鉄と鋼
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論文
高マンガンオーステナイトステンレス鋼のクリープ挙動におよぼす冷間加工とMo添加の影響
平田 茂伊藤 孝矩光原 昌寿西田 稔
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2015 年 101 巻 1 号 p. 51-58

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Synopsis:

The effect of cold-working and Mo addition on creep behavior in 15Mn-17Cr-0.09C-0.39N-(0.01, 0.5, 1.0, 1.5, 2.0) Mo steels has been investigated. The steels with solution treatment at 1373 K and ones with 40% cold-rolling are subjected to a creep test at 873 K under 200-400 MPa, respectively. Time to rupture (tr) of both steels increases with increasing the Mo concentration. Since tr in the cold-rolled steels is shorter then that in solution-treated ones in a same creep condition, cold-working is suggested to be harmful for creep strength. Creep rate in a primary creep region of cold-rolled steels with more than 1.0 Mo is smaller than that for solution-treated ones because many dislocations are induced by the cold-working. This nature is advantageous as sealing materials for high temperature. Mo addition causes decreasing of minimum creep rate in the solution-treated steels. A linear relationship exists between logarithm of minimum creep rate and Mo content. In the cold-rolled steels with 0.01 Mo and 0.5 Mo, recrystallization is partially occurred during a prescribed heat treatment before the creep tests. Therefore, the creep rate is promptly accelerated. In the cold-rolled steels with more than 1.0 Mo, the suppression of recrystallization by Mo yields the small minimum creep rate and the extension of tr. Fine precipitates of Laves phase are generated in grain interior in tertiary creep region of cold-rolled steels with 1.5 and 2.0 Mo. It also contributes to the extension of tr due to the retarding effect of creep rate acceleration.

1. 緒言

オーステナイトステンレス鋼のクリープ特性に関する研究は多く,特にNi-Cr系ステンレス鋼である316鋼については火力および原子力プラントにおける高温機器の主要な材料であるため古くから調べられている。添加元素の影響については,例えばYamadaら1,2,3)は15Cr-14Ni鋼を用いてTi,Nb,Moの添加がクリープ破断強度に与える影響を系統的に調査している。また,高速増殖炉(FBR)の一次系構造材として低炭素・中窒素とした316鋼4)が近年開発され,クリープ特性におよぼすC量とCr偏析の影響5)や結晶粒度と微細組織の影響6)が報告されるなど耐熱鋼の研究は主にNi-Cr系ステンレス鋼を対象として行われている。これに対し,NiをMnで置換したMn-Cr系ステンレス鋼のクリープ特性に関する研究は,古くは第二次世界大戦前まで遡ることができるが,現在この成果が工業的に広く利用されているとは言い難い。最近では核融合材用の構造材への適用を目指し,低放射化が可能な高マンガンオーステナイト鋼について幾つか報告されている程度である。例えば,Abe7)は30Mn-10Cr鋼についてC量の影響を,Miyaharaら8)は15Mn-12Cr鋼についてV,W量の影響を報告しているが,これ以外の元素についての検討は少なく,Moの影響については低放射化が困難であるため検討されていない。

一方で近年,冷間加工したオーステナイト系ステンレス鋼を高温部材に使用する例が幾つか報告9,10)されていることから,加工組織の高温安定性や加工によるクリープ特性の変化を明らかにすることが重要視され始めている。クリープ特性におよぼす冷間加工の影響はクリープ変形中の再結晶の進行度合によって区別して説明されることが多く,定性的には,再結晶が速やかに進行する場合は破断時間が短くなり,進行しない,または進行が遅い場合には,加工により導入された格子欠陥が強化に有効に作用するため破断時間は長くなると考えられている。しかし,組成,温度,時間,加工度など再結晶の進行に関わる影響因子は多く,その挙動は複雑である。著者らは,冷間圧延を施した15Mn-17Cr-4.5Ni鋼の873 Kでの再結晶挙動を調査した結果,Mo添加によって再結晶が大幅に遅延すること,またそれが鋼中に生成する炭化物であるM23C6にMoが濃化し焼鈍中の粗大化を抑制するためであることを報告した11)。このことからMo添加は同鋼の冷間圧延材のクリープ強度向上に対しても有効であると期待されるが,その詳細は不明である。そこで,本研究では,Mo添加量を調整した高マンガンオーステナイトステンレス鋼に冷間加工を施した後にクリープ試験を行い,冷間加工とMo添加がクリープ挙動に与える影響を調査するとともに,クリープ変形中の組織変化,例えば再結晶の進行や析出物の生成などがクリープ速度の変化にどのような影響をもたらすかを議論した。

2. 実験方法

本研究に用いた試料の化学組成をTable 1に示す。前報11)と同じく15Mn-17Cr-0.09C-0.39N(mass%)を基本組成とし,Mo添加量を0.01~2%まで変化させたものである。以下,各試料をMo添加量により0.01 Mo鋼,0.5 Mo鋼,1.0 Mo鋼,1.5 Mo鋼および2.0 Mo鋼と称する。Mn,Ni,C,Nは,焼鈍後の組織をオーステナイト単相とするためにそれぞれの添加量を調整したものであり,0.01 Mo鋼においては,強加工後も加工誘起マルテンサイト相の生成がないことが確認されている12)

Table 1. Chemical compositions in 15Mn-17Cr-0.09C-0.39N austenitic stainless steels examined (mass%).
SteelCSiMnNiCrMoVN
0.01Mo0.0900.8415.14.316.90.010.490.39
0.5Mo0.0950.8315.14.316.90.520.490.38
1.0Mo0.0930.7815.14.316.81.040.480.39
1.5Mo0.0940.8315.14.316.81.560.470.39
2.0Mo0.0940.7915.24.316.82.080.470.39

各試料は,大気高周波気誘導溶解炉で溶解後,熱間鍛造により8 mm厚の板とした。それに1373 K-3.6 ksの溶体化熱処理を行った後,冷間圧延,焼鈍ー酸洗を繰り返し,0.9 mm厚の冷延焼鈍板とした。これに1373 K-30 secの焼鈍を施した後,圧延率40%の冷間圧延を施した。以下では,これを冷間圧延材として記述する。また,比較として冷間圧延材に1373 K-30 secの熱処理を追加した試料を用意した。以下では,これを溶体化熱処理材と記述する。冷間圧延後の硬さはいずれの組成においても430~450 Hv程度であり,溶体化熱処理後の硬さは250~270 Hvであった。

クリープ中断・破断試験は,直下式とてこ式の定荷重試験装置を併用して行った。試験片はそれぞれ平行部長さ58 mm,55 mmの板状とし,試験条件は温度873 K,応力200~400 MPaとした。すべての試験において,装置に試験片を固定し電気炉の温度を873 Kまで昇温した後に無荷重のまま58 ks保持し,炉の温度変動が小さいことを確認した上で荷重負荷を開始した。クリープ中断試験は0.5 Mo鋼,1.0 Mo鋼および2.0 Mo鋼の冷間圧延材に対して行った。両材料とも最小クリープ速度を示した後に3次クリープ域へと移行した直後で試験を中断しており,中断時間は0.5 Mo鋼,1.0 Mo鋼および2.0 Mo鋼でそれぞれ137 ks,504 ks,および900 ksであった。また,クリープ破断試験における伸びは,破断した試験片を突合せて求めた。

クリープ試験による組織の変化は,走査電子顕微鏡(Carl Zeiss社製,ULTRA55)とこれに付属するEBSD測定装置(TSLソリューションズ社製,OIM)により評価した。SEM観察とEBSD測定用の試料は,表面をSiC耐水研磨紙(#220から#4000まで)で磨いた後,ダイヤモンド粒子(粒径3 μm,1 μm)を用いたバフ研磨で鏡面とした。それら機械研磨により導入された試料表層の加工ひずみをコロイダルシリカによる研磨で除去し,さらに短時間の表面電解研磨を行って観察に供した。表面電解研磨条件は温度273 K,電圧8 V,電流0.6 Aとし,電解液には過塩素酸:エタノール=1:5の混合液を用いた。SEM観察は加速電圧2 kV,作動距離3 mmで,EBSD測定は加速電圧20 kV,作動距離15~17 mmの条件でそれぞれ行った。またEBSD測定における結晶方位解析点間距離は0.2 μmとし,試料毎に100 μm四方の観察視野を無作為に4箇所選んで測定した。また,一部のクリープ破断材については,エネルギー分散型X線分光分析装置(EDX)を装備した透過電子顕微鏡(FEI社製,TECNAI-F20,加速電圧200 kV)を用い析出物の同定を行った。観察試料は破断部から約10 mm離れた部分から切り出し,SPEED法により抽出レプリカ試料を作製し観察に供した。

3. 結果と考察

3・1 クリープ強度と延性におよぼす冷間加工とMo添加の影響

Fig.1に,冷間圧延材のクリープ破断時間と破断伸びをMo含有量で整理したグラフをそれぞれ示す。200,250,300 MPaのいずれの試験応力においてもMo含有量の増加に伴って破断時間が長くなり,例えば,2.0 Mo鋼では0.01 Mo鋼の10倍以上の破断時間を示す。Mo量の効果は添加量に比例しておらず,1.0 mass%以上の添加で長寿命化が顕著となる傾向が見て取れる。冷間圧延材の破断伸びは0.5 mass%のMo添加で急激に減少し,例えば0.01 Mo鋼では10~50%であるのに対して2.0 Mo鋼では4%程度となる。溶体化熱処理材の破断時間,破断伸びにおよぼすMoの影響をFig.2に示す。試験応力は300,350,400 MPaの三水準である。冷間圧延材と同様,Mo含有量が多くなると破断時間が長くなる傾向が認められ,特に試験荷応力300 MPaの場合で長寿命化が特に顕著であることがわかる。破断伸びに関しては,0.01 Mo鋼の場合は5~14%で冷間圧延材よりも小さく,Mo添加量が増加すると若干低下し,2.0 Mo鋼では4%程度となる。冷間圧延材と溶体化熱処理材の結果を同一試験応力である300 MPaで比較すると,いずれのMo含有量おいても冷間圧延材に比べて溶体化熱処理材の方が破断時間は長い。したがって,本鋼では,冷間加工はクリープ強度を低下させ,Mo添加は強度を向上させる作用をそれぞれ持つことが明らかになった。また,破断伸びに関しては,Mo含有量の少ない冷間加工材でのみ大きな延性を示すことがわかった。

Fig. 1.

 Effect of Mo on time to rupture and rupture elongation at 873 K for cold rolled steels.

Fig. 2.

 Effect of Mo on time to rupture and rupture elongation at 873 K for solution annealed steels.

3・2 クリープ変形挙動におよぼす冷間加工とMo添加の影響

本節では冷間加工とMo添加がクリープ曲線にどのような変化をもたらすかについて考察する。本研究のクリープ試験から得られたデータは次の様にして解析を行った。1 min毎に採取した試験データは,ノイズ,試験機の膨張・収縮,直下式の場合はおもりのわずかな振動などによる測定誤差を含んだものであるため,それから直接的にクリープ速度等を算出すると誤差が大きくなる場合がある。そのため,試験データを修正θ法と呼ばれるクリープ構成式13)を用いてフィッティングした。構成式は,   

ε=ε0+A{1exp(αt)}+B{exp(αt)1}(1)

で表される。ここで,εはクリープひずみ,tは時間(s),ε0,A,B,αは実測したクリープ曲線を最もよく再現する様に決定した定数である。実際に得られたクリープ試験結果を式(1)でフィッティングした際の相関係数Rが0.99以上となる様に各定数を決定した。Fig.3は,1.0 Mo鋼の冷間圧延材における試験応力300 MPaでのクリープ曲線である。式(1)によるフィッティングは試験での測定値を精度良く表現しており,正しいパラメータが求められていることを示している。この場合の式(1)における各パラメータは,それぞれε0=0.0019,α=0.0182,A=0.0047,B=0.0000440となった。最小クリープ速度は,求めたクリープ構成式を時間で微分した際の極小値として求めた。例として,Fig.3のクリープ曲線における最小クリープ速度は4.60×10−9 s−1である。次に2.0 Mo鋼の冷間圧延材と溶体化熱処理材について,300 MPaで試験した結果をFig.4に示す。冷間圧延材では,試験開始直後のクリープ速度が小さく,1次クリープ域が短い。わずかなひずみで最小クリープ速度に到達した後,3次クリープ域へと変形が進み破断に至る。これに対し,溶体化熱処理材は,試験開始直後のクリープ速度は大きいものの1次クリープ域が長いため最小クリープ速度が冷間圧延材よりも小さくなる。1次クリープ域でのひずみが冷間加工材よりも大きく,3次クリープ域でのひずみが小さいことが特徴である。上述のとおり,本鋼では溶体化熱処理材のほうが冷間加工材よりもクリープ破断時間が長く,冷間加工はクリープ強度を低下させる。しかし,ガスケットなど高温でのシール性が求められる用途10)では,使用開始後に生じる塑性変形量が小さいことが重要である。Fig.4に示したクリープ曲線から判る様に冷間圧延材では変形初期におけるひずみの増加が緩やかである。そこで,クリープ試験によりひずみが1%に到達する時間を指標として,冷間圧延材と溶体化熱処理材におけるクリープ試験初期での微小変形挙動を比較した。その結果をFig.5に示す。溶体化熱処理材は短時間でひずみが1%に到達するのに対し,冷間圧延材ではそれに長時間を要し微小な変形が生じにくいことがわかる。また,この到達時間は破断時間の場合と同様にMo含有量が多いものほど長くなり,Moを1 mass%以上添加した冷間圧延材で顕著な増加を示している。

Fig. 3.

 Creep curve fitting using θ method in cold rolled 1.0 Mo steel.

Fig. 4.

 Creep curves for cold rolled and solution annealed 2.0 Mo steels at 873 K and 300 MPa.

Fig. 5.

 Effect of Mo on time to ε = 0.01 at 873 K for cold rolled and solution annealed steels.

冷間圧延材における試験中のクリープ速度の変化をFig.6に示す。試験応力は300 MPaである。0.01 Mo鋼と0.5 Mo鋼ではクリープ試験開始後のクリープ速度が大きく,0.5 Mo鋼では1次クリープ域での速度の顕著な低下が認められる。一方で,1.0 mass%以上にMo添加量が増加すると,変形開始直後のクリープ速度が減少し,1次クリープ域での速度の減少度合も小さくなる。最小クリープ速度の到達時間は,Mo添加量とともに長時間側に移動するが,1.5 Mo鋼と2.0 Mo鋼では同程度である。次に,溶体化熱処理材のクリープ速度変化を,Fig.7に示す。試験応力は300 MPaである。Mo添加量が多くなるにしたがって最小クリープ速度が減少し,破断時間が長くなる。冷間圧延材と比較して1次クリープ域が長く,3次クリープ域の開始が長時間側に移動していることがわかる。冷間圧延材,溶体化熱処理材の最小クリープ速度におよぼすMo量の影響をFig.8に示す。冷間圧延材では,最小クリープ速度の応力依存性が溶体化熱処理材のそれに比べて明らかに小さく,1.0 mass%まではMo添加量の増加に伴って最小クリープ速度が急激に減少するものの,それ以上の添加量ではほとんど変化していない。一方,溶体化熱処理材の最小クリープ速度はどの応力条件においてもMo添加量が増すほどに単調に小さくなる。一般の金属材料では,最小クリープ速度の逆数が破断時間に比例するMonkman-Grantの関係が成り立つことが知られている。したがって,Fig.5に示したように,溶体化熱処理材においてMo添加により破断時間が長くなるのは,最小クリープ速度の減少によるものであるといえる。Abe7)は30Mn-10Cr鋼のクリープ特性におよぼすCの影響について検討を行い,応力により析出を誘起された微細な炭化物がクリープ速度を減少させることを報告しており,本鋼でも同様に,クリープ変形中に析出する炭化物によってクリープ速度が減少すると考えられる。そこで,クリープ破断後の破断部近傍の組織観察を1.0 Mo鋼と2.0 Mo鋼について行った結果を,Fig.9に示す。両鋼とも結晶粒内と粒界上に析出物が観察される。TEM観察の結果,粒界上析出物はM23C6,粒内析出物は後述する冷間圧延材の場合と同じ析出物であることが確認された。Fig.9より,2.0 Mo鋼では1.0 Mo鋼に比べて粒内析出物の量が多いことは明らかである。また注目すべきは粒界析出物の大きさと密度であり,1.0 Mo鋼で150 nm程度でやや粗に分布しているのに対し,それよりも破断時間の長い2.0 Mo鋼では90 nm程度で分布も密である。これらの結果は,前報11)と同様に,MoがM23C6の粗大化を抑制する効果を持つことを示唆している。以上のような粒内・粒界の析出状態の変化により2.0 Mo鋼の最小クリープ速度が減少し破断時間が増加したと結論される。また一方で,溶体化処理材の高温引張試験を行った結果,最大引張強度がMo量とともに大きくなることも確認しており14),Moの固溶強化もクリープ速度の減少に寄与していると考えられる。

Fig. 6.

 Comparison of creep rate curves at 863 K and 300 MPa for cold rolled steels.

Fig. 7.

 Comparison of creep rate curves at 863 K and 300 MPa for solution annealed steels.

Fig. 8.

 Effect of Mo on minimum creep rate at 873 K for cold rolled and solution annealed steels.

Fig. 9.

 FE-SEM images in creep ruptured specimens of (a) solution annealed 1.0 Mo steel and (b) solution annealed 2.0 Mo steel.

一方,冷間圧延材では,0.01 Mo鋼から1.0 Mo鋼までの最小クリープ速度の減少度合が溶体化熱処理材に比べて明らかに急激であり,また1.0 mass%以上の添加で最小クリープ速度がほぼ減少しないにもかかわらず破断時間は増加している。これは,Fig.6から明らかなように,Mo添加量の多い鋼ほど3次クリープ域におけるクリープ速度の加速が緩やかに生じていることに起因する。すなわち,冷間圧延材でのMoの働きは溶体化熱処理材のそれとは異なっていると考えるのが妥当である。一般の固溶体合金において,1次クリープ域におけるクリープ速度の減少は変形で導入される多量の転位の絡み合いによる加工硬化が要因と考えられている。一方で,クリープ変形中には転位の合一消滅や再結晶など転位密度を減少させる現象も生じており,これらによる軟化速度が加工硬化による硬化速度とつりあった状態のときに2次クリープ域,すなわち最小クリープ速度に到達する。冷間加工材はクリープ変形前にすでに加工硬化した状態であるため,変形開始後に速やかにクリープ速度が減少する。これが溶体化熱処理材に比べて1次クリープ域が短くなる理由である。一方で,硬化と軟化がつりあう2次クリープ域の状態,つまり最小クリープ速度の値は温度と応力に依存するのみで溶体化熱処理材と冷間加工材でほぼ同程度になって良いはずである。しかし,Fig.8で試験応力300 MPaの最小クリープ速度を比較すると,0.01 Mo鋼と0.5 Mo鋼では冷間加工材の方がかなり大きく,1.0 Mo鋼では同程度,1.5 Mo鋼,2.0 Mo鋼においては冷間加工材の方が若干大きくなる。これは,特に冷間圧延材において析出物の生成や再結晶などのクリープ中の組織変化が変形挙動に多大な影響を及ぼしているためと推察される。

3・3 クリープ変形した冷間圧延材の組織観察結果

本節では前節の考察にもとづき,冷間圧延材におけるクリープ変形中の組織変化に関する観察結果を示し,それらがクリープ速度の変化とどのように対応するかについて議論する。本報で行ったクリープ試験では,試験片を電気炉内の所定の位置にセットし温度を873 Kまで昇温した後58 ksの保持を行い,炉内の温度変動が小さいことを確認した上で試験荷重を負荷している。そこで,冷間圧延材に873 Kで58 ksの熱処理を施したものをクリープ試験前の初期組織として観察した。また,クリープ試験による組織変化を捉えるために,最小クリープ速度を示した後に3次クリープ域へと移行した直後で試験を中断した試料とクリープ判断後の試料についてそれぞれ観察を行った。これらのSEM-EBSD観察結果をFig.10に示す。いずれも観察視野にある結晶粒毎の平均方位差(GAM:Grain Average Misorientation)を結晶方位解析結果から算出し,その度合を図に付記したカラースケールにしたがって色付けたものである。Fig.10 (a)~(d)に示す様に,0.01 Mo鋼と0.5 Mo鋼における初期組織では,GAM値が低く微細な結晶粒が観察され,クリープ試験開始前に既に再結晶が生じていることがわかる。1.0 Mo鋼と2.0 Mo鋼についてはそのような再結晶粒は観察されない。Fig.10 (e)~(g)はクリープ中断材の結果であり,1.0 Mo鋼と2.0 Mo鋼のGAMマップにおいて数度のGAM値を有する粗大な結晶粒の粒界近傍にGAM値の小さな微細粒がわずかに観察され,試験中に再結晶が生じたことがうかがえる。前報11)と同様に,GAM値が0.8°以下である結晶粒を内部にほとんどひずみを含まない再結晶粒と定めてその割合を算出した結果,1.0 Mo鋼と2.0 Mo鋼でそれぞれ2.1%と1.9%であり,クリープ速度が加速し始めるときの再結晶率は同程度であることがわかった。Fig.10(h)~(k)は,各試料のクリープ破断材におけるGAMマップである。いずれの試料でもGAM値の小さな再結晶粒が観察され,各試料における再結晶粒の面積率は,0.01 Mo鋼,0.5 Mo鋼,1.0 Mo鋼および2.0 Mo鋼でそれぞれ42.9%,38.4%,30.6%および11.8%であった。ここで注意が必要なのは,各鋼の破断時間が異なる点である。すなわち,Mo添加量の多い鋼ほど試験時間が長いにもかかわらず変形中の再結晶が抑制されていることがわかる。Fig.11は,1.0 Mo鋼と2.0 Mo鋼のクリープ破断材のSEM観察結果である。1.0 Mo鋼では,不定形の析出物がランダムに分布する領域と,比較的析出物が少ない領域の2つが観察される。SEM-EBSD観察との比較から,不定形の析出物が分布する領域が再結晶部に対応しており,析出物の少ない領域は冷間加工によるひずみが残存している未再結晶部であることが確認されている。またTEM観察の結果から不定形析出物はσ相と同定された。これは,10Cr-30Mn鋼におけるAbeら15)の報告と同様,再結晶とともに生成し,再結晶粒の粒界移動により成長したものと考えられる。図中の矢印は観察されたクリープボイドである。EBSD解析を用いてσ相を同定し,SEM像にみられるボイドとσ相の位置関係を確認した結果,ほとんどのボイドがσ相の近傍で発生していることがわかった。このことは,クリープ破断の起点が再結晶領域であることを示唆しており,再結晶率が低いほどクリープ破断時間が長いという結果と良く対応する。また,2.0 Mo鋼では,未再結晶部に微細な粒内析出物が列状に生成している様子が観察された。この粒内析出物は1.5 Mo鋼と2.0 Mo鋼でのみ観察されたことから,Mo含有量が多い鋼種で生成するものと考えられる。さらに,2.0 Mo鋼において,初期材では生成しておらずクリープ中断材での析出量もわずかであったことから,その大半が3次クリープ域で析出すると推察される。2.0 Mo鋼のクリープ破断材における粒内析出物に関するSTEM/EDS観察結果を,Fig.12に示す。2種の粒内析出物が隣接し連なって観察され,一つはFeとMoを多く含むもの,もう一つはCrを主体とするものであった。電子回折パターンより,前者はLaves相,後者はM23C6相と同定された。なお,供試材はいずれもVを含有しており,粒界,粒内において微細なV窒化物が観察された。しかし,Mo添加によってV窒化物の分散状態に違いが認めらないことから,再結晶挙動や粒内析出物の生成挙動への影響は小さく,各鋼のクリープ挙動が異なる原因ではないと考えられる。

Fig. 10.

 GAM maps in cold rolled steels. (a)-(d) are the steels annealed at 873 K for 58 ks. (e)-(g) are the steels interrupted in creep test at 873 K and 300 MPa. (h)-(k) are the steels ruptured at 873 K and 300 MPa.

Fig. 11.

 FE-SEM images in creep ruptured specimens of (a) cold rolled 1.0 Mo steel and (b) cold rolled 2.0 Mo steel.

Fig. 12.

 EDX elemental maps of gain interior precipitates formed at non-recrystallization region in cold rolled 2.0 Mo steel at 873 K and 300 MPa.

以上の観察結果より,冷間圧延材のクリープ曲線と組織の関係をFig.13に模式的に示す。0.01 Mo鋼,0.5 Mo鋼では,クリープ試験前の温度保持時にすでに再結晶を起こしている。またクリープ変形中にも速やかに再結晶が進行していることが破断材の観察結果からうかがえる。再結晶粒は転位密度が低く,粗大なσ相や炭化物が形成されている。そのため溶体化熱処理材の場合とは異なり,クリープ変形中に炭化物等が粒内析出を起こすことはなく,クリープ強度は低い。さらには再結晶部ではσ相近傍にクリープボイドが形成しやすく,破断の起点となる。これらの理由から,0.01 Mo鋼と0.5 Mo鋼は最小クリープ速度も大きく,また,クリープ速度の加速と破断が速やかに生じたと考えられる。Moを1.0 mass%以上含有する鋼では,試験開始前に再結晶を生じておらず転位密度が高い状態でクリープ変形が開始されるため,クリープ速度は速やかに減少する。わずかに再結晶が生じるとクリープ速度が加速し始め,3次クリープ域が現れる。しかし,このときの再結晶率は全体の数%程度であり再結晶領域は冷間加工組織中に孤立して存在している。したがって,強度の低い再結晶領域に変形が集中したことがクリープ速度加速の原因とは考えにくく,再結晶によってその他大部分の未再結晶領域の変形速度を増加させるような機構が働いたと考える必要がある。Tomotaらは,塑性変形させたパーライト鋼において軟質相であるフェライトと硬質相であるセメンタイトの間で応力分配が生じ,硬質相であるセメンタイトに作用する応力が高くなることを中性子回折実験から明らかにしている16)。本鋼の再結晶部分と未再結晶部分にも強度の違いによる応力分配が生じたとすると,わずかな再結晶によってクリープ速度の加速が生じたことを説明できる。このことを証明するためにはさらに詳細な実験が必要であり今後の検討課題である。Mo添加量が1.5 mass%以上になると2次クリープ域から3次クリープ域にかけて粒内にLaves相,M23C6相が析出し始める。この析出により粒内が強化され,3次クリープ域での加速の遅滞が生じる。このことがMo添加量を増加させるほどクリープ速度の加速が緩やかになった理由である。

Fig. 13.

 Schematic illustration showing the creep curves and the change in microstructure.

以上のように,冷間圧延材のクリープ特性におよぼすMoの効果は再結晶抑制による最小クリープ速度の減少と3次クリープ域開始の遅滞,1.5%以上の添加をした場合には粒内に微細析出物が生成することでクリープ速度の加速が緩やかになることとまとめられる。

4. 結言

冷間圧延を施した17Cr-15Mn-0.09C-0.39N鋼の873 Kにおけるクリープ特性におよぼすMo添加の影響について,溶体化熱処理材と比較しながら調査し,以下の結言を得た。

1)873 Kにおけるクリープ試験の結果,Moを添加すると冷間圧延材,溶体化熱処理材いずれも破断時間が増加し,その効果は1.0 mass%以上で顕著となる。2.0 Mo鋼の破断時間を0.01 Mo鋼と比較すると,試験応力300 MPaでは冷間圧延材では約60倍,溶体化熱処理材でも10倍となる。また,いずれのMo添加量においても溶体化熱処理材の方が冷間圧延材よりも破断時間が長い。

2)クリープ試験を開始してひずみが1%に達するまでの時間は溶体化熱処理材よりも冷間圧延材の方が長い。これは,冷間圧延材では変形初期のクリープ速度が小さくひずみの増加が遅いためであり,高温でシール性を求められる用途に適している。また,ひずみが1%に達するまでの時間はMo添加量が増すほどに長くなる。

3)溶体化熱処理材ではMo添加量の増加に伴って最小クリープ速度が単調に減少し,破断時間が長くなる。

4)0.01 Mo鋼と0.5 Mo鋼の冷間圧延材では,クリープ試験開始前の温度保持時にすでに再結晶により組織が軟化しており,試験開始直後のクリープ速度が大きく,クリープ速度の加速と破断が速やかに生じる。一方,1.0 mass%以上のMoを添加すると再結晶が抑制されて最小クリープ速度が減少し破断時間は長くなる。

5)1.5 Mo鋼と2.0 Mo鋼の冷間圧延材では,3次クリープ域において粒内にMoを含むLaves相が析出する。これにより3次クリープ域でのクリープ速度の加速が緩やかになり破断時間が長くなる。

文献
 
© 2015 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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