鉄と鋼
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論文
デンドライトまわりの電磁振動流と溶質輸送の数値解析
上野 和之棗 千修嶋﨑 真一岩井 一彦大笹 憲一
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2016 年 102 巻 3 号 p. 141-150

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Synopsis:

Numerical simulations of oscillating flows of molten metal were carried out. These flows were driven by electromagnetic force under imposition of static magnetic field and alternating electric field. Solute transport around a dendrite was calculated simultaneously with the flow field. Results of simulations clarify effects of the electromagnetic oscillating flows on the solute transport when solute condensation occurs in liquid phase around the dendrite. Boundary layer of the oscillating flow is similar to Stokes layer. In the vicinity of the tip of the primary arm (or the tertiary arm), a vortex is generated from this shear layer every half period. These vortices blow up the solute and hence solute transport is enhanced. Simulation results of various conditions suggests the optimum Womersley number exists while the primary-arm Reynolds number is required to be much greater than one. Five times enhancement of solute transport is obtained in a typical case where Womersley number is 8.6 and the primary-arm Reynolds number is 14.

1. 諸言

金属材料の凝固組織微細化は偏析低減や機械的強度の増加に繋がるので,様々な方法で微細化が図られてきた。例えば,異質核生成を促進させるための微細化材添加1),振動印加2)や超音波印加3)が挙げられる。また,合金の凝固初期に交流電流と静磁場とを重畳印加する電磁振動により,凝固組織の微細化が可能である4)。この方法の微細化メカニズムは,振動強度が強いときは核生成であり,振動が弱いときの微細化メカニズムはデンドライトの溶断による結晶増殖であること5)が実験により明らかとなっている。強力な振動が核生成を誘起することは,超音波印加による凝固現象などで以前から知られている。いっぽう,振動強度が弱くとも結晶増殖により微細化されるという事実は,電磁振動が固液界面近傍に流動を誘起することを示唆する。この方法は,電流や磁場の強度,周波数などにより流動形態を変化させうると考えられ,固液界面近傍での溶質輸送ツールとしての可能性を秘めている。

電磁場印加下で誘起される流動が凝固組織に与える影響について,中炭素綱を対象として詳細な研究が行われている6)。高周波交流磁場により試料を浮揚させながら適切な強度の静磁場を重畳印加させることで,その流動抑制効果を利用して流速制御を行いつつ試料を凝固させた研究である。流速が増加した場合,成長する固相から排出された溶質の輸送が増加する。これにより不安定性が増大し7,8),固相の溶断によって結晶増殖が促進される。その結果として,柱状晶組織から等軸晶組織への遷移がおこると説明されている。また,流動による溶質輸送が顕著となる流速が10−3 m/sであることも明らかにされている。しかしながら,この研究に於ける電磁力はおおむね界面に垂直なので,試料内部での等軸晶化は界面付近の剪断振動流の影響ではなく,一方向のバルク流れの効果と見なすことができる。

固液界面近傍に剪断電磁力を与えて凝固組織を微細化した研究例はIwai and Kohamaの実験9)で示されている。しかし,デンドライトの結晶成長は複雑な現象であるため不明点が多い。固液界面近傍に電磁振動を印加したときに起こる物理現象を理解して,それを溶質輸送ツールとして活用するためには,デンドライトの複雑形状界面近傍における電磁場,速度場を明らかにする必要がある。いっぽう,金属内部で誘起される流動の直接観察は困難であることに加えて,磁場,電流とも可視化が困難である。そこで,Uenoらは理論的研究10)で電磁流体力学的に重要となる無次元パラメータを示した。しかしながら,電磁振動流によって固液界面近傍での溶質輸送がどの程度促進されるのか不明である。

そこで,本研究ではデンドライト界面近傍における流動および溶質輸送の数値解析を行い,電磁振動流が溶質輸送に与える効果を詳しく調べる。また,Uenoらの理論的研究10)で示された溶質輸送を効果的に行うための条件の検証を行ったので報告する。

2. 問題設定と基礎方程式

デンドライトの1次アーム間隔をλ1[m]として,Fig.1に示すようなλ1×λ1×2λ1の直方体領域を解析領域とする。1次アームの方向にz軸をとり,2次アーム方向にx軸とy軸をとる。x方向およびy方向には同じ形状の固液界面と同じ流れ場,同じ溶質濃度が周期的に分布しているものと考え,数値解析において周期境界条件を与える。

Fig. 1.

 Computation domain. (Online version in color.)

3次元のデンドライト形状は,あらかじめフェーズフィールド法11,12,13)で計算したものを利用する(Fig.1)。ただし,電磁振動流計算での計算領域サイズはフェーズフィールド計算での計算領域サイズと同じではなく,デンドライト形状を相似的にサイズ変更して利用する。また,この研究では結晶成長は考慮せずに,与えられた形状がそのまま維持されるものとして取り扱う。

z方向に一様な静磁場を印加する。その磁束密度の大きさをB0z[T]とする。この研究は,交流電磁場の表皮厚さよりも十分に小さい系で解析を行う。その場合の誘導磁場は微小である10)。そこで誘導磁場を無視して一様磁場が維持されるものとする。

空間的に一様で時間的に変化する交流電場を印加する。印加電場の向きはx方向で,その実効値をE0x[V/m]で与える。電流密度はおおむね印加電場に比例する。しかし,固体金属の導電率と融液の導電率には差があるため,実際の電流密度ベクトルは印加電場ベクトルと完全には平行にならない。また,磁場下の融液に流れがある場合には電流密度分布は流れの影響を受ける。

直交する電流と磁場が存在すると導電体に電磁力が作用する。この電磁力によって融液に流れが生じる。その方向はおおむねy方向であるが,固液界面形状やその他様々な要因によってより複雑な流れとなるので流速ベクトルのx成分とz成分も発生する。そのため,交流電磁力によって駆動される流れは3次元的な振動流となる。

電磁力によって駆動された振動流によって溶質が輸送される。その効果を考慮した溶質濃度分布を得るために溶質濃度の非定常移流拡散方程式を解く。実際の凝固問題を忠実に再現するためには,流動と溶質濃度と温度との連成問題を解かなければならない。そのさいには,局所的な結晶成長に合わせて固液界面がそれぞれの位置でそれぞれの方向に移動することを考慮しなければならない。この複雑な連成解析は将来の課題として先送りして,この研究では問題の単純化を行う。流れは溶質濃度分布に影響を与えるが,溶質濃度は流れに影響を与えず,固液界面位置の変化は考慮しないものとする。また,温度は解析の対象からはずす。そして,固相内での現象には頓着しない。ただし,電流密度だけは固相内の分布も計算する。このような単純化を行ったとしても電磁振動流による溶質輸送の促進効果について一定の見通しを得ることは可能である。

結晶成長を直接的には扱わないので,結晶成長の際に生じる溶質濃化については何らかのモデル化が必要となる。この研究では,固液界面で固相から液相に向かう次のような溶質質量流束を与える。   

SSL=ρ(1kp)CLUgr[kg/m2s](1)

ここで,定数ρ[kg/m3]は液相密度を示し,定数kpは平衡分配係数を示す。CL(x, y, z, t)は液相の溶質質量分率(質量パーセント濃度の1/100)を示す場の関数で,上式においては固液界面に接する液相側の値である。Ugrは局所結晶成長速度であり,これを次のような関数で与える。   

Ugr=Udχ(kpCLC0)χ1(kpCLC0)ξ[m/s](2)

ここで,定数Ud[m/s]は結晶成長速度の代表値であり,定数C0は液相バルク遠方の溶質質量分率を示す。ξは濃度依存性を特徴づけるξ≥1の定数である。もしも,解析の結果として平滑固液界面でCL=C0/kpとなるような解が得られたとしたなら,そのときの成長速度はUgr=Udである。この状態は定常一方向凝固の理論値に一致する。いっぽう,固液界面でCLC0/kpよりも小さい値の場合はUgr>Udとなる。逆に,固液界面でCLC0/kpよりも濃化するとUgr<Udとなる。これは,実際の凝固において溶質濃化が顕著な領域で局所的結晶成長速度が遅くなって溶質排出量が減ることに対応している。式(2)の右辺のχを含む分数部分はCLが際限なく濃化するのを防ぐ役割で入れたものであり,χ>1の定数を設定して調整する。簡単なモデルであるが,定数Ud,ξ,χを適切な値にすれば溶質排出を定性的にある程度模擬できると考える。ただし,実際の結晶成長とは違いこの研究の数値解析では固液界面位置が変化しないので,式(1),(2)を使った溶質濃化が意味をもつのはt~λ1/Ud[s]の時間帯までに限られる。

以上のような問題設定で次の基礎方程式を解く。   

j=σ(ϕE+HLu×B)(3)
  
j=0(4)
  
(HLu)=0(5)
  
ρ(HLuxt+HLux2x+HLuxuyy+HLuxuyz)=HL{px+2η2uxx2+ηy(uyx+uxy)+ηz(uzx+uxz)}δSLMmux+HLjyB0z(6)
  
ρ(HLuyt+HLuyuxx+HLuy2y+HLuyuzz)=HL{py+ηx(uxy+uyx)+2η2uxy2+ηz(uzy+uyz)}δSLMmuyHLjxB0z(7)
  
ρ(HLuzt+HLuzuxx+HLuzuyy+HLuz2z)=HL{pz+ηx(uxz+uzx)+ηy(uyz+uzy)+2η2uzz2}δSLMmuz(8)
  
ρ(HLCLt+HLCLuxx+HLCLuyy+HLCLuzz)=HLDρ(2CLx2+2CLy2+2CLz2)δSLSSL(9)

ここで,j[A/m]は電流密度ベクトル,σ[S/m]導電率,ϕE[V]は電場のスカラーポテンシャル,u[m/s]は流速ベクトルである。磁束密度ベクトルBz成分だけをもち,その大きさはB0z[T]である。HLは液相中で1,固相中で0となるヘヴィサイド関数である。また,p[Pa]は圧力,η[Pa・s]は粘度,D[m2/s]は拡散係数を示す。δSLは固液界面に垂直な方向の1次元的なデルタ関数である。

電場を「外部印加電場」と「外部印加電場からのずれ分」との和として考え,スカラーポテンシャルを次のようにおきなおした。   

ϕE=2E0xxcos(2πft)+ϕE'(10)

ここで,右辺の第1項が外部印加分であり,ϕE'は「ずれ分」に対応するスカラーポテンシャルである。他の変数と同様にϕE'はx方向およびy方向の周期関数であると考える。

上下の境界では次のような境界条件を与える。   

jz=0,u=0,CLz=0atz=0(11)
  
jz=0,uxz=0,uyz=0,uz=0,CLz=0atz=2λ1(12)

また,固液界面では式(1),(2)で相間溶質質量流束を求めて式(9)に与えるのとともに,粘着条件u=0が達成されるように式(6)−(8)に相間運動量流束を与える。Mm[kg/(m2s)]は,一定レベル以下の誤差で粘着条件を満足させるよう相間流束を調整する定数であり,質量流束の次元をもっている。オームの法則(3)および電荷の保存則(4)については固相内部も合わせて解を求める。ただし,導電率σ[S/m]は液相と固相で不連続に値が変わる。

数値解析で設定した種々の物性値をTable 1にまとめる。基準となる結晶成長速度はIwai and Kohamaの実験研究9)を参考にしてUd=1 mm/sとした。また,外部印加磁場の磁束密度も実験に合わせてB0z=1 Tとした。

Table 1. Physical properties and constants in Eq. (2).
Liquid density ρ [kg/m3]7 × 103
Viscosity η [Pa·s]6 × 10–3
Diffusion coefficient of solute D [m2/s]2 × 10–8
Electric conductivity of liquid σL [S/m]7.0 × 105
Electric conductivity of solid σS [S/m]8.4 × 105
Partition coefficient kp0.17
Mass fraction of the solute in bulk region C04.5 × 10–3
Representative crystal growth rate Ud [m/s]1 × 10–3
Power ξ of the growth rate Eq. (2)1
Constant χ in Eq. (2)1.6
Constant Mm [kg/(m2s)] in Eqs. (6)-(8)2 × 105
Magnetic flux density B0z [T]1

数値シミュレーションを行った種々のケースの条件をTable 2にまとめる。デンドライト1次アーム間隔λ1は主に100 μmの場合ついて調べ,一部10 μmとした。また,交流電場の周波数fは主に2000 Hzの場合(Iwai and Kohamaの実験9)に対応)について調べ,比較のため50 Hzと8000 Hzの場合も調べた。典型的な電磁振動流が得られたCase 1では,E0x=15 V/mとした。このとき,次の式10)で計算される振動流速振幅の概算予測値U0 [m/s]は0.12 m/sになる。   

U0=σE0xB0z2πfρ(13)

Table 2. Conditions of the numerical simulations.
λ1 [μm]f [Hz]E0x [V/m]U0 [m/s]NωRe1Wo1Pe1
Case 0 (without flow)100004.2
Case 1 (typical)1002000150.120.008148.64.2
Case 2 (low voltage)10020001.50.0120.0081.48.64.2
Case 3 (low frequency)100500.3750.120.32141.44.2
Case 4 (high frequency)1008000600.120.0021417.24.2
Case 5 (fine arm)102000150.120.0081.40.860.42
Case 0f (fine arm without flow)10000.42

Case 1以外のケースでは,このU0がCase 1と同じ値になるようにE0xを定めた。ただし,比較のためCase 2だけU0=0.012 m/sになるような電場にして計算を行った。Table 2には理論的研究10)で議論した無次元パラメータの値も合わせて示した。それぞれ次のように定義される。   

Nω=σB0z22πfρ,Re1=ρU0λ1η=σE0xB0zλ12πfη,Wo1=πfρλ12η,Pe1=(1kp)Udλ1D(14)

振動スチュアート数Nωは,ストークス層タイプの境界層になるかハルトマン層タイプの境界層になるかを判別する無次元パラメータである。ストークス層タイプにするためにはNω≪1が要求される10)。1次アームレイノルズ数Re1と1次アームウオマスリー数Wo1については計算結果の考察の中で詳しく議論する。1次アームペクレ数Pe1は,1次アーム間隔と溶質濃化層厚さの比である。あるいは,式(9)の溶質排出項と拡散項の比と説明することもできる。

数値解析手法と数値解析上の計算パラメータをTable 3にまとめる。デンドライトの複雑形状に対応するために直交カットセル法14)を使って固液界面を判別した。液相中は空間2次精度の離散化であるが,固液界面を含むセルでは空間1次精度の離散化である。

Table 3. Methods and parameters of the computation.
DiscretizationFinite volume method
Cell arrangementStaggered
Body shape descriptionCartesian cut cell method
Time marching of Eqs. (6)-(8)Fractional step method
Convection term of Eqs. (6)-(8)MAC type interpolation
Viscous term of Eqs. (6)-(8)2nd order central difference
Advection term of Eq. (9)MUSCL
Diffusion terms of Eq. (9)2nd order central difference
Size of computation domain [μm]100 × 100 × 200 (100 × 100 × 400 in Case 3 10 × 10 × 40 in Case 5)
Cell number of the computation42 × 42 × 84 (42 × 42 × 168 in Case 3 and 5)
Time increment Δ t [s]1 × 10–6 (2.5 × 10–7 in Case 4, 5 × 10–8 in Case 5)

溶質質量分率CLの初期値は遠方バルクの値C0と同じ値にした。流速は初期に静止していたものとして計算を行った。

3. 計算結果と考察

3・1 平坦な固液界面の場合の電磁振動流

計算コードの健全性を確かめるために固液界面が平坦な場合の数値解析を行った。この場合,得られる流速分布と溶質濃度分布はxyに依存しない。そのため,このケースに限り計算セル数4×4×84で計算を行った。(空間3次元計算であるが,実質的には空間1次元計算と同じである。)界面形状以外の条件はCase 1と同じである。得られた結果をFig.2に示す。図中のシンボルが数値解であり,実線は理論的研究10)の式(6)に示した解析解である。電磁力によって剪断振動流が駆動され,その数値解は解析解によく一致している。

Fig. 2.

 Electromagnetic oscillating flow on a flat plate at the same conditions as Case 1; Symbols: numerical solution, Lines: analytical solution in Ref.10.

理論的研究10)で仮定されたとおり,固液界面が平坦な場合はuxuzは発生しなかった。この場合,流速が溶質濃度の等値面に平行なので,溶質輸送は流れの影響を受けない。流れがあっても溶質輸送が促進されない例があることは認識しておく必要がある。溶質輸送を促進するのは,溶質濃度の等値面を横切る流速成分である。

3・2 電磁振動流による溶質輸送促進のしくみ

デンドライトまわりの電磁振動流の解析に先立って,E0x=0 V/mで流動がない場合(Case 0)の溶質濃度の計算を行った。その結果をFig.3に示す。切断面の液相溶質質量分率CLおよび切断面より手前の固液界面(読者から切断面に向かって紙面と垂直方向に進んだ際に最初に出会う固液界面)に接するCLのカラーマップ等高線である。切断面の位置は,それぞれ左上図がz=0,左下図がz=25 μm,中央上図がy=0,右上図がx=0,中央下図がy=−25 μm,右下図がx=25 μmである。(これ以降の類似の図の切断面も同じであり,カラーマップ等高線の色も統一した基準で描画した。)流れがない場合,溶質は拡散のみによって輸送されるので,溶質質量分率CLの等値面はデンドライト形状を平滑化したような形状になった。狭く深い窪みになっている部分では局所的に溶質濃度が上がるが,それが全体に影響を及ぼしている様子はみられない。(現実のデンドライトでは高濃度融液によって溶断が生じる場合があるが,この数値解析ではそのような現象は再現できない。)

Fig. 3.

 Solute mass fraction in Case 0 (without flow) at t = 0.04049 s.

続いて,E0x=15 V/mで典型的な電磁振動流が発生するCase 1の計算を行った。その結果をFig.4に示す。溶質CL のカラーマップ等高線はFig.3と同じ作図方法で描いた。そこに重ね描きされた矢印は流速ベクトルを表しており,切断面および切断面よりも手前の固液界面近傍の値を描画した(固液界面上では流速がゼロなので,固液界面を含む計算セルから手前に2セル分移動した位置での値を描画した)。3次元非定常流れなので位置と時間によって流速は変化するが,そのオーダーは式(13)の評価値 U0=0.12 m/sと一致した。

Fig. 4.

 Solute mass fraction and velocity in Case 1 (typical) at t = 0.04049 s (phase 49π/25).

ストークス層タイプ流れなので,電磁振動の半周期ごとに固液界面近傍に新しい逆流域(右上図と右下図に示された固液界面近傍の左向き流れ)が生じた。上部の右向き流れとこの逆流とで形成される剪断境界層は層状構造を維持できずに,1次アームの先端付近(右上図)または3次アームの先端付近(右下図)で渦を形成した。この渦により溶質の等値面を横切る方向の流速成分が発生する。この流速成分が溶質を輸送するため,溶質は渦によって巻き上げられた。その結果,CLの等値面は流動のないFig.3の場合とかなり違う歪んだ形状になった。

xy平面を横切る溶質質量流束の平均値は次のような積分で算出できる。   

1λ12λ1/2λ1/2λ1/2λ1/2(ρCLuzDρCLz)dxdy[kg/s](15)

Case 1の溶質質量流束とCase 0の溶質質量流束との比較をFig.5に示す。横軸は計算開始からの経過時間である。おおむね5倍の溶質輸送促進が達成された。

Fig. 5.

 Mean mass flux of the solute in Case 1 (typical) and Case 0 (without flow).

3・3 レイノルズ数の影響

レイノルズ数は流体慣性の非線形効果を特徴づける無次元パラメータである。ここでは,1次アームレイノルズ数Re1の影響を調べるために,電圧を低くしたE0x=1.5 V/mの場合(Case 2)の計算を行った。式(13)の流速評価値U0Re1がともにCase 1の場合の1/10になる計算条件である。数値解析の結果をFig.6に示す。流速のオーダーは式(13)の評価値U0=0.012 m/sと一致した。

Fig. 6.

 Solute mass fraction and velocity in Case 2 (low voltage) at t = 0.04049 s (phase 49π/25).

流速分布はCase 1の場合(Fig.4)と定性的に似ている。Case 1と同様に渦が生成されたが,左右対称性の良い形状であった。1次アームレイノルズ数Re1が1.4と比較的小さい値であることと合わせて考えると,流体力学特有の非線形効果がほとんど効いていないと考えられる。

Fig.6に示したCase 2の溶質分布は,流れがない場合のFig.3と似ている。また,Case 2の溶質質量流束とCase 0の溶質質量流束との比較を示したFig.7では,溶質輸送促進は見られなかった。理論的研究10)では,電磁振動流による溶質輸送促進が顕著になるためには1次アームレイノルズ数Re1が1よりも十分大きいことが必要条件であると予測した。Case 2の数値解析の解は理論的研究の予測を裏付けるものであり,Re1=1.4では溶質輸送促進には不十分であることが確認された。いっぽうCase 1の結果はRe1=14が溶質輸送促進に十分な条件であることを示している。溶質輸送促進が顕著になる臨界条件を明らかにするためにはRe1Wo1で構成されるパラメータ空間の全領域を調べなければならない。その際には,Case 2のRe1=1.4より大きくCase 1のRe1=14より小さい領域を精査する必要がある。

Fig. 7.

 Mean mass flux of the solute in Case 2 (low voltage) and Case 0.

3・4 ウオマスリー数の影響

1次アームウオマスリー数Wo1は,1次アーム長さλ1と振動流境界層厚さとの比を表す無次元パラメータである。このWo1影響を調べるために,電圧の周波数をf=50 Hzに低くした場合(Case 3)と周波数をf=8000 Hzに高くした場合(Case 4)の計算を行った。数値解析の結果をFig.8Fig.9に示す。

Fig. 8.

 Solute mass fraction and velocity in Case 3 (low frequency) at t = 0.0396 s (phase 49π/25).

Fig. 9.

 Solute mass fraction and velocity in Case 4 (high frequency) at t = 0.0401225 s (phase 49π/25).

Case 3ではウオマスリー数Wo1が1.4と十分に大きいとは言えない値なので,デンドライトは境界層の中に埋没しかけている。また,振動スチュアート数Nωが1に近づいたためハルトマン境界層に近い流れになり,流速の振幅も式(13)の評価値U0=0.12 m/sよりやや小さくなった。その結果,渦は形成されず,溶質濃度は流れがない場合(Fig.3)に近い分布になった。

いっぽう,Case 4の場合,Case 1の場合と同様にストークス層タイプの剪断境界層から渦が形成された。溶質が渦によって巻き上げられた結果,CLの等値面はCase 1の場合(Fig.4)に似た歪んだ形状になった。ただし,1次アーム付近(Fig.9右上図)よりも3次アーム付近(Fig.9右下図)でより顕著なCL等値面の歪みが観察された。1次アームウオマスリー数Wo1=17.2が最適値よりも過大であるのに対して,3次アームウオマスリー数Wo3=Wo1h3/λ1が最適値に近かったためだと推測される。ここで,h3は3次アームの長さを示す。

Case 3の溶質質量流束とCase 0の溶質質量流束との比較をFig.10に示し,Case 4の溶質質量流束とCase 0の溶質質量流束との比較をFig.11に示す。Case 3では,z=75 μm断面での溶質輸送に周期的な揺らぎが観察されるものの,実質的な意味での溶質輸送促進効果はほとんど見られなかった。いっぽう,Case 3では2.5倍程度の溶質輸送促進効果が得られた。この効果は顕著ではあるが,Case 1よりは劣っている。

Fig. 10.

 Mean mass flux of the solute in Case 3 (low frequency) and Case 0.

Fig. 11.

 Mean mass flux of the solute in Case 4 (high frequency) and Case 0.

理論的研究10)では,1次アームウオマスリー数Wo1が1程度またはそれより大きいことが溶質輸送促進のための必要条件であると予測した。この数値解析ではそこから一歩踏み込み,Wo1に最適値が存在することが明らかになった。Case 3のWo1=1.4では小さ過ぎ(境界層が厚過ぎ),Case 4のWo1=17.2では大きすぎる(境界層が薄過ぎる)。最適値を求めるためには,Case 1に対応するWo1=9近辺を精査する必要がある。

3・5 電磁振動流による溶質輸送促進の寸法選択性

ここまでデンドライト1次アーム間隔がλ1=100 μmの場合を調べたが,この節ではλ1=10 μmの場合(Case 5)について調べる。興味の対象は流動のあるE0x=15 V/mの場合であるが,比較のためと無電場で流れがない場合(Case 0f)の計算も行った。Case 5の数値解析の結果をFig.12に示す。寸法が他のケースより小さいため,計算時間も他のケースよりも短いt=0.002 sで打ち切りにした。λ1以外の条件はCase 1と同じなので,ストークス層タイプの振動流が発生する。しかし,デンドライトが小さい(デンドライト寸法と境界層の厚さの比を示すウオマスリー数がWo1=0.86)ため,デンドライトが境界層の中に埋没しかけている。その結果,渦は形成されなかった。

Fig. 12.

 Solute mass fraction and velocity in Case 5 (fine arm) at t = 0.00199 s (phase 49π/25).

溶質濃度分布を見ると,水平成層に近い分布になった。図は省略したが,流れのないCase 0fの場合の分布もほぼ同じである。これは,固液界面の曲率が大きくなったためであると考えられる。あるいは,1次アームペクレ数Pe1が小さくなって,相対的に溶質濃化層が厚くなったためであると説明することもできるであろう。実際の結晶凝固において2次アームまたは3次アーム近傍でしばしば見られる溶質分布の状況に近い。

Case 5の溶質質量流束とCase 0fの溶質質量流束との比較をFig.13に示す。z方向の溶質輸送促進はほとんど見られなかった。Case 1とCase 5の比較から,電磁振動流は特定の寸法範囲のデンドライトだけについて溶質輸送を促進することが明らかになった。周波数と寸法の関係はウオマスリー数Wo1=πfρλ12/ηで特徴づけられているので,ターゲットにするλ1を1/2にするときには周波数fを4倍にする必要がある。

Fig. 13.

 Mean mass flux of the solute in Case 5 (fine arm) and Case 0f.

4. 結言

電磁振動流に溶質輸送促進効果のメカニズムを明らかにするために,流動解析および溶質輸送解析を行った。その結果,ストークス層タイプの剪断境界層が層状構造を維持できずに,デンドライトアーム先端付近で渦を形成することがわかった。この半周期ごとに発生する渦が溶質を巻き上げることにより溶質輸送が促進される。典型的な条件のCase 1ではおおむね5倍の溶質輸送促進が達成された。

電磁振動流による溶質輸送促進効果を得るためには1次アームレイノルズ数Re1と1次アームウオマスリー数Wo1を適切な値に設定する必要がある。数値解析の結果から,Re1=1.4では不十分でありRe1=14なら十分であることが示された。また,Wo1には最適値があり,それを求めるためにはWo1=9近辺を精査すればいいことがわかった。また,電磁振動流は特定の寸法範囲のデンドライトだけについて溶質輸送を促進することが明らかになった。周波数と寸法の関係はWo1=πρfλ12/ηで特徴づけられているので,ターゲットにするλ1を1/2にするときには周波数fを4倍にする必要がある。これらの特性は,Uenoらの理論的研究10)の予測と矛盾しない結果であった。

謝辞

本研究の一部は日本鉄鋼協会「電磁振動印加時の物理現象解明」研究会に対する助成によるものである。ここに記して感謝の意を表す。

文献
 
© 2016 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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