鉄と鋼
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復刻論文
「TRIP鋼について(田村今男:鉄と鋼,56(1970),No.3,pp.429-445)」の論文紹介
土山 聡宏
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2014 年 100 巻 9 号 p. R20-R21

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【選定理由】

オーステナイト相を含む鋼が変形に伴い徐々にマルテンサイト変態を生じると,それに伴う加工硬化によって高加工域での局所的なひずみの集中(ネッキング)が抑制され,著しく大きな塑性変形を示すことがある。このように加工によってマルテンサイト変態が誘発される現象を加工誘発変態*,それによって発現する大きな塑性変形を変態誘起塑性(transformation-induced plasticity:TRIP)と呼んでいる。そして,このTRIPを利用して強度−延性バランスを意図的に向上させた鋼がTRIP鋼である。1960年代にZackayら1)によって開発された高合金綱(代表的組成:Fe-9%Cr-8%Ni-4%Mo-2%Si-2%Mn-0.3%C)をはじめとして,最近では準安定なオーステナイト組織を有するオーステナイト系ステンレス鋼や,オーステンパー処理により微細な残留オーステナイトを分散させた低合金綱に対してもTRIP鋼の名称が使用されるようになった。自動車の軽量化と衝突安全性の観点から,使用される鋼板にさらに優れた強度−延性バランスが追求されている昨今,鉄鋼材料におけるTRIP現象の利用はたいへん重要な技術課題であり,今後もいっそうそれに関する研究が盛んになっていくことは間違いない。

本解説論文は,我が国においてTRIP現象の研究を先駆けて実施された京都大学 田村今男先生の研究成果を,「鉄と鋼」の誌面を通して国内の鉄鋼研究者に広く周知したものである。本稿ではまず,加工誘発マルテンサイト変態の原理について述べられており,マルテンサイト変態の駆動力と応力の作用の説明がなされている。そこでは,Patelら2)により提案された機械的仕事量の定量化に関する考え方や,それに追従する研究も複数紹介されている。また当時の研究の事例としては,加工誘発変態に及ぼす化学組成の影響,すなわちオーステナイトの化学安定性に関する議論,加工誘発マルテンサイトの形態に関する組織学的調査例(例えばFig.1),応力−ひずみ曲線とその定量的評価法,各種TRIP鋼の引張特性とそれに及ぼす温度,ひずみ速度,オーステナイト粒度の影響など,実に幅広く記載されている。Zackayら1)の研究に関してはとくに詳細な解説がなされており,具体的なデータを数多く掲載することで原著を知らない研究者にもその内容が理解できるよう工夫されている。そして最後に今後の展望として,TRIP鋼の実用化,用途および発展の方向性について田村先生のお考えが記述されてある。

Fig. 1.

 Fe-28・7%Ni-0・26%Cオーステナイトを−11°Cで34%引張加工したときの光学顕微鏡組織。(a)(b)は視野の相違 ×400(1/2)

本稿を通してたいへん驚かされることは,(実は著者の誕生年である)40年以上も前に議論されていた内容が,現在の議論の内容と本質的に何も変わっていない点である。電子顕微鏡やEBSDの普及により近年顕著な発展を遂げた結晶学や3次元構造解析といった分野を除けば,今まさに学会で議論となっているポイント,例えばオーステナイトの安定性や相応力分配挙動などの考え方に関するエッセンスが全て含まれているといっても過言ではない。現在TRIP鋼の研究に携わる者で,もし本解説をまだ読まれていない方がおられたならば,すぐに目を通し,この時代にすでに現在の基礎概念が完成されていたことを理解すべきであろう。

本解説のむすびには,当時京都大学の助教授を努めておられた時実正治先生,そして博士課程の学生として本研究に多大なるご貢献をされた牧正志先生に対する感謝の辞が述べられている。牧先生には,今回の鉄と鋼100周年記念特集号に「鋼の加工熱処理の変遷と今後の動向」の題目でレビュー記事をご執筆頂き,著者が知り得ない当時の研究背景について,本拙稿の記載内容も網羅した形でまとめて頂いている。是非ともそちらのレビューと合わせて,本解説,田村今男先生の「TRIP鋼について」を読み返して頂きたいと思う。

*本解説で用いられる「加工誘発変態」という語は,現在では「加工誘起変態」と表現されることが多い。ただし本記事においては,原著の表現を尊重し前者を用いることとする。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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