2016 年 102 巻 2 号 p. 96-104
Machinery parts made from medium carbon steels are sometimes formed after spheroidizing annealing (SA). In order to improve the formability, it is necessary to reduce the yield strength and increase the reduction of area to fracture. In the present study, changes in the mechanical properties of medium carbon steel wire rods after SA were precisely investigated in relation to prior microstructure. In the steels with pearlite, the yield strength was drastically reduced and the reduction of area was raised after SA because of microstructural changes from pearlite to ferrite with dispersed spheroidized cementite. It was also found that the yield strength of ferrite with spheroidizing cementite depended sensitively on cementite-particle spacing as well as ferritic grain size. The reduction of area was, however, reduced as cementite size increased. The yield strength of the rod drawn in advance rapidly dropped after SA over 958 K, which was lower than that of ferrite steels with pearlite. Such changes in the mechanical properties after spheroidizing annealing could be reasonably understood from the difference in distribution of spheroidized cementite particles.
中炭素鋼は,ボルトや歯車などの機械部品の材料として広く使用されている。機械部品の製造工程例をFig.1に示す。鋼片を熱間圧延して作製された棒鋼や線材は,伸線加工と球状化焼鈍(spheroidizing annealing:以下SA)処理の後,冷間鍛造により成形加工される。その後,焼入れ焼戻し熱処理を施して,機械部品が製造される。機械部品には,降伏強度や靭性が求められるが,同時に冷間鍛造時の成形性も重要である。成形性には軟質かつ高延性が求められるため1),棒鋼や線材は冷間加工前のSA処理によって軟質化される。SA処理は,ラメラ状セメンタイトの球状化によって軟質化させる熱処理法である。通常,A1点直下での保持,フェライト/オーステナイト二相域からの徐冷,によって行われる2)。
Typical manufacturing process of machinery parts from medium carbon steels.
冷間鍛造時の成形性改善には,上述のとおりSA処理後の降伏強度の低下や延性の向上が重要である。SA処理材の降伏強度は,フェライト粒径3,4),セメンタイト間隔4),あるいはその両方5)の影響を受けると報告されている。一方,SA処理材の延性は,セメンタイトの体積率6,7,8),球状化率や形状8,9,10,11),サイズ8,12,13)の影響を受けると報告されている。従来は,セメンタイトサイズが大きくなると延性が高くなると考えられている8,12,13)。しかし,セメンタイトサイズが大きくなると,塑性変形時にボイドが発生しやすくなることも報告されている14)。さらに,セメンタイトサイズを変えると,同時にフェライト粒径など他の組織因子も変化する。これまで,各組織因子の影響を分離した報告はなく,延性の支配因子について統一見解は得られていない。
また,SA処理前の組織が,処理後の組織や機械的性質に大きな影響をもたらすことが報告されている。それらは,i)SA処理前の組織を微細なフェライト/パーライト混合組織とすることで,ラメラの分断が進行し球状化が促進される15),ii)SA処理前の組織をベイナイト主体とすることで,SA処理後のセメンタイトが微細になるとともに延性が向上する16),iii)SA処理前に伸線加工を行うことで,セメンタイトの球状化が促進され,より球に近い形状となる17,18),などである。
SA後の組織や機械的特性に及ぼす前組織の影響を解明することは,冷間鍛造時の成形性の改善に有益な情報となる。本研究では,延性の評価指標に断面収縮率(絞り)を用い,SA処理後の降伏強度や断面収縮率に及ぼす組織因子(フェライト粒径,セメンタイトサイズ)の影響について系統的に調査した。さらに,異なるプロセスで作製したパーライト組織とフェライト/パーライト混合組織をSA処理し,降伏強度や断面収縮率に及ぼす前組織の影響についても調査した。そして,各種組織因子とSAによる軟質化機構の関係ついて詳細に検討を行った。
供試材である中炭素鋼の化学組成をTable 1に示す。断面122×122 mm2の鋼片を1323 Kに加熱し,直径5.5 mmの線材に熱間圧延し,1173 Kから2種類の異なる冷却プロセスを用いて線材を作製した。Fig.2に冷却プロセスの模式図を示す。Aプロセスでは,圧延機後方に設置された溶融塩槽19)に線材を浸漬させ,恒温変態処理するプロセスである。Aプロセスにおける1173 Kから823 Kまでの平均冷却速度は50 K/s,溶融塩槽温度は823 K,浸漬時間は50 sであった。一方,Bプロセスでは,風冷20)して連続冷却するプロセスである。Bプロセスにおける1173 Kから870 Kまでの平均冷却速度は5 K/sであった。以降,Aプロセス,Bプロセスで作製したサンプルをそれぞれ43C-A,43C-Bと呼ぶ。
C | Si | Mn | P | S | Fe | |
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43C | 0.43 | 0.21 | 0.64 | 0.020 | 0.018 | Bal. |
Schematic diagram of cooling processes of A and B after hot rolling. A process employs isothermal transformation by quenching into a salt bath and B process continuous cooling. F and P designate ferrite and pearlite, respectively. Corresponding parts of A and B processes are indicated by bold-broken line in the entire flow chart of the present thermo-mechanical processes.
43C-Aと43C-Bを用いて,機械的特性や組織に及ぼす伸線減面率とSA処理条件の影響を調査した。伸線減面率とは伸線前後の断面積の差を伸線前の断面積で除した値である。伸線加工とSA処理における加工熱処理プロセスをFig.3に示す。Fig.3(a)では,0~40%の伸線加工を行った後,958 Kで5 hのSA処理を,Fig.3(b)では,30%伸線加工後,943 K,973 K,988 Kで5 hのSA処理を行った。なお,43CのA1点は995 Kであった。
Schematic diagrams of thermo-mechanical processes employed for spheroidized annealing with the change in drawing ratio and temperature. Corresponding part is indicated by broken line in the entire flow chart of the present thermo-mechanical processes.
より粗大なセメンタイトを含む試料を作製するため,Fig.3(c)に示したSA処理,すなわち1013 Kで5 h保持した後,963 Kまで20 K/hで冷却を行った。
2・3 組織観察と機械的特性の調査線材の長手方向に垂直な断面を機械研磨後,5%ピクリン酸アルコール溶液(ピクラール)で腐食し,走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)を用いて,組織観察を行った。また,電子線後方散乱回折法(Electron Back Scatter Diffraction:EBSD)を用いてフェライト粒径を測定した。この際,フェライト粒界は方位差が15°以上の境界と定義し,粒界で囲まれた領域の面積を円に換算した時の直径をフェライト粒径とし,その平均値を平均フェライト粒径とした。セメンタイトのサイズと面積率は倍率5000倍のSEM写真を用い,それらの2値化画像から求めた。セメンタイトサイズは,セメンタイトの面積を円に換算した時の直径とし,その平均値を平均セメンタイトサイズとした。なお,直径0.1 μm未満のものは,ノイズとの区別が困難なため除外した。
分散粒子の体積率は面積率と等しい21)ことから,上述の2値化画像から求めたセメンタイトの面積率をセメンタイトの体積率とした。フェライト面積率は,倍率1000倍のSEM写真を用い,それらの2値化画像から求めた。パーライト組織のラメラ間隔は,倍率10000倍のSEM写真を用い,各視野での最小の層間隔を求め,それらの間隔の平均値とした。SEM写真は,全ての測定で15視野撮影し,算出に用いた。引張試験は,インストロン型万能試験機を用いて,標点間距離を100 mm,クロスヘッド速度を10 mm/minとして,室温大気中で行い,降伏強度(上降伏点)と断面収縮率(絞り)を測定した。
43C-Aと43C-Bの組織をFig.4に示す。Aプロセスで作製された43C-A(Figs.4(a),(c))では,フェライト面積率が著しく低減した組織となった。一方,Bプロセスで作製された43C-B(Figs.4(b),(d))では,典型的なフェライト/パーライト混合組織となった。43C-A,43C-Bのフェライト面積率は,それぞれ7%,31%であり,パーライト組織のラメラ間隔は,それぞれ150 nm,230 nmであった。これより,熱間圧延後に溶融塩槽への浸漬(Fig.2,Aプロセス)を行うことで,Figs.4(a),(c)に示したラメラ間隔が小さなパーライトを主体とした組織(以下,パーライト鋼と呼ぶ)が得られた。一方,熱間圧延後に連続冷却することで,Figs.4(b),(d)に示したラメラ間隔が広いパーライト組織を含むフェライト/パーライト混合組織(以下,フェライト/パーライト鋼と呼ぶ)が得られた。
SEM images showing microstructures prepared by different cooling processes after hot rolling; (a) pearlite microstructure of 43C-A prepared by isothermal transformation treatment (A process), (b) ferrite-pearlite microstructure of 43C-B prepared by continuous cooling (B process), (c) magnified image of (a), (d) magnified image of (b).
43C-Aと43C-Bの引張試験を行い,得られた降伏強度と断面収縮率の結果をTable 2に示す。43C-A(パーライト鋼)の降伏強度と断面収縮率は,いずれも43C-B(フェライト/パーライト鋼)より高かった。
Yield strength/MPa | Reduction of area/% | |
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43C-A | 890 | 65.8 |
43C-B | 769 | 46.8 |
SA処理後,引張試験を行った。Fig.5に30%伸線加工後に973 KでSA処理した43C-Aと43C-Bの真応力−真ひずみ曲線を一例として示す。いずれも明瞭な降伏とその後の加工硬化を示す曲線となった。本実験では,熱間圧延後の冷却プロセス,伸線減面率,SA処理温度に関わらず,全ての試料で明瞭な降伏とその後の加工硬化を示す曲線が得られた。
Typical true stress vs. true strain curves of 43C-A and 43C-B samples processed by 30% drawing and spheroidizing annealing at 973 K for 5 h.
0~40%伸線加工後に958 KでSA処理(Fig.3(a))した試料の引張試験を行い,伸線減面率と降伏強度,断面収縮率の関係をまとめてFig.6に示す。43C-A,43C-BともにSA処理前に30%伸線加工を施すと,伸線加工をしない場合より降伏強度が低下,断面収縮率が向上した。さらに伸線加工の有無に関わらず,SA処理後の43C-Aの断面収縮率は43C-Bより高かった。
Effect of drawing ratio on (a) yield strength and (b) reduction of area of 43C-A and 43C-B samples after spheroidizing annealing at 958 K for 5 h.
30%伸線加工後に,943 K~988 KでSA処理(Fig.3(b))し,引張試験を行った。得られたSA処理温度と降伏強度,断面収縮率の関係をFig.7に示す。SA処理温度の上昇にともなって,43C-Aと43C-Bの降伏強度は低下した。958 K以下でSA処理した43C-Aの降伏強度は43C-Bより高いが,958 Kを超えると,逆に43C-Aの降伏強度は43C-Bより低くなった(Fig.7(a))。一方,断面収縮率はSA処理温度によらず,ほぼ一定の値となり,43C-Aの断面収縮率は43C-Bより高かった(Fig.7(b))。すなわち,958 Kを超えたSA処理温度では,43C-A(パーライト鋼)の降伏強度は43C-B(フェライト/パーライト鋼)よりも低く,かつ断面収縮率は43C-Bより高かった。
Effect of annealing temperature on (a) yield strength and (b) reduction of area of 43C-A and 43C-B samples after spheroidizing annealing for 5 h.
より粗大なセメンタイトを得るため,1013 Kで5 h保持した後,963 Kまで20 K/hで冷却した(Fig.3(c))試料を作製し,引張試験を行った。得られた降伏強度と断面収縮率をTable 3に示す。このプロセスの場合,43C-Aと43C-Bの降伏強度と断面収縮率はそれぞれ約320 MPa,約65%で同等であった。
Yield strength/MPa | Reduction of area/% | |
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43C-A | 324 | 65.3 |
43C-B | 322 | 66.6 |
Fig.8に,i)伸線加工を行わずに958 KでSA処理(Fig.3(a))した後の組織,ii)30%伸線加工後に958 KでSA処理した後の組織を示す。伸線加工を行わない場合,43C-A(Fig.8(a))の方が43C-B(Fig.8(c))に比べて,より均一に分布した球状セメンタイトを含む組織であった。43C-B(Fig.8(c))は,球状セメンタイトとラメラ状パーライトが偏在した組織であった。一方,30%伸線加工後にSA処理すると,パーライトの球状化は促進された。43C-A(Fig.8(b))では43C-B(Fig.8(d))と比べ,球状セメンタイトがより均一に分布した組織となった。Fig.8(d)では,一部に偏在した球状セメンタイトが観察された。これは,SA処理前にフェライトであった部分にはセメンタイトが存在できないことによる。
SEM images showing microstructures after spheroidizing annealing at 958 K for 5 h of (a) 43C-A without drawing, (b) 43C-A with 30% drawing, (c) 43C-B without drawing and (d) 43C-B with 30% drawing. Arrow marks indicate (c) lamellar pearlite and (d) segregated distribution of cementite particles, respectively.
Fig.9に,43C-Aを20%および40%で伸線加工後に958 KでSA処理した後の組織を示す。伸線減面率が高くなると,セメンタイトサイズが大きくなった。
Microstructures after spheroidizing annealing at 958 K for 5 h of (a) 43C-A with 20% drawing, (b) 43C-A with 40% drawing.
30%伸線加工後に,943 Kおよび988 KでのSA処理によって得られた組織をFig.10に示す。SA処理温度が高くなると,セメンタイトサイズが大きくなった。一方,43C-A(パーライト鋼)のセメンタイト分布は43C-B(フェライト/パーライト鋼)より均一であった。
Microstructures after 30% drawing followed by spheroidizing annealing (SA); (a) 43C-A obtained by SA at 943 K for 5 h, (b) 43C-A obtained by SA at 988 K for 5 h, (c) 43C-B obtained by SA at 943 K for 5 h, (d) 43C-B obtained by SA at 988 K for 5 h.
粗大なセメンタイトを得るために1013 Kで5 h保持した後,963 Kまで20 K/hで冷却(Fig.3(c))した後の組織をFig.11に示す。43C-Aおよび43C-Bの平均セメンタイトサイズは,それぞれ0.86 μm,0.83 μmであった。
Microstructures after spheroidizing annealing (SA); (a) 43C-A and (b) 43C-B prepared by SA at 1013 K for 5 h followed by cooling 20 K/h.
0~40%伸線加工後,958 KでのSA処理によって得られた平均フェライト粒径,平均セメンタイトサイズと伸線減面率との関係をFig.12に示す。SA処理後のフェライト粒径は,30%以上の伸線加工によって増大した(Fig.12(a))。伸線加工なしと30%の伸線加工を施した場合の平均フェライト粒径を比較すると,43C-Aでは12.6 μmから20.2 μmに,43C-Bでは12.4 μmから17.3 μmに増大し,43C-Aのフェライト粒の粗大化がより顕著であった。同様に,平均セメンタイトサイズを比較すると,43C-Aでは0.29 μmから0.40 μm,43C-Bでは0.40 μmから0.50 μmにそれぞれ増大したが(Fig.12(b)),伸線加工の有無に関わらず43C-Aの平均セメンタイトサイズは43C-Bより小さかった。すなわち,SA処理前の30%以上の伸線加工によって,伸線加工しない場合と比較して,43C-A(パーライト鋼)と43C-B(フェライト/パーライト鋼)の平均フェライト粒径,平均セメンタイトサイズはいずれも増大した。
Effect of drawing ratio on microstructures evolved after spheroidizing annealing at 958 K for 5 h. Relationships between drawing ratio and (a) average ferrite grain size, (b) average diameter of cementite.
30%伸線加工後に943 K~988 KでのSA処理(Fig.3(b))によって得られた組織から,平均フェライト粒径,平均セメンタイトサイズを求め,SA処理温度との関係としてまとめた結果をFig.13に示す。SA処理温度の上昇にともなって,平均フェライト粒径は増大した。43C-Aの平均フェライト粒径の増大は,43C-Bより顕著であった(Fig.13(a))。この結果,943 KのSA処理では,43C-Aと43C-Bの平均フェライト粒径は同等だが,958 Kを超えると43C-Aの平均フェライト粒径は43C-Bより大きくなった。平均セメンタイトサイズは,いずれもSA処理温度の上昇にともなって大きくなったが,各SA処理温度において,43C-Aの平均セメンタイトサイズは43C-Bより小さかった(Fig.13(b))。すなわち,SA処理温度が958 Kを超えると43C-A(パーライト鋼)の粒成長が顕著となり,平均フェライト粒径は43C-B(フェライト/パーライト鋼)よりも大きくなった。後で検討するが,これはセメンタイトサイズや,その分布状態と密接に関係していると考えられる。
Effect of spheroidizing annealing temperature on microstructures. Relationships between annealing temperature and (a) average ferrite grain size, (b) average diameter of cementite.
熱間圧延後の異なる冷却プロセスで作製した中炭素鋼(43C-A,43C-B)を用いて,SA処理後の機械的特性について調査した。その結果,降伏強度や断面収縮率(絞り)は,SA処理前の組織(Fig.4)や伸線減面率(Fig.6),およびSA処理温度(Fig.7)の影響を受けることが明らかとなった。同時に,これら伸線減面率やSA処理温度の違いが,平均フェライト粒径(Figs.12(a),13(a))や平均セメンタイトサイズ(Figs.12(b),13(b))といった組織因子を変化させることが明らかとなった。以下では,SA処理後の降伏強度と断面収縮率に及ぼす組織因子の影響について詳細に検討する。さらに,パーライト鋼とフェライト/パーライト鋼のSA処理による軟質化機構についても検討する。
4・1 SA処理後の降伏強度に及ぼす組織因子の影響パーライト鋼とフェライト/パーライト鋼をSA処理すると,球状セメンタイトが分散したフェライト組織となることが知られている。球状セメンタイトが分散したフェライト鋼の降伏強度は,フェライト粒径3,4),セメンタイト間隔4),あるいはその両方の影響を受ける5)ことが報告されている。Hall-Petch則22)で知られるように,降伏強度はフェライト粒径の−1/2乗に比例する。また,分散粒子を含む場合,降伏強度はOrowan型モデルに従うとセメンタイト間隔の−1乗に23),転位のパイルアップモデルに従うとセメンタイト間隔の−1/2乗に24)それぞれ比例することが知られている。
本実験で得られた降伏強度と平均フェライト粒径,平均セメンタイト間隔の関係をFig.14に示す。ここで,セメンタイトは,サイズ分布をもってランダムに分散すると仮定して,体積率fとサイズdpを用いて,平均セメンタイト間隔λを(1)式23)から算出した。
(1) |
Effect of microstructural factors on yield strength after spheroidizing annealing. Relationships between yield strength and (a) average ferrite grain size, (b) average cementite spacing.
平均フェライト粒径,あるいは平均セメンタイト間隔の増大にともなって降伏強度が低下していることがわかる。Taleffらは,過共析鋼のパーライト組織および球状セメンタイトが分散したフェライト組織の機械的特性を調査し,降伏強度σy(MPa)は,平均フェライト粒径Dα(μm)と平均セメンタイト間隔λ(μm)を用いて,以下の式で表わされると報告している5)。
(2) |
ここで,σ0は降伏強度に対する平均フェライト粒径や平均セメンタイト間隔以外の寄与の項である。そして実測した降伏強度,平均フェライト粒径,平均セメンタイト間隔を用いて,λ−1/2に対してσy−460Dα−1/2をプロットして,その切片からσ0の値を20~330 MPaと報告した5)。同様の手法で本研究でのσ0を求めたところ,112 MPaを得た。Taleffらの降伏強度の測定値と計算値をまとめた図5)に,本研究の値を重ねてプロットした結果をFig.15に示す。本研究の結果は,Taleffらの示す直線上に乗り,彼らの報告と一致した。すなわち,SA処理した中炭素鋼においても,従来の知見通り5),降伏強度は平均フェライト粒径と平均セメンタイト間隔で整理できることが確認された。
Comparison of measured and calculated yield strengths. Calculated yield strength was obtained by using the equation of σy=σ0+460Dα–1/2+145λ–1/2 where σ0, Dα and λ are the experimental constant, average ferritic grain size and average cementite spacing5).
SA処理後の断面収縮率と各種組織因子(平均フェライト粒径,平均セメンタイトサイズ)の関係をFig.16に示す。平均フェライト粒径が約13 μm以上では,断面収縮率に及ぼす影響は小さいが,13 μm未満になると,断面収縮率が大きく減少した(Fig.16(a))。従来,炭素量0.2%以下の鋼では,フェライト粒径の減少にともなって,断面収縮率が高くなることが知られている28)。しかし,Fig.16(a)の結果は,従来知見と全く異なる傾向を示しており,断面収縮率に大きな影響を与える他の因子の存在を示唆する。
Effects of microstructural factors on reduction of area after spheroidizing annealing. Changes in reduction of area as a function of (a) average ferrite grain size, (b) average size of cementite.
一方,平均セメンタイトサイズと断面収縮率の関係をFig.16(b)に示す。断面収縮率はフェライト粒径の影響を受けるため,平均フェライト粒径Dαで層別して示した。平均フェライト粒径が同等のものを比較すると,平均セメンタイトサイズの増大にともなって断面収縮率が小さくなり,従来知見8,12,13)と異なる結果となった。鋼が延性破壊に至る素過程では,セメンタイトサイズが大きい程,小さな塑性ひずみでボイドが発生する14)。実際,引張試験後の破断部近傍をSEM観察したところ,粗大セメンタイト/フェライト界面に優先的にボイドが生成していた(Fig.17)。これは,粗大セメンタイト周囲での応力集中と,塑性不適合のためと考えられる。以上の結果(Figs.16(a),(b))から,中炭素鋼におけるSA処理後の断面収縮率は,平均フェライト粒径の他,平均セメンタイトサイズの影響を受けると判断される。
Initiated crack at coarse cementite particle/ferrite interface.
伸線加工後にSA処理した43C-A(パーライト鋼)の降伏強度は,SA処理温度の上昇とともに急激に低下し,SA処理温度が958 Kを超えると,43C-B(フェライト/パーライト鋼)より低くなった(Fig.7(a))。この結果は,降伏強度と組織の関係,あるいは,SA処理での組織の形成挙動が,SA前組織により異なることを示唆する。ここで,パーライト鋼,フェライト/パーライト鋼の降伏強度は,いずれも,Fig.15に示したように,(2)式で表わされた。したがって,パーライト鋼とフェライト/パーライト鋼の組織の形成挙動に差異があると推察できる。SA処理温度が958 Kを超えると,パーライト鋼の平均セメンタイトサイズは,フェライト/パーライト鋼より小さくなり(Fig.13(b)),平均フェライト粒径は大きくなった(Fig.13(a))。
ところで第二相粒子を含む再結晶粒径は,析出物のサイズや体積率の影響を受ける。析出物がランダムに分布する場合,再結晶粒半径Rは,以下のZener式で表わされる29)。
(3) |
ここでrは析出物の半径,fは析出物の体積率である。SA処理後の43C-Aと43C-Bのセメンタイト体積率は,ともに11%で同等であった。また,30%伸線加工後,958 KでSA処理した場合の平均セメンタイトサイズは43C-A,43C-Bでそれぞれ0.40 μm,0.50 μmであった(Fig.12(b)参照)。つまり,セメンタイト体積率が一定であるにも関わらず,平均セメンタイトサイズが小さい43C-Aの平均フェライト粒径が43C-Bより大きくなり,(3)式による析出物のサイズや体積率だけで,本研究で観察された平均フェライト粒径の違いを説明できない。
43C-A(Figs.8(a),(b))のセメンタイトの分布は,43C-B(Figs.8(c),(d))より均一であった。このため,セメンタイトの分布状態の違いによってSA処理後の平均フェライト粒径の差を説明することが可能かどうかを検討した。析出物が結晶粒界に偏在する場合のZener式の補正式が提案されている30,31,32)。Dohertyらは粒界に偏在する析出物の比率Φを用いて,結晶粒半径R1は,以下の式で表わされることを報告している32)。
(4) |
(3)式,(4)式ともに,SA処理後の結晶粒半径(R,R1)は析出物の半径に比例することを示している。SA処理後のセメンタイト半径rとフェライト粒半径の測定結果をFig.18にまとめた。なお,Fig.18では,A1点以下の温度にてSA処理(Figs.3(a),(b))した結果のみをプロットした。43C-A,43C-Bともフェライト粒半径はセメンタイト半径に対して,ほぼ比例関係が認められた。またセメンタイトサイズが同じ場合,43C-Bのフェライト粒半径は43C-Aのそれより小さく,フェライト粒の成長が抑制されていることがわかる。43C-Aと43C-Bのフェライト粒半径をそれぞれRA,RBとすると,セメンタイト半径との間に以下の関係式を得た。
(5) |
(6) |
Relationship between average radius of ferrite grain and average radius of cementite particle after spheroidizing annealing.
これより,セメンタイトサイズが同一の場合,43C-Aと43C-Bのフェライト粒半径の比(RA/RB)は1.4となる。ここで,43C-Aと43C-Bのフェライト粒半径が(4)式で表わされると仮定し,フェライト粒界に偏在するセメンタイトの比率(以下偏在率)をそれぞれΦA,ΦBとすると,フェライト粒半径の比(RA/RB)は,以下の式で表わされる。
(7) |
Figs.8(b),(d)より30%伸線加工後,958 KでSA処理した組織の,偏在率を実測するとΦAは0.30,ΦBは0.44であり,43C-Aのフェライト粒界へのセメンタイトの偏在は,43C-Bより小さかった。これらの値を(7)式に代入すると,(RA/RB)は1.2となった。この値は,フェライト粒半径の実測値から得られた1.4と概ね一致した。このようにセメンタイトの分布状態の差異を考慮することで,SA処理後の43C-Aと43C-Bの平均フェライト粒径の違いは定性的に説明可能である。したがって,SA処理後の43C-Bの平均セメンタイトサイズは43C-Aより大きい(Fig.13(b))ものの,セメンタイトがフェライト粒界に偏在しているため,ピンニング効果により粒成長が効果的に抑制され,平均フェライト粒径が小さくなったと理解できる。以上の結果から,43C-Aの平均フェライト粒径は43C-Bのそれより大きくなり,降伏強度が低くなったと結論される。
一方,本研究では,偏在率に及ぼすSA処理温度や伸線減面率の効果を定量的に評価することはできなかった。これらのプロセス条件も偏在率に影響を及ぼす可能性がある。より詳細な解析により,偏在率に及ぼすプロセス条件の影響を解明することが今後の課題である。
炭素量0.43%の中炭素パーライト鋼とフェライト/パーライト鋼を用いて,球状化焼鈍(spheroidizing annealing:以下SA)処理後の組織と機械的特性を調査し,以下の知見を得た。
(1)SA処理後の降伏強度は,平均セメンタイト間隔,あるいは平均フェライト粒径の増大にともなって,低くなった。
(2)SA処理後の断面収縮率(絞り)は,平均セメンタイトサイズの増大とともに減少した。
(3)パーライト鋼,フェライト/パーライト鋼のいずれでも,SA処理前に伸線加工を行うことで,セメンタイトの球状化が促進され,降伏強度が低くなり,断面収縮率が高くなった。
(4)パーライト鋼では,フェライト/パーライト鋼よりSA処理後の球状セメンタイトの分散が均一な組織となった。SA処理後の平均セメンタイトサイズは,フェライト/パーライト鋼よりも小さくなり,断面収縮率が高くなった。
(5)伸線加工した後にSA処理したパーライト鋼の降伏強度は,SA処理温度の上昇にともなって急激に低下し,958 Kを超えるとフェライト/パーライト鋼より降伏強度が低くなった。
(6)SA処理後のパーライト鋼とフェライト/パーライト鋼の軟質化挙動は,球状セメンタイトの分布状態の違いから説明することができた。