2014 年 100 巻 11 号 p. 1426-1432
Hydrogen sulfide is generated through sulfate reduction under anaerobic condition in enclosed coastal seas. It is highly toxic, depletes oxygen and generates blue tide. To evaluate the sulfide reduction effect of steelmaking slag, we carried out field experiments in Fukuyama inner harbor, where the people there have suffered from odor caused by gasses including hydrogen sulfide generated from the sediments. We placed the steelmaking slag on the sediments, and monitored the water quality of interstitial water in the sediments and the overlying water of the sediments as well. Hydrogen sulfide gas was also collected and measured.
The results showed that dissolved sulfide concentrations in interstitial water in the control plots ranged from 100 to 350 mgS/L, on the other hand, those in the steelmaking slag construction area were suppressed, being below 5 mgS/L. The reduction effect of dissolved sulfide by steelmaking slag has lasted for about two years. It was supposed that Fe ions eluted from steelmaking slag may have reacted with sulfide. Species number and individual numbers of macro benthos increased in the experimental area.
The results imply that capping the deteriorated sediments with steelmaking slag can effectively improve the water and sediment quality of coastal areas.
閉鎖性海域では,水の滞留時間が長く,有機物の分解によって貧酸素化し,還元的な環境になることで硫酸還元菌によって硫化水素が発生する1,2)。硫化水素は毒性が高く,生物生息を困難にするだけでなく,異臭の主要因となる。
日本で年間約4,000万t発生する鉄鋼スラグは,100%近く再利用が図られており,製銑工程で年間2,500万t発生する高炉スラグについては既に付加価値の高い利用がなされている。しかし,製鋼工程において年間約1,500万t発生する製鋼スラグについては,道路用,土木用が60%を占めており,物性や組成を活用した付加価値の高い利用技術は充分確立されていない3)。
製鋼スラグの付加価値が高い利用用途のひとつとして,前報4)で述べたように,海域の硫化物抑制に関する技術の検討が行われている5)。筆者らも実海域で小規模に塊状の製鋼スラグを設置することで,間隙水中の溶存硫化物が低減することを確認している6)。さらに最近では実験室規模の試験により製鋼スラグの硫化物抑制メカニズムも明らかになってきている7,8,9,10)。しかし,これらの研究は,実験室規模または小規模な実海域試験のレベルに留まっており,実用規模で製鋼スラグを施工し,有機物濃度の高い底質において硫化物を抑制した事例は見当たらない。
そこで筆者らは,硫化水素による悪臭が問題となっている海域への製鋼スラグ上置き(覆砂)または混合による溶存硫化物や硫化水素ガスの生成抑制に関して検討を開始した。まず,前報4)では,実験室規模の検証試験として,実海域から採取した泥に製鋼スラグを上置きまたは混合することにより,直上水および底泥間隙水中の溶存硫化物濃度が低下すること,気相への硫化水素ガスの発生抑制効果が認められること,およびこれらの効果が少なくとも試験期間である6ヶ月継続することなどを確認した。本報では,次のステップとして,実海域での実証試験を行うこととし,広島県福山市の福山港湾奥部に位置する福山内港において製鋼スラグによる覆砂試験を実施した結果について報告する。
実証試験海域である福山内港は,幅0.1 km×奥行2.2 kmで水深2~4 mの運河状の海域で,いわゆるヘドロ状の有機質底泥が堆積する海域である。ここでは,春季から夏季にかけて,湾奥部の底層が還元的になり,硫化水素が発生することが問題視となっている11)。この海域から採取した底泥の性状をTable 1に示す(含水比以外は乾燥重量)。硫化物のほか,強熱減量が高いことから有機物を多量に含んでいる。福山内港には降雨時に合流式下水処理施設から多量の未処理下水が越流するため,含まれる有機物粒子が沈降・堆積することが底泥の劣化の主原因である。
| Water content ratio (%) | Sulfide (mg/g) | COD (mg/g) | T-N (mg/g) | T-P (mg/g) | Ig/loss (%) |
|---|---|---|---|---|---|
| 340 | 2.33 | 29.0 | 3.22 | 1.23 | 13.4 |
2011年8月にFig.1に示す試験区A(面積432 m2)において1回目の製鋼スラグ施工を実施した。使用した製鋼スラグ(西日本製鉄所産)の化学成分をTable 2に示す(Slag 1)。クレーン台船にスラグを積載し,施工エリアに移送し,クレーンに装着したグラブにて施工した。まず,下層材として5-10 mmに粒度調整したスラグを35 cm厚みで施工したのち,上層材として10-25 mmに粒度調整したスラグを厚み35 cmで施工した。下層に細粒スラグを選択した理由は,海底の泥が軟弱であるため施工時にめり込みすぎないためである。一方,上層に粗粒とした理由は,スラグ層と直上水との海水交換が生じやすくするためである。施工中は汚濁防止枠を設置し,投入時の底質の巻き上がりによる汚濁を防止した。

Location of the field test site and the slag construction area in 2011 and in 2012. (Online version in color.)
| T.Fe | SiO2 | CaO | Al2O3 | MnO | MgO | TiO2 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Slag | 17.5 | 29.3 | 33.0 | 6.0 | 8.7 | 4.9 | 1.2 |
| Slag 2 | 20.7 | 12.7 | 42.2 | 3.1 | 2.7 | 6.2 | 0.5 |
次いで2012年7月に,Fig.1に示す試験区Bおよび試験区C(面積合計3,510 m2)において,2回目の製鋼スラグ施工を実施した。試験区Bは下層材および上層材とも2011年施工試験と同じSlag 1を用いた。試験区Cでは下層材にSlag 1を,上層材に30-50 mmに粒度調整したSlag 2を用いた。 筆者らによりSlag 2は別海域において海藻や底生生物の着生基盤として機能することが示されており12),本海域においても底生生物が着生する可能性があるため選定した。いずれのエリアとも上層材および下層材の厚みは35 cmずつ(計70 cm)とした。
2・3 施工後の測定位置第1回施工後および第2回施工後は,発生するガス,水質および底生生物などについて調査した。その測定位置を断面図としてFig.2に示す。第1回試験後においては,Fig.2(a)に示すように,スラグを施工した試験区Aの中心部を原点(0 m)とし,その湾奥側および湾口側5 mの位置を試験区の測定点とし,原点から湾奥側および湾口側に25 m,50 mおよび100 mのスラグを施工していない位置を対照区として設定した。また,第2回試験以降においてはFig.2(b)に示すように,試験区A(0 m),試験区B(湾口側65 m)および試験区C(湾口側134 m)をスラグ試験区の測定点とし,原点から湾奥側100 mおよび湾口側244 mの位置に対照区を設定した。

Scheme of investigation positions. (Online version in color.)
間隙水の採取は,第1回目試験では,2週後(2011年8月),8週後(10月),20週後(12月)および42週後(2012年5月)に,第2回試験後では,2週後(2012年7月),12週後(10月),19週後(11月),21週後(12月),30週後(2013年2月),37週後(3月),41週後(4月),および46週後(6月)に実施した。
試験区の間隙水の採取は,ダイバーにより,シリンジを用いて,予め施工時にスラグ表面から5~10 cmの深さの位置に埋設してあったエアーストーンにタイゴンチューブを接続して行った。対照区では,10 cm径のアクリルパイプにて柱状採泥し,底質表層から5~10 cmの位置の泥を採取した。
各サンプルについてpHおよび酸化還元電位を東亜ディーケーケー製IM-22P(参照電極は白金電極)にて,溶存硫化物を検知管(光明理化学製北川式200SA,200SB)にて測定した。第2回試験以降はこれらに加え,溶存酸素濃度をウインクラー法にて測定した。対照区の溶存硫化物および溶存酸素濃度はダイバーにより底質ごと採取し,遠心分離により泥間隙水を抽出して測定した。
2・4・2 直上水底質間隙水と同一時期において,スラグ区および対照区の浮泥層の表層から,第1回試験では5-10 cm上方の水をダイバーによって,第2回試験以降では船上からタイゴンチューブを接続したハンドポンプによって採取し,底質間隙水と同様の方法にて,pH,酸化還元電位,溶存硫化物および溶存酸素濃度を測定した。
2・4・3 鉛直方向の水質プロファイル試験区および対照区の海水においての鉛直方向の水質プロファイルを2011年8月および12月に測定した。船上から多項目水質計(JFEアドバンテック製AAQ177)を用い,水面から海底まで0.5 mごとの間隔で,それぞれの水深における水温,塩分,pH,溶存酸素濃度および酸化還元電位(参照電極は白金電極)の測定を行った。
2・4・4 発生ガス量およびその成分2011年9月,10月,12月,2012年7月および10月に海底より自然発生するガスを海底に設置したチャンバーにより捕集し,回収したガス量の測定を行った。さらに,2012年12月には,底質を振とうしたときに排出されるガスを測定した。スラグ試験区の底質サンプルはダイバーにより底質に手動ポンプを差し込み,ゆっくり吸引してスラグ間隙の泥を回収した。対照区の泥は柱状採泥により採取した。この底質サンプル約300 mlを500 ml広口瓶に入れて密封,広口瓶を振とうした。その後,容器内のガスの硫化水素濃度を検知器(理研計器製 GX-2009)にて,二硫化ジメチルおよびメチルメルカプタンをガステック社製検知管53および71)にて測定した。
2・4・5 底生生物(マクロベントス)第2回試験後の2013年2月,3月,4月および6月に底生生物の定量分析を行った。ダイバーにより面積25 cm×25 cm,深さ10 cmの底質を採取し,底質中のマクロベントスの種類数,個体数および湿重量の測定を行った。
スラグ区および対照区の底質間隙水のpHの推移をFig.3(a)に示す。対照区の底質間隙水のpHは湾奥側で7.0~8.0,海側で7.5~8.5で推移しており,湾奥側でpHが低い傾向が確認された。スラグ試験区では試験区Aで施工直後は8.9と高めであったが,その後低下し,7.1~8.0で推移した。試験区Bおよび試験区Cでは7.9~8.4で推移しており,第2回試験以降で比較すると対照区と同様に湾奥側でやや低い傾向となった。

Time changes of (a) pH, (b) dissolved sulfide, (c) ORP and (d) DO in interstitial water in the slag construction area and the control plots. ○: control (back of bay, 100 m), □: control (back of bay, 50 m), ◇: control (back of bay, 25 m), △: control (sea side 25 m), ▽: control (sea side 50 m), ☆: control (sea side 100 m), ◎: control (sea side 244 m), ▼: A2, ■: A1, ◆: A3, ▲: B, ●: C. (Online version in color.)
溶存硫化物濃度の測定結果をFig.3(b)に示す。第1回試験において,対照区では150~350 mg S/Lと高濃度の溶存硫化物が検知されたのに対し,スラグ区(A試験区)では全ての測定において,検出限界(0.5 mg S/L)~5 mg/Lで推移しており,対照区に対して顕著に低位であった。
第2回試験以降においても,対照区では60~400 mg S/Lと高濃度の溶存硫化物が検知されたのに対し,スラグ試験区では検出限界~20 mg/Lで推移しており,全ての測定において,溶存硫化物濃度は顕著に低位であった。また,第2回試験の試験区Bおよび試験区Cにおいて溶存硫化物濃度はほぼ同レベルであった。
底質間隙水の酸化還元電位の結果をFig.3(c)に示す。第1回試験において,対照区では調査時期にかかわらず,酸化還元電位は−200 mV前後と低位で還元的であったのに対し,スラグ施工区では−20~+100 mVと対照区と比較して明らかに高位で推移した。2週後から8週後にかけて低下傾向が見られたが,冬季(12月)に高くなっており,季節変動も見受けられた。第2回試験においても同様の傾向が継続し,スラグ施工区では−20~+100 mVと対照区と比較して高位で推移した。また,第2回試験の試験区Bおよび試験区Cにおいて酸化還元電位はほぼ同レベルであった。
第2回試験後の底質間隙水の溶存酸素濃度の結果をFig.3(d)に示す。秋季から冬季にかけて,泥およびスラグ間隙水中の溶存酸素濃度は,試験区で対照区よりも高い傾向が見られた。
3・2 直上水スラグ施工区および対照区の直上水の溶存硫化物濃度,酸化還元電位および溶存酸素濃度の測定結果をFig.4に示す。溶存硫化物は調査時期にかかわらず,スラグ施工区および対照区とも,ほとんど検出されなかった。酸化還元電位および溶存酸素濃度は夏季に低く,冬季に高くなる傾向を示したが,スラグ施工区と対照区間の差はほとんど認められなかった。

Time changes of (a) pH, (b) dissolved sulfide, (c) ORP and (d) DO in upper water in the slag construction area and the control plots. ○: control (back of bay, 100 m), □: control (back of bay, 50 m), ◇: control (back of bay, 25 m), △: control (sea side 25 m), ▽: control (sea side 50 m), ☆: control (sea side 100 m), ◎: control (sea side 244 m), ▼: A2, ■: A1, ◆: A3, ▲: B, ●: C. (Online version in color.)
鉛直方向の水質測定結果として,2012年5月および2011年12月の測定例をFig.5およびFig.6に示す。いずれもスラグ施工区と対照区の差は明確ではなかった。2012年5月の測定結果では,水深2 m前後で大きく変化しており,躍層が生じていた。溶存酸素濃度は水深2 mから下層においてほぼ無酸素状態であった。一方,2011年12月の調査では,水面から海底までほぼ同じ水質であり,海底まで溶存酸素濃度が高いことが確認された。

Vertical profiles of water temperature, pH, Eh and DO in the slag construction area and the control plots in August 2011. □: control (back of bay, 100 m), ▼: A1, ☆: control (sea side 100 m).

Vertical profiles of water temperature, pH, Eh and DO in the slag construction area and the control plots in December 2011. □: control (back of bay, 100 m), ▼: A1, ☆: control (sea side 100 m).
海底からのガス発生量の測定結果をFig.7に示す。測定時期により発生量のばらつきがあるが,対照区では,0~0.23 cm3/cm2/hで推移した。これに対し,スラグ試験区では0~0.03 cm3/cm2/hで推移し,対照区と比較して低位であったことから,底質からのガス発生量が顕著に抑制されていることが示された。

Volume of the gas generated from the bottom of the sea.
○: control (back of bay, 100 m). ■: A1, ▲: B, ●: C, ☆: control (sea side 100 m. ◎: control (seaside, 244 m). (Online version in color.)
2012年12月に採取した底質を振とうしたときの容器内ガス濃度の結果をFig.8に示す。硫化水素ガスは対照区では湾奥側で300 ppm,湾口側で1200 ppmであったのに対し,スラグ試験区では検出限界未満(<1 ppm)であった。二硫化ジメチルおよびメチルメルカプタンについても,対照区では最大70 ppmおよび10 ppm検出されたのに対し,スラグ試験区ではいずれも検出限界未満であった。このことから,底質に含まれる硫化水素などの悪臭成分が顕著に抑制されていることが示された。

Hydrogen sulfide, methyl mercaptan and Dimethyl disulfide concentration in the bottle after shaking (December 2012). (Online version in color.)
2013年2月の底生生物の種類数,個体数および湿重量の測定結果をFig.9に示す。スラグ試験区においては,環形動物や軟体動物など3~6種が確認され,個体数,湿重量はそれぞれ0.1 m2当たり500~1400個体,5~23 gであった。一方,対照区においては環形動物が1~2種,個体数,湿重量はそれぞれ0.1 m2当たり20~150個体,0.5~1 gであった。スラグ試験区Cおよび対照区(湾奥側)の水中写真をFig.10に示す。スラグ試験区Cでは写真に示すように,ユウレイボヤやスピオがスラグ表面に付着して生息している様子が観察された。

Species number, individual numbers and wet weight of macro benthos observed in and on the sediment in February 2013. (Online version in color.)

Macro benthos observed on (a) site C and (b) control plot in February 2013. (Online version in color.)
硫化水素は,無酸素状態の泥中において硫酸還元菌が有機物を分解する際,硫酸イオン(SO42−)が還元されることで生成する((1)式)13)。
| (1) |
硫化水素は水中では主に硫化水素イオン(HS−)として存在し,その一部は底質から直上水へ溶出する。
筆者らは,室内試験において福山内港の底泥に製鋼スラグを上置きおよび混合することにより,直上水と間隙水の溶存硫化物の溶出およびガスの発生が抑制されることを示した4)。この室内試験を踏まえて実施した本報の実海域試験においても,スラグ間隙水の溶存硫化物,ガス発生量の抑制効果が約2年経過後も継続することが示された(Fig.3)さらにガス中の硫化水素ガスの抑制効果も認められた。
Hayashiらは,硫化ナトリウム水溶液と製鋼スラグを反応させたあとのスラグ表面をEPMA法による元素マッピングを行い,スラグ表面部分で硫黄(S)と鉄(Fe)の分布が良く一致したことを報告している8)。さらに,反応生成物の無反射X線回折分析および放射光分析結果から,硫化鉄の生成および単体硫黄の生成が生じたと推定している8)。本研究においてもスラグから泥中にFeが溶出して(2)式および(3)式に示す硫化鉄や単体硫黄生成により底質中の硫化物抑制に寄与した可能性がある。今後,泥中へのFeの溶出の有無などを精査して明確にする必要がある。
| (2) |
| (3) |
一方,直上水では,スラグ試験区と対照区の間で溶存硫化物などの差が確認できなかった。この原因は,実海域において,潮汐流などによる移流拡散の影響が強いため,底質改善による溶存硫化物の直上水への溶出の影響が現れにくいためと考えられた。これを検証するため,2012年11月に各測定点に塩化ビニル製円筒容器(内径150 mm×高さ300 mm)を設置して底質と底層水を隔離した。12日後(2012年12月)および86日後(2013年2月)に底質から溶出する溶存硫化物濃度を検知管にて測定した.Fig.11(a)に装置の模式図を,Fig.11(b)にその結果をそれぞれ示す。対照区では湾奥側で50 mg/L,海側で6~45 mg/Lの溶存硫化物が検出されたのに対し,スラグ試験区では検出限界(<0.5)~5 mg/Lと低位であった。この結果から,前報の室内試験にて認められた底質から直上水への溶存硫化物溶出の抑制効果4)が実海域においても確認されたと言える。

Scheme of chamber equipment and results of dissolved sulfide concentration in the chamber. (Online version in color.)
今回の観測において,福山内港では,Fig.4(d)およびFig.5に示されるように,春季から夏季にかけて底層水中の溶存酸素濃度が減少(貧酸素化)し,秋季から冬季にかけて上昇することが確認された。東京湾や大阪湾などの閉鎖性海域の奥部では,夏季の水温躍層の形成により底層水が貧酸素化し,冬季の鉛直混合により酸素濃度が増加することが知られており14,15),福山内港でも同様の周年変動があることによると考えられる。
ただし,直上水の溶存酸素濃度が上昇する秋季から冬季にかけて,対照区では底質間隙水の溶存酸素濃度は増加しなかった。この理由は,対照区では,底質間隙水中に溶存硫化物が多く存在するため,海底の溶存酸素が硫化水素により消費されたためと考えられる((4)式)。
| (4) |
これに対し,スラグ区においては,底泥間隙水中の溶存酸素濃度が高くなった。これはスラグ区の溶存硫化物濃度が低いため,(4)式の硫化水素による溶存酸素消費が抑えられたためと考えられる。さらに秋季から冬季にかけて直上水の溶存酸素が上昇したが,これは上層材として用いたスラグの粒径が大きいため,スラグ間隙水と直上水の交換が比較的良いことによるものと考えられる。
4・3 冬季から春季にかけての底生生物着生冬季において,最も海側の試験区Cで生物着生量が多かった。これは,4・2で述べたようにスラグ試験区において間隙水の溶存酸素濃度が増大したこと,および冬季に浮泥の堆積厚みが減少し,スラグ表面が露出する部位が生じたため,スラグ試験区においてとくに,ユウレイボヤやスピオのように礫に付着して生息する底生生物に好適な環境が形成されたためと考えられる。2013年2月に生息が確認されたユウレイボヤは,海水をろ過して懸濁物質を除去するはたらきを有するろ過摂食者の一種であることが知られている16)。ただし,2013年3月に生物の種類数・個体数が試験区,対照区とも減少したことは浮泥の厚みが増加(新しい浮泥が堆積)することにより,底質表面が覆われたためと考えられる。
今後,底質改善エリアを広げることや下水流入負荷を下げるなどの施策により,スラグの表層が露出する期間および面積が増大することでユウレイボヤなどろ過摂食者の着生しうる面積および期間が拡大し,懸濁物の浄化能力が向上する可能性がある。
4・4 製鋼スラグによる底泥中硫化水素抑制材としての適用性前報4)および本研究により,製鋼スラグを用いた底質改善ついて,砕石などの天然材と比較し,天然材採取に伴う環境破壊を生じさせないだけでなく,天然材では期待できない硫化物固定や酸化雰囲気への改質といった化学的な効果を有することが明らかになった。
以上より,海底にヘドロが堆積した内湾部や飼料や糞などが堆積した養殖場の底質改善材として,および貧酸素水塊や青潮を引き起こす原因となる東京湾などに存在する深堀部の埋め戻し材として,製鋼スラグの有用性が示唆される結果が得られた。
硫化物を多量に含むヘドロ状の泥が悪臭問題を引き起こしている福山内港の環境改善対策として,製鋼スラグ撒布によるヘドロ中の硫化物低減技術の実海域実証試験を実施した。製鋼スラグを2011年8月に430 m2の面積に,次いで2012年7月に3510 m2の面積に施工した。施工後にスラグ試験区および対照区について底質間隙水,直上水の水質,および底質から発生するガスなどについてモニタリングした。約2年にわたる追跡調査の結果,下記の結果が得られた。
1)スラグ試験区において底質間隙水の溶存硫化物は対照区に比べて著しく低減した。また,酸化還元電位および溶存酸素の向上など底質改善効果が認められ,その効果は約2年間の調査期間において効果が継続した。スラグ試験区において,スラグからの鉄と溶存硫化物の反応により硫化鉄などの生成によるものと考えられる。
2)スラグ試験区では対照区に比べて底泥からのガス発生量が低減したほか,硫化水素ガス濃度が低減した。
3)直上水およびさらにその上層の水質についてはスラグ施工区および対照区において差が認められなかった。これは,潮汐等による移流拡散により海水が流動しているためと推察された。
4)秋季から冬季にかけてスラグ試験区において底泥間隙水の溶存酸素濃度の上昇が見られたが,対照区においては認められなかった。この理由として,試験区においては溶存硫化物による酸素消費が抑えられたこと,および直上水との海水交換が生じやすかったことが考えられる。
5)冬季から春季において底生生物の着生が認められ,とくに最も湾口側の試験区Cにおいてユウレイボヤ,スピオなどの多くの生物着生が認められた。これは,秋季から冬季にかけて底層水の海水の溶存酸素濃度が高まったこと,および堆積する浮泥厚みが減少し,一部においてスラグ表面が露出することにより,スラグ表層にユウレイボヤが着生したものと考えられる。
以上の結果より,底泥への硫化物が問題となっている海域への製鋼スラグ撒布(覆砂)による環境改善の有用性が示唆された。
実海域試験実施にあたり,施工および調査のための水域使用の許可をいただいた広島県土木部殿および東部建設事務所殿に,試験の評価にあたり有用なアドバイスをいただいた「鉄鋼スラグを活用した福山内港地区水域環境改善研究会」の広島大学教授 土田孝委員長はじめ委員およびオブザーバの方々,および調査遂行にご尽力いただいた復建調査設計殿ほかの方々に厚く御礼申し上げる。