ液には3%NaCl+0~20 g/L-NH4SCNの溶液を用い,温度25 °C,電流密度0.1~10 A/m2の条件で水素チャージを行った。サンプルに吸蔵される拡散性水素濃度はNH4SCN濃度,および電流密度を変化させることにより調整した。試験は,まず試験片を無負荷の状態で48 hの水素チャージ(プレチャージ)を行い,その後試験片にFig.3に示す条件で4点曲げ負荷を付与し,再度プレチャージと同一の条件で水素チャージを開始して破断までの時間を計測した。負荷応力は4点曲げ試験片の曲げ外側表面,板幅中央部での試験片長手方向の応力とし,3次元有限要素弾塑性解析により算出した。水素割れ限界は,応力負荷後100 h破断しない最大応力を水素割れ限界応力として評価した。

Schematic figure of 4-point bending method. (Unit: mm)
試験片中の拡散性水素はSSRTでは質量分析計を,その他の試験ではガスクロマトグラフを用いた昇温分析法により昇温速度を100 °C/hもしくは200 °C/h,測定温度範囲を室温から600 °Cとして分析した。ガスクロマトグラフィーのキャリアガスはArを用いた。分析法が試験法によって異なる理由は,3種の試験法での評価を異なる機関で分担して実施したためである。分析用試験片は,SSRTでは破断試験片の破面から5 mm位置で,CSRTでは10 mmの位置で切断して採取した。4点曲げ試験では,無負荷の試験片に試験時と同一条件での水素チャージを行い,得られた拡散性水素量を試験時の水素量とした。拡散性水素量は,300 °C以下の第一ピーク終了までに放出された水素の合計から求めた。
2・4 試験片破壊起点部での局所応力および局所拡散性水素濃度の導出方法SSRTおよびCSRTで用いたノッチ付試験片および4点曲げ試験片の破壊起点部での応力および局所拡散性水素濃度を求めるために3次元有限要素弾塑性解析を行った。
2・4・1 SSRTの破壊起点での局所応力と局所拡散性水素濃度の導出SSRTの破壊起点は引張軸方向の応力最大値点であり,この部分での応力および拡散性水素濃度を3次元有限要素弾塑性解析結果を用いて求めた。解析モデルは試験片の対称性を考慮して1/8領域とし,所定の負荷荷重でのノッチ底近傍の引張軸方向応力最大値および静水圧応力の関係を求めた。SSRTでは変形速度が遅いため,拡散性水素が試験中に応力誘起拡散によって再分配され,静水圧応力分布に対応した水素濃度分布になると考えられる。そのため,引張軸方向応力最大値点での局所拡散性水素濃度を式(1)24,25,26,27,28)により算出した。
| (4) |
ここで,Hは昇温脱離分析により求められた試験片中の平均拡散性水素量,σhは引張軸方向応力最大値点での静水圧応力,σhminは試験片中の切欠き底から十分離れた位置での静水圧応力,ΔVはbcc Fe中の水素の部分モル体積で2×10−6 m3/mol26),Rは気体定数,Tは試験温度で300 Kである。
2・4・2 CSRTの破壊起点での局所応力と局所拡散性水素濃度の導出CSRTの破壊起点もSSRTと同様に引張軸方向の応力最大値点である。この部分の応力は3次有限要素弾塑性解析により2・4・1に記載と同一の条件で解析を行い算出した。一方,破壊起点での局所拡散性水素濃度は,CSRTでは変形速度が速いため,応力誘起拡散による水素集積を考慮する必要がないため,水素分析値に等しいとした。
2・4・3 定荷重4点曲げ試験の破壊起点での局所応力と局所拡散性水素濃度の導出4点曲げでの破壊起点は,曲げ外側表面であり,2・2・3で設定した試験応力が破壊起点での応力に等しい。一方,本試験は定荷重試験であるため,破壊起点にはSSRT同様に,試験片内の静水圧応力に応じて拡散性水素が再分配されると考えられる。そのため,破壊起点である鋼板外側表面に集積する局所拡散性水素濃度を式(4)を用いて求めた。ここで,静水圧応力σhは曲げ外側表面板幅中央部の静水圧応力,σhminは曲げ内側表面板幅中央部の静水圧応力とした。
Fig.4(a)にSCM435,(b)にV添加鋼の応力集中係数4.26の試験片での応力−変位曲線を示す。両鋼種とも,いずれの条件でも負荷応力と変位の関係はほぼ同様であった。それに対し,破断までの変位量については,鋼種毎に傾向が異なった。すなわち,SCM435鋼では破断までの変位量が大気中試験で最も大きく,水素プレチャージ後大気中試験,水素プレチャージ後連続チャージ試験の順に小さくなった。一方,V添加鋼では,破断までの変位量が大気中試験で最も大きかったが,水素プレチャージ後大気中試験,水素プレチャージ後連続チャージ試験ではほぼ同一でいずれも大気中試験よりも小さかった。

Displacement - Nominal Stress curves of (a) SCM435 and (b) V steel obtained by SSRT.
このような差が生じた原因を検討するため,プレチャージ終了後および試験終了後の試験片中の拡散性水素量を比較した。その結果,SCM435鋼では,プレチャージ後が2.05 massppm(以降ppmと標記)であったのに対し,プレチャージ後大気中試験終了後では1.11 ppmとチャージ直後から約1/2に減少していた。一方,プレチャージ後連続チャージ試験終了後の濃度は2.27 ppmであり10%程度増加した。この違いの原因は,プレチャージ後大気中試験では大気中で実施したSSRTの間に拡散性水素が放出されたのに対し,プレチャージ後連続チャージ試験ではSSRT中に導入された転位に水素がトラップされたためと考えられる。破断までの変位量は試験後の拡散性水素濃度が高いほど低下しており,破断までの変位量の試験条件依存性は水素による延性の低下として理解できる。一方,V添加鋼では,プレチャージ後が10.23 ppmであったのに対し,プレチャージ後大気中試験終了後では10.71 ppmであり拡散性水素濃度は変化しなかった。一方,プレチャージ後連続チャージ試験終了後の濃度は11.22 ppmであり,SCM435鋼と同様に10%程度増加した。V添加鋼では鋼中の水素の拡散係数がSCM435鋼よりも小さく,大気中でもSSRTが行われた程度の時間では,拡散性水素は放出されなかったと考えられる。そのため,プレチャージ後大気中試験でもプレチャージ後連続チャージ試験と同様に大気中試験と比較して延性が大きく低下したと考えられる。
3・2 CSRTでの試験結果CSRTにより得られた切欠き断面部の公称破壊応力と水素量の関係を,SCM435鋼およびV添加鋼についてFig.5およびFig.6に示す。SCM435鋼のKt4.26試験片での破壊起点は旧γ粒界破壊を呈しており,水素濃度の増大にともなって破壊応力は大きく低下した。それに対し,Kt1.76試験片では水素濃度1 mass ppm以下での破壊起点での破面は擬へき開破壊であったが,1.5 mass ppm以上で粒界破壊をともなっていた。一方,V添加鋼では,Fig.6に示したように水素濃度が4 mass ppm程度までは切欠き形状によらず破壊応力の低下が少なく,破壊起点は擬へき開破壊であった。それ以上の水素濃度で破壊起点は粒界破壊となり,破壊応力は大きく低下した。その程度はKt4.26のほうが大きく,切欠き先端の最大応力が影響していると考えられる。Fig.5およびFig.6の結果を比較すると,V添加鋼ではSCM435よりも破壊応力が低下する水素濃度が非常に大きくなっていた。V炭化物による水素のトラップ影響によるものと考えられる22)。

Relationship between fracture nominal stress and hydrogen concentration for SCM435 steel obtained by CSRT.

Relationship between fracture nominal stress and hydrogen concentration for V-added steel obtained by CSRT.
Fig.7にSCM435鋼16)とV鋼16)の負荷応力と破断までの時間の代表的な関係を示す。破断までの時間は,応力負荷を開始してからの時間である。いずれの鋼も4点曲げ試験によって割れが発生する場合,応力負荷した直後に破断する傾向が認められた。一方負荷直後に割れなかった試験片は応力負荷後100 h未破断で試験が終了した。破断有無がごく短時間で決まる理由は,本研究で行った4点曲げ試験が,水素を試験片内で一定値になるまでプレチャージし,かつ水素チャージを継続しながら試験を実施し,さらに破壊起点が鋼板の曲げ外側の表面近傍である,という試験条件に起因するためと考えられる。すなわち,破壊起点のある曲げ外側表面近傍の拡散性水素量は応力負荷後に短時間で静水圧応力分布に対応した平衡濃度に再分配されるためと考えられる。なお,曲げ試験中には曲げ変形によって導入される塑性変形に応じて拡散性水素が侵入するため,プレチャージ後よりも拡散性水素濃度が高いと考えられる。しかし,付与される相当ひずみは負荷応力最大の条件でも,曲げ外側で1%程度であるため,拡散性水素の増加量は小さいと推測する。

Example of time-applied stress curves of SCM 435 and V steel obtained by 4-point bending test.
Fig.8およびFig.9にSCM435鋼とV添加鋼の水素割れ限界応力と拡散性水素量の関係を示す。いずれの鋼も拡散性水素量が上昇すると水素割れ限界応力は低下した。SCM435鋼は拡散性水素量が約2.5 ppm,V添加鋼は約8.0 ppmで水素割れ限界応力が急激に低下した。また,同一レベルの拡散性水素量で比較した場合には,V鋼のほうがSCM435鋼よりも高い水素割れ限界応力を呈した。

Diffusible hydrogen concentration - delayed fracture limit stress curve of SCM 435 obtained by 4-point bending test.

Diffusible hydrogen concentration - delayed fracture limit stress curve of V steel obtained by 4-point bending test.
Hagiharaら11,13)は環状ノッチ付き丸棒試験片を用いたCSRTとSSRTによりTS1300 MPa級焼戻しマルテンサイト鋼の水素脆化限界を評価し,割れ起点部での局所応力と局所拡散性水素濃度を評価指標として用いる24)ことにより,両評価法で得られた水素割れ限界がほぼ一致することを示した。この結果から,Hagiharaらの研究の条件では,CSRTとSSRTで水素脆化メカニズムが同一であったと考えられる。そこで本章では,SSRT,CSRT,4点曲げの水素脆化破壊限界を破壊起点での局所応力と局所拡散性水素濃度を用いて比較・解析することにより,それぞれの評価手法で発現する水素脆化のメカニズムの相違について考察する。SSRTおよびCSRTは応力集中係数4.26および1.76の2種の試験を行ったが,本章では,塑性拘束度の高い応力集中係数4.26の結果を用いた。
まずSCM435鋼の結果について述べる。Fig.10に負荷応力と試験片内平均拡散性水素量で水素割れ限界を整理した結果を示す。負荷応力は,SSRTおよびCSRTはノッチ底断面積での平均応力,4点曲げ試験は曲げ外側表面での応力である。SSRTはプレチャージ後連続チャージ試験結果を用いた。破壊限界は低応力−低水素側からSSRT,CSRT,4点曲げの順に位置した。それに対し,Fig.11に破壊起点での局所応力および局所拡散性水素濃度で水素脆化限界を整理した結果を示す。局所拡散性水素濃度が高いほど局所破壊応力が小さくなる傾向が認められた。また,設定応力と試験片内平均拡散性水素量で整理した場合と比較して,試験法によらず一つの線の近くに位置したものの,CSRTおよびSSRTと比較して定荷重4点曲げ試験では水素割れ限界は高応力−高水素側に位置すると考えられた。本研究での実験範囲ではSSRT,CSRTおよび4点曲げでの局所拡散性水素濃度の範囲が異なっていたため,今後,局所集積拡散性水素濃度を同程度とし,水素割れ限界の比較を行う必要がある。

Comparison among relationships between fracture nominal stress and hydrogen concentration of SCM435 steel obtained by CSRT, SSRT and 4-point bending test.

Comparison among relationships between local stress at the fracture initiation points and local accumulated diffusible hydrogen concentration of SCM435 steel obtained by CSRT, SSRT and 4-point bending test.
次にV添加鋼の結果について述べる。Fig.12に負荷応力と試験片内平均拡散性水素量で水素割れ限界を整理した結果を示す。CSRTでの水素割れ限界は8 ppm以上の高水素領域で4点曲げの水素割れ限界条件よりも低応力−低水素側に位置した。SSRT結果はCSRT結果の延長線上にある可能性があるが,データが少ないため今後さらに検討が必要である。Fig.13に破壊起点での局所応力および局所拡散性水素濃度で水素脆化限界を整理した結果を示す。SCM435鋼と同様に局所拡散性水素濃度が高いほど局所破壊応力が小さくなる傾向が認められた。また,CSRTおよびSSRTと比較して定荷重4点曲げ試験では水素割れ限界は高応力−高水素側に位置する結果となった。

Comparison among relationships between fracture nominal stress and hydrogen concentration of V-steel obtained by CSRT, SSRT and 4-point bend test.

Comparison among relationships between local stress at the fracture initiation points and local accumulated diffusible hydrogen concentration of V-steel obtained by CSRT, SSRT and 4-point bend test.
変形様式が引張に近いノッチ付試験片を用いたSSRTとCSRTの水素割れ限界と変形様式が曲げの定荷重4点曲げ試験の水素割れ限界は,局所応力−局所拡散性水素濃度を用いて整理しても異なる結果となった理由は明確ではないが,例えば以下の原因が考えられる。薄鋼板は切欠き付き丸棒引張試験片と比較して塑性拘束が小さいために破壊までに塑性緩和が起こりやすく,その度合いが変形様式によって異なり,破壊限界条件に影響することが考えられる。
焼き戻しマルテンサイト組織を有するTS1300 MPa級SCM435鋼およびTS1400 MPa級V添加鋼の薄鋼板を用いて,SSRT,CSRTおよび定荷重4点曲げ試験により水素割れ限界を求めた。その結果,負荷応力と試験片内平均拡散性水素量で評価した水素割れ限界は低応力−低水素側からSSRT,CSRT,4点曲げの順に位置した。これらの水素割れ限界を,破壊起点であるノッチ底や鋼板表面での局所応力および局所拡散性水素濃度により比較した。その結果,局所拡散性水素濃度が高いほど水素割れ限界の局所応力が小さくなる傾向が認められ,また,SSRTおよびCSRTと比較して定荷重4点曲げ試験では水素割れ限界は高応力−高水素側に位置する結果となった。SSRT,CSRTおよび4点曲げで局所拡散性水素濃度の範囲が異なっていたため,今後さらに検討する必要がある。