鉄と鋼
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論文
水素昇温脱離分析法によるフェライト系耐熱ステンレス鋼のクリープ損傷評価
山下 勇人駒崎 慎一佐藤 紘一木村 一弘
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2016 年 102 巻 11 号 p. 630-637

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Synopsis:

The change in hydrogen thermal desorption characteristic of heat resistant ferritic stainless steel (18Cr-2.5Si steel) due to creep was investigated to examine the applicability of hydrogen as a tracer for creep damage evaluation. The hydrogen charging into the interrupted creep specimens with a wide variety of damage degrees was conducted by means of cathodic electrolysis. Next, the hydrogen-charged samples were subjected to the thermal desorption analysis (TDA) for measuring the hydrogen evolution curve. The experimental results revealed that the overall shape of curve varied with creep depending on the test conditions. However, this change in desorption characteristic reflected not only the creep damage but also the microstructural changes such as precipitation/coarsening of NbC and change in dislocation density. In an attempt to separate their effects and extract the former alone, the measured curve was decomposed into several curves by comparison with the curves of thermally aged and solution treated steels. As a result, the amount of desorbed hydrogen, which was likely to be associated with defects like a void and/or vacancy cluster, was found to increase with increasing creep damage, and it was successfully arranged with the parameter derived based on the creep void growth’s law.

1. 緒言

フェライト系耐熱ステンレス鋼は耐食性や耐酸化性に優れ,熱膨張係数が小さく優れた耐熱疲労性を有しており,化学装置や自動車排気系などに多用されている1,2)。また,近年高温強度の向上も図られており,クリープ特性が重要となる高温部位への適用も期待されている2)。しかし,当該鋼種のクリープ劣化・損傷挙動に関するデータや知見は必ずしも十分ではなく,長期健全性や余寿命を正確に評価する技術の開発が求められている。

一方,陰極電解法などにより鉄鋼材料中に添加した水素は空孔や空孔クラスター,転位などの格子欠陥や析出物,ボイドなどに捕獲されることが知られている3,4,5,6)。昇温により水素は外部へ放出されるが,材料内部のミクロ組織や損傷(欠陥)の性状に応じて昇温時の水素放出特性は変化する。この昇温時の加熱温度と水素放出速度の関係から材料中の水素の存在状態を評価する技術が水素昇温脱離分析法である7)。著者ら8,9)は,マルテンサイト組織を有する高Crフェライト系耐熱鋼Gr.91のクリープに伴う水素放出特性の変化を昇温脱離分析法によって調査してきた。その結果,水素チャージ後の水素放出量が加熱時効では変化しないのに対して,クリープによって大きく増加することをはじめて報告した8)。また,このような水素放出特性の変化はクリープボイドなどの損傷の生成・成長挙動を反映していることを明らかにし,水素をトレーサーに用いた新しいクリープ余寿命評価法を提案した9)

本研究では,フェライト系耐熱ステンレス鋼のクリープ余寿命評価への水素昇温脱離分析法の適用性を検討するため,18Cr-2.5Si鋼のクリープに伴う水素放出特性の変化を調査した。加えて,計測された水素放出曲線を水素トラップサイトごとに分離し,損傷(欠陥)に関与している水素のみの抽出を試みた。

2. 供試材および実験方法

供試材として市販のフェライト系耐熱ステンレス鋼18Cr-2.5Si鋼を用いた。公称組成をTable 1に示す。平行部長さ40 mm,幅6.0 mm,厚さ1.4 mmの平板試験片を用いて,温度:650~800°C,応力:10~30 MPaでクリープ試験を行い,様々な時間で試験を途中止めし種々の異なる損傷度を有するクリープ損傷材を作製した。クリープ試験条件をまとめてTable 2に示す。水素昇温脱離分析用試料として6×9×0.5 t mm3の薄板試験片を使用した。試料はクリープ材の平行部より負荷方向と平行に切り出した。試料の板厚は水素放出特性に大きく影響するため,湿式研磨により0.5±0.005 mmに調整した。なお,表面仕上げは#2400の耐水研磨紙で行った。

Table 1. Chemical compositions of 18Cr-2.5Si steel (mass%).
CSiMnPSCrNb
≦0.0302.40-2.80≦1.00≦0.040≦0.03017.50-18.500.20-0.50
Table 2. Conditions of interrupted creep tests.
Stress, MPaTemp., °CTime, hCreep life fraction
106501010
3200
10000
700100
10000
80034.70.05
39.70.06
173.60.25
173.60.25
347.10.5
520.70.75
694.21
12.580016.50.25
16.70.25
39.20.59
66.11
1565010000
7002500.11
5000.23
7500.34
10000.45
20000.9
22221
2070015.80.01
2500.22
5000.45
7500.67
11121
3070015.60.05
77.10.25
77.10.25
154.20.5
231.30.75
308.41

水素チャージは,触媒毒としてNH4SCNを0.5 mass%添加した0.1 mol/L NaOH水溶液中(30°C)にて,電流密度:5 mA/cm2,チャージ時間:24 hの条件下にて陰極電解法によって行った。チャージ後,昇温加熱機構付きガスクロマトグラフを用いて水素放出曲線を測定した。ガスクロマトグラフへ試料導入後,分析開始まで放出される水素はガスクロマトグラフ外へフローした。チャージ終了から分析までの時間は5 minと統一した。キャリアガスとしてアルゴン(1.2×10−5 m3/min)を用い,昇温速度:100°C/h,測定温度範囲:室温~270°Cのもと,放出された水素の量を5 minに一度の間隔で計測した。単位時間当たりの水素放出量を試験片質量で除して水素放出速度を算出し,水素放出曲線を求めた。

3. 実験結果および考察

3・1 クリープおよび加熱時効に伴う水素放出特性の変化

受取りまま材と10 MPa/800°Cのクリープ損傷材(寿命比:0.25,0.50,0.75,1)で計測された水素放出曲線をFig.1に示す。受取りまま材のピークは100°C近傍にあり,ピーク高さはおよそ0.03 mass ppm/minである。クリープの進行とともにそれらは上昇し,破断材においてはピーク高さが0.3 mass ppm/minと受取りまま材に比べ約10倍高くなっている。なお,このようなクリープに伴う水素放出曲線の変化はクリープ試験条件によって大きく異なり,受取りまま材に比べピーク高さが逆に減少するものもあった。受取りまま材と加熱時効材(650°C/10000 h,700°C/10000 h,800°C/3312 h)で計測された水素放出曲線をFig.2に示す。650°C,700°C加熱時効材のピーク温度は70~80°C近傍と受取りまま材に比べわずかに低温側にあり,ピーク高さは受取りまま材より幾分低く,650°C加熱時効材がおよそ0.02 mass ppm/min,700°C加熱時効材がおよそ0.025 mass ppm/minである。一方,800°C加熱時効材のピーク温度は100°C近傍であり受取りまま材と変わらないが,ピーク高さはおよそ0.06 mass ppm/minと逆に増加している。

Fig. 1.

 Change in hydrogen evolution curve with creep.

Fig. 2.

 Change in hydrogen evolution curve with thermal aging.

昇温脱離分析中に放出された水素量を水素放出曲線下の面積より算出し,CHとした。クリープ材で得られたCHの対数を定数20のLarson-Millerパラメータ(LMP)で整理したものがFig.3である。例外もあるもののクリープ損傷材や加熱時効材で計測された水素放出曲線の再現性は良好であり,CHのばらつきも小さかった。他方,同図からもわかるように,受取りまま材のCHは比較的ばらつき(エラーバー)が大きかった。受入れ時すでに冷間加工が施されていた供試材には,加工により導入された原子空孔や転位などの格子欠陥が存在している。水素放出曲線の測定温度範囲が室温~270°Cであることから,転位組織が回復するとは考えにくく10),空孔や空孔クラスターなどについては測定中に消滅,減少しているものと思われる。この空孔型欠陥の消滅や減少に加え,格子欠陥の分布が必ずしも均一でなく試料間でその量が幾分異なっていたことなどが受取りまま材のばらつき要因であると考えられるが,その詳細な検討は今後の課題である。なお,クリープ損傷材や加熱時効材のばらつきが小さいのは,冷間加工に起因した格子欠陥がクリープ中あるいは加熱時効中に消滅してしまうためである。

Fig. 3.

 Change in CH measured on creep specimens.

同図からわかるように,logCHの変化は決して単純ではなく,試験条件に大きく依存している。22.5×103程度までの低LMP領域のlog CHをみてみると,受取りまま材と同程度のものもあればそれよりも小さなものもあり,10 MPa/650°Cのクリープ材(図中〇印)の減少量がもっとも大きい。他方,LMPが22.5×103以上になると,log CHは増加傾向にあり低応力長時間側の試験材ほどそれがより顕著になっている。

このように,前報9)のマルテンサイト組織を有するGr.91とは異なり,18Cr-2.5Si鋼の水素放出特性はクリープのみならず加熱時効によっても変化した。これは,加熱時効によって生じるミクロ組織変化によって鋼中水素の吸蔵あるいは拡散挙動が変化すること意味している。次節以降では,18Cr-2.5Si鋼の水素放出特性に及ぼす析出物や転位などのミクロ組織因子の影響を明らかにするとともに,クリープ損傷に関連した放出水素の分離・抽出について検討した。

3・2 水素放出特性に及ぼす析出物の影響

650°Cで1000 h,3000 h,10000 h時効処理した後のミクロ組織(SEM反射電子像)をFig.4に示す。3000 h加熱時効材(Fig.4(b))の粒界上には1000 h加熱時効材(Fig.4(a))ではみられない白色の析出物(図中矢印)が観察される。10000 h加熱時効材(Fig.4(c))ではその析出物が粗大化しており,一部粒内にも観察される。エネルギー分散型X線検出器(EDX)による分析の結果,これら析出物はσ相であることが判明した。σ相が観察されたのは650°C加熱時効材のみであり,700°Cおよび800°Cの加熱時効材では観察されなかった。同加熱時効材で計測された水素放出曲線をFig.5に示す。同図より,σ相のサイズや析出量が異なるにもかかわらず,ピーク温度およびピーク高さは70~80°C近傍および0.014~0.018 mass ppm/min程度と加熱時効時間によらずほぼ一定であり,水素放出曲線に大きな差異は認められない。このことから,σ相の析出は水素放出特性にほとんど影響を与えないものと考えられた。

Fig. 4.

 SEM micrographs of specimens aged at 650°C (an arrow indicates σ phase); (a) 1000 h, (b) 3000 h, (c) 10000 h.

Fig. 5.

 Hydrogen evolution curves measured on steels thermally aged at 650°C.

800°Cで694 h,3312 h時効処理した後のミクロ組織(SEM二次電子像)を受取りまま材のものと併せてFig.6に示す。図中矢印の析出物はNbCであり,加熱時効によって粒界上に新たに析出し,時効時間の増加とともに粗大化していく傾向が認められた。受取りまま材の粒内にもNbCが観察されたが,溶体化処理の際に固溶せず残ったものと思われた。このようなNbCの新たな析出と粗大化は800°Cで顕著であり,700°Cにおいてもわずかに認められた。しかし,650°Cにおいては観察されなかった。両加熱時効材で計測された水素放出曲線をFig.7(a)に示す。同図より,694 h加熱時効材のピーク高さが0.037 mass ppm/min程度であるのに対し,3312 h加熱時効材のそれは0.06 mass ppm/min程度とピーク高さが上昇している。また,ピーク温度もおよそ90°Cから120°Cへと30°C程度高温側にシフトしている。次式で与えられるガウス関数を用いて両加熱時効材の水素放出曲線をフィッティング11)し,両曲線の差を求めた。得られた結果をFig.7(b)に示す。   

F(T)=Σiaiexp{(TTpibi)2}(1)

Fig. 6.

 SEM micrographs of specimens (an arrow indicates NbC); (a) as-received, (b) 800°C/694 h, (c) 800°C/3312 h.

Fig. 7.

 Effect of NbC on hydrogen evolution curve; (a) hydrogen evolution curves measured on specimens thermally aged at 800°C, (b) difference between two curves.

ここで,Tpi:各曲線のピーク温度,ai:各曲線のピーク高さ,bi:各曲線の標準偏差である。この差の曲線に対して式(1)を用いてピーク分離を行ったところ,80°C(ピーク1)と128°C(ピーク2)にピークを持つ2つの曲線に分離することができた(Fig.7(b))。Wallaertら12)は,NbCのサイズ分布が異なるフェライト鋼のNbCの水素トラップ能を水素昇温脱離分析法によって調べ,NbCからの水素放出が界面の整合性に応じて2つの温度域に分かれることを報告している。すなわち,微細NbCの整合界面にトラップされている水素が比較的低温側で放出されるのに対して,粗大化し整合性が失われた界面からの水素放出はより高温側で生じることを明らかにしている。今回得られた2つの異なる温度域からの水素放出もこのようなNbC界面の整合性の違いに起因しているものと推測される。

3・3 水素放出特性に及ぼす転位の影響

冷間加工で導入された転位組織の回復やクリープに伴う転位密度の増加13)も水素の吸蔵・拡散挙動に影響するものと思われたため,水素放出特性に及ぼす転位の影響について調査した。受取りまま材に対して1100°C/1hの溶体化処理(ST:Solution treatment)を行った後に計測された水素放出曲線をFig.8に示す。同図には溶体化処理前の受取りまま材(冷間加工まま材)の結果も併せてプロットしてある。なお,溶体化処理後の水素放出曲線については,同一試料を用いて複数回測定したうちの2回目のものを載せている。溶体化処理時に形成された凍結空孔が1回目の測定の昇温により消滅,減少し,2回目以降の方が1回目よりも水素放出ピークが低くなったためである。そのため,溶体化処理に供した試料については,すべて測定2回目以降の結果を用いることにした。

Fig. 8.

 Effect of dislocation on hydrogen evolution curve; (a) hydrogen evolution curves of as-received before and after ST (solution treatment), (b) difference between two curves.

両曲線のピーク温度はおよそ100°Cとほぼ一致しているが,ピーク高さに大きな違いがみられる。溶体化処理前のピーク高さが0.032 mass ppm/minであるのに対して,溶体化処理後のそれは0.008 mass ppm/minとほぼ1/4程度にまで減少している。前節と同様,ガウス関数を用いて両曲線をフィッティングし両者の差を求めたところ,Fig.8(b)に示すように,ピーク温度93°Cの水素放出曲線が得られた。フィッティングが必ずしも十分ではないが,これはガスクロマトグラフの分析精度に関係しているものと考えられる。溶体化処理により転位密度が大きく低下することから,得られた曲線は転位組織から放出された水素に対応しているものと考えられる。もっとも,溶体化処理によって粒径が増加し未固溶のNbCもわずかに固溶したため,Fig.8(b)の水素放出曲線にはこれら粒界やNbCの影響も幾分含まれている可能性がある。しかし,前述したように,NbCからの水素放出は80°Cおよび128°Cにピークを有する曲線となり,また粒界からの水素はNbC整合界面(80°C)よりさらに低温側で放出される12)。そのため,ほぼ単一のガウス関数で近似できるFig.8(b)の曲線は主として転位組織に関係した水素の放出を反映しており,粒界やNbCの影響は小さいものと考えられる。

3・4 水素放出特性に及ぼすクリープ損傷の影響

上述した析出物や転位組織等のミクロ組織の影響を除き,水素放出特性に及ぼすクリープ損傷(ボイド等の欠陥)のみの影響を抽出することを目的として,クリープ材に対して溶体化処理(1100°C/1 h)を施した。溶体化処理後のクリープ破断材(15 MPa/700°C)のミクロ組織(SEM二次電子像)を,溶体化処理した受取りまま材のものと併せてFig.9に示す。溶体化処理によってクリープ試験中新たに析出していた微量のNbCが固溶し,ミクロ組織は受取りまま材とほぼ同等となっていた。また,同図に示すように,クリープ破断材中のボイドは溶体化処理後も残っており,損傷状態を変えることなくミクロ組織のみをリセットしたことを確認した。

Fig. 9.

 SEM micrographs of specimens after ST ; (a) as-received, (b) creep ruptured (15 MPa/700°C).

溶体化処理した後の受取りまま材とクリープ破断材(15 MPa/700°C)で計測された水素放出曲線をFig.10(a)に示す。クリープ破断材のピーク温度は120°C近傍であり,受取りまま材の100°Cに比べ高く,ピーク高さはおよそ0.04 mass ppm/minと受取りまま材の0.005 mass ppm/minに比べ8倍程度高くなっている。前節までと同様,ガウス関数を用いて両曲線の差を求めた結果がFig.10(b)中の実線である。受取りまま材およびクリープ破断材ともに溶体化処理を施しほぼ同様なミクロ組織になったことから,この曲線の差は溶体化処理でも消失しなかったクリープ損傷(ボイド等の欠陥)からの水素放出に対応している。また,この差は単一のガウス関数で近似することができず,図中の一点鎖線と二点鎖線で示すように,115°C(ピーク1)と150°C(ピーク2)にピークを持つ2つの曲線に分離することができた。

Fig. 10.

 Effect of creep damage on hydrogen evolution curve; (a) hydrogen evolution curves of as-received and ruptured specimens subjected to ST, (b) difference between two curves.

ボイドやその前駆段階である空孔クラスター,単空孔と水素の相互作用に関する研究は古くから行われている。Besenbacherら14)は,水素とNi中の単空孔と空孔クラスターとの結合エネルギーは異なり,それぞれ23 kJ/molおよび41 kJ/molになると報告している。また,Moにおいては,単空孔と水素の結合エネルギーがトラップされる水素量に応じて異なり(少ない場合:99 kJ/mol,多い場合:77 kJ/mol),空孔クラスターとの結合エネルギーはさらにそれらより高くなること(111 kJ/mol)がMyers and Besenbacher15)によって報告されている。彼ら16)は,Fe中の欠陥と水素の結合エネルギーについても調べており,単空孔および空孔クラスターと水素の結合エネルギーはそれぞれ51 kJ/molおよび68 kJ/mol,欠陥サイズが大きくなり1 nmのボイドでは75 kJ/molになると報告している。このように,水素と欠陥の相互作用は欠陥サイズに依存して異なり,それが大きくなるにつれて結合エネルギーも大きくなる傾向にある。ボイド内部の水素分子が試料外部へ放出されるには,ボイド内面への吸着と格子中への再固溶という過程が必要であり,これは試料の外部表面に水素分子が吸着し,格子中に固溶していく過程と同じである。Picraux17)は,α-Fe表面と水素の結合エネルギーとして水素原子の固溶エネルギーと吸着エネルギーの和である77 kJ/molを報告しており,試料表面とみなせるほどボイドが大きくなれば,それ以上サイズが大きくなっても水素との結合エネルギーはあまり変化しないと思われる。いずれにせよ,水素と欠陥の結合エネルギーが異なれば水素昇温脱離分析により得られる水素放出ピークの温度域も異なるため,上述のピーク分離により得られた2つの曲線はサイズの異なる損傷(欠陥)からの水素放出を反映しているものと推測される。

3・5 水素放出曲線の分離

前節までに分離した各水素放出曲線のピーク温度に加えそれらの標準偏差(放出温度幅)をまとめたものがTable 3である。同表に示すピーク温度と標準偏差に基づき,式(1)中のピーク高さをフィッティングパラメータとしてクリープ材の水素放出曲線をシミュレートした。なお,シミュレートの際には,ミクロ組織と損傷の影響がない溶体化処理後の受取りまま材の水素放出曲線も加算した。一例として,10 MPa/800°Cクリープ破断材と800°C/176 h加熱時効材のシミュレート結果をFig.11に示す。Fig.11(a)に示すように,クリープ破断材についてはほぼすべての水素放出曲線を良好にシミュレートすることができた。一方,加熱時効材については,比較的水素放出速度の低い領域がうまく再現できないものがいくつかみられた(Fig.11(b))。これは,ガスクロマトグラフの検出限界により低放出速度域の水素をすべて検出できていなかったためであると考えられる。

Table 3. Peak temperatures and standard deviations of decomposed hydrogen evolution curves.
Hydrogen trap sitePeak temperature, °CStandard deviation, °C
Damage11547
15030
NbC8035
12835
Dislocation9337
Fig. 11.

 Decomposition of hydrogen evolution curves using Gaussian function; (a) creep ruptured (10 MPa/800°C), (b) thermally aged (700°C/176 h).

Fig.12は800°C,700°C加熱時効材および10 MPa/800°C,15 MPa/700°Cクリープ材より計測された水素放出曲線を上記の各因子ごとに分離し,転位に関係している水素の放出量(Cd)のみを抽出し,LMPに対してプロットしたものである。加熱時効材のCdは受取りまま材の1/3~1/2程度となっている。この結果は加熱時効による転位組織の回復を反映しているものと思われる。他方,クリープ材については,クリープによってCdが一度減少するが,その後試験条件に応じて高LMP側で増加に転じている。クリープ初期の減少は上述した転位組織の回復,その後の増加はクリープ中の転位密度の増加18)にそれぞれ対応しているものと考えられる。700°C,800°C加熱時効材と受取りまま材で得られたCdとビッカース硬さの関係を示したものがFig.13である。硬さ計測は荷重4.9 Nで行った。圧痕サイズは60~70 μm程度で結晶粒径とほぼ同程度であったため,硬さに影響を及ぼす組織因子としては転位密度や固溶元素濃度,析出物が考えられる。しかし,700°Cおよび800°C加熱時効では粒界析出物の粗大化のみが認められることから,硬さ変化の主たる要因は転位密度変化であると考えられる。Fig.13からわかるように,多少ばらつきがあるものの両者の間には比較的良好な相関が見られる。この結果は,上述した方法による水素放出曲線の分離抽出の妥当性を示唆している。

Fig. 12.

 Change in Cd measured on creep and thermally aged specimens.

Fig. 13.

 Relationship between Vickers hardness and Cd.

3・6 水素放出特性変化に基づいたクリープ余寿命評価

クリープ損傷に関与している水素の放出量(C1)のみを3・4節の方法で分離抽出し,得られた結果をLMPに対してプロットしたものがFig.14である。損傷起因の水素放出が認められなかったものは,C1が0であるとして同図にはプロットしていない。また,同図には溶体化処理に供したクリープ材と受入れまま材の両水素放出曲線の差から損傷を反映している水素の放出量(C2)を実験的に求めた結果も併せて示してある。多少ばらつきはあるものの,クリープの進行とともに水素放出量も単調に増加していく傾向が認められる。その増加は,応力条件に強く依存し,低応力長時間側のものほど顕著である。また,両方法で求めた水素量(C1C2)は比較的良く一致しており,この結果も3・4節の分離抽出方法の妥当性を示唆している。以降,C1もしくはC2CH12とする。クリープ破断材(図中*印)で計測されたlog CH12とLMPの関係(図中の直線)を求めたところ,次式のようになった。   

logCH12=5.45×104LMP12.4(2)

Fig. 14.

 Changes in C1 and C2 with creep.

これは一種の破壊基準であり,損傷の蓄積とともにlogCH12が増加し,式(2)の直線に達する(log CH12≧5.45×10−4 LMP−12.4)と破壊(破断)が生じることを意味している。

著者ら9)は,ボイド成長則に基づき導出したYHパラメータ((t/tr)2σ2T−0.5)を用いてGr.91のクリープ材の水素量をクリープ試験条件によらず良好に整理できることを報告している。本研究においても,(t/tr)aσbTc型パラメータを用いて,損傷(ボイド等の欠陥)の発生・成長挙動を反映しているCH12の整理を試みた。その結果,(t/tr)1σ−2T−0.5というパラメータを用いると,CH12を良好に整理できることがわかった。本パラメータ(以降,YH2パラメータ)に対してlog CH12をプロットしたものがFig.15である。この関係を用いることで,応力と温度が既知であれば,水素放出曲線の測定によってクリープ寿命を直接予測することが可能となる。より多くの寿命を高精度で予測できるような両者の関係を求めたところ,次式が得られた。   

YH2=6.18×105(logCH12)2+1.51×104(logCH12)+1.00×104(3)

Fig. 15.

C1 and C2 plotted as a function of (t/tr)1σ–2T–0.5.

式(3)をマスターカーブとして用い,応力と温度が既知であるとして,測定されたCH12より各クリープ材の寿命比(t/tr)の推定を行った。推定したt/trと実際のそれを比較したものがFig.16である。2倍程度の寿命比を予測しているケースもあるが,多くのデータがFactor of 1.2(図中,破線)の精度で予測できているのがわかる。

Fig. 16.

 Comparison between actual creep life fraction and predicted one.

4. 結言

フェライト系耐熱ステンレス鋼のクリープ余寿命評価への水素昇温脱離分析法の適用性を検討するため,18Cr-2.5Si鋼のクリープに伴う水素放出特性の変化を調査した。加えて,計測された水素放出曲線を水素トラップサイトごとに分離し,損傷(欠陥)に関与している水素のみの抽出を試みた。本研究で得られた知見をまとめて以下に示す。

(1)Gr.91鋼とは異なり,フェライト系耐熱ステンレス鋼の水素放出特性はクリープのみならず加熱時効によっても変化し,同特性にはミクロ組織変化の影響が反映される。

(2)水素放出特性に及ぼす①クリープ損傷(ボイドなどの欠陥),②NbC,③転位組織の影響を分離した結果,各因子からの水素放出はそれぞれ①115°C,150°C,②80°C,128°C,③93°Cにピークを有する曲線に分離することができた。

(3)クリープ損傷に関係している水素の放出量(C1およびC2)をボイド成長則に基づき導出したYH2パラメータ{(t/tr)1σ−2T−0.5}によって良好に整理することができる。また,両者の関係式を求めたところ,“YH2=6.18×10−5(logCH12)2+1.51×10−4(logCH12)+1.00×10−4”で与えられ,本関係をマスターカーブとして用いることにより,温度と応力が既知であれば余寿命を直接予測することが可能である。

文献
 
© 2016 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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