鉄と鋼
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巻頭言
「鋼脆性破壊の微視的機構と靭性のミクロ組織依存性」特集号の刊行に寄せて
粟飯原 周二
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2016 年 102 巻 6 号 p. 275

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巻頭言

鋼の靭性のミクロ組織依存性については古くから研究が続けられており,結晶粒の微細化によって靭性が向上すること,ベイナイト鋼の靭性は有効結晶粒によって支配されること,さらに,溶接熱影響部などで生成するMartensite-Austenite Constituent (MA)が靭性を大きく低下させることなど,多くの知見とデータが蓄積されている。しかしながら,靭性のミクロ組織依存性については未解明な点が多く残されており,強度のミクロ組織依存性にくらべて定量的予測が遅れているのが現状である。

靭性のもととなる破壊現象,特にへき開脆性破壊は相変態と同様に核生成と成長から成り立っている。さらに仔細に見れば,これら各プロセスも複数のプロセスから成り立っている。破壊のプロセスをこれらの素過程に分離し,各々に対してミクロ組織依存性を理解し,定量化していく必要がある。また,靭性と一口に言っても,シャルピー衝撃試験,CTOD試験,脆性き裂アレスト試験など,その範囲は広く,試験方法や試験条件によって支配的となる破壊の素過程が変化し,これにともなって靭性のミクロ組織依存性も変化する。

靭性の研究を困難にしているもうひとつの理由として,へき開破壊は最弱リンク型の破壊であることを思い出す必要がある。靭性値が大きくばらつくのは必然であり,ミクロ組織の平均的な特性でなく,極値的な特性に支配されやすい。たとえば,靭性は結晶粒径の平均値ではなく最大値に大きく支配される。ミクロ組織予測と組み合わせた靭性予測モデルの構築にはこの点がひとつの課題となるであろう。

このような問題意識から,鉄鋼協会材料の組織と特性部会に「ベイナイト鋼の靭性」研究会が設置され,平成24~26年度の3年間にわたり研究活動を行った。この研究会では,ベイナイト鋼を対象として,へき開破壊のミクロプロセスをできる限り素過程に分解して靭性のミクロ組織依存性を理解しようとしたものである。このためには材料と力学の両側面からの解析が必要で,両分野の研究者が集まり,相変態と破壊力学の基礎的な勉強からはじめて両者の融合を試みた。本特集号はこの研究会の成果を含めて靭性に関する最新の研究を集めたものであるが,研究会当初の目的が達成されたわけではなく,むしろ,検討すべき課題が多く浮き彫りにされた感がある。

物理学者のリチャード・ファインマンは「作ることができないものは理解したことにならない」と言ったそうであるが,この格言に従えば,「所望の靭性を有する鋼を作ることができなければ靭性を理解したことにならない」と言えるかもしれない。膨大な靭性データが蓄積されている今日でも靭性の定量的予測は難しく,必ずしも実現されていないのではなかろうか。本特集号によって靭性のミクロ組織依存性について多くの読者が興味を持ち,理解の一助になれば幸いである。

 
© 2016 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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