2014 年 100 巻 7 号 p. 846-856
Analytical methods based on atomic emission spectroscopy are capable of simultaneously measuring multiple elements. They can be powerful tools in process control especially when sample preparation is simple and not time-consuming. In the present paper, elemental analytical techniques utilizing the lasers and a glow discharge emission spectrometry (GDOES) are reviewed with regards to their applications for steelmaking process control. They are different from the conventional spark discharge optical emission spectrometry (SDOES) in the atomization, the generation of plasmas and their characteristics. Accordingly, these techniques have been developed to make use of their properties in the applications for steelmaking processes. GDOES is characterized by its ability in rapid depth profiling and has been utilized in analyzing surfaces of materials including galvanized steels. Laser-induced breakdown spectrometry (LIBS), one of the main laser spectroscopic techniques, has been applied for rapid evaluation of steel defects taking advantage of laser’s pointability. LIBS is also distinguishable from other methods in its capabilities in stand-off and contactless analyses. The prospect of a direct analysis of molten steel, using lasers in particular, is also mentioned.
近年の日本鉄鋼業を取り巻く情勢の変化,とりわけ,環境問題の高まりや中国をはじめとする新興国の粗鋼生産量の爆発的な増大に曝される我が国の鉄鋼メーカーは,鉄鋼製造プロセスにおいて,今後も持続的な技術革新が必要とされている。高度成長期の飛躍的な生産量の拡大を支えてきた鉄鋼分析技術もまた,同様の状況にあると思われる。鉄鋼製造のグローバル化の潮流にあって,鉄鋼化学分析技術の世界標準化は,さらなる加速化が求められるであろうが,工程管理分析技術は,技術先進性の確保のために,より差別化の方向に向かうべく開発にしのぎを削ることも必要とされる技術分野であると考えられる。
1960年代にスパーク発光分析法,蛍光X線分析法およびC,O,N,H,Sの各種ガス成分分析法から成る工程管理分析体制がほぼ整えられ,大量生産と高い品質の維持の両立を可能とした。そこには,日本鉄鋼協会共同研究会鉄鋼分析分科会(当時)等において,多数の参加事業所が分析結果を持ち寄り,標準試料の作成を含めた分析技術上の課題を討論し検討を行ったことが背景にある。これら工程管理分析技術はその後も,たゆまない改善が行われてきた。主力のスパーク発光分析法についてみると,日本鉄鋼協会に設置された機器分析分科会(当時)による共同実験を経て,1995年にJIS G 1253(鉄および鋼の発光分光分析法)が改正され,Cの定量下限は,それまでの20 ppmから10 ppmに引き下げられた1)。また,同分科会によって鋼中Nの定量の検討も行われ,20 ppmにおいて,σ=2 ppmの精度で定量可能である2)等の成果が報告された。しかし,その後現在までの約20年間は,PDA法(パルス分布測定法)に基づいた介在物評価関連の報告がみられるものの,元素分析技術としてはほぼ完成の域に到達しているとの感もある。
一方で,ガス成分分析については多くの場合,依然として製鋼工程へのフィードバックに追随できていないという現状にあり,これらの元素を含めた高精度な迅速分析技術の開発が,鉄鋼分析分野の重要課題の一つであり続けた。また,高級鋼材製造の比率が高い国内鉄鋼業において,有価合金元素使用量の削減の観点から,これら金属元素の高精度かつ迅速な分析技術もニーズが高い。
本稿では,製鋼プロセスを中心とした鉄鋼製造プロセスの工程管理分析における課題の解決を念頭に置いて,今日までに行われた分析技術開発を,特に原子発光分光法を測定原理とした手法を中心に取り上げて概説する。
第2章および第3章では,スパーク発光分析法とは原理を異にする固体試料迅速分析技術として,開発が進められてきた,レーザー利用元素分析法とグロー放電発光分析法について紹介する。これらの手法は,各々のプラズマ生成法と生成したプラズマの特徴・特性を活用して,独自の応用展開が図られているものである。第2章のレーザー利用元素分析法については,パルスレーザーの照射によって生成したプラズマからの発光を分光分析するレーザー誘起プラズマ発光分析法(LIBS(Laser-Induced Breakdown Spectroscopy),または,LIPS(Laser-Induced Plasma Spectroscopy)と呼ばれる。本稿では,LIBSと略称する。)を中心として,原理的な研究から現場への応用を目的とした研究までを概観した。第3章では,グロー放電発光分析の基礎と表面分析への適用例や迅速元素分析への適用の可能性について述べた。最後に,第4章において,鉄鋼製造における工程管理分析技術の将来展望について述べた。
本節および次節では,LIBSの基礎と応用について概説する。
LIBSは,高いエネルギー密度を持つレーザー光を試料表面に収束照射することにより,表面近傍のガス体をプラズマ状態として,その中で試料のサンプリング,原子化,励起・電離を行う分析方法である3)。Fig.1は,二次元イメージング分光器で測定した,単発レーザー照射に対応するプラズマ発光の様子を測定したものである4)。試料は銅であり,銅の中性原子線324.75 nmとそのバックグラウンド波長位置315.0 nmで,雰囲気ガスのアルゴンの圧力を10-500 Torr(13-670 hPa)としたときの発光領域の変化が記録されている。雰囲気圧力に大きく依存して,発光領域および発光強度共に変化し,またバックグラウンド発光の位置との兼ね合いから,プラズマ部位における最適な測定位置があることがわかる。これは,プラズマの膨張現象により説明されるものであり,発光が観測されるプラズマ部位は励起衝突が活発に起こっている部位と考えられ,LIBSの最適分析条件を決める上で最も重要な情報となる。また,Fig.1では測定されていないが,大気圧(760 Torr)で同様な測定を行った場合には,発光強度が大きく減少することが報告されており5),プラズマは収縮する傾向となることが予想される。このように,レーザー誘起プラズマの諸特性の時間的,空間的分布は,レーザーの諸条件や試料の物理的性質等の他,雰囲気ガスの圧力にも影響される。雰囲気を減圧下(100−数1000 Pa)に制御したプラズマを用いる方法は,励起機構の研究に適しているだけではなく,応用面では,大気圧下でのLIBSに比較して分析特性が優れている(感度が最大となる減圧条件が存在する)という特徴も有す。一方で,鉄鋼産業に代表される素材製造の現場においてLIBSに期待される適用分野は,本法が持つ非接触で遠隔での測定,リモートセンシングが可能な測定技術を活用したオンサイト/インライン分析である。この意味では,大気圧雰囲気でのLIBSが重要な研究対象である。
Spatial distribution in the emission intensities of Cu I 324.75 nm and the background position at 315.0 nm from a laser-induced plasma excitation source, when the pressure of argon gas is varied4).
LIBSにより生起するプラズマの特性について解説する。高いエネルギー密度を有するレーザー光が固体表面に照射されると,表面近傍にあるガス体の電子密度が上昇し,電子衝突が連鎖反応として起こるため,ガス原子/分子は一部が電離して弱電離気体(weakly-ionized gas)となる。この現象をブレイクダウン(breakdown)と呼び,レーザー誘起プラズマ生成の引き金となる。それと同時に,試料表面ではレーザー光の入射により試料原子の熱蒸発が起こり,飛び出した試料原子はプラズマに取り込まれる。この現象をレーザーアブレーション(laser ablation, LA)と呼び,LIBS法において試料原子のサンプリングに利用される。レーザー光源として最も普及しているのは,Q-switched Nd:YAGレーザーである。汎用型のNd:YAGレーザーの繰り返し周波数は10Hz程度であることから,試料表面に対するレーザー照射は不連続パルス状に行われ,生じるプラズマも不連続に生成される。Fig.2は単発プラズマからの消長,発光現象を模式的に示したものである。ブレイクダウン直後に生じたプラズマ体は雰囲気ガスとの衝突を繰り返し,試料表面の直上方向に膨張する。この領域においても試料原子はさまざまな励起過程を経るため,結果として発光プラズマは空間的・時間的に不均一なものとなり,発光スペクトルの測定は単発プラズマの生起から消滅までの過渡現象を記録していると考えられる6)。Fig.3に示すように,単発プラズマから発せられる試料原子の発光強度は時間の経過と共に変化し,一般にレーザー誘起プラズマが生成された直後に最大値をとることが予想される。これはプラズマの生成初期に多量の高速粒子が高密度ガス体として生成するために,試料原子と活発に励起衝突を繰り返すことに起因している。しかし,プラズマの膨張期にも励起衝突を引き起こすガス粒子は存在するために,試料原子からの発光は観測される4)。LIBS法においては,このような時間変化を示す発光スペクトルを全過渡領域にわたり積分測定することが必ずしも良好な分析特性を与えるとは限らない。これは,ブレイクダウン直後では,高速電子が未だ多量に存在しこれがガス粒子との衝突の際に制動放射を起こし,高いバックグラウンド発光を与え,試料原子からの発光強度の測定を妨害するためである。また,高密度プラズマ体では,発光線幅の圧力拡がりや自己吸収現象により発光スペクトルが影響を受けることも問題となる場合がある。LIBS法では,時間積分測定の代わりに時間分解測定法が採用されているが,この場合重要な実験因子となるのが,Fig.3に示している測定遅延時間(delay time)と測定ゲート幅(gate width)である。信号対バックグラウンド強度比(signal-to-background ratio, SBR),信号対雑音強度比(signal-to-noise ratio, SNR),信号強度の変動等を検討して,測定対象となる試料毎に最適測定条件を決める必要がある。パルス幅が10 ns程度のNd:YAGレーザーを用いた場合,遅延時間を数1000 nsとして,その後測定を開始すると良好なSBRやSNRで発光信号が解析できることが知られている。この場合,雰囲気ガスの種類やガス圧力も重要な実験因子となることが報告されている7)。この結果は,Fig.1で示した発光の空間分布からも予想され,プラズマの膨張期に測定対象の発光線が,低いバックグラウンド強度で測定できることに対応している. LIBS法では時間分解測定が必要とされることから,高速で広い波長範囲を記録できる分光器システムが用いられる。Echelle分光器にICCD検出器を組み合わせたものがこの用途に適している。
Schematic drawing of an expansion phenomenon of plasma after irradiation of a pulsated laser shot.
Time-resolved measurement of the emission from laser-induced plasma.
LIBS法の定量下限は,例えば固体試料であれば数10~数μg/g程度であり,スパーク発光分光分析法,ICP発光分光分析法や蛍光X線分析法などの他の分析方法と比較して特に感度・精度が優れているわけではなく,市販の分析システムも少ない。しかし,LIBS法は,レーザー照射,発光の観察で分析システムが成り立つという極めてシンプルな方法であり,他の分析方法にはない特有の様々な利点を有するため,幅広い研究分野において利用されている8,9,10,11)。LIBS法のメリットを以下に示す。
①化学的前処理が不要のため,迅速で操作過程での分析元素の汚染がない
②深さ方向分析が可能
③比較的少量の試料で分析が可能
④レーザーを集光して分析するため空間分解能の高い分析が可能
⑤遠隔から非接触でその場分析が可能
⑥軽元素を含む多くの元素の分析が可能
まず,LIBSの鉄鋼業で実用化された応用例について紹介する。鉄鋼材料に発生する欠陥は,製品の品質と歩留まりに直結するため,これら欠陥の原因を特定し,欠陥の原因がどの製造工程にあるかを迅速に突き止めることは鉄鋼製造工程において極めて重要である。そのため,LIBSによる鋼板表面欠陥の迅速評価技術が開発された12)。システムの模式図をFig.4に示す。上記メリットの①~④の特徴を生かし,迅速かつ表面欠陥という鋼材の特定部位のみを評価できる可能性がある。正常部と欠陥部の分析結果を比較し,欠陥部で強く検出された特徴的な元素から,アルミナ系,スラグ系,モールドフラックス系の各非金属介在物を原因として特定でき,これらが検出されない欠陥は,残留スケール起因と判定された。Fig.5にモールドフラックス系の欠陥部を有する試料の欠陥部・健全部の深さ方向分析結果を示す。欠陥部では,亜鉛めっき層の下にモールドフラックスに特有の元素であるNaが観察されている。本法によれば,試料調整を含めて30 分以内で評価が可能であるので,製造プロセスにおいて迅速かつ的確なアクションをとることが可能となる。
Schematic diagram of LIBS system12).
LIBS profiles of Zn coated steel sample contaminated by mold flux12).
レーザーパルスを適当な時間間隔(一般にµsオーダー)をおいて2発(または3発以上)照射すると,トータルのパルスエネルギーを1発で照射するよりも強い発光強度が観測されることが知られている13,14)。この方法は,一般にダブルパルス法(または多重パルス法)と呼ばれ,LIBSの感度向上法の一つに挙げられる15)。溶鋼試料凝固後の固体鋼発光分光分析の迅速化を目的とした,ダブルパルス法の適用が検討された16)。鋼中Cの分析におけるバックグラウンド等価含有率(background equivalent content, BEC)は,シングルパルス条件よりもダブルパルス条件の方が低かった。ダブルパルス時間間隔は,2 µsのときに最も発光強度増強効果が大きかった。レーザーを予備照射した後に分析することにより,研磨工程の省略の可能性が示された。
また,溶鋼やスラグ組成のオンライン分析,スクラップ分別のための管理分析,そして溶融金属の分析に関し,近年では特に欧州諸国での技術開発が著しい11)。二次精錬スラグを24 h連続でLIBSシステムで管理する方法が提案されており17),従来法の蛍光X線分析法に比べ,5倍高速である。これら方法が実用化されれば,精錬処理をより短時間で制御でき,生産性と品質の向上が期待できる。酸化スケール被膜の付いた鋼材を剥離などの機械的前処理することなく分析可能なシステムが提案されている18)。これは,三次元で照射位置を制御し,レーザー照射によりスケール層を剥離後,連続して材料そのものの元素分析を行うシステムであり,[C],[P],[S],[Al],[Cr],[Cu],[Mn],[Mo]の定量性が検証された。更に,LIBSによるスクラップの高速識別のために,最高3 m/sの速度で試料を移動させて測定を検討した例が報告されている19)。試料の代表性を損なう汚染やスクラップ表層の異物を考慮した上で,信頼性の高い分析をより少ないレーザー照射数で実施するため,レーザー光軸を走査できるほか,ダブルパルスレーザーを利用してアブレーション量を増やす工夫がされている。これらは,いずれも実用化されているか実用化に近い位置にある。最近でも,欧州鉄鋼分析国際会議(European Committee for the Study and Application of Analytical Work in the Steel Industry, CETAS)や,欧州の石炭−鉄鋼共同プロジェクト(Research Fund for Coal and Steel, RFCS)にて,LIBSの様々な応用開発,実用化に向けた開発が進められている。その他,1 kHz以上の高繰り返しレーザーを用いたLIBS20)など,分析感度や精度,応答性の向上に向けた検討が進められている。
鉄鋼業以外の応用例として,核燃料物質中の不純物分析21,22,23)など,試料採取やハンドリングが難しい材料への応用が試みられている。また,オンサイト分析が可能なため,コンクリート構造物の強度や劣化の診断に応用した試み24,25,26,27)などが報告されている。
一方で,レーザー技術と分光技術の進展に伴い,小型化が進んでいる。マイクロチップ利用レーザーと,半導体検出器を搭載した手のひらサイズ分光器を搭載した可搬型の分析システムの開発26)が積極的に進められている。LIBSと測定対象を視認するためのRemote Micro-Imagerを組み合わせ,分析システムの重量を約10 kgまで小型化し,7 mの遠隔から元素分析を可能とした装置が火星探査機「キュリオシティ」にChemCamとして搭載された28)ことは記憶に新しい。
また,近年のレーザー技術の進展に伴い,フェムト秒レーザーなどの極短パルスレーザーを用いて,LIBSとは励起過程の異なるFIBS(Filament Induced Breakdown Spectrometry)が提案されている29,30,31,32)。レーザーを極短パルスかつ高輝度で照射すると,非線形光学効果によりフィラメント状のプラズマが生成される。FIBSはこのプラズマを利用して分光分析する方法であり,その基礎的な特性と応用研究が進められている。
2・3 溶鋼(溶銑)オンライン分析へのLIBSの応用精錬炉内の溶鋼や溶銑を直接分析するオンライン分析技術の研究開発が,1980年代国内においても精力的に行われた。オンライン分析技術は,測定原理や方式の特徴から,1)溶鋼(溶銑)湯面からの原子発光を分光分析する湯面直接発光分光方式,2)不活性ガス吹込み33)等の手段で発生させた微粒子を搬送して分析する方式34),3)反応生成ガス分析方式35),4)排ガスダスト直接分析方式36,37),5)ガス平衡分圧測定方式,6)濃淡電池方式および凝固点降下方式,に分類される。これらの各方式のなかで,1)湯面直接発光分光分析方式は,多元素同時分析性および連続モニタリング性に最大の特徴がある。
上吹き酸素吹錬時に形成される火点は,温度が2000 °C以上に達する。この火点からの原子発光をメインランス内に通した光ファイバーで分光器に伝送して,MnやCrおよびFeの発光強度を測定する火点発光分光法38,39,40,41)は,転炉精錬においてMnやステンレス中のCrの分析を目的として実機適用された。
一方,分析可能な元素についてみると,火点発光分析法では,Mn,Crの他には,蒸気圧がFeより高い,Ni,Cu,Pb等に限られる40)。これに対して,LIBSは,レーザーのエネルギーで微少量の試料を蒸発させるので,蒸気圧が低い元素でも分析が可能である。また,レーザー誘起プラズマの励起温度は,10,000 K前後に達することから,CやP等の比較的高い励起エネルギーを有す元素の発光も観測される。従って,LIBSは,これら非金属元素を含めた多元素同時分析の可能性を有す。さらに,2・2節で述べたように,LIBSの最大の特徴の一つは,試料に対して遠隔に原子化・励起エネルギーを与えることができることであり,炉内の溶融金属の直接分析への適用が早くから模索されてきた。1966年には,米国フォード社の研究者等が,高周波誘導溶解炉でステンレス鋼を溶融し,レーザーを照射して分光分析することによって,NiとCrの検量線を作成し,固体鋼の場合と比較した結果を報告している42)。
1980年代に入ると,国内でも研究開発43,44,45)が行われた。鉄鋼製造プロセスへの適用は,高炉鋳床の溶銑流の分析から検討が始められた45)。波長1.06 µmのNdガラスレーザー(パルス幅15 ns)が用いられた。主にレーザー発振器,分光器およびランスから構成される装置を,高炉の鋳床に搬入し,出銑樋の溶銑流を分析した。表面のスラグ等の不純物は,ランスからArガスを吹付けることで除去できた。Cを±0.1 wt%,Si,Mn,Pを±0.02 wt%,Sを±0.01 wt%の誤差で分析できたと報告されている。
パルス毎に測定値がばらつくので,分析精度向上のために複数のパルス照射によって得られた測定値を積算する必要がある。上述した溶銑流湯面分析の検討が行われた当時のレーザーは,パルス繰返し数が,毎秒1パルス程度であったが,1990年代に入ると,毎秒10パルス程度の固体レーザーが,比較的安価に入手できるようになり,実用的な時間内で十分なパルス繰返し数が得られるようになった。また,レーザー発振器の小型化,堅牢化が進んだ。このようなレーザー技術の進展を背景に,LIBSによる溶鋼オンライン分析の検討は,特に欧米で盛んに続けられ46,47,48,49,50,51,52,53),80tAOD炉49,50)や真空脱ガス炉51,52)内の溶鋼モニタリングの試みも報告されている。直近では,中国における実験室規模の検討例がみられる54)。LIBSによる溶鋼(溶銑)の直接分析の研究例について,Table 1にまとめた。
Analyte/ application site | Laser type and conditions | Elements, concentration ranges etc. | Transfer of the emission light from the melt surface to the spectrometer | ref. year | ||
---|---|---|---|---|---|---|
Type/ wavelength | Pulse energy/ duration | Pulse repetition rate (pulses/sec) | ||||
Molten steel in 80 t- AOD*1) | Nd: YAG 1064 nm | 300 mJ/ 10 ns | 20 | C~200 ppm | The emission light was guided through a tuyere and then transferred via 7.5 m fiber optics. | 49,50) 1991 |
Molten steel in VD*2) vessel (50 t) | Nd: YAG 1064 nm | 350 mJ/ 20 ns | 20 | Cr 0.51-15.71% Mn 0.02-1.52% Ni 0.08-3.56% | The emission light was collected by the concave mirror in the articulated arm. | 52) 2002 |
Molten steel in 100 kg- induction furnace | Nd: YAG 1064 nm (triple pulse) | 110-125 mJ/ ~16 ns | 10 | LOD C 5 ppm P 21 ppm S 11 ppm Ni 9 ppm Cr 9 ppm | The emission light was guided through vacuum lance. | 48) 2003 |
Molten pig iron in BF runners | Nd: YAG 1064 nm | 400 mJ/ ~7 ns | 20 | C 3-6% Si 0.2-1.2% Mn 0.15-0.35% | The emission light was collected by a 30 cm- diameter telescope. | 53) 2010 |
*1) Argon-oxygen decarburization converter *2) Vacuum degassing
またLIBS以外では,発光分光法ではないが,溶鋼表面上の原子蒸気層に含まれる元素の原子濃度を,原子吸光法によって測定する方法が,国内で検討されている55,56,57)。Fig.6に溶鋼原子吸光法の概念図を示す。光源として波長可変レーザー(波長半値幅約1 pm)を用いた場合,ホローカソードランプ光源の場合と比較して,分析可能な上限濃度を約200倍に上昇させる可能性が示された57)。
Distinctions between conventional atomic absorption method and “atomic absorption method for the molten steel”55).
LIBS以外のレーザー利用元素分析技術として,レーザー誘起蛍光法(本稿では,LIFS(Laser-Induced Fluorescence Spectroscopy)と略称する)とLAをサンプリング(微粒子発生)手段として利用する分析法について,以下に述べる。
(1)LIFS
LIFSは,試料を原子化し,分析目的元素の固有の遷移に共鳴する波長のプローブレーザーを照射し,励起して蛍光を誘起する手法であり,高感度と元素選択性の高さを特徴とする。
LIFSの原子化手段としては,黒鉛炉を用いた電熱気化(Electrothermal Atomization, ETA)58)によって主に溶液試料を原子化する方法が一般的であるが,LAを原子化手段とすれば,固体試料を直接分析でき,迅速分析としての応用も可能となる。LAと組み合わせた方法(以下,LA-LIFSと記す)に関する研究もいくつか報告されており59,60,61,62),総説もみられる58,63)。
従来,LA-LIFS研究に関する報告の多くでは,金属元素を検出対象としていた。これに対して,鉄鋼製造プロセスにおいて分析ニーズの高い,PやCといった非金属元素のLIFSによる検出例は非常に少なかった。PやC等と多くの金属元素との違いは,PやC等の場合,基底準位を下位準位とする共鳴線の波長が金属元素よりも短い波長域にあり(<200 nm),励起レーザー光を,固体の非線形光学素子を用いた簡便な高調波生成では得難いことである。そこで,基底準位に対してある程度の高さにある,準安定準位を下位準位とする遷移を励起遷移とする検討が行われた。
鉄鋼中PのLA-LIFSによる測定に関する研究の始まりは,1992年の文献64)にみることができる。214.91 nm((4s)2P→(3p)3 2D)の遷移で共鳴励起することによって,255.328および255.493 nm((4s)2P→(3p)3 2P)の蛍光が検出された。P0.103 mass%において,SNRは,8.7であり,LIBSに対して顕著な改善がみられた。検出下限は0.0012 mass%と見積もられた65)。
これとは逆に,253.40から255.49 nmにある各遷移を励起遷移とし,(4s)2P→(3p)3 2Dの遷移による蛍光を検出する検討の結果,255.49 nmを励起波長とした場合に,目的とするPの蛍光,PI213.61 nmおよびPI214.92 nmの選択性が,最も高いスペクトルが得られた(Fig.7)66,67)。関係するP原子の遷移をFig.8に示す。アブレーションレーザー(波長1064 nm,フルーエンス17 J/cm2)と選択励起レーザーのパルス間時間間隔は60 µsのときに,最も高いS/Nが得られた。鉄鋼標準試料の分析結果をFig.9に示す。P含有率72および170 µg g−1におけるP定量の相対標準偏差(n=3)は,それぞれ5.6および12.8%であった。バッググラウンドノイズの3σから評価された検出下限は5.4 µg g−1であった。
Spectra of LA-LIFS with steel containing 350 μg/g of phosphorus. Upper trace and lower trace are obtained with and without excitation laser, respectively in every frame. Excitation wavelengths are (a) 253.40 nm, (b) 255.33 nm and (c) 255.49 nm66).
Schematic diagram of energy levels for phosphorus. Heights of the levels are not scaled. Wavelengths are in nm66).
Calibration curve for phosphorus in steel with LA-LIFS66).
鉄鋼中Cに関しては,準安定準位(2p)2 1S0を下位準位とする247.85 nm((2p)(3s)1P1→(2p)2 1S0)の遷移を励起遷移として,193.09 nm((2p)(3s)1P1→(2p)2 1D2)の蛍光を検出する検討が行われた68)。尚,CI247.85 nmにはFeイオンの遷移,FeII((3d)6(4p)→(3d)6(4s))が,波長差0.001 nmでほぼ重なっているが,この遷移によるレーザーの吸収は,プラズマ生成後比較的早い段階では顕著であったが,時間の経過とともに低減したため,適当なパルス時間間隔を設定することにより,Cの励起に対するFeイオンの妨害は無視することができることが確認された。鉄鋼標準試料を分析した結果,C含有率とCI193.09 nmに誘起される蛍光強度との間に良好な直線相関が認められた。
ここに述べたPやCのLIFSにおいては,準安定準位にある原子を励起するため,基底準位から励起する通常のLIFSに対して,高感度検出において不利な面がある。鋼中PやCの測定へのLA-LIFSの適用において着目すべきは,むしろLIFSの選択性である。例えば,鉄鋼のLIBSで得られるスペクトルでは,PI214.92 nmの発光線は,Fe等のスペクトルに埋もれて,微量分析には使用することができない67)。これに対して,LA-LIFSはその選択性の高さから,PI214.92 nmを分析線として用いた定量も可能となる。
(2)LAをサンプリング(微粒子発生)手段として利用した分析法
LIBSとは,レーザーをプローブとして用いる点で同様であるが,LIBSにおいてレーザー照射操作が試料の融解気化,絶縁破壊によるプラズマ形成による励起発光の一連のプロセスを担っているのに対し,レーザーの役割を試料の融解気化による微粒子生成のみ,すなわちLAのみに特化し,微粒子の元素組成をICP-AESやICP-MSで実施する分析方法が提案されている。鉄鋼材料への応用として,LAとICP-AESを組み合わせたシステムを構築し,鉄鋼中の主要な微量成分を迅速に定量できることを実証し,更に赤熱鋼塊の成分分析や鋼板表面の欠陥原因特定に応用した検討69)が報告されている。分析システムの図をFig.10に示す。更にLAとICP-MSを組み合わせたシステムでは,プラズマ内に導入される試料の絶対量を正確に見積もり,かつ選択蒸発がないことを確認した上で,BやPなどの軽元素からPbなどの重元素まで数100 µg/g~サブµg/gのレベルでの定量分析を可能としている70)。LAにICP-AESやICP-MSを組み合わせた分析方法は,鉄鋼業だけでなく,環境,半導体71)や地質学分野72)などで幅広く利用されている。
Schematic diagram of the laser-ICP-AES system69).
グロー放電発光分析(glow discharge optical emission spectrometry, GDOES)は,グロー放電プラズマを試料原子のサンプリング/原子化/励起源とする,固体試料の直接分析法である。はじめに,グロー放電により生起するプラズマの特性について解説する。グロー放電は,数100 Pa程度の減圧雰囲気下で数100 Vの電圧を印加すると発生する自己安定型の定常放電である73)。直流印加の場合には,その生成範囲は数100 V/数10 mAである。Fig.11はグロー放電プラズマを模式的に示したものである。グロー放電では,電極間に印加された電圧は,陰極表面付近に生成する陰極暗部に局在して分布する。これを陰極降下(cathode drop)と呼び,電圧降下が起こる空間領域が陰極暗部(cathode dark space)である。また,陰極暗部の外側には負グロー部(negative glow)と呼ばれる発光ゾーンが存在する。グロー放電発光分析では,負グロー部に取り込まれた試料原子がガスプラズマ中で電離・励起衝突を受け,その後脱励起する際に放出される発光線を分光検出する。グロー放電では負グロー部には殆ど電場勾配がない。このような構造を取る理由として,減圧雰囲気の場合は正イオン粒子と比較して電子の移動度が大きいため電場分布が不均一となることが挙げられる。アーク放電やスパーク放電とは異なり,グロー放電では正陰極間に全面的な絶縁破壊が起こるわけではなく,見かけ上高い電気抵抗が維持される。グロー放電におけるプラズマへの電子供給は,ガスイオンが陰極表面に衝突する際に放出される二次電子によるものが多数を占め,陰極表面が加熱されることにより発生する熱電子の寄与が少ないとされている。このことは,放電を維持する電子の大多数を熱電子に因っているアーク放電やスパーク放電との本質的相違点である。グロー放電プラズマへの試料導入過程は,負グロー領域で電離生成したガスイオンが,陰極暗部で陰極降下電圧により加速され試料表面に衝突し,その際解放された運動エネルギーにより試料最表面の原子が飛び出す現象を利用する。これを陰極スパッタリングと呼ぶ。試料の導入量を支配する因子は,スパッタリング収率として実測されるものであり,入射イオンの種類や加速電圧等に依存するが,試料の熱的性質との直接的な相関はない。一方,アーク放電やスパーク放電では試料導入が試料原子の熱蒸発によって起こるため,その融点や蒸気圧等により導入効率は試料毎に大きく変化する。
Schematic diagram of the structure of glow discharge plasma, together with the voltage distribution over the plasma.
グロー放電発光分析のために最も普及している光源は,Grimm型と称される中空陽極−平板陰極型放電管である74)。Fig.12にこの放電管の構造を示す75)。内径4-8 mmの中空陽極に平板試料を陰極として0.2-0.5 mm程度の電極間隔で取り付け,放電管内部に数100 Paのアルゴンガスを導入した後,数100 Vの直流電圧を印加すると放電プラズマが生起する。このプラズマは阻止型グロー放電(obstructed glow)であり,負グロー部が陰極の表面全面に近接して局在し,この部位で試料原子の励起・発光が起こる73)。持続型定常放電によるプラズマであり,発光強度は極めて安定であるため高精度の定量分析に適している。一般に,発光はプラズマ長軸方向から取り出し,測定装置は多元素同時定量,複数の発光線の同時計測ができる分光システムが用いられる。ポリクロメータと光電子増倍管を用いた分光器が通常用いられる。
Grimm-style glow discharge plasma excitation source75).
グロー放電プラズマでは,試料原子は陰極スパッタリングによりその表面から深さ方向に順次サンプリングが進行するため,GDOESは表面分析法としての展開がなされている。さらに,超高真空を必要としないため迅速分析が可能であり,特に工業製品の製造サイトにおいて運用できる表面評価に幅広く適用がなされている。鉄鋼製造業においては各種表面皮膜の解析に応用され,特に我が国の主力鋼種である自動車用めっき鋼板の工程管理分析に用いられてきた76)。鋼板の表面評価のほか,さまざまな表面皮膜の分析が報告されており,既に成書に集録されているので参照されたい77)。またGDOESによる表面皮膜の定量方法については,その一般的手順がISO規格に制定がなされており78),鋼板亜鉛めっきの深さ方向分析に関しては具体的な手順が成文となっている79)。本報では,GDOESによる表面分析への適用に関して,最近発表された論文から1例を紹介する。Fig.13は,窒素マイクロ波放電プラズマにより鋼板上に生成した窒化層を深さ方向に分析した結果を示したものである80)。一般に,depth profileと呼ばれるものであり,表面からバルク領域への元素濃度の変化を測定したもので,表面薄膜を解析するために最も重要な情報となる。この結果よりマイクロ波放電プラズマの出力が600 Wの場合には表面層に窒素が殆ど観測されないのに対して,出力を700 W,800 Wと増加することにより窒素濃度の分布が認められ,数µm−10 µmの窒化層が生成して成長する様子が推察できる。さらに,窒化層は表面側のFe4N窒化物相とバルク金属界面の窒素原子を固溶限程度まで含むγ鉄相の2層構造を持つことがわかる。GDOESは,このようなµmオーダの膜厚を持つ表面皮膜の解析を数分程度で完了することができるため,工業用途の表面薄膜の迅速分析に適する手法である。
In-depth elemental profiles of nitrided layer on a steel substrate obtained in glow discharge optical emission spectrometry. The samples are prepared using a nitrogen microwave-induced plasma source at microwave powers of 600, 700, or 800 W80). (Online version in color.)
現行の鉄鋼分析では,グロー放電発光法は表面分析に主に用いられているが,その開発初期には発光分析の新しい励起源としての研究が盛んに行われ,さまざまな試料の定量分析への応用が展開された。その詳細については成書に纏められている81)。アーク放電やスパーク放電発光法と比較した場合には,プラズマの安定性,バックグラウンド強度,マトリックス効果においてグロー放電発光法が優れた特性を有していることが認められている。高周波グロー放電およびパルスグロー放電プラズマの発光励起源としての研究は継続して行われており,分析感度/精度がさらに改善できることが報告されている82)。製鋼現場で現在使用されている,スパーク放電発光分析法に代替できる定量分析法として,その研究展開が期待されている。
以上,レーザーを利用した原子発光分光法,およびグロー放電発光分析法について,原理と鉄鋼業における応用例を概説した。工程を管理するための分析方法は,品質保証だけでなく,副原料添加量・タイミング最適化などの既存プロセスの操業改善や,新商品開発における新規管理指標付与,工程能力と成品歩留りの向上において非常に重要であり,我が国の鉄鋼業の国際競争力に直結する重要な要素である。一方で,プラズマを利用して発光分光する分析方法,いわゆる原子発光分光法は,固体試料を迅速に,かつ多元素を同時に分析することが可能であることから,鉄鋼業,特に鉄鋼製造のプロセス管理分析と親和性が高いことは,スパーク発光分光分析法や誘導結合プラズマ発光分光分析法,そして本論でも取り上げたグロー放電発光分光分析法が長年に渡って,鉄鋼製造工程管理分析の主力分析法の座についていることからも疑念の余地はない。しかし,現在のところ,あらゆる試料や分析成分の含有量に適用できる万能な分析方法は存在しない。そのため,原子発光分光法の利用範囲を拡大していくには,まず手法の特性を深く理解した上で,測定したい対象試料の種類や形状,元素種や化学状態,必要な分析感度,精度を明確にした上で,最適なプラズマ種の選択とプラズマ生成条件,試料導入方法およびその条件,発光の伝達や分光方法,検出方法を選択し,また不足があれば新規に研究開発,改良することで,利用用途に適した分析システムを構築することが重要である。
また,原子発光分光法の中でも,本論で取り上げたLIBS法をはじめとするレーザーをプローブとして用いる分析法については,他の原子発光分光法と一線を画す差異として遠隔分析可能性が挙げられる。その特徴を生かし,特に分析装置を接近させることが困難な溶鋼などの高温溶融金属のリアルタイムでの成分含有量変化の追跡可能性を秘めた分析方法として,30年以上前から様々な検討がなされてきたことについては,2・3節で述べた。しかし,振動や高温など厳しい環境の下では,分析精度や安定性,メンテナンス性などの様々な課題により,定常的に実用化することは困難であったと言わざるを得ない。一方で,近年のレーザーや分光器については,小型化,堅牢化(機器の耐環境性や長寿命化)の進展が著しく,20年前,10年前に分析機器の問題で解決できなかった課題については,現在の最新技術をもって挑めば,ハードルはより低くなっていると想定される。すなわち,最新の機器を用いた分析システムを構築することにより,技術の実用化可能性はより大きくなったのではないだろうか。近年,欧州でLIBS技術が見直され,大々的に実用化に向けた応用研究が進められている背景にあるのは,この様な周辺技術の進展にあると筆者らは想定している。我が国の鉄鋼業においても,製鋼工程など高温プロセスの研究者,設備技術者と分析技術研究者がより深く連携し,レーザーをプローブとして用いる分析法の特長を生かした分析応用技術を実用化することを通じて,我が国の鉄鋼業の有する国際競争力の更なる維持向上を進めていくことに期待したい。