鉄と鋼
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論文
Nb添加極低炭素鋼板の再結晶核の成長挙動
奥田 金晴山光 一央貝沼 亮介
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2016 年 102 巻 8 号 p. 465-474

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Synopsis:

The growth of the recrystallized nucleus in niobium added ultra-low carbon steel was investigated experimentally by restricting the nucleation sites. Moreover, the growth process of the recrystallized nucleus from the layered deformed microstructures with various deformed state were simulated by a multi-phase-field (MPF) method, for comparison with the experiments. The cold-rolled microstructure was a layered structure, consisting of both α-fiber close to cube orientation and γ-fiber, and the re-crystalline nucleus tended to grow up preferentially along deformed γ-fiber. The simulations suggested that the shape of growing nucleus was influenced by the dislocation density or layered distances of deformed structures, which were related to the cold-rolling reduction. Furthermore, the crystal rotation of the re-crystallized grains at the middle stage of recrystallization was tried to be simulated using another phase field simulation.

1. 緒言

自動車用の外板パネルなどに用いられる薄鋼板には,延性以外に高い深絞り性が要求される。深絞り性は再結晶集合組織と密接な関係があり,体心立方格子(BCC)構造を有するフェライト組織では,板面垂直方向に〈111〉方向が向いたいわゆるγ-fiber(ND fiber)が発達するほど深絞り性に優れる1)。{111}再結晶集合組織を先鋭化させる方法については,鋼板の化学成分や加工,熱処理条件の影響に関する数多くの研究がなされている2,3)。例えば,IF鋼(Interstitial-free steel)のように,炭素を冷間圧延前にTiやNbなどの炭化物形成元素で析出固定させることが,深絞り性向上の1つの有効な手段として工業的に適用されている4)。深絞り用薄鋼板は,熱間圧延後,所定の製品板厚まで冷間庄廷を行ったのち,連続焼鈍炉等で再結晶焼鈍を施して製造されており,集合組織形成の解明には再結晶過程の特に初期過程の研究が重要になる。

再結晶は,冷間圧延などの加工により転位が高密度に導入された加工組織から,転位密度の非常に少ない結晶粒が核発生し成長する現象である。再結晶の前段階として,転位の再配列や消滅などの系の自由エネルギーを下げる回復過程を経る5)。再結晶初期段階では,冷間圧延により圧延方向に伸展した加工粒から比較的等軸な結品粒が発生し,時間とともにその再結晶粒が全体を覆っていく。再結晶機構に関しては,実験的,解析的に再結晶核とマトリクスとの方位関係に関する研究がこれまで多くなされており,いくつかの再結晶機構が提唱されている。それらを大別すると,再結品核となる結晶方位がある形で冷間圧延後に既に存在していると考える優先核形成説6,7)と,ランダムな方位を有する再結晶核の中から高易動度を有する再結晶核が選択的に成長する選択成長説あるいは成長優先核成長(Oriented Growth, OG)8)が挙げられる。再結晶機構の解明には,再結晶初期段階での再結晶核の成長を追跡する必要があるが,実用的な多結晶体を用いた実験においては,再結晶核生成頻度が高く,個々の再結晶粒の成長を追うことは比較的困難であった。

ところで,近年,結品粒成長などのミクロ組織形成のコンピュータシミュレーション予測技術が目覚しく進歩している。多くの手法の中で,PhaseField法9,10,11)は,対象とする反応を規定するPhase Parameterで系の自由エネルギーを表現し,その発展方定式を解く。Phase Field法は,メゾスケールのモンテカルロ法に比べ,実時間,実空間との対応がより厳密に取り扱うことが可能であり,動的再結晶への適用も報告されている。また,少ない組織制御パラメータにより,界面移動と結晶回転とをシミュレーションするPF手法も提案されている12,13)

本研究では,再結晶初期過程での再結晶粒の成長過程に注目するため,通常のIF鋼に比べ,C,Nb添加量を高め,再結晶核の生成を抑制した成分系とし,さらに,比較的遅い加熱速度で昇温することで,再結晶核生成頻度を抑え,個々の再結晶粒の成長を追跡することを試みた。さらに,Phase Field法を用いて,再結晶核の成長のシミュレーションを行うことで実験との比較を行い,実験とシミュレーションの両面からIF鋼の再結晶核成長について議論を行った。

2. 実験方法

Nb添加極低炭素鋼としてFe-0.007%C-0.6%Mn-0.068%Nb(mass%)の化学成分を有する真空溶解鋼を供試鋼とした。本鋼は,一般的なIF鋼に比べNb,C量が高く,再結晶核生成をある程度抑制することを狙っている。原子比Nb/Cは1.05とし,Nbで十分に炭素を析出固定して,深絞りに好ましい再結晶集合組織を発達させるようにした。分塊圧延後,板厚30 mmのシートバーを1250°C,3.6 ksの溶体化処理し,仕上げ温度900°Cにて板厚3.5 mmまで熱間圧延した。圧延後は640°C,3.6 ksの巻取り相当処理を施し,室温まで炉冷した。このようにして得られた熱間圧延鋼板を2.8 mmに両面研削した後,一方向に冷間圧延し,圧下率で80%,90%,板厚0.56 mm,0.28 mmの冷間圧延板とした。焼鈍には赤外線加熱炉を用い,保持温度は640°Cから840°Cまでの20°C間隔とし,保持時間120 sの熱処理を施した。焼鈍における加熱速度は2°C/sと一定とし個々の再結晶核の成長を追跡できるように比較的遅くした。焼鈍後の冷却は空冷とした。Nbで炭素を十分析出固定しており,フェライト単相域での焼鈍であることから冷却条件による特性変化は小さいと考えられる。このようにして得られた焼鈍板を以下に示す評価項目に供した。

結晶粒・結晶方位解析はEBSD(Electron Back-Scatter Diffraction Pattern)で行った。試料は耐水研磨紙による湿式研磨後,ダイヤモンドペーストバフ研磨後にコロイダルシリカを用いた振動研磨をして鏡面に仕上げたものを用いた。再結晶率の測定のため,ビッカース硬さ試験機を行った。ビッカース硬さ試験機はAkashi製MVK-H1にて,荷重500 gにて7点測定し,上下限を除いた5点の平均値で硬さを評価した。

再結晶直前の組織の微小硬さ試験をHysitron製のナノインデンテーション装置を用いて行った。80%,90%圧延材を760°Cで加熱した試料をStruers社製酸化物研磨懸濁液(OP-U)によるバフ研磨で仕上げたのち,RD×ND面の板厚中心部にて板厚方向に1 μmピッチで,30 μm測定を行った。負荷荷重は1000 μNとした。(深さ約70-80 nm)

3. 実験結果

Fig.1およびFig.2 にそれぞれ圧延率80%,90%での冷延まま材および再結晶焼鈍過程(760°C,780°C,800°C)のIPFマップ(Inverse Pole figure,板面ND方位)を示す。冷延板はγ-fiber(〈111〉//ND,青色)とα-fiber(〈110〉//RD,Φ低角側;赤色)の両fiberが発達した典型的なIF鋼の冷延集合組織を示す。圧延率が高くなると,各fiberの重なり合う層の間隔が狭くなる。{111}面方位は,{100}面方位に比べ,冷間圧延加工により歪が蓄積される方位であり,IQ(Image Quality)値は,{111}面加工粒が相対的に低IQ値で,加工蓄積度の指標となるTaylor因子14)も高い。この違いは再結晶挙動にも影響を与え,一般に{111}面加工粒から優先的に再結晶が生じる。再結晶粒は,90%圧延材で760°Cより観察され,80%圧延材では,それよりも若干高い温度である780°Cより観察された。一般に再結晶粒は,その粒内での方位分散は非常に小さく,ポリゴナル(等軸)に近い形状を有するが,本研究の再結晶粒は若干圧延方向に伸びた形状を有する。前述のように圧延材はα-fiberとγ-fiberが重なりあった層状組織を有するが,再結晶初期段階における再結晶粒はその層を複数またがって板厚方向にも成長し,IQ値の低いα-fiberで板厚方向への成長が停滞しているように見える(例えば,Fig.1(c)中の再結晶粒「A」)。焼鈍温度800°Cを超えると再結晶粒が顕著に成長・合体し始める。再結晶粒内の方位分散は通常非常に小さいが,本鋼では再結晶粒内に方位分散が見られる粒も存在し,そのような方位分散は特に再結晶中期で観察され,類似の方位を有する再結晶粒同士がぶつかり合ったようにも見える。また,粒内で加工組織のように方位はなだらかに変化しているものも観察された。再結晶粒はγ-fiberの加工粒で早く侵食され,再結晶中期から後期になるとα-fiber の低Φ側である{001}〈110〉方位付近加工粒(IPFマップ上で赤色の加工粒)が再結晶せずに残存する。Fig.3は80%圧延材の800°CでのEBSDによるマッピング上の再結晶粒が連結した線分における方位差プロファイルを示す。図中の圧延方向に沿った線分の左端を参照方位として,その方位とのmisorientationと,隣接する測定点間のmisorientaitionをプロットした。通常再結晶粒は単一の方位を有し方位分散が少ないが,本試料においては,再結晶粒内に方位差が生じている。再結晶完了時には,そのような方位分布は認められないことから,再結晶途中において類似方位を有する再結晶粒が連結し,その中で結晶が回転してエネルギー的により安定な状態に変化することが示唆される。

Fig. 1.

 (a, c-e) Invers pole figure maps obtained from as-rolled and annealed sheets after cold rolling with 80% reduction; (a) as-rolled and annealed at (c) 760°C (d) 780°C (e) 800°C for 120 s. (b) Image quality map of the as-rolled sample.

Fig. 2.

 (a, c-e) Invers pole figure maps obtained from as-rolled and annealed sheets after cold rolling with 90% reduction; (a) as-rolled and annealed at (c) 760°C (d) 780°C (e) 800°C for 120 s. (b) Image quality map of the as-rolled sample.

Fig. 3.

 Misorientation profile along the line in the IPF map for the sheet annealed at 800°C after 80% CR. solid line; point-to-origin, dotted line; point-to-point.

圧延率による再結晶進行度の違いを評価するため,硬さと熱処理温度の変化を調べた。80%冷延板および90%冷延板におけるビッカース硬さ試験と熱処理温度の関係をFig.4に示す。試験荷重は500 gであり,圧痕の大きさは少なくとも60 μm以上と組織の平均的な硬さを評価している。回復段階である640°Cの熱処理では80%および90%圧延板ともにHV:240程度と硬質であるが,760°C付近から急激な軟化が始まり,880°C付近からHV:110程度でほぼ一定になる。圧延率の高い90%がより低温側から急激に硬さが低下しており,再結晶の進行が特に中間段階でより早く進むことがわかる。但し,再結晶後期になると一旦硬さの停滞域のようなものが90%圧延条件で観察された。他方,冷圧率80%は90%に比べて,硬さの低下は単調である。

Fig. 4.

 Effect of annealing temperature and cold rolling reduction on Vickers hardness.

Fig.5に〈111〉//ND粒の面積率と焼鈍温度との関係を示す。〈111〉//ND方位からの許容角度は15°とした。焼鈍温度が上昇し,再結晶が進行するとともに〈111〉//ND粒の面積率は増加する。80%圧延材は焼鈍温度に対して,比較的単調に増加するのに対し,90%圧延材は,800°C付近で急激に増加する。840°C付近で再結晶が完了すると,圧延率によらず100%近くに達する。未再結晶状態では,α-fiber,γ-fiberの両fiberが発達し,その内のγ-fiber(〈111〉//ND)の加工粒が優先的に再結晶粒に侵食されていく傾向がFig.1および2で見られた。本図をみると,〈111〉//ND方位粒の面積率は再結晶初期で急激に上昇することはないものの低下することはないことから,再結晶初期では,加工〈111〉//ND粒が侵食される割合と,再結晶〈111〉//ND粒が成長する割合が拮抗していると推測される。また,再結晶初期では,80%圧延率が〈111〉//ND粒面積率の増加率が高いことから,圧延率の低い方が〈111〉//ND再結晶粒が成長していることがわかる。

Fig. 5.

 Effect of annealing temperature and cold rolling reduction on <111>//ND texture evolution.

再結晶直前または極初期過程である760°C焼鈍材について,板厚方向のナノ硬さ分布を測定した結果をFig.6に示す。測定は板厚方向に1 μmピッチで30 μm測定を行った。90%圧延材では再結晶はすでに始まっているため打痕測定位置は明らかな再結晶粒を避けて測定した。再結晶直前の硬さ分布は,平均値は圧延率によらず3.7 GPaであるが,圧延率が増すほどに高硬度部の硬さが高くなり,低硬度部との差が大きくなる。90%圧延材では。低硬度部が2.5 GPa,高硬度部が6 GPaと約2.4倍に硬度差が広がった。この硬度を,測定した点での結晶方位から計算したTaylor因子と,ND方位の〈100〉,〈111〉からのずれ角度との関係をFig.7に示す。Taylor因子は,OIMソフト上で,{110}〈111〉と{112}〈111〉両すべり系を仮定し評価した値である。方位割合を規定する許容角度は15°とした。圧延率は80%である。ナノ硬さの負荷加重は1000 μNとしており,多少周囲の領域の硬さを平均したものと言える。またEBSDの測定位置とナノ硬さ測定位置との対応には,EBSDが測定面を70°傾斜されて測定しており,測定点周囲に比較的大きめの圧痕を付与して目印にはしているものの多少のずれ(0.5 μm程度)が存在する可能性がある。このように硬度と方位の対応には多少不確定な要素が存在するとはいえ,ナノ硬さの低い位置では,Taylor因子が低く,〈100〉加工粒がこれに対応している傾向が見られる。一方,ナノ硬さのピーク位置では〈111〉//ND粒になっている場合が多く,Taylor因子は高い傾向がみられるが,明らかなピークとはなっていなかった。これはすべり系やCRSS(critical resolved shear stress:今回の設定値0,2)の設定などTaylor因子の計算条件も影響していると考えられる。

Fig. 6.

 Nano-hardenss profiles to depth direction in non-recrystallized area for sheets annealed at 760°C after 80% and 90% CR.

Fig. 7.

 Crystal orientation (angle of ND from <100> and <111>) and Taylor factor corresponding to the nano-hardenss profile for 80% CR sheet in Fig.6.

4. 再結晶Phase Fieldシミュレーションモデル15,16)

4・1 マルチフェーズフィールド(MPF) シミュレーション

MPFモデルでは,N個の結晶粒からなる多結晶体を考え,それぞれの粒に対してPhase Parameter Φi(i番目の粒子)を与える。Φiは,i番目の粒内であれば1,他の粒内では0,粒界で0<Φi<1の値を有する。計算空間に与えられた各サイトでは以下は成り立つ。   

i=1NΦi=1.(1)

本モデルでは自由エネルギー関数は以下で表される。   

F=[i=1Nj=i+1N(αij22ΦiΦj+WijΦiΦj)+fe]dV(2)

αは勾配係数,Wはエネルギー障壁,feは粒内のエネルギー密度である。非保存場であるPhase FieldΦの発展方程式は以下で表される。   

Φit=j=1N2(MΦ)ijN[k=1N{(WikWjk)Φk+12(αik2αjk2)2Φk}8πΦiΦjΔEij](3)

ΔEijは粒iと粒jの蓄積エネルギーの差であり,   

ΔEij=π8feΦifeΦjΦiΦj(4)

であり,転位密度ρを用いて12Gb2(ρiρj)で評価した。式(3)中の係数は,粒界厚みδij,粒界エネルギーγijと関連づけることができる。   

αij=2π2δijγijWij=4γijδij(5)

このMPF法を用いて,まず1次元での計算を行った。マトリクスサイズは,5 μm(Δx=0.1 μm,50サイト)であり,加工マトリクスの中央に再結晶粒を配置した。再結晶核は0.5 μmのサイズとした。易動度Mφ=1.0・10−8 m4/Js,G=101 GPa17),界面エネルギーγ:0.85 J/m2 18),界面幅δ:0.5 μm(5Δx)とし,(5)式より勾配係数とエネルギー障壁を見積もった。計算では,加工マトリクスの転位密度ρを1.0・1013,1.0・1014,1.0・1015 m−2と変化させ,時間刻みは 0.58 sとした。

続いて,二次元での計算は以下の条件で実施した。計算マトリクスは125×125サイトとし,サイト間距離Δxを0.1 μmとした。界面幅δ:0.5 μm(=5Δx),時間刻みΔtは,Δx25MΦα2より0.58 sとした。他の材料パラメータは1次元と同じである。加工マトリクスは,実際の圧延組織を模擬するため層状組織とし,また圧延率が変化したことを想定して,層の幅を12Δx(高圧延率に相当)と24Δx(低圧延率に相当)の2つで計算した。加工マトリクスには,α-fiberの低角側(低エネルギー加工粒)と,γ-fiber(高エネルギー加工粒)の2種の加工粒が層を成していると想定し,高エネルギー加工粒の転位密度を2.0・1015 m−2で固定し,もう1種の低エネルギー加工粒の転位密度を変化させた。なお,加工粒間では加工エネルギー差ΔEをゼロとして計算した。このような加工マトリクス中央に再結晶核を半径3Δxの大きさで初期配置し,その成長過程を計算した。

4・2 KWCモデル12,13)

KWC(Kobayashi, Warren, Carter)モデルは,フェーズフィールド変数Φと結晶方位を表すθの2つの変数のみで多結晶構造を記述し,界面移動と方位回転を記述することができる手法である。自由エネルギー密度関数は,一般的な自由エネルギー密度に方位勾配エネルギー密度を考慮する。   

f=p(ϕ)E+Wq(ϕ)+a22|ϕ|2+g(ϕ)s|θ|(6)

ここで   

p(ϕ)=g(ϕ)=ϕ2(32ϕ)(7)
  
q(ϕ)=ϕ2(1ϕ)2(8)

とする。sは結晶回転速度を決めるパラメータである。アレン・カーン方程式より,Φθの発展方程式は,以下で示される。   

ϕt=Mϕ[a22ϕ+4Wϕ(1ϕ)(ϕ0.5+β)6ϕ(1ϕ)s|θ|](9)
  
θt=Mθ1ϕ2[ϕ2(32ϕ)sθ|θ|](10)

上式は,∇θ=0において特異となるがKobayashiらにより厳密な取り扱いが可能であることが示されている。計算では近似的に,   

1|θ|tanh(γθ)θ(11)

にて計算を行った。またθの発展方程式については,Kobayashiらが用いた方法で計算した。

マトリクスは1次元とし,サイズは1.0 μm(Δx:0.005 μm,200サイト)とした。γ=0.85 J/m2Δt=0.01 sとした。Mφは4・1節と同じく1.0・10−8は仮に1と設定し,sβの値を変化させて計算を行った。再結晶粒は両側に配置し,Φθの初期分布を適当に設定した上で,再結晶粒と加工粒の結晶方位θを変化させた。

5. シミュレーション結果

まず,MPF法での再結晶シミュレーションの検証のため,1次元での計算を行った。Fig.8は,転位密度を変化させた場合の200 step(116 s)でのフェーズパラメータのプロファイルを示す。転位密度が1.0・1014,1.0・1015 m−2の条件では,再結晶核の成長が可能であるが,より転位密度の高い条件が早く成長できる。他方,周囲のマトリクスが再結晶完了状態に近い1.0・1013 m−2の場合,転位密度による蓄積エネルギー差よりも,再結晶核の存在による界面エネルギーの寄与が大きくなり,再結晶核は成長できずに収縮していった。今回の計算では界面幅と再結晶核のサイズが同じ(0.5 μm(5Δx))であり,再結晶の両側の界面が接触することでより収縮しやすかったことが考えられる。このように,1次元の計算で,特に再結晶核の成長について実空間での再結晶過程に近い状態をある程度再現することができたので2次元での計算を行った。

Fig. 8.

 Profiles of phase parameter varying dislocation density of deformed matrix in 1D simulation. The simulation time is at 116 s.

Fig.910は,低エネルギー加工粒(赤色層)および高エネルギー加工粒(青色層)の転位密度をそれぞれ1.0・1015 m−2および2.0・1015 m−2としたときの初期状態および,100,200,300 stepsでの再結晶核の成長過程を示す。層間隔の狭い条件(Fig.10)では,再結晶粒はほぼ円形を保って成長するのに対し,層間隔の広い条件(Fig.9)では,高加工エネルギーマトリクスが相対的に成長し,低エネルギー加工粒での成長が抑制されている。結果とし,若干横方向に伸展した,複雑な界面形状を呈する。

Fig. 9.

 Gowth of recrystallized nuclei with coarse layered matrix in 2D simulation, where red and blue layers are regions with dislocation density of ρ1=1.0·1015 m–2 and ρ2=2.0·1015 m–2, respectively.

Fig. 10.

 Growth of recrystallized nuclei with fine layered matrix in 2D simulation, where red and blue layers are regions with dislocation density of ρ1=1.0·1015 m–2 and ρ2=2.0·1015 m–2, respectively.

Fig.1112は前図の計算条件での再結晶粒のアスペクト比と計算マトリクスに占める再結晶核の面積率の時間変化を示す。いずれの層間隔の条件においても,低エネルギー加工粒の転位密度の増加とともに再結晶核の成長が早くなる。但し,若干であるが層間隔の狭いマトリクス(高圧延率)の方が再結晶粒早く成長する。再結晶粒のアスペクト比については,低エネルギー加工粒の転位密度が1.0・1015 m−2の場合,若干1より大きな値で推移するが,転位密度が低くなるとアスペクト比が高くなる。例えば,層間隔の広い条件では,転位密度5.0・1014 m−2ではアスペクト比が約2,2.0・1014 m−2では,5と非常に高くなる。その場合,アスペクト比の時間変化は単調増加でなく鋸刃状を呈する。これは,再結晶粒の縦方向への侵食が低エネルギー加工粒を跨る際に成長が一旦停滞するためである。層間隔が狭く,低エネルギー加工粒の転位密度が低くなるとアスペクト比が一旦上昇したのち,大きく低下する。その傾向は低エネルギー加工粒の転位密度が低いほど顕著になる。Fig1314は,低エネルギー加工粒の転位密度を変化させた場合,400 stepsでの計算組織である。層間隔の広い場合には,低エネルギー加工粒の転位密度が低くなると単純にその粒を跨いで垂直方向(想定としては板厚方向に相当)に成長しにくくなり,アスペクト比が大きくなっていく。一方,層間隔の狭い場合,低エネルギー加工粒の転位密度が高エネルギー加工粒(2.0・1015 m−2)の1/4までは,円形を保ち高エネルギー加工粒側に若干成長した界面構造を示すが,それよりも低くなると,低エネルギー加工粒内で横方向に成長できず,むしろ低エネルギー加工粒が高エネルギー加工粒を侵食していく現象が現れる。結果として再結晶粒は横方向には伸展できなくなり,特に低エネルギー加工粒の転位密度が低エネルギー加工粒の1/10になると,再結晶粒はほとんど成長できず,むしろ低エネルギー加工粒が成長する傾向が見られた。

Fig. 11.

 Change of area of growing recrystallized nuclei and the aspect ratio with time, varying dislocation density ρ1 of the red layer in coarse layered matrix, where ρ2 of the blue layer is fixed as being 2.0·1015 m–2.

Fig. 12.

 Change of area of growing recrystallized nuclei and the aspect ratio with time, varying dislocation density ρ1 of the red layer in fine layered matrix, where ρ2 of the blue layer is fixed as being 2.0·1015 m–2.

Fig. 13.

 Shape of growing recrystallized nuclei, varying dislocation density ρ1 of the red layer in coarse layered matrix, where ρ2 of the blue layer and step (time) are fixed as being 2.0·1015 m–2 and 400 steps (233 s), respectively.

Fig. 14.

 Shape of growing recrystallized nuclei, varying dislocation density ρ1 of the red layer in coarse layered matrix, where ρ2 of the blue layer and step (time) are fixed as being 2.0·1015 m–2 and 400 steps (233 s), respectively.

次に,KWCモデルによる計算を行った。Fig.15s=0.05の条件で両端に再結晶粒を配した条件における結晶方位とフェーズパラメータのプロファイルを示す。時間は,0 s,1 s,3 sである。フェーズパラメータは再結晶界面を示し,時間とともに両側から中央の再結晶粒を侵食する。(a)のシミュレーションでは約7 sで両側の再結晶粒は中央の粒を侵食してしまう。一方,(b)のケースでは,中央の再結晶粒の方位は,界面の移動と共に方位差を互いに少なくするように回転していくことがわかる。

Fig. 15.

 Time dependence of distribution profiles on crystal orientation and phase parameter at s=0.05 in a KWC model. The initial profiles at t=0 s are indicated by broken lines for two cases (a) and (b).

Fig.16Fig.15(b)のケースにおいてsの値を0.01,0.05,0.1と変化させた場合の結晶方位の変化を示す。ここで,実線は,計算マトリクスの左側の粒,破線は右側の粒に対応し,Fig.15(b)の各粒の中心付近であるx=0.9,2.3,4.0,6.0,7.7,9.1の位置における粒の結晶方位を示している。s値は,結晶回転の速さを表すパラメータであり,sが0.1と0.05を比べると,方位の変化は同じであるが,s値の高いほど,その変化が短時間側にシフトする。短時間側ではθが0.4付近に収斂して方位差をなくし,さらに時間が経過すると全体的にθが1.0に近づき,系全体としての方位差を小さくするように結晶回転が進んでいく。s値が0.01と小さい場合には,結晶回転するよりも前に再結晶界面が移動し,方位回転の変化が非常に緩やかになる。

Fig. 16.

 Time dependence of crystal orientation atx=0.9, 2.3, 4.0, 6.0, 7.7, 9.1 in distribution profile of Fig.15(a).

6. 考察

本実験では,通常のIF鋼に比べ,再結晶を抑制するNb量を増加し,加熱速度を調整することで,再結晶頻度を抑え,個々の再結晶粒の成長を評価することができた。またシミュレーションでは,実際の圧延組織を模擬した層構造を過程し,加工粒の転位密度を変化させて,孤立再結晶の成長を追跡した。また,結晶回転を考慮したPhase Fieldモデルにより,再結晶界面の移動と結晶回転について簡単な計算を実施した。ここでは,実測とシミュレーションの比較を行う。

再結晶が圧延方向に伸展するシミュレーションについては実時間との関係に厳密な関係が示されていないもののモンテカルロ法により試みられており,周囲のマトリクスの蓄積エネルギーのバランスが関係しているという報告がある19)。今回は,MPFシミュレーションにより,層状加工マトリクスのIF鋼の冷間組織に合わせて配置し,実空間,実時間に対応した形で計算することを試みた。結晶核は加工組織が同じ転位密度でも,層状組織の間隔が広いと低転位密度加工粒を侵食することができず,高転位密度加工粒を圧延方向に侵食し,入り組んだ複雑な形状を有しながら成長をする。一方,層状組織層状組織の間隔が狭いと,高転位密度加工粒に到達しやすく,結果として円状(2次元)に近い形で成長した。実験では,シミュレーションで得られた入り組んだ再結晶核は低圧延率の80%で見られており(Fig.1(d)),圧延率が90%と高くなると,α-fiber低角側とγ-fiberが重なり合う層状組織の層間隔が狭くなり,Fig.1(c)の下側の{111}粒に見られるように,圧延方向に伸びてはいるものの,側面は加工粒に影響されず比較的滑らかになっている。このように実験と計算とは定性的に対応している。

Fig.5で示したように,再結晶とともに{111}//ND方位の面積率が増加した。加工粒にも{111}//ND粒は存在しており,その面積率が増加することは,{111}加工粒が再結晶に侵食される領域より,{111}再結晶の領域がより増大することを意味する。再結晶の後半では,圧延率の高い90%の{111}粒の増加率が高いのに対し,再結晶初期では,むしろ低圧延率である80%が増加率が相対的に高い傾向を示した。シミュレーションでは,Fig.1112いずれの加工組織においても転位密度が高くなるほど再結晶の進行が早くなった。これは高圧延による歪蓄積の増加が再結晶を促進することに対応すると考えられる。他方,層状組織の狭い加工組織では,転位密度が低い場合,再結晶粒はむしろ成長しにくく,場合によっては消滅する可能性がFig.14より示された。Fig.6のナノ硬さ試験で示したように加工粒は理想的な層状組織ではなく,{111}//NDに近くても局所的に歪の蓄積が不十分な領域も存在していることが考えられる。そのため再結晶の極初期段階においては,むしろ層間隔の広い組織の方が再結晶粒の成長に有利であったのではないかと推察できる。

シミュレーションでは加工組織の蓄積エネルギーを転位密度で評価した。一般に焼鈍材などの歪の少ない転位密度は1.0・1013 m−2のオーダーであり,加工により1014 ~1015 m−2のオーダーに高まる。再結晶が生じる温度は760°C付近であり,冷間圧延状態に比べて,回復が生じて転位密度が低下していると考えられる。但し,再結晶直前または初期段階でのナノ硬さの測定では,高圧延率の方が,低エネルギー蓄積加工粒と高エネルギー蓄積加工粒の差が顕著であったことから,ある程度蓄積エネルギーで評価できると考えられる。実際は,転位の再配列によって一部亜粒界組織が形成され始めているとも考えられる。また,今回の計算では,加工組織の層間隔が狭い場合に再結晶粒の成長が進まず,むしろ低エネルギー加工粒同士が連結している傾向がみられた(Fig.15(b)−(e))。これは,低エネルギー領域に対して同じ結晶粒番号を与えたため,再結晶粒と高エネルギー領域および低エネルギー領域からなる三重点において,同一粒番号を有する低エネルギー領域同士が連結してしまったためと推定される。一旦連結した低エネルギー加工粒は界面エネルギー減少の観点から成長に有利になったと考えられ,低エネルギー条件では加工組織の粒番号の配置にも注意しなければならない。亜粒界組織からの再結晶シミュレーションはPhase Field法で試みられており20),より厳密にはシミュレーションの加工組織の状態の定義には議論が今後必要と思われる。

優先核生成に基づいたモデルによると,再結晶はすべり系に依存したある回転系列の方位をもった再結晶粒が生成すると考えられており,過去の研究でもそのような報告が見られる21)。同一の加工粒から再結晶が生成する場合,類似の方位を有する再結晶核が亜粒界を形成し,結果としてある単一の再結晶粒としてマクロ的に再結晶していく。今回の実験では,Fig.3に示したように再結晶粒と思われる粒内でも方位差が存在していた。上記の優先核生成説における再結晶核の成長は通常は観察しにくい極微小領域での現象と思われるが,本実験で用いたNb添加鋼では類似方位を有する加工粒同士の成長がより大きなサイズで観察されたとも考えられる。この場合,結晶方位は回転するか,再結晶粒に蚕食されて系全体のエネルギーを下げると考えられる。後者の場合には加工粒とある方位関係をもった類似の結晶方位をもつ可能性が考えられる。今回行ったKWCモデルはそのような結晶回転と再結晶粒による蚕食される過程を再現する可能性がある。この手法では結晶方位の回転と再結晶phaseパラメータが変化する境界にはずれがあり,Takakiはアモルファスの生成のシミュレーションに適用できるとしている13)。KWCはより少ないパラメータで界面移動と結晶回転と計算する手法であるが,s値,θの実時間,実空間との対応関係の明確化や多元系への適用の難しさもあり,上記の亜粒界組織からのシミュレーションからのアプローチも必要であると考える。

7. 結言

Nb添加極低炭素鋼において再結晶サイトを抑制することで,再結晶核の成長を追跡した。またマルチフィールドPhase Field法により,加工状態の異なる層状組織からの再結晶核の成長過程のシミュレーションを行った。

冷延組織は,γfiberとCubeに近いα-fiberの層状に近い組織を有しており,再結晶核は,特に加工γ-fiberに沿って優先的に成長を行なう傾向にあるが,再結晶核の形状は転位密度や加工組織の層間隔に影響されることが計算から示唆された。再結晶核同士がぶつかり合わず単独で成長できる場合,低エネルギー加工粒を跨って板厚方向に成長する際,一旦成長速度が低下するとともに,高エネルギー加工粒側に凸となる複雑な粒界形状を呈する。同様の組織が,80%冷間圧延条件の再結晶初期段階で確認され,シミュレーションと実験が対応する結果が得られた。

再結晶初期の段階に生じると考えられる結晶回転についても計算を試みた。同一の加工粒から再結晶が生成する場合,類似の方位を有する再結晶核が亜粒界を形成し,再結晶粒と思われる粒内でも方位差が存在する。その後結晶方位は回転して系全体のエネルギーを下げる。KWCモデルはその結晶回転と再現する可能性があることが示された。

文献
 
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