鉄と鋼
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論文
焦電結晶を用いた小型元素分析装置
今宿 晋大谷 一誓河合 潤
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2014 年 100 巻 7 号 p. 905-910

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Synopsis:

We have recently realized an electron probe microanalyzer (EPMA) and cathodoluminescence (CL) spectrometer with a palm-top size chamber including the electron source and the sample stage using a pyroelectric crystal as the electron source. In the present study, we carried out microanalysis and elemental mapping using the portable EPMA and CL spectrometer. As for the portable EPMA, the electron beam bombarded a sample and the wall of the stainless steel chamber due to using a LiTaO3 single crystal with a cuboidal shape. The electron beam was focused on the sample by setting a metal needle on the pyroelectric crystal and covering the needle holder with an insulating material. The spot size of the focused electron beam was 300 μm. We succeeded in elemental analysis in micro-scale region using the focused electron beam. The portable EPMA can also detect light elements such as Mg, Al and Si by introducing the X-ray detector into sample chamber. The portable CL spectrometer can detect ppm order of rare-earth elements in a mineral ore. The portable CL spectrometer can also perform an elemental mapping of rare-earth elements by capturing a CL image with CMOS camera.

1. 諸言

焦電結晶は,単位格子内で正負の電荷の重心が一致せず,自発分極をしている強誘電体である。温度変化に伴い,その自発分極の大きさが変化し,結晶表面が帯電する。大気中では大量に存在する浮遊分子によって帯電は速やかに解消されるが,真空中では浮遊分子が少ないため,帯電が解消されるまでに数分程度の時間がかかり,その間電場が生じる。この電場によって,雰囲気中の浮遊電子が加速され,電子線が発生する。例えば,1 Paの真空中で3 mm×3 mm×5 mmの焦電結晶に100 °C程度の温度変化を与えると,50 keVのエネルギーを持つ電子線を発生させることができる。この原理を利用して,Brownridgeは電子線を金属ターゲットに衝突させることでX線が発生することを最初に報告した1)。その後,X線発生装置2,3,4,5),蛍光X線分析のためのX線源6),イオンビーム発生装置7,8),質量分析装置のイオン化源9),中性子発生装置10,11)などに焦電結晶を用いる研究が行われている。焦電結晶をはじめとした帯電現象を利用したX線発生は,1 Pa付近の真空度で最もX線強度が大きい2,12,13,14)ので,試料室内は小型ロータリーポンプで到達する真空度で十分である。そのため,焦電結晶を用いれば,従来よりも小型で携帯できる装置の実現が可能となる。筆者らは,現場に直接持ち込んで測定できる簡易分析用装置としての応用を目的として,焦電結晶を用いて発生した電子線を試料に照射することで発生する特性X線を分析する小型電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)15,16,17)と,電子線を試料に照射することで発生する可視光を分析する小型カソードルミネッセンス(CL)装置18,19)を製作した。本研究では,これらの小型分析装置を用いて微小領域の元素分析および同時元素マッピングを行ったので報告する。

2. 実験装置

Fig.1に小型EPMAの写真と模式図を示す。装置の詳細はすでに報告15,16,17)しているので,ここでは概略を述べる。焦電結晶にはxy方向がそれぞれ6 mmでz軸方向が5 mmの角柱のタンタル酸リチウム(LiTaO3)の単結晶を用いた。焦電結晶の温度制御はペルチェ素子を用い,測定前に120秒間110 °Cに加熱し,その後ペルチェ素子の電源を切って180秒間で35 °Cまで冷却し,冷却中の180秒間X線の測定を行った。クイックカップリングに開けた直径10 mmの穴の上からカプトンテープを貼り付けたX線取り出し窓に向けてシリコンドリフト検出器 (Radiant Detector Technologies LLC, Vortex-EX)を窓から1 mm離して設置することで,発生したX線を測定した。真空度は0.1 Paとし,試料には二酸化マンガン(MnO2)および二酸化チタン(TiO2)粉末を用いた。また,軽元素を分析する際は,Si-PIN検出器(Amptek, X-123)を試料室内に導入して,真空中でX線の検出を行った。

Fig. 1.

 (a) Photo and (b) schematic view of the portable EPMA. PEC, S, SH, PD, PIT, XD, QRC, MR, and VP denote pyroelectric crystal (LiTaO3), sample, sample holder, Peltier device, Polyimide tape (Kapton tape), X-ray detector, quick release coupling, metal rod, and vacuum pump, respectively.

Fig.2に小型CL装置の写真と模式図を示す。試料室内の構造は小型EPMAと同じであるが,試料からの発光を検出するために,光ファイバーを試料室内に導入した。光ファイバーの他端は小型分光器(Ocean Optics,USB2000+)に接続し,測定前に120秒間125 °Cに加熱し,その後ペルチェ素子の電流方向を切り替えることで−25 °Cまで60秒間で冷却した。冷却中の60秒間スペクトルの測定を行った。測定中,真空度は1 Paとし,ジルコン鉱石の粉末を試料として用いた。また,汎用型走査型電子顕微鏡(SEM)(JEOL, JSM-5610LVS)の電子銃を電子源として,上述の光ファイバーと小型分光器を用いてジルコン粉末のCLスペクトルの測定も行った。得られたスペクトルについては,検出器(全ピクセル数:2048ピクセル)からの信号を11ピクセル分ずつ足し合わせてプロットした。CL像を撮影する場合は,光ファイバーの代わりに小型CMOSカメラ(Keiyo, SNK-42)を試料室内に導入した。電子線を照射中,動画撮影を行い,発光した瞬間の画像を取り込んだ。得られた画像には特別な処理は行っていない。試料にはフッ化ルテチウム(LuF3)およびフッ化ホルミウム(HoF3)の粉末を用いた。

Fig. 2.

 (a) Photo and (b) schematic view of the CL spectrometer. OF and OS denote optical fiber and optical spectrometer, respectively.

3. 実験結果および考察

3・1 小型電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)

小型EPMAを用いて得られた二酸化マンガン粉末のEDXスペクトルをFig.3に示す。180秒間で10000カウント程度の試料由来のMnのK線が検出された。試料由来の特性X線以外にもCr,Fe,NiおよびCuのK線が検出された。これらのピークの中でCr,FeおよびNiは試料室壁面のステンレス由来のピークであり,Cuは真鍮製試料台由来のピークである。この結果,電子線が試料だけでなく試料室の壁面まで照射されていることがわかった。電子線が照射されている様子を蛍光板を用いて測定したところ,Fig.4(a)のようになり,試料全体が発光しており,試料台の端まで強く発光していることから,試料台だけでなく,その外側にも電子線が照射されていることがわかる。そのため,本装置では,Cr,Fe,NiおよびCuが妨害元素となり,今回のようにマンガンを分析した際,試料中に少量しかマンガンが存在しない場合はCr Kβ線およびFe Kα線によってマンガンの検出が困難となる可能性がある。そこで,試料室に樹脂製のクイックカップリングを用い,試料台を炭素製に交換して測定したところ,試料由来の元素のみが検出され,Cr,Fe,NiおよびCuの分析も可能となった。

Fig. 3.

 EDX spectra of MnO2 powder with and without the metal needle on the LiTaO3 crystal of the portable EPMA.

Fig. 4.

 Photos of a fluorescent screen during the bombardment of electrons. (a) Metal needle not on the LiTaO3 crystal. (b) Metal needle on the LiTaO3 crystal and the needle holder covered with high-vacuum grease.

ステンレスおよび真鍮由来の元素の検出を防ぐ別の方法として,焦電結晶上に金属製の針を立てることで,電子線を試料上に集束させることを試みた。具体的には,焦電結晶上に針を固定するための金属製の台を貼り付け,その台の上に金属製の針を立てた。金属製の針には直径0.2 mmの金線を5 mmにニッパーで切断したものを用いた。この場合,針の先端だけでなく金属製の台の表面からも電場が発生して,金属製の針を立てていない場合と同様に,ステンレスおよび真鍮由来の元素が検出された。そこで,金属製の台表面からの電場の発生を防ぐために,絶縁性のグリース(真空グリース)で金属製の台表面を覆った(Fig.5)。このとき,得られた二酸化マンガン粉末のEDXスペクトルをFig.2に示す。針の先端と試料間だけに電場が発生し,試料上に電子線が照射された結果,ステンレスおよび真鍮由来の元素(Cr,Fe,Ni,Cu)が検出されなくなり,試料の由来のMnのK線だけが検出された。蛍光板を用いて電子線が照射されている領域を撮影したところ,Fig.4(b)のように試料の一部だけに電子線が照射され,そのスポットサイズは300 μmであった。本研究では,針の先端と試料の距離を3 mmとした。針の先端と試料の距離を1 mmにすると電子線のスポットサイズは270 μmになり,針の先端と試料との距離が大きくなるのに従って線形的に電子線のスポットサイズが大きくなり,8 mm離したときスポットサイズは500 μmとなった。また,針の先端と試料間の距離が1~2 mmのとき,電子線が安定して発生せず,3 mm以上では安定して電子線が発生した。そこで,本研究では,安定して電子線が発生し,かつスポットサイズが小さかった3 mmに針の先端と試料間の距離を設定した。また,直径が0.05 mmの金線や先端曲率半径が1 μm程度のタングステン製の針に金を蒸着した針を用いて同様の実験を行ったところ,電子線のスポットサイズに大きな変化はなかった。このことから,針の先端曲率半径は電子線のスポットサイズと関係がないと言える。次に,Fig.6(a)のように,中心に二酸化チタン粉末を配置し,中心から500 μm離れた領域に二酸化チタン粉末を囲むように二酸化マンガン粉末を配置し,二酸化チタンが存在する領域に電子線を照射したところFig.6(b)のようにTiのK線だけが検出された。この結果,本装置を用いて,直径500 μmの領域の元素分析が可能であることがわかった。

Fig.5.

 Photo of a metal needle (MN) on the LiTaO3 crystal (PEC). HVG denotes high-vacuum grease.

Fig. 6.

 (a) SEM image of a sample (TiO2 and MnO2 powder). (b) EDX spectrum of the sample by bombarding the focused electron beam on TiO2 powder with the portable EPMA.

電子線を集束させることができた小型EPMAを用いて,軽元素の分析も行った。AlやSiなどの軽元素の特性X線は大気によって吸収されるために,X線検出器を試料室内に導入して,真空中でX線の検出を行った。その際,試料にSiが含まれていない場合もSiのK線が検出された。針を固定する台の帯電を防ぐために用いた絶縁性グリース中にSiが含まれており,試料から発生したX線が絶縁性グリースに照射されて,Siの蛍光X線が発生したことが原因であると考え,絶縁性グリースの上にPPC用紙(厚さ:85 μm)とカプトンシート(厚さ:25 μm)を載せたところ,Siを含まない試料ではSiのK線が検出されなくなった。この改良によって,Siの分析も可能となったので,製鋼スラグの分析を行った。本研究で測定した製鋼スラグには,Mg,Al,Si,Ca,MnおよびFeが含まれていることを過去の研究で確認している20)。得られたEDXスペクトルをSEMの電子銃を用いて電子線を照射した際のEDXの結果と併せてFig.7に示す.SEMの電子銃を用いた分析では帯電防止処理を行わない場合,試料表面の帯電によって,Mn およびFeが検出されなかったため,試料表面に希釈イオン液体を塗布する帯電防止処理を行っている20)。小型EPMAでは帯電防止処理を行わなくてもMn およびFeを検出することができた。これは,小型EPMAを用いた場合,焦電結晶と試料間に発生した電圧(最大45 kV15))が,SEMの電子銃を用いた分析時の加速電圧 (15 kV)よりも大きく,試料が帯電してもMnおよびFeの特性X線の計測に与える影響が少ないためと考えられる。さらに,製鋼スラグ中に含まれるAlおよびCaを検出することができた。測定に用いた検出器の分解能がSEMの電子銃を用いた分析に用いた検出器の分解能より悪いために,ピークの分離ができていないが,MgおよびSiによるピークも検出することができた。

Fig. 7.

 EDX spectrum of a steelmaking slag with the portable EPMA of which X-ray detector was introduced into the sample chamber and with SEM-EDX analyzer. The measurement duration of SEM-EDX analysiswas set to 300 s.

3・2 小型カソードルミネッセンス(CL)装置

カソードルミネッセンス(CL)現象とは,絶縁体あるいは半導体に電子線を照射すると可視光域の発光が見られる現象であり,特に希土類元素が含まれる場合強い発光を示す。発光強度と元素の濃度に相関がないため,定量性はないが,ppbレベルの濃度で存在する元素の検出が可能である。従来用いられているCL装置は,SEMの電子銃を電子源に用いているため,装置は大型で携帯することができない。本研究では,焦電結晶を電子源に用いて,現場に直接持ち込んで測定することができる小型CL装置を製作した。分析例として,鉱石(ジルコン)中に含まれる希土類元素の分析を行った。Fig.8(a)に小型CL装置を用いて得られたジルコン粉末のCLスペクトルを,Fig.8(b)にSEMの電子銃を用いて得られたジルコン粉末のCLスペクトルを示す。SEMの電子銃を用いた場合のCLスペクトルと比較すると,どちらの場合もEr3+(405, 521 nm),Tm3+(450 nm),Tb3+(416, 489 nm),Dy3+(489, 577 nm)およびSm3+(565, 615 nm)によるピークが検出された。また,誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)により測定したジルコン中には,Sm,Tb,Tm,Dy,Erがそれぞれ2.2,4.5,40,60,130 ppm含まれていた。この結果,今回製作した小型CL装置は,SEMの電子銃を用いたCL装置と同程度の精度で鉱石中に含まれている数ppmから数百ppm程度含まれる希土類元素を検出できることがわかった。

Fig. 8.

 CL spectra of zircon powder obtained with (a) the portable CL spectrometer and (b) SEM-CL spectrometer. Peaks of both spectra were indexed by reported literatures21,22,23).

Fig.4(a)に示したように,角柱の焦電結晶を用いた場合は,広い領域に電子線を照射することができる。そこで,いくつかの元素が偏在する試料の広い範囲に電子線を照射すれば,発光色の違いから一度の電子線照射で広範囲にわたって元素イメージングを行うことが可能になると考えた。本研究では,試料にフッ化ルテチウム(LuF3)およびフッ化ホルミウム(HoF3)の粉末を用い,これらの粉末をカーボンテープ上に貼り付け(Fig.9(a)),発光色の違いから2つの粉末を識別できるか検討した。小型分光器を用いて,フッ化ルテチウムおよびフッ化ホルミウムの粉末のCLスペクトルを取得したところ,フッ化ルテチウムは544 nmから644 nmにかけて強いピークがいくつか存在し,フッ化ホルミウムは651 nm付近に強いピークが存在していた(Fig.10)。544 nmから644 nmの波長は緑色,黄色および橙色に対応し,651 nmの波長は赤色に対応する。小型CL装置を用いてFig.9(a)に示す試料に電子線を照射して小型カメラで得られた画像をFig.9(b)に示す。フッ化ルテチウムは橙色に,フッ化ホルミウムは赤色に発光した。Fig.10の結果から,Fig.9(b)における橙色と赤色の発光はそれぞれフッ化ルテチウムおよびフッ化ホルミウムの発光に対応していると考えられる。この結果,今回製作した装置を用いてCL現象による可視光発光を利用した広範囲にわたる同時元素マッピングが可能であることがわかった。

Fig. 9.

 (a) Photograph of LuF3 and HoF3 powders before bombardment with electrons. (b) CL images of LuF3 and HoF3 powders with the portable CL spectrometer equipped with a CCD camera.

Fig. 10.

 CL spectra of LuF3 and HoF3 powder obtained with the portable CL spectrometer.

4. 結言

本研究では,焦電結晶を用いた小型電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)および小型カソードルミネッセンス(CL)装置を製作した。小型EPMAについては,角柱の焦電結晶を用いた場合,試料の特性X線以外に試料室の壁面(ステンレス)および試料台(真鍮)由来の特性X線(Cr,Fe,Ni,Cu)も検出された。焦電結晶上に金属製の針を立て,針を支持する台表面を絶縁性物質で覆うことで,電子線を試料だけに照射することができるようになった。このとき,電子線のスポットサイズは300 μmであり,この集束した電子線を用いて直径500 μmの領域の元素分析を行うことができた。さらに,X線検出器を試料室に入れ,針を支持する台表面を覆うために用いた絶縁性グリースから発生したSiの蛍光X線が検出器に届かないようにすることで軽元素の検出も可能になった。現段階では電子線の照射位置を調節することができないが,試料台に可動ステージを取り付ければ,線分析を行うことが可能であると考えている。小型CL装置については,鉱石中に数ppm~数百ppm含まれる希土類元素をSEMの電子銃を用いたCL装置と同程度の感度で検出することができた。また,CL現象による可視光発光を小型カメラで撮影することで,広範囲にわたる同時元素マッピングを行うことができた。CL現象による発光強度と元素の濃度には相関がないため,標準物質などの測定データなしで定量的な評価を行うことはできないが,CL現象は絶縁体あるいは半導体で生じるため,本研究で製作した小型CL装置を鉄鋼材料中の介在物の位置を特定する定性的なマッピングに利用できる可能性がある。さらに,本研究で製作した小型EPMA装置と組み合わせれば,定性的なマッピングで介在物の位置を特定し,その位置に集束した電子線を照射すれば,介在物の元素分析を行うことができると考えている。

謝辞

本研究において,小型EPMAは旭硝子財団,小型CL装置は日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B)(課題番号24760616)の援助により行われた。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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