鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
論文
β型Ti-15Mo-5Zr-3Al合金単結晶を用いた低ヤング率ボーンプレートの開発
當代 光陽萩原 幸司石本 卓也山本 憲吾中野 貴由
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2015 年 101 巻 9 号 p. 501-505

詳細
Synopsis:

New single crystalline bone plate that has extremely low Young’s modulus was fabricated using an ISO certified biomedical material alloy with a composition of Ti-15Mo-5Zr-3Al in mass %. Single crystals of the Ti-15Mo-5Zr-3Al alloy along [001] direction were succeeded to be grown by using the seed crystal in order to develop the long bone plate along the [001] direction with the lowest Young’s modulus. The ω phase with relatively high Young’s modulus was not confirmed to precipitate in the single crystals at room temperature. Using the oriented single crystals, bone plate with dimensions of 42 × 5 × 1.5 mm3 and 8 holes for screws could be shaped to be along [001], which exhibit the superior low Young’s modulus of ~40 GPa comparable to that along the longitudinal bone axis. The developed single crystalline bone plate has a high potential for a clinical use in the orthopedic field.

1. 緒言

近年の高齢化に伴い骨折リスクが上昇する中,次世代の骨折固定用ボーンプレートは骨修復後の抜去が不要で,応力遮蔽を発現しない骨類似力学機能を発揮することが求められる。応力遮蔽とは,応力がヤング率の高いインプラントに優先的に負荷され,骨自体への応力負荷が低減される現象のことで,結果として骨吸収や骨密度の低下,さらにはアパタイト配向性に代表される骨質の劣化が生じる1,2,3)。現在,(α+β)型Ti合金であるTi-6Al-4V合金がインプラント用材料として最も広く利用されているが,そのヤング率は約110 GPaであり,皮質骨のヤング率(約10~30 GPa)よりも高値を示す4,5)。この合金と比較して,室温にてbcc構造を有するβ型Ti合金は良好な加工性を有すると同時に低ヤング率を示す。そのため力学的信頼性を担保し,かつ生体に無害とされる元素から構成される低弾性β型Ti合金の研究および開発が近年盛んに行われている。例えば,Ti-Nb系合金6,7,8),Ti-Ta系合金9),Ti-Mo系合金10)等がその一例である。こうした合金開発は,最適な組成選択,加工および熱処理を加えることで,マルテンサイト相やω相11)といった準安定相としての第2相析出と相安定性を巧みに制御することでなされ,様々な低ヤング率を示す合金が開発されている12,13)。ただし,こうした合金開発は前述のように加工や熱処理等を複雑に組み合わせたものである。我々は低ヤング率を有するβ型Ti合金の設計に際して,電子論的観点に基づき,より統一的かつ定量化された合金設計指針の構築を模索してきた。この際の着眼点は相安定性である。β型Ti合金におけるマルテンサイト変態やω相変態といった変位型の構造相転移を示す母相のbcc相の相安定は特定の組成域において低下し,この際弾性スティフネス定数の軟化が生じ,このことが低ヤング率につながるものと考察できる。ただし,単純に低ヤング率化を図ったとしても,多結晶での使用は荷重方向の結晶方位が様々であることからその効果を弱めるが,我々はこれら低ヤング率合金を単結晶化することで,特定方向へのさらなる低ヤング率化が可能であることを提案している14,15,16)

これまでTi合金における電子構造制御に関して様々報告があるが17),電子構造の指標として1原子あたりの価電子数(=e/a)を変数として選択し,種々のβ型Ti合金単結晶における弾性スティフネス定数を整理した。その結果,単結晶における弾性スティフネス定数と異方性因子は添加元素によらず,統一的に記述できることを見出した14,15,16)。具体的には,弾性スティフネス定数C'({110}面における〈110〉方位へのシアーに対応)はe/aの減少にともない低下し,その一方でC44e/aに対して大きな変化を示さない。結果としてC'の軟化は[001]方位へのヤング率の低下をもたらすと同時に,単結晶におけるヤング率の異方性を増大させる16)。加えて,非熱的ωが析出するとC'の軟化を阻害するため,ヤング率が上昇することも報告している16)。したがって,e/aの減少とω相抑制の2条件を満足させることで,格子軟化を示す相安定性の低いβ相を出現させ,結果として[001]方位に低ヤング率を示すβ型Ti合金単結晶が設計可能となる。さらに,この合金設計指針に合致しており,かつすでにISOにより薬事承認を受けたβ型Ti合金であるTi-15Mo-5Zr-3Al(mass%)合金18,19)を単結晶化することで[001]方位のヤング率を生体骨程度まで低減させることに成功している16)。すなわち,このTi-15Mo-5Zr-3Al合金単結晶における[001]方位を選択的に骨の荷重軸方向に合致させることで,単結晶でしか実現できないような応力遮蔽を抑制可能な低ヤング率を示すインプラント,すなわち,骨類似力学機能を発揮し,抜去不要な単結晶インプラントの開発が可能になると考えられる。しかしながら,一般的にbcc構造を有する結晶の優先成長方位は[001]方位として知られているものの,本合金における成長方位の選択性は必ずしも強くなく,結果として,長手方向を[001]方位に持つようなボーンプレートの切り出しが可能なサイズの単結晶の育成はこれまで実現できていない。そこで本研究では,(001)面が成長方向に垂直となるように切り出した種結晶を用い,その種結晶への種付けを試みることで,[001]方位へ選択的に結晶成長させたTi-15Mo-5Zr-3Al合金単結晶を育成することができるかを検討した。この結果に基づき,同方位を長手方向とするような単結晶ボーンプレートの作製可能性について検討した。

2. 実験方法

Ti-15Mo-5Zr-3Al(mass%)合金インゴットを成形した後,キャノンマシナリー社製SCI-MDH-20020の浮遊帯溶融法(FZ法;Floating Zone method)にて単結晶を育成した。単結晶ボーンプレートは長手方向が[001]方位となるように設計する必要があるため,Fig.1(a)に示すようにあらかじめ(001)面が成長方向と垂直になる様に切り出した単結晶シードを準備した。これにφ=20 mmの多結晶母合金供給棒を溶融し,種付けすることで,成長方位が[001]方位となるような単結晶の育成を試みた。溶液相の安定性を保つためには,表面エネルギーと粘性が深く関わることから,上部の多結晶棒を太くし,雰囲気は酸素等の混入を最小限にするため,高純度アルゴン雰囲気とした。育成時には,融液組成の均一化を促すため,供給棒と種結晶を互いに逆方向に回転させた。Ti-15Mo-5Zr-3Al合金における状態図は添加量の少ないAlを無視すると,TiとZrは同族元素であることから,Fig.2に示すようなTi, Zr(hcp)−Mo(bcc)擬二元系状態図と見なすことができる。FZ法において,理想的な結晶育成が実現された場合には,溶融開始後初期に液相から固相へとMoが排出されることで液相の組成がCLEとなる。その結果として,母合金と同じ組成の単結晶を育成することが可能となる。したがって,ボーンプレートが作製可能なサイズの単結晶の育成には,[001]方向に種付けすると同時に,平衡状態図上の固相−液相間の組成差(Csingle−CLE)をFZ育成中の固相(単結晶)−液相間で一定に保持し,かつ組成的過冷による液相内部での核生成および成長を抑制しつつ結晶成長を行なう必要がある。これを実現するには,まず結晶成長速度を2.5 mm/hにまで減少し,さらに結晶育成開始時に,すぐに結晶成長を始めるのではなく,約5時間の間,種結晶と母合金を融液を挟んで一定距離で保持し続けることで,融液が十分に上述の平衡組成CLEに達する時間を確保し,種結晶の(001)面上に結晶がエピタキシャルに成長できるような液相−固相平衡状態を達成させた。その後の結晶成長時においても,種結晶と母合金との距離を終始一定に保つ(液相への融液供給速度を一定にする)ことで,組成の揺らぎにより平衡状態が崩れないよう留意した。

Fig. 1.

 The appearance of the seed crystal and polycrystalline rod (a) and the single crystalline rod (b) of Ti-15Mo-5Zr-3Al alloy before and after floating zone (FZ) method, respectively.

Fig. 2.

 The schematic pseudo-phase diagram of the (Ti, Zr)-Mo alloy system.

育成後の結晶は溶融部を切り離した後,40 hかけて室温まで電圧制御により徐冷した。こうして得られた単結晶より背面ラウエ法にて結晶方位を同定した後,放電加工機を用いて方位制御ボーンプレートの切り出しを行った。過塩素酸(60 vol.%),n-ブタノール(99.5 vol.%)およびメタノール(99.5 vol.%)を6:34:60の体積割合で混合した液を研磨液として電解研磨した後,フッ酸,硝酸および蒸留水を1:2:80の体積割合の混合酸にて腐食し,光学顕微鏡観察を行った。SEM-EBSD解析は日本電子社製JEOL JSM-6500を用いて行った。透過型電子顕微鏡(Transmission electron microscopy;TEM)による組織,構造観察はストルアス社製テヌポール5を用いて,Twin jet法により最終試料を作製した後,日本電子社製JEM3010を使用し,加速電圧300 kVにて行った。

単結晶ボーンプレートはAO mini plateに準じた設計とし,Fig.3に示すように市販のスクリュウが8本設置できる形状とした。

Fig. 3.

 The design of bone plate for Ti-15Mo-5Zr-3Al single crystals.

3. 実験結果および考察

Fig.1(b)に示すように本研究において得られた単結晶は直径約15 mm,長さ約180 mmであった。このサイズは上述したボーンプレートであれば,10本以上の切り出しが可能である。Table 1に単結晶の組成分析の結果と本β型Ti合金単結晶が有するe/aを示す。ここで,本合金のe/a は合金組成とTi([Ar]3d24s2),Mo([Kr]4d55s1),Zr([Kr]4d25s2),Al([Ne]3s23p1)におけるそれぞれの電子構造より算出した。単結晶作製時に懸念される酸素の混入はなく(Table 1),単結晶育成前後における合金組成の変化も誤差範囲にとどまることを確認した。単結晶における成長方位に対して垂直な面にて放電加工機を用いて切り出しを行った後, 光学顕微鏡観察を行った(Fig.4)。β型Ti合金においてしばしば形成されるα''マルテンサイト相や明瞭な粒界は観察されなかった。加えて同面においてSEM-EBSD解析を行った結果をFig.5に示す。IPFマップおよび逆極点図から,β相単相であり,かつ結晶粒界を含まず,観察面全面が(001)面であることが確認された。このことから成長方位が[001]方位かつ,単結晶ボーンプレートを切り出すことができるサイズの良質な単結晶の作製に成功した。さらに透過型電子顕微鏡(TEM)観察にてより詳細な微細組織を解析した。Fig.6に電子線入射方位を[001]方位とした明視野像と制限視野回折図形 (SADP:Selected Area Diffraction Pattern)を示す。第2相や特徴的な微細組織は確認されず,α-Ti単結晶育成時に観察されるような20)サブグレインバウンダリーも観察されなかった。SADPには明瞭なβ相の(001)面に対応する回折斑点が認められた。加えて〈110〉方位に伸びる非常に弱いストリークが観察された。このストリークはe/aの低い合金において出現することが報告されており21,22,23),{110}面における〈110〉方位の横波の格子変調を表していると考えられる。この格子変調はC'に対応した横波であることからも,不安定β相のC'の軟化と相関があると考えられる。

Table 1. Analyzed chemical composition of master ingot and single crystals after FZ method and the corresponding e/a ratios. The expected composition is Ti-15Mo-5Zr-3Al in mass%.
TiMoZrAlOe/a
Master ingot (mass%)Bal.15.05.23.00.124.1
Single crystal (mass%)Bal.14.95.33.20.124.1
Fig. 4.

 The optical microscopic image of the Ti-15Mo-5Zr-3Al single crystal.

Fig. 5.

 The orientation map (a) of β phase analyzed by EBSD patterns and the inverse pole figure along the crystal growth direction in the Ti-15Mo-5Zr-3Al alloy single crystal.

Fig. 6.

 The bright field image and SAED pattern obtained at room temperature in the Ti-15Mo-5Zr-3Al single crystal. The beam direction is parallel to [001].

[001]方位のヤング率を生体骨程度にまで低下させるためには,ω相の抑制は必須の条件となる。TEM観察にてこれを確認するため試料を[110]晶帯に25.2°回転させ,(113)面における明視野像とSADPを得た(Fig.7)。(113)面の観察において,(001)面の観察と同様に明瞭な第2相および粒界は観察されなかった。さらにω相に対応する反射はβ相の回折斑点に対しgβ+1/3〈2ζζζ〉*(gβはβ相の逆格子ベクトルを,*は逆格子空間をそれぞれ示す)の位置に出現するが,Fig.7(b)において,同箇所での反射は観察されなかった。さらに本来ω相が存在する場合に回折点が認められる位置に絞りを入れ,結像させた暗視野像においても,微小な析出相等は観察されず,明瞭なω相は存在しないことが確認された。以上より,室温において本合金単結晶において非熱的ωの析出が抑制されることが確認された。ω相は時効熱処理によっても形成され,熱的ω相と呼ばれているが,Leeらによると,本合金では673 Kにて1.2 ks熱処理を施しても,熱的ω相が析出しないことを報告している24)。このω相の抑制についてはAl添加が大きな役割を果たしているものと考えられる25)

Fig. 7.

 The bright field image and SAED pattern obtained at room temperature in the Ti-15Mo-5Zr-3Al single crystal. The beam direction is parallel to [113].

上述の結果より,所望の単結晶が育成されたことから,Fig.3に示したボーンプレート作製のために,背面ラウエ法による結晶方位同定後,Fig.8のように低ヤング率を示す[001]方位を長手方向とするような板材を,3軸ゴニオメータと放電加工機を用いて切り出した。その後,チャッキングによる負荷を低減させるため真空チャックを用い,切り出した板材に穴あけ加工した後,加工層除去のためボールエンドミル加工を施した。この際,より平滑な表面を得るため,ダウンカットのみで加工した。最後に,バフ研磨による仕上げ研磨を施すことで,Fig.9に示すような長さ42 mm,幅5 mm,厚さ1.5 mm,φ=2.2 mmのスクリュウ孔を8つ備えた単結晶ボーンプレートの作製に成功した。

Fig. 8.

 The photo showing the cutting orientation of bone plate from the single crystal.

Fig. 9.

 The appearance of the single crystalline bone plate of Ti-15Mo-5Zr-3Al alloy.

単結晶インプラントの実用化は高コスト化が懸念されるが,単結晶でなければ達成できない特筆すべき低弾性を実現しうるため,航空機のタービンブレードのように医療用単結晶材料として単結晶材料の新市場開拓として大きな意義があるといえる。しかしながら,実用化に向けてはコスト面を含め未だ解決しなければならない問題が存在している。現在,本論文にて開発した単結晶ボーンプレートのヤング率の直接測定法の確立,評価を進めるとともに,実際に本単結晶ボーンプレートをウサギ脛骨へ埋入することで,周辺骨のアパタイト配向性変化等の定量解析を通じ,本単結晶ボーンプレートによる応力遮蔽低減効果の有無,その有用性について,更なる検討を進めている。

4. 結言

すでに薬事認可されているTi-15Mo-5Zr-3Al合金に着目し,我々が新たに提案した単結晶ボーンプレートの開発の可能性を検討した。その結果,種結晶を用いた種付けにより,成長方位が[001]方位であり,ボーンプレートの切り出しが可能なサイズを有し,かつ酸素等の不純物が混入していないTi-15Mo-5Zr-3Al合金の単結晶化に成功した。得られた単結晶の内部組織を観察したところ,室温にてω相は析出しないことを確認した。上記の本合金単結晶を用いて,骨荷重軸方位に生体骨程度の低ヤング率を示す[001]を長手方向とする長さ42 mm,幅5 mm,厚さ1.5 mmの単結晶ボーンプレートの作製に成功した。

なお,本研究は,(一社)日本鉄鋼協会第22回鉄鋼研究振興助成で行われたもので,一部は内閣府主導のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「革新的設計生産技術」(管理法人:NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構))の三次元異方性カスタマイズ化設計・付加製造拠点の構築と地域実証」,科学研究費補助金の支援のもとで実施されたものです。

文献
 
© 2015 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top